素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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非常にお待たせしました!!
その分、次話は早めに投稿できそうです!

では、決着となる本編をどうぞ。


悪なるモノ共・終

 圧倒的な空気が凍り、絶対的な優位が止まり、弾ける。

 

 木が、霧が、地が爆ぜる。

 

「そぉらあ!」

「『ゲハァッ!?」』」

 

 レシェイアが思い切り大樹へと投げつけた、

 他ならぬ()()()()()()()激突する事によって。

 

「わ……―――きゃぁっ!?」

 

 まるで砲弾の様な迫力を伴う投げ技は、思わず悲鳴を上げてしまう程、強く空気を震わせた。

 

「っ……なんて…!」

 

 見掛けのダメージより、寧ろ周囲の空気を切り裂き、伝わってきた衝撃の方が大きく感じてしまいそうだ。

 実際ゆんゆんはその様子で、『信じられない』とばかりにレシェイアを見つめている。

 

 

 そして……受け身も取れずに転がったビッターはというと。

 

「『グ……? ………ウ、グッ……ッ!? ハァ……!?』」

 

 渾身の攻撃を有ろう事か『防ぐ』という単語が似合う程、ピタッと止められ、

 さっきまで手も足も出ていなかった人物に、『逃げる間もなく』いきなり掴まれ、投擲の動作まで繋げられて。

 なにより意趣返しか、目視不可能な豪速で投げ捨てられた事。

 

 ……ダメージはあまり無い様子だが、予想外が続き許容量をオーバーしたか、ビッターは依然その人ならざぬ眼を白黒させたままだ。

 

(これは、どういう事……?)

 

 内心でそう漏らすゆんゆんの考えは、己の幸へ否定的ではあれど、しかし間違ってはいない。

 

 余りに不可解だ。

 今の今まで、悪魔は圧倒していたではないか。

 最初こそ防がれ、受け流されてはいた。

 だが……直撃の回数も徐々に増え、魔法を使い始めてからはもはや悪魔のペースだった。

 

 なのに―――それはたった一発で、脆くも覆されかけている。

 

 しかし。

 

(た、確かにレシェイアさんは、この戦いの中で中心に居たけど……でもっ……!)

 

 ここで鎌首をもたげて来る、『手を抜く必要はあったのか?』、というゆんゆんの疑問。

 

 すぐに片付けるべき敵が目の前にいるというのに、彼女は今までずっと耐えるだけだった。

 見逃す理由も、持久戦に持ち込む理由もない。

 だというのに何故、今の今まで様子見とペテンに徹したのか。

 

「『クソッ……マグレ当たりだろうが!』」

「っ……!」

 

 答えを出す前に―――ビッターが怒りの声を上げた。

 空気を貫き、疾駆し、再度姿がかき消えてしまう。

 

 動揺していようとも相も変わらず、そのスピードは全く衰えを見せない。

 

 レシェイアがビッターの一撃を受け止めた事、それは素直に凄いだろう。

 が……これではやはり、先までイタチゴッコが関の山ではないのか。

 

「『ペテン師なんぞに騙されるかよ―――〔ロック・ブラスト〕ォオオっ!!』」

 

 またもビッターの出現位置とは別の個所から、予兆も無く飛び散る岩の散弾。

 

「レシェイアさん、ここは私が……!」

 

 ゆんゆんが一歩前に出、これしか手段が無いと杖を構えた。

 

Non(違う),まだまだ♪」

「へ?」

 

 それをレシェイアの手が押しとどめ、己の背後へと変えてしまう。

 その真意も望めぬまま、レシェイアは跳びかかる岩石群へと眼を向けず、マン・ゴ-シュを鋭く振る。

 

「よいしょっ!」

 

 岩の塊はそれだけで全て盾部分に激突し、影響すら残す事無く弾き飛ばされた。

 

 そしてそこから間髪置かず、後ろを指差すと共に叫ぶ。

 

「後ろへ雷!」

「あ……カッ『カースド・ライトニング』!!」

 

 耳元で叫ばれた為に思わず撃ってしまった、明後日の方向へと飛ぶ黒色の雷は、果たして。

 

 

「『な―――ギアアアァアアアァァッ!!!』」

「え!? あ、当たった!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、悲鳴を上げてビッターが現れたではないか。

 加速中であったのか勢いよく転がり、大樹へ激突するオマケまで喰らっている始末だ。

 

 突然の急展開に、ゆんゆんは先までのビッターみたく驚きで目を白黒させた。

 

 命じた張本人であるレシェイアは、当然とばかりに意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「やっぱりねぇ、そういうカラクリ何ら?」

「『ハハッ……駄目か、やっぱ見抜いてやがったのかよ……』」

「? ……? ……??」

 

 レシェイアとビッターの間で理解が進むなか、ゆんゆんだけキョトンとした顔で彼等を交互に見続けている。

 

 それに答えるかの如く、レシェイアは再び口を開いた。

 

「幾らスピード自慢でもさ~? どの距離でも、どの攻撃をしても、目視不可能なスピードを維持し続けていられるってのは、何だか変だな~って。それならもう少し名が知られてる筈だしぃ」

 

 また攻撃する際 “不自然に” 消えたままだったり、魔法を放つ際も曲線など描かず一方向から放たれていた。

 ビッターは『本当に見えてんのか?』といった旨の、意味深な台詞も吐いている。

 何より残像や影の尾すら映らず、眼が慣れる事も無かったのだ。

 

 それ即ち―――。

 

「多分さぁ、速いだけじゃなくて『透明にもなれる』んでしょ? じゃなきゃ消え続けて居られ()いもんねぇ?」

 

 何時の間にやら消えたビッターからの返答は無く、ただ乾いた笑い声だけが返ってくる。

 その姿は全く見えない。

 別に、移動する様な音など()()()()()()()のに。

 

 ……レシェイアの言う通り、可笑しなことではあった。

 どの状況でも、完璧に消えたままと化せるスピードを誇るなら、大物中の大物として指名手配されても良い筈だ。

 

(ビッターなんて名前、少なくとも私は初めて聞いた名前だった……!)

 

 されどそうでは無かった。

 一定の常識を持つゆんゆんですら、まるで知らなかったのだから。

 そして件の魔法陣が、不利な暗示をかけているだけの代物だとは到底思えない。

 

 見えないほどのスピードを誇るのならば、“ただ殴られただけの衝撃”で済む筈が無いのも、不可解さに拍車をかける。

 

「それにもう一体と協力してたりぃ、事件諸々の用意周到さに鑑みれば……どう考えれもねぇ?」

 

 仮にスピードで№1を誇れるほどの大物悪魔であるのなら、頭目を立てた上で魔法陣を布いて相手を(あざむく)くといった、そんな回りくどい仕掛けなど用いないだろう。

 罠ぐらいは仕掛けるかもしれないが、踏まえて尚大物ならば単独でも普通に通用する筈。

 

「じゃ、じゃあ見えなかったのは、悪魔が単に速かっただけじゃなくて……!?」

 

 つまりビッターの猛スピードは、背後にも敵が居るという事の焦りもあり、単に見えないほど速いとゆんゆん達が誤解していただけだったのである。

 

「『見抜かれたのは驚愕だがなぁ……それでも見えない事に変わりは無いぜ。さっきの一撃も調子に乗り過ぎただけだ、此処からが本番なんだよぉ!』」

 

 が、ビッターの発言もまた、虚勢でも何でもなく尤もな事実だ。

 先の正面攻撃も、言葉通り余裕を持ち過ぎた失敗によるもの。

 

「ど、どうしようっ……!?」

 

 此方もまた余裕のない顔をするゆんゆんに対し―――レシェイアはそれでも笑みを崩さない。

 

「たぁっぷり煽りまくって、『アタシ(こっち)の思惑通り』調子に乗ってくれたお陰でさぁ……」

「……レ、シェイア……さん?」

「もう色々と“解って” きちゃったのよ()、これが」

 

 不可思議な事を呟きながらに、バン! と音のした上へとマン・ゴーシュをやる。

 否。

 即座に上部から左方へと、パァン! という音に一瞬遅れて盾部分の突き出す向きを変える。

 

「甘いん、らよぉ……っと」

 

 いやまだ制止しない。

 不気味なほど機敏な動きで、スッと滑らかに体勢を変えた。

 

 それと同時に三か所から、惑わすかの如く大きなサウンドが鳴る。

 対し、レシェイアは何がしたいのか、両手を交差して上に挙げ、マン・ゴ-シュを支えた。

 

「『魔力仕込みならどうだぁ!』」

「ほいっ」

「『いぃっ!?』」

 

 直後響いた雄叫びに合わせて仰け反れば……ビッターの攻撃が、地面へ激突したではないか。

 

「よいしょ!」

「『ゲウヘッ!?』」

 

 そのまま盾を打たれた勢いを殺さず、後転しざまに顔面を蹴る。

 更に(かかと)を使った足払いをかまし、マン・ゴ-シュ越しのタックルをお見舞い。

 

「ゆんゆん、炎!」

「! はいっ……当たれ、『カースド・ブレイズバイト』ォ!」

 

 宙に浮いて抵抗のできないビッターへと、ゆんゆんが魔法を放つ。

 

「『っ!? ロ、ロック・ブ―――ま、まにあわグギャアアァアアアァ!?』」

 

 先はフェイクで回避された黒炎のアギトが、今度は確りとビッターに食らいつき、盛大な爆発を巻き起こした。

 魔法での想像だにせぬカウンターをかまされた所為か、ビッターはまだ姿を見せたままだ。

 

 されど、この事態を予想できていなかったのは、傍にいるゆんゆんにしてもまた同じだった。

 

「レ……レシェイアさん。あの、如何して、タイミングが分かったんですか?」

 

 当然の質問をしたゆんゆんへ、レシェイアはビッターから視線を外さず、こう答えた。

 

「 “音” 」

「へ?」

「だから、“音” 」

「…………」

 

 余りにも簡潔に言われた所為か、ゆんゆんの思考が一瞬ばかり停止する。

 

「当てずっぽうは駄目()しぃ、アタヒが動く訳にもれぇ? らから“音”聞いてたの」

「……何で、音なんかを……」

 

 思わずと言った感じで漏れた一言。

 それをレシェイアは、わざとらしいニヤついたような声で拾ってくる。

 

「や、甘いよゆんゆん? 攻撃と速度維持じゃ音も違うし、本人が仕込んでるなら僅かに順番ずれるしねぇ。あと魔法陣についても知りたかったから、ちょっとピンチを演出してみま()た」

「う、そ……!?」

 

 レシェイアの発言を纏めれば。

 ゆんゆんの傍を大袈裟に離れるのは無理で、しかしやみくもな突撃は無駄な力を消費する。

 だから、初めは手探りで“音”を聞き分け、旋回や突撃のタイミングを判別していたらしい。

 気がかりな魔法陣の件も、調子に乗ったビッターが見事に口を滑らせてくれた。

 

 あろう事か、ビッターはまんまと掌の上に乗せられてしまっていたのだ。

 

(この人、やっぱりタダ者じゃないっ!)

 

 ……ゆんゆんが杖を強く握った、その傍ら。

 

 黒炎に焼かれ、吹きとばされた威力を殺せなかったビッターが、フラつきながらも立ちあがる。

 

「『チクショウが……!!』」

 

 呻き、悪罵を吐き―――次の瞬間には消えうせる。

 

 魔力仕込みの一撃を簡単に防御したのもそうだが、何より魔法ですら武器の一振りで簡単に対処して見せた。

 その所為で正面からの攻撃は意味が無いと理解したらしく、姿を消して駆けまわり、又もや撹乱を開始し始めていた。

 ビッターもバカではない。もう既に、侮りなど無いだろう。

 単調な攻撃を繰り返すのを止め、機会を窺うように瞬間的に姿を現しながら、また透明化し加速し続けている。

 

「『オラオラオラァ!!』」

 

 声が、炸裂音が何度も響き、聞きなれた重低音が辺りを満たす。

 よもやレシェイアがその音による “本人も知らぬカラクリ” に気が付いているなど、予想すらしていないだろう。

 

「さっ、休んでる暇なし! アタシは魔法使えないし……トドメは、ゆんゆんの仕事らよ? ―――気張って!」

「……はいっ!」

 

 確実なチャンスを捉えるべく、一時の戸惑いを強引に振り払ったゆんゆん。

 彼女はその深紅の瞳を虚空へ向け、しかしもう惑わされないと、鋭く睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舐め腐りやがんじゃねぇぞ、クソ悪魔ぁぁあっ!!!」

 

 ―――そして。

 その何倍も恐ろしい相貌を持つヘアバンドの“男” が、石室で女性悪魔・ルゥリィ相手に声高に吠える。

 

 複数の魔法を打ち払った『素手状態の左腕』は、火傷一つすら負ってはいない。

 

「――――」

 

 常識を拳一つで真っ向からブチ壊した男に対し、ルゥリィはフリーズしてしまっていた。

 

「……夢? 夢なの? ……いてっ……」

 

 そして味方である筈のクリスですら、己の頬を引っ張っている有様。

 

 だが戦闘は尚も続く。

 放心状態の彼女らへ、配慮する事など決してない。

 

「はああぁあああっ!!」

「喰らえ!!」

「『ダブルフレイム』!」

「飛翔せよ、氷の杭よ……『アイシクル・パイル』!」

 

 暗示にかけられた者は、正負の判別が付かないからこそ攻撃を止めない。

 四方八方から攻撃を浴びせかけ、束の間の休息すら許さなかった。

 

 その光景に、まずルゥリィが我に返る。

 

「フ、フフフ……そうよ、何を驚いていたのかしら! まだ私の方が優勢、男も沼にハマって動けない、ならば集中砲火で一気に―――」

 

「オラァアァアア!!」

 

 突如咆哮。刹那、爆発。

 宛ら雷の様な轟音を上げたかと思えば、『猩々緋』色の衝撃波が辺りを襲う。

 ヘアバンドの“男”は沼どころか、冒険者達すら文字通り『吹きとばして』脱出。

 

「ぶっ飛びやがれぇ!!」

 

 青年は間髪置かず、筋肉から音が鳴るぐらい過剰な力を込めた右脚を、唸りを上げて振り抜く。

 そして寄って来た魔法を残らず消し飛ばしてしまった。

 

「決め……たい、なぁ……

(中級魔法を力技で消すとか何なの? ねぇ?)

 

 フリーズする事こそ避けられたものの、理不尽なその行いで徐々に声量が落ちて行くルゥリィ。

 クリスもまた、一周回って最早呆れ以外の表情が浮かばない。

 

「い、いやまだよ! 所詮、多勢に無勢! 幾ら丈夫だって限度があるのだから! 冒険者達、その男を斃してしまいなさい!」

 

 それでもルゥリィの立て直しまでそう時間は掛らなかった。

 やはり自分の配下が多いという、数的優位があるからだろう。

 

「ぜぇええぁあ!」

「やあっ!」

「くたばれぇ!!」

 

 暗示により操られた冒険者に残る、感情らしい感情は最早 “敵意” ただ一つだけ。

 多方向から襲いかかる剣、槍、斧。

 己々の位置関係を考えてか同時では無いものの、囲まれている事に変わりは無い。

 

 傍目、逃げ場など何処にも無い。

 

「クッ……こうなったら!」

 

 “男”の持つ『馬鹿力』と言う、一応の希望があるのなら……。

 

 せめて隙を、不可能ならば逃げ道だけでも作って、この状況を打開しよう―――その考えを抱きながら、クリスはダガーを持って駆け出した。

 

 ―――しかし。

 

「う……?」

 

 奇妙な呻き声と共に、その脚をピタリと止めてしまう。

 件のヘアバンドの男が、鋭い相貌でクリスの方を睨みつけていたからだ。

 ……だがソレは邪魔者を排斥する物ではなく、ある種の『意思』が込められた物。

 

 ―――『来るな』―――

 

 止まっていた間は、恐らく数秒もあるまい。

 しかし戦闘態勢に入ったが故か、僅かながら引きのばされた体感時間の中で、クリスはその瞳に強い『意思』を感じていた。

 

 そこから、また数秒と経たずに場の優位は二転、三転する。

 

「シィィイ……ッ!!」

「甘ぇッ!」

「あ、ベフゥっ!」

 

 斧使いの斧を懐に潜り込んで柄からへし折り、顔面へ容赦なくストレートブロー。

 

「ぃやぁああ!」

「フンガァ!」

「キャ……うぐ!?」

 

 跳びながらのバック転で刺突をかわし、細剣をへし折り顔面に靴底をぶち当てる。

 

「せいらああぁぁ!」

「ッ―――オラアァッ!!」

「な……ぐはぁ!」

 

 三方向から来る斬撃に、一本を腕で受け流して他の剣に当て無効化。

 弾き切れなかった最後の一つは屈んで回避し、三発づつぶん殴る。

 そして先に弾かれ宙に飛んだ剣を握って粉々にしつつ、床を踏み砕き衝撃波をまき散らした。

 

 次から次へと来る冒険者達を、大きなダメージは負わせず、武器を破壊しながら技量で圧倒している。

 

(……なら、私にできる事を……!)

 

 疑いようもなく、男はかなりの強者だ。

 そして司令塔(ルゥリィ)が狼狽している所為か、クリスから目線は外れている。

 

 数瞬の停止から一気に思考を切り替え、クリスは人の波に紛れて走りだした。

 

 

「なんで、なんでよ!? 何でなの!? 多勢にアレだけ抗えるなんて……い、いやそもそもさっきまで苦戦していたじゃない!! 何で強さを隠して―――」

 

 そんな事とはつゆ知らず。

 乱闘の中心を凝視し叫び出したルゥリィの言葉を、ヘアバンドの男が怒鳴り声で上書きする。

 

「邪魔だっただろが!! あ゛ぁ!?」

「じゃ、邪魔って……」

「コイツらはよぉ―――ウザったい事この上なかった!!」

「ゲブッ!?」

 

 言いながら、向かってきた戦士の槍を逆に圧し折りそのまま打ち抜く。

 

「こっちが必死扱いてるってぇのに、グースカピーと呑気に昼寝!! しかも部屋の中央付近だのかと思えばよぉ、(すみ)ですらない中途半端な位置だのよぉ……!!」

「――――ぃっ!?」

「きゃ……あが……!!」

 

 瞬時に繰り出された二重鳴る轟音の拳。

 それは長身の男を宙に舞わせ、小柄の女に地を滑らせる。

 

「ァ゛ア゛ァ゛アアァアアァ!! 動くに動けねぇだろ邪魔でしかねぇだろが! 退()かすのも一苦労だろうがクソッタレがぁあ!!」

 

 狂ったように叫び出す男だが、本音を言えばルゥリィの方が狂いたかったかもしれない。

 ここで漸く己の失策に気が付いたのだから。

 

 

 見れば―――武器を折られて闘えなくなった少数の者は皆、支障が無い様東側の隅に追いやられていた。

 男が自分から集団に突っ込む為に魔法の援護もかなりの難題と化している。

 また怪力で魔法が強引に無効化される以上、ルゥリィ自身の無駄撃ちも出来ない。

 

 一方向にのみ集められているので仮にそちらを人質として狙ってもバレバレ。

 彼らとて必死で妨害してくるだろうから、フェイントをかけても寧ろルゥリィ側が危うくなる。

 

 

 即ちルゥリィが暗示を用いて冒険者達を攻め掛らせたのは……チェックメイトをかけた様でいて、その実全く逆のモノを齎したに他ならない。

 

「だからよぉ悪魔、テメェに“今は”感謝してやらぁ! 思い切りブッ飛ばせる舞台作ってくれた事をなぁ!!」

 

 オマケに彼女は散々優位に立て、悪魔にとっては重要な御飯である『人の悪感情』を充分食せた余裕からか、『自分を倒せば魔法陣も事件もどうにかなる』とうっかり洩らしてしまっているのだ。

 

 つまりヘアバンドの“男”に遠慮する理由などもう既に無い。

 満足に動けなかった苛立ちも含めて、毛程も残ってはいない。

 

「飛んでけやオラァ!!」

「のべへぇ!?」

 

 今になってとばし始めた理由とて言わずもがな。

 

 寝ている人間は受け身も取れないし、体の力が抜けている事もあってどうなるか予測が付かない。

 かと言って抱えて運ぶなど、余計なアクションが入るわ荷物が増えるわで、格好の的と化す愚行でしか無い。

 

 いくら怪力で吹き飛ばせる“男”でも、無防備に受け続けるのは得策では無かろう。

 

「脳筋だと思っていたのに……この男、つまりは全部……っ!」

 

 だから男は内心に怒りを秘め、じっと耐えていた。

 ずっと、冒険者達が()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 今なら冒険者達は最低限の受け身をとってくれる為、“男”はほぼ暴れ放題。

 下手に攻撃すれば手ゴマが減り、それと同時に壁際へ吹き飛ばしてくるのがオチ。

 

 遠慮が無くなった“男”の実力を考慮するならば、寧ろルゥリィがチェックメイトに陥っていた。

 

「なら、牽制で士気だけでも逸らしてやるわ! 『カースド・バレット』!」

 

 焦ったルゥリィは打開策を取ろうと低ランクの魔法を選択するも―――ここまた失態を犯す。

 

「無駄ぁ! 『スキルバインド』!」

「っ!?」

 

 男が派手に暴れ過ぎていた所為で、『潜伏』スキルで気配を隠していた、クリスの存在が頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

 しかも暗示下の者達はその特性上“敵と認識できた者を襲う”だけらしく、『気配を消されるとどうしようもない』という欠点を突かれた様子。

 

「まだまだ! 『バインド』―――からのおりゃああっ!!」

「うぎっ……あが……!?」

 

 更に追い打ちとばかりに『バインド』スキルによる縄縛りが発動。

 ルゥリィは瞬く間に雁字搦めとなって、クリスの持っているダガー2本で切り裂かれた。

 

 碌に動きが取れないルゥリィは、それでも何とか宙に逃げようと思い切り地面を蹴る。

 だが……魔力抵抗で『バインド』を解き、中空へ飛び出たと思ったのも束の間。

 

「落ちやがれぁああっ!!」

「!?」

 

 蹴った威力で地面を砕き、衝撃波で冒険者達をふっとばしながら、なんとヘアバンドの男まで跳び上がってきた。

 

「あ……―――アバハァー!!?」

 

 直後、反応すら許さず爆音と共に拳が放たれる。

 ()(とん)(きょう)な悲鳴を上げながら、ルゥリィは煙を上げるほどの勢いで地に叩き付けられた。

 

 思い出したかの様に空中に居る“男”へ魔法が放たれるも、無駄だとばかりに蹴散らされる。

 

「隙だらけだ!!」

「討ち取ったりぃ!」

 

 しかしそれはあくまで魔法の話。

 着地地点を狙って、冒険者達が男目掛けて駆け寄ってくる。

 今まで折ってきた物も、細い武器や武器の柄だけなのだから、直に受ければ一溜まりもない。

 

 この思わぬ『勝機』の訪れに、ルゥリィも、口角をニヤリと上げた……!

 

 

「甘ぇっつってんだろがああぁっ!!」

 

 ―――そんな怒りをまるで隠さない咆哮を、尚かき消す衝撃を伴い、拳が振り下ろされる。

 正しく、『砲撃』と言っても差し支えないその轟音は、かすかに雷鳴の方な迸りを耳に残し……

 

「「「グアアアァアアァァア!?」」」

 

 腕の軌跡が猩々緋の尾を引き、破裂する風の音を撒き散らしながら、緩やかな楕円状に十数m規模の地面を抉り飛ばしてしまった。

 

「ななななによそれ!? なんなのよそれぇ!!?」

「うっそだぁぁああー!?」

 

 その過剰染みた馬鹿力に、勝機に上がった口角は思い切りこじ開けられ、仲間にすらも大口を強制させる。

 

「―――けど隙有りだよ!!」

「しまっ、うああっ!?」

 

 クリスの持っているダガーには神聖属性が付与されているのか、悪魔・ルゥリィへのダメージはかなり大きい模様。

 もしかすると、“男”の馬鹿力が無理矢理ルゥリィの守りを突破しているのかもしれないが、そうなると末恐ろし過ぎる。

 

 数多の可能性が浮かんでは消え、そのどれもが、好転には繋がらないと悟ったか。

 戦いを再開した冒険者たちには目もくれず、ルゥリィは彼らへ背を向ける。

 

「もう、手段なんて選んでられない! 『マジックバレット』!!」

「『スキルバインド』っ!」

「『カースド・クリスタルプリズン!!』」

「わっ!?」

 

 ここでルゥリィはまたも装填式の連続魔法を行使してきた。

 低級魔法を囮に上級魔法を使うという、潤沢な魔力ならではの戦法でクリスが捕えられてしまう。

 それでも負荷があるのか規模が小さいが、抜けられない事に変わりは無い。

 更に。

 

「『スピーディ・ビルド』ッ! これでチェックは抜けたわ、漸くぅ!!」

「は、速い! しまった……!?」

 

 強引に強引を重ねた強化魔法を行使し石室の天井へと突撃していくではないか。

 

 景色が後ろへ流れ、スローに見えるルゥリィの眼下では、クリスが手を伸ばした恰好で固まり……ヘアバンドの“男”が魔法使い達の妨害を、先までの焼き増しで叩き潰す光景が見える。

 クリスの氷の牢獄を砕いた所で彼も漸くルゥリィに気が付いた。

 

 が、既に百メートル以上は離れ、更にパワー型の彼では走って追い付くなどとても無理だ。

 空中で軌道を変えられる故、瞬間速度任せに飛び出すのも無駄。

 

 バトルにこそ負けはしたが、この戦い本来の目的は、そして勝敗の基準は“そこ”には無い。

 そして“そこ”に到達したからこそルゥリィは高く、高く笑った。

 

「無様、無様ね! けれど、方法もある、神器もある! 人材はまた集めれば良い! これで―――私の『勝ち』だぁ!!」

 

 

 

 

「―――んなワキャあるか、ボケ」

「!!!???」

 

 白い顔が、青く染まる。

 聞きたくない声が、すぐ後ろから響く。

 嫌になるぐらいスローで流れゆく視界の中に、“男”の姿がハッキリと映った。

 

 徐々に、しかし確実に猛然と自分へ近付いて来る、ヘアバンドの男の姿が。

 

「カッ、カ『カースド・ラ』」

「遅ぇっ!!」

 

 瞬間、巨人のそれと錯覚させる迫力でルゥリィの足を掴み、猛スピードで飛んでいる彼女を物凄い勢いで引き戻す。

 そして雷鳴にも似た音を轟かせ、自らの後方目がけて力任せに投げつけた。

 

 彼女の視界の先。そこに映るのは壁面と石室の屋根と、僅かに残る冒険者……。

 

「はああぁああぁあーっ!!」

 

 ―――そして、短剣2本を構える、クリスの姿―――!

 

 

 

 

 

 

 

「『ゼェアアッ!』」

「よっ。からほい!!」

 

 ビッターの拳を止め、『虚空を掴んで』レシェイアが投げ上げれば、

 

「『スラッシング・ガスト』!」

「『ぐぎぃ……!』

 

 ゆんゆんの魔法が炸裂し、ビッターへ着実にダメージを負わせる。

 

 この場に流れていた暗雲は何処へやら。

 何時の間にか、ゆんゆんとレシェイアの独壇場となっていた。

 

「『ならぁ……―――〔ラーヴァボール〕!!』」

 

 再三に及ぶ『虚空より飛んでくる』魔法の行使に、ゆんゆんが一度杖を握るも……すぐに力を抜いて、呪文を唱え始める。

 彼女のその行いに答える様に、“待ってました”とばかりにレシェイアは盾を構えると、無言の気合を込め複雑な軌道の溶岩玉を弾き飛ばす。

 

 演劇を真似たかの様な、実に滑らかな動作で杖を構え直したゆんゆんが、何故か見当違いの方向に杖を向け―――解き放つ……!

 

「『エナジー・イグニッション』!!」

「『な、なんだと……ぎあああぁあ!?』」

 

 そこに『現れた』ビッターが唐突に叫び、青白い炎を掻き消そうと己の身体を殴り始めた。

 構えていたのを見るにゆんゆんの隙を狙おうとしたらしいが、アテが外れたのだろう。

 

 見ればレシェイアの左手の指が、ソチラに向けて突き付けられている。

 出来ない事をやろうとするのではなく、出来る事をやる……そう決めたが故、素早い判断に繋がったらしい。

 

「魔法戦でなら、私にだって……!」

 

 杖の先端に魔力を溜めながら、ビッターを見据えるゆんゆん。

 

 されど瞳に宿る様な、勇ましいほどの余裕は―――実は彼女の方にも、もう無い。

 

(魔力が、尽きてきてる……まずい……!)

 

 以下に尋常ではない魔力を持つとて、やはり人の子。限界が近いのだ。

 故、見切られない様にしなければならない。

 

 だが慎重になり過ぎたせいか。この事をレシェイアに教えようか、ゆんゆんは一瞬ばかり迷ってしまった。

 

 

 ……その迷いが―――戦を分ける。

 

「『ロッキー・ボディ』イィィィイ!!」

「突っ込んでくるらよぉ、構えっ!」

「っ!」

 

 悩んでいる間に状況が動き、ゆんゆんの体がビクリと跳ねた。

 岩の様に硬化した体を用いる砲弾の如きビッターの突撃を、盾を用い堅城の様な強固さで受け止めるレシェイア。

 

 岩石状態はそのままなれど、スピードが落ち、正に攻撃のチャンス……!

 

「あ……ボ『ボルト・アロー』!!」

「え?」

「『な……?』」

 

 しかし放たれたのは、先までの雷よりもランクの低い電撃の矢。

 抑えるべきと決めていた所為で、思わず放ってしまったのだろうが……この場では悪手だった。

 

「『行けるなぁ……まだ行けるぜぇ!!』」

 

 ならば此方は、まだある膨大な魔力を使ってやろうと、ビッターが息を吹き返したかの如く跳ね回り始める。

 

 狙いが誰かなどもう言う必要もない。

 

「『ホラホラホラホラホラァ!!』」

「……もっと、動かないとぉ……!」

 

 縦横無尽、上下左右余す事無く降り注いでくる石の雨、溶岩の球、砂の幕。

 

 ソレを魔法で捌く訳にも行かず、かといって行使後の狙い撃ちも出来ず、レシェイアがゆんゆんの周りを巡りながらマン・ゴーシュの盾部分で次々撃ち落とす。

 

 だが、これではジリビン。

 しかも不利だと思われている以上、ビッターには、確実に逃げられてしまう。

 

「『ハハハハハハ! 最後の最後で勝機が舞い降りたのは俺だったなぁ!!』」

「うぅ……!」

 

 他ならぬ自分の所為で招いた悲劇に、ゆんゆんは唇を噛みしめることしかできない。

 

 そして遂にレシェイアが追い付かなくなり、ゆんゆんは瞬く間に窮地へ陥り、逃さぬ脅威が襲い来る。

 

「……ごめん」

「!? レシェイアさん!!」

 

 盾すら構えず、背中で受け止めようとしたレシェイアに、ゆんゆんは今度こそ絶望の声を……!

 

 

 

 

 

「【弾けろ殻散(ケリードラ)】」

 

 ゆんゆんの死角。

 レシェイアの背中側。

 

 左手に持ったマン・ゴ-シュの盾部分は、何時の間にか背中へ向け構えられている。

 そしてその盾は、元より翠に染まる本体を()()()()()()()()()()いる。

 

 

 ゆんゆんがソレを遅まきながらに理解した。

 ……その瞬間。レシェイアの右手から軽く響く、岩石がぶつかったような音を合図に……〝ソレ”は発現した。

 

「『ェ―――ア……!?』」

「……手を抜いてて、ごめんね」

 

 優しく呟かれるその声は、ビッターの戸惑いの声に消され、

 

「『オガアオオオアオオアオオオオオアアアアァ!?』」

「きゃあっ!?」

 

 絶え間なく響き、空気を貫く、爆音がその戸惑いごとかき消す。 

 局地的に拭いた思わぬ突風と、耳を劈く悲鳴と硬質の二種類の大音量に、ゆんゆんは堪らず首をすくめてしまった。

 

「―――『高硬度なる物、生半な一撃を跳ね返す』。“防ぐ”という事は“硬い”ということ……迂闊な攻撃はノンノン、何らよ?」

「『ま、魔法が……跳ね返ってきやがっただと…!?』」

 

 その突風の正体は、なんとビッター自身の魔法がレシェイアの手で『カウンター』された音。

 しかも威力すら上がっていたのか、ビッターはボロボロになっている。

 

 満身創痍になった今、魔力残量など、合ってない様なモノ。

 

「『く、くそが……! ルゥリィの奴もやられて、俺まで……消えてなるかよオオォおっ!!』」

 

 最後の力を振り絞り、ビッターはレシェイア達から逃げ出し始める。

 

 そのスピードは今までで最速を誇り、追い付く事などとても不可能。

 声も上げられぬまま見えぬ背中を追うしかない。

 

「……ニーグラ、だよ」

「『ウギィ!?』」

 

 そう、追うだけで“良い”。

 

 なぜなら先までの弾幕戦の折り。

 ゆんゆんの周りを駆け巡るようにして舞っていたレシェイアが敷いたバリアーが、ビッターの行動を阻害しているからだ。

 先に盾を振っていたのは、ただの防御行動ではなかったのだ。

 

 だから、眼で追うだけで、それだけで良い。

 

「『バ、バリアーなら……お前も動けねぇだろうが!!』」

「そ。私はね?」

「『あ……!?』」

 

 最後の悪あがきで叫んだビッターの、上空へ向けられた視界に映ったのは―――。

 

 

 

「全力、全開っ、『カースド・ライトニング』ウウゥウゥウッ!!」

「『ち……ちくしょおおおおおぉおおおおぉおおぉおー!?』」

 

 ―――視界すべてを塗り潰す、漆黒の雷帝だった。

 




次の話で、第二章は終わりです。

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