サードライフ=インフィニット・ストラトス   作:神倉棐

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試験飛行と水色のリボン

〈13〉

 

 

ASF.C.F–X00/YF-0(雪風)専属のテストパイロットのアルバイトを引き受けてから季節は巡り、いつの間にか1年の月日が経っていた。翼や千冬、束の3人も中学2年生となり更に今年からは栞や一夏、箒の3人も小学校新一年生になりつい先日家族揃って入学式を見に行ってきたばかりでもある。

そしてまだ満開の桜がゆっくりと散るそんな4月のある日、航空自衛隊基地に隣接された研究所の格納庫ではつい先日試験飛行の許可が下りた試作実験機のテストパイロットが代わって初の第3回飛行試験が行われる前の最終整備が行われていた。

 

「AからCまでの回路異常無し」

「EからG、こちらも異常無い」

「計器異常無し、操縦系は?」

「主翼、尾翼共に異常無し」

「主機、福機共にエンジン異常無し」

 

ひとつひとつ丁寧に整備士や研究者達が整備チェック要項を確認し機体を万全となるように整えていく。その場には同じくバイトとして働いている千冬や束も居た。

 

「整備主任、状況は?」

「はっ、全体の79%が完了、毎分3%の速度で実行中です」

「予定通りだな、頼む」

「無論です織斑秘書(・・)殿」

 

「篠ノ之顧問(・・)、顧問が設置した例の装置ですが」

「ちょっと待って、今行く」

「お願いします、こいつは顧問じゃなきゃ弄れませんからね」

「ちょっと⁉︎それは禁則事項だよ⁉︎」

「おっと、いけないいけない。そうでしたな」

「わざとだよね⁈それ絶対わざとだよね⁉︎」

 

琴乃お下がりのレディーススーツに身を包み整備主任のおっちゃんに現在状況を確認している千冬に同じくお下がりの白衣を纏った束はここ(アドバイザーのバイト)に来てからすぐに機体に取り付けた謎の装置のメンテナンスに走る。

 

……2人共違和感ねぇな……大人に混じって作業(バイト)してるのに本職に劣ってねぇぞ……

 

そう考えていたのはここに来てから2度目の試作パイロットスーツを着てヘルメット片手に格納庫の片隅でその様子を眺めていた若宮翼である。何故琴乃(母親)からのバイトの依頼(オファー)を彼女達が受けたのか、以前少し気になって尋ねてみたところ詳しくは言わないが曰く、

 

「さ、最近恥ずかしい事に家計が……な、それに時給(2千円)が良過ぎて………」

「琴乃さんとは話が合うし色々と……ね?それに私程(千年に1人)じゃないけど琴乃さんも天才(数百年に1人)だもの!」

 

らしい。2人が良いならそれで構わないしもし有っても言う権利は無いとは思うのだが何か母親が無理を言ったりはしていないかと少々心配になるのだった。

 

閑話休題(それはさておき)……

 

「……そう言えば束さん、前に謎の装置を操縦席(コックピット)の座席下に設置してたけどアレ、結局母さんの許可取ったんだろうか?多分勝手につけちゃ駄目だと思うんだけど……忘れそうになるけどコレ軍事機密だし」

 

先程のように毎回整備士の人に呼ばれて取り付けた張本人である彼女自身がメンテナンスチェックを行っている黒い、丁度手のひらサイズの正方形の箱を翼は脳裏へと思い浮かべ首を傾げる。

 

「……本当にアレ何なんだろうね」

 

「アレってなんですか?」

「ん?アレって言うのは……って誰かな君達?」

 

思わず口から零れ落ちた考え事に返事が帰って来た事に違和感を感じた翼はその声が発せられたであろう方向、左下を見る。丁度左手に抱えたヘルメットの死角となる位置には2人の女の子が立っていた。身長からしておそらく10代前半、丁度栞や一夏、箒達と同い年くらいの女の子で1人は人見知りなのかもう1人の背後(うしろ)に隠れながらこちらをチラチラと見ている。そして珍しい事に2人の髪の色は水色だった。

 

「私の名前はかたな、こっちは妹のかっちゃん」

「……は、はじめまして…………」

「こちらこそ初めまして、俺は翼、よろしく2人共」

「分かった」

「……うん」

 

……なんかめっちゃかわいい、素直過ぎてなんかめっちゃかわいい

 

(実妹)一夏(弟分)(妹分)も可愛いがこの2人はまた違うベクトルでの可愛さがあり思わず2人の頭を翼は撫でていた。

 

「はっ!悪い、いつも妹達にする感覚でつい……」

「「あ……」」

 

急いで手を引っ込めるが撫でられていた当の2人はなんだか残念そうにその手を目線で追い少しシュンとなる。

 

やべぇ……めっちゃかわいい!めっちゃかわいいんですけど⁉︎

 

この似てる水色姉妹、どうやら翼のシスコン(ブラコン)のスイッチを入れてしまったらしい。なんとなく前に千冬や束に見せた扇子マジック(広げたら中の文字が変わる)を見せたらかたな(姉の方)と言う名の子の方に馬鹿受けしてタネを仕込んだ扇子ごとプレゼントしておいた。そこでふと思ったのだがこの2人、どうやってここに入って来たのだろうか?

 

「ところで2人はどうやってここに?格納庫は関係者立ち入り禁止だしそもそも研究所に入るには受付で貰うか交付されたカードキーが必要なんだけど……もしかして迷子?」

「違うよ〜、お父さんの仕事に一緒に連れて来て貰ったの!断じて迷子なんかじゃないんだから!」

「仕事?もしかしてお父さんは自衛隊の幹部の人?いやでも子供をこんな場所に連れてくるか……?」

「違うよ、お父さんは悪い事する人達から日本を守る人だよ!」

「悪い事をする人から守る人って事は警備の人?いやでも日本て……」

 

思わぬスケールの大きさに彼女達の父親の職業が気になる翼であるが、残念な事に時間が来たらしい。“発進準備”を表す天井に付いたランプが回り始め、機体の整備を行っていた整備士達が機体から離れていく。

 

「まだ話したい事は色々あって残念だけどまた今度かな、良かったらで良いから屋上からでも試験飛行を見てね」

「うん分かった」

「……はい、分かりました」

 

頷いてくれた2人に軽く手を振りつつ翼は機体に向けて走る。途中で翼が来るのを待っていたらしい千冬と束と一瞬視線、『頑張って』と込められたそれに『了解』と視線で応えて操縦席(コックピット)に飛び込む。

 

 

機体電源スイッチ、オン

機体制御(メイン)システム、起動

機体補助(サブ)システム、起動

戦術データリンクシステム、作動開始(アクティベート)

火器管制システム、接続(オンライン)

 

全システム、オールグリーン(問題なし)

 

 

『こちら研究所発令室、これより第3回可変型戦闘機飛行試験行います。若宮君、気分は?』

「悪くはありません、大丈夫です」

『分かりました、では予定通り第3滑走路へ移動して下さい。尚この後の指示は航空自衛隊基地管制塔を優先、プラン通り行動して下さい』

『こちら航空自衛隊基地管制塔、現時点をもってASF.C.F–X00/YF-0(V0)の管制を開始します』

 

雪風(V0)はエンジン出力を少し上げ滑走路までゆっくりと自走し始める。途中操縦桿とペダルを動かし主翼と尾翼の動作翼の動きをチェックしつつ機体は第3滑走路へと入った。

 

「こちらV0、滑走路滑走開始地点に到達」

『了解、離陸発進許可出ました。V0は発進して下さい』

 

発進許可が下りた、後は滑走し(助走をつけ)あの彼方(蒼穹)に向け飛び上がる(羽ばたく)のみ。

 

『若宮君、成功を祈ります。幸運を(グットラック)

「了解。V0、ASF.C.F–X00/YF-0 雪風、発進する」

 

左手の出力レバーを目一杯前まで押し込む。リミッターの掛けられたエンジンが瞬時に最大出力を発揮し前へと加速を始める。

 

「……100、……200、……300、予想滑走離陸地点まで残り100」

 

「90、80、70、60、50、40、30、20、10、今‼︎」

 

そして滑走が距離400に達したその時、白銀の翼は空中へと浮き上がり車輪が地面から離れ、そのまま空に向け一直線に飛翔する。

 

 

琴乃の()に乗った翼は、その遥かな空へとその翼をはためかせて行った。

 

 

◆◇◆

 

 

白き翼が空を舞う。踊るように、流れるように、まるで剣の型、剣舞かの様にあの翼は自由自在に天を翔ける。

 

右ロール

左ロール

バレルロール

右旋回

左旋回

ループ

背面飛行

追従飛行

空中起動変形

 

数々の試験内容を流れるように、そしてあのパイロット自身が心の底から楽しむようにしてこなしていく。それはひとつの『芸術』かのようで、そんなものに水色の2人の少女は魅せられた。

 

「凄い……」

「綺麗……」

 

太陽を背に天を翔ける戦乙女(ヴァルキリー)、乗り手は男ではあるがその雛形(オリジナル)である雪風を設計した女性がこれから生まれるであろうその機体とその後継機達にValkyrie(ヴァルキリー)という愛称を付けた。

そんな白き翼の戦乙女は2人の少女の心を奪う、それは彼女達の空への思いを掻き立てるものであり2人は将来この翼が舞う空を目指す目標()となった。

 

「あ、飛行機雲」

「本当だ……」

 

高度5,000から18,000の間で巨大なループにより生まれた飛行機雲に彼女達は目を奪われる。

 

そしてその純白の円はいつまでも(高校生になろうとも)空に憧れた彼女達の記憶に残り彼女達がこの日の事を思い出す為の大切な思い出となる。彼女達が初めて描いた『空への夢』を思い出させる、そんな優しい記憶として。

 

 

◆◇◆

 

 

飛行試験終了後、所長室には部屋の主人である若宮琴乃ともう1人、黒ずくめのスーツの男が対面に座っていた。

 

「飛行試験は成功、これで多分日本の次期主力戦闘機導入計画(FX)にASF.C.F–X00/YF-0、正式採用されればVF-1だけど採用されるのは確実でしょうね」

「ええ、今は余り国内外での日当たりはありませんがそれでもあの論文は興味が惹かれる内容です。だからこそ国内外からの諜報員が入らないよう我々(・・)がここの警備を担当している訳ですが」

「そうね、私からすれば日本唯一の対暗部迎撃暗部(・・・・・・・)が私の研究()の為に四六時中警備をしてくれているなんて贅沢としか言えないわ」

 

琴乃の心からの言葉に対暗部迎撃暗部(対テロカウンター組織)の長である男はその本心を理解しているからこそ毎度同じく苦笑いを零す。

 

「それだけ貴女の夢が他人から見れば価値があるという事です。配備が発表されればすぐに表からも国外から情報の開示が求められ日本は開示せざるを得なくなると分かっているからこそ、根幹となるブラックボックスと初期配備については先を取りたいのか政府であり自衛隊ですから」

 

日本が国外からの圧力に弱いのはいつの時代、どこの世界でも同じ事、ただそれを最小限に止める為の努力はなるべく行われているのだ。そしてそれをなしている一族、それこそが日本を遥か昔から影から守り続ける対暗部諜報機関なのだ。

 

「分かってはいるわ、だから頼りにしているのよ。『更識』さん?」

「理解しています、では娘達を待たせていますので失礼します」

 

男はそう言って席を立つ。所長室にただ1人残っていた琴乃はソファーにもたれ天井を仰ぐ。

 

「…………日本唯一の対暗部を目的とした暗部、その当主『更識楯無』……ね」

 

琴乃の呟きは部屋の空気に溶けて誰の耳に届く事もなく消えていった。

 

 

 

 

 




え?何処から扇子を取り出したのかって?いやですね、それは企業秘密(アイテムボックス)に決まってるじゃないですか。

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