間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
大洗の学園艦に戻ってきて、西住たちと別れ、俺と秋山は目的の場所へと向かう。
戦車道全国大会決勝直前の日曜日の最後のミッション。秋山の親父さんの誤解を解く!
……やべー。状況確認のために自分で状況整理してたのにもうすでに帰りたくなってきた……。
あの、散髪屋でよく見かける赤、青、白のトリコロールが光っている。今はなんだろうか?俺に帰れと言っている気がする。帰っていい?ダメ?気のせい?そうですか……。
「……秋山。帰っていいか?」
ほんの少しの希望にかけて、俺は秋山に確認を取る。
「ここまで来て何を言ってるんですか!私が戦車に乗れなくなるかもしれないんですよ、八幡殿!」
そもそも、それがおかしいのだ。娘大好き人間が娘が大好きなものを取り上げたりするだろうか?……いや、しない。というとことはつまり……十中八九罠である。
でも結局、俺に選択肢はない。罠とわかっていても、秋山が乗れなくなる可能性があると言われるなら行くしかないのであった、マル。
秋山理髪店。文字通り、秋山の親父さんとお袋さんが経営している。
秋山は、学園艦に住んでいる生徒では珍しく学園艦に自宅がある。基本的に学園艦にいる生徒は学生寮だ。だから、俺や秋山のように自宅が学園艦にあるやつは少数派なのである。
まあ、俺の場合。馬鹿な親父が、小町がこの学園艦に行くからといってわざわざ千葉にあった自宅をこっちに持って来たのだから、またいろんな意味でぶっ飛んでいると言える。
「あー……わかってるわかってる。言ってみただけだ」
「……前から思ってたんですけど。八幡殿、ちょっと私に意地悪じゃないですか?」
「そうか?」
「そうですよ!……私のこと、嫌いなんですか?」
やだ、秋山さん。今、そのセリフを自分の自宅前で言うのはやめてもらってよろしいでしょうか?こんなところをお前の親父さんに見られたらなんて言われるか。それこそ誤解がマッハで進んでしまう。というか、ご近所さんに誤解されるぞ、まじで。
さて、秋山が俺に聞いてきたことだが、なんというか……扱いが難しい。
秋山は、西住とは違った意味で純粋なのだ。戦車が好きで好きでたまらない。戦車道ではなく戦車が。
別にそれをどうのこうのいうつもりはないんだが、秋山のやつは俺のことを過大評価しすぎな気がするのだ。
だから、その……純粋に尊敬の念を向けられると、どういう対応をしていいのかわからなくなる。俺が今まで生きて、そういった感情にほとんど無縁だったからな。
「嫌いだったらわざわざこんな面倒ごとには付き合わん」
「え?あ、そうですよね……。変なこと聞いてすいません……」
自分で聞いといて顔赤らめるのやめてもらっていい?なんか言った俺も恥ずかしくなるじゃねーか。
「と、とりあえず、中に入りましょう!」
秋山は誤魔化すように、秋山理髪店の扉を開ける。
「あら、優花里。おかえりなさい」
「あ、お母さん。あれ?お父さんは?」
俺を呼びつけた張本人が見当たらない。どういうことだ?
「ああ、お父さん?優花里が男の子連れてくるって言うから、張り切りすぎてぎっくり腰になっちゃってね。今、部屋で寝てるのよ……」
なんと、秋山の親父さんはぎっくり腰とな。……そうか、それなら仕方がない。
「――八幡殿?」
ガシッと、秋山のやつに肩を掴まれる。
秋山、過度な男子へのボディタッチは誤解を招くぞ?
「なんで帰ろうとしてるんですか?」
「愚問だな、秋山。帰るために決まってるだろ?」
「いえ、薄々そうなんじゃないかと思いましたけど……」
なら、離してくれない?
「せっかく来ていただいたのに、そのまま帰すわけにはいきません!」
いや、帰しくれちゃっていいから。なんでこの子は変に俺をひき止めようとしてんの?
「いえ、お気遣いなく」
「それって普通こっちのセリフだと思うのですが……」
「秋山の親父さんはぎっくり腰で動けないんだろ?なら、俺がいる意味はない」
完璧、完璧なロジックだ。そう、俺が今ここにいる理由がないのだ。このままこの後もなにかと用事をつけてここには来ないようにしよう。
なんせ相手の都合でこちらが帰るのだ。それ以降は相手はこちらを無理には誘えない。
今日1番めんどさいミッションになると思ったが何事もなく終わったな。
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「八幡殿、ここの相手の動きはどういう意図が?」
「ああ、そこは――」
終わるはずだったんだがなぁ。秋山のやつに「戦車について熱く語り合いましょう!」と言われてしまったのだ。もう、それは必死に。
秋山曰く、友達とこういうことを一回でもいいからやってみたかったんだと。
――そもそも、俺と秋山って友達だったっけ?
確かに、秋山のディープさについていけるやつは大洗の戦車道にいないからなぁ。
だから今、秋山のやつが録画していた過去の戦車道全国大会の試合を見て、この作戦はああだとか、ここはこういう感じじゃないかとか、二人して意見を言い合っていた。
後は、そうだな……。歴史上にあった作戦や、俺が知らないような珍しい戦車なんかの話を秋山はしてくれた。
そして気がつけば、いつの間にか自分が思っていた以上に時間が経っており、何気なく外を見たら外が暗くなっていた。
「あ、もうこんな時間なんですね」
俺につられて、秋山も外を見て、そんなことを言う。互いに気づいてなかったらしい。
「……そうだな」
あれだな、うん。秋山と戦車のことについて話し合うのはわりと楽しかった。小町とか戦車道やってるくせにこの手の話には全くもって興味を示さないからな。かといって、男子は男子で戦車の話についていけるやつなんてそれこそいないし……。
「ありがとごさいました、八幡殿。私のわがままに付き合ってもらって」
「いや、俺もこういう話をがっつりする機会もなかったしな。別に構わんぞ」
楽しかったとは言わない。……ほら、だって、なんか自分だけ楽しいとか思ってたら恥ずかしいじゃん?
と思ったのだが、どうやら秋山も楽しかったのか……。
「えっとぉ……そのぉ……。また良かったら、こういうことしませんか?」
そんなことを言ってくる。
というか、もじもじしながらそういうこと言うのやめてくださいお願いします。勘違いしちゃうだろ、秋山。
「……気が向いたらな」
「ホントですか!?ありがとうございます!!」
本当に嬉しそうに笑うよ、秋山のやつ。
「なぁ、秋山」
「はい。なんでしょう?」
「前から思ってたんだが、ここまで戦車や戦車道に詳しいなら、なんで小町のこと知らなかったんだ?」
いろんな人から話を聞く限り、小町はそれなりに有名らしいし、なんで秋山のやつが知らないのか疑問に思っていた。
「ああ、それはですね。戦車道が盛んなのが基本的に高校生以上からだったので、中学生にはノータッチだったんですよ……」
お恥ずかしながら、といいながら秋山は頭をかく。
「そういやそうだな。中学で実力があるやつならそれこそ飛び級するからな」
愛里寿みたいに大学にまで飛び級するやつはそうそういないが、わりと戦車道で飛び級するという話はある。
「あっ、飛び級で思い出したのですが……愛里寿殿のことで八幡殿に1つお聞きしたいことが」
「なんだ?」
「いえ、本当かどうかもわからないような噂なのですけど、島田流にはもう一人の後継者がいたとかいなかったとか……。これってどうなんですかね?」
「………」
「八幡殿?」
「それで?噂ってのはどんなのだ?」
「え?あ、はい、……えっとですね。島田流にはもう一人後継者がいて、既にその方は亡くなっているっていう噂ですね。その死因は様々で、島田流を継ぐことに嫌気が指し自殺とか、交通事故に遭って死亡とか、他にもいろいろある感じです」
そんな噂が流れてんのね。
「全部デマだな」
「そうなんですか?」
「そうそう」
「じゃあ、もう一人の後継者はいなかったんですね」
秋山から聞いた噂のほとんどがデマである。……だって死んでないし、本人。うん。絶賛生きてるからな。
まぁ、そのことをわざわざ秋山に言う必要はないだろう。島田流にとって、わりとデリケートな話でもあるし、勘違いしてるならそのままにしておこう。
「じゃあ、秋山。時間が時間だし、そろそろ帰るわ」
「はい。じゃあ、また今度」
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帰る間際、結局、秋山の親父さんの誤解はどうしようか?となったのだが、俺たちの話を聞いていた秋山のお袋さんが「私に任せておいて、お父さんを説得しとくから」とサムズアップで請け負ってくれた。
なんかどことなく不安要素があるのは俺の気のせいか?誤解を解いてくれるんだよな?最後にウィンクをされたのが余計に俺の不安を煽っている。……秋山のお袋さんを信じるしかないか。
そんなことを考えながら我が家に無事帰宅。今日のミッションは全部終わったし、あとは家でゴロゴロするだけだな。
「小町、今日の飯は?」
そんなことを言いながら、リビングのドアを開けるとそこには……。
「八幡、おかえり」
は?愛里寿?
「お久しぶり、八幡くん」
ボコの人形を大事そうに抱きしめている愛里寿――そして、島田流現当主、島田 千代がそこにはいた。
「あれ?今日なんかありましたか?全然覚えがないんですけど……」
本当になんでこの人がここにいるんだろうか?千代さんが、わざわざ我が家に来るんなていつぶりだろうか?だいぶ前って言うか、この学園艦に引っ越しした時に来たような?
「うーん、そうね。ちょっとこっちが想定してた以上に状況が変わりだしたって言ったらわかる?」
「いえ、全然……」
「本当にわからない?」
え?俺になんか関係あるのか?
「八幡くん。あなたは自分が思っている以上に有名になっているわ。いい意味でも、悪い意味でもね」
「はぁ……。それとこれとなんの関係が?」
「本当はあなたが高校を卒業するまで待つつもりだったのだけど……。まさか、大洗で戦車道を初めて、尚且つ決勝まで進んでしまうなんてね」
困ったわー、と千代さんは頬に片手をあてながら言ってくる。
「八幡なら、当然」
なにが当然なの?愛里寿さん?千代さんもなんでか、そうなのよねー、とか言ってるし。
というか、待つって何のことだ?なんで俺が決勝に行ったのが困るんだろうか?
「それと、これが一番大切なんだけど……。西住流の婿養子になるって聞いたのだけど?」
「ナンノコトデスカネ?」
ちょっとなんでこんなに情報漏れてんの?おかしくない?
「あら、おかしいわね。小町ちゃんから聞いたのだけど……」
あかん、身内に情報スパイがいるんだけど……これは誤魔化しても一緒か。
「まだ婿養子になることは確定してませんよ」
「まだ……ね。どういう条件で決まるかはわからないけど、八幡くん」
「なんですか?」
「もし決勝戦で負けたら、愛里寿がいる大学に来てもらうわ」
「いやいや、なに言ってるんですか?話が急すぎませんか?」
話の進むスピードがおかしくない?脳細胞がトップギアなんですか?ターイヤチェーンジ!とか言っちゃうんですか?
「さっきも言ったけど、本当はあなたが高校を卒業をするまで待つつもりだったのよ?けど、あっちが動き出したならこっちも黙ってられないでしょ?」
でしょ?って、俺にはなにがなんだかなんですけど?あっちってどっち?一体、千代さんはなにと戦ってるんだ?
「八幡……来て?」
愛里寿さんや、小首傾げて言われても俺は行かないよ?
「千代さん。俺に拒否権は?」
「残念だけど、ないと思ってくれるかしら」
ないのかよ……。そこはあってほしかったです。
「負けたら、ですよね?」
「……ええ」
「……わかりました」
「えらくあっさり了承するのね」
「もともと負ける気なんてさらさらないですし」
さらにもっというと、負けたら廃校だし、西住が勘当されちゃうし、俺の西住流の婿養子が確定するしな。あれ?ちょっと待って、これって大洗が負けたら限りなくカオスになる未来が視えるんだけど?しかも愛里寿がいる大学に行かないといけなくなるなら、さらにカオス度が上がるわけで……。
負けるつもりはない。……ないが、笹食ってる場合じゃねー、レベルでやばいんじゃないか?これ。
ま、負けなければいいんだろ?フラグ立てんな?大丈夫、生まれてこのかたフラグなんて立ったためしがないし、年齢=彼女いない歴の俺なら敵はいない!……なんか自分で言ってて悲しくなってきた……。
俺は、そっと心の中の涙を拭く。
「……とりあえず、話はそれだけですか?」
「あとは……そうね」
これ以上の厄介ごとは勘弁して欲しいんですけど……。
「――晩御飯、作ってくれるかしら?」
====
「なんで俺が……」
思わず、そう呟かずにはいられなかった。
―――晩御飯、作ってくれるかしら?
千代さんの言葉を思い出す。いきなり二人分の追加と聞いてねぇ。しかも、小町は小町で晩飯作ってなかったし。――結果、家にある食材では晩飯には足りず。俺が買い物に行くことになり、絶賛スーパーから食材を買ってきた帰りである。
ゴロゴロできると思った矢先これである。二度あることは三度ある。ふと、そんなことを思ってしまった。
勘弁してくれ。これ以上は俺のキャパを超えますことよ?
―――だが、無常かな。世界は俺に嫌がらせをするのが好きらしい。
「も~、ミカ!全然話が違うじゃない!なにが大洗に行けば素敵な出会いがあるさ、よ!どこにも戦車なかったじゃない!」
「私は、一言も戦車があるとは言ってないよ?」
「え?でも、素敵な出会いって戦車じゃなきゃなんなんだ?」
「出会いなんてのは、そう簡単には見つからないものさ」
「……じゃあ、私たちは何のためにわざわざこんなことろに来てるのよ!」
「意味なんて、求めるものじゃないよ?自ずとわかるものさ」
「……さっきからああ言えばこう言う!本当にミカは捻くれているんだから!」
「私は、捻くれてなんてないよ。みんなと視点が違うだけ、ものの見方が違うだけだよ」
「それより、今日のご飯、どうするの?」
「そうだぞ、お腹空いたー」
「お腹は空いてあたりまえさ」
「ミカ、本気でどうするか考えないと、私たち無一文だよ?」
「どうにかなるさ」
「どうにかなるなら、こんなことにはなってないでしょうが!ミカが、いつの間にか買い食いばっかりしてるから!」
「怒ると、余計お腹が減るよ?」
「……ミカ。少し黙ってて」
よくわからない制服を着た女子三人組がわいわいと話し合っているのが聞こえた。どう見ても、大洗にある学校の制服には見えない。どっかから来たのか?
……そしてなんだろう。ものすごく聞き覚えがある声がするんだが……たぶん、気のせいだろう。俺にあんな制服の知り合いはいないし。
はよ帰らんと、千代さんたちにどやされる。空腹の子供ほど恐ろしいものはいない。いや、一人、子供とか言えない年齢の人がいるけども。
そうして、俺が走って帰ろうとしたその瞬間。
「ふむ。少し風がさわがしいとは思わないかい?」
――てっきり、話の続きをしているのだと思った。でも、違ったのだ。俺は、再会する。
「――君も、そう思うだろ?八幡?」
噂をすればなんとやら、本当になんでこうなるのか……俺の日曜はまだ忙しくなるらしい。休日ってなんだっけ?休日と書いて、きゅうじつしゅっきんって呼ぶのかな?
―――元島田流の後継者だったあいつに。