〈16〉
その日人々は目にする
白き
白き翼に
戦場を駆け抜け多くの人々の命を救い、救えぬ事に嘆いた者達の絶望を希望に変えたその白き一対の翼は人々の目とその心にソラへの憧憬を焼き付けた。
これは『騎士』と『戦乙女』の英雄譚、
◆◇◆
太平洋中央海域上空にて、たった1機の戦闘機がミサイルの雨の中を飛び回りただひたすらにミサイル達を破壊、叩き落としていた。
「……くそ、ミサイルの量が多い……」
翼は操縦桿を傾け機体下に付いている試作30㎜ガンポッドと両翼付け根にある20㎜機関砲をフルバーストで撃ちながらミサイルを撃墜しつつ『
「ぐっ、……大陸間弾道ミサイルじゃなく普通の大型か小型ミサイルが大半だから何とかなってるけど、これが多弾頭ミサイルや
【前方より地対空ミサイル接近、数3、直撃コース】
「まだまだっ‼︎」
ガウォークに変形し減速急上昇、直撃コースだったミサイルを回避し手にする試作30㎜ガンポッドで破壊する。
「ぐううぅっ」
耐Gスーツなど着る暇もなく
「うおおおぉぉおおーーっ‼︎」
掛かる
「はあ、はあ、はあ……ぐっ」
ミサイルを回避する為に降下し海面ギリギリ数十㎝上を飛び回避した後に機首を急に持ち上げる。無茶な機動の所為で機体の各所にエラーが出るが一瞥すらせずに操縦桿を引いた。ミサイルの雨の中を上空向けて突っ切る、その先にあるのは遥か上空にて白線を引きながら飛翔する核の搭載されたミサイルその数24本。
「いっ、けぇぇぇええええっっつ‼︎」
【ミサイル誘導開始、4発分の爆破で24纏めて破壊します。着弾まで6秒、退避行動を】
主翼に懸架されていた4発の
【今の攻撃でこれまで発射された核搭載兵器の7割の破壊に成功、残り3割はたった今未確認機の持つレーザーに撃ち抜かれ反応が消失しました】
「なら……はぁ、後は……はぁ、普通のミサイルを!」
休む間も無く機体を反転させ既に通り過ぎた幾つかのミサイルを背後から追撃する。そして辿り着いたその先では時にブレードで斬り裂き、時に
「援護する。これでっ、終わりだっ!」
操縦桿を倒し降下、バトロイドに変形し不明機と背中を合わせるようにガンポッドと機関砲を構えて撃ちまくる。20㎜と30㎜の弾丸と不明機のビーム光線が通り過ぎようとしたミサイルを全て叩き落とす。この際銃身が焼け焦げても構わない、残りは僅か、ここで全て叩き落とす‼︎
【残りミサイル357、あと5分耐えて下さい】
「いけぇぇぇぇえっ‼︎」
長い世界で1番長く、最も沢山の生命が賭かった最後の5分間の迎撃が始まった。
◆◇◆
中国、北朝鮮、韓国、露国、米国、豪州、太平洋、北極海にて発射されたミサイルの数は総数約4.000、影にて1人の天災の尽力にて遅延、迎撃精度向上の援護を受けたそれらはその内日本首都東京への直撃コースで予想されていたミサイルの数は領海領土内で自衛隊に撃墜された2.000を除く約2.000発。その内の561発は雪風に乗る翼に撃墜され残りの約1439発はミサイル発射及び到着予想からほぼ同時刻に出現した謎のヒト型兵器により全て残らず日本本土沿岸までに駆逐された。
そして……、
全てのミサイルを落とし終えた後、雪風と白い人型機は向かい合うかの様にして太平洋上の空に滞空していた。
「…………」「…………」
ガウォークのまま翼はただ向かい合い続けるが両者共に互いに無言、どちらも何も言わず何も言えず、ただ
「……千冬さん」「……翼」
ただ唯一言えたのは
だが時は、世界は2人を待ってはくれない。2人の
「……まずいな、このままじゃ
最初に『
【……マスター、私は『不明機』への攻撃を提案します。貴方が全て負い目を背負う必要はありません。私は貴方を支えるモノであり共に歩むモノ……だから貴方だけに
雪風がそう画面に綴るのを見て翼はより惨めな気持ちになる、相棒にそんな事を言わせてしまった自分はどれだけ情けないのか。あの日、もう『後悔だけはしない』ようにと決めたというのに。
「くそっ…………ごめん、千冬さん。俺は、俺は……」
……そして悩んだ末に翼は千冬でなく
「こちら日本国航空自衛隊次世代型先進技術実証機試験団所属ASF.C.F–X00/YF-0です。貴女の行動に我々が守るべき国民の生命を守って頂いた事、深く感謝します。
しかしここは日本国領空内であり日本の法が適用されます。よって貴女の使用している機体は刑法に抵触しており同時に未確認機である貴女は領空侵犯をしています。多大なる恩人に対し誠に心苦しいですが武装を収め投降して下さい。応じて頂けるならば身柄の安全は保障します」
翼は対象を相手だけに絞る接触回線ではなく広域に無差別に発信する
「…………」
返答無し、ある意味想定通りであるがF-15J改とF-35Bが雪風と不明機の目視できる距離まで近付いたその時、そこで事態が急変する。突如
【米海軍機、本機に向けロックオン、ミサイル発射、総数4、回避を】
「くっ、駄目だ間に合わない……ぐぁっ⁈」
着弾、爆発。ミサイルは雪風右後方に着弾しその衝撃は雪風を、操縦席に乗る翼を揺さぶる。だが雪風は
「!、千冬さん……貴女という人は……」
翼が見た先に居たのはついさっきまで雪風と向かい合っていたはずの不明機だった、そしてその手には一丁の銃が握られており僅かにだがその銃口からは銃身加熱による白煙のような物が立ち昇っている。彼女は1度量子化していたビームガンを瞬時に取り出し4発ものミサイルを一瞬の内に全てを撃ち抜いていたのだ。
「……やってくれたな米軍め、翼の牽制すら無視して動きを見せる前に奇襲とは。何が「
「だがそう簡単に私をいいように扱えるとは思うなよ?私の大切な者に手を出したんだ、取り敢えず海に頭から飛び込んで頭を冷やして来い」
一閃、米軍最新鋭機であるF-35Bの主翼や尾翼を瞬く間に千冬はブレードやレーザーで両断、もしくは貫通させ脱出させた上で海面に墜落させていく。流石に無闇矢鱈と命を奪う程キレてはいないようだが容赦が無い、それを見てヤバイと感じたのかすぐそこまで来ていた筈のF-15J改は1度空域を離脱していた。
「F-35B16機を瞬殺って……これは千冬さんが凄いのか?それともF-35Bが弱いのかどっちだ……?」
多分千冬さんが強過ぎるだけです、ハイ
しかしこれからどうすべきか……戦うべきなのだろうがイマイチその気にはなれないし助けて貰った手前こちらから仕掛けるのもどうかと考えられる。そして翼のそんな悩みに気付いたのか
『今後禍根を残さぬ為にも今ここで1度勝負を付ける』
言外に彼女から伝えられたその意味に、翼はガウォークが持つガンポッドの銃口を相手に向ける事で答える。
互いに間合いをとる
戦闘用意
(残弾は
(超振動ブレードの振動率は45%、レーザーガンの銃身は冷却中の上にエネルギー残量も先程の戦闘で尽きた)
武装良し
(機体は色々と無理な機動をとった所為で損傷は酷い)
(やはり機体が私の反応に完全に対応出来ずズレが酷くなってきている)
気合い良し
(燃料の残量からしてもう余り長くは飛んではいられない)
(リミッターを途中で解除してしまったから
覚悟良し
(なら)
(ならば)
「「最短でケリを付ける!」」
翼も千冬も互いにスラスタを全開にし相手目掛けて一気に間合いを詰める。ガウォークの右手に持ったガンポッドの銃口が標準に合わさり、白き騎士の持つブレードが脇構えで構えられる。
発砲、一閃
互いにそのままの勢いで
「……くっ」
「ふっ……私が考えていた以上の腕だな……翼」
海に落ちてゆく赤い両断された
『ちーちゃん!』
「問題無い、このまま海に
『了解、手配しとくね』
そのまま海に消えた千冬の姿を視界の端に収め翼は雪風の主翼が半ばで無くなった事で不安定になったガウォークのバランスを整える。彼女が海に逃げたという事はおそらく逃げ切られるだろう、元から彼女を捕まえる気も捕まえさせる気も毛頭無かったが、これは勝負には引き分けて戦いには翼は負けたという事だろう。
【不明機反応ロスト、索敵範囲外に離脱されました。マスター】
『ようやく繋がった……こちら研究所司令室、……翼』
「……右主翼が欠落していますがガウォークの飛行なら支障ありません。帰投します」
『了解、……気を付けて』
【お疲れ様ですマスター、ですが着陸するまで気を抜かないようご注意を】
ASF.C.F–X00/YF-0は機首を日本に向けその空域を飛び去って行く。
後日、翼の無断出撃の件は当時責任者であり保護者でもあった若宮琴乃所長の1年間減俸並びに次の可変戦闘機VF-1の開発チーム主任を担当する事、そして問題の翼に対しては下手に処分を下すと存在が露呈してしまう上ただでさえ太平洋上で米海軍機のいる前で自衛隊の所属であると宣言してしまった為に万が一にも存在が公表されれば少年兵にも見えなくはなく国際的批判を受ける事にもなりかねない為自衛隊幕僚本部は書類上のテストパイロットとしての情報を抹消、隠蔽し更識までもを動員し完璧な情報統制を敷いた。それによりテストパイロットの翼という存在は書類上自衛隊には存在しなくなってしまった為になかった事は罰せないという事態が発生、更に米海軍でさえ一瞬で落とされた不明機に善戦し引き分けたという
◆◇◆
世界の何処か、誰もが知っている場所であり、誰ひとり知らない場所にあるその一室。暗闇に包まれた円卓には幾つかのマイクとカメラ、そしてその背後に置かれたナニカしか存在しない席には人の気配が何ひとつしない、そんな部屋でひとつのスポットライトが灯った。
『……此度の件、実行したのは誰だ』
言葉が発せられたそこに映し出されたのは青い旗、青の布地に白い地球儀の模様が描かれた1枚の旗である。
『左様、今回の件、我々の計画には
もうひとつ光が灯る、その下にあったのは1枚の向日葵の絵、紺の下地の上に5輪の向日葵の花が描かれた1枚の絵画である。
そしてその
『だが予想は付く、
『私は知らんぞ、会計部門。1番怪しいのは情報部門ではないかね?』
更に2つ灯ったライトの下に現れたのは今は亡きとある帝国皇族の紋章の刻まれた金の延べ棒の山とつい最近
そして
『さて、なんの事か分かりかねますね?』
『ええ、分かりませんね』
『いけいけしゃあしゃあとまぁ……、しらばっくれるつもりかね情報部門?』
そしてまた灯った下にあったのは50個の星が描かれたとある国の軍事機密の記された紙束と『代理』と書かれた1つのネームプレートだった。どちらも情報部門の幹部なのであるがその内の1人が開発部門の幹部を兼任する事となっている為今その席には代理という名の次期幹部候補がその席に着いている。
『しらばっくれるも何も、私は何も手を出してはいませんよ?ねえ?』
『私もです、それに私はあくまで情報部門幹部『代理』ですのでそこまでの権限はありません』
『どうだか……、口ではなんとでも言える』
『確かに』
『…………』
『…………』
『ともかく、今後の方針だけは決めて置くべきだと私は思うのだけれど?』
そして険悪となりかけたその場の空気に割り込んだのは1人の女性の声、今まで沈黙に徹していた
そしてその声に1番最初に声を出した『
『ふむ……、確かに実行部門の言う通りだな。では今後我々はあの『翼』達を生み出した『天災』篠ノ之 束と『天才』若宮 琴乃の身柄を確保する事を目的とする。尚同レベルの優先事項として今噂のASF.C.F–X00/YF-0のパイロット、その情報の収集もまた並行して行うとする。異論は?』
『無い』
『無いな』
『無かろう』
『無し』
『無いぞ』
『無いわ』
『では本会議を終了する、全ては我らが悲願の為に』
そこで
◆◇◆
白騎士事件以降、世界ではISの『女性にしか乗れない』という余りに大きな
とある軍人は言う。
「あの時、あの空に、あの翼が存在しなければ今自分はここに居ない。あの翼があったからこそ今自分達は諦めずに前を向けるのだから」
僅か467個しかないISコアによる空白を埋めるために配備されたのはISと同じ
ならば腐っている場合ではない、腐っていてはいけない。彼はその身を持って誰よりも早く今、近頃囁かれる『IS神話』を否定して見せた。ならばそれと同じ翼を持つ自分達がソレを否定できない訳がない、否定しなければならない。
ISが女にしか使えない?
大いに結構、なら我々はISとは違う翼でその隣に立とう。かつて私達の絶望を希望に変えた、あの『戦乙女』の様に。今度は私達が『戦乙女』と共に、
では何故私達がそうまでして空を飛ぼうとするのか?
自分達よりも前に出て来た女性に対する嫌悪か、今まで空を飛んでいた者としての意地か、それとも女性ばかりを戦いに出す事からきた無力感からの矜持なのか。確かにそれもある。だが敢えて言おう。
そんな事決まっている。ただ『飛ばずにはいられなかった』からだ。
『
今、世界の空には今尚続く彼らの英雄譚が綴られ続けていた。