間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
「もしもし?」
『あ、ハッチー久しぶり! 元気にしてた?』
あなたは俺のおばあちゃんかなんかですか。なんで会うたび話すたび俺の体調を聞いてくるの?
「まえと変わらず、普通に普通ですよ」
『あははは、そっかそっか、それはなによりね』
「それで? なんでこんな朝っぱらから俺に電話なんか」
『あー、……えっとね』
いつものあの溌剌としたケイさんとは思えないぐらいに歯切れが悪い。
「言いにくいことなんですか?」
『そうじゃないんだけど……。ハッチーにどこまで話したらいいかなーって』
「面倒ごとですか?」
『うーん。面倒といえば面倒かも?』
なんで疑問形……。
「とりあえず用件だけ言って下さい。学校に遅れそうなんで」
『えっとね。うちの戦車道の子が大洗に転校するから、できれば気にかけてほしいのよね』
……転校? わざわざこんな時期に?
「もしかして人間関係かなんかが原因ですか?」
『あれ? わかっちゃった?』
「時期が時期ですし。それに、あなたはわざわざ問題があるからって見捨てるようなことをする人じゃないでしょ?」
それはサンダースのやつらの、ケイさんへの信頼っぷりを見ればわかる。
『………』
「ケイさん?」
『いやー…、あははー…、今のちょっと不意打ちというかなんというか……」
不意打ち? なんのこっちゃ。
『うん。やっぱり、ハッチーにきちんと話しておく』
「いいんですか?」
『知ってたいたほうが、もしなにかあったときにいいと思うし』
「まぁ、そういうことなら」
『実はね―――』
ケイさんの説明が終わる。うわぁ、まじかよ。いろいろと関係が拗れすぎだろ……。
「それは転校して正解ですね。たぶん残っていたら、もっとややこしいことになってますよ。それ」
『そう?』
「俺はそう思います」
『そっか。その子には、ハッチーを頼るように言ってあるから、もしなにかあったときはよろしくね?』
「なんで俺なんかを?」
『え? うーん、なんとなく?』
まさかのフィーリングだった。なんとなくって……。
「一応、頭の隅には入れときます」
『ありがとね。あ、そうそう、決勝戦頑張ってよね?私たちも応援に行くから、最高にエキサイティングな試合を期待しているわ!』
「そっすか。じゃあ、そこそこ頑張りますよ」
『ふふ、そうね。"そこそこ"頑張ってね?』
なんで今笑われたの?
俺はピッと、電話を切る。そして、小町のほうを見るとなんか意味ありげにこちらをニヤニヤとみてきている。
「小町ちゃん、顔が気持ち悪いわ……」
by雪ノ下口調。
「なっ、お兄ちゃん! 妹に向かって気持ち悪いはないでしょ!」
「いやいや、あなたいつも俺に言ってるじゃん……」
「だって、本当のことだからね」
「泣いちゃうよ?」
「通報されるから、お兄ちゃんが」
実際にデパートでMAXコーヒーに会えた感動に涙を流して通報されたことがあるから否定できねー。
「現実が厳しい……」
「今に始まったことじゃないじゃん」
おっしゃる通りで。
「それでも、頑張るって決めたんでしょ?」
「……まぁな」
「あ、小町も決勝戦見に行くから頑張ってね?」
そうか、見に来るのか。なら頑張らないとな。そして小町はそのまま自分の学校へと向かっていった。
「しかしサンダースからの転校生、ね」
今の現状、経験者が増えることに越したことはないが……。
俺はこれからのことを考えながら学校へと向かうのだった。
====
そして久しぶりの戦車道の授業。実に5日ぶりである。俺はいつも集合しているであろう、あの倉庫へと向かう。
俺はちょっと用事があったので西住たちとは一緒に来ていない。いや、前も別に一緒に来てはいなかったが、今回に限っては授業が始まる前に一緒に行こうと誘われたのだ。まぁ、やることがあったから断ったんだが。なんか武部のやつが、出来るだけ早く用事すませてきて!と言っていたのはなんだったんだろうか?謎である。
しかしその答えはすぐにわかることになる。倉庫の方がなにやら騒がしい。
「武部先輩……。比企谷先輩は来ないんですか?」
「今ちょっと用事があって遅れてるだけだから、ね?」
「でも昨日は来なかったですよ?」
「あ、あれは、緊急の用事ができたから来れなくなっただけで……」
「うぅ……。比企谷せんぱいが恋しいです……。頭なでなでしてもらいたい……」
「こ、恋しいってそっちか、ちょっとびっくりしちゃった……」
「え?」
「う、ううん。なんでもないよ、気にしないで」
「どこに売ってるか聞いとけばよかったよね。どこに売ってるか全然わかんなかったし」
「MAXコーヒー……」
ほぅ。そんなにMAXコーヒーに飢えているのか。俺は自分の鞄の中を確かめる。ひぃふぅみぃ、お、ちょうど6つあるな。俺の鞄の五割以上はMAXコーヒーが占めている。……いや、ね。教科書とか基本的に学校に置きっぱなしなので鞄に余裕があるんですよ。だったらMAXコーヒーを普通、常備するじゃん?いついかなるときも、布教する心を忘れてはいけないのだ。
「MAXコーヒーってぇ、作れないのかなぁ?」
「え? どうだろ?」
「意外と簡単に作れるぞ。まぁ、あの味を再現するのは至難の技だけど」
「へぇ~、そうなんだぁ~」
「おう、そうそう」
「え?」
「うん?」
「比企谷せんぱい?!」
「ドウモ、ヒキガヤ=ハチマンデス」
「アイエェエーーー!?」
坂口、それは素なのか、それとも俺に合わせてくれたかは知らんが、ナイスリアクション。ついでに言うと、ニンジャナンデ!?まで入っていたら完璧だったな。
「あ、もう、ハチ!来るのが遅い!こっちは大変だったんだから!」
え?なに?俺が悪いの?
「半分以上は、沙織の自業自得だけどな……」
「もう、麻子! 余計なことは言わないの!」
「はいはい……」
「沙織さんが変な安請け合いをするからかと……」
「は、華まで……」
つまり、武部が全部悪い。まぁいいや別に。
「お前ら、MAXコーヒー飲むか? 今あるぞ?」
「本当ですか!?」
「わ~い」
「ちょっとまってろ、今――」
俺が鞄から、MAXコーヒーを出そうとしたら。不意に、俺の体に衝撃が走る。いや別に、俺の体に異常があるとかそういのではなく、気づけば、丸山のやつが俺の体に顔を埋めて抱きついてきた。
「どうした? 丸山」
「………」
「そうか。心配かけたな」
「………」
「MAXコーヒー飲むか?」
「………」
「え? 頭なでてほしい? そんなんでいいのか?」
「………」
俺は要望があったので、丸山の頭を撫でてやる。
「あ、紗希ちゃんばっかりずるい!」
「比企谷せんぱいっ!わ、わたしにも!」
ちょ、お前ら!俺に群がるんじゃない!
「……いろいろとツッコミたいけど、なんでハチは、紗希ちゃんの言葉がわかるの?」
「え?なんとなく?」
まさかのフィーリングでした。いや、本当に何となくなんだけどな。まぁ、俺の考えが違ったら、丸山のやつが首を横に振ってたから、それも関係あるけど。
そして、俺に群がる1年生に混じって、冷泉のやつがいた。いや、あなた、なにしてるの?あまりにも自然に溶け込んでたから気づかないところだった。……まあいいか。昨日、撫でてくれって言ってたし、心配もかけたしな。
「いやー、なんだか久しぶりに賑やかになってるねぇ」
「比企谷……」
「比企谷くん、戻ってきてくれたんだ……」
「お!八幡がいるぞ!?」
「なに!?ほんとか!?」
「これは行幸ぜよ」
「うむ、私は戻ってくると信じていたがな」
「キャ、キャプテン!コーチが!」
「なんでか1年生と冷泉さんが頭撫でられてますね……」
「でも、ちょっと羨ましいな……」
「近藤、お前も1年生なんだからあの輪にまじってきたらいいんじゃないか?」
「え!?いやいや、無理ですよ~!」
「冷泉さん!不純異性交友よ!」
「そど子、今日ぐらい許してあげなよ」
「……そうだよ。冷泉さん、ここ最近落ち込んでいたんだから、今日ぐらいはいいと思うのよ?」
「ゴモ代!?パゾ美!?あなたたちいつから冷泉さんの味方になったの!?」
「あ、比企谷くんだ」
「誰ぞな?」
「ねこにゃーの知り合い?」
「うん。私が戦車道に入ろうとしたときにアドバイスくれたの」
「あっははは。比企谷、モテモテだねー」
「あれはMAXコーヒーに群がってるのか、比企谷に群がってるのかわかんないっすね」
「まあ、私たちも、あの時のお詫びですって、MAXコーヒーもらったけどね」
「いや、でも、12ダースはいくらなんでも多すぎかと……」
「冷蔵庫がパンパンだもんね」
どうやら先に練習にいってた他の戦車道の面々も、もどってきたらしい。そして俺が来ていない間に、新しいメンバーも増えたようだ。ナカジマさんや猫田がいる。
俺はあらかた頭を撫で終わったので、会長さんのところへと向かう。
「すいません。ご迷惑をかけてしまって」
「ううん。こっちこそごめんね?比企谷ちゃんにいろいろと背負わせちゃったみたいで……」
「俺が勝手にやったことなんで、そこまで気にしなくてもいいですよ。大洗を、大事な場所を守りたかっただけですし」
「……そっか」
「……えぇ」
「まぁ、それはそれとして、ここ最近のサボったぶんはちゃんと単位に影響してるから、ちょっとやばいかもねー」
げ……。まじですか。
「優勝すれば問題ないでしょ?だって単位三倍ですし」
「優勝……。うん、そうだね」
「ひ、比企谷くん、よかったねー」
「なにも泣かなくていいだろうに……」
「もう。桃ちゃんも心配してたくせに」
「な!?し、心配なんてしてない!あと、桃ちゃん言うな!」
このやり取りを見るのも久しぶりだな。
「どうしたの?比企谷ちゃん?」
「いや、やっぱりここは面白いな、と思いまして」
「そうだね。みんないい子だしね」
「……勝たないとですね」
「……うん」
そういや、会長に聞きたいことがあったんだった。
「あ、そうだ、会長。サンダースから転校生が来るって聞いたんですけど、本当ですか?」
「ありゃ?どっからその話を聞きつけたの?」
「……黙秘します」
サンダースの隊長から聞いたとか言ったら、武部のやつにまたなに言われるかわからん。
「ふーん。ま、別に隠すことでもないし、いずれわかるしね。本当だよ」
「でも、戦車ないですよね?」
「そうなんだよねー、どっかのチームに入ってもらったりするしかないのが現状だからね」
やっぱりか。
「それに関しては、俺に任せてもらってもいいですか?」
「ん? どゆこと?」
「まだ確定じゃないんですけど、人員と戦車、この両方が解決するかもなんで」
「そう? じゃあ、比企谷ちゃんに任せるよ」
「うっす」
よし、久しぶりに戦車動かすか!
「あ、比企谷ちゃんの戦車は、今ここにないよ?」
「もしかして……」
「たぶん、今考えてることであってるんじゃない? 決勝戦までに修理、間に合わないって」
oh……。まじかよ。いや、なんとなくそんな気はしていたけどもさ。
「あれ? それじゃあ、俺は練習出来ないですね」
「そこは安心して大丈夫だよ」
なにかあるのか?
「比企谷ちゃんには、今日からひたすらにランキング戦をしてもらうから」
「ずっと?」
エターナル? フォーエバー?
「うん。常にどこかしらのチームに入ってもらうから」
「まじですか……」
「まじまじ」
「ちなみに負けたら?」
「特段ペナルティーはないけど。みんなは勝ったらある程度の願いが叶うから本気だと思うけど。なに?比企谷ちゃん、ペナルティーほしいの?」
「いらないです」
「逆に比企谷ちゃんが1度も負けなかったら、前に言ったみたいに、好きなこと一つだけ言っていいからねー。もうなにか考えてる?願い事」
そういや、そんなこと言ってたなー。うん。まったくなにも考えてなかった。まあ、大丈夫だろ。誰かしら勝つだろうし。
====
「こりゃまた酷いね」
会長はスコアボードの結果を見ながらそう言ってくる。
「比企谷ちゃん、そんなに負けたくなかったの?」
「いやいや、俺は普通にやっただけですよ……」
「普通にやって、ねぇ……」
なんでそんなに残念そうな目で俺を見てくるの?これって俺が悪いの?
「まさか、今日これだけやって負けなしなんてね。比企谷ちゃん、本気だしすぎじゃない?」
「え?」
「えって、まさか……」
「いやいや、チャントホンキダシテマシタヨ?」
「うわぁ……」
いや、うわぁってなんですか……。そんなマジに引かなくてもいいんじゃないの?さすがの俺でも傷つくよ?
「まあでも、みんな前より強くなってたでしょ?」
会長の言うとおり、前にやったときとは比べ物にならないくらいに全体の質が上がっている。
「……そうですね。そこは素直にびっくりしました」
「まぁ、それでも、比企谷ちゃんには勝てなかったわけだけど……」
はははと、俺は渇いた笑いしかだせない。いやー、うん。本当にすみませんでした。
「比企谷ちゃんが本気だしてないって、みんなに言わない方がよさそうだねー。泣き出す子がでてくるかもだし」
「そんな、大袈裟な」
「いや、わりとガチだよ?」
ガチで?
「みんな、比企谷ちゃんが戻ってきても大丈夫なように頑張ってたからね。また一人で無茶しないようにって」
「………」
「結局、私たちは比企谷ちゃんにずっと頼りきりだったんだよね……」
「そんなことは……」
「ううん。あるよ。比企谷ちゃんもわかってるでしょ?西住ちゃんに言われなかった?」
……確かに、言われたな。
「だからさ、今度はみんな、比企谷ちゃんに頼ってもらえるぐらいに頑張るんだーって、張り切ってる」
……結局、俺は今まで一人で戦車道をやってきたのかもな。みんなという輪の中に俺はいないと思ってきた。ずっと一人乗りの戦車に乗っていたのがその証拠だろう。なら、タイミングがいいのかもしれない。黒森峰と戦う前に戦車が大破したことは……。
『八幡くんが間違えそうになっても、私が、ううん、戦車道のみんなが止めてみせるから』
西住は、俺は俺のままでいいと言ってくれた。間違ったままでいいのだと。でも、この間違いだけは正さないといけないと思う。
"一人"じゃなく、"全員"で、勝つのだ。戦車道全国大会決勝戦を。
「転校生は明日来るみたいだよ?」
そうか。転校生は明日か……。ん?なんか俺、忘れてないか?転校生……。戦車……。人員……。あっ、今何時だ!?俺は慌てて時計を確認する。
「すいません、会長!今日はもう、帰ります!」
俺は決勝戦のための最後のピースを嵌めるべく、サイゼへと急ぐのだった。