間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。   作:@ぽちタマ@

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やはり、人助けに見返りを求めてはいけない

「それにしても麻子には困ったもんだよねー」

 

「昔からああなのか?」

 

「うん。朝起きるのが遅いから、小学校のころはおばあちゃんに毎日たたき起こされてたんだから」

 

「そ、それはいろいろとすごいね、麻子さん」

 

「ホントあれがなかったら留年なんて絶対しないのに、麻子のやつ」

 

「そうなんですか、武部殿?」

 

「だって麻子あれでも学年トップ10には入ってるからねいつも」

 

 まじか冷泉のやつってそんなに頭よかったのか。

 なんかそんな話を聞いたような気がするが、そこまでとは思ってなかった。

 

「だから正直、麻子が戦車道を選んでくれて私ホッとしてるんだ」

 

 なんというか武部のやつ冷泉のおかんみたいだな。本人に言ったら怒られそうだから言わんけど。

 で、先程から話に上がっている冷泉が会話に参加していないかというと、今絶賛戦車のなかで身支度を整えている。

 そして俺はというとⅣ号に乗っている訳ではなく、自転車で戦車と並走している姿はこれまた奇妙な光景だと自分で思う。

 それと戦車に乗る前に冷泉と西住たちのやりとりを見て気づいたことがあるんだが、西住たちには普通にさん付けしているのになんで俺だけは呼び捨てなんだ? 武部と同じと言われればそうなのだろうが、正味会ったばかりの俺が武部と同じわけがないのだから普通に考えればそこまで好かれていないことになるな。

 まあ、別にいつものことだしいいか。

 

「八幡くん、今日の試合頑張ろうね」

 

「ん? あ、ああ、そうだな」

 

 この前のことがあったので西住は俺のことを名前呼びしているのだが、俺の方がどうにも慣れない。

 学校生活を送っていて呼ばれたことが一度もないせいか、西住に呼ばれたときにすぐに反応できないときがある。

 悲しいかな、ボッチ故に名前が呼ばれるなんてそうそうなかったのだ。

 

「どうしたの? 八幡くん」

 

「ん、いや、なんでもない。気にするな」

 

 昔のことなんて今はどうでもいい、それより今日の試合だ。

 

「そう? ならいいけど」

 

「どうせ比企谷のことだから変なことでも考えてたんでしょ?」

 

 おいおい武部よ、聞き捨てならないなそれは。それだと俺がいつも変なこと考えているみたいじゃないか。

 

「変なことってなんだ、変なことって」

 

「それは…その、比企谷!私に何言わせようとしてるの!」

 

 いや勝手に妄想しだしたのはお前であって、俺のせいではないだろ。

 

「武部よ、そういうお前がむっつりなんじゃないのか?」

 

 その俺の発言に武部はさらに顔を真っ赤にする。

 

「私、むっつりじゃないもん……」

 

 なんか意外な反応が帰ってきた。てっきり言い返してくると思ったんだが……。

 いかん、武部のやつすこし涙目になっている気がする。

 

「……八幡くん?」

 

 西住さん恐いです、その顔やめてぐたさい。

 普段怒らないやつを怒らせてはいけない。西住はなんというかあれだ、無言のプレッシャーをこちらに向けて放ってくるんだが、それがとにかく恐いのだ。さすがは西住流といったところか。え? 関係ない?

 西住でこれなのだから姉のほうはさらにやばそうだな。できればお会いしたくないな、なんか知らんが俺の本能がそう告げている。

 

「す、すまん武部、言い過ぎた」

 

「……パフェ」

 

「は?」

 

「今度パフェ奢ってくれるなら許してあげる」

 

 えらく高くついたな、まあ俺が悪いからしょうがないか。

 

「わかった」

 

「え、いいの?」

 

「なんで言った本人が驚いてるんだよ」

 

「なんか比企谷、そういうの断りそうだと思ったから」

 

 まあ、間違いじゃないな。普段の俺なら絶対断ってるし。

 

「今回は俺が悪いからな、しょうがない」

 

「そうなんだ、じゃあさ……」

 

「言わなくてもわかってるって、西住たちも連れていくんだろ?どうせ」

 

 いつもこいつら一緒に行動してるしな。

 

「私たちもいいんですか? 比企谷殿」

 

「いいの? 八幡くん」

 

「さすがに全員奢るなんてできないが一緒に付いてくるぐらい構わんだろ。な? 武部」

 

 俺にしては珍しく空気を読めたと思ったのだが、なにやら武部の様子がよろしくない。

 あれは怒っているのか?え?なんで?

 

「な、なあ武部、なんで怒ってるんだ?」

 

 おかしいな、さっきまで機嫌がよかった気がするんだが。

 

「はあ、比企谷なんかに期待した私が馬鹿だった」

 

 なんかいきなりディスられ始めたんだが。

 

「ううん、なんでもない。試合が終わった後でみんなで食べに行こうか! 比企谷の奢りで」

 

 いきなり元気になったな、なんだったんだ?謎だ。

 そして普通に俺が全員分奢る流れになってる気がするんだが、気のせいだよな?

 ちなみに車道を戦車が走っても大丈夫なのかという至極もっともな意見があると思うのだが、これは意外にも戦車に免許証があるのだ。疑問に思った俺に先程、西住が見せてくれた。

 というか俺は大丈夫なのだろうか? 免許持ってないんだが、試合中に捕まったりしないよな? 無免許運転なんて言われたらどうしようもないんだが。

 

「あれ、八幡くん聞いてないの?」

 

 なんて西住が言ってきたのだが、なんのことだ?

 

「えっと、たしか、会長さんの話によると戦車道連盟に申請したときについでに免許証の方も八幡くんの分を発行したって」

 

「俺そんな話聞いてないぞ?」

 

「昨日、八幡くん終わってすぐ帰っちゃったから、あのあと免許持ってない人に配られたんだよ」

 

 そんなことがあるならそう言ってくれよ会長さん、結構重要なことですよねこれ?

 

「なら、会長が今俺の免許証を持ってるわけだ」

 

「たぶんそうだと思うよ。合流したら真っ先にもらわないといけないね、試合中に逮捕されたらいけないし」

 

「やっぱりそういうことになるのか?」

 

「どうだろ? 基本的には大丈夫だと思うけど、八幡くんは男の子だから普通の人より注意深くみられるかもしれないし、その時に免許証がなかったら大変だと思うよ?」

 

 西住の言うことももっともだな。女子の中で俺みたいなやつがいたら誰だって不審に思うし、普通以上に警戒するだろう。

 俺たちが学校に向かう途中、町の人に声を掛けられたりした。最初は戦車が珍しいだけかと思っていたのだが、久しぶりに見たとか、懐かしいなどの声があったりした。そういえば20年前に戦車道やってたんだったな、そら懐かしいはずだ。

 そしてなぜだかしきりに俺のほうを見られた気がする。いやまあ普通に考えて男の俺が試合にでるなんて思わないだろうし当たり前か。

 そして学校に集合したあと、それぞれの戦車に乗り移動している。

 ちゃんと免許も会長から貰っているので大丈夫だ。しかし免許といってもあくまで仮らしい、大洗に在学している間だけ有効らしく卒業や転校などで離れると意味がなくなるとのこと。

 

「久しぶりの陸だ~、アウトレットで買い物したいな~」

 

「試合が終わってからですね」

 

「え~、昔は学校がみんな陸にあったんでしょ? いいなー、私もそんな時代に生まれてきたかったよ……」

 

「私は海の上がいいです。気持ちいいし、星もきれいですし」

 

「西住さんはまだ、大洗の街を歩いたことないんですよね?」

 

「あ、うん」

 

「あとで案内するね~」

 

「ありがとう」

 

「まあ、それが楽しいものになればいいな」

 

 これは皮肉などではなく本心で言っているのであしからず。

 

「どういう意味?比 企谷」

 

 武部は俺に水を差されたのが気に食わなかったのか、若干不機嫌になってるな。

 

「どういう意味も何も、試合で負けたらあんこう踊りを踊るんだぞ? そのあと街を楽しく歩けるのか、お前らは?」

 

 たぶん俺には無理だと思う、そんな強いメンタルを持ち合わせていないからな。

 

「あ……そうだった、比企谷なんてこと思い出させるのよ!」

 

「あんこう踊り自体は俺のせいじゃないから、文句は会長に言ってくれ」

 

「う~」

 

「それに前にお前が言ってたじゃないか、勝てば問題ないんだろう?」

 

「そ、そうだよね! 勝てばいいんだよ勝てば!!」

 

「そう簡単にいくんでしょうか? なんせ相手は準優勝したこともある相手ですよ? 比企谷殿」

 

「そこは西住がなんとかしてくれるさ。な?」

 

「え、私?」

 

「頼むぞ隊長、俺たちの運命はお前にかかってるからな」

 

「比企谷、そこは自分がなんとかするぐらい言ったらどうなの?」

 

 そういわれてもな。

 

「俺にできることなんてせいぜい不意打ちで相手を倒すぐらいだからな」

 

「それはそうかもしれないけどさー」

 

 武部のやつはなにが不満なのだろうか?

 

「麻子ん家の時みたいに助けてくれてもいいじゃん……」

 

「は?」

 

 別にこれは難聴とかそういうわけではなく、ただ単に武部がぼそぼそ言っていて聞こえなかっただけである。運転中もあってよく聞き取れなかったが、隣にいた西住には聞こえていたようで。

 

「麻子さんの家でなにかあったの? 沙織さん」

 

「え? あ、な、なんでもないよ! 気にしないで!!」

 

「そ、そう?」

 

 冷泉の家でなんかあったっけか? 特段変なことはしてないはずだし、このこととなんも関係ないと思うんだが、わからんな。

 そうこうしているうちに学園艦は港に着き、大洗の街へと向かっている途中この学園艦の二倍はあるだろう聖グロリアーナの学園艦もどうやら着いたようだ。

 

「でかっ!」

 

「あれが、聖グロリアーナ学院の学園艦ですか……」

 

「う、うん……」

 

 いやしっかし、ホントにデカいな。今まで大洗の学園艦しか見たことがなかったからなおさらだな。そこから出てくる戦車はさぞかし強いんだろう。やれるだけやるしかないが、大丈夫かね俺たちは。

 

 

 ====

 

 

 戦車道の練習試合にともなって大洗の街もえらくにぎやかになってる。

 やっぱり久しぶりの戦車の試合ということもあって出店なんかも出てるな。なんか試合観戦用の巨大ディスプレイとかもあるらしいんだが普通にすごくね?

 それで今、俺はなにをしているかというと、大洗に着いてからトイレに行きたくなったので公衆トイレで用を足していた。

 そしてトイレから出たらなにやら男女がトラブっているのか言い争いしている。

 男たちの方の見た目はこれまたいかにもなヤンキースタイル、あんなのもう絶滅危惧種だろ。逆に恥ずかしくないのだろか ?俺だったら黒歴史まっしぐらだと思うのだが。

 たぶんこれナンパしてるんだろうが、相手が悪い。ここら辺じゃ見かけない制服だが、たぶんどこぞのお嬢様学校だと俺は睨んでる。なんか立ってるだけなのに気品を感じさせる立ち振る舞いは今の女子高生には無理だろ絶対。武部を見ていればわかるだろ?そういうことだ。ん? というかお嬢様? なんか引っかかるな。

 

「だから先程から申している通り、私たちは今から戦車道の試合があるのであなた方に付き合っている暇はないんです」

 

「そんなんほっとけばいいじゃん」

 

「そうそう、俺たちと楽しいことしようぜ」

 

 ちょっとお前ら静かにしろ。今あの子が重要なこと言っただろ。なんて言ったけ……そう、戦車道だ。あれ?

  もしかして俺らの対戦相手の聖グロリアーナの生徒じゃないのか、もしかして。

 しかも相手のチャラ男ズはどうも素直に話を聞くようには見えないし、このままだと試合が始まらないんじゃないか?

 おいおい勘弁してくれよ、そんなことになったら俺たちは練習試合が出来ずに全国大会に出ないといけなくなる。それだけはダメだ。今後の方針を作るにしても今回の練習試合は絶対に必要になる。

 そうなると俺は今からあの集団に突撃しないといけないのか。すこぶる嫌なんだが、誰か変わってくれない?

  無理? はい、知ってました。めんどくさいがやるしかないか。

 

「すいません、お待たせしましたか?」

 

「え、あなたは?」

 

「今から俺の言うことに合わせてくれ、そうしたらこの状況をどうにかするから」

 

「え? は、はい……」

 

 俺は先程話していた茶髪の子の耳もとでそうつぶやいたのはいいのだが、男性に慣れていないのだろうか顔を真っ赤にしている。

 初々しい反応のところすまないのだが、こちらも時間がないので手短にいかせてもらう。もう一人の方も俺の会話が聞こえていたのだろう目をあわせた時に頷いてきた。話が早くて助かる。

 

「なんだお前?」

 

「いきなりなんなんですかねー」

 

「俺らの邪魔すると痛い目に遭うぞこら!」

 

「すいません、俺はこの子たちがいつまでたっても戻ってこないものなんで探しに来たんですよ」

 

「だからお前は何だって聞いてるだろ?」

 

「じゃあ聞きますけど普通、お嬢様をそのまま街に行かせると思います?」

 

「だから……」

 

「人の話は最後まで聞いてください。俺はこのお嬢様たちのボディーガード兼マネージャーみたいなもんですよ」

 

「は? お前みたいなのが?」

 

 まあ、疑うのも無理はない。さてここからは出たとこ勝負だ。

 

「ですよね? お嬢様方?」

 

 俺はわざとらしく確認をとる。

 

「ええ、そこの彼のおっしゃるとおりですわ」

 

 この人すごいな、俺がでまかせ言ってるはずなのにそれを信じさせるだけの風格があるんだが。これはいけるか?

 

「彼は恐ろしく強いわよ。なんせ素手で熊を殺したこともあるらしいわ」

 

 あ、あの? さすがにそれは盛りすぎじゃないでしょうか? さすがにそれは信じないと思うんですけど。

 

「は、はったりこいてんじゃねーぞ」

 

「はったりかどうかは彼の眼をみたらわかると思うのだけれども、常人があんな眼をしていると思って?」

 

 おいおい、いきなりなに俺をディスり始めてんだこのお嬢様は。

 

「た、たしかにあの眼の腐りようは尋常じゃねー……」

 

 おいおい信じちゃうのかよ。

 

「絶対何人か殺ってるぜあいつ……」

 

 いや殺ってないから。

 

「で、でもなんでそんな危険なやつをボディーガードになんて……」

 

 そらそうなる。

 

「最近はなにかと物騒でしょ? だから使えるものはなんでも使っているだけですわ。それとも、今から彼と遊んでくださるのかしら?」

 

 ノリノリだなこの人。

 

「じょ、冗談じゃねー、そんなやつの相手するぐらいなら死んだほうがましだ!」

 

 お前らの中で俺はなにになってんの? 死ぬより酷いとかなにするんだよ俺は。というかなんで助けに来たはずの味方からフレンドリーファイヤーされてんの俺? さすがに泣いちゃうよ?

 

「や、やばい、雰囲気が変わった、逃げるぞお前ら!」

 

「ま、待ってくださいよアニキー!」

 

「置いてかないでください!」

 

 俺がさらに目を腐らせていたら、相手が勝手に勘違いして逃げていった。

 なんだろうか、釈然としないんだが。普通こういうのって助けたあとって清々しいもんじゃないの? なんで俺はこんなにも傷ついてるの? おかしくない? 現実ってやっぱりつらいんだな。

 

「とりあえず怪我とかないか?」

 

「え? あ、その大丈夫です。特に怪我などはしていませんので」

 

 どうやら茶髪の子は怪我はないらしい。

 まあさすがに暴力は振るっていないだろうが念のために確認をしといた。とりあえずこれでもう大丈夫だろ。早く戻らないとなにをいわれるかわかったもんじゃない。

 とりあえずなんていいわけしたもんかね、俺が女性を助けて遅れたなんて言っても誰も信じてくれないだろうし、かといってトイレで遅れたなんて言ったら大きいほうの疑惑を掛けられてしまうし、どうしたもんか?

 まあいいか、適当に理由でも考えながら戻ろう。

 

「え? ちょ、ちょっと、お待ちになりなさい!」

 

 おいおい誰か呼び止められてるぞ、誰だよまったく。

 

「あなたですわ! そこの目がどんよりとしてるあなたですわ!」

 

「ダ、ダージリン様、少し落ち着いて下さいませ」

 

 普段声を上げないタイプなんだろうか? だいぶ息が上がってるな。いや、そんなことより。

 

「俺になんか用ですか? 早く戻らないとどやされてしまうんですけど」

 

 主に河嶋さんにだけど。

 

「このままあなたを帰してしまったとなっては我が聖グロリアーナの品位が疑われてしまいます、だから……」

 

 俺は相手が言いきる前に被せる。いや、ホント遅れたら洒落にならん。

 

「別に俺はほとんどなにもしてないでしょ?だから気にしなくていいですよ」

 

「ですが、それでは……」

 

「そっちも試合があるんでしょ? なら、こんなところで油を売ってる場合じゃないと思うんですけど」

 

 いやいやホントに勘弁してもらいたい。別に俺が助けたのも善意からではないのだからそこまで気にしなくていいのに、どうもこのお嬢様は頑固なようだ。

 

「そ、それは……そうなのですけど……」

 

「どういたしましょう、ダージリン様。この方の言う通り、私たちも試合ですからあまりのんびりもしてられませんし」

 

 このタイミングしかないな。

 

「じゃあ、そういうことで俺は戻らせてもらいます」

 

 そう言って俺はそそくさとそこから逃げるように大洗チームが待つ場所へと向かった。

 

 

 ====

 

 

「な、なんだったのでしょうかあの方は?」

 

「そうね……。そういえば先程、興味深いことを彼は言っていたわね、ペコ」

 

「なにかありましたか? ダージリン様」

 

「彼はこう言ってたじゃない、“そっちも”試合があるんでしょって」

 

「まさか彼が戦車道の試合にでると? ですが男性が戦車道の試合にでるなんて聞いたことも……」

 

「ではこの噂は知ってらっしゃるかしら? 今年の戦車道の全国大会で男性が参加するという話を」

 

「ですがそれは噂に過ぎないと思われますけど」

 

「火の無いところに煙は立たないというでしょ?」

 

「まさか、先程のあの彼がそうだというんですか?」

 

「この答えはすぐにわかるでしょうし、少々楽しみが増えましたわね。ふふっ♪」

 

「どうなされるつもりなのですか?ダージリン様」

 

「もし彼が本当にいるとしたら、まずはわたくしたちの戦車道をお見せしないといけないでしょうね」

 

 

 ====

 

 

「比企谷!貴様はどこまでトイレを探しに行ってたんだ!」

 

「いや、すいません。どこのトイレも混んでいて空いてるトイレを探すのに手間取ってしまって」

 

「言い訳など聞きたくない!」

 

「なら、なんで聞いたんですか……」

 

「なにか言ったか?比企谷」

 

「い、いえなんでもありません」

 

 俺は結局間に合いはしたのだが、時間ギリギリということもあってか河嶋さんのお叱りを受けている。間に合ったんだからいいじゃないか別に。

 

「とりあえず今から各戦車の代表者が整列する。比企谷、お前も並ぶようにな」

 

「え? 俺も並ぶんですか?」

 

「当たり前だろうが、貴様も選手なんだからな!」

 

 この展開は予想してなかったぞ。どうする? めんどくさいことにならないことを祈るしかないか。というか俺は毎回なにかしら祈ってる気がするがその祈りが通じたことがないな。やっぱり神様なんてこの世界にいないことがよくわかる。

 どうやら相手の聖グロリアーナ女学院も来たようだ。戦車のあのエンブレムはなんだろうか? 紅茶か、あれ。

 そして戦車から降りてきた中に見覚えのある顔がみえた。まさか聖グロの隊長だったのか。相手もこちらに気づいたようで、なんかとてもいい笑顔でこちらを見てきたのが逆に不気味なんですけど。

 美人の笑顔ほど高いものはない、だから気を付けないといけないらしい。これも親父の教えでもあるんだが、あの人昔になにやらかしたんだ?

 

「本日は急な申し込みにも関わらず、試合を受けていただき感謝する」

 

「構いませんことよ……。それより、個性的な戦車ですわね」

 

 それを言われるとつらいものがある。あと河嶋さん相手に食って掛かろうとしてますけど、戦車をカラフルにするなんて非常識をやってるのはこっちなんですから大人しくしといてくださいよ。

 

「ですが、わたくしたちはどんな相手でも全力を尽くしますの」

 

 どんな相手でもときたか。さっきはあまりしゃべらなかったからわからなかったが、随分と高飛車な性格してるな、あのお嬢様。

 

「サンダースやプラウダみたいな下品な戦い方はいたしませんわ。騎士道精神でお互い頑張りましょう」

 

「それではこれより聖グロリアーナ女学院対大洗学園の試合を始める。一同、礼!」

 

 とりあえず挨拶も終わったし自分の戦車に戻るか。

 

「ちょっとお待ちになってくださる?」

 

 さすがに今度ばかりは無視できそうにないな。さっきのこともあるし。

 

「俺になんかようですか?」

 

「あら随分と連れないのね、お互い知らない仲でもないでしょうに」

 

「え? 八幡くん知り合いだったの?」

 

「いや、お互いの名前も知らないのになに言ってるんですか」

 

「え? え?」

 

 西住よ混乱する気持ちはわかるが、あとで説明するから今は大人しくしといてくれ。

 

「では自己紹介でもしましょうか。わたくしのことはダージリン、とでも呼んでくださって結構よ」

 

 ダージリン? たしか紅茶の名前だっけか? となると本名ではないんだろうがカエサルたちと一緒でソウルネームってことなんだろうか? まさか他の学校もソウルネームが流行ってんの?

 

「えっと、俺は比企谷 八幡です」

 

 なんで俺は試合前に相手と呑気に自己紹介でもしているんだろうか?

 

「そう、八幡さんとおっしゃるのね」

 

 そして当然のごとく名前呼びなんだが。

 

「あの、できれば比企谷のほうで呼んでもらえると助かるんですけど……」

 

「そんなことより、わたくしと一緒にいたあの子はオレンジペコと言うのだけれども、次に会った時は気軽にペコとでも呼んでさしあげてくださいな」

 

 見事に俺の意見はスルーですかそうですか、俺の周りには話を聞かない人ばかりいる気がするんだが。

 

「まあたしかにオレンジペコは言うときに長いとは思いますけど、俺なんかが気軽にペコなんて呼んでもいいんですか?」

 

「その方がペコも喜ぶと思いますわよ。あの子、あなたにお礼を言いたがってましたし」

 

「別に俺はなんにもしてないですよ」

 

 いや、ホント俺なにもしていないんだが、このダージリンさんにディスられてただけな気がするしな。

 

「そう思っているのはあなただけですわ。わたくしもペコもあなたには感謝しているんですから」

 

「はあ……」

 

「なのでなにかお礼をと思っているのですが」

 

 これは断っても延々ループしそうだな。

 

「ならこの試合、本気で戦って貰えますか?」

 

「あら、そんなことでよろしいの? もっとなにかあるでしょうに」

 

 まあ、たしかにいろいろあるだろうが、そんなことよりも今大事なのは前にも言ったと思うが実戦だ。さきほど全力でと言っていたが、それが本気であるかとはまた別の話だと俺は思う。だってそうだろ?全力の度合いがすべて一定なわけがないのだ。相手によってその上げ下げがある、だから俺は本気でとお願いしたのだ。今後のために。

 

「でもよろしいの? こちらが本気でいったら試合がすぐに終わってしまうのではなくて?」

 

 まあ、たしかにその可能性もあるが。

 

「俺はそうはならないと思ってますよ」

 

「えらく自信がおありなのですね」

 

「退屈な試合にだけはならないとだけ言っときますよ」

 

 まあ、頑張るのは俺ではなく西住なんだがな。

 そしてダージリンさんは言いたいことは言い終えたのかそのまま自軍に戻っていった。

 

「は、八幡くんよかったの?あんなに大見得きって?」

 

「ん?ああ、大丈夫だろ。西住がいるし」

 

「わ、私はお姉ちゃんみたいに上手く戦車は動かせないよ!?」

 

「なに言ってるんだ?」

 

 西住は勘違いをしているらしい。

 

「え?」

 

 どうやらわかってないみたいだな。

 

「あのな、俺はお前のお姉ちゃんなんて知らないし、俺が期待してるのは俺が見てきた大洗学園での西住であって、黒森峰の西住じゃないからな?」

 

「………」

 

「どうした?」

 

「う、ううん、なんでもないよ」

 

「そうか、なら俺たちも戻ろうぜ」

 

「うん。………ありがとう、八幡くん……」

 

 なんか西住が言った気がするんだが気のせいか?

 

 

 ====

 

 

 大洗、聖グロリアーナ共にスタート地点で今待機している、もう少ししたら審判のスタートの合図があるはずだ。

 

『用意はいいか隊長?すべては貴様にかかっている、しっかり頼むぞ』

 

 今の通信は西住に向けたものだろう。なぜ俺も同じ通信を受けているかというと、やはり基本的には単独行動を行うので全体の動きを把握する必要がある。

 普通の無線機では隊長との間でしか通信が出来ず、逆に隊長だけが全体と通信できるのだ。だから俺のやつも西住と同じものにしてもらっているが、俺は基本的に通信をしないように言われている。

 

『試合開始!』

 

 スタートの合図があったな、どうやら他の戦車も動き出したようだし俺もいきますか。

 

 

 

 そして大洗学園にとっては20年ぶり、俺にとっては初めての戦車道の試合が始まるのだった。

 


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