間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
放課後の戦車道を練習を途中で抜け、俺は自転車を漕ぎながらサイゼへと向かう。
思いの外に戦車のシミュレーションゲームのランキング戦に熱中してしまった。おかげで、設定していた集合時間を少しすぎようとうしている。
とりあえずあれだな。急ぎすぎて事故らないようにしよう。さすがに決勝直前にそれはシャレにならん。フラグじゃないよ?
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よし、フラグは回収しなかったな。俺は無事にサイゼへと着いた。
……ところでフラグ違いなのだが、俺って結婚はできるんだろうか?正味、妹からのお墨付き(付けないでほしかった)である この腐った目はいかんせんどうしようもない。
出会いがほしいな……。どこかに俺を養ってくれる高所得の優しい人はいないもんか。いないか。夢見すぎだな。今はそんなことより現実を見よう。
「ヒッキー、遅いよ!」
「自分から呼び出しといて遅れるなんてどうなのかしら?」
「そこまで遅れてないだろ……」
俺が遅れたのは5分くらいだ。その位なら誤差の範囲内で処理してくれてもいいと思うのだ。俺たちまだ学生なんだぜ? 社会人になったらそれこそ時間が拘束されるのに、やれ残業代が出ないだの、やれ休日出勤やれだのと言われるに違いないのだ」
「あなたの思い描く社会人はあまりにもブラック過ぎないかしら……」
「ヒッキー、夢見ようよ……」
いかん。いつのまにか心の声が漏れていたようだ。女性陣二人からドン引きの眼差しを向けられている。
それと、由比ヶ浜。
「夢見た結果、現実とのギャップに落ち込むぐらいなら俺は専業主夫を目指し、そんなつらい現実を見ないようにする。そのための努力は惜しまん」
「見ないようにしちゃうんだ!?」
「あなたのそれは、後ろ向きなのか前向きなのか分かりにくいわね……」
三歩下がって一歩進むのかな? ……これ進んでねぇな。むしろ下がりまくっているまである。
「とりあえず中に入ろーぜ。6月が終わったばかりで汗が気持ち悪い」
自転車を全力で漕ぎ漕ぎしてからな、制服が汗でへばりついている。冷房の効いた店の中で涼みながら、冷たいお冷やでも飲みたい。
「そうね。北上していて、湿度もそこまでなかったから余計にそう感じるわね」
「というか、ヒッキーが私たちをまたせてたんでしょ!」
やば、薮蛇だった。俺はぷんすこ怒る由比ヶ浜を無視しつつ自転車を駐輪場に止めてそそくさと店の中に入るのだった。
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そして、店員が持ってきたお冷やをぐいっと飲み、俺は一息つく。
さっき雪ノ下が言った通り、プラウダ戦のためにこの学園艦は北上していた。だから、6月と言っても梅雨らしくじめじめしてはおらず、雨の代わりに雪が降っていた。おかげで我が家はこたつを出す羽目になった。
これだけ聞くとただの異常気象だが、こういったことも海を移動する学園艦ならではなのだろう。
「それで?」
「ん?」
「なぜあなたは、わざわざ私たちをここに呼び出したの?」
「そうだよ、ヒッキー。奉仕部じゃだめだったの?」
「……まぁ、なんというか。これは昨日の礼みたいなもんだと思ってくれ、俺が奢るから好きなの頼んでいいぞ? それとな―――」
「え、悪いよ! 私たちはそんなつもりでやったんじゃないし!」
俺が言いきる前に由比ヶ浜に遮られてしまった。ちょっと? まだ俺の話しは終わってないんだよ? 最後まで聞いてくれないかな?
「……由比ヶ浜さん、比企谷くんがまだ話してる途中よ」
「あ、ご、ごめんね?」
雪ノ下に注意され、目に見えてシュンとしている。
「気にすんな。ここを選んだのは、お前らに頼みたいことがあったからだ」
「え? 依頼なら、それこそ奉仕部でいいんじゃ……」
「依頼じゃない。あくまでも個人的な頼み事だから、嫌なら断ってくれていいぞ」
「ヒッキーがわざわざ私たちに?」
「あぁ……」
俺があくまで奉仕部としてではなく、雪ノ下と由比ヶ浜に個人として頼むのはひとつ理由があるが、今は割愛する。
「戦車道に入ってくれないか? 決勝の間だけでもいい」
「え? 戦車道に?」
「……それはどうして?」
「簡単に言えば、戦力がほしい」
「そういうことではなく、なぜ私たちなのかしら?」
「……雪ノ下。俺の勘なんだが、お前は戦車道の経験があるんじゃないか?」
雪ノ下さんが戦車道連盟につながりがあるなら、それこそ戦車道をやっていてもおかしくはない。なら、雪ノ下さんの妹である雪ノ下もやったことがあると睨んでみたんだが……。
「そうね。嗜む程度には」
俺の問いに、雪ノ下はそう答える。こいつが言う嗜む程度ってどれくらいなんだ? 雪ノ下のことだから素人レベルってことはないだろう。
由比ヶ浜はそんな雪ノ下を、へぇーとか言いながら見ている。
「なら、もうひとつ聞くんだが、戦車持ってないか?」
「ヒッキー、いくらゆきのんでもそれは……」
「あるわよ」
「あるんだ!?」
持ってるんですね……。いや、自分で聞いといてなんだが、期待値は半分もないと思ってた。普通の家には戦車なんて置いてないからな。我が家に戦車があったのは、あくまで親父が馬鹿だっからである。
親父のことなんて今はどうでもいい。あんな小町大好き人間なんてどうでもいい。最近は、小町に避けられぎみだからざまーみろだ。
……っと、話が逸れすぎたな。
「それって、今どこにある?」
「残念ながら、この学園艦にはないわ」
そう簡単にはいかないか。もしあるなら、雪ノ下たちが戦車道に入らなくても、借りられると思ったんだが……。
「まぁ、姉さんに頼めば、持ってきててもらえると思うけど……」
「そうか。なら、お前らの答えを聞かせてくれ」
「ゆ、ゆきのん、どうする?」
「由比ヶ浜さん。比企谷くんは、私たち個人に聞いているのよ?なら、あなたがどう思っているかを言わないと。あと、そうやって人の顔を伺うのはやめたほうがいいわ」
「そ、そうだよね。ごめん……」
雪ノ下、もっと言い方があるだろうに……。由比ヶ浜は由比ヶ浜で気にしすぎである。
「由比ヶ浜、雪ノ下は別にお前が嫌いだから言ってるんじゃないと思うぞ」
一応、フォローしとこう。別にこいつらのことだから仲が悪くなるなんてことはないだろうが。
「……そうなの? ゆきのん?」
「……別に、嫌いではないわね」
「ゆきのん!」
由比ヶ浜はその言葉で嬉しくなったのか、雪ノ下に抱きつく。雪ノ下は少し迷惑そうにしているが、内心はそうでもないのだと思う。
雪ノ下は嫌なら嫌とはっきり言う、それが誰であってもだ。
まぁ、さっきからこちらに、どうにかしなさいよという、雪ノ下のヘルプコールが飛んできているが、俺は気づかないフリをする。
もっと百合百合しててくれ、その間に俺はドリバで飲み物でも注いでくるか。
ーーー
ーー
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俺はドリバで3人分のドリンクを注ぎ、元の席に戻る。
「ありがとう。ヒッキー」
「適当に注いできたから、自分が飲みたいやつを選んでくれ」
とりあえず適当に炭酸系、果物系、ウーロン茶をチョイス。由比ヶ浜が炭酸系、雪ノ下はウーロン茶、俺は余った果物系になった。
「ねぇヒッキー、私は?」
「あん?」
「ゆきのんを誘った理由はわかったんだけど、私はどうしてなのかなぁーって」
なんでこいつは、こんなにも期待に胸膨らませながら目をキラキラさせてんの?
まぁいいや。
「由比ヶ浜が居てくれないと困る」
「え?」
「ほら、雪ノ下が入ったとしても絶対にこいつのことだからぼっちになる。だから、由比ヶ浜にはパイプになってもらわんといかん」
「あ、そっちか……」
「今、聞き捨てならないことが聞こえたのだけど……。私が比企谷くんになるとかどうとか」
俺イコールぼっちとか言うのやめてもらってもいいですかね? 自分で散々、ぼっちぼっち言ってるが、他人に言われると腹が立つのはなんでだろうか? 不思議である。
「雪ノ下、今まで高校生活を送ってきて友達が由比ヶ浜一人なのは、どうしようもなく言い訳できないと思うんだが?」
自分への特大ブーメランなのはこの際目をつぶるとしよう。由比ヶ浜がいなかったら、雪ノ下は絶対にonly my roadを突き進む。そうしたら絶対に孤立する。そうならないための由比ヶ浜だ。
「……由比ヶ浜さんも、そう思うのかしら?」
「え……? うーん、そうだなぁ。ちょっと厳しい……かも?」
この由比ヶ浜、ぽわんぽわんしているくせに、言うときはわりと容赦なかったりするんだよなぁ。たまに、俺の心を無自覚に抉ってきたりする。子供の何気ない一言で傷つくようなあれである。
「話を戻そうぜ。それで? お前らはどうするんだ?」
「私はもう決めたよ? ゆきのんは?」
「私も決めてるわ」
そして二人の答えを聞き、今日は解散となった。俺が奢ると言った件は結局、そんなことしなくていいから!
という由比ヶ浜に、押しきられる形でなくなった。
あいつらに感謝してることは本当なんだがな……。まぁ、親切の押し売りしてもしょうがないし、また今度なんか機会でも見つけるか。
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次の日、学校ではこんな噂が流れていた。
『今日、転校生が来るらしいんだけど、女子でしかもめっちゃ可愛らしい!』
という、これまたな噂だった。
転校生と聞けば、男子は美少女を渇望し、女子はイケメンを渇望する。まったく、転校生からしてみればいい迷惑だろう。自分が預かり知らぬところで勝手に期待されて勝手に失望されるのだから。
そういう輩ばかりじゃないのだろうが、転校生と聞いて浮かれているやつは大体これに当てはまる。
「ねぇ、ハチ。今日、転校生が来るらしいよ?」
「………」
……お前もか。
「え? なに? どうしたの?」
「……いや、それで?」
「なんか変な時期に転校だよねー」
「そうだな。なんか転校生は女子らしいぞ?」
「へぇー」
へぇーって、なんか反応が薄いな。
「男子じゃなくて残念だったな」
「そう? 別に女子でもいいと思うけど」
………は?こいつは本当に俺が知っている武部か?
「どうした?なんか悪いものでも食べたか?」
「なんでそんなガチに心配してるのよ……」
いや、どう考えたっておかしいだろ。武部だぞ? あの武部がだぞ? 女子でもいいだなんて……。
「女子が好きになったのか?」
「ぶふっ! なんでいきなりそんな話になってるの!?」
「いやだって、いつものお前なら、『男子だったら新しい恋の予感だったのに!』とか言ってるだろ……」
「なんか地味に似てる……。いや、そういうことじゃなくて! 私は普通に男の子が好きだから!!」
「お、おう……」
そんな力いっぱいに言わんでも……。
「じゃあなんでだ?」
「え、う~ん。なんというか、そういうのは卒業したっていうか……」
「なんだ、恋愛マスター(笑)はやめたのか」
「怒るよ?」
「……すまん」
めっちゃ怖かった。あれは女子がしていい顔じゃないと思うんだが……。
「なんかむやみやたらにそういうことを求めるのはなんか違うかなぁーって、最近思いだしたの」
むやみやたらにねぇ。まぁ、誰でも彼でも付き合いたいとか言ってたあの頃が懐かしい。と言っても、つい最近までそんなんだったのに、なんの心境の変化だ?
「なんか変わったな、お前……」
「……誰のせいだと思ってるのよ」
ボソッと言われたせいで、なんて言ってるか聞こえんかったんだが。
「そうだ! ねぇハチ。変わったといえば、私変わったんだけどわかる?」
「なんだ? 唐突に?」
「いいからいいから、当ててみてよ!」
変わったって……。たぶんこれは、内面とかじゃなく外見のことを言っているのだろうが、そういってもなー、普段とたいして………。
俺はジッと武部を見る。ちょっと武部さん?顔赤らめるのやめてもらえます? 見てるこっちも恥ずかしくなるだろうが。
いやそれより、変わったところねぇ、ふむ……。
「ハチにはやっぱりわからないかな~」
なんなの? 喧嘩売ってるの?
「降参だ。全然わからん。強いて言うなら、髪の毛が少し短くなってる気がするが」
「……いや、それであってるよ?」
「なんだ。変わったとか言うから、もっとわかりやすいやつかと思ったんだがな」
「女の子は日々変わってるんだから!」
いや、そういうのはいいから。
「でも、よくわかったね」
「ん? あぁ、小町のせいだな」
「小町ちゃん?」
小町はよく俺に、「お兄ちゃん、小町変わったんだけどわかる?」と言ってくる。
言ってくるだけならいいのだが、俺が答えられないと露骨に不機嫌になるのである。勘弁してもらいたい。
大概は髪の毛を切ったとかそういうのだが、時折フェイントとして、なにも変えてないくせにそう言ってくる時があるのだ。
それで俺が変わったとか言おうものなら不機嫌になる。まったくもって理不尽極まりない妹である。
そのせいか知らんが、相手をちゃんと見ればある程度どこが変わったかわかるようになってしまった……。
俺が持っているスキルの中で不要率ナンバーワンである。まじいらない。
「……前から思ってたんだけど、仲良すぎない?」
「そうか? 普通だろ」
「………」
「なんだよその目は……」
「なんでもなーい。あ、みほが来た!ねぇねぇ、転校生が――」
武部は教室に入ってきた西住に近づき話しかける。散々絡むだけ絡んどいてポイするとかちょっと酷くない? まぁ、いいや。まだ時間があるし、朝のホームルームが始まるまで寝とこう。
『2年普通1科比企谷 八幡、至急生徒会室に来るように、繰り返す2年―――』
朝のホームルームが始まるまで……。はぁ、頼むから面倒ごとだけは勘弁してほしいところだな。
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「失礼します」
「あ、来たねぇ。いやーごめんごめん、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「どうせダメって言っても聞かないんでしょ?」
「うん!」
うわぁー……。本当にいい笑顔してるよこの人……。
「比企谷ちゃんが昨日なんでか転校生のこと知ってたからちょうどいいと思ってね」
昨日の俺をぶん殴りたい。余計なことを言うんじゃなかったな。おかげで面倒ごとを押し付けられようとしている。
「学校案内、してあげてね」
「それ、生徒会の仕事じゃないんですか?」
「そうなんだけど、いろいろ忙しくて手が回らないの、だから比企谷くん、頼めないかな?」
「ちなみに授業は?」
「案内の間は受けなくても大丈夫だよ」
「ならやります」
「即答か!比企谷!」
コンコンと、扉のノックする音がする。
「どうやら、来たみたいだね」
「どうぞ~」
「失礼します」
「じゃ、比企谷ちゃん。一色ちゃんのことお願いね?」
「一色 いろはって言います。今日からお願いしますね? せんぱい♪」
これが比企谷 八幡と一色 いろはのファーストコンタクトでもありワーストコンタクト。
そして比企谷 八幡がこの瞬間思ったことは……。
―――やだこいつ、めっちゃあざといんだけど……。
という、至極どうでもいいことであった。