7年後の世界は……
〈21〉
これは日本を狙った21世紀最大とも言われる『白騎士事件』と呼ばれる事件より7年もの歳月が過ぎた2016年、間も無く咲き誇るであろう桜が未だ花開く前の蕾である頃、表向きには『世界初の男性IS搭乗者』として『
たった1人の少年の目覚めを待ち望むかつての2人少女の話である。
◆◇◆
日本首都東京某所にあるとある近未来的な内装の廊下を千冬は1人歩いていた。ヒールと床が打ち鳴らすコツコツという音が、照明が落とされ薄暗いオレンジ色の非常灯のみが灯ったその廊下に反響し響き合う。そして漸く彼女はその廊下の先にあった1つの扉へと辿り着いた。
──コンコンコン────
3回ノックすると全自動である電子扉が開きその部屋の内部の電灯が灯る、いきなり明るい空間に入ったことで千冬は少し眩しげに目を細めた。
少し古びた感じはするが掃除ロボットが常に定時に清掃をしに来るおかげで小綺麗に保たれた清潔のある白い内装を施されたその部屋に幾つか並んだ束特製の医療ポット、そしてその中でも1番奥にある今尚起動し続けているにはあの日からずっと眠り続けている翼の姿があった。
「…………翼」
千冬は医療ポットの側にある少し古びた丸椅子に腰を下ろし翼の顔を覗き込む。一見身動ぎもしないその姿に死んでしまったのではないかという不吉な予感を受けるが、よく見れば病院服の下の胸が規則正しく上下に動いておりしっかりと呼吸をしている事が認識できる。それに医療ポットの投影型画面には安定した心電図も映し出されており間違いなく確かに翼はそこで生きていた。
「ただ………目を覚まさないが、な……」
そう、翼は確かにここで生きている。……だが翼は7年が経った今でも目を覚まさない、時をも凍らせる氷にその身を長時間包まれていた所為か翼は未だ目を覚ましていなかった。
────♪
その時、千冬のスーツの内ポケットに入っていたプライベート用の
「束か、久しぶりだな。前の連絡以来だから1ヶ月振りか?」
『うん、久しぶりだねちーちゃん。やっぱりちーちゃんは今彼処に?』
「ああ、そうだ……あの場所、あの日から変わらない変わる事のないあの地下秘密ラボに」
電話を掛けてきた相手は失踪し現在世界中で捜索され行方不明中であるISの生みの親、篠ノ之 束だった。因みに現在束との
千冬と束はいつも通り最近一夏や箒、栞達に起こった事や自分がIS学園で働いていてあった出来事、最近の近況等を話し互いに情報交換を行う。そしてそれが漸くひと段落した頃、千冬は前回束が次くらいには報告できると言っていた事について聞いてみた。
「ところで【雪風】はお前が回収していったが結局、『暴走』の理由は分かったのか?」
『ある程度はね、詳しくはつー君本人に【雪風】を起動して貰わなきゃ分からないけど……多分、1号炉……太陽炉と雪風のISコア、そして搭乗者のつー君の相性が
「相性が良過ぎた?」
『そう、太陽炉にはひとつひとつに特徴があってしかも人の感情や意思に稼働能力が左右されるのはちーちゃんも覚えてるよね?それと新しく分かった事なんだけどどうやら太陽炉には相性ってものがあるみたいなんだ』
「ふむ、つまりIS適正みたいなものか?」
『うん、だからつー君と【雪風】の適正がEX-S……理論上の限界最大値だったのと同じようにつー君と【雪風】の1号炉の適正が最高に良かったみたいなの。だからそれに太陽炉が過剰反応して出力は私達が想定していた以上にいきなり跳ね上がった……そう私は思う』
本来束達が想定されていた
「……そうか」
『
束は全ての責任が自らにあったのだと千冬に告白する。千冬が自らを責める必要はない、責められるべきは自分なのだと束は言外にそう言った。だが千冬はそれを聞いてなお首を横へと振った。
「お前だけの所為ではない。私だってあの日嫌な予感はしていた……もしあの時私が実験の中止をお前達に頼んでいれば翼はこんな目に遭わなかったのかもしれない、誰も後悔なんてしなくて良かったのかもしれない。でも……だからこそ私はお前だけを責めるなんてできないんだ」
『ちーちゃん……』
「謝らないでくれ束、お願いだ。お前に謝られたら私はどうすれば良いのか分からなくなる……だから私に謝らないでくれ」
『……分かった、話を変えるね。ちーちゃんから見てもつー君はやっぱり……』
「……ああ、
千冬の嘆願するような頼みに束は話を変える、それは翼がただ眠り続けているのではなく、あの
『つー君の
「くそっ……確かに私達は
千冬は翼の眠る医療ポットのある部屋の壁にその拳を叩き付ける。だがその叩き付けられた拳はいつもの本来の威力などもなくそれより遥かに弱いもの、世間では『世界最強』と名高い彼女だが本当の姿は辺りを見回せばそこにいるような普通な女性である。そして誰よりも優しく彼を大切に思っているからこそ今の本当の彼女は何もできない自分を悔やみ悲しんでいる。
『ちーちゃん……、私にも……分からないよ……私にも』
そして帰って来た束の声もまた、いつもの
「束……」
『何が『
束が溢した慟哭の様であり、大事な事であるのに何もできない自らに向けられた怒りであり、彼女がずっと1人で悩み苦しみ心の底で蓄積され続けていたその感情の
『……ごめん』
「……いや、良い。気にするな……また掛け直す、互いに落ち着いたらまた掛けよう。あと箒ともしっかり連絡は取っておけよ?」
『……分かった。少し気不味いけど……ちゃんと真面目に連絡しとく……』
「ああ、頼んだぞ……………ふぅ」
千冬は通話を終えた携帯を元通り内ポケットに仕舞うと丸椅子から立ち上がる。最後に翼の顔を眺めた後千冬は少し名残惜しげに
「翼……私頑張るから、いつかきっと翼が目覚めた時に誇れるように頑張るから」
立ち去る瞬間、電子扉が閉じ切るその僅かな間に千冬はそう呟く。訪れ此処から去る度に何度も紡がれたその決意を胸に、彼女はまた
◆◇◆
「………………」
人気の無くなった医務室、この場所にただひとりしか居ない人である翼は未だ眠ったままである。
─────キリッ……キリッ……
そんな部屋に静かに鳴り響くその小さな音色こそは、まるで今まで止まっていた時計の歯車が少しずつ回り出した音色にそっくりであり……それはいつか千冬が聞いた欠けていたはずの歯車が廻る音と同じもの。
始まりの時は近い
それは全ての