間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
子供の頃、思ったことがある。
もしも、自分が女子に生まれてれば。もしも、男子が戦車に乗るのが当たり前の世界だったなら。両親は俺を、俺自身を愛してくれたのだろうか?
――もしも、もしも、もしも……。
こんな仮定に意味はない。現実で俺は男だし。両親に愛されることなんてなかった。
俺を初めて愛してくれたのは、妹だった――俺がもっとも嫌っていた相手でもあった。
――たったそれだけ。
自分でもわかってはいたのだ。俺はどうしようもなく間違えているってことを。
妹が好きすぎることではない。どうしようもなく、戦車に乗ることに憧れたことにだ。
――きっかけなんて些細なものだ。母親が戦車に乗っている姿がどうしようもなくかっこよくて、まぶしくて、その姿に憧れた。
その憧れは、間違いであり、それと同時に本物だった。
なんど気持ち悪いと言われただろうか?なんどお前はおかしいと言われただろうか?
まわりの言葉なんて気にならないほどに、俺は……戦車にのめり込んでいく。
のめり込めばのめり込むほど、周囲から見放され嫌われていく。
無垢な心はただ突き進む。戦車に、戦車に乗れれば、俺が後継者に相応しいぐらいの実力があれば、両親は俺を愛してくれるのだ、と。
むしろ、俺の行動は真逆のベクトルに向かっていただけ。つまりは逆効果。意味のないひとり相撲。
――自身が間違っているのに気づくのは、妹が生まれてから。
――生まれた瞬間から愛されていた小町を見るまで。
――俺にはなにもしてくれなかった両親が、小町には戦車のことを教えていったのを見るまで。
子供ながらに思う。――ああ、俺は、いらない子なんだったのだと。
そこからはなにかを忘れるように一心不乱に戦車にのめり込む。
もはやなんのためにやっているのかさえわからなかったが、これを、これまでもなくしてしまったら、俺になにが残ると言うのだろうか。
わからない。わからない、わからない。
――わからないのは怖かった。どうしようもなく怖かった。
信じれるのは自分だけ、他人をあてになどしない。
俺を愛してくれる人なんていないし、その逆も然り。
それが当たり前だと、そう、思っていた。
――青い鳥は身近にいるんだよ?
小学生に上がったくらいだっただろうか?親戚の誰かがそんなことを言った――年齢は俺と同じくらいか、少し年上。
そんなわけがない。あるわけがない
――じゃあ、賭けをしようか
賭け?
――もし、君を愛してくれている、もしくは好きでいてくれる人がいたら……
いたら?
――君も、その人を同じくらい愛して好きになってあげるのさ
いなかったら?
――私が、君のことを好きになってあげよう
今に思えばわけがわからない。なぜ、俺を愛してくれる人がいなかったらこいつが俺のことを好きになるのか。
けど、上から目線のその言い方にカチンと来たのだろう。俺は……。
わかった。その賭けにのってやる。後悔するなよ?
どうせそんなやつは現れない。
どうせこいつも口だけだ。
そんな約束をしていないと駄々をこねるに決まっている。
だから受けた。
――結果から言えば、俺のまけだった。
どうしようもなく嫌いで、その相手も俺のことを嫌いでいるのだろうと思っていた相手――小町が、俺のことを好きでいてくれた。
理由は、遊園地で迷子になったときに誰よりも早く見つけてくれたから。
俺はその時のことは覚えていなかったが。あらかた、早く帰りたくて帰りたくてしょうがなかったのだと思う。もしくは、嫌いな相手だからこそ、無意識に目で追っていたのかもしれない。
――だから、見つけれたのだと。今なら、そう思うのだ。
そのことをあいつに話したら。
――残念。君を好きになることができなくなったね
冗談とも、本気ともつかないような雰囲気でそんなことを言ってくる。
名前……
――ん?
お前の名前、知らない
――私は――……
ピピピピピ――……。
目覚ましの甲高い音が鳴っている。
……なんか、久しぶりに昔の夢を見た気がした。
俺は完全に意識を覚醒させるために布団のなかでストレッチをして、窓のカーテンを開け、日光を浴びる。
「――………まぶっ」
そんなこんなしてたらさっきの夢を忘れてしまった。なんだったっけ?と必死に頭を巡らせるが思い出せない。
なんで夢って基本的に忘れるのだろうか?そのくせ、悪夢とかの類いはなかなかにわすれられないんだよな。システムがバグってるとしか思えん。
――結局、見た夢を思いだせはしなかったが、ひどく懐かしさだけが残る気がしたのだった。
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朝起きて携帯を見てみると、西住からメールが来ていた。
『大会のことで相談したいことがあるんだけど、朝大丈夫かな?』
という内容だった。
今日も普通に朝練があるから、その前にって意味だろうなこれ。とりあえず『別に問題ないぞ』と返しておく。
と、なるとだ。俺も早く出る準備をしないとな。俺はいそいそと学校へ行く身支度をしていく。
しかし、相談ってなんだろうか?わざわざ朝練前にってことはよっぽど重要なことなのかもしれん。
――はて?しかし、なにか忘れているような……。
そうこうしていと、ピンポーンとチャイムが鳴る。どうやら西住が来たようだ。
わざわざむかえに来たのか。律儀だなー。学校で集合でよかったんじゃ……いや、そういえば会う場所を指定してなかったな。とりあえず待たせても悪いし早く行くか。
俺は着替えを終わらせ、階段を降り、そして玄関をがちゃっと開ける。
「あ、おはよう。八幡くん」
俺を見るや否や、挨拶をしてくる西住。
「……おう。どうした?こんな朝っぱらから」
「えっとね。隊長のことで――……」
いくら待ってもその続きの言葉が出てこない。心なしか、西住がフリーズしている気さえする。というか、視線が俺に合っていない。その視線は俺の後ろに向けられている気が……。
俺も西住につられて後ろを見ると、そこには……。
「やあ、八幡。お客さんかい?」
バスタオル一丁のあいつがいた。
――…………は?
「わわっ、み、ミカさん!小町が着替えを持ってくるまで待っててって言ったじゃないですか~!!」
「……、そうだったかな?」
「そうですよ!」
そんなあいつに小町が慌てて着替えを持って脱衣所へと連れていく。
まじでなにやってんだあいつは……。はっ!今はそんなことより西住のフリーズを解かねばっ!
俺が振り返るよりさきに、ドサッとそんな音がしたの慌てて振り返ると……。
「あれ?」
さきほどまでそこにいたはずの西住の姿がそこにはなかった。
代わりにというかなんというか。なぜか西住の鞄だけがそこにあり。西住殿が来たことだけは夢じゃないですよ、殿!と語りかけているようだった。
……誰が殿だ。誰が。
いや、それよりも。この鞄、俺が学校まで持っていかないといけないんだろうな。うん。……まじ?
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この後起きたことをダイジェストで説明する。
いろいろと詳しい内容を割愛するが。血の月曜日、ブラッディなマンデーを俺はなんとか乗り切った。
俺の家に来た西住の誤解から始まり、まさかあんなことになるとは……、うん。もう勘弁して欲しい。
怪我の功名、といってはなんだが、戸塚との関係が進んだ。戸塚が俺のことを名前呼びしてくれるようになった。超うれしい。もじもじしながら俺のことを名前で呼んでくる戸塚を見ていると、新しい扉を開きそうになった。まじ危ない。
とりあえず、血の月曜日もう過ぎ去った。過ぎ去ったことは忘れよう。そうしよう。
「――いいか、はっきり言っておく。黒森峰とガチンコで正面衝突すれば俺たちは確実に負ける。100パー負ける。まずはこれが大前提だ」
俺はホワイトボードをバンバン叩きながらそういう。
場所は大洗学園生徒会室。今ここで、打倒黒森峰の為の戦術会議を行っている。
集まっているのは、生徒会メンバー、各チームのリーダー、そして戸塚と由比ヶ浜である。
「100パーセント勝てないんだ!?」
「ゆ、由比ヶ浜さん。落ち着いて、ね?」
はい、由比ヶ浜くん。するどいツッコミをありがとう。でもね。まだ俺の話は終わってないからね。最後まで聞いてくれると八幡的には助かるんですがね。
あと、戸塚。その調子で由比ヶ浜をコントロールしててくれ。
俺はごほんと咳払いをして全員の注目を集める。
「まず、勝てない理由としては戦車の数、それと性能だな」
「え、でもそれって今までと一緒じゃないの?ヒッキーたちはそれでも勝ってきたんでしょ?」
由比ヶ浜と戸塚には現状を把握するためにこの戦略会議に参加してもらった。
これは由比ヶ浜たちに説明するのと同時に、ここにいる全員に現状を再確認してもらう意味もある。
そう、確かに由比ヶ浜の言うとおり、俺たちは勝ってきた。しかし、だ。
「一回戦は相手が無線傍受機を使ってきたからそれを逆手にとれた。二回戦は相手がバカだった。三回戦は……もはや、まぐれと言ってもいい。正直、負けてもおかしくはなかった」
もう一度戦えば勝てるかと聞かれれば、答えはノーである。ぶっちゃけ無理。
「……えっと。それでヒッキーは結局、なにが言いたいの?」
「今までの相手は程度の差があるが油断をしてくれていた。無名の弱小校。そのレッテルを貼っていてくれたらこそ隙をつけたと言ってもいい」
「?それでなんで100パーセント勝てないってことになるの?」
「今までのやり方じゃダメってことなんじゃないかな?由比ヶ浜さん」
由比ヶ浜の疑問に戸塚が答える。
「ダメ?どゆこと?」
「えっと。そこまではわからないけど……」
由比ヶ浜がそうなの?とこちらを見てきたので、頷いておく。
「次の対戦相手が問題なんだよ。これまで通りの相手と違って確実にやばい。実力が桁違いだといってもいい」
「……相手が、こっちを油断とかしてくれないの?」
「絶対にない」
「言いきれちゃうんだ!?」
言い切れますよ。うん、ホントに。
「黒森峰の隊長は西住の姉でもあるんだが、あの人が慢心とか油断をするわけがない」
付け加えるなら、俺が西住流に喧嘩を吹っ掛けてるから相手は全力でこっちを倒しにくると思われる。さらに付け加えるなら、負けるといろんな負債が俺にのし掛かる。……これは関係ないか。俺の問題だった。
「だったら、どうするの?」
さて、由比ヶ浜を通して全体が今の現状がわかっただろう。そしてここからが本題だ。この戦略会議の一番の肝、どうやって相手を倒すか。
「戦わない」
「へ?」
「な!?比企谷、貴様どういうつもりだ!?」
「どうどう、河嶋。話は最後まで聞くもんだよ」
「しかし、会長……」
「桃ちゃん。落ち着こうよ」
「桃ちゃんいうな!」
「比企谷先輩、戦わないってどういうことですか?」
わいわい騒いでいる生徒会チームを余所に、澤が俺に質問をしてくる。
「文字通り戦わない。まともには、な」
「比企谷くん。今とても変な顔をしてるのだけど」
悪い顔をしていたのか、雪ノ下が指摘してくる。
「あ、変な顔はもともとだったわね。ごめんなさい、気がつかなかったわ」
「おいこら雪ノ下。俺の顔は一般的にいえばそこそこ整っているんだよ。いかんせんこの目が腐ってるだけであってだな。あとお前はもう少しオブラートに包めや」
「なにごとにも許容量があるのよ?」
つまり包みきれないほどに酷いって言いたいのね。
「……えっと、八幡くん。そろそろ話を進めて、ね?」
お、おう……。なんか西住さん怒ってます?なんか言いがたいプレッシャーを感じるのは俺の気のせいか。気のせいだよね?
「――……ごほん。ごめんなさい、話を脱線させてしまったわ」
雪ノ下もそのプレッシャーに耐えられなかったのか、素直に謝る。
やべー西住流、あの雪ノ下を素直に謝らせちゃったよ。
とりあえず、話を戻すか。
「さっきの大前提。まともに戦えばこちらに勝ち目はない……なら、まともに戦わない。ここまではいいか?」
俺は全員の視線があつまったことを確認して話を続ける。
「最終的には相手とこちらのフラッグ車との一騎討ちに持ち込むこと……それが俺たちが勝てる唯一の条件だといってもいい。それ以外の勝ち筋はないと思ってくれ。問題はどうやってそこまで戦況を持っていくかだが……」
そうして戦略会議は進んでいく。俺が作戦を提案して、誰かが疑問に思ったらその都度質問をする。その繰り返し。
由比ヶ浜や戸塚がいるのも初心者からの目線が欲しかったからだ。
常識に囚われない、そんな発想が欲しかった。知っているものと知らないものでは視点が違う。時にはそれが活路となるかもしれない。
知らないからこそできる行動があり、知っているからこそできない行動がある。
1つの視点に囚われずに幅広く可能性を広げよう。そうすればなにかが見えてくる。普通にやったら勝てないのだからとことんやるべきなのだ。勝つために、なくさないために、まもるために、理由なんて人それぞれだろうが、俺たちはやるしかない。
――さあ、あと一勝。勝てば天国、負ければ地獄。どうなるかは神のみぞ知る世界。
だが、神頼みはしない。まぐれも奇跡もなく、文句なしに俺たちは優勝してみせる。たとえそれがどんなにか細い道であっても関係ない。やってやる。そのためならなんだってやる。
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「――さあ、いよいよ決勝戦だよ!目標は優勝だからね!」
「大それた目標なのはわかっている。だが、我々にはあとがない。負ければ……」
河嶋さんがなにを言いたいかはもうわかっている。負ければ、負ければ廃校だ。
けど、プラウダ戦の前のように河嶋さんに焦りがあるようには見えない。落ち着いてる。
それは全員が廃校の事実を知っているからこそなのかもしれないし、前よりも河嶋さんが戦車道のやつらを信頼しているからかもしれない。
河嶋さんの心情なんてわからないが、大なり小なり腹を括っているのだろう。
「じゃあ、西住ちゃんもなにか一言」
「え?」
ほらこっちに来な、と会長が手招きする。西住は一瞬躊躇ったが、苦笑混じりに前にでる。
「明日対戦する黒森峰は……私がいた学校です。でも、今はこの大洗学園が一番大切な母校で……だから、あの……、私も一生懸命落ち着いて、冷静に頑張りますので……」
そして西住は全員を見る。見渡す。最後に俺の方を見たような気がするが、気のせいだろう。
「――みなさん。一緒に頑張りましょう!」
「「「「「「「「おおぉーーー!!!」」」」」」」」
西住の言葉にやる気をみせる戦車道の面々。誰ひとりとして暗い顔をしてるものなどいなかった。
そうしてこうして、決勝前の最後の練習が始まり、そして終わった。
「――練習終了!やるべきことはすべてやった。あとは各自、明日の決勝に備えるように!」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
「では、解散!」
河嶋さんの号令で全員散らばっている。
「ねえみぽりん。みぽりん家でご飯会やらない?」
「沙織さんのご飯食べたいです」
「前夜祭ですね!」
「祭りじゃないだろう……」
「ものの例えですよ~」
どうやら、西住たちは前みたいに集まって飯にするらしい。仲がいいことで。
「あ、ハチもくる?」
「俺はパス。行く意味がわからん」
「えー、八幡殿も一緒に食べましょうよ!」
「どうですか?八幡さん」
いや、だからさ。パスって言ってるじゃん?ナチュラルに俺の言葉をしかとしないでくれない?
「どう、かな?」
「……西住」
「うん」
「無理なものは無理」
「なに?なにか用事でもあるの?」
「……ないこともないな」
「む、怪しい。怪しいよ、ハチ」
「怪しいってなんだ。俺は変質者かなんかなの?」
「だってさー」
「お前らはお前らで楽しんでろ。俺はまだやることがあるからな」
「そっか。じゃあ、また明日ね。八幡くん」
「……おう。羽目はずしすぎて寝坊とかすんなよ」
「あはは、大丈夫だよ。……たぶん」
「麻子が心配だ……」
「む、失礼な」
「いやいや、最近は起きれるようになってるけど安心はできないでしょ。ちゃんと起きてよね?麻子がいなかったら戦車動かせないんだから」
「……善処はする」
「不安だ……。今日、私の家に泊まってきなさい!これは命令です!」
……あれだな。武部のおかんスキルって冷泉によって培われているんだな。冷泉がだらければだらけるほどに培われていくんだろう。まさに負のスパイラル。
おかんスキルが上がるたびにモテモテから遠ざかっている気がするのは俺の勘違いかな。
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俺が最後にやっておきたかったこと。
西住たちと別れたあと、俺は自動車部のガレージへと来た。
目的はひとつ、自分の大破した戦車をちゃんと見ておきたかった。
プラウダ戦のあとからなんやかんやあったせいでちゃんと見れてなかったからな。いや、無意識にさけていたのかもしれない。
「あれ?比企谷、どうしたの?」
「えっと、俺の戦車を見に来たんですけど」
「まだなおってないよ?」
「それはわかってます」
「そう?ガレージの奥に置いてあるからね。私たちはポルシェティーガーを点検してくるから」
そういってナカジマさんは手をヒラヒラさせながら行ってしまった。
さて、と。
ガレージの奥に行き、大破してるだろう自分の戦車を見る。
人からさんざんやばかったと聞かされていたが、いざ見てみるのとでは印象が違った。
想像以上にやばかった。なんで俺、無傷だったんだろうか?運がよかったのだろう。たぶん。
これで心配するなってのが無理か……。
思い出すはプラウダ戦。勝つためといって無茶した結果がこれだった。あの時の俺はあいつらにどういう風に見えていたのか。少なくとも心配しかかけてなかったのは確かだろう。
西住たちには怒られそうだが、あの行動をしてよかったと俺は思っている。ことの善悪ではなく、俺の心情的にだが。
自分の気持ちに気づくことができた。たぶん、それができていなかったらここにいなかっただろう。
今度あんなことしたら、血の月曜日なんて比にならないぐらいにやばそうだ。
こいつは、この戦車は俺の罪であり、それと同時に賭けがえのない宝物だ。
求めて続けた答えはもうすぐわかるのかもしれない。
ボコを見たあの日から、求め続けてきた"本物"が。諦めないで諦めないで諦めないで、ここまで来た答えが。
この学校で戦車に乗ってここまで来た。間違いだらけのこんな俺をあいつらは受け入れてくれた。
なら、もうそろそろこいつとは卒業なのだろう。"ひとり"ではなく"みんな"で勝つのだ。
直れば乗りはする。けど、そういうことじゃない。戦車に関してはぼっちは卒業だ。現実は……見ないようにしよう。戸塚がいてくれているだけで今は充分だろう。
最後に戦車をひと撫でして、俺は家へと帰るのだった。
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決勝戦当日。
朝早くから電車にごとんごとんと揺られ着いたのは決勝戦の会場である。
冷泉は武部の頑張りがあったお陰か、遅刻はせずにすんだようだ。
さすがは決勝戦ということもあり、戦車を整備できる仮設所まで儲けられており、否応にも決勝戦なんだなと思い知らされる。
そしてさっきトイレがてらに出店とかの様子を見てきたのだが、想像以上の人と盛り上がりで若干ビックリした。大洗の生徒や黒森峰の生徒だけではなく、一般の人までいた……。いたんだが、今日って確か平日だよな?見に来てるのはいいんだが、会社とかはいいのだろうか?まあいいか。
俺はいそいそと戦車を整備をしていく。整備といっても簡単な点検作業だ。点検が終わったら西住が持っているリストにチェックをいれる。その作業を何回か繰り返していると……。
「ごきげんよう」
「あ、こんにちは」
ダージリンさんとペコがやってきた。
「まさかあなたがたが決勝戦に進むとは思いませんでしたわ」
「あ、私もです」
ペコの言葉に同意した西住がおかしかったのか、ダージリンさんはクスクスと笑っている。
「そうね。あなたがたはここまで毎試合、予想を覆す戦いをしてきた。今度は何を見せてくれるか楽しみにしているわ」
「えっと、頑張ります」
「ミホ~~!!」
今度はジープにのってサンダースがやってきた。
「またエキサイティングでクレイジーな戦いを期待してるからね?ファイト!」
「ありがとうございます!」
西住、ありがとうございますじゃない。ちゃんと話を聞け。エキサイティングはまだしも、クレイジーさを求められるのはおかしい。おかしいから!
「グッドラック」
颯爽と登場して、颯爽と去っていったな。
「ミホーシャ」
そして今度はプラウダ。みんな暇人なの?というか学校は?休みなの?これって俺が戦車道に入ってなかったら平日にダラダラできたのだろうか?やだなにそれ、羨ましい!
「このカチューシャ様が見に来てあげたわよ。黒森峰なんかバグラチオンなみにボッコボコにしてあげてね」
「あ……はい」
「ピロシキ~」
おい、待て。ピロシキってロシア語か?
「あなたは不思議な人ね。戦った相手みんなと仲良くなるなんて……」
「それは……みなさんが素敵な人だから」
「……そう。あなたにイギリスの諺を送るわ。『四本足の馬でさえ躓く』強さも勝利も永遠じゃないわ」
「はい!」
「あと彼に、近頃に聖グロリアーナに来てもらえるよういってもらえるかしら?」
「はい!……、え……?」
おい、こら!それは言わなくても良かっただろ!なんでわざわざ言ったんだあの人。こんな時まで俺をからかうことを忘れないなんていい性格してるよホントに。
「八幡くん……?」
点検している俺に西住が近づいてくる。
「な、なんでしょうか、西住さん」
「さっきのは……?」
「ダージリンさんなりの冗談だろ。緊張ほぐすための」
俺は冷や汗ダラダラだけどな!
「………むぅ」
「ほら、そろそろ時間だから。ちゃっちゃと済ませるぞ」
何故か不満気な西住をなだめつつ、戦車の点検を終わらせるのだった。
====
『両チーム。隊長、副隊長、前へ!』
蝶野さんのアナウンスにより黒森峰からはまほさん、イッツミー。大洗からは西住と……あれ?俺って副隊長だっけ?やば、完全に忘れてた。誰かに変わってもらえればよかったでござる。これ、全国中継されてるんだよな?
くそ、腹を括るしかしないか……。
そうして、両チームの隊長、副隊長が前へとでる。
「ふっ、お久し振りね」
明からに嘲笑が入った笑みでイッツミーがそんなことを言ってくる。それに西住は無言でペコリとお辞儀を返す。
「弱小チームだと――……」
「……黒」
俺はボソッとそう呟く。まほさんと西住もこの言葉の意味はわからないだろう。だが……。
「なっ!?」
イッツミーは反応する。
ゲスとか卑劣とか罵るのはやめてほしい。俺だってこんなことはやりたくはないが、それ以上は西住以上にまほさんが傷つくから言わせねーよ?
まったく試合前に挑発とかやめてくれませんかねぇ。それは俺の役目であるわけですよ。
「約束通り、俺が負ければ土下座であやまる。お前が負ければ西住に謝る。覚えてるよな?」
あと、これ以上なにかを言うんならあのことを言うぞ、と念を押す。
言ったら俺にも被害が出るが、そんなこと知ったこっちゃねぇ。
「本日の審判長、蝶野 亜美です。よろしくお願いします。……両校、あいさつ!」
「よろしくお願いします!」
「「「「「お願いしますっ!!」」」」」
「では、試合開始地点に移動。お互いの健闘を祈るわ」
そうして互いに自陣へと戻る。
イッミーは不満気に西住を見るが、俺が釘をさしたからな。なにも言わずにそのまま去っていく。
俺と西住も戻ろうとしたら……。
「待ってください、みほさん!」
一人の黒森峰の生徒が西住に話しかける。……誰だ?
「あの時はありがとう」
その一言で理解する。――ああ、こいつはあの時に、西住から助けられたやつなのだろう。
俺がいたら邪魔になると思い、立ち去ろうとしたのたが。西住に服の袖の裾を掴まれてしまい、動こうにも動けなかった。
う、動けねぇ……。
そんな俺を尻目に会話は続く。
「あのあと、みほさんが居なくなって……ずっと気になっていたんです。私たちが迷惑をかけちゃったから……、でも、みほさんが戦車道辞めないでよかった!」
涙まじりに、本当に心配していたのだろう。その姿を見て思う。
――俺、場違いじゃね?いや、ホントに。
西住とそいつは尚も会話を続ける。西住さん、気づいて。あなたが離してくれないと俺が動けないからっ!
俺が解放されたのは、武部たちが西住に声をかけるまでだった。もうちょい早く呼んでくれればいいものを……。
紆余曲折あったが、これが最後だ。最後である。泣いても笑ってもこれで全てが決まる。
――さあ、決勝戦を始めよう。
いくぜ決勝戦!血の月曜日はなかったことになってはいませんが、尺の都合上キングクリムゾンッ!!いつか、番外編で書ければいいなぁと思います。
いろいろここまで来るのが長かったなぁ。
別に終わるわけではないですが、なんとなくそう思いました。
最後に、
ミカはセカンド幼なじみかと思いきや、ファースト幼なじみだった。な、なにをいってるかわからな(ry