間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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試合は終わり、しかし比企谷 八幡は帰れない

 否定されることは慣れていた。拒絶されるのだって慣れていた。

 それが俺の日常だったし、自分がなんでそんな扱いを受けているかも理解していた。

 一重に……俺が男なのに戦車に乗ろうとしていたからだろう。もっというと、乗る努力をしていたからだ。

 それが一般的な反応。間違いじゃない。逆に正しさの塊だともいえる。

 だから、西住……いや、西住たちの反応は俺にとっては予想外だった。受け入れられるだなんて思ってもいなかった。

 否定されるのに慣れ過ぎて、たとえそれが戦車道というものを知らない故だとしても、俺にはどうしてもそれを素直に喜ぶことができなかった。

 今までいろいろとあいつらと触れ合ってきて、あいつらが俺なんかにもったいないぐらいのいいやつらとわかっていても、それでも俺は……裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 そんなことあるはずないのに、そんなやつらじゃないとわかっているのに、99%信じれても残りの1%が疑うことをやめない。

 プラウダ戦は、そんな俺の独りよがりの心がもっとも醜く浮き出ていた。

 西住は俺が戦車道の全員を信じているんだねと言っていたが……違う、そんな純粋な気持ちじゃない。俺はただ確認したかっただけだ、そうなった場合、あいつらはどうするのだろうかと。

 だから、いろいろと理由をつけて、プラウダの作戦をわかっていたのに、あいつらが危険な目に遭うってわかっていたのに、止めもしなかった。

 俺の行動はすべて打算だ。こう動けばこう動く、信じての行動じゃない。むしろ猜疑心まみれ。

 今思えば、だから俺は戦車道をやめようとしたのだと思う。

 あいつらを傷つけた。それは結局のところ、俺があいつらを信じきれていない証拠を突きつけられているみたいで、そんな事実を直視したくなくて、逃げた。

 でも結局、俺はあいつらのことを気に入っていて、あのまま見捨てることなんてできなくて、あいつらがいるべき場所を失うのが我慢ならなくて、戻ってきた。

 平塚先生に相談し、小町に説教をくらい、雪ノ下たちを頼り、そして生徒会室での西住たちとの会話。

 予想外だったのは西住。

 

『変わらなくていいよ』

 

 その一言はあまりにも不意打ちだった。あまつさえ、

 

『間違ったら今度は私が……ううん、私たちがとめてみせるから』

 

 そんなことをいう。

 あまりにも不意打ちすぎて思わず泣いてしまったのは黒歴史だったが、逆に覚悟が決めれた。

 

 ―――あいつらの居場所を守ろう、と。

 

 西住たちは優しすぎる。けど、世の中はそんなに甘くはない。俺は知って体験している、悪意を。

 間違いだらけの俺という存在は戦車道には必要ない。きっと、あいつらのこれからの戦車道には邪魔にしかならない。不純物、その一言がふさわしい。

 だから、これが最後だ。最後の試合だ。

 決勝戦を乗り越えさえすれば、あいつらはもうなにも気にせずに戦車道ができる。

 だから、その邪魔をするやつは一切容赦はしない。たとえ相手が高校最強とされる黒森峰だっとしても。

 

 

 ====

 

 

 その光景は異様だった。

 それは観客席から見ても明らかな異様さを放っている。観客席でこれなら、市街地で戦っている黒森峰はどのように感じでいるか。

 市街地に黒森峰の全勢力が集まり、試合も佳境に差し掛かる。

 六両対十二両、戦力の差も激しく、また戦車の性能も著しく負けている。

 だからこそ、この光景は異様だった。次々と戦車が撃破されている。

 大洗の戦車が撃破されているなら異様などと表現はしないだろう。むしろ、予定調和でさえある。

 けど、違うのだ。

 次々と撃破されているのは大洗でなく黒森峰の方だった。

 明らかな戦力差であるのに、なぜこうも黒森峰ばかりが撃破されているのか、その答えは……。

 

「ヒッキー、A8、C12、E27、K32、G16」

 

 八幡はその情報と自身が用意した市街地の地図、常に絶え間なく飛んでくる敵情報を照らし合わせ、瞬時に判断する。

 

『アヒルはそのままそのジャンクションを直進、ウサギはそのまま住宅街で敵を挑発、アリクイはこちらと合流、レオポンはアンコウの援護をしてくれ』

 

『『『はいっ!!』』』

 

「一色、今ウサギがやばい、向かうぞ」

 

 情報処理のほうに偏っているせいで必要最小限の単語で話す八幡。それほどに頭の中は相手の動き、味方の動きが入り乱れている。

 市街地戦が始まってから大洗の戦力は今のところ損害はなし、逆に黒森峰は三両もやられていた。

 

「せんぱい! 場所、場所はどこですか!」

 

「K32付近」

 

「もっと詳しく……! って言っても無駄なんでしょうね……」

 

 もう何度目かわからないやりとりに一色はため息をつく暇もなかった。自分で地図をたしかめ戦車をそこに向かわせる。必要になればまた八幡から指示が出る。逆に必要でなければ指示が出ない。

 そんなやりとりが何度も続いている。

 八幡たちのチーム、ボコ&ネコチームは常に市街地を駆け巡っている。それは敵の誘導だったり、敵の殲滅であったりと多種多様だ。

 ひとつだけ言えるのはその動きが異様であること。

 無駄がない、というよりは無さすぎる。相手からすればいつのまにかそこにいて、気づいたときには時すでに遅し、自身の戦車が白旗を上げる。

 仲間を誘導し、相手を誘導し、そして仕留める。それが現在、八幡が行っていることだった。

 まほの指揮下を離れているとはいえ、仮にも強豪校だ。それなのに、だ。盤上は八幡によって支配されているといってもいい。

 黒森峰側をバラバラの個体とするなら、大洗はひとつの生き物のように動いている。

 エリカがいればここまで圧倒的に蹂躙されることもなかったかもしれない。それほどに指揮官がいるいないは致命的である。一瞬の判断の遅れがそのまま負けと繋がっていくからだ。

 もちろん、黒森峰もただやられているわけではない。ターゲットをフラッグ車だけに絞っても、八幡によってそれが阻止されてしまう。

 これが比企谷 八幡の全力である。小さい頃からただひたすらに、貪欲に追い求めて追い求めた結果がこれだ。

 小さい頃から比較対象がいない八幡にとって「ここまででいいや」という概念がない。

 だから妥協はない。彼は自分がやれることはなんでもやった。ただひたすらに、否定され続けようと。なんど挫けそうになっても。

 

 

 

「……まるで愛里寿をみているようね」

 

 しほがいる観客席とは反対方向で試合を観ていた千代はつぶやく。

 八幡が乗っている戦車がセンチュリオンであるのも拍車をかけてそう思わせる。

 千代が八幡のことをきちんと認識したのは愛里寿が彼に懐いてからだ。

 それまではただの親戚という認識でしかなかった。

 愛里寿が他人に懐くのは相当に珍しかったが、きっかけはそれでない。

 愛里寿が八幡と遊ぶためにもちだした戦車のシミュレーションゲーム、それがきっかけだったといえる。

 当時の愛里寿は幼かったとはいえ、相当の実力をもっていた。並みの相手なら戦いにすらならない。蹂躙されるのがおちである。

 千代はそれで愛里寿が八幡をボコボコにしてくれることを願っていた。懐いていた愛里寿には悪いと思ったが、可愛い娘が男に近づいてほしくないという気持ちから、ボコボコにされれば八幡が愛里寿から離れると考えたからだ。

 だが結果から言ってしまえば愛里寿が泣くことになった。

 負けた八幡が愛里寿に暴力を振るったわけではない。純粋に、愛里寿が八幡にボコボコにされてしまったからだ。シミュレーションゲームで。

 その話を聞いたときは最初なにかの冗談かと思った。というか信じられる内容ではなかった。幼いとはいえ、愛里寿の実力は小学生の比ではない。そのまかした相手が男子というのは本当に信じがたかった。

 けど、結果的にはよかったのかもしれない。

 それまでの愛里寿はそこまで戦車道に乗り気ではなかった。が、怪我の功名ともいえるのか、それ以降、愛里寿は戦車道を熱心にやるようになったように思える。

 たぶん、大好きなお兄ちゃんに追いつきたかったのだろう。

 千代的には男には近づいて欲しくなかったが、なにより、八幡に頭を撫でてもらい嬉しそうにしている娘を見ていたらどうでもよくなってしまった。

 それからだろう、八幡を婿養子にしようと考えていたのは。

 それをだ。よりにもよって……。

 

「どうやっても私たちはぶつかりあう運命にあるようね、しほ」

 

 反対側にいる、仏頂面の親友に向けるように千代はそうつぶやいたのだった。

 

 

 ====

 

 

 市街地の廃校舎、そこが私たちが決めたお姉ちゃんとの決着の場。大洗のみんなのお陰でなんとかここまで誘導することができた。

 ここの出入口は一つだけ、そこでレオポンさんチームのみんなが門番をやってくれている。私たちの戦いに邪魔が入らないように。

 この場所に来てから、私とお姉ちゃんは互いに睨みあっていた。相手の動きを窺うように、一挙手一投足見逃さないように。

 失敗は許されない。けど、不思議と、私の心は落ち着いている。

 

「……みほ、決着を着けよう」

 

 お姉ちゃんはいつもと変わらない表情でそういってくる。

 

「……受けて立ちます」

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 最後の戦いが始まった。

 睨みあっていた私たちは、互いに旋回しながらゆっくりと動き出す。

 そして睨みあっていた中央広場を抜け、先に私たちの戦車が建物内を逃げるように進む。

 この建物内は結構入り組んでいて、射線を遮ることができる。

 一発でもまともにもらったらダメ……うまく活用していかないと。

 そんな私の考えを遮るかのように砲撃音が鳴り響く。

 私たちの進路方向を予想してお姉ちゃんが榴弾を発射したみたい、道が瓦礫によって塞がれしまう。

 その直後にガラガラと、戦車の駆動音が聞こえてくる。お姉ちゃんが近づいてる……!

 このままだと逃げ場はない。なら……。

 

『全速後退!』

 

 私の指示は間一髪だった。

 相手の砲塔と私たちの戦車がほぼ同時にぶつかり、ぎりぎりのところで射線から外れる。

 とにかくチャンスを……チャンスを見つけないと!

 焦る気持ちを抑え深呼吸する。

 焦っちゃダメ、チャンスは来る。そう自分に言い聞かせる。

 そこからは互いに攻め、攻められの攻防になった。

 互いに距離をとり、すきあらば撃ちこむ、そんなやりとりを繰り返す。

 相手の砲撃は直撃はしていないけど、それもギリギリのところで躱せているだけで、いつまでもこの状態が続くとは思えない。

 それに相手の火力が高い分、こっちが不利だ。

 ぐるり、ぐるりと建物内を周り、そしてまた中央広場で睨みあう形となる。

 これ以上やっても埒が明かない。やっぱり、相手の一撃をかわしてその隙に叩き込むしか……。

 

「優花里さん! 装填時間さらに短縮って可能ですか?」

 

「はいっ! まかせてください!!」

 

「行進間射撃でも可能ですが、0.5秒でもいいので停止射撃の時間をください。確実に撃破してみせます……!」

 

 華さんと優花里さんから心強い宣言をもらう。

 ならあとは……。

 

「麻子さん、全速力で後部に周り込むことってできますか?」

 

「履帯切れるぞ」

 

「大丈夫、ここで決めるから……!」

 

「……わかった」

 

 勝負はこの一瞬。みんなの思いを、私たちが頑張ってきたのは今この瞬間のために!

 

「―――前進っ!!」

 

 

 ====

 

 

 いつの間にか戦車が動かなくなっていた。

 おかしい、まだそんなに相手の攻撃を喰らってはいないから動けるはずだ。

 違和感はそれだけじゃなかった。気づけば由比ヶ浜たちの動きも止まっていた。

 なにやってるんだ……まだ、終わってないだろ? そう声をかけようとして気づく、割れんばかりの大歓声と拍手が起こっていることに。

 

「……は、なんだこれ?」

 

 これじゃ……これじゃまるで試合が終わったみたいじゃないか。

 

「なにって、あなたさっきのアナウンス聞いてなかったの?」

 

「どう……なっ……」

 

 さっきまで頭を酷使していたせいか、うまく呂律がまわらない。

 そんな俺を見て、雪ノ下はため息をつきながら呆れたようにいう。

 

「全部終わったわ」

 

 雪ノ下のその一言で理解する。

 

「そう……か」

 

 結果は聞くまでもない、嬉しそうに雪ノ下に抱き着く由比ヶ浜の喜びっぷりを見ていたらわかる。

 そう思える程度には頭はまわるようになっているみたいだ。

 しかし、終わった……終わったのか。

 この試合が終われば自分の中で何かしら思うところがあると思った。だって、最後だぞ? こいつらとの戦車道はこれで最後だ。

 

「……なんもねぇな」

 

 俺は誰にも聞かれないように、そう小さくぽしょりとつぶやいた。

 

 ―――結局、本物は手に入らなかったらしい。

 

 

 ====

 

 

 そんでもって西住たちがいるであろう最初のガレージに戻ってくると、西住が全員にもみくちゃにされていた。

 え、やだなにあれ、めっちゃ近づきたくねーんだけど。

 

「……帰るか」

 

 よし、帰ろう。

 

「帰るなし! まだ表彰式が残ってるでしょ!」

 

 ちょ、由比ヶ浜さん、大きな声出すのやめてもらっていいですかね? そんなに大きな声出されたら……。

 

「あ、せんぱいだ!」

 

「なに!?」

 

「八幡! お前もこっちに来てまざれ!」

 

 いやいや無理だし。俺もお前らと一緒に西住をもみくちゃとかそれはもはやただのセクハラ。まだ臭い飯を食べたくないので遠慮します。

 

「……勝手にやってろ」

 

 もう帰らせて。八幡、疲れた。我が家のベッドが恋しい。表彰式とかどうでもよくね? 優勝したんだろ? わっちを自由にしくれでありんす。

 

「西住!」

 

 河嶋さんが西住を呼びつける。なんかちょっと河嶋さんの雰囲気がおかしい。……いや、おかしいのはいつものことか。

 

「……西住、この度の活躍、感謝の意に絶えない。本当に……本当に、あ、り……がと……う……!!」

 

 もはや後半、涙でぐちゃぐちゃで何言ってるかわかりませんよ、河嶋さん。

 あと、この号泣は絶対にいじられるやつだな、これ。今のうちに合掌しておこう。な~む~。

 

「もう、桃ちゃん泣きすぎ……」

 

 そういう小山さんもうっすらと涙を浮かべていた。それほどに嬉しいんだろう。

 

「西住ちゃん」

 

「あ……はい」

 

「この学校、廃校にならずに済むよ」

 

「はい!」

 

「私たちの学校、守れたよ!」

 

「はいっ!!」

 

 互いに確認しあうかのように言葉を紡いでいく会長と西住。

 そして会長さんも相当に嬉しいのだろう。西住に抱き着いた。

 

「ありがとね」

 

「いえ、私のほうこそありがとうございました」

 

 そして各々、今日の試合の話を始めだす。あれ? 表彰式は?

 

「よーし、来年もやるぞ戦車道!」

 

「「「おおーーーー!!」」」

 

 いや、バレー部は? さすがに両立とか……うわぁ、やりそうだなこいつら。

 

「次は頑張ろう」

 

「頑張るずら」

 

「頑張るぞな」

 

 アリクイ、君らも頑張ってたと思うよ、うん。まぁ、もうちょっと筋肉つけよう。途中でギアチェンがうまくいかなくて撃破されちゃったもんな、お前ら。

 

「私たちも頑張ります!」

 

「うん!」

 

「目指せ重戦車キラ~」

 

 え? それ目指しちゃうの? なかなかに大変じゃない?

 

「今夜は徹夜して、戦車が自走できるくらいまでには直すよ!」

 

「オッケー」

 

「まかせろ」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 あそこはおかしい。うん、断言できる。会長がブラック思考かと思っていたが、違ったんだな。ナカジマさんたちがブラックそのものだったんだ!(なにいってんだ俺?)

 

「勝鬨でござる!」

 

「「「えいえいお~~!!」」」

 

 カチドキとくれば極みだな。俺も神様になれば働かなくて済むんだろうか?それならヘルヘイムの実を食べてみたい気もする。でもあれ、すごくまずそうなんだよなぁ。やっぱやめとくか。

 

「そど子~~~!!」

 

 気づけば、今度は冷泉が園さんをハグしていた。

 あれ? みんなハグしてる? ハグってる? 俺も今、このビッグウェーブにのれば戸塚にハグしても許されるんじゃね? もう、ゴールしてもいいよね? 邪な気持ちなんてないよ? ただ戸塚と喜びを分かち合いたいだけでですね。戸塚は? 戸塚はどこ?

 きょろきょろと戸塚を探していたら突然西住に腕を掴まれる。

 

「え、ちょ、西住?」

 

「八幡くん、一緒に来て」

 

 どこに? と聞く前に目的地に着く。というか、目と鼻の先だった。そこは大洗が集合していたと同様に黒森峰が集合していた場所だった。

 

「お姉ちゃん!」

 

 どうやら西住はまほさんに用があるようだ。てか、俺いらないと思う。

 

「優勝、おめでとう。完敗だな」

 

 まほさんは負けた側とは思えないほどに清々しい笑顔でそう言う。なんかいろいろと彼女の中で吹っ切れたのかもしれない。

 

「お姉ちゃん……これでもう、八幡くんは婿養子じゃなくなるんだよね?」

 

 あれ、そっち? 西住よ、もっと言うことがあるでしょ。まさかそのためにわざわざ俺を連れてきたのか。

 

「――――。ああ、そうだな」

 

「よかった!」

 

 よっぽど俺にまほさん取られたくなかったんだな。西住、めっちゃいい笑顔である。

 

「八幡」

 

「え? は、はい。なんですか?」

 

「ありがとう」

 

「いえ、俺は別に―――」

 

 俺の言葉は最後まで言うことができなかった。それはなぜか? ハグされた。もう一度言う、ハグされた。誰に? まほさんに。

 

「お、お、おおおお姉ちゃん!?」

 

 落ち着け西住、まほさんを見てみろ、すごく落ち着いている。……なんでこの人、こんなに落ち着いてんの? 爆弾投げた自覚なさそうだな、おい。

 というか、まほさんが抱き着いたと同時に大洗側からなんかすごい悲鳴が聞こえて来たんですけど……。え? あの場所に俺は戻らないといけないの? それと黒森峰側はなんか誤解してきゃーきゃー言ってるし、イッツミーがものすごい形相でこっちを睨んでるんだが、怖い怖い怖い!

 

「どうした、みほ?」

 

 なんできょとんとしてんですか。西住が池にいる鯉のように口をパクパクさせてるし、ちょっとこれはすぐに動けそうにないですねぇ……。

 

「……いや、まほさん、いったい何を?」

 

「? お礼だが」

 

 なんでアメリカンスタイル……。そこはドイツ式で行きましょうよ。

 

「お、お姉ちゃん!」

 

 あ、西住がもとに戻った。

 

「みほらしい戦い方だった」

 

 まほさんは片手を差し出す。これって握手しようぜ的なあれか。

 西住は反射的にその手を掴む。

 

「……よく、頑張ったね」

 

「……! う、うん!」

 

 いい話だなー。

 あそこでぷんすこ怒っている武部たちのところへ帰らないといけないのがなんだけど。

 

「なにやってるのハチ!」

 

「いや、俺は悪くないだろ……」

 

「ふふ、八幡さん」

 

 やっだ、笑顔が恐いよ五十鈴さん。目が笑ってない。

 

「八幡殿、あああ、ああいうのはこう、親しい間柄でやるべきですよ!」

 

 いや、それは俺も思ったよ?

 

「八幡、とりあえず頭撫でろ」

 

 空気読んでください冷泉さん。自分の欲望に素直にならないで。

 

「西住からもなんとか言ってくれ」

 

「……むぅ」

 

 だめだ。西住は大好きなお姉ちゃんをとられて拗ねてらっしゃられる。……味方がいねぇ……。

 

「ほら、表彰式に行くぞ」

 

 これ以上は付き合ってられん。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 そうして、長い長い決勝戦は幕を閉じる。

 表彰式には俺は立たない方がいいといったのだが、全員に無理やり連れていかれてしまった。

 そんなこんなであとは帰るだけとなる。さて、駅に向かいましょうかね。

 

「どこに行こうとしてるんだ君は」

 

 帰り支度をしていると平塚先生にそんなことを言われる。

 

「や、なにって、帰るんですから駅に向かおうかと。早くしないと帰りの電車がなくなりますよ?」

 

 そう言うと、平塚先生にめっちゃ深いため息をつかれた。

 

「人の話を聞いていないな、比企谷」

 

 話? それって表彰式のあとのやつか? あんときはひたすらに睡魔と戦うのに精一杯で話聞いてなかったな。

 

「聞いてますん!」

 

「素直に聞いてないと言え!」

 

 ひ、ひいぃっ! ちょっとしたジョークだったのに。

 

「で、話がどうしたんですか? それって帰ることよりも重要なんですか? 重要じゃないなら帰りたいんですけど」

 

「どんだけ帰りたいんだ君は……」

 

 いや、そんだけ帰りたいんですよ。疲れたし。

 

「今日はもう電車には乗らないぞ」

 

「……は?」

 

 平塚先生はわけのわからないことを言ってくる。乗らない? それじゃ帰れないだろ……。

 

「黒森峰と大洗で旅館に泊まることになっている。相手方のご厚意でな。だから今日は電車には乗らないぞ」

 

 ………は?

 

 


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