〈13〉
そしてまだ満開の桜がゆっくりと散るそんな4月のある日、航空自衛隊基地に隣接された研究所の格納庫ではつい先日試験飛行の許可が下りた試作実験機のテストパイロットが代わって初の第3回飛行試験が行われる前の最終整備が行われていた。
「AからCまでの回路異常無し」
「EからG、こちらも異常無い」
「計器異常無し、操縦系は?」
「主翼、尾翼共に異常無し」
「主機、福機共にエンジン異常無し」
ひとつひとつ丁寧に整備士や研究者達が整備チェック要項を確認し機体を万全となるように整えていく。その場には同じくバイトとして働いている千冬や束も居た。
「整備主任、状況は?」
「はっ、全体の79%が完了、毎分3%の速度で実行中です」
「予定通りだな、頼む」
「無論です織斑
「篠ノ之
「ちょっと待って、今行く」
「お願いします、こいつは顧問じゃなきゃ弄れませんからね」
「ちょっと⁉︎それは禁則事項だよ⁉︎」
「おっと、いけないいけない。そうでしたな」
「わざとだよね⁈それ絶対わざとだよね⁉︎」
琴乃お下がりのレディーススーツに身を包み整備主任のおっちゃんに現在状況を確認している千冬に同じくお下がりの白衣を纏った束は
……2人共違和感ねぇな……大人に混じって
そう考えていたのはここに来てから2度目の試作パイロットスーツを着てヘルメット片手に格納庫の片隅でその様子を眺めていた若宮翼である。何故
「さ、最近恥ずかしい事に家計が……な、それに
「琴乃さんとは話が合うし色々と……ね?それに
らしい。2人が良いならそれで構わないしもし有っても言う権利は無いとは思うのだが何か母親が無理を言ったりはしていないかと少々心配になるのだった。
「……そう言えば束さん、前に謎の装置を
先程のように毎回整備士の人に呼ばれて取り付けた張本人である彼女自身がメンテナンスチェックを行っている黒い、丁度手のひらサイズの正方形の箱を翼は脳裏へと思い浮かべ首を傾げる。
「……本当にアレ何なんだろうね」
「アレってなんですか?」
「ん?アレって言うのは……って誰かな君達?」
思わず口から零れ落ちた考え事に返事が帰って来た事に違和感を感じた翼はその声が発せられたであろう方向、左下を見る。丁度左手に抱えたヘルメットの死角となる位置には2人の女の子が立っていた。身長からしておそらく10代前半、丁度栞や一夏、箒達と同い年くらいの女の子で1人は人見知りなのかもう1人の
「私の名前はかたな、こっちは妹のかっちゃん」
「……は、はじめまして…………」
「こちらこそ初めまして、俺は翼、よろしく2人共」
「分かった」
「……うん」
……なんかめっちゃかわいい、素直過ぎてなんかめっちゃかわいい
「はっ!悪い、いつも妹達にする感覚でつい……」
「「あ……」」
急いで手を引っ込めるが撫でられていた当の2人はなんだか残念そうにその手を目線で追い少しシュンとなる。
やべぇ……めっちゃかわいい!めっちゃかわいいんですけど⁉︎
この似てる水色姉妹、どうやら翼の
「ところで2人はどうやってここに?格納庫は関係者立ち入り禁止だしそもそも研究所に入るには受付で貰うか交付されたカードキーが必要なんだけど……もしかして迷子?」
「違うよ〜、お父さんの仕事に一緒に連れて来て貰ったの!断じて迷子なんかじゃないんだから!」
「仕事?もしかしてお父さんは自衛隊の幹部の人?いやでも子供をこんな場所に連れてくるか……?」
「違うよ、お父さんは悪い事する人達から日本を守る人だよ!」
「悪い事をする人から守る人って事は警備の人?いやでも日本て……」
思わぬスケールの大きさに彼女達の父親の職業が気になる翼であるが、残念な事に時間が来たらしい。“発進準備”を表す天井に付いたランプが回り始め、機体の整備を行っていた整備士達が機体から離れていく。
「まだ話したい事は色々あって残念だけどまた今度かな、良かったらで良いから屋上からでも試験飛行を見てね」
「うん分かった」
「……はい、分かりました」
頷いてくれた2人に軽く手を振りつつ翼は機体に向けて走る。途中で翼が来るのを待っていたらしい千冬と束と一瞬視線、『頑張って』と込められたそれに『了解』と視線で応えて
機体電源スイッチ、オン
戦術データリンクシステム、
火器管制システム、
全システム、
『こちら研究所発令室、これより第3回可変型戦闘機飛行試験行います。若宮君、気分は?』
「悪くはありません、大丈夫です」
『分かりました、では予定通り第3滑走路へ移動して下さい。尚この後の指示は航空自衛隊基地管制塔を優先、プラン通り行動して下さい』
『こちら航空自衛隊基地管制塔、現時点をもって
「こちらV0、滑走路滑走開始地点に到達」
『了解、離陸発進許可出ました。V0は発進して下さい』
発進許可が下りた、後は
『若宮君、成功を祈ります。
「了解。V0、ASF.C.F–X00/YF-0 雪風、発進する」
左手の出力レバーを目一杯前まで押し込む。リミッターの掛けられたエンジンが瞬時に最大出力を発揮し前へと加速を始める。
「……100、……200、……300、予想滑走離陸地点まで残り100」
「90、80、70、60、50、40、30、20、10、今‼︎」
そして滑走が距離400に達したその時、白銀の翼は空中へと浮き上がり車輪が地面から離れ、そのまま空に向け一直線に飛翔する。
琴乃の
◆◇◆
白き翼が空を舞う。踊るように、流れるように、まるで剣の型、剣舞かの様にあの翼は自由自在に天を翔ける。
右ロール
左ロール
バレルロール
右旋回
左旋回
ループ
背面飛行
追従飛行
空中起動変形
数々の試験内容を流れるように、そしてあのパイロット自身が心の底から楽しむようにしてこなしていく。それはひとつの『芸術』かのようで、そんなものに水色の2人の少女は魅せられた。
「凄い……」
「綺麗……」
太陽を背に天を翔ける
そんな白き翼の戦乙女は2人の少女の心を奪う、それは彼女達の空への思いを掻き立てるものであり2人は将来この翼が舞う空を目指す
「あ、飛行機雲」
「本当だ……」
高度5,000から18,000の間で巨大なループにより生まれた飛行機雲に彼女達は目を奪われる。
そしてその純白の円は
◆◇◆
飛行試験終了後、所長室には部屋の主人である若宮琴乃ともう1人、黒ずくめのスーツの男が対面に座っていた。
「飛行試験は成功、これで多分日本の
「ええ、今は余り国内外での日当たりはありませんがそれでもあの論文は興味が惹かれる内容です。だからこそ国内外からの諜報員が入らないよう
「そうね、私からすれば日本唯一の
琴乃の心からの言葉に
「それだけ貴女の夢が他人から見れば価値があるという事です。配備が発表されればすぐに表からも国外から情報の開示が求められ日本は開示せざるを得なくなると分かっているからこそ、根幹となるブラックボックスと初期配備については先を取りたいのか政府であり自衛隊ですから」
日本が国外からの圧力に弱いのはいつの時代、どこの世界でも同じ事、ただそれを最小限に止める為の努力はなるべく行われているのだ。そしてそれをなしている一族、それこそが日本を遥か昔から影から守り続ける対暗部諜報機関なのだ。
「分かってはいるわ、だから頼りにしているのよ。『更識』さん?」
「理解しています、では娘達を待たせていますので失礼します」
男はそう言って席を立つ。所長室にただ1人残っていた琴乃はソファーにもたれ天井を仰ぐ。
「…………日本唯一の対暗部を目的とした暗部、その当主『更識楯無』……ね」
琴乃の呟きは部屋の空気に溶けて誰の耳に届く事もなく消えていった。
え?何処から扇子を取り出したのかって?いやですね、それは