素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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この話も、カズマsideから始まります


酒乱、理不尽な所業

 

「う~わ。やっぱり今日もいるわね、カズマ」

「居るに決まってんだろ。そもそも蛙倒しに来たんだし」

 

 腹拵えを済ませたロリっ子・めぐみんを連れて、俺達はさっそくあの日と同じ草原に来ていた。

 今日の目標は、蛙を三匹倒して、クエストを完遂する事。

 ちなみに前回は……それはもう酷い有様だったな。

 

 

 

 ドデカイ牛ぐらいはありそうな巨大蛙が、こっちの方へ元気いっぱい跳ねて来るのを直視したら、ビビりでなくとも普通は逃げる。

 当然俺も例外じゃない。

 そりゃあもう必死扱いて逃げたわけなんだが、それを見ていたアクアは俺の身の心配などせず、かといって冷静に対策を施すでもなく「プークスクスww ウケるんですけどw 顔真っ赤で涙目で必死過ぎで超ウケるんですけどwww」……とご覧のあり様。

 

 このピョンピョコ地帯へ本気で埋めて帰ろうかとも思ったが、その時頼れるのもまたアクアだけ。ムカつくけど。

 だからアクア“さん”づけして呼べば助けるとか、意味の分からん理不尽な交換条件もすぐ飲んで、慌てていた事も合わさってアクア“様”づけで呼んでやると言う大盤振る舞いをしてやった。

 ……だと言うのにあいつは調子に乗って、御神体として崇められている“アクシズ教”に入れだの、晩飯のオカズを抵抗なく差し出せだのと大声で言い放つ。

 

 そう、“大声”で。

 

 早速下る、慌てた人間を笑った罰と、調子に乗った罰。

 ビックリしたね……俺から興味を無くしたジャイアントトードに、アクアは頭からパックリ食べられたから。

 抵抗も無く。上級職じゃなかったっけか? あいつ。

 でも、呑み込もうとして動きが止まって……そのチャンスを逃さず俺が剣で討伐!

 多少の計画違いはあったが見事一匹捌く事に成功した。

 

 後は落ち着いて、反省を活かして二匹目も見事に捌く―――事が出来てたら仲間を集めようとか思ってない。

 断じて。

 

 アクアは粘液まみれで一頻り泣くと、そのまま怒りに燃えあがり始めた。

 アクシズ教徒が落胆するとか、女神であるこの私が汚されたとか。

 ……けど、おっさん達と汗水流して、風呂上りの酒を何よりの楽しみとして居る時点でかなり怪しい。

 しかも馬小屋でイビキ掻きながら腹出して涎垂らして寝ている奴が今更『汚された』だのと、アクアは笑いを取るつもりMAXだったとしか思えない。

 

 ―――そうやって呆れていたのがアウトだった。

 無駄に雄々しい声にハッとなって見れば、何とアクア本人が蛙目掛けて突っ込んでいくじゃないか。

 んで仰々しく叫んだあと『ゴッドブロー』という名の光輝く拳を蛙目掛けて叩きつけた!

 迫力よし、見栄えよし、アクアのステータスからして威力もよしな一撃が命中!

 

 ……でも蛙はゲコゲコ普通に鳴いていた。

 受付のお姉さんから打撃は利き辛いから注意して下さい、としつこく注意されたのに。

 結局、またアクアがパックンチョされて俺が助け、その日のクエストはいったん終了。

 

 

 その後―――アクアの知能はオワコンだし、俺はまだまだ駆け出し過ぎるしで、どう考えてもどん詰まりだと新メンバーを募集する事に。

 アクアも賛同して、そのまま誰が入るかも分からない、条件の厳しい募集要項を張り出して一日が立ち―――漸くアークウィザードのめぐみんが入ってくれて、今に至る訳だ。

 

 

 

「爆裂魔法は紛う事無き、全魔法中最強の魔法! ……けど、その分準備に時間が掛るのです。お二人共、カエルの足止めはお願いします」

 

 遠くに見えるジャイアントトードを前にして、ロリっ子……じゃねぇ、めぐみんが杖を軽く掲げる。

 二体居る為、片方は俺等二人で相手する算段だ。

 

 ……そういえば、何気に魔法を見るのは初めてだ。しかも“最強”と来た。はてさて一体どこまでの威力を持っているんだろう。

 

「それにしても……気になるわね」

「何がだよ? アクア」

「カズマは気にならないの? 昨日酔っ払い女が換金しようと持ってきた素材にカエルのお肉があったでしょ?」

「あ……ってことは……レシェイアだっけか? あの人、たった一人で片付けたって事かよ!」

 

 レシェイアは目にするその都度、絶対に酔っていたから、先入観で“弱い”とか“寄生”とか決め付けてしまっていた。

 でも彼女だって冒険者なんだし、出かける際は禁酒して、アルコールを抜いていたんだろう。

 

 そして地味に分かる、酔っ払い(レシェイア)自宅警備員()との実力差。……同じ『冒険者』クラスなのに、世の中って理不尽だ。

 字面だけなら俺の方がかっこいいのに……かっこいいよな?

 

「あんな人なのに中々よね? なのにカズマったら逃げてばっかで一人じゃ何も出来ないし! プークスクス」

「カエルに食われた奴が良く言うぜ。偶には元ナントカらしい実力ぐらい、ポンと見せてみろ」

「も、元ってなによ!? ナントカでも無いし! ちゃんと今! 現在進行形で! “女神” ですから!!」

「……女神、と言いましたか?」

 

 遠くの蛙へ狙いを定めていためぐみんが振り向いて、俺達の会話に疑問を示してきた。

 流石に奇妙な単語が加われば、やっぱり気になって振り返るらしい。

 

「女神を自称している、可哀想な子だよ。時々こう言う事を口走ってしまうけどさ、まあ……そっとしておいて欲しい」

「なる、程……可哀想に……」

「うぐぐぐぅ~~~~っ! 何よ何よ二人してっ!!」

 

 言うが早いかアクアは身を翻し、近くに見えるカエルの方を睨みつけ―――ってちょっと待て。

 

「打撃系が利き辛いのは分かってる……でも、今回こそ……今度こそはイケる!!」

「あ、ちょ、おいこらアクア!?」

 

 俺の制止も聞く事無く、アクアは形だけは立派な杖を片手に、先日と同じ様にカエルへ向けて猛スピードで突っ込んでいく。

 

「カズマっ! 御望みの通り、女神の素晴らしき力を今日こそ見せてやるわ―――[ゴッドレクイエム]!!」

 

 そう言いながら突き出された杖の先端に、見た目にも神々しい[ゴッドブロー]にも似た光が集まり、繰り出されるそれは宛ら一筋の尾を引く“流星”が如く。

 

「説明しようっ! 『ゴッドレクイエム』とは女神の愛と悲しみひゃふっ

 

 お見事、“流星”はカエルに喰われた。

 昨日となんら変わらない、武器変えただけの焼き直しでしかない。

 やっぱり駄女神か。

 

 だがさすが女神とは言うべきだろう。何せ身を呈して食べられてまで、時間を稼いでくれてるんだから。

 

「じゃ、これで一匹は終了―――うおっ……!?」

 

 呆れの色が濃いであろう目を隠す気なく向けてやって、アクアの方へ近寄るべく剣を握る俺。

 ……すると、突如として、疾風が草原へ吹き荒れ始める。

 

 その猛烈な風の流出源は―――――めぐみん。

 彼女の口から唄うかのように、詠唱を紡いでいくのが聞こえる。

 

「〝黒より黒く 闇より暗き漆黒に 我が深紅の混淆を望みたもう

 〝覚醒のとき来たれり 無謬の境界に落ちし理 無行の歪みとなりて現出せよ

 〝踊れ踊れ踊れ

 〝我が力の奔流に望むは崩壊なり 並ぶ者なき崩壊なり 万象等しく灰塵に帰し 深淵より来たれ

 これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法……!」

 

 呪文が先へ進んで行くと同時に、黒一色とも多彩な色彩とも見える魔力が蛙の周りへ渦巻いて行く。

 魔法に関しては、全くのズブ素人な俺にだって理解できる、とんでもない力が収束していく。

 

 そしてほんの僅かな間だけ区切られ、風も音も何もかもが止み、束の間の隙が訪れた―――刹那。

 

「――――『エクスプロージョン』ッ!!!」

 めぐみんの叫びと共に魔力の渦が真っ赤に膨れ上がって、巨大な火柱が上がり爆炎がカエルを呑み込んだ。

 やがて黒煙も晴れた時、目の前に広がっていたのは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方。

 

 

 

 カズマ達がジャイアントトードと対峙し、またもアクアが懲りずに向かって行って、もう一回パックンチョされている時。

 彼等は気が付いていなかったが、遠方の木陰から一人の冒険者が覗いていた。

 

 言うまでも無く、レシェイアだ。

 

 彼女は何時ものように中途半端に高い酒を飲み飲み、その狩りの一部始終どころか、戦闘を始めてからめぐみんが呪文を紡ぎ出すまで、そこまで全ての光景を目に映していた。

 逆六角形の盾状ハンドガードが付いた、刃とハンドガードのバランスが可笑しいマン・ゴーシュこそ持ってはいるが、様子からしてカズマらへ協力する気など毛程も無いらしい。

 

 木で出来た厚く深い皿には、材料も硬さも塩加減も様々なクラッカーが入れられている。

 ポォーン、とクラッカーを放り投げてから器用に口でキャッチ。

 ザクザク音を立て咀嚼して呑み込み、口の中が渇いたと見るやまたも酒を口に含んで、食道へと送りこんでから……不意に口角を上げた。

 

「んぅ? あぁ……魔法のお披露目らね?」

 

 呟いた直後、カズマも感じたあの黒くもあり、多彩色でもある魔力が、一匹のジャイアントトードを渦巻いて覆い始める。

 めぐみんを中心にして、烈風すら吹き抜ける。

 

 魔力が撓み一瞬の間隙―――直後、爆発。

 

「……! ………」

 

 その威力たるや、陳腐で単調な表現となってしまうが―――ただ単純に“もの凄い”、としか言いようがない。

 

 何せ、そこそこ離れているだろうカズマ達の所まで、尚勢いやまぬ爆風が届いて来て、間接的な被害を与えているほど。

 流石にレシェイアまでは届かないが、それでも火柱が天へ上る様は至近距離で見たが如く、確りと目に入ってきていた。

 

 カズマはかなり慌てて踏ん張っている様だが、めぐみんの方はやはり慣れっこか余裕で立ち尽くしている。

 

「…………」

 

 感嘆か、それとも否か。

 如何にも感情の読み辛い表情のまま、レシェイアは酒をもう一度呷る。

 

 ……やがて爆風も止み、爆発―――いや爆“裂”の影響で舞い上がった黒煙も晴れて、最強とも呼ばれる爆裂魔法が起こした、その凄まじい結果がカズマ等と、レシェイアの目の前に姿を現した。

 20m以上はありそうな、波打つような形のクレーター。例え爆発そのものを見てなくても、その威力が窺える。

 

 

「――――!!」

 

 興奮のあまり叫びを上げるカズマの声が、風に乗り木陰まで届いて来た。

 

 一瞬ばかりカズマへ視線を移してから、改めてレシェイアはクレーターへと目を向ける。

 中央部分は赤く焼けて太い白煙が上がり、そこにいたジャイアントトードは塵すらも残っていない。

 クレーター内部のあちこちも赤熱するほど高温へ変わっており、中心には劣るものの、同じように白煙をシュウシュウと上げていた。

 赤く染まった場所へ、迂闊に触れようものなら、即座に火傷してしまいそうだ。

 

「―――!?」

「ゲロ―――ォ―――」

「―――コ―――」

 

 ……けれど呆けている暇も無い。

 余りの爆音に叩き起されたせいだろう、地面から新しいジャイアントトードが出てしまう。

 それも一匹二匹じゃあきかない。

 

 アクアお得意な、女神の自己犠牲が何回使えるかも分からないし、幾ら強くともめぐみんの魔力にも限界はある。

 それもカズマはとうに理解しているらしく、されど一匹くらいは欲張るか、それともすぐに尻尾を巻くかで、若干だが遠くからでも分かるほど悩んでいる。

 

「…………」

 

 されどレシェイアは彼らの様子を見て、肩をプルプル震わせていた。

 陰で見えづらかったが……ふと視線を顔ごとずらした瞬間、ニヤ~ッとした表情が見えた。

 多分だが、笑うのをギリギリでこらえているのだと理解できる。

 何故笑いかけているのだろうか、見当が付かない。

 

 カズマ達が受けているクエストの方は、実際のところ問題は何も無いと言って良い。

 クエスト的に言えば、あと2匹倒せばそれで終了なのだし、めぐみんという戦力が加わった事に鑑みれば、それくらいの余裕はあるだろう。

 

 元より笑い話など出てきていない。笑いを堪える必要はないはずだ。

 

「…………ククク」

 

 そんな風に、遠くで酔っ払いが理不尽に嗤っているとも露知らず。

 カズマは数瞬ばかりの思考の後……ならここは欲張らない方が良いと判断して、カズマはめぐみんの方を見た。

 

 そして目にする――――――

 

 

 

 めぐみんが、草原の上でうつぶせに “パタンキュー” している姿を。

 

ニャーハハハハハハハハ!! ニャーッハハハハハハハハハハハァ!!

 

 レシェイアは我慢を振り切って大笑いし、カズマは絶句したとばかりに動きが止まった。

 

 見間違えかとそう思って、もう一度振り返り目をこすって見てみようとも、めぐみんが綺麗な[気を付け]の体勢のまま、うつ伏せで寝そべっている光景は変わらない。

 

 

 めぐみんはどうやらあの爆裂魔法『エクスプロージョン』を扱う事に長けている訳ではない様で、恐らく一発撃つとそのまま魔力が尽きてしまうのだろう。

 ……何とまあ、不便な事だろうか。

 というか何故それをカズマへ事前に報告していないのか。

 そも他の魔法を使ってからにしなかった理由な何なのか……疑問である。

 

「――――」

「―――――――」

「ゲ―――ォン――――」

「―」

 

 何やら喋っていたらしいめぐみんだが、台詞途中でカエルに咥えられた。

 結果ロリっ子(めぐみん)駄女神(アクア)とほぼ同じ末路をたどり、二匹の蛙の口から、二人の美少女の一対の脚が、ぶら~んとマヌケに垂れさがった。

 

「お……お、お前らぁ!! 食われてんじゃねえぇえええええぇぇぇえええぇぇえ!?」

 

 先程まで少ししか聞こえなかった彼等の声だったが、余程の感情を声に込めたらしく、カズマのこの上ない心からの叫びはレシェイアにもちゃんと聞こえる。

 

 そこから思いっきり全力で駆け寄って、カズマは正しくサボ○ンダーのような恰好でジャンプし、遠慮一切なく思い切り剣を振りかぶり、振り切った。

 

 

 

 

 

 十数分後。

 

 何とかカズマはジャイアントトード二匹を倒して、粘液まみれになったアクアとめぐみんを助け出していた。

 元気よく跳ねまわる個体ならば兎も角、獲物を呑み込もうと動きを止めて、「どうぞ攻撃してください」とばかりに大っぴらな隙を晒しているのならば、討伐難易度はさして高くないのだ。

 

 アクアは割と元気な時に喰われた為、泣きじゃくってこそいながら帰路につく事自体に問題は無い。

 が……ぶっ倒れて動けなくなり、その上喰われためぐみんは、割と冗談抜きで体を動かせないのかカズマにおんぶして貰っている。

 

 めぐみんも粘液まみれなのは言わずもがな。

 なので、これでパーティーメンバー三人全員が漏れなく粘液に濡れ、仲良くお揃いとなった訳だ。

 

 

 しかし忘れてはいけないのが、爆音で目覚めさせられたジャイアントトード達。

 狩る必要はなく狩る手段も無い今、取れる手は一つのみ……逃げる事だけだった。

 まだまだ時間差で湧いてくるジャイアントトードを尻目に、カズマ達はスタコラサッサと遁走し始める。

 

 ジャイアントトードも最初は追跡してきていたものの、幾ら牧場の家畜を襲う事が出来ても冒険者だらけな街近くには行きたくないのか、諦めて草原の方角へ帰っていった。

 

 後に残ったのは遠目からその様子を見るのみで、終ぞ一際の手出しもせず、ただ傍観に徹していたレシェイアのみ。

 

「……うぃっ」

 

 カズマ達の姿が“点”にしか見えなくなった頃合いを見計らったかの様に、ニヤけた表情を顔へ貼り付けて立ちあがる。

 無言のまま途中何度かしゃっくりして酒やおつまみをバックに入れて片付ける。

 そして、カズマ達が―――もとい、実質的にカズマ一人がジャイアントトードと闘っていた場所まで足を運んだ。

 

「これらね、うん」

 

 彼女の目の前には、依然として赤熱した中心部より白煙を上げるクレーターがある。

 大分温度は下がってしまっているが、未だに残る高熱と、暫くは刻まれるだろう円状に波打った破壊跡、そして草一本ない地面が、その存在をハッキリと主張している。

 

 そこそこの建物ぐらいなら丸々吹き飛ばしてしまえる威力なのだから、一時間もたっていない現状、余韻が未だ残っていても不思議ではあるまい。

 

 レシェイアは一つ呟いてから何も言葉を発さずに、何の理由があるのか徐に中心部まで足を進めると、その赤熱した大地の上へ両足で立つ。

 されど……全く熱そうには断じて見えず、痩せ我慢をしている様子も無い。

 唐突にしゃがみ込んで直に手で触れたりもしているが、やはりビクッとなる様すら見られない。

 

「ん……」

 

 クレーターの外に出たあと、コレまた唐突に空を仰ぎ見て……しばらく時を置いてから。

 誰に聞かせる訳でもなく、ぽつぽつと呟き、語り出した。

 

「人としては中々に面白かった()ぁ、うん。カズマって彼はぁ、何だかんだ言っれ面倒見てるんらしぃ……他二人も癖が強くて……ニャハハハ♫ 三人共にどっか惹かれちゃう人らねぇ」

 

 目線だけはカズマ達が去っていった方へ傾けて、レシェイアはカップ酒似の容器に入った透明なアルコール飲料を口にする。

 全部片付けた訳ではなかったらしい。

 

「『ゴッドレクイエム』! なーんて打撃が利けば世話無いでしょーに。アクアとか言うお嬢ちゃん、お馬鹿なのか()ぁ? めぐみんも魔法の燃費悪過ぎなんらね……カズマならもっと活かせるかな? なら一層上級職が勿体ないら」

 

 酷評しながら、それでも苦笑しつつ、酒をまた一口飲む。

 ……ここまで人柄や職業の特性の事は放していれど、現在濛々と白煙を上げている最中のクレーターの事については、一言も触れていない。

 威力の程に驚いた為、感想を言えないのかもしれない。

 

「……」

 

 数秒間の沈黙ののち、目線を下へ移動させてクレーターを眺める。

 まだまだ赤熱しており冷めそうにはなかった。

 

 その上に立っていた彼女もまた異常ではあるが、若しかすると見えなかっただけでその手のスキルを持っているのかもしれない。

 

 そしてまたも、感嘆か別の意味かは分からない溜息を吐き、一言静かに呟いた。

 

 

「魔法って言ってもさ~……まぁさか、こんな一発限りでこんなに 『ショボイ』 なんてねぇ? 少し予想外だったんら……」

 

 驚愕の一言を。

 

 二十メートル以上のクレーターを作り上げた、最強を冠するに相応しい魔法の威力を、有ろう事かレシェイアは 『ショボイ』と言いきったのだ。

 めぐみんが聞けば漏れなく激昂するだろうその一言は……しかし彼女の方を向いても、耳まで届く事は無い。

 

 誰も聞いていない所為か、散々言いたい事だけ言って、その場を後にしようとする。

 

「ゲコッ」

「あ、また会ったれ~。ゲコちゃん」

 

 だがお忘れだろうか? 周りにはまだまだジャイアントトードがわんさか居るのだ。

 

 その中の一匹が、のんべんだらりと歩くレシェイアを格好の獲物と見定めて、もう目と鼻の先まで近寄ってきていた。

 これまで通り大口を開けて長い舌を見せながら、彼女を丸のみにすべく前へ体を倒してくる。

 

「最初はあいぼーでやってたけどさぁ? ……でもやっぱ必要無いらねぇ、ゲコちゃんの弱さじゃ」

 

 迫る胃袋への一本道を前に尚も呑気なレシェイアは、カップ酒を上へ放り投げると無造作に左手を掲げた。

 

「せいっ」

 

 気の抜ける声と、力任せにしか見えない攻撃。

 それは同じく、食事の際はすっトロいとすら言える、ジャイアントトードの顎を見事捉える。

 

 直後、一瞬ばかりの硬直が入った……次の瞬間。

 

 

 

「パ」

 

 ―――カエルの頭は、グシャリと()()た。

 打撃に強い筈のジャイアントトードが……最弱職の、他ならぬ“打撃”で、形を変えさせられてしまった。

 

 宙空へ飛び散る二つの球体。

 地へこびり付く湿った物体。

 降り注ぐ深紅の雨を前に他の蛙は驚いて逃げ出し、レシェイアは自分の防具を盾に顔へ掛るのを防ぐ。

 

 恐らくは頭を打たれた事と、打撃の衝撃を柔らかい体で殺し切れなかった事が原因だろうが、ソレにしても力の差がかなりなければ出来無い芸当の筈。

 

 誰も見ていない為に、これがどれ程異質な技なのか、詳細な判断などできなかった。

 

「でも音とか凄いし、かなり迫力はあったしれぇ? う~……うーん、な~んか、めぐみんに対抗したくなったらぁ。……うん! なら対抗しちゃえッ! アッヒャヒャ~♫」

 

 更に―――レシェイアはその一言と共に消えうせる。

 瞬間、空間を揺るがす程の威力をもった何かが、盛大に空を切る重厚な音を上げ静寂を劈く。

 

 止めとばかりに、『エクスプロージョン』と同等以上の、体を強張らせ耳を塞いでもまだ足りぬ轟音が響き渡り、武器使って踏ん張って足りるかも分からぬ突風が吹き荒れる。

 

 本人はどこかと見回せば……クレーターの中心に、嘘のように静かに佇んでいる。

 

「的中らね、ここまで差があったってわけか。やっぱこれはさぁ―――」

 

 そして半ば真剣みを帯びた彼女の足元―――

 

 

 

 『エクスプロージョン』で出来ていたクレーターを、角ばった型の新たなクレーターが、赤熱の痕跡すら残させず 〝丸ごと〟 上書きしていた。

 

「―――どうあっても『爆竹』なんだって……」

 




……準備無しでクレーターを刻む一撃と、めぐみん唯一の魔法を比べないでください、レシェイアさん。

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