「はい?」
セナの合図で連れてこられた者達を見る、カズマの顔が呆気にとられたモノへと変わった。
最悪、顔も知らぬ街人の登場だって覚悟していたというのに……そのほとんどが冒険者達なのだから。
なら反応に困らない方が無理であろう。
「あ~……なんか呼ばれちゃった……あ、あははぁ」
しかも頬の傷を掻くクリスを筆頭に来るわ来るわカズマの見知った者達。
カズマの裁判の後で、被告人として再びこの場に立つ予定のダスト。以前、相手が悪いとはいえ金品を巻き上げたミツルギパーティ。
カズマにとっては、忘れたくとも忘れられないメンツばかり。
態度自体は皆よそよそしく、またどこか挙動不審だ。少なくとも敵対の感情を抱いていない事は理解できるが……。
(何で連れて来たんだ? あんな奴ら)
クリス達も悩んでいたが、カズマもソコら辺のいい加減さが気になったらしく、軽く首をかしげている。
もうちょっと際どい所を突くだろう。そう身構えた果てが、そこまで悪さをした覚えのない知り合い達なら、尚更に疑問を抱いて然るべきだ。
それでもまあ、傍目から見れば色々とヤバい事をしてしまった者もいる為に、カズマもアクア達もそうそう楽観していられない。
されど一番の疑問はそこではなかった。
(―――あのお姉さん、誰?)
やっぱりと言うべきか、“件の謎の女性”についてだった。
カズマは覚えが無く、アクアもめぐみんも、ダクネスですらも知らないらしく、そして証人という立場で現れたせいか妙に驚いていた。
傍聴席の冒険者達ですら、誰だアレは? などとザワめきが広がっている。
ことの真偽と詳細を確認するべくアクア達がカズマに近付き、声の音量を落として話しかけた。
「……ちょっとカズマ! 一体いつの間にあんなお姉さんを辱めたのよ!」
「……見知らぬ美人さんとは、これまた……かなり洒落になりませんね」
「……カズマ、何故私ではないのだ! 高身長の女が良いなら私が辱めを受けるべきだろう?」
「罪犯した前提で聞いてんじゃねえよ!! アホだろお前ら!?」
全く見知らぬ女性へ対しての、覚えのない犯罪歴を乗せられれば誰とて怒鳴りたくもなる。
いくらら普段から鬼畜だ何だと言われるカズマでも、納得なぞできる筈もない。
日頃の『ぬるぬる大好き』や『パンツ脱がせ魔』だって甚だ不本意であろうが。
「……あのな? 俺だってマジで見覚えないんだよ。あんなお姉さん居たならマジマジ見るから確り覚えるし、視線を悟られないように努力だってするからな」
「だから辱めたとか疑われるんですが、カズマ!?」
……不本意云々以前の問題らしかった。
確かに彼も彼でこれなら、日頃の評価だって酷かろう。
「しかし私もとんと見覚えが無い。髪色なら当てはまる者も居るが、しかし雰囲気がな」
「見た感じどの教派でもないみたいね! ならアクシズ教に入ってくれないかしら」
「確かに装飾品はみたことない品だが―――いや、今なんと言ったアクア?」
謎が謎を呼び、無駄な話題へシフトする有様。
もはや根っこの本題である裁判より、証人の女性の方に話題が傾いてしまっていた。
そんな空気を感じ取ったか、セナは1つ咳払いをして周囲の注目を集める。
「おほん! ……約一名ほど欠席しているようですが、証言の提示をさせていただきます…………まずはクリスさん」
「え? ……あ、はい」
一歩前に出るのを確認してから、セナは手元にある書類を神妙な顔で読み上げた。
「冒険者クリスさん。貴方は公衆の面前で『スティール』を使われ、パンツを剥がれたそうですが……間違いありませんね?」
「えっと、確かに間違いではないんだけど……」
なんと、最初の最初でとんでもない爆弾が落とされる。
クリスの発言に、ヒッ!とカズマは引きつった声を上げた。
まあ自分が行った事を、このマズい場で
しかしソコで終わらせる気はないらしく、次いで訂正の文句を口にする。
「でもあれは―――」
「わ、私見たんです!!」
―――寸前に何故だか背後の冒険者の内一人から、いきなり声が上がった。
その少女はカズマを指さしつつ、叫ぶ。
「路地裏でその人の、しっ下着をスティ-ルして……ゲス顔で振り回していたのを!」
「いや見てたの!? ―――じゃなくて何で今君が」
何とか覆そうと口を開くクリス…………が。
「クリスさん、及びウィザード職の貴女、この証言に間違いはないのですね?」
「はいっ……!」
「い、いや確かに間違いないけど……でもね?」
「事実だという、その確証が取れただけでも結構です。ありがとうございます!」
「ちょっとー!?」
結局最後まで聞いて貰えず、クリスは騎士の手で下がらされてしまった。
カズマの顔が余計に引きつり、出てきた声は音にもなっていない。
後ろにいるアクセルの街の住人達からも……嫌なヒソヒソ話が漏れ聞こえてくる。
そんな中。
件の謎の女性だけは表情一つ変えず、セナの方を数瞬ばかり見つめていた。
「では、二つ目の証言へ移りましょう」
次に出てきたのは、魔剣使いのミツルギとその仲間である少女二人。
先までと全く同じ動作で書類を持ち上げ、セナはミツルギをしっかり見据えて口を開いた。
「ミツルギキョウヤさん、及びクレメアさん、フィオさん。貴方達は以前武器を折られ更に取られて戦力が落ちたとか。その挙句、所持金や装備のことごとくを奪われ、バラバラに売り払われたと聞いていますが」
「はい。確かにその通りです。……で、でもですね? あれは元はと言えば僕から挑ん―――」
「そちらのお二人にもお聞きします。事実ですか?」
途中にも拘らず早めに切り上げられ、慌てる間にセナが背後の二人へ質問してくる。
「ちょ、まだ喋」
「そ、その通りではありますけ……あっ」
「間違い自体はありませんけれ……あっ」
ミツルギだけでなく、少女二人にとっても良くない事態の様子で、驚きつつも身振り手振り交えことの詳細を話そうとする。
―――のだが、運悪くミツルギの発言と被って硬直。三人共に沈黙してしまった。
「事実、ということで間違いないようですね。貴重なお時間ありがとうございます!」
「「「え」」」
結局、対魔王軍筆頭冒険者という事で内容こそ変えられていたものの、クリスの焼き増しで話が終わってしまう。
あんぐりと口を開けたままに、三人もまた退場していった。
魔剣の勇者・ミツルギキョウヤの名は方々に知れ渡っている為、聞き覚えのある冒険者たちが一斉にカズマを胡散臭げな眼で見てくる始末。
当人のカズマはひたすらに縮こまり、今やめぐみんより小さく見える。
そんな中で、件の女性は沈黙を不気味に貫き続ける。纏う空気すら先とまるで変わらない。
「……ありえねぇ。マジで変わり過ぎだろ……? マジなのか、アレってマジなのか……?」
そうこうしている内に……ミツルギが退廷したのと入れ替わる形で、呆然とした顔でブツブツ呟くダストが立った。
「この男は、この次に公判を控える冒険者の男です。裁判長にとってはご存知の事と思いますが……この男は素行がかなり悪く、しょっちゅう問題を起こしては投獄、裁判沙汰を過ぎれば反省無く繰り返すというチンピラです」
普段のダストならここで怒鳴っているトコなのだが、「あ、はい」と呆けたまま顔を上げる。
沸点の低さに定評がある故、背後の冒険者たち―――特に彼のパーティメンバー達の顔へ、多少なりとも驚愕がみえた。
「ダストさん。貴方はそこにいるサトウカズマ被告と仲が良いと聞きます。間違いはありませんね?」
そんな空気はお構いなしと質問を投げかけるセナ。
対し、正気に戻ったらしきダストは胸を張る。
「当然、俺とカズマはマブダチだぜ。な!」
「いえ知合いです」
「……は?」
ダストが呆気にとられるが、皆が見つめる中でも嘘発見器の魔道具は鳴らない。
―――頑なに、鳴らない。
「し、失礼しました……付き合っている人間は、素行が悪い者ばかりだと主張したかったのですが……」
「いえ。知り合いなのは事実ですから」
「ちょ、ちょちょっと待てやぁ! 俺らの友情ってそんな浅いモノだったのk―――って離せコラ!?」
喚きながら、そして途中で何やら打撲音も響き、有耶無耶のままにダストも退廷していった。
彼の姿が見えなくなってから、セナは再び咳払いし〆の弁を始める。
「最後の一人は不十分でしたが、被告人の人間性を十分に示してくれたものと思います。なにより、本来なら6人4組呼んでいた証人の内、1人は欠席すると言うあまりの怠惰。これを含め、更に被告人は被害者に恨みを持っていました」
声高らかに弁を叩き付け、セナは険しい表情を一層強くしつつ、終いの言葉を紡ぎ出した。
「つまり被告人はランダムテレポートを装い、通常のテレポートで領主の屋敷を狙ったと、これらの事から考えられないでしょうか!?」
「全然」
―――唐突だった。
「むしろ、考えられる訳がない」
今までずっと黙りこくっていた、《件の謎の女性》が口を開いたのは。
「え? いや、あの貴女は……」
「まず、クリスの件」
セナが質問しようとするも、先の彼女を真似たか女性は聞く耳も持たない。
「元はと言えば……後で聞いたけれど、クリスがカズマの財布を返さなかった所為で起きた事。そのあとで二回ほど同様の事件も起きたけど、訴えを起こしていない時点でソチラが無駄に掘り返しているだけよ」
「! し、しかし家宝として奉られるとか、自分で値段を決めろなどと言ったとも聞いて―――」
「第一クリス自身の訴えは無し。しかもあの場で引っ叩いていたら、案外終わった話じゃあない?」
「……っ……!」
言われてみりゃそうだ。と、カズマは納得する。
それに互いの了解の上で行われていたことだし、無駄に広げたのはクリス自身だ。
無論カズマに非が無いとは言えないが、クリスの仕返しは既に完了しているので、蒸し返すこと自体がおかしい。
「ミツルギの件は、そもそもの当事者が違うはず。喧嘩を売った相手も、魔剣を折られた相手も、金を巻き上げた相手もカズマじゃあない。奪った本人の渡した相手が、彼であっただけだから」
「ですが! 彼らは対魔王軍筆頭の冒険者なんですよ!?」
「挑まれた方は普通の、しかも一桁レベルの最弱職だったんだけど。オマケにミツルギの方から『勝者は自由に命令していい』と言っていた。……本人に確認でも取れば」
冷たく吐き捨てられた言で、セナは言葉に詰まってしまう。
ミツルギの自業自得なら……最悪の場合、セナは事の詳細も知らずに騒ぎ立てた、単なるピエロでしかないだろう。
加えて先と同じく、本人らの訴えでが無いのも、この件が証拠にならないという『証拠』を強くさせる。
「ダストは確かに素行が良くない。けど、それが一体テロリストや魔王軍と何の関係が? テロなら街や人の方が標的になるし、本当に潜伏していたいのなら、善の側に身を寄せるんじゃあない?」
「……そ、れは……」
「それが情報も少なく、万が一が起きれば真っ先に疑われる側なんて……テロや魔王軍イコール悪しかありえないと?」
ここまで来てもセナは反論できていない。カズマも、今や希望の見えた瞳を女性へ向けていた。
セナは知らぬことだが、ウィズが魔法具店を営んでいる時点で『魔王軍関係なんだから、常に悪の側にいるにきまってる』という仮定はもろくも崩れ去っている。
テロの件は言うまでもなし。
ダストがそんな存在であったなら、パーティ共々とっくの昔に極刑モノだからだ。
だが最後の一手は残っていたようで……セナはキッ! と強き意志ある眼で女性を睨みつけた。
「反論はできません……ですが! そも貴女はいったい何者なんですか! 街の人達も知らない、冒険者も知らない、被告人も知らないと全く関係のない、そんな第三者の発言など疑念を広げるのみですよ!?」
言い終えた端から、『それもそうだよな……』的な空気が流れ始める。
場の空気を有利の側に戻した、そんなセナの言い分に―――女性は怯んですらいなかった。
「証人の件、最後……ハッキリ言えば、欠席者がいると言うのは“間違っている”から」
「反論できずに苦し紛れですか? ……すみません。この無関係の者を、この法廷から出て行かせてください」
女性の言葉を無視する形でセナの命令を受けた騎士たちは、されど動こうとせず何故かセナの元へ歩み寄る。
「検察官殿、自分たちも信じがたいのですが、あの女性は無関係ではないのです。欠席者も存在しません」
「……え? そ、そんなはずありませんよ! 事実呼んだはずの、酒飲みで有名なレホイ・レシェイアはこの場には居ない!」
「それが―――」
狼狽するセナに騎士が告げようとした瞬間、読んでいたのか、女性が言葉をかぶせてきた。
「そう。ここに居る」
「ここに、いる? ……いや、どこにもいませんよ。居るのはあなただけで……」
「だから」
女性はさえぎるがごとく手を掲げて、一拍置きざまに告げる。
「私が『レホイ・レシェイア』だけれど」
場の空気が凍った。
魔道具はならず、騎士はうなずき、レシェイアと名乗った件の女性は動じてもいない。
と、思った刹那―――――。
「なんだってえーっ!?」
裁判所内を文字通りの
「レ、レ、レシェイア!? あの綺麗なお姉さんが、あの気のいい酔払いのレシェイアァっ!?」
「アクア! 済みません、私に解呪魔法を掛けてほしいのですが!!」
「わわわわかったわもぐみん! ―――じゃなくてめぐみん! とびっきりの奴を使うから!!」
「待て待て!? 気持ちは分かるが落ちちゅけ! 裁判しょ内での魔法は厳禁なのだ!」
「お前もカミカミじゃねぇか!?」
混乱が混乱を生み、落ち着きは消され混乱が連鎖し、裁判所内はパニック状態。
「「――――――」」
「静粛に! 静粛にっ!! 静粛にっつってんだろうがぁ!!!」
セナやアルダープは二の句も告げず、裁判長は木槌を投げつけ果ては無茶苦茶に暴れ出してしまう。
もはやパニックは誰にも納められないのか……。
「『
否。
ほかならぬ騒ぎの張本人が、奇妙な圧力を発しながら呟いた事で……全員がレシェイアに僅かながらの時間、注目する。
始まった時同様、いきなり収まってゆく。
「……ごめんなさい。まさか私も、ここまで驚かれるとは思っていなくて……本当に御免なさい」
(((本当だよ!!)))
何があろうが自分が発端だからと、レシェイアは周囲へ向け頭を下げた。
冒険者、アクセルの住人問わず、異口同音で内心叫ぶ。
その後……それこそ普段の彼女からは連想できない怜悧さをもって、しっかりセナを見つめた。
「関係ある事、理解して貰えたとみても?」
「は、はい。魔道具も動きませんし、嘘を言っている訳ではないみたいですね……失礼いたしました」
深呼吸を繰り返していたセナは、落ち着きを取り戻してから、内容確認の為書類をのぞき込む。
内容を口にしようとして……しかし、途中で何かに気が付きストップする。
やがて少しばかり遠慮がちに口を開いた。
「貴女には酔払いである事のほかに、スティールの件や被告らの借金の件で証言をしていただきたく……」
「ええ、私は確かに酔いどれレシェイア。否定なんか出来ない―――でも法廷の場まで酔っぱらって出席するほど、私も常識知らずではないつもり。なによりカズマの事もあるのに」
ご尤もだった。
これまたセナはあずかり知らぬことだが、基本彼女は『酔払い』なのであって『問題児』ではなく、アクア達のような加減を期待する方がおかしかったのだ。
「スティールの件はクリスと同じ。私としては、寧ろ処理の終わった珍事を友人の裁判に利用されて、腹立てているのだけれど?」
「…………」
「借金の建て替えは私がしたくてしている事。何かしらの弱みもないから、貴女に口を出されるいわれは無いわ」
もうウンともスンとも言えず、セナは口を一文字に引き結んでいた。
元より『酔払いが酔っていない』のだから、期待した要素もなく、口を出せる場所などほぼなくなっている。
最初から最後まで調子を変えず、レシェイアは最後に、とつぶやいて……誰とも目線を合わせず語りだした。
「デストロイヤーを利用したと……検察官さん、貴女はそう言ったけれど。デストロイヤーのコアがコロナタイトである事は文献にも載っていないし、態々デストロイヤーのコアだけを利用する意味は無いし、足跡が残り易い犯行を本気で暗殺をしようとしている人間が企てるのか―――よく考えて」
本当なら、レシェイアはもう少しカズマを擁護していたかったかもしれない。
だが裁判長から睨まれ始めている上、どうやらアルダープの機嫌も悪くなっているようで、これ以上発言するとカズマ達へ危険が行く可能性があった。
そのまま口を閉ざし、騎士に連れられながらに、通り過ぎざまレシェイアはカズマへ呟く。
「本当はあまり酔いを醒ましたくないの。だから『こっち』は好きじゃあないんだけれど……一応頑張ったから、頑張ってカズマ」
「……お、おう!」
やっぱりなれないのか少々ビクつきながらに、されどちゃんとカズマは頷く。
「……レシェイアさんの言い分も正しいでしょう。ですが、私とて何の根拠もない証言だけをアテにしている訳ではありませんよ」
第二ラウンドが、開幕しようとしていた。
それと同時刻の、裁判所外。
裁判所から出たレシェイアが……最初に向かった、入口から見えにくい木立の裏で。
「さて、と……」
未だ素面のまま、木陰に隠してあったマン・ゴーシュ『信念の遭防』をつかみ。
「『
ただ一言、唱える。
「“賭け”が、上手くいくと良いけれど……」
そのまま、来た時とは若干色味の違う空を見上げ―――呟いた。
「何かは知れないけど、今だけは影響を与えさせない。……『邪魔』はさせないから」
そして、迎えた裁判終わり。
カズマが受けた判決は―――――
―――『証拠不十分により、条件付きでの無罪』―――だった。
法廷の最後の場面は、次の話にて。
それではまた。