間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 作:@ぽちタマ@
聖グロリアーナ女学院との戦車道の試合が始まった。
「いよいよ始まりましたね!」
優花里さんはとても楽しそうにしている。
やっぱり戦車が好きなんだなぁ。キラキラ目を輝かせているところが子供っぽくてつい笑ってしまいそうになっちゃった。
『あのー、それでどうするんでしたっけー?』
「えっと、先程説明した通り、今回は殲滅戦ルールが適応されるのでどちらかが全部やられたら負けとなります」
『そうなんだー』
フラッグ戦だとこちらのフラッグ車が先にやられてしまう可能性のほうが大きかったので、殲滅戦なら相手が強豪でも戦いようがあるはずです。
「まず我々AチームとFチームが偵察にでますので他のチームは100メートルほど前進したとこで待機してください」
『『『わかりました!』』』
『『『御意!』』』
『なんか作戦名はないの?』
きゅ、急にそんなこといわれても、えーっと、作戦名作戦名。
「こそこそ作戦です! こそこそ隠れて相手の出方を見て、こそこそ攻撃を仕掛けたいと思います」
私にしてはいい感じに決まったかな。
「ねえ八幡くん、この作戦名どうかな?」
『ちょっ西住、そこで俺を名指しする意味は?』
「え? なんなとなくかな?」
『まあ、西住らしくていいんじゃないか? 知らんけど』
「八幡くん、それって褒めてる?」
『想像は西住にまかせるわ』
『お前ら、無駄話はそこまでにしておけよ』
「す、すいません」
すこし話がそれてしまいましたが、気を取り直していきましょう。パンツァー、フォー!
====
やはり紅茶はいいですわね、心が落ち着きますわ。
さて、そろそろ相手も動きだす頃合いかしら、ならこちらも動きださないといけないわね。
ペコとアイコンタクトをとり、一緒に戦車の中へと乗り込む。
「全車、前進」
そうしてわたくしたち聖グロリアーナの戦車がいっせいに動き出す。
「あの、それでダージリン様、先程の彼と何を話されていたんですか?」
やっぱりペコも気になっていたのね。
「とりあえず自己紹介と先程のお礼をと思ってその話をしてきましたわ」
「それで、彼はなんと?」
「まずあの方は比企谷 八幡さんとおっしゃるのよ」
「比企谷……」
「どうかなさって? ペコ」
「あ、いえ、どこかでその名前を聞いたことがあるような気がして」
そういわれると、確かにどこかで聞いたことがありますわね。どこで聞いたのかしら?
「思い出しました! 比企谷といえば、あの比企谷 小町さんと同じ苗字ですよ、ダージリン様」
「たしかに、言われてみるとそうね。まさか兄妹だったりするのかしら……大洗?」
比企谷 小町といえば今、戦車道で注目されている選手の一人でもある。中学生とは思えない動きで次々と戦車を撃破していく様はそれは凄いと噂になっており、たしか彼女には大学の飛び級の話が来ていて、何故かそれを断っていると聞いたことがあるわね。
「それでお礼のほうはどうなったんですか?」
「彼はなんといったかわかるかしら、ペコ」
少々意地悪な質問をしてしまったかしら?
「いえ、さすがに」
「本気で戦ってほしいと言われましたわ」
「え!?」
さすがにこれにはペコも驚きを隠せないようね。
「なにかしらの見返りを求められるものだと思っていたのだけれども、予想が外れてしまったわ」
「ですがよろしいのですか?そ れだとすぐに試合が終わってしまうのでは? 相手は戦車道を初めてすぐと聞きますし」
「その心配はいらないそうよ、ペコ」
「そうなのですか?」
「これも彼が言ってたことなのだけど、こちらを退屈にはさせないらしいわ」
「それほどの実力が大洗学園に?」
「どうでしょうね、見た感じではそこまでの脅威には見えなかったのだけれども」
実際のところどうなんでしょうね、彼がはったりを言うとも思えないけど。
「しかしどうであれ、わたくしたちのやることは変わりませんわ」
「いえ、今回は違いますわダージリン様」
ペコもやる気のようね。
「ふふっ、そうだったわねペコ、今回は全力でそして本気で相手を迎え撃ちに行きますわよ」
「はい」
「アッサムもそれでよろしくって?」
「構いませんよ、ダージリン」
「ではそろそろ行きましょうか、わたくしたちの戦場へと」
====
「マチルダⅡ五両、チャーチル一両、前進中……」
「さすが、きれいな隊列を組んでいますね!」
「うん! あれだけ速度を出して隊列を乱さないなんてすごい」
「たしかにな。相手さんもいうことだけはあるってことか」
「比企谷殿は疑っていたんですか?」
「いや、俺はただ単に自分の目で見たものしか信じないだけだ」
人の自慢や噂ほどあてにならないものはない。
噂は人づてで広がっていくうちに真実とかけ離れていくし、自慢のほうはそいつの見栄だったりするから俺は自分で見たものしか信用しないようにしているのだ。
「たしかにそういうのも大切だと思うけど、なんでもかんでも疑ってかかるのは駄目だと思うよ」
「善処はするが、これは小さい頃から染みついているからな、すぐにはどうにもならんぞ?」
「うん、それでいいと思うよ」
「それより西住殿、こちらの徹甲弾だと相手の戦車の正面装甲を抜けません」
「そこは戦術と腕かな?」
西住もなかなか言うようになったな、誰の影響だ?
「はい!」
そして秋山は西住のその言葉をきくと嬉しそうに顔をほころばせている。
しかし秋山のやつ西住のこと好きすぎないか? もっと百合百合してもらってもいいですか? 目の保養になるんでお願いします。
「八幡くん?」
おっと、俺の考えを読んだかのように西住が俺のことを見てきた。もしかして顔に出ていたのだろうか? 危ない危ない。気を付けないと最近の西住はなにかと俺に厳しいような気がする。厳しいと言ってもそこは西住だし他のやつらと比べるとそこまでないのだが、時々本気で西住が恐いと思う時があるから気を付けないといけない。
「ほら、西住いくぞ」
俺は追及されないようそそくさと自分の戦車へと向かう。
そして西住もそんな俺に観念してか秋山と一緒にⅣ号へと向かったな。
「麻子さん起きて!エンジン音を響かせないよう注意しつつ、旋回してください」
冷泉のやつは隙あらば寝てるな。こんなときに寝れるとかある意味では大物だよあいつ。
西住たちが戦車に乗り込み俺たちは所定の位置へと移動し始める。
「西住、言わなくてもわかってると思うが、あくまでも相手を誘き寄せることが目的だからな」
西住たちは今から聖グロリアーナの戦車をキルゾーンにまで連れてこないといけない。
「うん、無茶はしないから心配しなくても大丈夫だよ」
「いや、心配とかそんなんじゃなくて、西住たちがやられると勝つ確率がさがるからな、それだけだ」
「ふふっ、そういうことにしといてあげるね」
「比企谷殿も素直じゃないですね」
「うるさいぞ、秋山」
「比企谷殿はもう少し私に優しくしてくださいよ!」
優しくってどうしたらのいいの? 小学生のころ良かれと思ってやったらいつの間にかクラスのみんなの前に立たされていたことがあったな。立たされていた理由が盗みを働いたとかそんな感じだった。
別に俺は落ちていたものをただ拾って渡しただけなのにな。受け取った相手もなんか顔が引きつっていたと思ったらその放課後にこれだからな。
あれ以来、俺はクラスではなにもしないことを誓ったのだ。
おっと、話が変わり過ぎたな。
「秋山、人には出来ることと出来ないことがあるんだ」
「え? 私そんな難しい話してましたっけ?」
「まあとにかくそういうことだ」
「どういうことですか比企谷殿!」
さすがにこれじゃ誤魔化せないか。小町だと話を変えるとすぐに忘れてしまうので秋山にも通用すると思ったがダメか。
「少しでいいんで優しくしてくださいよー」
「優しくっていってもな、具体的にはどうすればいいんだよ」
「え、それはそのう……」
なんだ?秋山のやつがもじもじし始めたぞ。
「な、なでなでとかですかね?」
「は?」
「い、いえこれは別に深い意味とかはなくて! 前に冷泉殿がされているのを見て気持ちよさそうだったので……」
「なあ秋山、それは優しくするのとなんか関係あるか?」
「い、言われてみるとそうですね」
「まあとりあえずこの話は置いとこうぜ、お互いやることがあるわけだし」
「それもそうですね、お互い頑張りましょう!」
「ああ」
さて、この作戦がどう転ぶか相手のお手並み拝見といきますか。
====
「敵、前方より接近中、砲撃準備」
「装填完了!」
「チャーチルの幅は……」
「3.25メートル」
「4シュトリヒだから……距離810メートル」
「撃て!」
華さんが放った砲撃は聖グロリアーナの車両には当たりませんでしたが問題はありません。
「すいません」
「大丈夫、目的は撃破じゃないから」
これで相手はこちらに気づいたはず、うまく誘導できればいいけど。
====
あちらの方から仕掛けてきましたわね。相手の戦車の攻撃でこちらの車体が揺れましたが、この程度では紅茶の一滴も零れはしませんわよ。
「仕掛けてきましたわね」
「こちらもお相手してさしあげましょうか」
どうやら相手の様子ではこちらを誘いだそうとしていますわね。いいでしょう、あえてそれに乗ってあげますわ。その上で完膚なきまでに倒してさしあげましょう。
『全車両、前方Ⅳ号へ攻撃開始』
全ての砲塔がⅣ号へと狙いを定め一斉に撃ち始める。
さてここからどうなさるか期待をさせてもらいましょうか。
====
どうやらうまくいったようです、今相手に一斉攻撃されていますがこのままキルゾーンにまで誘導しましょう。
『なるべくジグザグに走行してください、こっちは装甲が薄いからまともにくらったらお終いです』
「了解……」
話は変わるけど、麻子さんはとてもすごい。いつも私の指示した通りに戦車を動かしているけど、普通はそう簡単にはいかない。
学校の練習試合の時には特に驚かされちゃったな。初めてマニュアルを読んだだけであそこまで動かすなんて。
今も麻子さんの運転のおかげもあって相手の攻撃を避けれていますが、私たちがやられてしまうと作戦が失敗しちゃうから気を抜けない。
このまま無事作戦が成功するといいけど……。
====
「思っていたよりやるわね、『速度を上げて……追うわよ!』」
わたくしたちの攻撃をこうも躱してくるなんて、Ⅳ号の操縦手は相当の腕前ですわね。彼の言ってた通り一筋縄にいきそうにもありませんわ。
ですが、それでも。
「どんな走りをしようとも……我が校の戦車は一滴たりとも紅茶を零したりはしませんわ」
ペコの装填が終わり、アッサムの放った砲弾がⅣ号へと向かっていく。
さあ、もっとわたくしたちを楽しませてくださいな大洗の皆さま方。
====
ドンッ!!
チャーチルから発射された砲弾がⅣ号の横をギリギリ通っていく。
「ふう……」
今のはちょっと危なかったかな。
「みぽりん危ないって!」
沙織さんが心配になってか戦車の中から顔を覗かせてきました。
「え? ああ、戦車の車中はカーボンでコーティングされているから大丈夫だよ」
「そういうんじゃなくて、そんなに身を乗り出して当たったらどうするの!」
「まぁ、めったに当たるものじゃないし、それにこうしていた方が状況がわかりやすいから」
「でもみぽりんにもしものことがあったら大変でしょ!? もっと中に入って!」
どうやら沙織さんは先程の攻撃で私のことが心配になって中から出て来てくれたみたい。
ちょっとおおげさな気もするけど、その気持ちは素直に嬉しかったので、沙織さんの言う通り戦車の車内に入ろうかな。
「心配してくれてありがとね、じゃあお言葉に甘えて」
====
さて西住たちは順調にいっているだろうか?
俺たちは作戦の予定通り聖グロリアーナを迎え撃つべくキルゾーンで待機しているのだが、これはちょっと緊張感がなさすぎるんじゃないか? いくらなんでも。
カエサルたちはいいのだが、磯辺たちはバレーボールをしているし、丸山たち一年生は戦車の上でトランプの大富豪をしている。会長に至ってはイスに寝そべって日光浴してるよ。
これはまじで練習試合をしていて良かったな、全国大会をこんな状態で出るとかアホすぎる。
あとホントの意味での戦車同士の撃ち合いがどんなもんかを体感してもらわんとな。俺がダージリンさんに本気でと頼んでいるので混じりっけのない攻めをしてくれるはずだ。
たぶんだが一年生チームあたりは恐怖に負けて試合を放棄してしまうかもしれないが、今後のことを考えると必要なことなので俺はなにも言わないしアドバイスもしない。
そしてたぶんだがこの作戦は失敗する。相手が油断してるならまだ成功する見込みもあったが俺がその可能性を潰したのでそれもない。
このことは試合前に西住にだけは話をしている。
「遅い!」
そして待つことに耐えられなくなったのか河嶋さんがいらついているな。
いや、遅いて……、この作戦考えたのは河嶋さんなんですからそのぐらいは我慢しましょうよ。
「待つのも作戦のうちだよ~」
たしかに間違ってはいないのだが、あなたはあなたでだらけすぎでしょ会長さん。
「いやしかし……」
ちょうど河嶋さんがなにか言おうとした時、通信が入った。
『こちらAチーム、敵を引きつけつつ待機地点にあと3分で到着します』
どうやら西住たちはうまくいったようだ。問題があるとしたらこっちか。
「Aチームが戻ってきたぞ、全員急いで戦車に乗り込め!」
「えー、ウソー」
「せっかく革命起こしたのに」
お前らはお前らでここになにしに来たんだ、少なくともトランプじゃないだろ。
『あと600メートルで敵車両、射程内です!!』
西住たちはどうもギリギリみたいだな、西住の声で緊張感が伝わってくる。
そして西住たちがキルゾーンに来たのだが。
「撃て撃てー!!」
河嶋さんが焦ったのか見間違ったかわからないが、西住たちのⅣ号を撃ち始める。他のやつらもつられて撃ちだす。
おいおい車両をみればわかるだろ、もしかして河嶋さん緊張してるのか?
『あ、ちょっと待ってください!』
「味方を撃ってどうすんのよー!!」
今回ばかりは武部お前の言うことが正しいな。いくらなんでもこれはひどすぎる。
===
ようやく私たちもキルゾーンにまで来ることができましたが、まさか味方に撃たれるなんて思っていなかったのでビックリしました。
なんとか聖グロリアーナの戦車をキルゾーンにまで誘導できたけど、みなさんバラバラに攻撃をしてしまい敵の戦車に当たってない。
『そんなバラバラに攻撃してもダメです、履帯を狙ってください!』
指示を出したけど依然こちらの攻撃は相手の脅威になっておらず、相手は涼しい顔をしている。みなさん攻撃を続けていますが、相手の車両がじわじわとこちらに近づいてきている。
駄目です!このままだと包囲網を突破されちゃう……!
====
やはりわたくしたちをここまで誘いだすことが目的だったようね。
ですけど少し残念ですわね、まさかこのような作戦でこちらを倒せると思われていたなんて。
「こんな安直な囮作戦、わたくしたちには通用しませんわ」
もう少し頑張ってくれるかと期待しましたが、ここで終わらせましょう。
『全車両……前進』
一気に畳みかけましょう。
相手の包囲網を抜け、相手の車両を捉える。
『……攻撃』
====
ドンッ!ドンッ!
包囲網を突破され、とうとう相手の猛攻撃が始まってしまう。
『すごいアタック…!』
『ありえなーい!』
みなさん相手の攻撃で慌ててしまっています。隊長の私がどうにかしないと、このままじゃ……。
『落ち着いてください……攻撃をやめないで!』
『無理です!』
『もういやー!』
そして一年生チームのみんなは攻撃される恐怖に耐えられなくなったのか、戦車を降りて逃げ出してしまった。
すかさず聖グロリアーナは無人になった車両を撃破する。
そして38⒯の動きがおかしい。どうやら相手の攻撃の衝撃で履帯が外れてしまい戦車が身動きが取れない状態になっているみたい。
『あー、履帯外れちゃったねー。38⒯は外れやすいからなー』
これは一旦、被害状況を確認しないと。
「沙織さん、各車状況を確認してください」
「う、うん!『Bチームどうですか?』」
『なんとか大丈夫です』
『Cチーム』
『いうに及ばず!』
『Dチーム』
『………』
『Eチーム』
『ダメっぽいね』
『無事な車両はとことん撃ち返せー!!』
『Fチームは……いっか聞かなくても』
『おい、さすがにそれは酷くないか?』
沙織さんは八幡くんがこの場にいないので省いたんだろうけど、いくらなんでも可哀想だから次からはちゃんと呼んであげてね。
『私たちどうしたら?』
『隊長殿、指示を!』
『撃って撃って撃ちまくれー!!』
しかし現状このままだと私たちは負けてしまいます。ならいっそ……。
「このままいてもやられるだけ……」
「隊長は西住さんです」
華さん。
「私たちミホの言う通りにする!」
沙織さん。
「どこへだって行ってやる」
麻子さん。
「西住殿、命令してください!」
優花里さん…はちょっと誤解を生みそうな発言だけど深い意味はないはず。きっと。
『B、Cチーム、私たちのあとについて来てください!移動します!Fチームは事前の作戦通りに!』
『わかりました!』
『心得た!』
『そっちは任せるぞ、西住』
『なに!? 許さんぞ!』
河嶋さんには悪いですが決行させてもらいます。こそこそ作戦がダメならもっとこそこそするだけです。
『もっとこそこそ作戦を開始します!!』
====
相手の残っている戦車に動きがありますわね。どうやらここでの戦いは不利だと察したのか、履帯が外れた38⒯を置いて市街地へと向かうようね。
「逃げ出したの?」
この囮作戦が頼みの綱かと思いましたが、どうやら違うようね。
もしかして彼が市街地に潜伏しているのかしら? そうだとしたらここで追撃の手を緩めるわけにはいかないわね。
『追撃するわよ!一両は残って38⒯を撃破してからこちらに合流しなさい!』
ここからどうやってわたくしたちに勝つつもりかは知らないけれど、見せてもらいましょうかあなたたちの戦車道を。
====
大洗の街へと向かい、今私たちは戦車を走らせている。
あのままあそこで戦っていたら私たちは聖グロリアーナの戦車にやれられてたかも……ううん、たぶんそう。
だからこちらが有利になるよう、みんなの土地勘がより詳しい大洗の市街地へと向かい、相手を撹乱しつつ相手をこそこそしながら相手を倒していくこと、それがもっとこそこそ作戦です。
『今から市街地に入ります、地形を最大限に活かしてください!』
『Bei Gott!』
『大洗は庭です!』
さあ、ここからが私たちの反撃の始まりです!!
====
西住たちはそろそろ市街地へとついたころか。
んでもって俺は今何をしているかというと38⒯の履帯を直している。え?相手の戦車はどうしたかって?もちろん岩陰に隠れていた俺が不意打ちで倒させてもらった。
相手は38⒯に集中していたから簡単に不意打ちできた。たぶんそろそろあっちに大破報告でもしてるだろう。
まさか岩陰に隠れているとは思っていなかっただろうな。ダージリンさんの慌てる様子が目に浮かぶ。できればその顔を見てみたかったが、まあ無理だろうな。
「いやー、ありがとう比企谷ちゃん。おかげで撃破されずにすんだよ」
「履帯が直ったらすぐに俺たちも市街地へと向かわないと、下手したら西住たちが全員やられてしまいます」
そうしたら残るは俺たちだけとなり、勝とうにも勝てなくなってしまう。
「でも相手によく気づかれなかったね比企谷くん」
「まあ簡単な話、俺の戦車は戦闘向きではないんですよ」
戦車なのに何言ってんだと言われそうだが、俺の戦車は主に偵察を目的として作られておりさらに一人乗り用となっている。
いろいろ最適化されていると言ったら聞こえはいいが実際動かしてみるといろいろ問題点があるのだ。
まずその一つに砲弾をそこまで戦車に乗せられない、先程も言ったが一人乗りなので中のスペースに余裕がないのだ。だから砲弾をあまり乗せられない。
そして二つ目、俺の戦車モーリス・ファイヤフライはファイヤフライとは名ばかりで長距離射撃ができるわけでもなく、むしろ至近距離じゃないと相手の戦車の装甲を抜けないのだ。
そんな俺の戦車があの場にいなくても相手はなんの疑問も持たないわけだ。
「でもマチルダを倒したじゃない、比企谷ちゃんの戦車」
「ああ、あれですか? それこそやりようですよ。戦車はどこかしらウィークポイントがあるもんです。だから俺の戦車でも撃破できますし、それに相手は油断してましたしね」
むしろあそこまで御膳立てしてもらってやっと倒せるレベルなのだ俺の戦車は。これについては自動車部にいろいろと頼んではいるんだがどうなるやら。さて履帯も直ったことだしそろそろ行きますか。
「さて、そろそろ行きましょうか手遅れになる前に」
「そうだねー、いっちょやりますか!」
「はい!」
「我々の真の実力を見せてやりましょう!」
河嶋さんには悪いがあれ以上よくもならない気がするんだが、まあ本人もやる気だし水を差すのをやめとこうか。
ある意味で38⒯の履帯が外れたのは良かったかもな。俺は別に撃破するために隠れていたのではなく、むしろ戦わないために隠れていたのだ。
聖グロリアーナが西住たちを追いかけたあと、後ろから俺が追いかけ聖グロリアーナを挟撃することが本来の目的だったのだが、目の前のマチルダⅡを倒せそうだったのでそのまま撃破させてもらったってわけだ。おかげで相手の戦力を減らすことができた。
あとは俺たちが西住たちがやられる前に合流できるかどうかがこの試合の勝負のわかれ目だな。
====
38⒯の撃破を命じたマチルダⅡからの連絡が遅いわね。あの状態の38⒯ならすぐに倒して合流してくると思ったのだけど、相手が悪あがきでもしているのかしら?
『報告を致します。こちらマチルダⅡは相手車両に撃破されてしまいました。すいません』
てっきり撃破の報告が来るものと思っていたから、その報告を聞いたとき手に持っていた紅茶のカップを落としそうになる。
「なっ……!」
なにがあったというの? いくらなんでも履帯が外れた戦車相手に我が校が負けるなどありえない。
『どういうことかしら?まさか38⒯にやられてしまったの?』
『いえ、違います』
違う?それならなにに撃破されたというの?
『あの場にもう一両、戦車が隠れていたようで、こちらも完全に油断していました』
もう一両……。まさかあの場に彼の戦車が隠れていた? 味方がやられている時ですらさえ加勢に入らなかったということはこの展開をあらかじめ想定していたとでもいうのかしら? それはすなわちわたくしたちがあそこですべての車両を撃破できないと確信していた。もしくは彼が言うようにあそこにいた誰かがわたくしたちに匹敵するほどの実力を持っていたか。
そうでも考えないとあそこで加勢しない理由に納得がいかない。これはいよいよを持って気を引き締めないと。
そして大洗の車両を追いかけ市街地へと来てみたものの。
「……消えた……?」
先程まで追っていた大洗の戦車が市街地へと来た途端姿が見えなくなる。
これは不味いわね。ここは相手のホームグラウンドといっても過言ではないはず。なら相手はこちらが予想もできない攻撃を仕掛けてくるはずだわ。でもあまりもたもたもしていられない、彼が合流する前に型を付けないといけない気がするわね。
『攻撃を受け走行不能!』
『こちら被弾につき現在確認中!』
パリーン!!
今度はカップを持つことさえ忘れ落としてしまった。まさかこの一瞬で二両もやられるなんて……。
「おやりになりますわね……。でも、ここまでよ……!」
わたくしたちの戦車はただではやられはしなくってよ。
====
『こちらCチーム一両撃破!』
『Bチーム一両撃破!』
どうやらもっとこそこそ作戦が成功したようです。BチームCチームからの撃破報告が立て続けで来ました。これならいけるかも。
「やりましたね!」
これで一気に戦況が変われば……そう思っていた矢先。
『Cチーム走行不能!』
『Bチーム敵車両撃破失敗!走行不能!すいません!!』
さすがは強豪校。やはりそう簡単に勝ちを譲ってはくれないみたい。
私たちの残っている車両がもうⅣ号だけ、八幡くんと合流できればいいけど、今はそんなことを言ってる場合じゃないかも。
「残ってるのは我々の車両だけです!」
「向こうは何両?」
「四両です」
そして聖グロリアーナの車両が、次々とⅣ号に向かって集まってこようとしている。
「来た……!囲まれたらまずい!」
「どうする?」
こんな時でも麻子さんはいつも通り。今は焦ってる場合じゃない。麻子さんのように落ち着いてなんとかしてこの状況を切り抜けないと。
「とにかく敵を振り切って!」
「了解」
そこからは私たちと聖グロリアーナとの鬼ごっこの始まりです。
もちろん追われるのは私たちでしかも鬼は4体、はた目から見ても勝機は限りなくゼロだけど、それでもまだ終われない。
聖グロリアーナの攻撃をかわしつつ市街地を走り抜けていたけど、これ以上は先には進めない。まさか通行止めになっているだなんて、早く旋回しないとこのままじゃ相手に囲まれて……、
振り返った先にはチャーチル一両、マチルダⅡ三両、そして聖グロリアーナの隊長さんが戦車から出てきました。
「こんな格言を知ってる? イギリス人は恋愛と戦争では……手段を選ばない」
相手の砲台がゆっくりとこちらに照準を合わせてくる。
思考が止まる。なんとかしないといけないのになにも考えられない、心臓の音がやけに大きく聞こえる。
この包囲網を抜け出す方法、なにか、なんでもいいからなにかないの?このままじゃ私たちは……。
――……八幡くんっ!!
『―――どうやらなんとか間に合ったみたいだな』
その無線のあと、目の前に38⒯とモーリス・ファイヤフライが突如として現れました。
『参上~!!』
「生徒会チームと比企谷さん!」
「履帯直したんですね!」
「もう来るのが遅いよ、比企谷!!」
さすがに聖グロリアーナのほうもまさかこのタイミングで現れるとは思っていなかったのか、動きが少しだけ止まっています。
『発射!!』
ズドンッ!!
そしてその隙をついて八幡君と生徒会チームは攻撃を仕掛けたんですが……
『あ……』
『桃ちゃん、ここで外すぅ?!』
生徒会チームが見事にあの至近距離で攻撃を外してしまいました。八幡くんの攻撃はちゃんと当たっておりマチルダⅡを撃破はしています。
すかさず相手の反撃にあって生徒会チームの38⒯は撃破され、八幡くんもやられちゃったかと思ったけど、攻撃をされる瞬間もの凄い速さで戦車を動かして38⒯を盾にしたみたい。
たしかに今のは凄いんだけど……他に方法もなかったけど、後で河嶋さんに怒られそうな気がします。
『や~ら~れ~た~!』
『西住!』
『前進!一撃で離脱して、路地左折!!』
再装填には時間がかかるから今のうちに倒せるだけ倒さないと。
ドンッ!!
====
まさかこのタイミングで現れるなんて、やってくれますわね八幡さん。
『回り込みなさい!至急!!』
こちらもこのままでは終われませんわよ。
====
まさかあそこで河嶋さんが外すとは思いもしなかったぞ、いやまじで。真の実力を見せると言っていたがよもや逆の意味になってるよ。真の実力(笑)にもほどがありませんかね。
あのままでは二両ともやられてしまうのはさすがにやばすぎた。俺はとっさに戦車を動かし38(t)を盾にして事なきを得た。
正直あとが恐いが、今はそんなことも言ってられない。
俺は西住たちの戦車と一緒に路地裏へと行く、聖グロリアーナは会長さんたちの戦車が邪魔で迂回しないといけないはず。大洗と聖グロリアーナ、ともに残り車両は二両。
これで決着が着くはずだ。
「西住、これからどうするんだ?」
『うん、相手も全力でこっちを倒しにくると思うからなんとかしないといけないんだけど……』
打開策はない感じか。
「チャーチルと一対一になればなんとか出来るか?」
『たぶん……ううん、絶対どうにかしてみせるよ』
その言葉を聞ければ十分だ。
『なら、今から言うように動いてくれ、それでこの試合に決着が着く』
さあ、最終決戦だ。
====
今、聖グロリアーナは迂回してこちらに向かってるはずだ。そして通るならこの壁沿いを抜けた道を通ってくるしかない。
「この壁沿いを抜けたらたぶん聖グロリアーナに見つかると思うが、西住たちはそのまま走り抜けてくれ」
『八幡くんは?』
『そこでマチルダを撃破する』
『わかった……気を付けてね』
そして壁沿いを抜けⅣ号は加速する。エンジン音が聞こえるな、そろそろか。たぶん先に現れるのはマチルダだろう。
何回も言っているがこの戦車は至近距離でもないと相手の装甲を抜けない。
だが、Ⅳ号を発見したマチルダはそのまま追いかけようとするだろうからその時に俺は後ろから一番のウィークポイントであるエンジン部を狙い攻撃する。よくて撃破、悪くて走行不能。
そしてすぐ後ろから来るチャーチルにやられるだろうが問題はない。これで西住たちは無傷のままチャーチルと戦えるはずだ。正味俺が残っても絶対に一対一では勝てないので倒せるときに倒さないとなにも出来ずに撃破されてしまう、なんてありえるからな。
あとは大丈夫だな、西住ならやってくれるだろう。
さてやりますか。潔く散る気は全然ないので、足掻くだけ足掻かせてもらうぜダージリンさん。
====
最初十二両で始まったこの練習試合も残すはあと二両となりました。
私たちのⅣ号戦車と聖グロリアーナ女学院の隊長さんが乗っているチャーチル、今度こそ本当に決着が着きます。一度はもう駄目かとあきらめかけた試合だけど、八幡くんがくれたこのチャンス無駄にしない!
そしてチャーチルが私たちが待機している広間に現れる。
しばらく互いに睨みあい、そしてほぼ同時に両車両の砲撃が始まり最終決戦の火蓋が切られた。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!!
やっぱり普通に攻撃してるだけじゃチャーチルの装甲は抜けない、なら……。
『後退してください、ジグザグに!』
私の指示でⅣ号はジグザグに後退する。なんとか相手の攻撃を回避出来てるけどこのままじゃ押し切られる。
「路地行く?」
ここは長引かせても意味はない。
『いえ、ここで決着を着けます。回り込んでください、そのまま突撃をします』
一旦逃げるように後退そしてUターンからの突撃。
『と、みせかけて合図で相手の右側方部に回り込みます』
Ⅳ号戦車がチャーチルへと向かっていく。
――今です、このタイミング!
『はい!』
私の合図でⅣ号は弧を描くようにチャーチルの右側方部へと回り込み、そして。
『撃て!!』
「はい!」
ドンッ!!
そしてⅣ号とチャーチルの攻撃が同時に当たり、煙と白旗があがりました。
勝者は……、
『――大洗学園、全車両行動不能……よって聖グロリアーナ女学院の勝利!!』
私たち大洗学園の初の練習試合はこうして幕を閉じたのでした。