〈22〉
東京某所に存在する僅かな人間しかその存在を知らない秘密の場所、とある場所の地下深くに潜む秘密
「…………ぅ
今まで浅く、そして安定していた筈の呼吸に乱れが起きる。浅かった筈の呼吸は次第により深く、そして力強いものへと変わり……
「………………ぐっ」
正しくそれは人が眠りから目覚める時に起こる呼吸の変化だった。
「………ここ、は?」
◆◇◆
太平洋洋上、地図にも載らぬ名も無き島にその『
「っ‼︎束様!束様!」
「ん〜?如何したのクロエちゃん?私は今【雪風】の回析と改修に忙しいんだけど……」
「それどころではありません!と言うよりも束様の所にも最優先で届いてる筈ですが」
「ふぇ?あ、ゴメン。『メカ兎耳Ver.5』をVer.6に更新して机の上そのままだった」
そしてその情報を受けて直ぐにでも飛び出していきそうな性格の
「早く付けて下さい、早く!多分私が説明するよりも早く束様なら理解できますから‼︎」
「?、何?まあ分かったけど……今丁度良いところだったんだけど仕方ないね」
「早くして下さい!」
「はいはい……」
そして束はクロエに急かされるままにその手に持っていた工具を机に起きウサ耳をその頭にカポッとセットする。で、セットした瞬間認識した事実にいつもなら『天災』の仮面が貼り付けられる筈の彼女の顔は未だかつてない程の驚愕に満ち染められた。
「っッッ!??!うそっ⁉︎ホントに‼︎」
「本当です、現実です。夢じゃありません」
「嘘……嘘、嘘、嘘、……ウソ………………本当に……」
驚愕だけだった表情が次に歓喜に代わりにそして遂には大粒の涙となった。しかしその涙はあの日、あの時流した悲しみの涙ではなくその逆、嬉しさから流れ出た彼女の心からの歓喜である。
「良かったっ、本当に、本当に目覚めてくれてっ……良かったよぅ……」
ポロポロと涙を零しそう呟き続ける束の姿を見てクロエもまた漸く主人がひとつ救われたのだという事を実感し我が身の事のように嬉しく思う、そしてそれと同時にもう1人、それを『知るべき人間』がいる事もまた知っていた。
「束様、千冬様にも連絡するべきかと。それと御早くお会いに行かれるのがよろしいかと」
「うん、うん、……ぐすっ、そうだね……ぐすっ」
「
「うん、うん、……流石、ぐすっ、くーちゃんだよ、ぐすっ、ありがとう」
束は未だ零れ続ける涙を白衣の袖で拭いながら献身的に全ての準備を整えてくれていたクロエに礼を言う。それを見たクロエは微笑ましいものを見たかのような笑顔を浮かべながら礼に答えた。
「こちらこそ、束様。さあ、行って下さい。貴女が誰よりも会いたいと願い何よりも望んだその奇跡の場所に」
「うん‼︎行ってきます‼︎あっ、ちーちゃん!ちーちゃん、ちーちゃん、ちーちゃん‼︎ビックニュースだよ!ビックニュース‼︎理由は行く途中に説明するから急いで‼︎」
泣いていたと思えばまるで嵐のように出て行った
◆◇◆
打って変わりこちらは日本首都東京、その沖合いにある人工島に建設されたIS技術専修国際学園、通称『IS学園』では何やら一悶着起こっていた。
「退いてくれ、退くんだ山田先生」
「いいえ、退きません。退く訳には、ここを貴女に通させる訳にはいかないのです織斑先輩」
「私に逆らうというのか山田先生」
「はい、ここで貴女に屈すれば今まで倒れた同僚達に顔向けできませんから」
黒いレディーススーツに左手にプライベート用の携帯端末、それと何故か出席簿を右手に持っている千冬に対するのは深緑色のレディーススーツを着て部屋の出口である扉を背に背水の陣を敷き両手を広げ彼女を迎え撃つのは山田真耶という女性教諭だった。字面からすれば正に命の危機をも感じる一触即発と言える雰囲気だが少し視点を引いてみるとその雰囲気は変わる。
机の上に山程積まれた書類が数十個、それが山脈のように隣の机へ隣の机へと連なりそこに倒れるのは真っ白に燃え尽きながら右手にボールペン、左手に判子を持ち山の斜面に頭から突っ伏している女性教諭数十人の姿であり中には「書類が245枚……、重要書類が975枚……、機密文書が24枚……もういやぁぁ……」とか「も、もう無理です……ガクッ」とか言う謎の寝言(遺言?)まで聞こえてくる始末、まさに文字通り死屍累々って奴である。
「1番私達の中で頑丈でまだ二徹は余裕そうな先輩が抜けたら私1人で残り全部やらなきゃいけなくなるじゃないですかっ‼︎私だってもう二徹目ですよ⁉︎もう無理です‼︎」
「それは私もだっ⁉︎それと私は今日で三徹目だ‼︎身内の事で巻き込んで済まないとは思うがその分私は多めにやっているだろう⁉︎あと私は今すぐ行かなきゃいけない所があるんだ!通してくれ!」
「嫌です‼︎先輩は私に死ねと言うんですか⁉︎始業式と入学式までもう2週間もないんですよ⁉︎こんなエベレスト登頂なんてできる筈がありませんよ!」
あ、今上手いこと言ったなと密やかに思った2人だが現実逃避をしている暇などない事を理解している為(そんな余力も無い)直ぐさま睨み合いが再開される。
「そんな事はどうでも良い、私はっ!私はあいつの元に行かなきゃいけないんだ‼︎だから通せ!」
「嫌です‼︎と言うかあいつって誰ですか、ニュアンス的に弟さんではなさそうですが」
「それは……友達だ。私の、私達姉弟にとって恩人でありそして私にとっては大切な友人だ」
真耶の問いに千冬は言葉ひとつひとつを大切なようにしてそう答える。そんな千冬が初めて見せた姿を見て思わす真耶は言葉に詰まってしまった。それは何処からどう見ても恋する乙女がするような初々しくも甘酸っぱい、未だ自分がした事も無いような姿であったからである。まあまさかそんな姿を目の前の世界最強のブリュンヒルデがするとも思っていなかったからでもあるのだが……
「失礼しま……ってなんですかこの空気?文字通り一触即発しかも死屍累々って感じですけど……」
「あ、生徒会長さん。丁度良かった、先輩を抑えるのを手伝って……」
「今だっ!」
「「あっ!」」
丁度そのタイミングで何かを届けに来たであろうIS学園生徒会長の二年生は、扉を開け見渡した職員室の様子から『一触即発』といつの間書かれた扇をひっくり返し裏面に『死屍累々』と書かれた扇を開きつつ中に入って来る。
だがその好機を逃す程、
真耶の意識が生徒会長に逸れた瞬間を突いて千冬は全力で職員室から脱出を図る、
─────彼女が出て行った後、深緑色のスーツを着た女性教諭の涙交じりの絶叫とどうして巻き込まれた⁉︎と言う世界の理不尽を呪う追加の書類仕事のとばっちりを食らったとある生徒会長の悲鳴がIS学園に響いてたとかないとか。あとそれを見てとある老人が苦笑いをしていたのは知る人ぞ知る事実である。
◆◇◆
そして今……
「つー君……」「翼……」
地下研究所にて3人は対面していた。
「おはよう……束さん、千冬さん。…………『ただいま』」
「「‼︎」」
『ただいま』
そのたったひとつの言葉は夢の中で一体何度聞いただろう?何度も聞いた、そして夢から覚める度にそれが夢なのだと思い知り2人は胸が苦しくなった。それが今、本当の現実に誰よりも聞きたかった、言って欲しかった人から言われた。たったそれだけで、たったそれだけだが2人が今まで堪えていた
「つー君‼︎」「翼っ‼︎」
どれだけ自分が眠りについていたのか翼は知らない。だが明らかにあの頃よりも成長してしまっいる2人の姿を見て翼はあれから長い年月が過ぎてしまったのを理解していた。……そして、彼女達にどれだけ苦しみと悲しみを与えてしまっていたのかも。
だからこそ翼はその胸に飛び込んできた2人を受け止めた。本当は彼女達2人を泣かせてしまった自分には相応しくない事なのかもしれない。だが翼は涙を流す2人を放っておく事など出来なかった、抱きしめなければならないのだと思った。
「……ただいま、ただいま束さん、千冬さん」
「つー君っ……つー君っ……つー君っ!」
「翼……翼……翼!」
その時涙を流していた2人は不意に顔を上げ翼の顔を見る。そしてあの頃と変わらない、いやずっと美しくなった微笑みを満面に浮かべ翼に言った。
「「『おかえりなさい』
「いってきます」と言う言葉はその言葉ひとつで完結しない。送り出された者が帰ってきた時送り出した者が「おかえりなさい」と言う言葉を紡いでこそ、その言葉は漸く完結する。今ここでたったひとつの寂しい時間は終わった、そしてこれからまた新しい時は始まるのだ。
だがその前に3人は互いに抱き締め合う。互いの存在を確認するように、今までの無くした時間を補うかのように、今はまだ3人はそのままずっと抱き締め合い続けたのだった。
◆◇◆
──────時は満ちた、凍て付いていた歯車は再び廻り始め本来ならば有り得ないなかった筈の物語の幕は上がる。
その先にあるのは希望か、それとも絶望か。それは誰にも分からない。
ただ1つ確かな事は、これは何処かの誰かさんが願った事から始まり、そして今はその願いを受け取ったとある少年を中心に紡ぎ上げられる
IS学園のくだりはカオスだと思う……、でも実際に起きてそうだからなんとも言えない……あと山田先生が不憫……