間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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それでも、比企谷 八幡は考える

 突然だが、パワーアップと言えば何を思い浮かべるだろうか? 戦隊ものなら新たな仲間やど派手なロボ、ライダーものなら新しい変身や必殺技だろうか。

 というか両方とも同じことが言えるな。ライダーも戦隊もまぁ基本的にパワーアップと言えばこんな感じだ。子供の頃のあのわくわく感は異常なレベルだった気がする。

 さて、なんでこんな話をしているかというと。俺たち大洗学園戦車道もパワーアップをしたからだ。

 西住たちが乗っているⅣ号が、この前、戦車を探した時の見つけた砲身に切り替え、今や長砲身となっている。そして新たな仲間、ルノーの乗り手として風紀委員のメンバーがやってきた。覚えている人がいるかはわからないが、俺が冷泉を自転車で運んだときに校門であったあの人物である。たしか冷泉にそど子ととかなんとか言われてたはず。

 

「今日から参加することになった園 みどり子と風紀委員です。よろしくお願いします」

 

 風紀委員チームの三人はぺこりとお辞儀をする。

 しかし、なんで全員頭がおかっぱなんだろうか? もしかして風紀委員はそういう制度でもあるんだろうか、というかいつの時代の模範的女子高生だよ。考えが古すぎないか?

 

「略してそど子だ。いろいろ教えてやってね~」

 

「会長! 名前を略さないでください!」

 

 なんか今のやりとりである程度の力関係がわかってしまった。この人たち会長に苦労させられてるんだろうな。意外なとこで親近感が湧いてしまう。

 

「何チームにしよっか、隊長?」

 

 会長はそのまま無視して西住に話しかける。

 せめて話を聞いてやってくださいよ、会長。まるでいつもの俺を見ているようで……。冷静に考えると俺ってあんな扱いなのか。なんか泣けてきた。いろんな意味で。

 

「えっ? うーん、B1ってカモっぽくないですか?」

 

 どこらへんがカモなのだろうか? わからん。

 

「じゃあ、カモにけってーい」

 

「カモですか!?」

 

「戦車の操縦は冷泉さん、指導してあげてね」

 

 まぁ、冷泉がこの中で一番適任だろうな。運転上手いし。

 

「私が冷泉さんに!?」

 

「わかった」

 

「成績がいいからっていい気にならないでよね!」

 

「じゃあ自分で教本を見て練習するんだな」

 

「なに無責任なこと言ってるの! ちゃんとわかりやすく懇切丁寧に教えなさいよ!」

 

「はいはい」

 

「はいは一回でいいのよ!」

 

「は~い」

 

 冷泉もめんどくさい相手に捕まったな。まぁ理不尽な上司だと思って頑張れとしか俺には言えんな。

 

「次はいよいよ準決勝! しかも相手は去年の優勝校、プラウダ高校だ。絶対に勝つぞ、負けたら終わりなんだからな!」

 

「どうしてですか?」

 

「負けても次があるじゃないですか」

 

「相手は去年の優勝校だし」

 

「そうそう胸を借りるつもりで」

 

 一年生からもっともな意見がでる。

 まぁそうだよな、普通はそれでいいんだろう。だが、俺たちは……。

 

「それではダメなんだ!」

 

 河嶋さんの一言で全体が静まり返る。

 河嶋さんが焦るのもわかる。なんせ相手が去年の優勝校、焦らない方がおかしい。だが一方で一年生たちの反応を責めることはできない。

 なぜなら、負けたら廃校になることを俺たちは言ってないからだ。そのせいで勝ちに対する意識に差がでてしまっている。

 

「勝たなきゃダメなんだよね……」

 

 勝ちが全てではない。だが、それも時と場合によりけりだ。それでも会長が西住たちにこのことを言わないのは気にしてほしくないからだろう。ホントの話をして萎縮するぐらいなら気にせずのびのびと自分たちの戦車道をやってほしいと。

 だが、そのつけはいつか来るのだと思う。それがいつかはさすがにわからないが。

 

「西住、指揮」

 

「あ…はい! 練習開始します!」

 

 西住の号令によって本日の練習が始まる。

 

「西住ちゃん!」

 

 会長に呼び止められ西住は振り返る。

 

「……あとで生徒会室に来て」

 

 もしかして西住にあのことを言うつもりなんだろうか。それはそれであの人の選択だ、俺には関係ない。そう、関係はないが、俺は俺でやれることをやろう。

 今回からは前の試合とはまったく違ってるといってもいい。まず一つに投入車両の数が引き上げられる。こちらの車両が増えたと言っても一両、相手は規定数の車両で来るだろう。

 そしてもう一つの問題がある。それは地形と気候だ。今回プラウダ高校と対戦するにあたって対戦会場となったのが雪原ステージ。俺たちにとっては経験したことがない天候での試合となる。そうなると、たぶん不測の事態が起きると思うのだ。

 だから今回は多少なりとも俺は無茶をしないといけない。そのためには……。

 

「ナカジマさん!」

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと頼みたいことが……」

 

 俺はナカジマさんに自分がやりたいたいことを説明する。

 

「――というわけなんですよ」

 

「……比企谷、自分がなにを言ってるかわかってるの?」

 

 ナカジマさんは不安そうな顔でそう言ってくる。

 

「もちろん、わかってます」

 

「……たしかにそのやり方なら機動力は上がると思う。でも君の戦車は偵察機だしそこまでする必要があるの?」

 

「やれることはやっておきたいんです」

 

「じゃあ約束して、極力、戦闘には参加しないって」

 

「それは……」

 

「もちろん、戦車の試合だからそういうわけにはいかないのはわかるけど、もともと君の戦車は偵察用。自分から相手の戦車に挑むようなことはほとんどないはずだし、それさえ守ってくれるなら引き受けるよ」

 

 それがナカジマさんの妥協点か。

 

「極力、戦闘を避けたらいいんですね?」

 

「相手の砲弾を自分から受けに行ってもダメだからね」

 

「いや、さすがにそんなことしませんよ。いくらなんでも」

 

「このことを会長さんたちには?」

 

「言ってません。言ったらたぶん止められるんで」

 

 俺がやろうとしていることはたぶん誰も賛成はしないだろう。

 

「本当は私もあまり賛成はしてないんだけどね。でも比企谷は自分一人でもやりそうだし、そうなるぐらいなら私たちがきちんと仕上げた方が結果的には安全だと思ったからだよ?」

 

 本当に自動車部の人たちには頭が上がらない。俺の無茶な要求に応えてくれるんだから。

 

「迷惑かけてすいません」

 

「頼ってくれたのは素直にうれしいけど、今回限りだからね?」

 

「……うっす。あ、それと教えてほしいことが」

 

「うん?」

 

「簡易的でいいんで戦車の整備のやり方を教えてください」

 

「それも不測の事態に備えて?」

 

「はい」

 

「そっちの方はむしろ喜んで引き受けるよ。なんならこれを機に自動車部に入らない?」

 

「……すいません。俺、もう部活に入ってまして」

 

「え? 比企谷が?」

 

 それはもう、ナカジマさんはめずらしいものを見る目になっている。

 まぁ、そんな反応が来るのはわかってましたけどね。俺でもたぶん同じ反応になる。

 さて、試合までそんなに時間がない。やれることをやっていこう。

 

 

====

 

 

「だいぶ遅くなったな」

 

 結局、練習が終わった後にナカジマさんたちに整備のやり方を教えてもらったらこんな時間になった。教えてもらって思ったことは、あの人たちはやっぱりすごいってことだな。

 そして寒い寒いと思っていたら雪が降っている。まったく、ランダムで試合会場を決めるのはやめてほしい。我が家はこんな時期なのに、もうこたつが出ている。この試合が終わったらまた役目は当分先になるだろうし、片づけるのがめんどくさいな。

 

「あれ? 八幡くん?」

 

「……おう、西住か」

 

 どうやら西住も会長たちとの話が終わって、ちょうど帰るところのようだ。

 西住は俺の隣にとてとてと近づいてくる。

 

「どうしたの ?こんな時間まで」

 

「……ちょっとな。それより、西住の方は結局話ってなんだったんだ?」

 

「え? うーん、どうなんだろ?」

 

 てっきり会長は西住にあのことを話したのかと思ったが、西住の反応を見る限りどうやら違うようだ。

 

「説明しづらいのか?」

 

「ううん。えっとね、アンコウ鍋食べて、アルバムを見ながら会長さんたちの思い出話を聞いてたのかな、私」

 

「なんじゃそりゃ」

 

「うん。結局なんだったんだろ、話って?」

 

 会長は西住に言わないことにしたんだな。

 

「まぁ、とりあえず、家まで送るわ」

 

「え? 大丈夫だよ別に」

 

 西住はわちゃわちゃと手を振り、やんわりと断ってくる。俺なんかに送ってもらうのは不本意だろうが、ここは俺に従ってもらおう。

 

「このままお前を帰したら小町にどやされる」

 

「……理由が小町ちゃんなんだね」

 

 なんか西住が目に見えて落ち込んでいるんだが。なんでだ?

 

「ほら、行くぞ。寒いし」

 

「う、うん。あっ、そうだ八幡くん、どうせなら一緒に作戦を考えてくれないかな?」

 

「作戦て、プラウダ戦に向けてか?」

 

「うん。……ダメかな?」

 

 いや、ダメではないのだが。

 

「俺なんかでいいのか?」

 

「八幡くんほど作戦考えるのがうまい人はいないと思よ?」

 

 まぁ、そういうことなら。

 

「その作戦会議はどこでやるんだ? 学校は使えないし」

 

「え? 私の家でやろうと思ってたんだけど」

 

 前から思ってたんだが、西住のやつは警戒心ってものがないのか? いくらなんでも男をそう易々と招き入れたらダメだろう。

 

「いいか西住? 男は狼なんだぞ? 優しい顔して、虎視眈々とやることをやろうとするんだから、そう簡単に家に男を呼ぶなよ……」

 

 なんか前に武部が俺と同じようなことを西住にいってた気がするな。

 

「八幡くんは前にも来たことあるし大丈夫だよ」

 

 西住は俺だから大丈夫だと言うが、なにも大丈夫ではないだろ。前は武部たちもいたが、今回は俺とお前だけなんだぞ? いや、別に俺がなにかをするつもりはないけどさ。

 

「それに、八幡くんとボコのことでいろいろ話をしてみたいなって思ってたし」

 

 作戦会議は二の次で、むしろそっちが目的じゃなかろうな、西住。まぁいい、いや、よくはないが。作戦会議はやっときたかったし、タイミング的には悪くはないか。俺がプラウダに行ったときの情報も教えられるし。

 

「わかった。とりあえずは小町に遅くなることを連絡するから、ちょっと待っててくれ」

 

「うん」

 

 俺は携帯を取りだし小町にかける。

 

『もしもしお兄ちゃん? どしたの?』

 

「小町、今日は帰ってくるのが遅くなるから、先に飯食ってていいぞ」

 

『え? それまたどして?』

 

「今から西住の家でプラウダ戦に向けての作戦会議やるから」

 

『みほさんと!? 今夜は帰ってこなくても大丈夫だからね、お兄ちゃん!』

 

 この妹の頭はお花畑かなにかなのかな? お兄ちゃん、小町の将来が不安になってきたよ。妹が朝帰りを推奨するんじゃありません。

 

「いや、普通に帰ってくるから玄関閉めるなよ?」

 

 言っとくが振りじゃないからな。

 

『えー、小町的にはお姉ちゃんがほしいかなって思うんだけど』

 

 それは無理だから、諦めろ小町。

 

「作戦会議するだけって言ってるだろうが」

 

『でもでも、こう、ラッキースケベてきなことが起こって二人の仲が急展開!みたいな!』

 

「現実はそんなに甘くないぞ小町」

 

『どしてさ?』

 

「もし俺がそれをやるとするだろ?」

 

『うん』

 

「捕まるから」

 

『あ~、それじゃ仕方ないね』

 

 今ので納得されるのは、それはそれでムカつくな。

 

「じゃあ、もう切るぞ?」

 

『頑張ってね! お兄ちゃん!』

 

 だから、なにを頑張れと言うんだ小町さんよ……。

 

「とりあえずはこれで連絡オーケーと……。西住、待たせてすまんかった」

 

「ううん、じゃあ、行こっか」

 

 なんかこのやり取りだけ見ると恋人っぽいな。なに言ってるんだか、ないない。まず西住が俺なんかを好きになるわけないし。妄想は虚しくなるだけだからやめよう。ただでえさえ寒いのに、心まで寒くなってしまう。

 

 

===

 

 

 そして、西住宅に到着。

 なんか前来たときより物が増えている。というかボコが増えている。

 部屋の半分をボコが占領してんじゃないかこれ? さすがにそれは言い過ぎか、よくて三分の一。いや、それでも多いだろ。

 

「それじゃあ、八幡くん」

 

「おう」

 

 西住と俺のプラウダ戦に向けての作戦会議は始まった。

 やはりというか、なんというか、どうしてもネックになるのが、車両数の差だな。

 加えて、対戦ステージは相手の得意な雪原ステージと来ている。こっちには不利な条件しかない。

 なら、短期決着を目指せばいいかと言うと、そうでもなく、プラウダはむしろ引いてからの戦いが得意なんだよな。

 

「……ふぅ」

 

「これは思った以上に厳しいね」

 

 西住の言うとおり、これは一筋縄では行きそうにない。

 

「相手の戦車が試合中に壊れたりしねぇかな」

 

「それは無理じゃないかな?」

 

 西住も俺が本気で言ってないのがわかってるんだろう、微笑みながらそう言ってくる。

 そんな西住を見ていたら、ふとした疑問が芽生えた。

 

「なぁ西住、戦車道は楽しいか?」

 

「え? どうしたの? いきなり」

 

「……いや、なんとなくだな。別に深い意味はないんだが」

 

 本当になんとなくだ。戦車道が始まった当初は、西住はお世辞にも楽しんでいるとは言えなかっただろう。

 そりゃそうだ。あんなことがあって、でも、西住は前に進んだ。だから、気になったんだと思う。

全然なんなとなくじゃなかったな。

 

「大洗のみんなと出会って、八幡くんと出会って、私は……自分だけの戦車道を探すようになったんだよ?」

 

 それは前に言っていたあれか。

 

「あいつらはわかるんだが……、俺ってなんかしたっけか?」

 

 特段、西住のためになにかをやった覚えがないんだが。

 俺の言葉に西住は一瞬呆けた顔をしたかと思えば、クスクスと笑われてしまった。

 

「ふふっ、なんか八幡くんらしいね」

 

「え? それ褒めてるのか? 西住」

 

 西住のことだから、馬鹿にはしてないんだろうけどさ。

 

「さっきの質問だけど」

 

「お、おう?」

 

「大洗のみんなとの戦車道は楽しいよ、八幡くん」

 

「……そうか」

 

 なら、尚更負けられないな。負ければ廃校になる。

 だが、このことは、西住たちは知らない。

 そして、そのことで問題が起きることを俺はまだ知らないのだった。

 

 

====

 

 

 次の日。

 防寒対策として戦車道の面々はいろいろと準備をしている。

 それはいいんだが、なんというか空気が浮足立っている。前は試合前となればそれなりに緊張感があったんだが、今はどうだろうか。やはりどこか気持ちが浮ついている。

 

「カイロまでいるんですか?」

 

「戦車の中には暖房がないから、できるだけ準備しとかないと」

 

 西住の言う通り、戦車は暖房がない。そのうえわかりきっているが鉄の塊だ。冷えることこの上ない。

 そんな話の最中、武部は防寒具が入っている段ボールをごそごそしてその中からホットパンツを取り出した。

 武部、そのホットパンツを履くつもりなのか? いくらなんでもそれはやめといたほうがいいだろう。

 

「タイツ二枚重ねにしよっか?」

 

「ネックウォーマーも、したほうがいいよね」

 

「それより、リップ色のついたやつしたほうがよくない?」

 

「準決勝って、ギャラリー多いだろうしね」

 

「チークとかいれちゃう?」

 

 これが一年生たちのやりとり。

 

「どうだ」

 

 そういってカツラを装着する左衛門佐。

 

「私はこれだ」

 

 葉の冠を被るカエサル。

 もうカエサルたちにいたっては防寒対策ですらない。

 

「あなたたち、メイクは禁止!仮装は禁止!これは授業の一環なのよ?校則は守りなさい!」

 

 さすがにこれは風紀委員として見過ごせないのか、カエサルたちを注意をしている。

 だが、そんな風紀委員に忍び寄る影、いやまぁエルヴィンなんだが。そのまま近づき一言。

 

「自分の人生は、自分で演出する」

 

 なぜかドヤ顔である。

 

「なに言ってるのよ!?」

 

 ホントになにやってんだあいつら。

 

「今度は結構みんな見に来るみたいですよ」

 

「戦車にバレーボール部員募集って貼っておこうよ!」

 

「いいね!」

 

 今の戦車道のやつらの雰囲気はだいたいこんな感じだ。

 

「アンツィオ校に勝ってから、みんな盛り上がってますね!」

 

「クラスのみんなも期待してるし、頑張んないと!」

 

「次は新三郎も母を連れて見に来ると言ってます」

 

「お前ら、ちょっと浮かれ過ぎじゃないか?」

 

「なに言ってんの比企谷? 普通でしょ、これくらい」

 

「そうですよ比企谷殿! なにか不安なことでも?」

 

 不安、不安ねぇ。どうみても不安しかない。

 たしかに俺たちは無名校のわりに一回戦、二回戦と勝ち上がってきている。盛り上がる気持ちもわからんくはない。

 が、いくらんなんでもこれは度が過ぎている。緊張感が皆無だ。

 自信と慢心は似て非なるものだ。

 人間調子に乗り出すと絶対に起こすことがある。それはなにか?簡単な話がミスを起こす。

 自分たちならいける、失敗するわけがない、そんな思いが普段ならやらないようなミスに繋がり結果、失敗する。

 ここで俺が注意してもたぶん意味がない。いや、この場では納得はするかもしれないが、本当の意味で理解はしないと思う。

 だから俺はあえて注意しない。人間、失敗しないとわからないことだってある。そうしないと結局、勝てても次で同じ失敗を起こすだろう。それだと意味がない。

 あいつらはたぶん幻想を抱いているのだ。自分たちならやれる、自分たちなら問題はない。

 だが、所詮幻想は幻想だ。

 だから、どこぞのツンツン頭のセリフを借りるとしよう。

 

 ――その幻想をぶち殺す。

 

 俺の場合、勢い余って人間関係まで壊してしまいそうだが。

 

「……いや、なんでもない、気にしないでくれ」

 

「そうですか?」

 

 秋山は怪訝そうな顔をしたがそ、れもまた一瞬で戻る。

 俺たちの目標はあくまで優勝だ。それ以外は意味がない。

 ここでもやはり、俺とあいつらとでの意識の差を感じる。……ツケがだいぶまわってきているな。

 プラウダ戦はいろんな意味での分岐点になりそうだ。

 

 

====

 

 

 そしてやってきた準決勝当日。俺たちは今、試合会場に降り立っている。

 

「さむっ! まじ寒いんだけど~」

 

 やっぱ寒いな。気温だけではなく雪まで降ってるからなおさらそう感じるんだろう。

 

「Ⅲ突の履帯はヴィンターケッテにしたし、ラジエターに不凍液も入れたよね?」

 

「はい!」

 

 西住による戦車の確認もどうやら終わったようだ。

 というか風紀委員チームのやつらがガチガチだ。すごい緊張している。

 それに気づいた西住が話しかける。

 

「あの、いきなり試合で大変だと思いますけど、落ち着いて頑張ってくださいね」

 

「わからないことがあったら無線で質問してくれ、そど子」

 

「だからそど子って呼ばないで!私の名前は園 みどり子!」

 

「わかった、そど子」

 

「全然わかってないじゃないの!」

 

 冷泉のやつ、わかっててやってるな。これで風紀委員もいい感じに緊張も解けただろう。

 問題はそっちじゃない。一年生は雪合戦、カエサルたちは雪像を作っている。一日経ってマシになるかと思ったが、やっぱり変わらんか。

 そうこうしていると何やら車の走る音が聞こえてきた。

 そして降りてきたのは、カチューシャとノンナさん。

 

「え? 誰?」

 

「あれは……プラウダ高校の隊長と副隊長」

 

「地吹雪のカチューシャと、ブリザードのノンナですね!」

 

 え? あの二人、そんな二つ名があるのかよ。知らんかった。

 

「ぷっ、あっはははは! このカチューシャを笑わせるためにこの戦車をもってきたのね。ね? ね?」

 

 こちらにきたかと思えばいきなり笑い出したな。どうした? なんかいいことでもあったか?

 

「やぁやぁカチューシャ! よろしく、生徒会長の角谷だ」

 

 会長がカチューシャと握手しようと近づき片手を出したのだが、一方のカチューシャは少しの間会長を睨みつけ。

 

「ノンナ!」

 

 ノンナさんの名前を呼ぶ。

 それだけでノンナさんは自分がやるべきことがわかったのだろう。カチューシャを抱きかかえ肩車をする。

 

「あなたたちはすべてにおいてカチューシャよりしたなの! 戦車も技術も身長もね!」

 

 いくらなんでも最後は無理があり過ぎだろう。というか小さいこと気にしてるのかあいつ。

 

「肩車してるだろう……」

 

 河嶋さんがボソッとつぶやいたのだが、どうやらカチューシャには聞こえていたようで。

 

「聞こえたわよ! よくもカチューシャを侮辱したわね! しょくせいしてやるんだから!」

 

 しょくせい? あぁ、粛清ね。一瞬なんのことかわからんかった。

 

「行くわよノンナ!」

 

 それでてっきり帰るのだと思ったのだが、カチューシャの命令でノンナさんが動いたかと思えばこちらに向かってきたな。なんだ?

 

「なにをしてるのノンナ! ってあなたなんでこんなところにいるの?」

 

「一応、試合に出るんで俺も」

 

「へ? 男なのに戦車道の試合に出るの?」

 

「気持ち悪いか?」

 

「なんで? 戦車道において重要なのは強さよ! 男とか女とか小さいことにカチューシャは興味ないわ!」

 

「……そうか」

 

 こいつはこいつでやっぱり隊長なんだな。

 そして俺が感心していると、カチューシャはにやりと笑ってきた。

 

「あなたのお仲間はカチューシャがけちょんけちょんにするけど恨まないでね?」

 

「むしろやってくれて構わないぞ」

 

「……あなた、自分がなに言ってるかわかってるの?」

 

 自分のことは自分が一番わかってる。だから最後に一言付け加える。

 

「その上で俺たちが勝つけどな」

 

「へぇー、その自信がどこからくるかは知らないけど、試合後が楽しみね、あなたの顔がどうなってるか」

 

 そういってノンナさんとカチューシャは帰っていった。

 けちょんけちょんにしてくれるなら望むところだ。むしろやってもらわないとこっちが困るんだよ。

 

「比企谷ちゃん、カチューシャと知り合いだったの?」

 

 知り合い? いや、あいつと俺はそんなレベルですらないだろう。だってまともに話したのがついさっきだし。

 

「友達の友達の知り合いみたいなもんですかね」

 

 ある意味間違ってないだろう。まぁこの場合、ダージリンさんを友達という設定にしないといけないが。

 

「それってもうただの他人じゃないの ?というか比企谷ちゃんに友達なんていたの?」

 

 この人今、俺の繊細なボッチハートにナイフを突き刺した

 というかナチュラルにディスるのはやめてくれませんかね?それに俺にだって友達はいるのだ。戸塚とか戸塚とか戸塚とか。やだ戸塚しかいない。むしろそれでいい。いや、それがいいまであるな。

 

「……友達ならいますよ」

 

「え!?」

 

 なにもそんなに驚かんでも。

 

「まぁ、この話はもういいでしょ。そろそろ試合が始まりますよ」

 

 

====

 

 

「とにかく、相手の車両に吞まれないで冷静に行動してください!フラッグ車を守りながらゆっくり前進して、相手の出方を見ましょう」

 

 西住と俺が話あった結果、この作戦になったのだが。たぶん、この意見は通らない。

 

「ゆっくりもいいが、ここは一気に攻めるのはどうだろうか?」

 

「え?」

 

「うむ」

 

「妙案だ」

 

「先手必勝ぜよ」

 

「気持ちはわかりますが、リスクが……」

 

「大丈夫ですよ!」

 

「私もそう思います!」

 

「勢いは大事です」

 

「ぜひ、クイックアタックで!」

 

「なんだか負ける気がしません!それに敵は私たちのことを舐めてます!」

 

「ぎゃふんと言わせてやりましょうよ!」

 

「いいねー、ぎゃふん!」

 

「ぎゃふーん、だよね!」

 

「ぎゃふーん♪」

 

「よし、それで決まりだな」

 

「勢いも大切ですもんね」

 

 だが、西住の顔は優れない。それはそうだ。こんなの作戦でもなんでもない。ただの突撃だ。

 それに相手がこちらを舐めていると言っていたが、本当の意味で相手を舐めているのは果たしてどっちなのか……。これは言うまでもない。

 

「わかりました。一気に攻めます」

 

「いいんですか?」

 

 秋山が心配そうに西住を見る。

 

「慎重にいく作戦だったのでは……」

 

「長引けば雪上での戦いに慣れた相手が有利かもしれないし……。それに、みんなが勢い乗ってる今なら」

 

 西住の選択は、普通なら間違ってはいない。

 だが、今のあいつらではダメだ。

 

「孫子も言ってるしな、兵は拙速なるを聞くも未だ功の久しきを観ず、だらだら戦うのは国家国民のためによくない、戦いはちゃちゃーと集中した方がいいんだよ。ね?西住ちゃん」

 

「はい。相手は強敵ですが、頑張りましょう!」

 

「「「おぉ―――!!」」」

 

 ここ準決勝に来て、大洗が抱える問題が二つ。

 一つは、勝ち続けた故の慢心。そして二つ目は、負けたら廃校が確定してしまうことを知らないことで生徒会とあいつらの勝つ意識に差が出だしてしまっていること。

 廃校になることを知っていれば慢心も起きなかったかもな。結果論だが。

 だから俺は、この試合でその問題を解決させる。全員の気持ちをバラバラのままでは、たとえ勝っても決勝に上がってくるだろう黒森峰に勝てない。

 気合いを入れろ、比企谷 八幡。ここからは相手の手を読みきるんだ。その上であえて相手の作戦に乗る。

 ボコのボコボコ作戦の開始だ。

 もちろんボコだから、ボコボコになるのは相手ではなく、俺たちだけどな。

 


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