サードライフ=インフィニット・ストラトス   作:神倉棐

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始まりより前の終わり

〈17〉

 

 

あの『白騎士事件』から3ヶ月、あの後こってり母親(琴乃)父親(総司)に叱られてその後2人に思いっきり抱き締められた後、おずおずと気まずげにうちにやって来た千冬と束相手に3人で気が済むまで謝り倒し合って仲直りっぽい事をした俺達はいつも通りの関係に戻っていた。

そして白騎士によりISが世間に発表、認識される事となり一躍有名ともなったIS開発者(の生みの親)である束は気が進まないものの各国の要請を受けてISの中枢であり心臓部、ISコアの製造を行う傍ら元から内緒で手伝って貰っていた千冬の他にあの件から手を借りる事を決めた翼や琴乃を含めた4人で束本来の夢である戦闘用ではない宇宙を飛びたいと言う夢を実現する為の『宇宙空間用のマルチフォーム・スーツ(長距離巡航型IS)』の製作に取り組んでいた。

 

 

◆◇◆

 

 

その日、翼達4人組は束が建造した秘密地下研究所(ラボ)にてとある実験を行おうとしていた。

 

「翼、本当にいいのか?今回の実験は不確実要素が多く成功率は余り高くはないと琴乃さんから聞いたが……」

「多分大丈夫だよ、一応俺は魔法を使えば万全の守りを使えるし束さんと母さんもいるから」

「しかし確かに琴乃さんにも魔法について話したしあの2人は頼りになるが万が一も……」

 

地下試験場へ行く途中、廊下を進むその隣には白騎士の時と同じ純白のISスーツを身に纏った千冬が共に歩いている。どうやら彼女には今回の実験には何か嫌な予感がするらしい。

 

「その時の備えて君が居るんだよ、万が一『暴走』でもしようものなら物理的に俺を止められるのは千冬さん、貴女しかいないから」

「………確かに……その通りだが……」

 

彼女は目を少し伏せ少しの間沈黙する、その間にも彼女は先程からずっと頭の中に存在する不安と琴乃や束への信頼と自身の実力からの自信とを比べ自分がどちらを選ぶべきなのかを悩んでいた。そしてその結果、

 

「……分かった、その期待に応えられるよう。私は全力を尽くす」

 

千冬は琴乃や束、自分を信じる事にした。

 

「ありがとう千冬さん」

「礼を言われるまでもない、私は私がしたい事をするのだから。だから翼、……頑張れ」

「ああ、勿論だよ。千冬さん」

 

翼と千冬の2人は並んで廊下を歩く、心なしか千冬と翼の肩までの距離が先程よりほんの少しだけ近くなったのは千冬の翼との心の距離が縮まったからか、それとも束達や自分の信頼があってなお心に燻り続けているなんとも言えぬ不吉な予感の所為なのか千冬には分からない。

 

「じゃあ、いってきます」

「ああ、いってらっしゃい。翼」

 

だがこの時、2人はこの後起こる事など欠片も予想できていなかったのは確かだった…………。

 

 

◆◇◆

 

 

この日、束の秘密地下研究所第3試験場にて行われる予定の実験は束と琴乃が協力し作り上げたとある機関をISに搭載する搭載実験である。

 

 

熱核反応タービン基礎理論と不確実要素が多く未完成ではあったが既に存在した半永久エネルギー機関理論を転用、ISの登場により可能となった重力及び重粒子制御技術や分子結合強化素材を含めた特殊カーボンの誕生により製造が可能となった太陽炉を世界最高峰の頭脳が再設計、試作し完成したその第1号炉。それこそが今回の実験でISに搭載、テストされる『太陽炉』である。

既に先日行った1号炉(太陽炉)単体だけでの起動テストではその結果は上々。本日機体に装着し起動、安定領域に達すれば理論通り無限のエネルギーを引っ張り出す事のできる夢のエネルギー源の完成となる。が、但し上々だった前回の実験では幾つかの不確実要素もまた発見されていた。それは製造される個体により炉の性質が若干異なるようになる事が予想される事、重粒子が崩壊する際に生成、放出される謎の粒子(一種の光子)がごく僅かにだが人体に有害性がある事、更に至近にいる人の感情に干渉され粒子濃度、密度が変化するという事である。理由は不明、解析を続けてはいるが先に有害性を取り除く事を最優先に執り行いこの1号炉は人体に無害な粒子のみを放出するようにはなっている。

 

 

『つー君、気分はどう?』

「んー、悪くないよ。寧ろ昨日は良く寝たから良い方かな?」

『分かった、でも気分が悪なったら早く言ってね。つー君が倒れたりしたらちーちゃんも大慌てしちゃうから』

『束、そんな事言ってないで真面目に進めろ。人を乗せてるんだからな』

『うん、そうだね。ごめんちーちゃん』

『はぁ……、謝るなら翼と琴乃さんにだろう?全く……』

 

試験場中央にアームでロックされた白銀色の金属装甲を持つISに乗った翼は乗ってみて気分はどうかと管制室にいる束や千冬、琴乃(母親)に聞かれそう答える。まあ乗るだけなら男にだってできるのだ、問題は起動してからだが……

 

『とにかく、つー君。ISを起動してみて』

「了解『起きろ【雪風】』」

 

ヒュイイィィン───……

 

IS(雪風)の機体が起動し白銀色の装甲に色が灯る。幾つもの投影型ウィンドウが開き高速に0と1の数列が流れた後、閉じたそれらの代わりに新たな1枚が開かれそこにはあの時と同じ交差した翼をあしらったマークが浮かんでいた。

 

『ISS起動を確認、コアネットワーク接続、【雪風】起動しました』

 

『やっぱりつー君はISが動かせたみたいだね……』

『だが何故翼は動かせるんだ?世間では誰ひとり動かせていないようだが……』

『確かに謎ね、でも今はこの実験について集中して千冬ちゃん。翼も良い?』

「勿論、注意が散漫になって変な所で躓いて大事故は起こしたくないからね」

 

無事起動したIS、【雪風】は束が翼の為に設計し琴音が自らの可変戦闘機技術をIS用に応用発展させた『宇宙空間用のマルチフォーム・スーツ(本当の意味での束の夢のカタチ)』であり、基礎データ(ISコア)にはASF.C.F–X00/YF-0(コアNo.ØØ【雪風】)の飛行データ(謝りに来た時についでにばれて束はしっかりと琴乃に叱られた)が使用されている為にその外見は可変戦闘機のバトロイドを人のサイズまで縮めたような印象を受ける姿である。

そして今は本来ならば熱核反応タービンが搭載されるはずの場所には太陽炉が搭載されていた。

 

『じゃあこれより太陽炉搭載実験を開始します。翼君(つー君)、起動を』

「1号炉起動」

 

脚部に搭載された炉が独特の稼動音と共に起動し淡く儚い蒼色の粒子を放出しつつ同時に少しずつも生成された純粋なエネルギーを機体各部に送り込んで行く。

 

『太陽炉1号炉稼動率20%……30%……40%……なおも上昇中』

『順調……だな』

『うん、此処までは太陽炉単体の起動実験でも

問題は此処から、稼動率が80%以上で安定領域に入る事になるけど機体(コア)の相性もある。此処から先は私でも分からない』

『そうか……』

『稼動率70%を超えたわ、後少しね』

 

実験が順調に進む事に千冬は少し安心したようだが束の顔は未だに硬い、琴乃とも話したがいくら天才(天災)といわれる頭脳を持つ彼女でもこの先の未来については少々不透明過ぎたのだ。

 

『……駄目駄目、今は他の事を考えてる余裕なんてない。翼君が乗ってるんだから……』

 

そう呟いた束は心に立ち込めていた僅かばかりの不安を脇に追いやり再びしっかりと雪風の現状の映し出された画像に目をやる。……今の所問題はないようだ。

ほんの僅、ほんの僅だけ安心し安堵の息を吐いた束だったが世界とは如何にも残酷で嫌らしい事か、最悪の事態こそはそんな時にこそ唐突にやって来る。

 

 

ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!

 

 

『緊急事態発生!コアNo.ØØ(00)機の内部太陽炉に高エネルギー反応有り。稼働率300%、理論値を大幅に超えているわ!至急実験の停止を!』

『駄目っ!停止信号を受け付けない、まさか……『暴走』⁉︎』

 

突然に鳴り響き始めた警報に束は焦る心を抑えつつ急いで原因を探る為に動き出す。捜索から発見までに掛かった時間は時間にして数十秒程度、それでも今の彼女にはそれが何時間にも感じた。急いで原因たる太陽炉に停止信号を送るがERRORとだけ表示され反応はない。『暴走』した太陽炉は【雪風】の白い装甲にそこから過剰なまでの膨大なエネルギーを送り込みそれにより装甲が異常な閃光を放ち様々なシステムゲージがラインオーバー、理論上の最大値さえも超えて上昇し続ける。

 

「つー君‼︎」「翼ぁっ‼︎」「翼‼︎」

 

懸命に束と琴乃は事態の沈静化の為全力でキーボードを操作し太陽炉へのアクセス回復を行うが間に合わない。3人が絶叫にも近いその悲鳴のような声をあげる中、翼はたったひとつの言葉を紡いだ。

 

「時すら凍らせる蒼き氷よ、全てよ凍り付け『氷結鏡界(アブソリュート・ゼロ)』」

 

翼が唱えたのはたったひとつの呪文、だがその呪文から生み出される魔法は呪文通り全てを凍り付かせる最強クラスのものである。

 

『何するつもり翼⁉︎その呪文はまさかっ』

「1度全て凍らせる、そうすれば時間は稼げる!」

『そんな事したら貴方ごと凍る事に!』

「ちゃんと助けてくれるんでしょ?なら大丈夫だ」

『でもっ‼︎』

「待って!」

 

暴走する雪風の末端から凍り付き始めた試験場に思わず管制室から飛び出して来た千冬が生身で飛び込んで来る。暴走した雪風に生身で近付くのはかなり危険なはずだが今の彼女にはそこまで考え至れるだけの余裕などは欠片も存在しない。ただ少しでも早く、翼の元に辿り着きたかった。

 

「嫌だ!私はっ、私はっ、諦めたくない!私はお前に受けた恩ひとつ返せていないのにっ‼︎だから手をっ‼︎」

 

駆け着ける千冬の手が伸ばされる。だが翼はその手を取らなかった。

 

「駄目だよ、それじゃ君まで巻き込む事になる。大丈夫、すぐ帰ってくるさ」

「翼っ‼︎」

 

 

『────』

 

 

「っ⁉︎」

 

触れたモノ、その全てを凍らせる伝説上の氷が暴走した雪風を覆い、凍らせ、そしてそこに乗る術者()ごとその無慈悲な絶対聖域(氷の結界)で包み込む。最後に紡がれた言葉は氷が凍り付く音色に阻まれ後に残されたのはあと一歩という所でその手が僅に届かず氷に阻まれた少女とただ見ていることしかできなかった少女と女性、そしてただその場には少女達が零した悲痛な絶叫と涙が凍てつく大気(蒼氷)に溶けてゆく、たったそれだけだった……。

 

 




駆け足過ぎたかな?取り敢えずこれで原作前編は終了です。次からは原作が開始してからの話になります。

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