唐突だが、俺―――佐藤和真は異世界へと転生した。
それも魔方陣に吸い込まれたとかじゃあ無く、一度死んでから転生した身だ。
だが一から生まれてきた訳でも無く、記憶も肉体もそのままだから詰るとこほぼ転移に近い。
……実の所、死因については触れないで欲しいけど、話が進まないので後でちゃんと言う。
閑話休題。
……俺が異世界に渡る事となってしまった原因は、一つの事故だった。
前の世界で俺は家族不在の自宅を守るという誇らしい仕事をしていて、今日は久し振りの休暇だと鋭気を養うサポートアイテムを買いに外へ出たんだ。
そうして買い終えて帰路に着いたんだが……不意に顔を上げてみると、そこには “あるもの” にひかれそうになっている女の子がいた!
俺は勇気を振り絞ってその“あるもの”から女の子を助け、代わりにに轢かれたと思って視界が真っ暗になり―――そして再び気が付いた時には、椅子が一つ置かれた殺風景な世界が広がっていたんだ。
で、何故俺はこんな所にいるのかって答えを弾き出す前に、とある一人の少女が話しかけてきた。
「サトウカズマさん……あなたは、死んだのです」
俺の名前を言い当てた事を不気味に思って聞き返せば、普通に答えを返してくる。
弁天様みたいな羽衣を背負い、青を基調としたドレスと水色の髪をもつ、そんな浮世離れした少女の名前は『アクア』。
曰く俺らの世界を担当する、水を司る女神なんだそう。
真正面から貴方の生涯は終わったのだと告げられて、少なからずショックは受けたが、それでも女の子を救えたのだし無駄ではなかった……とその時まで、俺はある種の悟りを抱いているに近い状況だったんだ。
だがアクアから死因を聞いて内心は一転。
俺がひかれるかもと思って女の子を突き飛ばした“あるもの”は……なんと『トラクター』だったのだ!
俺は正直『トラック』だと思ってたんだが、今思ってみれば状況的にも身体能力的にも、確かに『トラック』じゃあ可笑しかったんだが……。
普通トラックならクラクション鳴らすし、その前に避けるもんな。
そして避ける必要性も無いからな、トラクター。
下ばっかり向いて、周りに意識を向けなかったせいの、何とも恥ずかしい勘違いの結果がコレなのだから、絶望して然るべきってものだろ?
……でもな、羞恥のばら撒きはまだ終わらなかったんだよ、これが。
じゃあ俺は突き飛ばした女の子を無駄に怪我させた挙句、トラクターに耕されて見るも無残に潰れちまったのかと、絶望して喚いた矢先に―――アクアはクソむかつく顔でプププとか擬音を態々声に出して笑い始めやがった。
その時の俺は何が可笑しいのか分から無かったから、馬鹿正直に聞いたんだよ。「なに笑ってんだよ」ってな。
そしたらその女神、何て言ったと思う?
「貴方の死因はトラクターに潰されたんじゃ無くて、轢かれると思った恐怖からの『ショック死』よ?
そう、轢かれると“思った”から。つまり当たっても無いのに勝手にバタンキューしちゃった訳! プークスクス!
クフフフ……し、しかも蛙みたいな格好で仰け反って転がって、いい歳扱いて思いっきり失禁した挙句、呆れと失笑が周りを包んでね―――アハハハハハハハハハ! もうダメ、お腹痛い……!
しかもそのままここに来ちゃうって、どんだけ小心者だったんだか……プフーーーッ!!」
こうだよ、真相は。……もう穴があったら入りたい。
しかも医者もどう反応したらいいのか分からなくて超絶微妙な空気が包んでいたとか、挙句家族ですら泣いていいのか笑って良いのか分からないと、色んな意味で顔をゆがめたとか赤裸々に語ってくれやがったよ。
―――でも怒ったとこで覆水盆に返らず。
家族すら微妙な反応だったんだから、ただ俯瞰してるだけの奴からしてみりゃあ、笑われても仕方が無い物なんだろう。
それでもムカつくがな! 初対面の奴に恥ずかしい過去をほじ繰り返されながら、不躾に笑われる事を許容できる奴がいたら聖人君子だしな!
……そして次にそのアクアとかいう女が提示してきたのは、天国へ行くか転生するかって選択肢だった。
けど天国は本当の意味で何も無いから、境地に至った人間以外は寧ろ地獄らしい。
転生はもう一回新しい命として同じ世界へ生まれるという、大体想像通りのモノだった。
俺は悩んだ。勿論、どっちが良いかじゃあ無く、どっちがマシかで。
だけど―――。
「ねぇ、あなたってゲームって好き? って言うか好きよね?」
どうも選びようのない理不尽な選択肢だと頭を抱えていた自分に、アクアはそんな事を言ってきた。
そこから始まったのが、俺が後に転移した世界の説明だ。
なんでも俺等のいる世界だけでなく他にも世界は無数にあり、その内ある多数には魔法なども当たり前の様に存在するとか。
……けどお約束のように魔王とかモンスターも居て、その世界で息絶えた人の中にはもう同じ世界に転生したくないと言い出す者すらいる始末なんだと。
だからドンドンと人口が減って行って、このままだと送り返せる魂も比例して少なくなり、やがて世界が滅亡なんてどん底に陥りかねないらしい。
そこで神々はそれを防ぐべく、俺みたいな未来ある若者や夢を持つ人間に、数多存在する世界への転生権―――もとい半転生、半転移権を与える事にしたそうだ。
しかも神の与える、武器や特殊能力といった、大盤振る舞いなオマケつき。……そうじゃなきゃ1発で死にそうだしな。
あと言語を覚える時パーになる可能性があるとか言われたが、ならなくて内心ホッと一安心。
……じゃなくて今は装備の話だな。
さっき強力な力を授けてもらえると言ったが、実際のとこそれもタダじゃあ無い。
魔王やモンスターなどその世界に脅威として根付く存在を、根絶させるのを目的に世界へ転移させるんだ。
……個人個人で目的もあるし、別段強制的に尻ひっ叩いて向かわせる訳じゃあ無いみたいなんで、実質的にタダかもしれないが。
兎も角、アニメやラノベにマンガで御馴染の、ゲーマー級の勘すら刺激する超強い俺TUEEEEな力を貰えるとあって、俺は時間を掛けながら大層悩んだんだ。
だがそこでまたも途中でアクアの奴が嘴を挟んできて。
「どうせ何選んでも一緒でしょ、早くしてよー。引き籠りのゲーヲタになんて端から期待してないから」
……とかムカつく事を言いやがる。
お、オタクじゃないし! ってか出かけてて死んだんだから引きこもりじゃないし!
「あーあー、結局最後が面白いだけで、何にも良いトコ無しのクソニートだったわねー」
―――アクアが余りに色々言いやがるもんだから、俺の思考はとうとう、とんでも無い方向へシフトした。
ちょっと可愛いからって調子に乗りやがるコイツに、どうにかして吠え面を書かせてやろうって方向へな。
そして思いつ出したんだよ……『持っていくモノとして、何でも一つ好きな物を選びなさい』って台詞を。
確かに能力一覧の紙は渡されてる。
けれど《そこから選べ》とは一言も言われていない。
だから俺はアクアを指差し、言ってやったんだ―――『持っていく者は、アンタで』ってなぁ!!
期待通り俺だけじゃあなく
そこからは正しくザマァ! だったなぁ。
「ちょっと待って! 女神を連れて行くなんて反則だから!? むむ無効でしょ無効よね!? 無効って言ってぇ!!!」
……とか取り乱してよ!
女神パワーで楽できるし、アイツへ社会の厳しさも叩き付けられるし。
「願っています……数多の勇者候補達の中から、貴方が魔王を打ち倒す事を。さすれば神々からの贈り物として、どんな願いでも叶えて差し上げましょう!」
代理の天使さんからそんなワクワクする台詞も聞けて、文字通りの絶頂だった!
そんな高揚感と共に、「旅立ちなさい、勇者候補よ」という言葉をバックに、俺は笑いながら、アクアは半泣きで異世界へと送りこまれたんだ。
そして始まるは、俺の勇者候補としての道開かれた生活っ!
…………では断じてなかったんだよ。
異世界に降り立ち、まず最初に金銭面の問題が襲い掛かったんた。
無一文で冒険者としての登録料すら払えなくて、知らない人に恵んでもらう始末。
それでも何とか工面して用意した後、良世界ならではのハイテク機械に手をかざし、俺の隠された力に周りが湧く瞬間が訪れた訳だ!
……すいません、嘘付きました。
実際に持てはやされたのはアクアの方。
知力が平均より低く、幸運が超低いが、しかしそれ以外のパラメータはぶっちぎりで高かった。
そのお陰で初っ端から上級クラスの『アークプリースト』に成れ、周囲からも最初から上位職なんて天才だとか、魔王を討伐するのはこんな人かもなとか、歓迎ムードで迎えられた。
最後には、「スタッフ一同、ご活躍を期待しております!」なんてギルドスタッフの面々に頭下げられてもいた。
……対する俺は“超”普通。しかも、またもやアクアとは対照的に知力と幸運が高かったが、受付嬢のお姉さん曰く “冒険者には関係ない数値”なんだそうだ。
余りにも普通過ぎて、ここまでの幸運を持つならこっちの方が良いと商人を進められる始末だぞ?
しかも肝心の選べる職は『冒険者』1択だけ!
更なる追い打ちとばかりに、その日扉で擦れ違った見るからに厄介そうな酒臭ぇ酔っ払いの女と同じとか言われちまった。
アクアに大笑いされたけどよ……反論も出来ずパラメータ的に反撃も出来ず、泣き寝入りを覚悟したね。
まあ紆余曲折あり、それでも何とかクエスト―――とは行かなかった。
知っての通り俺らには金が無く鎧や武器を揃える事が出来ない。
だから金銭えるため、一週間以上は労働してたんだ。それも土木関係。
―――しかも寝る場所は金が無いから、ギルドから貸し出された馬小屋!
仕切りは無いからアクアと雑魚寝! よってプライベートも無し! 隣の住民は声がデカくて怖い!
労働基準法なんて無いも同然の世界だから当然なんだが……良い事があったとすれば、強面大柄なおっちゃん達と仲良くなった事ぐらいだ。
―――――まあそんな微妙な毎日も、この間までのこと。
「うっし! これなら何とかなるか」
鎧こそ無いけど剣はギリギリで買う事が出来た。
防御面に不安が残るのは否めないが、もういい加減土木作業から抜け出したい。
攻撃力が手に入った今、多少の躊躇いは吹っ切った方が賢明だよな。
「ほら、早速討伐クエスト行きましょ! 確かに頼りない装備かもしれないけど、女神であるこの私が居るのよ? だから期待してちょうだい!」
「……そうだ、お前女神だもんな。それにステータスも高いって聞いたし、上級クラスだし。頼りにしてるぜ」
「まっかせなさい!!」
アクアが胸を叩き、自信の程を示して見せた。
今回の目標は『ジャイアントトード』という名前のまんまな巨大蛙。
蛙と言っても中々侮れず繁殖期には体力を付ける為人里まで降りて、家畜を丸のみにしてしまうらしい。
毎年農家の人が行方不明になるあたりでも危険度はわかる……軽くホラーだ。
その原因たる蛙を三日間で五匹倒せばこの討伐クエストは終了って訳だ。
この世界でのレベルの概念は、『生物を倒したり食べたりする事で一部吸収する記憶』の事を言っているんだとか。
記憶といってもマジで想い出を引き継ぐ訳じゃあ無いらしいけどな。
で……その吸収により、冒険者カードには○○を何匹倒したかが表示されるので、カードさえ見せれば虚偽申告と疑われる心配はない。
三日かけて慎重に五匹倒せばいいだけ。
素材の売買料込なら土木工事よりも報酬は多いし、中々に物騒でも初心者にピッタリらしいから、ちゃんと旨みあるクエストだよな。
「うっし、そんじゃあ行くか!」
「おーっ!」
かくして冒険者生活が幕を開け―――今度こそ輝かしき一歩を踏み出すのだった……!
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とある日の正午近く。場所は御馴染の冒険者ギルド。
「はぁ……」
今日とて、ちょっとしたお小遣いとおつまみ目当てで、難易度の低いモンスターを狩ってきたレシェイアを目の前にし、受付嬢・ルナは何時もならば業務だからと堪える溜息を、我慢出来ないとばかりに吐き漏らした。
「溜息なんか吐いてぇ、どーかした
「いえ、原因の一つが目の前にあると言いますか、もっと大きな問題があったといますか……」
「曖昧らねぇ」
呑気に換金を待つレシェイアを見たルナの顔が苦労で僅かに歪み、聞こえないくらいに小さくまた溜息を吐いた。
今正に目の前にいる
その問題となる要素が、常時酔っぱらっているからなのか、間引くまでも無いモンスターや簡単過ぎるクエストしか捌かない事か。
それとも流れ作業で渡される為に、ずば抜け“過ぎて”いる詳しい冒険者カードの内容を知っているのが少ない所為なのか……真相はルナのみぞ知る所である。
「レホイ・レシェイアさん。冒険者カードのお返しと、今回のクエスト及び素材の報酬になります」
「うぃっ! ありがとーっ」
「あの方、アークプリーストの筈なのですが……なんで……」
両手を開ける為か酒瓶を口に咥えてカードと革袋を引っ掴み、レシェイアはカウンターを後にする。
「―――!?」
「――――!」
その途中でファンタジーに似合わぬジャージ姿の青年と、素材の良さそうな青い服を着た少女が、信じられない物を見る目で彼女を見ていた。
特に青年の方は、自分の冒険者カードとレシェイアを、何度もしつこく見直していすらいる。
ちらと見えた内容から彼も最弱の『冒険者』クラスの様だが、仲間もいるし剣もあるしと、俗に言う“ビギナー”ながら意外と恵まれている。
恐らくだが、一人+ヘベレケなのにクエストをこなしたレシェイアが珍しいのかもしれない。
ギルド内では『弱いモンスターばかり追いかけまわしている』事をとっくに知られているし、酔ってなお意外と鋭い行動が出来るのは知れられている為、今更驚く要素は無い。
なので彼がギルドへ来たばかりのビギナーだと言う事は容易に分かるだろう。
だがどこかマイノリティな酒好きレシェイアは、特に言及もせず無視をする―――かと、思いきや。
「……む?」
一瞬立ち止まり鼻歌を止めて、口元に指をあてた所作に合わせ、不思議そうな顔をした。
されど目線はそちらへ向かわない。別件で気にかかる事でもあったのだろうか。
「んぅっ、ふっふ~♫」
……しかしそれも数瞬。
結局は彼らなど如何でも良いとばかりに、姿すらも気に留めず歩き出す。
次に向かうは掲示板だ。
張り出されている、メンバー募集用紙が集まった個所を眺め始めた。
パーティーに入れてもらう願望をまだ持っているらしい。
「んぅ、紙は増えたんらけど……」
されど最後に見たときから内容はそこまで変わっていない。
やっぱり魔法系クラスを募る声が多くを占め、万能職の募集願いも追加され、前衛職も『狂戦士』など難しい条件まで加わってバラエティ豊かにはなっているが、どうしても最弱職という立場と都合上、冒険者の様な職を求める意見は全くなかった。
目を引く内容ならば幾つかあるのだが、どれも冒険者の“ぼ”の字すら描かれてはいない。
……もし仮にそんな募集要項が存在していたとしても、明らかに寄生目的にしか見えないレシェイアなどお断りであろう。
そうして暫くの間、酒を口に咥えたままピコピコと傾けて立ち飲みしつつ、諦め悪く掲示板を眺める。
すると。
「何ら、これ?」
これ見よがしに真正面へバン! と張られている所為と、紙から放たれる怪しい気配で逆に気が付けなかった、一風変わったメンバー募集が彼女の目にとまった。
多少惹かれたレシェイアは一先ず流し見を止めて、その変わったパーティーメンバー募集を読み始めた。
しかし読み進めて行くのに比例して徐々に興奮が消える。
共同墓場でアンデットの臭いをかいだ時以来、珍しくレシェイアの表情へ喜色から来る笑顔以外の感情が浮かぶ。
「言いたいこと分かり辛いんらしぃ……っていうかぁ、な~んか詐欺見たいらね、コレ」
一風変わっていると初見で判断できるだけあって、どうにもその内容は理解しづらい模様。
幾つか目立った部分を上げてみれば―――。
・まず字が途轍もなく汚くて読み辛く、何の嫌がらせか誤字や脱字が多くて、
此方側での補完に苦労する。
・一応努力したのであろう人物絵と、消されかけて誰なのか良く分からない絵が書いてある。
明らかに必要なさげ。
・アークプリーストという上級職のほか、レシェイアと同じ冒険者がパーティーにいる。
・半分以上が内容と関係ない駄文。
・『誇り高きアークプリースト、アクア様』という言葉が要所要所に出てきて、しかもそこだけは字が綺麗で、絶対に誤りがない。
・メンバーが二人だと書かれているのに、途中で何故か三人目以上の感想が書かれている。その上に、その内容も『宝くじに当たった』だの、『モテモテ』になっただの、『病気が治った』だのと物凄く胡散臭過ぎる。
・募集メンバーの条件が、アークウィザードやクルセイダー、ゴットハンドなどの上級職のみ。
しかもそこを示す字は物凄くデカイ。
―――ざっくりこんな感じである。
レシェイアの後ろから覗きこんだ男性二人組も、あからさまに怪しいその用紙を見て「ないわーw」だのと外見に似合わぬ台詞を吐いて去っていく。
レシェイアとしても、例え上級職という縛りが無かろうと足を運びたい内容ではなかった。
「……碌なのが無いられぇ? でも自分で出してもなぁ」
酔っ払いと組みたい人物はそう居なかろうし、そうでなくとも彼女は最弱職。
何に置いても不安しか残らないのだから、かなりの御人好しか仕切り屋、利益優先の打算的思考を持つ者でなければ、お荷物と組みたいなどと到底言い出すまい。
(思い通りに行かなくなるのは辛いしね……何とも嫌な悩み所だね。でも、なんだかちょっと気になるし……一旦駄目もとで掛け合ってみる?)
そんないたって真面目な思考を、片目半眼のお間抜けな顔で展開するレシェイア。
「……んぅ?」
そこで、ホケ~っとした顔で眺めていたからか、となりに小さな少女が立っていた事に今更気が付く。
細工の施されたとんがり帽子、ローブにもなりそうな長いマント、尖端が大きく湾曲し宝石が付けられている杖。
これぞ魔法使いと言わんばかりの格好だ。
片方の目に眼帯をしているが、怪我なのか別の理由か外身だけでは窺い知れない。
「ふふふ……何とも御誂え向きなのです。職種の内にアークウィザードという名指し、そしてこの時期に我の目にとまった事……! 早速掛け合って見ねば! ……お腹も空いていますし……」
言うが早いか、先程レシェイアに驚いていた二人組の方へ大仰な動作を用いながら、しかし身長が足りない所為かトテトテという擬音が良く合う様子で近寄って行く。
(……ん?)
そこでレシェイアは何かが気になったらしく、少しばかり長めにジャージ姿の少年を見始めた。
ファンタジーに似合わぬ可笑しな格好と、黒髪黒眼と言うこの地では珍しい色をしているから興味を引いた……のかもしれない。
やがて緩慢に首を傾げながらゆっくりと視線を外す。
(お、そうだそうだ……!)
碌でもない事でもを思いついたか、レシェイアは片方の口角を意地悪く上げ、少し離れた位置から聞き耳を立て始めた。
「募集の張り紙、見させて貰いました……貴方達ですね?」
「「!!」」
「この邂逅、それはまさしく世界が選んだ運命……上位なる者等が与えたもうた摂理! そして私も、あなた方のような人達が現れるのを待ち望んでいた」
「き、君は一体……!?」
ジャージ青年が息をのみ、魔法使い少女がマントを広げる。
「フッ、名乗らせてもらいましょうか――――我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強にして史上、至高の攻撃魔法たる『爆裂魔法』を操る者っ!!」
(へぇ、最強かぁ……ちょっと気になるかも)
めぐみんと名乗った少女の、その名前には敢えてツッコまず、レシェイアはその台詞の中に合った一つの単語に興味を示す。
「冷やかしに来たのか?」
「ち、ちがわい!!」
「……あ。その赤い瞳……もしかしてあなた、紅魔族?」
「いかにも! 我は紅魔族随一の魔法の使い手! めぐm―――」
(……長くなりそうだからシャットアウトしとこ)
何とも酷い理由で耳をふさぎ、目を逸らし、ある程度話がまとまっただろう時を待って放すよ。
「やめっ、やめろぉーっ!?」
(おっ! 面白そう!)
何故かめぐみんが眼帯を引っ張られていた。が、レシェイアは可哀想どころかまたもひどい感想を抱く。
途中、アクアと呼ばれた少女が紅魔族の特徴を告げ、高い知力と魔力を持ち優秀な魔法使いが多い事、変な名前を備える事を理解すると、カズマと言うらしき青年が伸びきった眼帯をパッと放した。
「目ぇあがあああぁああぁァァッ!?」
(というか “アクア” って事は、あの奇妙な募集を張ったのあの子なんだね~……)
勢いよく戻った眼帯でしたたかに目を打ち蹲るめぐみん。
その後、彼女の両親の名がゆいゆいだのひょいざぶろーだのと言う、要らない情報を得て、冒険者カードで報告の真偽を確認した後、三名共にテーブルへ着く。
そして本格的にお腹が空いているらしいめぐみんにカズマがメニューを差し出したのを見計らい、レシェイアはもう少しだけ距離を取る。
彼等の一部始終を眺めていたレシェイアは、ニイッと再び口角を上げた。
「後ろからぁ、着いれ行っちゃおうかなぁ……ニャハハッ……凄そな人見っけ」
大分不純な理由を抱きつつ、運ばれてきた定食を頬張るめぐみん、それを見やるカズマとアクアを、感情の読めぬ目で見続けるのだった。