〈24〉
1人の少年の7年もの時を超えた眠りからの目覚めにより
◆◇◆
女性しか動かせないはずのISを男でありながら動かした、通称『世界で唯一の男性操縦者』である織斑一夏は内心混乱していた。何故ならやっぱりというか当然というか所属するクラスどころか学園全体をも含めてもここにいる男子が自分1人だけだからである。
ああ……帰りたい……もしくは逃げたい
今日はまだ初日である入学式であるのだが周りの女子生徒達からまるで上野公園のパンダを見ているかのようにして見られている感覚に一夏はかなりメンタルが削られていた。それはもうガリガリと、
女性しか起動できないはずのISを何の手違いか起動させてしまいそして女子校とも言えるココ、IS学園に放り込まれたこれまでの経緯を脳裏に浮かべつつ一夏はこっそりため息を吐いた。
「はあ……」
ちらりと窓際に目を向ける。
窓際の席には
……どうやら頼みの綱の幼馴染も、俺と同じく目立ちたくないようだ……
『この薄情者っ⁉︎』と叫んでやりたいのはやまやまだがやはり自分があの2人の立場なら絶対に関わりたくはないので無理矢理諦めることにした。
「全員そろってますねー。それじゃあSHRを始めますよー」
と、そこで教室の扉が開き緑髪の女性が教室に入ってきた。必然的に一夏から視線は外れて彼女に集まる。本日の彼女の服装はスーツではなく、薄黄色のワンピースに大きな黒縁眼鏡をかけていた。
「今日からこの1年1組の副担当となります『
緑髪の女性教師、真耶はそう言って一礼する。生徒たちも座りながら一礼を返した。
「担任の先生は少し遅れますので、その間に皆さんの自己紹介をしましょう。出席番号順でお願いしますね」
「……えっ⁉︎」
真耶の発言に自分だけにしか聞こえないレベルで声を出してしまった一夏だった。何故ならこの教室(学園内含めて)に男は彼
どうする……⁉︎どんな事を言う⁉︎そうだ、得意な事……翼兄に教えてもらった家事全般とか素振りとか魔術鍛錬は得意だな、うん‼︎って魔法関係については言えねえじゃん⁉︎
自己紹介の内容についての思考の海に焦る一夏は沈んで行く。
得意な事と……後は何だ……?好きな食べ物とか趣味?うん、これでイケる‼︎
「…むら…ん……織斑一夏君!」
「はいぃぃっ⁉︎」
自己紹介の内容を懸命に頭の中で組み立てていた一夏だったが真耶の声によって現実に引き戻された。
「おっ、大声だしてごめんなさい、びっくりしましたか? でも自己紹介の順番が『あ』から始まってもう『お』なんだけど……自己紹介してくれますか?」
「あ、はい、大丈夫です」
そういってすっと立ち上がり……残念な事に先程まで一生懸命考えていた自己紹介の内容丸々全て一式が頭から綺麗さっぱり吹き飛んでいることに気付いた。
ヤバイッ、内容忘れたーーっ⁉︎
心の内で絶叫しながら教室を見回す。完全にクラスメイトは一夏から何が出るか期待している眼差しを向けていた。
ああああっ⁉︎翼兄に言われた通りもう少し内面を鍛えるんだたったーーァっ‼︎
相変わらず心の中で叫び続けたままだが先程考えていた内容を思い出す時間もなく、仕方なく自己紹介を開始する。
「おっ、織斑一夏です……」
沈黙が流れる。そして彼は再び口を開き……
「……以上です!」
結局何も咄嗟に言えず名前のみの自己紹介に一夏とその一夏の性格を良く知る2人を除き1年1組の人間が全員ズっこけた。
そして何処からかその内容について冷静かつ真面なツッコミも入る。
「織斑、お前は普通に自己紹介もできないのか?」
「げぇっ、ギルガメッシュっ⁉︎」
「誰が古代ウルクの英雄王だ、馬鹿者」
驚いた一夏の頭に神速の何か当たり鈍い音を立てる。頭を叩いた
「痛っつぅ……ッ‼︎」
しかしどう考えてても普通出席簿で叩いた音ではないとクラスメイト全員が思い教室に入って来るなり一夏を叩いた
「織斑先生、もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。それに『とある』奴も案内して連れてこなければならなかったからな……クラスへの挨拶を押し付けてすまなかった」
「い、いえっ、大丈夫です! 私もこのクラスの副担任ですから!」
真耶の言葉に微笑み一夏を叩いた人物、織斑千冬が黒板の前に立って話し出す。
「このクラスの正担任の織斑千冬だ、私の仕事はこの1年でISについて科を問わず必要最低限の基礎を叩き込み最終的には無事に全員を卒業させる事だ。よって私や山田先生の言葉はよく考えて自分のモノにしろ、口答えしてもいいがあまり煩わせるなよ?」
まるでどこぞの独裁者のような発言だが、何故か彼女が言うとしっくりきてしまう。やはりその身に纏う覇気というか覇者の風格がそうさせるのかも知れない。そしてその言葉に爆発したかのような黄色い声が教室中から上がった。
「キャ――!千冬様よ!しかも本物の!世界最強の『ブリュンヒルデ』‼︎」
「貴方のようになりたくてここに来ました!!」
「北海道から来ました!」
「ずっとファンでした‼︎」
「叱って下さい!」
……ごく普通一般の年頃の女子の言葉じゃないようなものが混ざっており、まさに教室は阿鼻叫喚の地獄絵図、女三人寄れば姦しいという
「……毎年、よくもまあこれだけ馬鹿者……大馬鹿者が集まるものだ。全く……逆に感心させられる。それともなにか?
呆れと傍観、その他諸々色々と感情が混ざり合い千冬の語気が少々荒くなっているが、結局それは火に油を注ぐだけで更に女子生徒達ははしゃぎ始める。
「キャ――! もっと私を叱って罵って下さい!」
「我が生涯に一片の悔いなしっ!」
「まだだ、まだ終わらないわ!」
「いっそそのヒールで私を足蹴にっ‼︎」
「飴と鞭で私を貴女だけのモノに!」
「………………」
一夏は一部女子生徒のあまりの暴走具合に未だ嘗てないレベルでドン引いているが生憎と彼の席は最前列ど真ん中、しかも教卓のすぐ近くなので女子生徒と千冬に挟まれて逃げるに逃げられない。物理的にも精神的にもである。
その様子に顔に手を当て頭を抱えながら千冬はため息をついた。
「……織斑、さっさと自己紹介を続けろ」
「えっ、千冬姉っ⁉︎まだやるのっ⁉︎」
「当然だ馬鹿者……それとここでは織斑先生だ」
「……はい、千ふっ……織斑先生」
千冬は一応公私を分ける為そこを注意し身内への親しい呼び方を『先生』に訂正させる。それを察して一応すぐに従った一夏に全ての視線が集まりとある女子生徒がそこにいた全員が考えたその疑問を漏らす。
「えっ、千冬先生と織斑君って
「あ、確かに……苗字同じだし」
「それに顔のパーツもなんか似てる……」
「隣に並んだらよく分かるね……」
「……貴様ら、いい加減に無駄口を叩くな、時間が無いんだ。さっさと自己紹介を進めろ」
千冬の鶴の一声(半分物理)で雑談は消え、クラスの自己紹介が再開された。
なお、全くの余談だが取り敢えず一夏は真耶に話しかけられる前に考えていた自己紹介の内容を何とかかろうじて思い出して
また更にどうでも良いことだがその自己紹介の中には女尊男卑に影響を受けている生徒が数人いたがかなりの少数派であり、勿論無事自己紹介を終えて気を抜いていた一夏が真面目に聞いていたかと言えば皆さんお分かりの通りノーである。
そしてクラス全員の自己紹介が終わったことを確認した千冬が黒板の前に立った。
「さて全員終わったな、お前達も知っての通りこのクラスには希少な男性搭乗者が居る訳だが……実はこのクラスには『もう1人』男性搭乗者が増えることになった」
「「「「えっ!?」」」」
その言葉に担当教員である真耶と千冬を除く全員が息を飲む。そんな情報は今まで一切彼らには知らされていなかったのだ、そして勿論世界に向けて発表すら『まだ』されていない。何故なら今日、このIS学園入学を持ってその存在を発表する予定だからだ。
故にその好奇心からそこにいた全員のその視線は自然と教室の戸に注がれる。
「入ってこい」
「はい」
教室の引き戸が開かれ、そこに1人の少年が入ってくる。
漆黒か濡れ羽色の黒髪に黒い眼帯で左眼を隠した特徴的な右の紅の瞳、身長は170㎝程で細すぎる訳でもなく太い訳でもないその身には一夏と『ほぼ』同じデザインであるIS学園の男子生徒用制服を着ている。そう本来『白』である筈の部分を『黒』にした制服を着ているのだ。
だがその中でも極一部、ほんの数人だがその『顔』見て驚愕に染まった人間がいた。
「
その中の1人である一夏は思わずそう呟く。何故ならその顔は7年前に
「皆さん初めまして、
「……天羽時雨?翼兄じゃない……の、か?」
そう呟くと時雨の背後にいた千冬からの無言の圧力を受けて一夏は自席にしぶしぶ座る。その時彼女の口が小さく「……すまない」と言っていたような気がしたが再び黄色い声で溢れ、まるで爆発するかのように騒がしくなった為結局一夏にはよく分からなかった。
「織斑君もカッコいいけど天羽君もいい!」
「織斑君の柔和なカッコいいイケメン具合も良いけど天羽君の優しげで何処か寂しげなイケメン具合も更に良い!」
「眼帯に紅い瞳だとっ⁉︎……うっ、私の封印されし魔眼と左腕が……疼くっ!!」
「天羽×織斑で新刊いけるんじゃあ!」
「なにそれ詳しく、3万までなら出す」
「任せろ、3日で書き上げる」
「「「マジで!?」」」
キャーキャーと黄色い声と何処か聞いては駄目な気がする少数の声が響く中、時雨は少し疲れた様な呆れた様な顔をして苦笑いを浮かべていた。
「あはははは………なんか色々と聞いちゃいけない単語が聞こえた気がするよ……」
引き攣った微笑みを零した時雨がチラリと横目で千冬を見るのを見ていると、彼女も疲れたように顔に手を当てていた。本日何度目かの溜息を吐いていた……
「はあ……仕方ない、天羽。お前の席は……織斑の隣だ」
千冬の視線の先には一夏のその隣にある空き席があった。少し作為的な何かを感じないではないが……まぁ、学園唯一に近い男子なのだからわざわざ隣にしてくれたのだろう。
「よろしく、織斑一夏君」
「あ、あぁ……よろしく」
隣の席に着いた時雨の挨拶に一夏は辛うじでそう応える。今の一夏の頭の中は『若宮 翼』と有り得ない程そっくりな『天羽 時雨』と言う少年がどうしても
「さて、全員揃った所で……」
千冬は改めて生徒たちに向き合うと表情を引き締める、いつもとは違う、完全に『教師』の表情だ。
「これからお前達には、ISの基礎知識を半年で完璧に覚えて貰う。その後本格的にISを使用した実習に入る訳だが、基本動作は1ヶ月以内で体に染み付かせろ、さもなくば将来きっとお前達はISで過ちを犯す事になる。
良いか?舐めるな、驕るな、だが息抜きをするなとは、無理しろとは言わん、だが
そしてその為にいるのが私達教師だ。だから返事をしろ、如何なる時であろうと良くなくても返事をしろ!」
少し無茶苦茶の理論だが、これから彼等は人を殺める事のできる道具を扱う事となる。その意味でも確かに千冬が言う程の気合を持たなければ、この学園に入った意味も
と、そこで1時間目終業のチャイムが鳴り響く。
「時間だな、ではお前達。これで私からの話は終わりだ。2時間目以降からはこの事を胸や頭の片隅にでも止めて受けて欲しい、以上だ」
「「「「ありがとうございました‼︎」」」」
そう言って千冬は最初の最初の始まりを締め括ったのだった。
目標
ちっふーを教育委員会から訴えられない程度な教師に持っていく事