〈15〉
西暦2007年8月15日、その日世界は変わる。先の同年6月某日に開かれた航空宇宙工学の学会にて
それは決して
されどそれは
そしてそれを
全てはその日、
◆◇◆
8月15日、その日、束の機嫌はあまりよろしいとは言えなかった。その理由は6月に彼女が学会で彼女の夢のカタチ、『インフィニット・ストラトス』を発表した際、世界は彼女を
「クソォっ、良いよもう!ならオモチャだと笑った私の夢で本当に宇宙……月に行ってついでにテレビもジャックして盛大に笑って自慢してやるぅっ!」
「…………荒れているな、束。まぁだからこそお前最近あいつの前に出てこないんだろうが」
「うっ、……それは……」
そしてそんな荒れに荒れた束に物怖じせずに背後から声を掛けたのは真っ白な全身スーツを着た千冬だった。
「全く……前に翼に『私の『
「わ、悪いちーちゃん!あれだけ大見得切ったんだよ⁉︎あんなにドヤ顔かまして自信満々に言い切ったんだよ⁉︎しかも乙女の決死の覚悟なんだよ⁉︎恥ずかし過ぎるよぉぅっ‼︎」
「阿呆、隣でいた私も見たわ。分からんでもないが翼をそれを笑うとでも思っているのか?」
「そんな事ないよ!……多分つー君なら『大丈夫、束さんなら次こそ世界を納得させる事ができる。その為ならもし良かったら俺も手伝うよ』って絶対言ってくれるに決まってるけど私はつー君を驚かせたいの…………本当は今日のつー君の『誕生日』に間に合わせたかったんだけど今年はもう無理かな……。私の初めての夢を1番初めにプレゼントしたかったんだけどね………」
そう言って束はほんの少し寂しげな微笑みを零す。本当は今日この日、彼女は自分が抱き彼が名付けてくれた『
「バカが……すっかり乙女の顔をしおって、全く……私だって翼を驚かせたくて内緒で手伝っているんだそ?確かにそんな顔をするのはお前の勝手だが手は動かせ、さもなければただでさえ渡す時期が遅れているのにまた渡す時期が遅まるぞ?」
「…………そうだね、ちーちゃんの言う通りかな?」
千冬の
「……じゃあ気を取り直して、今日の稼働実験を始めるよ」
「ああ、分かった。今日は何処の実験場に行けばいい?」
「今日は試作品として作ってあった超振動ブレードの改良品の試し斬りと同じく試作品のレーザーガンの改良品の試し撃ちをして欲しいから1番広い地下第4層実験場かな」
「了解した、1時間で全ての
「それは内緒、それに流石所長付き秘書さんだね。スケジュールの管理はお手の物、って感じかな?」
「常識だ、寧ろ全く気にしないお前がおかしい。それで何度私と翼が注意したことが……はぁ」
「あはははは……」
突然の話の方向転換と思い出した事に頭の痛そうな千冬に束は思わず苦笑いを零してしまった。
「全く……とにかく、行ってくる」
「頼んだよ〜……っ⁉︎これって‼︎」
千冬が踵を返し研究室から出ようとしたその時、束の見ている空間投影型
「どうした?束、お前らしくもない」
「だってっ!見てっ!」
その長い付き合いである千冬ですら未だかつて滅多に見た事の無い束の反応に千冬は進行方向を反転させすぐにその束の側に立つ。そして束によって見えやすく表示されたディスプレイを見て同じく千冬もまた瞬時に顔色を変えた。
「何……っ⁉︎日本周辺国全ての軍事基地及び
このままでは中国、北朝鮮、韓国、ロシア、アメリカ本土、オーストラリア、太平洋、北極海にあるミサイル基地及び原潜から一斉に発射されたミサイル、その数約4,000が降り注ぐ事となる。その中には勿論『核』弾頭を搭載した物もあり、その全てが日本に降り注げば日本は島が沈むとはならずとも確実に地形は変わる。それも日本にいる全ての人間を巻き込んで、
「自衛隊と在日米軍でもここまでのミサイル攻撃は想定していない。落とせて精々半数程度、それもこんな事態では100%可能とは言い切れん……お前でも止められないのか」
「ごめん……無理、でもシステムに割り込めば限界までは発射まで引き伸ばせると思う。……でもそれでも
目にも留まらぬ速さで投影型キーボードを打つ束は幾つものウィンドウを開きつつそう零す。既にコントロールの奪われたミサイル発射システムの7割にハッキングを仕掛けシークエンスに
「……束、あの機体は、『白騎士』は出れるか?」
「え?それは……できない事もないけど……飛ぶ事メインで考えてたから武装はほぼ未完成だしエネルギー問題が解決し切ってないからリミッターを外したら半日も保たないよ?……ってまさかちーちゃん……」
束は千冬の言葉から彼女が決意した事にすぐさま思い至ったのだろう。本来ならば目を向ける余裕すらない筈だが束はそれでも千冬へと顔を向けた。
「……そのまさかだ、束。私が『白騎士』に乗ってミサイルの迎撃に向かう。…………お前の夢をこんな形で世界に見せる事になる、いや明らかにさせる私を怨んでくれ。……それでも、私はっ……」
「……良いよ」
「え?」
「ちょっと今の白騎士じゃ頼りないかもしれないけど……ちーちゃんが
「だ、だが……、良いのか。お前の夢を、『宇宙に行きたい』と言う夢を私は私の為に『戦いの道具』として使うんだぞ⁉︎そんな事がっ「……ねえ、ちーちゃん」……なん……だ」
ならなんでそんなにちーちゃんは辛そうな顔をしているの?
「そ、それは……」
束の言った通り、千冬の顔は酷く辛そうな顔をしていた。
「ちーちゃん、本当に自分の為だけに誰かの夢を道具として使う人はね。そんな辛そうな顔をしないんだよ?」
「…………」
束は手を止めず、それでも千冬の顔から目を離さずに言葉を紡ぐ。その顔は……とても優しい顔だった。
「確かにISが戦いの為に使われるのは生みの親としては悲しいよ、だってこの翼は元々宇宙を飛ぶ為に作ったんだから。……でもね、本当は最初から分かってたんだ……。ISが兵器として持つとても高い側面に、副次的なものだとしても現存兵器とは一線を画す能力を持ってる事くらい」
搭乗者をデブリから防ぐ為の防護シールドも宇宙空間での作業楽にするパワーアシストやインターフェイスを利用した機体の思考制御、万が一搭乗者が宇宙で迷子になった場合の最後の砦として搭乗者の救援までの間体調や精神を安定させる為のナノマシーンさえも、どれを取っても、いやISそのものを兵器に転用する事も出来る。
「でもね、ちーちゃん。私は世界を、人を信じてみたいんだ。きっとIS達は世界を良くも悪くもがらっと変えてしまうだけの価値が有る、変えてしまう。でも人はきっと良い方に向かっていける、向かう事が出来る。つー君が教えてくれたように」
生み出されたモノに善悪などはない、本当に大切なのはそれを扱う者次第。それは魔法もISも変わらない、でもどれだけ人が使い方を間違えようと、いずれきっと人は良い方向に使っていける。
「だから
「ああ……、分かった。私は忘れない、あの日の翼との『約束』を………ありがとう、束。いってくる」
「いってらっしゃい、ちーちゃん」
完全ではないものの束の言葉に吹っ切れたのか、千冬は部屋から出ると『白騎士』の鎮座している格納庫のハンガーに向けて全力で走って行った。
「あーあ……、こんなの私の、束さんのキャラじゃないのに……。絶対こういうカッコいいのはつー君の仕事だと思うんだよなー……」
ただ1人残った部屋に束のそんな小さな呟きが響く。誰よりも
「さーて、一丁ちーちゃんと2人で
未来の
◆◇◆
その頃、とある研究所の一室でとあるニュースを見ていた少年が1人いた。つい先程着いたばかりでジーパンに半袖のシャツとかなりラフな格好をしたその少年、若宮 翼は緊急ニュースにて流れる『4,000ものミサイル発射が日本に向け発射される直前である』と言うテロップとキャスターの報道を見ていた。
『緊急ニュースです、先程首相官邸にて緊急非常事態宣言の発表がありました!本日9時27分、日本周辺にある中国、北朝鮮、韓国、ロシア、アメリカ、オーストラリア等の国々のミサイル基地が一斉にハッキングされ発射態勢に入ったとの事です!防衛大臣曰く「本来ならばミサイルの発射はもう既に行われていてもおかしくは無い時間は経過している筈だが未だハッキングの行われたミサイルは発射されていない。もしかしたら
キャスターがニュースを視聴する全ての人間に対して避難を呼び掛ける。4,000発ものミサイルが日本を目指しているのだ、恐らくこんな事現代に入った今……いやこれから先未来でもそうそう無い大事件だろう。規模で言えばアメリカ同時多発テロとは比べ物にならないレベルのものである。ただ翼が注目していたのはそんな事ではなく、防衛大臣が言った『もしかしたら
『あっ‼︎速報です!海上自衛隊護衛艦群と陸上自衛隊が展開している日本海側にて撮影を行っていた当番組のクルー達が謎の機体を目撃、ごく僅かにですがその姿を捉えました!ご覧下さい!…………皆さん、見ましたか?スーパースローでもう一度再生します、ほら、ここ!ここです。見て下さい、私にはこれは戦闘機でなく
……あった。まさかと思ったが本当にあった。間違いない、この事件にはあの2人が、束さんと千冬さんの2人が関わっている。それも束さんの夢を望まない形で使ってまで彼女達は日本を、自分達を守ろうとしてくれている。
「くそっ!あの2人にだけ押し付ける訳には、傷付けさせる訳にはいくかっ!」
翼は部屋から飛び出し1人格納庫に向かう。この状況を打破する事が可能な、自分も彼女達を守る事ができる手段を手に入れる為に。
「着替えてる暇は無い!でも運が良かった!今日が武器弾薬を満載した際の機体の状態を調べる為の実験の日で今から準備するまでもなく実弾が装備されてて」
思考接続用インターフェイスの付いたヘルメットだけは被り翼は耐Gスーツも着ずに身着のままそのままで雪風の
「機体電源起動、主機エンジン始動開始……メイン・サブシステム起動、戦術データリンクシステム
画面に浮かぶチェック項目を即行でクリアしていき機体の状態を確認する。……うん、流石うちの整備員さん達は腕が良い。全システムオールグリーン。
「ただ問題は……」
機体に問題は無い、問題は無いのだが肝心な事に翼は格納庫の隔壁の電子ロックを開けられない。全数列14桁の数字など覚えられないし、そもそも翼はその辺りについては一切教えてもらっていないのだ。
「どうやって開けるか……まさかミサイルで吹っ飛ばす訳にはいかないし、そもそもミサイル4発で吹っ飛ばせる厚さじゃなかったよな……この隔壁」
ここにあるのは最新鋭の新機構を積んだ世界にひとつだけの可変戦闘機である。その分この研究所の警備網は人的、電子的にも最高峰の強度を誇りそれは
どうしようかと考え徐々に焦りが現れ始めた翼は操縦桿を握る握力が上がる。機体に搭載された武装?これから必要になるしたとえ使っても隔壁は破れない。魔法?監視カメラがあるここで堂々と使える筈がない、却下だ却下。
「だがどうすれば……どうすれば良い?何か手は無いのか⁉︎」
翼にしては珍しく言葉として内心に思っていたその焦りが口から漏れる。その時、今まで計器関係の情報が浮かんでいた画面に今まで見た事の無い
【────搭乗者の波長適合を確認、
────システム起動、これより
お困りですか?マスター】
「君は……?」
【私はコア
画面に綴られるその
「ISコア……って事は束さんに生み出された束さんの『夢』を実現させる為の根幹を成す部分と言う事?」
【
「ならなんで君はこの機体に?」
【残念ながら私もお母さんから知らされていませんのでお答え出来ません】
「……そうか」
束さん……貴女自由過ぎやしませんか?せめて取り付けられた本人にくらいは理由か何か言っときましょうよ……
やはりというかなんというか、やっぱり分からないという謎は謎のままなのだがいつもの事なので翼は
「ところで俺は君をどう呼べば良い?名前とかはあるのか?」
【名前ですか?それはもう貴方が呼んでくれたではないですか】
「え?」
【私の名前は【雪風】、私の意識が目覚めてから初めて出逢った貴方が呼んでくれた『幸運』と『奇跡の栄光』の名を冠する貴方の『翼』。
その文字が表示された瞬間、雪風のハッキングを受けた格納庫の隔壁の電子ロックがガコンと言う大きな音と共に外れる。ゆっくりと開く扉の向こうから溢れるその光に、翼の乗る
◆◇◆
『F.C.F–X0/YF-0起動、システムオンライン。格納庫から第2滑走路へ移動開始、機体及び火器管制全システムオールグリーン。出撃スタンバイ』
武装積載時機体状況試験を行おうとしていたその直前に発令された周辺国のミサイル強制発射の報を受け騒然としていた筈の研究所の発令室に、何故かそのシステム音声は恐ろしくよく響いた。
「⁉︎、搭乗者は誰⁉︎離陸命令及び搭乗許可は出てないわっ‼︎」
「若宮所長‼︎搭乗者は翼君です‼︎」
「なっ⁉︎」
その報告に丁度機体状態試験の責任者としてその場にいた若宮 琴乃はただ驚いた。まさか翼がそんな行動を取るとは思ってもいなかったのと、そもそもASF.C.F–X00/YF-0、雪風はいくら試験前で整備が完了しておりほぼ完成した機体であろうとも中学3年生の子供がただ1人で動かせるような代物ではないからでもある。だがしかし、現に雪風は今、翼ただ1人の力だけで起動し格納庫から発進している。
「機体は電源さえ入れればエンジンは起動するけど格納庫のロックは翼じゃ開けられない筈……でもどうやって……」
まさかあの時束のお願いを許可し取り付けさせる事を許したあの黒い箱に入っていた物が彼女自身が初めて製造したISの中枢を成す根幹部、翼の為だけに生み出されたISコアだとは知らない琴乃にはその訳はいくら考えても分からない。
『母さん……』
「翼っ、今すぐ戻りなさい‼︎その機体はまだ実戦には耐えられないし自衛隊からの離陸命令と許可は出てないわ!今出したら貴方は軍法会議に掛けられるわよ‼︎」
『ごめん母さん、でも俺はあの2人を、千冬さんと束さんを守りたい。彼女達の翼を戦いの為に使わせたくないんだ……だからこの翼を借りるよ、……もう誰も傷付けたくはないから』
「やめなさい翼っ‼︎翼っ‼︎」
『……ブツッ』
「……回線遮断、『ASF.C.F–X00/YF-0【雪風】』とのコンタクトが全て途絶えました」
「っ‼︎」
彼女はすぐ側にあった金属の机をその拳で叩く、かなり大きな音が鳴るがそれだけ琴乃も余裕が無かった。その間も雪風は着々と離陸の為の準備を済ませて行く。
『ASF.C.F–X00/YF-0滑走路に到達、エンジン出力上昇中。出撃準備完了、管制塔離陸許可申請
……
許可申請棄却
ASF.C.F–X00/YF-0、Code-B-5発動、無許可強制離陸シークエンス開始します』
『こちら管制塔!ASF.C.F–X00/YF-0【雪風】の離陸を辞めさせて下さい‼︎離陸許可は出ません‼︎』
「所長……」
管制員と職員達の声を聞き琴乃は1度目を閉じる、目を閉じ、心を落ち着け、冷静になる。何が正しいのか、どうすれば後悔せずに済むのか、そしてどうする事が『親』として子にやってあげられる事なのかを。そして再び目を開いた時、既に彼女の覚悟は決まっていた。
「……いいわ、私達はあの子に賭けましょう。オペレーター職員を緊急招集!航空自衛隊幕僚長にはミサイル防衛の為緊急出撃すると伝えなさい!それでも渋るなら実践データも手に入るから云々と誤魔化して、管制塔経由でASF.C.F–X00/YF-0の離陸許可を。全責任は私が負います」
「「了解‼︎」」
琴音は決断しメインモニターに映る『雪風』を見る。いつの間にか、未だ小さいと思っていた我が子は立派に成長していたらしい。その事を思い親として嬉しくなる反面、少し寂しくなる。元から手の掛からない、親に甘える事の少ない子であったがここまで強く我が儘を言ったのは初めてだったのだ。ならば叶えてあげたいと思うのが、思ってしまうのが親というものだろう。
だから絶対に大切な2人を守って帰ってきなさいよ?そうじゃなきゃ偶には親らしく貴方を叱れないじゃない。
成層圏に飛び立つもう一対の純白の翼、彼女の理想を乗せたその翼は彼女の息子の望みを叶える為に今、大空へと飛び立った。