これで、裁判の話は最後です。
では本編をどうぞ。
カズマがどうやって…………絶体絶命だった法廷で、彼らとしては実質上の『勝ちに近い』結果を得たのか?
――――それは、カズマ達の
◇
“此方にもまだ、根拠ある証拠は残っている”
レシェイアの退廷後、カズマ達へ向けて、セナはそう告げた。
その第二ラウンド開始の合図に対し、めぐみんは眉をひそめ、カズマも疑問を脳裏に浮かべる。
(先のレシェイアの発言で、俺個人関係のモノはむちゃくちゃだって明かされてるだろ? デストロイヤーもよく考えりゃあ、普通に変なトコばっかだったのは分かってきたし……なに言う気だよ、怖くなってきた……)
思考している間にも状況は進む。
書類確認から間をおかず、カズマを犯罪者たらしめる証を述べていこうと、指さしながら発言した。
「まず第一に、サトウカズマ被告率いるパーティは、魔王軍幹部ベルディア戦で結果的に倒せたとは言え、洪水で街に壊滅的な被害をもたらし!」
セナの口にした供述は、これまた、違う意味で驚きが広がる物であった。
……その証拠に、張本人であるアクアはそっぽを向いて耳をふさぎ、聞こえないフリをしている。
しかも『全くいらないのに』洪水を起こしたのだから、冷汗が流れ出てすらいた。
一応、有利だったのに要らない事を起こした件は言及されておらず、そこが救いだ。
「第二に、共同墓地に結界を張り魂の行き場をなくしたうえ、悪霊たちを生み出し騒ぎを起こした!」
陳述にたまらず逃げようとしたアクアを捕まえ、カズマは無理矢理聞かせようとする。
……余計に心証が悪くなるかもしれないのに、どうして逃走しようとしたのだろうか。
「第三に、街の近くで爆裂魔法を連日放ち、地形や生態系を変えた上! ここ数日は深夜にも放ち住民を夜中に起こし!」
どうもカズマが捕らえられたことに納得がいかず、警察署前で魔法を撃つことを繰り返していたらしい。
爆音騒ぎを牢の中で聞いていたカズマも存じており、片手でめぐみんの頭を掴む。
当の本人は耳をふさいでアクア同様そっぽ向いている
もう、自分で事実だと告げているも同然だった。
―――案の定、弁護人達がダメダメ過ぎて、せっかくの状況が悪化してきている。
「……ってまてよ、それは俺自身じゃなくて俺のパーティメンバーの事じゃねえか! 関係ないとは言わないけどさ、でもそれなら俺だけ法廷に駆り出されるってどういうことだよ!? 俺自身の根拠をだせっての!」
混乱した “ように” 言いながら……しかし実のところ、カズマの頭はレシェイアのおかげで『冷えて』いた。
だからこそ、今までの事を反芻しながら組み立てて行く。
自分のパーティメンバーの事は弁論で撤回できるし。
裁判の根本的な部分は『デストロイヤー』にあるのだから、それを使えばセナを押しとどめることも可能。
今までの経験を組み合わせ、魔道具が反応しないようにすれば、まだ続く陳述ももしかすると―――やり過ごせるかもしれない。
「何より、サトウカズマ被告はアンデットにしか使えないスキル『ドレインタッチ』を使っていたとの目撃情報もありました! 魔王軍関係者でないと言うのなら、どうして使えるかの証拠を出していただきますよ!」
当然とばかりに出てきた単語に、カズマは息をのんだが、耳をふさいだり他所を向いたりはしない。
余計に怪しくなるからだ。
ドレインタッチはなんとか誤魔化さなくてはならないが、自分が魔王軍関係者でない事を証明できれば、おのずと《白》の方へと傾く。
だからこそカズマは確りとセナを見据え、表情を変えないまま頭脳をフル回転させる。
「更に! 署内であなたに魔王軍との交流はないのかと問いただした時、交流はないと言ったあなたの発言に魔道具が “嘘だ” と告げました! これこそ確固たる証拠ではないでしょうか!?」
セナが堂々告げた言葉に、カズマは組み立てた言葉を……遂に口にした。
「そんなもの、全然証拠でも何でもないな! 撤回させてもらう!」
まさか言い返してくるとは予想できず、言葉に詰まっているとばかり思っていたらしきセナが、驚きに満ちた表情を浮かべた。
「めぐみんの件は確かにやばいとは思う。けど本当に生態系や地形への被害が尋常じゃなかったり、住民の声が痛いのなら―――まず強制的に止められて、めぐみんの裁判だって行われる筈。断じて俺のじゃない! それにここ数日俺は捕らわれていたし、オマケにそんな状態なら爆裂魔法を明後日の方向に繰り返すより、直接ぶち込むか秘匿してここで使った方が良いだろ!? ……つまり、俺が原因じゃないなんてわかり切った事だ!」
それどころか、セナが言葉に詰まる。
カズマの言った通り、カズマがテロリストや魔王軍関係者だと言うのなら、何故にそんな地味な行動ばかり繰り返すのか、その根拠が余りに足りない。
それに疑われている状態で魔法を使うなど、余計に疑いが加速するだけだ。
何より『爆裂魔法を使えるのはめぐみんだけ』など周知の事実で、それならそれで隠さなかった理由や、今行動を起こした理由にならない。
訳が知りたいのならそれこそめぐみん本人に聞くべきだ。
「アクアの件は実際養護するにはきついけど、理由だってある。洪水の件はベルディアまで巻き込んだ理由にならないし、借金を負った後に何か起こしたわけじゃあないだろ! ……そして墓場の件。こいつは腕の良いプリーストだから墓場を浄化してくれと頼まれたんだが、毎日は面倒くさいと結界を張ったんだ……意図して起こしたわけじゃない! 一番被害を受けていた人からは屋敷を譲り受けたんだぞ、訴訟じゃなくてな!」
あの後不動産屋には『アクアの所為』だと告げているし、噂自体はちいさく広まってしまったが、後々アクアやカズマへ何かしらの文句が来たコトはない。
互いの同意で処理されたものを持ち出す―――これではクリスやミツルギの件での、二の舞ではないか。
何より悪霊騒ぎが魔王軍やテロに関係あるのなら、なんで態々退治したのか? という疑問が生れる。
被害を広げてアクセルの街の一角でも廃墟にした、なんて事件の方が現実味があるだろう。
ベルディアの件も同様。
洪水騒ぎ起こすのならベルディアに離れてもらい、確実に冒険者たちを葬れる状況を造り、街の真ん中へ大水を呼んだ方がまだ良い。
なのに何で態々借金を負ったのだろうか。
もし目をごまかすためだとしても、レシェイアの『デストロイヤーに対する矛盾』をまず解決しなくてはらない。
更に、カズマの言葉にアクアも頷き、魔道具はうんともすんとも言わない。
発言が正しいことを否定できなくなった、セナの眉が大きくゆがんだ。
「それに、そもそもこの裁判は俺が『領主の家を意図的に破壊した、魔王軍幹部やテロリスト』かどうか判断するって奴だ! そんな前提、矛盾が生じるってレシェイアが言ってたろ!」
「なら……っ、あなたはその矛盾を証明できるのですか!?」
「できるね! まず動力源がコロナタイトであることを魔王軍が知ってたなら、そもそもどうやって知ったんだ!? 中に乗り込む前に知ってたなら利用方法を考えるだろうし、乗り込めたのなら放置する理由にもならない! テロリストの件だってそうさ……どちらにせよ『頑張って傷つきながら乗り込んで、コロナタイトだけ抜き出してぶっ放つ』なんて非効率な事をするなら、そのまま放っておいて自分で破壊活動したほうが良いだろうが!」
魔王軍前提での前者、後者の理論。そしてテロリスト前提での理論。
どちらの理論を押し出そうが、カズマが悪側の手の者なら『中に乗り込んで破壊する』なんてことはしない筈なのだ。
「大体! 始まりの街・アクセルなんて最弱の土地の、魔王軍の益にも害にもなっていない領主の屋敷だけピンポイントで狙ってそのままギルドに居座るって、どんな魔王軍やテロリストだ!?」
これもまた反論はない。
何せ、一体どこにの得があるのか分からず、どうやればカズマとの繋がりが証明できるのか、疑問は尽きないまま。
追加とばかりに、これまで沈黙していたダクネスが後押ししてきた。
「そうだな。しかもこの街には、王族の懐刀とも呼ばれるダスティネス家の邸があるではないか。何故そちらを狙わなかったか、ぜひ証明してみせてくれないか? 検察官殿」
「そ、そうですよ! 第一テロだっていうなら、街の中心や居住区にコロナタイトを撃ち込む方が現実的です! 何故領主だけなのか聞かせてもらおうじゃありませんか!!」
勢いづいてきためぐみんも加わって、いよいよ逃げ場がなくなってきたのは、何と検察官セナの方だった。
しかし『
「ならば! ドレインタッチと思わしきスキルも説明できるのでしょう!? アンデット専門スキルを覚えておいて、魔王軍と関係が無いなどとは言わせません! 詳細を聞かせていただきますよ!」
めぐみんとダクネスから不安そうな視線を返され、されどカズマは冷や汗を流しながらも考えを巡らせ続ける。
―――大丈夫、きっとうまくいく、反論だけでも返すんだ……―――
そんな彼の、救いの手となるように、特大の美声が裁判所を包む…………。
沈黙を保っていたアクアの、はっきりとした希望の鐘が。
「―――それは違うわ」
「そうだ……アクア! 重ねるんだ、無実の証拠を告げてやれ!」
彼女の発言が勢いに乗れば、自分の賭けもしやすくなると、カズマが希望をそのまま受け取って、アクアに発言を促す。
思いもよらぬ切り札とは―――!
「何もないわよ? ある訳ないじゃないそんなモノ」
「は?」
「なんかみんな格好良く発言してるし、なら私もなんか言わなきゃじゃないのよ! それにこのセリフって前から言いたかったのよね!」
……考えうる限り、最悪の《切り札》だった。
「その弁護人を今すぐ退廷させるように!」
「ホントすんません! うちのバカがマジすみません!」
「ちょ、何すんのよカズマアアァァアアァァァァ!? いい痛い痛い痛いんですけどぉ!?」
思いっきりアクアの頭を掴んでカズマは強引に謝らせ、その所為で有利の雰囲気が霧散し、空気が弛緩してしまっている。
このままではまずいかと、カズマが歯を食いしばる…………だが、まだ運命は彼を見捨ててはいなかった。
「もう良いだろう! なんと言おうが、その男は魔王軍関係者だ! 手先だ! ワシの、このワシの屋敷へ爆発物を送りこんだのだぞ! 殺せ、殺してしまえ!! 死刑にしろそれ以外あり得ん!!」
度重なるどんでん返しと、アクアが原因のバカ騒ぎに付き合い切れなくなったらしきアルダープが立ち上がり、カズマを指さして喚き始めたのだ。
これこそが “チャンス” だった。
「いいや違う! それも違う! 俺は魔王軍関係者でもなければ、テロリストでもない、ただの冒険者サトウカズマだ! コロナタイトだって街を救おうとしてやったことで、単なる事故なんだよ! 普通のテレポートなんて使ってない! もう一度言うぞ……俺はこの街を害そうとしてもいないし、魔王軍でもテロリストでもないっ!!」
法廷の場は静まり返り、皆の視線が魔道具に集中する。
そして―――当然とばかりに魔道具は《無反応》を貫き、領主アルダープは言葉に詰まってしまう。
同時に、デストロイヤーの事でも散々追い詰められていたのに、かつて無い『証拠』を乗せられてセナも唇をかんでいた。
魔道具を信じるなら、セナの発言は正しく、しかしカズマ達の発言も正しく。
……これでは、これ以上どちらが発言しても、すり合わせが難しくなってしまう。
カズマにとって、これは良い方の結果を生み出せたと言えた。
沈黙状態で硬直した場を見まわしてから、裁判長が溜息を吐きつつも告げる。
「魔道具による嘘の判別は、このように曖昧なモノ。鳴りはしたが、人によって如何様にも捉えられる……そんな場合も存在するのです。これでは、魔道具の判断に頼り大本の理由とする、検察官の証言を受け入れる訳にはいきません。何より、デストロイヤーの件には反論すらなかったとみれば、根拠があまりにも薄すぎる。よって被告人サトウカズマ、貴方への嫌疑は不十分とみなし―――」
ゆっくりと首を振り、恐らく一番無難であろう判決を下そうとした。
しかし。
「もう一度言う。その男は魔王軍の手先だ。その男を死刑にするのだ」
アルダープは尚をもそんなことを言い続け、セナをじっと睨むように見つめた。
「え? ……あ、あれだけ発言した手前こういうのもなんですが、死者は出ていませんし……懲役刑はともかく死刑にする程のものでは……」
「いや、死刑にするのだ。それ以外は妥当ではない」
領主は睨み続けるが……それは圧力をかけるものではなく、何かを『送り込んでいる』かのような視線。
やがてセナは沈黙し、呆けたような顔になって、首をかしげて―――――
「い、いえ、あの、そんなに睨まれましても! 無理なものは無理なんです、流石に私情が過ぎますから!」
―――普通に否定した。
「えっ」
その当たり前の反応に何故か、領主アルダープは目を丸くしてしまう。
しかもどういう訳か今まですっと額の汗をぬぐっていたばかりの彼が、いきなりドッ! とかきだしてすらいた。
慌てるようにして、今度は裁判長の方を向く。
「ワシが被害にあったのだぞ!? このワシが言っておるのだぞ!? その男を死刑にせよ!!」
またも視線をジッ……と向けるアルダープ。
どうにも何かしらの『念』を感じる視線を受けた、裁判官の言は果たして。
「領主殿。裁判はある程度ながらも公平さを持つ物です。私情だけでは死刑になど持っていけません故……貴方自身の立場を考え、我ばかり多き発言を慎まれますよう」
「えっ」
―――やはり、と言うか普通に同じだった。
なのにアルダープはやはり驚き、かく汗の量が軽く二倍になってきている。
そんな領主を置いてけぼりにしながら……裁判長は改めて、と木槌で音を鳴らした。
そして告げられた言葉は――――
「……被告人サトウカズマ。先の通り、貴方への嫌疑及び証拠は不十分とみなし」
「ま、まてっ!! まてといって―――」
「しかし領主の屋敷に損害をもたらしたことと、魔道具の反応自体は事実。よって【無罪】だが、『屋敷分の賠償金』と、短期間でなくともで良いので『自身の潔白性の提示』を命ず。詳細は後に知らせよう」
今度こそ、『生』を掴みとり、勝ちに近い物を―――得たのだった。
このおかげで裁判所内は爆発したような歓声に包まれ、皆なんだかんだ言いながらもカズマを心配していたことがうかがえる。
アクアはもちろん大騒ぎし、めぐみんに至っては泣き出すありさま。ダクネスはまだ黙り込んだままだったが、かすかに口元が笑んではいた。
しかし、納得いかないものが……一人騒ぐ。
「おかしいだろうがああああっ!! そのとこはわしの屋敷を破壊したのだぞ!! 屋敷へ爆発物を送り込んだのだぞ!? 死刑だ、死刑だっ、死刑にしろおおおぉぉ!!!」
もうその目線だけでカズマを殺せるんじゃあないかと、そう思わせる怨念と怒り、恨みを称えてにらみつけていたアルダープだ。
暴れ出さんばかりの形相と剣幕。それこそこの場でとんでもない事を言い出しかねない勢い。
……そんな異常な様子の彼に対し、周りは戸惑いのざわめきを広がらせている。
小さい為、それに気が付いたか否かは分からない。
それでも一旦はアルダープも口を閉ざしたが……肩を怒らせ、震わせながらに、カズマを睨みつけたまま立ち上がる。
彼の瞳は先までのものとは段違いに恐ろしく、背筋に“ぞっ”とした者が這うのを止められない。
「殺す、呪い殺してやる、あんな冒険者如きのカスなんぞ……!!」
アクアやめぐみんすら引いている、そんなアルダープを、ダクネスだけが何も変わらぬ顔で睨み続けている。
かと思うと、いきなり数歩前に出て……立ち止まった。
「カズマ。すまないが数日家を空ける。心配はしなくてよいさ……数日さえ過ぎれば、すぐ帰ってくるからな」
「は? ……お、おいダクネス?」
歩きだしていってしまうダクネスを、ただ茫然として見つめるしかできないカズマ。
向こうではダクネスが輝く首飾りを見せ、驚く裁判長とアルダープに話しかけてから、何やら話し始めた様子。
だがこちらに戻ってくることもないまま、領主や裁判長、検察官等と共に裁判所を出て行ってしまう。
(……何だってんだ?)
彼女の背中はどうも
そしてそのまま…………法廷の場は、終わってしまうのだった。
◇
彼の身の回りに起きた『変化』は、大きく分けて三つ。
うち二つは裁判でも述べられている。
1つめは自身の身の潔白の証明、二つめは賠償金の事である。
とある “アクシデント” もあり、己が悪の側でない事を完璧に示す必要が出てきたのだ。
……まあ、これ自体は別段急ぎの用でもなく、『短期の催促も強制もしない』と裁判官の方からも告げられている。
理由もまた至極当然の事。カズマが魔王軍関係者であることの疑いが、白の割合が多い為である。
魔道具が反応自体はしてしまってるので、
キツくはあるものの、上記のできればで良い的なニュアンスからも分かるように、単に“疑わしい”で止まってくれていた。
セナの供述に無理やりな物が多かったことも、白に傾かせた理由であろう。
とはいえ黒の側が残っているということは、犯罪紛いでも過敏に反応されると言う事。
実際は潔白の証明を、ほかならぬ本人らが早急に必要としていたりもする。
故、手は慎重に打たねばなるまい。
コロナタイトにより破壊された領主屋敷の損害賠償も、また捨てきれない。
裁判自体はなんとかなった。しかし……それとコレとは別問題。
領主の屋敷を破壊したのもまた事実なので、ランダムテレポート無断使用からくる罰則の代わりか、全額を支払わねばならなくなった。
命があるだけメッケモノ、悪意あるなし関係無いのだし、こればっかりは仕方がない。
……が、元々借金を抱えている都合上もう抱えきれなくなっているのが現実だ。
デストロイヤーの報奨金も検察官がらみのいざこざの所為で、申請が遅れている上に上記の
詰まるところ、賞金を天引きして払うことは出来なくなっていた。
更に不幸は続く。
そして今現在の――――カズマ宅
雪降る中に佇む、構えは立派なカズマ達の拠点。
その中には膝を抱えて座るアクア、杖をしっかり握ってはなさないめぐみん、ごろりと寝転がるカズマがいる。
(ってな訳で、こうして家に居られるんだが……)
前述したとおり、ダクネスは領主について行ってしまい、影も形もない。
そう……三つめの変化とはまさにこれ。
『ダクネスがいなくなった』のである。
流石にパーティメンバーが行方知れずなのだから、心労は減らず、増えてしまっていた。
(やっぱり、俺の事で取引してんだろうなぁ)
ごろり、床で寝がえりをうちながら、カズマは少し泣きそうな顔になった。
あのままでは闇討ちでもされそうだったと……そう思っても不思議ではないくらい、領主は怒りだっていた。
もう理不尽ここに極まれりと言うのか、余りに身勝手なモノではあったが、金を持っているのなら『後ろ暗い依頼』すら可能とするだろう。
それを阻止するためにダクネスは彼の元へ行ったのだろうが……。
(どうせあのドMの事だ。なんでもするとか何も考えず言い切って、それで興奮してんだろうなぁ……あいつ、絶対ろくなことになってねえよ、っていうか喜んで受け入れてヤバいとこまで行きそうだよ、オイ)
またごろりと寝返りを打ちながら、カズマは天井を見上げた。
と―――ここでお気付きの方もいるはず。
何故カズマは、ソファーなどの家具ではなく、床で寝ているのか? と。
もっと言えば何故アクアは膝を抱え、めぐみんは必死に杖にしがみついているのか? と。
一見すると余りな奇行だが、これはちゃんと訳がある。とても嫌な訳が。
何せ今の彼の宅内には…………物が一つもないのだから。
暖炉はあるが薪がカスしかない為火が小さく、家具など当然なく、武器は初期状態までリセットされて、更に壁のいたるところには赤い札すら張ってある。
(ああ、油断してた。そうだよな、だってまだベルディア戦の分とか払ってないし、その状態で新たな借金を乗せられたら……)
もうおわかりだろう。
滞納していた分含め、借金が膨れ上がり過ぎて、『差し押さえ』をくらったのである。
背負った借金……その額12億4300万エリスとくれば、幾ら告発に至る要素が不十分過ぎたとはいえ、もうどうしようもない。
ランダムテレポートを指示したのはカズマ自身だし、何より規則は規則なので、問答無用に差し押さえられてしまった。
一瞬で財をなくしてしまい、先までアクアは酒が無くなったと大泣きし、めぐみんは阻止しようとして杖すら持っていかれ、カズマはほろりと静かに涙を流してすらいたのだ。
(死刑を逃れたのに……ヤバい、寒さで今死にそう)
理不尽を逃れれば更なる理不尽、しかも逃れようがなく物理的にも精神的にも、凍えそうで仕方がない。
温かい料理を食べようにも金は無いし、食材すら半分以上は持っていかれているしで、携帯食料温存を考えれば……実質何もできない。
暖炉は先の通り、まるで役に立たない。
夜も更けているし、まだ終わってから1日も過ぎていないとはいえ、冒険者達は誰一人として家をうかがってもくれない。
余りに寒すぎて、一言すらもつむげない。
「お酒がぁ……おさけぇ……! ごはんぅ……!」
「マナ、タイト製の杖を持っていく、とは…………ガチガチ……」
「……空しい」
光など無い絶望の中で、今宵のカズマ達は吹雪の音を聞きながら、虚しく寂しい夜半を過ごすのだった。
「………こ、こんばんは。えーと……カズマ、アクア、めぐみん。とりあえず、話があるからいい? 料理をテイクアウトしてきたから、お酒でも飲みながら―――わぁっ!?」
「レシェイアアアァアアァ~っ!!!」
―――いや、案外まだ、彼らを見捨ててはいないかもしれない。