間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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紅茶の香りは突然に

 比企谷家の朝の香りはコーヒーの香りである。

 朝起きると、小町がいれてくれるか俺が自分でいれるかの違いがあるぐらいで、基本的に朝はコーヒーの香りがする。

 もちろん俺はブラック……ではなく、練乳を入れて自家製MAXコーヒを作り、毎朝飲んでいる。

 さて、なんで俺がこんな話をしているかというと、我が家の朝の香りがいつもと違うからである。

 具体的にいうと、紅茶の香りがしている。紅茶に詳しくない俺が言うのもなんだが、市販のやつとちゃんと茶葉からいれるのでは香りがまったく違うのだ。俺でもわかるぐらいだから、本当に違う。

 問題は、なんでその香りが我が家からしているかだな。

 普段は誰も紅茶なんて飲まないし、小町が興味本意で買ったのか? にしては、この香りはまるであの時にダージリンさんがいれてくれた紅茶の香りに似ているしな。

 小町はいつのまにそんな技術を身につけたのか。

 

「たでーま、小町。なぁ―――」

 

 小町がいるであろう、リビングの扉を開けたのだが、俺はそれ以上言葉が続かなかった。なぜなら……。

 

「あ、おかえり。お兄ちゃん」

 

「あら、朝帰りなんてずいぶんと素行が悪いのではなくて?」

 

「お久しぶりです、八幡さん」

 

 そこにはなぜか我が家のリビングで紅茶を啜っているダージリンさんとペコがいた。

 あれ? 俺は寝ぼけてるのか? おっかしーな、今日は早起きだったけど昨日はぐっすり眠れたんだけどな。

 俺は自分の瞼をなんども擦る。しかし、擦っても擦っても、目の前にダージリンさんとペコの姿は消えない。

 ちょっと擦りすぎて目が痛い……。痛い、ということは、これは夢じゃないのか。

 

「ほら、八幡さん。そこで立ち尽くしてないで紅茶でも飲んだらいかが?」

 

 なぜこの人は我が物顔でさも当然のように俺に紅茶を勧めてくるのか。ちょっと?紅茶云々のまえに俺に説明することがあるんじゃないですか?ダージリンさん?

 

「呑気に紅茶なんて飲んでる場合じゃないでしょ……。ダージリンさん」

 

「あら、ペコにはなにも言わないの?」

 

「いやいや、どうせあなたが無理矢理連れてきたんでしょ?」

 

「あなたはわたくしをなんだと……。今回に限ってはペコがどうしてもついてきたいと言ったから連れてきたのよ」

 

 ペコが? 俺は確認するようにペコの方を向くと、そこには照れくさいのか顔を俯かせているペコがいた。

 

「そんなに小町に会いたかったのか?」

 

 いろいろと理由を考えてみたが、こんぐらいしか思いつかなかった。

 

「いやいや、お兄ちゃん。その反応はさすがにないよ。小町でも軽く引いちゃう……」

 

「小町さんや、軽くでも引かないでくれる? もし、引いたとしてもそっと心の奥にそっと秘めておいてくれないかな? わざわざ言葉に出さなくていいから」

 

 なんで俺は朝から妹に引かれないといかないのか……。

 そんなことはどうでもいいのだ。いや、本当はよくないけど、今はそれよりもだ。

 

「ペコのことは今は置いときましょう。ならなんでダージリンさんは俺の家に、それもこんな朝っぱらから、しかも来るなら来るで事前に連絡をくれればいいものを……」

 

「あぁ、それは……」

 

 ダージリンさんはなんとも悪い顔でこちらを見てくる。うわっ、この人、録なこと考えてないな。

 

「ドッキリでも仕掛けようかと思って、だってその方が面白いでしょ?」

 

 まるでどこぞの外道神父よろしく、『愉悦』とかしまいに言い出しそうだな、この人。本当にいい性格してるよ。言っとくけど皮肉だよ?

 

「ちなみに、ドッキリってなにをするつもりで?」

 

「八幡さんが起きるまで、ペコさんと一緒に寝顔でも見ようかと」

 

 あっぶ! 嘘でしょ、この人! 勝手に男の部屋に入ったあげく、その寝顔を観賞しようとか……。

 さっきも言ったが本当にいい性格してるよ。もう一度言う、本当にいい性格してるなこの人。大事なことなので2回言いました。

 そう思うと俺、西住邸に呼ばれたのは僥倖だったな。なんだか、しほさんが神に思えてきた。……俺、西住流に入ろうかしら?

 

「で、本当はなにしにきたんですか? まさか本当に俺の寝顔を見に来たとかいいませんよね?」

 

「……えぇ、もちろん」

 

 なにかしら今の間は。絶対この人、ほとんど俺をからかう目的でここに来ているだろ……。

 

「あなたに、我が聖グロリアーナに来てもらう話を前にしたでしょ? そのことで今日は来させてもらったの」

 

「あれって冗談じゃなかったんですね……」

 

「あら、冗談だと思ってたの?」

 

「言っときますけど俺、男ですよ? まさか女装してこいとか……」

 

「それも候補にはあったのだけど、今回は残念ながら違うわ」

 

 なんで候補にあるんですかねぇ。この人は俺にトラウマでも作らせる気なの?

 

「八幡さん。あなたには今回、執事として来てもらおうかと」

 

「シープ?」

 

「それは羊ですよ、八幡さん」

 

 ペコさんや、わざとだよ。でも、律儀にツッコミをいれてくれるあたり、八幡的にポイント高い。

 

「執事ですか、それと今回家に来たのとなんの関係が?」

 

「あなたのサイズがわからなかったから計りに来たのよ」

 

 あー、なるほどね。確かにサイズがわからないと大変だからな。………ん?いやいや、計りに来た?

 

「えっと……それって誰が計るんでしょうか?」

 

「ふふっ、この場にいるのは誰かしら?」

 

 俺と小町を抜けば、ダージリンさんとペコしかいないな。……まさか。

 俺は違いますよねという意味を込めて、ダージリンさんにひきつった笑みを向ける。そしてダージリンさんは、なんともいい笑顔で微笑み返してくれた。

 あ……これはダメなやつだわ、これ。

 

「では、大人しくお願いね? 暴れられると上手くできないかもしれないし」

 

 できれば違うシチュエーションでそのセリフを聞きたかったな……。

 

 

 ====

 

 

「――……穢された……」

 

「……人聞きの悪いことを言わないでもらえるかしら?」

 

「無理矢理しといて、なにを今さら……」

 

「身長と腰回り、座高を計っただけですよね?」

 

「うちの兄は大袈裟なんで気にしないでください」

 

 ほう? 大袈裟とな、小町さんよ。

 

「上半身素っ裸にしといてよくいうな、おい」

 

 より詳しく計るためといって脱がされのだ。下はかって? 全力で死守した。

 

「別にへるもんじゃないんだから……」

 

 減るよ? 減ってるからね? 具体的には俺のプライド的ななにかが絶賛大安売りバーゲンセールしてるわ!

 

「そんなことはさておいて……」

 

 そんなこと? 今、そんなことっていいました? ダージリンさん。これ、状況が逆だったら絶対に男性はアウトなのに、なんで女性は許されるのか……。

 

「少し遅くなりましたけど、決勝進出おめでとう」

 

「え? ……あ、はい。どうも。……唐突にどうしたんですか?」

 

「もともとは、あなたを労いにきたのだけど……途中から趣旨が変わってしまったから、遅ればせながら言わせてもらったのよ」

 

 あぁ……俺の服を脱がすことに一生懸命でしたもんね。

 

「でも、本当にすごいですよ! まさか決勝までいかれるだなんて!」

 

 少し興奮気味に、そうペコが言ってくる。

 そう言われるとなんかこそばゆいものがあるな。誰かに褒められたのなんていつぶりだろうか?

 

「まあでも、決勝の相手はあの黒森峰。なにか倒す算段はあるのかしら?」

 

「ないことはないですね」

 

「へぇー、……それはどんな?」

 

「企業秘密です。誰かに情報をリークされても困りますし」

 

「あら、わたくしがそんなことをするとでも?」

 

「ノーコメントで」

 

「八幡さん。それだと答えを言っているも同然なのでは?」

 

 知ってるよ、ペコ。だってわざと言ってるからな。

 俺はハハハと、ダージリンさんはウフフと、互いに笑いあう。

 

 

 ====

 

 

「あのー、ペコさん」

 

「どうしました? 小町さん」

 

「普通に呼び捨て構いませんよ? 小町のほうが年下ですし」

 

「もう癖みたいなものですから、ちょっと呼び捨ては難しいかもです。それでどうしたんですか?」

 

「ダージリンさんのことなんですけど……」

 

「ダージリン様がどうかなさいました?」

 

「いえ、なんかいつもの雰囲気と違うようなんで、ちょっと気になったというか……」

 

 あぁ、なるほど。

 

「ダージリン様は、八幡さんと会うといつもああなるんですよ? たぶん、聖グロリアーナの生徒が見たらビックリするかと」

 

「ほうほう、ウチの兄にだけ……これは!」

 

 小町さんは目を爛々に輝かせ、なにやら悪い顔をしています。まるでその顔はダージリン様のようです。

 とりあえず、あの二人をとめましょうか。

 

 

 ====

 

 

「お二人も、そろそろその辺にしときましょう」

 

 そういって、ペコは俺とダージリンさんの前に紅茶を置く。

 ふむ、ちょっと熱くなりすぎたか。俺はペコからもらった紅茶をふうふう冷ましながら、少しずつ飲む。

 

「とりあえず、聖グロに行くのは全国大会が終わるまで待ってもらえますか?」

 

 打倒、黒森峰のためにいろいろとやることがあるからな。

 

「えぇ、そこは安心してちょうだい。わたくしもあなたたちの決勝戦を楽しみにしているから、邪魔をするような無粋な真似はしないわ」

 

「ありがとうございます」

 

「ところで八幡さん、ここからが本題なのだけど……」

 

 本題って、あれ? 今までのやりとりは?

 

「まほさんからね、興味深いメールを貰ったのよ。これ、どういう意味かわかるかしら?」

 

 メール?

 

「『男性を自分の部屋に呼んだときはどうしたらいいのだろうか?』って」

 

 ごほっ、ごほごほっ! 紅茶を飲みながら聞いていたせいで軽くむせてしまった。ちょ、まほさん! なんてものをダージリンさんに送ってるんだ!

 落ち着け、COOLになるんだ。比企谷 八幡。今ここであからさまに動揺すればダージリンさんの思う壺である。

 

「あら、どうしたの?」

 

「すいません。飲んでいたらちょっとむせてしまって……」

 

「……そう。それであなたはこれについてどう思うのかしら?」

 

 どうって……。

 

「別に、他人がとやかく言うもんじゃないんじゃないんですか?」

 

「まぁ、それもそうね」

 

「でしょ?」

 

「でもそれは、当事者がいなければの話ではあるとは思わないかしら?」

 

「は?」

 

 当事者? 当事者って、まさか……。俺は急いで小町の方をみる。

 するとまるで、ごっめーんと言わんばかりにてへぺろしてくる小町がいた。こいつ……しゃべりやがったな!?

 

「………」

 

「あら、だんまり? なにか言い訳でもしないの?」

 

「いや、別に言い訳するようなことはしてないですし」

 

「そう、残念ね。もう少し動揺してくれると期待していたのだけど……」

 

 本当に残念そうにしてるんだが……。ダージリンさん。

 これで話が終わると思ったのだが、とうやら違うらしく。

 

「じゃあやっぱり、まほさんの部屋に押し入った犯人はあなたなのね」

 

 言い方言い方! それ絶対にわざと言ってますよね?

  それだと俺が無理矢理押し入って、まほさんになにかしたみたいに聞こえるんだが?

 

「いやいや、押し入ってませんから。俺はまほさんに呼ばれただけで……」

 

「女性に呼ばれれば、ひょいひょいとついてくのね」

 

「お兄ちゃん、サイテー」

 

 おい、小町。さらっとダージリンさん側に加勢してるんじゃないよ。少しはお兄ちゃんをフォローしなさい。

 というか、さっきからダージリンの言葉に刺がありまくりんぐなんだが……。なに? 機嫌悪いの? 頭痛いならバファリンありますよ?

 

「なんで俺は責められてるのか……。別にやましいことはなにもしてませんよ」

 

「では、男女二人きりで部屋でなにをしていたの?」

 

「なにって、簡単に言えば相談ですかね?」

 

「相談? まほさんがあなたに?」

 

「えぇ。そうですけど」

 

「嘘をつくならもっと信憑性があるものにしたほうがよろしくってよ?」

 

 うわー、まったく信用してないよ、この人。ちょっと? お宅の隊長さんの教育がなってないんじゃないの? そこんところどうなんですかねペコさん。

 

「なぁ、さっきからダージリンさんがまともに俺の話を聞いてくれないんだが、ペコからもなにか言ってくれ」

 

「……黒森峰の隊長の部屋に行ったのは本当なんですよね?」

 

 そう、にっこりわらったかと思うと。

 

「八幡さんの自業自得かと」

 

 心なしか、ペコが冷たい気がする……。

 あれ?俺には味方がいないのか?ペコなら味方になってくれると思ったのに……。MAXコーヒ同盟じゃないの? え? 違う? 勝手に入れないでください? ……すいません。

 と、俺が勝手に想像して落ち込んでいたら、ペコは自分の発言で落ち込んだと勘違いしたのか、あわあわし始めた。

 やだこの娘、やさしすぎっ! ペコの優しさが荒んだ俺の心を癒していくようだ。あぁ、こんな妹がほしい……」

 

「え?」

 

「え?」

 

 なんか、ペコが俺のほうを見ている。

 あれ? もしかしなくても俺の心の声が漏れてた?

 

「……お兄ちゃん。小町、これ以上は妹はいらないからね」

 

「人聞きの悪いことを言うんじゃない。それだとまるで俺が勝手に妹を増やしてるみたいに聞こえるぞ小町」

 

 シスターコレクション、略してシスコンかな? というか犬猫じゃないんだから、そうそうポンポンと妹が増えるわけなかろうに、小町はなにを言ってるんだ?

 

「小町の知らないとこで増やしてるんじゃないの? 愛里寿ちゃんの件があるからね」

 

「いやいや、愛里寿は親戚なんだし、妹みたいなもんだろ」

 

「つーん」

 

 この妹、実にわかりやすい。怒ってますアピールを言葉で言う辺り、あざとさの極みと言えよう。あざとい、さすが小町、あざとい。あざと可愛い。

 というか、あなたさっきまでダージリンさんサイドにいたんだから怒る権利なくない?

 しかし、まぁ、妹の機嫌をそこねるのはよくないな、うん。

 

「すまん、小町。こんな時、なんて言ったらいいかわからん……」

 

「お兄ちゃん。そういう時は『愛してる』でいいんだよ?」

 

「そうか。愛してるぞ小町」

 

「小町はそうでもないけど、ありかどうお兄ちゃん!」

 

「ひどい……」

 

 やだこの子、小悪魔すぎやしません? いつから小悪魔系妹にジョブチェンジしたの? それとさっきの言葉を返して! 結構、本気目に言ったのに……。

 

 

 ====

 

 

「ねぇ、ペコ?」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「わたくしたちはなにを見せられているのかしら?」

 

「……それはちょっと、私にもわからないです」

 

「普通、兄妹ってこんなに仲がいいものなの?」

 

「これはさすがに、一般に当てはめるには無理があるのでは? ローズヒップさんならわかるかもしれませんけど……」

 

「あそこの家は大所帯だったわね」

 

「たしか、十八人だったかと」

 

「多いわね……」

 

「多いですね……」

 

「まぁ、それはともかく。ああいう関係も羨ましくもあるわね。本音と冗談を言いあえる仲というのは、そう簡単にできないでしょうし……」

 

「……そうですね」

 

「それで? ペコは、八幡さんの妹になるのかしら?」

 

「だ、ダージリン様!」

 

「ふふ、冗談よ」

 

 

 ====

 

 

「まあ、ことの真実がなんであれにせよ。あなたがまほさんの部屋に入った事実は変えられないことでもあるのよね。だから、もし、当日に聖グロリアーナに来なかった場合……」

 

 どうなるんだろうか?

 

「みほさんたちにこのことを話すから、そのつもりで」

 

 そう言って、ダージリンさんとペコは我が比企谷家を去っていった。

 くそぅ。当日にボイコットする気まんまんだったのに……。なんかダージリンさん、だんだん俺の扱いが上手くなってきてないか?その内弱味握られて、いいように使われるとかないよな?

 ……ノーといえない辺り、ダージリンさんの恐いところだったりする。

 

「また来てほしいね! お兄ちゃん!」

 

「いや、勘弁してほしーわ。体力がいくらあっても足りないから……」

 

 あまりにも足らなすぎて、やめて! もう八幡のライフはゼロよ! と叫ぶまである。

 

「あ、お兄ちゃん。そろそろ学校に行かないと!」

 

 げ、嘘だろ?もうそんな時間かよ……。

 俺と小町は慌てて比企谷家を出発するのであった。

 

 

 ====

 

 

 そんな、登校途中、不意に俺の携帯がなりだした。正味、朝のあれでだいぶ疲れたので出る気はなかったのだが……。

 

「お兄ちゃん。電話、鳴ってるよ?」

 

「どうせイタ電か変なセールスだからでなくていいだろ……」

 

「いやいや、せめて携帯を見ようよ。知り合いだったら表示されるんだから、違ったら、でなければいいじゃん」

 

 はぁ、まんどくせ、まんどくせ。

 仕方なく俺は携帯を見る。そこには……。

 

『ケイさん』

 

 と、表示されていた。

 とりあえず、あれだな。めんどくさくないことを祈ろう。これ以上の厄介ごとは御免被る。

 


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