間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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かくして、彼は西住流に喧嘩を売る

『婿養子』

 婿養子とは、いわゆる「女性婚」のことを指す。

 メリットしては女性は旧姓のまま仕事が続けられ、夫の家に嫁いでからの嫁姑問題が発生しない。

 男性は女性を養うという義務感から解放され、低所得でも結婚のハードルが低くなる。

 これは専業主夫を目指している八幡的にポイントが高い。めんどくさいことは極力避けたいものである。

 デメリットを上げるとするのなら、そうだな…家族間との繋がりが普通の結婚より強くなるということだろうか?

 え?繋がりが強くなるならいいことじゃないかって?いやいやそうとも限らないんだなこれが。

 例えば離婚をしたとしよう、原因は適当に考えてくれ、結婚して相手のことをより知って失望しただとか、浮気してしまったがゆえに嫁さんより先に子供が出来てしまっただとか、まぁ適当にだ。

 なんにせよ、離婚したとしても、はい、そうですとはならず、法的な意味での親族であるという関係は続くのだ。

 だから、本当に縁を切ろうと思うのなら、相当に手続きやらなんやらが複雑になってめんどくさくなるので覚えておこう。

 さて、なぜ俺がこうも婿養子のことに詳しいかと言うと、だいぶ前にある人が俺に教えてくれたのだ。

 そのある人とは島田 千代。愛里寿の母親でもあり、島田流の現当主その人だ。

 なんでそんな話をしたかは覚えていないが、俺の将来の夢が専業主夫であることを教えたら、何故か懇切丁寧に婿養子のことを教えられた。

 今思うとなんであんなことを俺に教えてくれたのだろうか?謎だ。

 いや、それよりもっと謎なのが……。

 

「――婿養子とか、なんかの冗談ですか?」

 

 目の前にいる人物が冗談を言うようにも思えないが、聞くだけ聞いとこう。

 

「冗談を言うとでも?」

 

 俺の目の前にいる人物――西住 しほは、表情を変えずそう言ってくる。

 見えませんねぇ。見えないけど、やっぱりおかしくない? なぜに婿養子……。

 

「……なら、なんで俺なんですか? 正直自分で言うのもなんですけど、性格に難ありですよ? それに特筆できるものがなにもない普通の一般人ですし……。戦車道の、しかも西住流の婿養子とか分不相応というか……」

 

 これは別に自分を卑下しているわけではなく、ただただ真実を言っているだけだ。俺は人に誇れるようなものをなにひとつ持っていない。俺がずっとやってきたのは、戦車に乗るために体を鍛えることと、作戦を考えるための知識、そして相手の行動を読むための観察眼を鍛えていたことだけだ。

 

「あなたの性格については、みほからある程度聞いているわ」

 

 えぇ……。聞いといて尚、俺のことを婿養子にしようとしてんの? それともあれなのかしら? さっき、西住から話を聞いたとか言ってたけど、西住が俺のことを上手く説明できなかったのか?

 いやいや、俺ほど単純明快な人間はそうそういないだろうに。もちろん、悪い意味でだが。

 

「なら……いえ、これ以上はいいです」

 

 この人は俺が何か言ったぐらいでは意見を変えそうにない。なんせまほさんと西住の母親なのだから相当に頑固そうだ。いや、別にディスってないからね?

 

「特筆するものがなにもない、と先程言っていたけど、あなたを一般人の枠組みに嵌めるには無理があるわ」

 

 え? それ誉めてます? 八幡的にはディスってるようにしか聞こえない。だって、お前は普通じゃないと言われているようなもんだよ?

 

「戦車道に関心を持っていて尚且つ、実践レベルの実力を持っている男性が全国にどの程度いるのでしょうね」

 

 うん。あらためて聞かされると、自分がどんだけ異常なのか自覚させられるな。普通は男性が興味を持ったとしても観戦レベルが世間の一般常識なのだろう。もしくは、よくて整備士になるぐらい。

 確かに、俺を一般人の枠組みに嵌めるのはおかしい。普通のやつは戦車に乗ろうとすら思わないもんな。

 

「ほんとんどいないんじゃないんですか? 観戦とかではなく純粋に男性で戦車道に興味ある奴なんか……」

 

「だから、あなたのように戦車道の全国大会にまで出てくる気概の持ち主はそうはいない」

 

 いやぁ、俺も別に出たくて戦車道の全国大会に出たわけじゃなんだけどな。会長に強制されてだし。

 それに普通は戦車道で男とか拒絶されるだけなんだが……あれだよな、大洗のやつらはどいつもこいつもいいやつすぎる。自分で言うのもなんだが、俺が受け入られている時点で相当なもんよ?

 

「戦車道に理解があるなら、サポートや相談もしやすくなる。しかも実力が伴っているなら尚更、それに……」

 

 それに? まだなにかあるというのだろうか?

 

「あなたの本質は島田流より西住流に近い」

 

 なんでそこで島田流を引き合いに出してくるかなぁ。

 

「……なにをもってその結論に?」

 

「"撃てば必中、守りは硬く、動く姿に乱れなし、鉄の掟、鋼の心……それが西住流"、西住流は何よりも勝つことを尊ぶ流派。あなたのこれまでの全ての試合を見せてもらったわ」

 

 見たなら尚更、俺が西住流に向いていないと思わなかったのだろうか? 姑息にして卑怯、不意打ちなんでもござれ、使えるものらなんでも使う。小町曰く、比企谷流。

 

「そのなかで、鋼の心と勝利に対する執着心は目を見張るものがあったわ」

 

 勝利への執着心と鋼の心ねぇ。確かに、俺は勝つためにいろいろとやって来た。プラウダ戦がその最たるものだったのかもしれない、勝つために手段を選んではいなかった。

 でもそれは……廃校になることを知っていたからだ。俺自身にそこまで勝利への執着はさほどない。現に聖グロ戦は負けたが、そこまで悔しくはなかった。

 勝利への執着心、目標があるならなんでもやる、手段を問わない、という意味では間違ってはいないのだろう。

 

「勝利への執着心はわからないこともないんですが、鋼の心に関してはどうしてそう思うんですか? 正味、あなたとそこまで面識もないと思うんですけど……」

 

 いくら戦車道の家元であっても、戦車越しでその人物の心の在り様まではわからないと思うのだが。

 

「小さい頃からただひたすらに、周りに理解されなくても戦車に乗るために努力している……。これだけで十分でしょう」

 

 …………なんでそのことを?

 俺は西住の方を見たが、西住は顔をぶんぶんと横に振っている。

 ……西住じゃない? じ ゃあ誰が……、

 

 ―――いや、一人だけいる。俺のことに詳しく、更に、この西住 しほと繋がりがある人物が。

 

 俺はつい、千代さんですか? と危うく声に出しそうになった。

 あ、あぶねー。このことは他言無用でと言われたのを寸前のところで思いだす。

 西住流と島田流、表立ってはこの流派はなにかと競い合っている。そう、表立っては。

 西住 しほと島田 千代、実はこの二人、一緒に飲みに行くぐらいに仲がいい。意外だろ?もっと以外なのが互いに「しぽりん」、「ちよきち」と呼び合っていること。

 え? なんで俺が知ってるかって? 話せば長……くもないな。親戚の集まりの時に、酔った千代さんが俺に話してくれたのだ。ついでに愛里寿が一緒にお風呂に入らなくなったと俺に愚痴ってもいたな。

 そして、どうやら千代さんは酔っているときの記憶は残る方らしい。

 別に俺は言いふらすつもりなどなかったが、次の日の朝に他言無用と千代さんから釘を刺された。

 俺は疑問に思ったので、飲みに行くぐらい仲がいいならなんで競いあったりしてるですか?と聞いたのだが。千代さん曰く、それはそれ、これはこれらしい。

 いろいろと事情があるようで、それ以上、千代さんは話してはくれなかった。

 ……話が長くなったな。

 理由はわからんが、なんでか千代さんは俺のことを西住 しほに話しているらしい。

 そのせいで目をつけられたと……。今度、一言文句を言わないといかんのかもしれんな。

 

「理由はわかりました。ならもし、俺が婿養子に来るとして、その相手は誰になるんですか?」

 

「それはもちろん、西住流の次期後継者のまほよ」

 

 ……まぁ、そうなるわな。なんとなくそんな気はしてた。ちょっとシミュレートしてみるか。

 無口なまほさんを俺が陰ながら支えていき、戦車道のことについて一緒に考えながら西住流を引っ張っていく……悪くはない。というかたぶん、俺にはもったいないぐらいの好条件なんだろうな、これ。

 一生に一度くればいいぐらいの大チャンス、西住流の婿養子になれば誰にも後ろ指を指されず戦車を動かすこともできるのかもしれない……。

 

「――それで、返事を聞かせてもらえるかしら?」

 

「普通に考えたら、断る理由はないですね」

 

「……そう、なら―――」

 

「あくまでも普通に考えたら、ですけど」

 

「それはどういうこと?」

 

 やっぱり、俺は捻くれている。

 

「俺は別に西住流のやり方もまほさんも特段嫌いではないんですけどね。一つだけ、やっぱりいただけないかな……と」

 

 俺の発言に更に眉間の皺を増やす西住 しほ。

 西住流の勝つことをもっとも尊ぶ考えは嫌いではない。むしろ、「勝てばよかろうなのだ」の精神は好きだ。手段を問わず勝利に執着する。別にいいと思う。否定はしない。けど……。

 

「逃げることが間違っている……。この考えだけはどうしても納得はいかないです」

 

 西住流に「撤退」の二文字はない。

 けど、逃げるのだって一つの作戦だ。逃げが悪であると誰が決めた? 世の中強い人間ばかりではないのだ。逃げだしたっていいだろ。

 逃げたって、何度もボコのように立ち上がっていけばいいのだ。それで最後に立っていた方が勝ちだ。無様だろうがなんだろうが、あの姿を否定されるのは俺は納得できない。

 

「………」

 

 無言のまほさん。

 

「……八幡くん……」

 

 俺のことを心配そうに見てくる西住。

 

「……あなたの言いたいことはわかったわ。それで?」

 

 西住流を否定されて少しだけ……本当に少しだけ、先程より怒っている西住 しほ。

 

「勝負をしましょう」

 

「勝負?」

 

「えぇ、幸いにも俺たちは戦車道の全国大会決勝戦の対戦相手です。もし黒森峰が大洗に勝てたなら婿養子でもなんでもなりますよ、好きにしてください」

 

「……こちらが負けたら?」

 

「西住の勘当を取り消してください」

 

「は、八幡くん!?」

 

 はーい、西住ちゃん、今は大人しくしときましょうか。文句は後で聞いてやるから。

 俺たちはどのみち負けるわけにはいかないのだ。なら、それに勝手に付加価値を付けてもバチは当たるまい。西住にはいろいろと世話になってるし、ここいらで恩を返さないと利息がやばそうである。

 借金、ダメ、絶対! あれ? なんの話をしてるんだ、俺?

 

「……それは、あなたになんのメリットがあるのかしら」

 

「メリットならあるでしょう十分に。戦車道の有名どころの1つ、西住流を倒せばお釣りなんていくらでもきますよ。それに自分より弱いとこの下には就きたくないですし、そういう意味での勝負でもあります。……まさか、受けないなんて言わないですよね? 負けるのが怖い訳じゃあるまいですし」

 

 俺はこれでもかと言うぐらいに相手を煽る。

 

「……わかりやすい挑発ね」

 

「それはどうも。それでどうするんですか? 受けてくれるですか?」

 

「……いいでしょう、まほ!」

 

「はい、お母様」

 

 西住 しほに呼ばれ、今まで黙っていたまほさんが返事をする。

 

「西住流の真髄を、容赦など一切しないように」

 

「……わかりました」

 

「では、話はこれで終わりね」

 

 そういって、西住 しほは部屋を出ていった。

 いやー、緊張した。心臓のバクバクと手汗がやばいやばい。あの威圧感は常人には出せませんのことよ。さすがは戦車道の家元とでもいうべきか。

 

「は、八幡くん……」

 

「ん? どうした?」

 

「あんな約束して良かったの? その……婿養子とか……」

 

「あー、うん、問題ないだろ、別に」

 

 勝てばいいのだよ、勝てば。負けたときのこと? そんなの考えるぐらいなら作戦を考えてた方が有意義だろ。

 それにああでも言わないと、勝負をしてもらえるかわからなかったしな。

 

「それより頼むぞ、西住」

 

「え?」

 

 え? じゃないですぞ、西住殿。確かに、勝負を吹っ掛けたのは俺だが、西住は西住でやることがあるだろ。

 

「お母さんやお姉ちゃんに認めてもらえるような自分だけの戦車道」

 

「あっ……」

 

「まぁ、俺にできることなんてほとんどないし、俺に言われるのは癪だろうけど……その、なんだ、頑張れ」

 

「……うん! ありがとう、八幡くん!」

 

 それに負けたら、俺がまほさんの婿さんになってしまうしな。まほさんの為にも頑張ってくれ。

 っと、そうだ。まほさんに聞きたいことがあったんだ。

 

「あの、まほさん」

 

「どうした?」

 

「あの喫茶店―――ルクレールで初めて会ったとき、俺のことを知っていたんですね」

 

 西住 しほの口ぶりだとだいぶ前から俺のことを知っていたようだし、まほさんに話していてもおかしくはない。

 

「……あぁ。お母様から、もし出会うようなことがあるなら一度話をしてみて、人となりを確認するように言われていたからな」

 

 やっぱりか。だからあの時、面識もない俺と話をしようなどと言ったのか。つまり、小町のことは建前ってほどではないだろうが、俺の方が優先順位が高ったわけか。

 いやースッキリしたわ。微妙にあの時のことは引っかかっていたのだ。

 

「というか、いいんですか?」

 

「? なにがだ?」

 

「いや、仮にも俺は西住流に喧嘩を吹っ掛けてたわけで、そんな俺と呑気に話していてもいいのかな、と」

 

「………」

 

「まほさん?」

 

「……問題はない、はず」

 

 まほさんは、少しの間逡巡しかたかと思ったらそう答えてきた。

 はずなんですね……。俺に言われるまで気づかなかったのだろうか、この人は。わりと真面目な話、まほさんも西住と一緒でポンコツの匂いがしだしたのだが、大丈夫か? この姉妹。

 俺がそんなことを考えていたら不意に服の裾がくいくいっと引っ張られた。

 

「ねぇ、八幡くん……」

 

「ん? どうした?」

 

「お姉ちゃんといつの間にそんなに仲良くなったの……?」

 

「いや、仲は良くないんじゃないか? 悪いとも言わんが」

 

 じーっと、西住は俺とまほさんを何度か見比べている。どうしたのかしら? なんか気になることでもあるのか?

 

「西住?」

 

「………私は名前で呼んでくれないんだ……」

 

「え?」

 

 あまりにも西住の声が小さかったのでよく聞こえなかった。

 それとなんか西住の様子がおかしい。例えるなら、拗ねた時の小町や愛里寿に似ている。

 

「お姉ちゃん」

 

 そしてなにかを決意したのか、西住はまほさんに話しかける。

 

「みほ?」

 

「私……負けないから……!」

 

 いきなりの宣戦布告。

 西住にしては少し珍しいな、相手に対して明確に意思表示するなんて。それほどまほさんが大事なんだろう。なんせ負けたら俺みたいなのが婿になってしまうのだ。西住にも自然と気合が入るか。

 そんな西住の行動にまほさんは困ったような顔をして、助けを求めるように俺の方を見てくる。どうしていいのかわからないって顔だな。ほとんど表情に変化はないけど。

 

「隊長、夕食ができたそうです」

 

 そしてちょうどよくイッツミーが俺たちを呼びに来た。

 ちっ、タイミングがいいんだかわるいんだか、せっかくの姉妹の仲直りのチャンスだったのに。

 というか。

 

「やっぱり俺、帰った方がよくないですか? まほさん」

 

 喧嘩を売っといて、食事までごちそうになるとかいいんだろうか……。

 

「先程のことなら気にしなくていい。八幡を呼んだのはこちらなんだから」

 

 いやーまぁそうなんだけどね。なんというか、一言で言えば気まずい。

 

「それに泊まっていくんだ、そんなことを気にしてもしょうがないだろう」

 

 まほさんは淡々とそう俺に言ってくる。

 

 あぁ、やっぱり俺はこの西住邸にお泊りするのか。

 


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