素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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今回はなんと一万文字オーバー(!)

かなり長い上に、場面の切り替えが多いので、読みづらいかもしれません。

では、本編をどうぞ。


悪なるモノ共・次

 木が爆ぜる。

 

 霧が爆ぜる。

 

 地が爆ぜる。

 

「『バァハハァアア!!』」

 

 灰色の悪魔・ビッターの声だけが虚空より響く。

 無尽蔵のスタミナを持って、ゆんゆんとレシェイアの周りを絶えず駆け巡る。

 

 音速寸前まで達しているだろう超スピードは、眼で捉えるなど不可能に近い。

 

「くうっ……!」

「……」

 

 だからこそゆんゆんは、悔しそうに歯噛みするばかり。

 レシェイアも、珍しく表情を真剣な物へ変えている。

 

「『ほらほら! 俺はまだ攻撃しちゃいないぜぇ? そっちから仕掛けてみろやぁ!!』」

 

 加えて、相手は他ならぬ『悪魔』。

 魔法系・魔法付与以外の効果が薄いクセ、魔法に抵抗力を持つ者が多く、低ランクを超えると個々の能力も跳ね上がる。

 その能力すら個体差はあれど、物理でも魔法でもステータス数値は高め。

 

 オマケに大概が『物質を媒介として』顕現する為、彼等の“本体”はこの世界に居らず、プリーストでもない限り完璧には倒せないときた。

 もっと絶望を追加してしまえば―――複数の魂を持ち得て『残機』として、すぐさま同じ世界に顕現できる猛者すらいる。

 

(準備も出来てないのに……分が悪過ぎるよっ……!)

 

 対する此方は……最近上級魔法を覚えたアークウィザードと、盾を持つだけの最弱職のみ。

 切れる札が少な過ぎ、思考する余裕などなかった。

 

「おっと!」

「わ………わっ!?」

 

 否。

 正確に言うなら、まだ余裕自体はある。

 

「『ほれぁ!!』」

「コッチ……―――じゃない! っと」

「『バハハハ! やっぱやるなぁ、酔いどれ姉ちゃんは!!』」

 

 レシェイアが盾を上手く使い、要所要所で仕掛けて来るビッターをいなし続けているからだ。

 

 ある時は上からの一撃を傾斜を活かして滑り落とし、ある時はしっかり握りこんで突進を弾く。

 更なるフェイントの応酬にも、ギリギリ付いて行けているのか確り防ぐ。

 

(わ、私は時々見えるだけで、もう精いっぱいなのに……!)

 

 当初ゆんゆんは、第一印象では無謀な酔っ払いでしか無い、レシェイアを庇いながらの戦闘となる事を覚悟していた。

 しかしフタを開けてみればどうだ―――庇われているのは、他ならぬ自分の方。

 

「『ビャハッ!』」

「! そこっ……『ライトニング』!!」

 

 何とか役に立とうと、不意に姿を現したビッターへ、ゆんゆんが杖を向けて雷をたぎらせた。

 

「違う、こっち!」

「ひゃあっ!?」

 

 ―――瞬間的にレシェイアが、ゆんゆんの腕を捻って射出方向を変えれば……。

 

「『わっちゃあっ!?』」

 

 先とは全く違う方向で、電撃を“咄嗟に避ける”ビッターの姿が。

 

「セイッ!!」

「『……おうっ! っとぉ、あぶねぇあぶねぇ! バァハハ!』」

 

 更にレシェイアは投石で邪魔をし、ビッターを数メートル後方へと強引に戻す。

 すぐに姿は見えなくなるが、またレシェイアが一気に躍動し、攻撃を食い止める。

 

 このやり取りだけでも、ゆんゆんの立ち位置は残酷に告げられていた。

 

(やっぱり……足を引っ張ってるのは私なんだ……っ)

 

 攻撃が通用するのは自分しかおらず、恐らく(ジョブ)ですらゆんゆんの方が上。

 だというのに、この見えざる打撃飛びかう戦闘の中心に居るのはレシェイアの方。

 

「『しっかし、姉ちゃんにはビックリだぜ。俺がマジで見えてんのか?』」

「どーだろーねぇ……教えらいよぉ敵になんか」

「『なるほどなぁ! なら、あんま目がこっち向いてないのも、錯覚じゃないって事か?』」

「……」

「『“気付いてるか”は知らねえが、本当は勘だよりなんだろ? なんせ遅れてる攻撃も―――』」

 

 其処でビッターの言葉が途切れ、ゆんゆんの前方で木の葉が爆ぜる。

 背中合わせのレシェイアにとっては、後方のやり辛い位置からの突撃になる。

 

「……ごめん!」

「きゃっ!?」

 

 すぐさまゆんゆんの肩を掴み、力付くで自分との位置を入れ替えた。

 

「『あるんだからなぁ!』」

 

 ―――それと同時に、レシェイアの “斜め後方” で衝撃音が響いた。

 

「やっぱりね……っ!!」

「―――!?」

 

 戸惑うゆんゆんへ、構っていられないばかりにレシェイアは覆いかぶさり。

 直後、鈍くも大きな音が耳朶を突いて鳴り響く。

 

 次に聞こえたのは……。

 

「『おぉコレまたビックリ、勘が当たったなぁ?』」

「……ま~ねぇ?」

 

 ビッターの素直な感想と、()()()()()()()()()()()手元に戻したレシェイアの返答だった。

 

 どうやらあの一瞬の内に盾を軽く投げ、背中で受け止めるようにして防御したらしい。

 

 ゆんゆんは最早状況を受け入れる事に必死。取れるアクションなど、ポカンと口を開くのみだ。

 

「驚いてる暇、()いよっ?」

「あ……は、はい!」

 

 ほんの少しだけ姿を現したビッターは、しかしすぐさま消えてしまう。

 レシェイアの言う通り大口を開けている場合ではない。

 

「どうにか好きを作れればぁ、()~……()(りょく)に自信は?」

「……あり、ません……上級魔法は使えますけど、一発二発じゃダメかも……」

「ん~む……―――って危なっ!」

「うにゃあっ!?」

 

 無論相談中の隙すら逃しては貰えず、マン・ゴーシュの刀身とビッターの一撃がぶつかり、ゆんゆんのすぐ近くで火花を散らした。

 その衝撃で尻餅をつくゆんゆんだが、すぐに立ち上がり杖を構えた。

 

「『あー……やっぱ面倒臭い姉ちゃんだなぁ……。アンタから倒さないと無理らしいなぁ?』」

 

 チャンスだらけに見えてその実、しっかりと周りを警戒しているレシェイアに、さしものビッターも感心ばかりではいられなくなる。

 

「そお? なぁらもっろアタシのとこcome on(おいで)! Here(さあ),come on(おいで)!」

 

 ピキピキピキッ と連続でフィンガースナップをかまし、ニヤリと笑んだレシェイアがビッターを挑発。

 

「『ハ。……いや、ホントに……よぉ―――』」

 

 また言葉が途切れ、流れる、刹那の静寂。

 間髪置かず……レシェイアの右斜め上、左方側、ゆんゆんの頭上で次々硬質なサウンドが響く。

 翠色の軌跡が視界を駆け、豪速の殴打を(すべか)らく叩き落とす。

 

「『―――……面倒臭ぇ姉ちゃんだこったなぁ、バハハハハ!!』」

「酔っ払いはそういうもんらよぉ? ニャハハハハ!」

 

 そして次の瞬間。高と低、二つの笑声が霧の森を貫き、

 

「……私も、何かしないと……!」

 

 小さな奮起と決意の声が、霧へ吸いこまれ、消えて行く―――――刹那。

 

「『そうだ。どうせこのままじゃあ先は見えてるしよ、一つ間持たせで話でもしてやるよ? 操られた奴ばっかで、碌な奴が来なかったもんで暇でしょうが無くてなぁ?』」

「……間持たせ? どういう事なの」

「『誘拐事件についてだよ』」

 

 唐突に笑いながら語りだしたビッターへ、レシェイアもゆんゆんも黙りこみ、その沈黙の中で低い声だけが聞こえてきた。

 事件に関する、詳細を語るべく……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして同時刻、洞窟の中―――その、大石室内にて。

 

「フフフ……ほぉら、どうしたの? もっと頑張りなさいな! 攻撃しないとどうしようもないわよ?」

 

 此方もまた爆ぜる様な音が、岩造りな大広間の中で所狭しと響き続けていた。

 

 宙に浮く蒼毛の女性は、額に生えた1本の角と背中の歪な翼、そして白すぎる肌もあって、一目で“人間ではない”と理解できる。

 彼女もまた『悪魔』。人と契約を結び、代償と引き換えに使役される者。

 そして悪感情を好む、人の敵となりうる存在なのだ。

 

 

 彼女と相対しているのは―――コレまた対照的ながら、しかし『ある意味では』息ぴったりの二人。

 

「だったら降りてこいや! 天井ギリギリまで浮いてんじゃねぇぞクソアマァっ! ぶん殴る!! ブッ飛ばす!!

 

 片方は男性。

 ヘアバンドを巻き、ニ色に分かれた短髪が印象的な、筋肉質且つ高身長の男。

 

「あー、悪魔ってそうだよねぇ。安全圏から煽るしか能の無い、自分から未熟さを露見させる天才だもんねー……だから遠慮無し! ぶっ殺す!!

 

 片方は少女。

 銀の短髪が美しいスレンダーな体系を持つ、快活な印象を与える盗賊娘・クリス。

 

 ……二人は何やら物騒な事を叫びながら、その熱気を持って武器である拳を握り、ダガーをギラつかせる。

 しかし何故か、じりじりと位置をずらしながら、滞空する女性悪魔を睨むのみだ。

 駆けまわって目測を狂わせる、最も有効な戦法を決して取ろうとしない。

 

 

 その理由は、彼女等の周囲にあった。

 

(派手に動くと冒険者達が巻き添えになる……! あーもう! 何でこんな時に寝てるのさ!?)

 

 クリスの内心の苛立ちや周囲へ撒き散らされる轟音とは裏腹に、誘拐されていた冒険者達は皆、呑気にグースカピーと寝続けている。

 

 当然、これでは避ける事も防ぐ事も出来ず、女性悪魔の魔法の餌食となるのが関の山。

 女性悪魔の方も彼らには用があるのか狙い撃ちしたりせず、素直にクリス達を狙っているのが今のところ救いだ。

 

 ……なら下手に怒鳴ったり、挑発しない方が良いと思うのだが。

 

「あらあら。敵の得意なフィールドに降りるなんて愚策、流石の私もしないわよ? 自分は有利に、相手は不利に、それが戦闘の基本じゃない?」

「っせぇんだよ!! んな事理解してんだよ、今更言いやがんなっ!!」

「遠吠えはみっともないわねえ? ウフフ……」

 

 だが様子を見る限りでは、女性悪魔は怒鳴られる度に彼らへの関心を強くしている様子。

 また、男の方は声こそ大きいものの、顔に青筋はほぼ浮かんでいない。

 もしかすると……自分達へ注意を向ける為の作戦なのだろうか。

 

 そうならば彼は、常に苛立ちを覚えている状態な、普段の性格に助けられていると言える。

 

 

「もームカつく! 本当に生きてる価値が分からない奴等のクセによく言うよねぇ! 人間に寄生しなきゃ生きていけない害虫のクセにさぁ!!」

 

 何だか本当に怒っている様に見える少女が約一名いるがこれも立派な演技だろう。

 ……そう思いたい。

 

「どうやら悪魔について理解が薄い人がいるみたいねぇ? 私達はビジネスとして人と契約するだけよ? とっても重要な事だけれど、生きていけないかって言われるとねぇ……」

「あ、ごめんどうでもいいから。悪魔の言葉なんてタメにもならないし」

「一応さっきまでは常識的だったわね……という事はあなた、エリス教徒でしょ? 絶対に」

 

 最早呆れ一色の顔で、そう言いながら―――直後、『カースド・バレット』と静かに呟く女性悪魔。

 瞬間、黒色の魔力弾が数発連続で放たれてくる。

 

「! おっとっ!!」

「……チッ……!」

 

 ロンダートからの横っ跳び、更に続けざまのバック宙で、アクロバティックにクリスは避ける。

 男は、右腕に装着した猩々緋色の薄いガントレットで受け流し、半身になり小さな動作でかわす。

 

「オラアッ!!」

 

 そのまま男性は下にあった岩を、剛速をもって蹴りあげた。

 

 唸りを上げて迫る岩に対し、女性悪魔が行ったのは……片手を正面へと静かに向ける事。

 

「『ファイアボール』」

 

 現れる魔方陣、次いで飛び出す火球。

 単なる岩はその単発魔法で脆くも砕け散った。

 

「フフ、続けて行くわよ―――『カースド・」

「『スキルバインド』!!」

「―――っ!」

「おぉっと……?」

 

 一瞬の隙を突こうとした女性悪魔の魔法は、間一髪で間に合ったクリスのスキルが妨害した。

 同時に、真下から無言で飛んできた岩塊を少し下がって回避する。

 

 何も言わず睨みつけて来る両名を見据えながら、女性悪魔は憐れむ様に告げた。

 

「盗賊職に、ほぼ接近戦オンリー。魔法使いが居ないなんて、運が悪いわね。あなた達」

「それはこっちの台詞だよ。この私に出会った以上、絶対に見逃さないから。というか見逃すとか有り得ないから」

「何でアホみてぇに熱くなってんだっつの……見逃さねぇってのぁ同意だがよ!!」

 

 お前がそれを言うか? という台詞を吐きざまに突貫。

 更に男はブレーキもかけず、右方へ勢いよく旋回する。

 

 少し遅れてクリスも走りだし、どうにかチャンスを形作ろうと左方へ旋回。

 

「的を二分するのは良い策だけど……やっぱり狭苦しい動きね。『ライト―――なんちゃって?」

「『スキルバインド』ッ!! ……あっ……!?」

 

 実質人質と化している周りの冒険者の所為で、思う様に動けない弱点を逃す女性悪魔ではない。

 そのまま小走りした瞬間を狙い、魔法を放つ……“フリ”をしてきた。

 寸前に妨害魔法を使おうとしたらしく、クリスはまんまとフェイントに引っ掛かってしまった。

 

「ハイ、『ワール・ライトニング』」

 

 両手から繋がって生まれ、直後に放たれた電撃の渦が猛烈な勢いで広がり迫りくる。

 

 クリスはすり抜ける様に、男はベリーロールで飛び越え、この魔法もやり過ごせば…………。

 

「続けて『カースド・フレイムレイン』」

「……ち、ちょっ、連続で!?」

「黙って走れや!」

 

 前もって準備していたのか、赤紫の火雨が二人目掛けて降り注ぐ。

 逃げ場が余りにも少ないものの、完璧な攻撃態勢に入ってない事が幸いし、二人とも数発浴びたのみ。

 

 

 ……ここで連続魔法は打ち止めなのか、ニヤリとしたニヒルな笑みと共に、女性悪魔は語りかけてきた。

 

「それにしても……貴方達まだ気が付いていないの? 状況はとぉっても不利な事に」

「改めて言われるとムカつくんですけど? というか気が付いて無いほどバカだと思ってたの? さすが悪魔は自意識過剰のノータリンだね!」

「ほら、それよ」

 

 何を言われているのか分からないと言ったクリスと、攻撃が届かないからと渋々立ち止まっている男へ、優位が故か女性悪魔は笑い顔を崩さない。

 

「誘拐事件が何で起きているか、詳細はどんな感じなのか、それ位は知っているでしょ?」

「誘拐されヤツぁ行方不明、されなかった奴は記憶曖昧って奴だろが」

「その通り。で、その犯人は私と―――もう音聞こえてたし、隠すまでもないから言っちゃうけど、入口にもう一人いるの」

 

 遠くより聞こえた何かが倒れた音は、概ね予想通り。

 もう一人の犯人と何者かが、戦闘中である事を示す音らしかった。

 

「でも主犯はアンタでしょ? あたしにとってはどっちも嫌な存在だけど」

「……一言多いけど、またまたその通り。で、此処までの戦闘も含めて、『何故不利なのか』ぐらい、気がついても良いと思うのだけれどねぇ?」

「…………」

 

 実際クリスは、そして恐らく男の方も……この事件の不可解さと、悪魔という存在が絡んだ厄介さには当の昔に勘付いている。

 そして“記憶が曖昧”だという事は、“意識に関する部分を操作できる”という事でもある。

 

 即ち、今この瞬間にも『操られる』可能性を秘めてしまっているも同義なのだ。

 

 されど悪魔嫌いの意地なのか、これに対しクリスは真っ向から反発した。

 

「アンタから感じる魔力は高いは高い。けど森を包む濃霧やこの事件みたいな、大それたことは出来ない筈だし、何より操るにしたって集中力が居る筈! 誇大広告したら恥かくだけだって分からないのも、悪魔ならではのジョークなのかな?」

「……本当に呪いかけるわよ? 貴方。でもまぁ……否定は出来ないわね。実際私の力だけじゃあ出来ない事は多い―――『コレ』が無ければね?」

 

 そしてその疑問へ答えるみたく、自分の首に掛っている『ネックレス』をツンツンとつつく。

 

「ああそう……神器の力を、利用してたってわけ」

「ピンポーン。忌々しい神の名を冠してはいれど、本質的にはただの膨大な魔力を持った道具。だから私にも扱えたって事。機能だって十全には使えないけど、媒介にはなるのよ」

 

 つまり―――と前置きをし、女性の表情が単なる笑みから、人の悪い笑みに変わる。

 

「このネックレスの魔力を媒介に……私は幾分か、力を強化できたの。とはいっても、やっぱり準備が居るけれど」

「まさか、神器の『様々な強い暗示を行える』能力を……!?」

「あら知ってたのねぇ。それも当たりよ……“魅了”もサキュバスほどではないし、神器の能力も中途半端にしか使えなかったけど、合わせればトコトン役に立つ代物。

 暗示だって普通の人間なら『出会った相手にだけ』なんて制約が掛るけど、肉体無き私達“悪魔”なら準備さえ出来れば……元々暗示をかける罠系統の魔法陣を強くする事も可能なのよねぇ?」

 

 

 また憶測になるものの、レシェイアが周りから異様に気配を感じていたりしたのも、暗示の一種なのかもしれない。

 レシェイアは呪いを弾くほどの耐性を持っている為、『なんとかなるかな』レベルで済んでいたが―――普通ならどれぐらいの負荷が掛るのか、想像に難くない。

 

 まだ謎は多い物の、誘拐事件の真実の内一端を聞き、クリスも男も顔を怒りでゆがめる。

 

「聞くところによればこの街に居た黒髪黒眼の冒険者も、暗示を使ってちやほやされてたとか? でも結局褒められるだけで終わり……そんな事に使うより、こう使った方がずっと良いわよねぇ」

なんで悪魔の方が効率的に使ってるのさ? 転生者の人も先輩もしっかりしてよ本当に……

 

 クリスは小声でつぶやくと自然と歯ぎしりをし、鋭く女性悪魔を睨みつけた。

 

「じゃあ、『宝感知』で大きな反応があったのも……」

「私の付けてるネックレスの所為ね。ちなみに連続魔法は自前で、濃霧も私の手によるものよ? まあ媒介の神器があったからとか、魔法陣作成に大掛かりな儀式が必要だったから始めるまで十数日ぐらいかかったけど」

「事件開始が妙な時期つったか、つまりその所為だってことかよ?」

「またまた正解」

 

 怪しい商人からネックレスを買ったのも、恐らくはこの女性悪魔だろう。

 

 詰まる所……男は兎も角、クリスは宝の気配につられて自ら獣の巣へ飛び込んだに近い。

 その間抜けさにも、彼女は腹を立てて居るのだろうか……。

 

 しかし余裕が合ったのも束の間―――女性悪魔の顔が、突然苦笑いへ変わった。

 

「でも……それでも、『予想外』な事はあったのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「予想外……らってぇ?」

 

 同様の話はレシェイア達も聞いており、クリス達と同じ疑問と同じ答えを得ていた。

 

 だが彼等にとっての『予想外』については文字通り予想出てきていなったらしく、レシェイアすら疑問符をうかべている。

 その様子に満足を得たビッターは、更に声色を楽しげに変えて喋り続ける。

 

「『“お前ら”の存在だよ。誘因状態を振り切った紅魔族は勿論、解除したお前だって本来はココに来れない筈なんだぜ?』」

「本来はって……レシェイアさんは操られてなかったらしいじゃない! なら辿り着ける可能性はあった筈で―――」

「『そんならお前、何で今の今まで〔行方不明者と記憶が朧気な者〕以外の要素が絡んでこなかったと思ってんだ?』」

「!! ……そ、それは……」

 

 ビッターの言う通り。

 

 悪魔の力が根源ならば、プリースト等の聖職者に立ち入られれば、それだけでバレる危険が高くなるなど言わずもがなの事。

 なのに今の今まで出て来ている事例は、『誘拐された者』・『記憶が曖昧な者』。

 もっと加えれば情報を持たない、『霧の所為で退き返した者』が存在するが、どれも悪魔について知れたかと言われれば当然 “否” だ。

 

 そして誘拐された者は洞窟の中であり、その原因は魔法陣と神器を媒介とした魅了と暗示の合わせ技。

 個人差はあれど、それが万人平等に利くのなら……誘拐しない『追い払いたい方』にも、何かしらの効能があるとみて然るべき。

 

「『主人にも好みがあってなぁ。

 姉ちゃんみたいな酒臭い女と、その紅魔族と一緒にいたでけぇ男、好みじゃねえんだと。

 あとは銀髪の美少年も〔オカマじゃない普通の少女だったら〕ストライクゾーンらしいぜ? そいつらを追い払う為に……』」

 

 多少(?)奇妙な誤解こそあり、何故か洞窟内から『あたしは女! お・ん・な・だあぁァァッ!!』と叫び声らしきものが聞こえたものの―――これで線が繋がった。

 

 即ち、クリスが嗅いでいた【嫌な臭い】の正体とは…………!

 

「『“誘拐しない者”に対してのみ放たれる、具体的には〔本人の最も嫌いな臭いを放つ〕って代物があるんだよ。

 ……俺の現主人・ルゥリィが時間かけて敷いた魔法陣と、神器の力やそれら媒介、更に魅了を追加しての“無意識の引き出し”が合って、初めて実現したシロモノさ』」

 

 ビッターの弁を、更に詳しくまとめるのなら―――

 

 

 ネックレス状の神器の他にも水晶玉の様な魔道具が存在し……そのお陰で、魔法陣により発生させた濃霧の内部なら人物像を特定できるらしい。

 だから目標を定める事は出来るのだ。

 

 が……問題は誘拐する者だけに狙いを定めても、その者が一人で来るとは限らない事。

 洞窟に来るのを待っているのは、そもそも来るかどうかが分からないので非効率な事この上ない。

 かといって一々排除しに行こうとすれば、手間が掛るわ、死人が嵩むわ、怪しまれて誘拐どころじゃないわと散々すぎる。

 

 魔法陣そのものは神器の力を利用している為、攻撃になど使えない―――というか蓄えられた魔力を使ったが最後、森が大損害を受けるので双方ともに利益など無い。

 

「そこで『臭い』の出番、なのね?」

「『バハハ、大正解だぜ!!』」

 

 だから女性悪魔・ルゥリィは大掛かりな『暗示』の魔法陣を準備したのだ―――〔自分の嫌いな臭いが出ている〕という、思い込みで人を追い払う為に。

 濃霧という『そこから出ていても不思議ではない』状況も、暗示の効果を増幅させるのだろう。

 

「『他にも、確か遠い地で言えば“御香”みたいな効果もあるんだよ。嫌な臭いから逃げる様にしたって、その臭いが嗅げちまう頃にはとっくの昔に森奥深く。

 時間かけて暗示掛けられ、情報も伝えられないまま追い払われるのさぁ!』」

「そんなカラクリがあったなんて……!」

(……臭い、ねぇ……? う~ん……)

 

 クリス側のルゥリイといい、ゆんゆん側のビッターといい、矢鱈とペラペラ話すが……これも余裕の表れ、バレても挽回する手段があるからと思われた。

 もしくはイレギュラーである彼らへの、ご褒美代わりなのか……。

 

 だがそんな舐め切った態度を取られても致し方ない。

 現にクリス達の方も、ゆんゆん達の方も、碌な反撃が出来ていないのだ。

 チャンスすら見つけられない状況で、気が大きくなる事など至極当然と言えた。

 

「『よぉし俺等が悪党なのは分かったな? 分かったろぉ? まあ誘拐した目的なんて主人にでも聞いてくれって事でぇ……』」

 

 長い様で短かった、超スピードで撹乱しながらに語る、ビッターのぶっ飛んだ暇つぶし。

 

 それは、彼がゆんゆんとレシェイアの数m前に出現し。

 また久方ぶりに姿を現したのを皮切りとして―――さも当たり前の如く、唐突に終わりを告げた。

 

「『―――バハハハハハハハハァ!!』」

「!!」

 

 音もなく姿が消えたかと思えば……先程の焼き増しみたく、また視界内と視界外のあちこちで破裂音が響き続ける。

 

 これでは堂々巡りだ。

 真実を知ろうと知るまいと、何も変わってはいない。

 

「『ほおらぁ!!』」

 

 パッ! パッ! パァン!! と地面が三度抉れるものの、やはりビッターの姿は見えない。

 その後リズミカルに何度も繰り返され、其処へ一々ゆんゆんが振り向くもやはり居ない事から……言うまでもなく完全に手玉に取られている。

 

「ぐっ……!!」

「えっ!?」

 

 と―――いきなりレシェイアが鈍く声を上げた。

 肩目が細められており、唇には少し力が入っていた。

 

 しかし、それに驚いたのも束の間。

 

「『ホラホラホラホラホラホラァ!! どうしたどうしたぁ!?』」

「ぐ……うっ……!」

 

 二、三発はマン・ゴーシュで防げるものの、『見えない』うえに『速いからこそ重い』打撃は、対応に遅れたレシェイアを容赦なく追い詰める。

 

「ひ、卑怯なことッ―――」

「『なら卑怯じゃないものぶつけてやるよ―――〔ロック・ブラスター〕!!』」

「え……―――!?」

 

 さらにゆんゆんの叫びを嘲笑い、頭上から響く声と共に降り注いでくる、幾つもの岩の塊。

 質量ある塊はそれだけで大きなダメージを負わせるというのに、魔力が注がれている所為でより大きな威力を携えてしまっている。

 

「魔法一回!!」

「あっ……『カースド・ライトニン―――ぇ、きゃっ!?」

 

 ゆんゆんの杖より迸る、黒い雷。

 されどソレ全て放ち終えるのを待たずに担ぎあげ、安全地帯へと全力で走るレシェイア。

 ……何とか、岩の雨を回避することが出来た。

 

 だが、二度ある事は三度ある。

 

「『オラアッ!』」

「く……!?」

「レシェイアさん!!」

 

 レシェイアは顔面を殴られてたたらを踏み、ゆんゆんと距離を取らされてしまう。

 当たり前とでも言わんばかりに、これだけで終わる訳もなく。

 

「『ほらほらほら! もう一回―――〔ロック・ブラスター〕ァァ!!』」

 

 それは―――魔法すら遅れる速度なのか、何も無い虚空から岩の塊が降り注いできた。

 

「いい加減にっ……『カースド・』」

「違う、火の玉!!」

「っ!? だ『ダブル・フレイム』!!」

 

 咄嗟にきり変えた炎系の呪文は、爆発の影響により安全地帯を寄り確実に作り出してくれる。

 

 しかし、ただそれだけ。

 

「『もういっちょぉ!!』」

「うぐ……っ!!」

「『ほぉれぇ! ルゥリィだけじゃねぇ……魔力維持役の俺を倒さないと、どの道事件は終わらねぇぞぉ!? バハハハ!!』」

 

 またもレシェイアは立ったまま距離を取らされ、地を滑りゆんゆんと距離が合いてしまう。

 

(ダメっ……悪循環し過ぎてる、このままじゃレシェイアさんが……レシェイアさんが……っ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「『カースド・クリスタルプリズン』」

「あっ、やばっ……!?」

 

 クリス達の方も決して有利には運ばない。

 話が終わり、本格的に責めてきたルゥリィの魔法に、刹那の間隙をつかれたクリスの脚が囚われてしまう。

 

 語っている間に準備でもしていたのか、ルゥリィは次弾なる魔法を既に装填している。

 

 自らの力で助かる手段は……無い。

 

 

「っんの、愚図アマがぁッ!!」

 

 そのピンチに怒号と共に割り込んだのは、やはりヘアバンドの男。

 恐るべき腕力か……魔法の氷を素手でブチ割ると、クリスを投げ飛ばし降り注ぐ魔弾を拳で迎撃し続けた。

 

 愚図などとバカにしているが―――その実、先から降り続ける魔法を受け止め続け、防御力の低いクリスを庇い続けているのは“彼”だった。

 その所為で最早煤だらけ。どれが本物の傷かなど見分けも付かない。

 

(こんな時に変なツンデレとか発揮し無くて良いのに……!)

 

 そして、その防御にも問題がある。

 

 ガントレットを右にしかしていない所為で、いまいち防御率が奮っていないのだ。

 ダメージを極力減らしたいこの場では、あんまりな『愚挙』。悪手でしかない。

 

 クリスとて投げナイフをぶつけようとはするのだが、すぐに避けられ魔法を撃たれてしまう。

 男の岩投げは遅過ぎて、そもそも効果が無い。

 

(けど跳び上がったって……空中じゃ本当に逃げられない……討つ手が無いなんて!)

 

 悔しさが限界に達し、クリスは無駄と分かっていながらも―――叫ばずには居られなかった。

 

「人質モドキとか用意して、自分は悠々と女王様気分で魔法を放つなんてさ! 散々弁護してたけど、事件起こしている時点で悪魔は本当に単なる “悪” も同然でしょ!」

「事件なんて……私はただ、才能ある容姿端麗な者を集めるという、一歩を踏み出しただけよ? それに彼等が人質―――人質、ねぇ? 本当にぃ?」

 

 余裕も余裕。

 寧ろ、余裕以外の感情が見られないルゥリィ。

 

 本当に実力があるからこそ、此方をからかい続け、落ち着きを削って行く所業を繰り返す。

 

「私達の行動を阻害して、いざとなったら盾にも出来るじゃないっ……! それが人質以外、一体なんだっていうの!?」

 

 クリスのその怒声を受け、ルゥリィは再び『カースド・フレイムレイン』を放ちながらに、嬉しそうに語りだした。

 

「さっきも言ったでしょう? 貴方達がとっても不利な理由を話してあげるって。事件の話をしたのは、別に自慢したかった訳じゃないのよ?

 誘拐された人間の事、詳細は既にちゃぁンと語った筈なのに―――気が付かないのかしら」

 

 回りくどいルゥリィの言葉にいよいよ次の怒声が飛びかけた……

 

 

「んだこりゃぁ!? なんだよてめぇら!!」

 

 ……その瞬間だった。

 男性のいきなりな怒号が、驚きに満ちた声が、背後より聞こえて来たのは。

 

 そして其処へ目を向けたクリスも―――同じように驚き、絶句してしまう。

 

「な、なんで……さっきまで寝てた人達が『立ち上がって』……!?」

 

 騒げど騒げどイビキだけかいて後はピクリともしなかった、攫われた冒険者達。

 そんな彼等が不自然な動作でノソリ、ノソリ……一人、また一人と、起き上ってくるではないか。

 

 皆一様に焦点の合わぬ目をして、無言のまま不気味に、己が武器をその手へぶら下げている。

 

「……っ!?」

 

 コレには理解が追い付かず、クリスも男も固まっている。

 ―――その光景を切り裂いたのは、ルゥリィの声だった。

 

 

「私はもう飽きてしまったの。だから、ほら……()()()()()()()()()()?」

 

 

 そして、まるでその声が何かのスイッチみたく、今まで生ける屍モドキと化していた者達の瞳が……鋭く光った。

 

「「「おおおおおっ!!」」」

「なあっ!?」

「んだと……!」

 

 瞬間、次々と踊り掛ってくる近接職と、魔法を放つべく呪文を唱え始める後援職。

 男は迷いなく両拳を左右へ向けて地面を強く踏みつけ、クリスは銀のナイフとマジックダガーの二刀流に切り替えるが―――その瞳には明らかな迷いが見られた。

 

 逃げ場など地上には何処にも無く、上空にすらルゥリィが滞空し、八方を囲まれた正に袋の鼠状態。

 しかも囲んでいるのは元々味方である冒険者達。

 下手に攻撃など行えず、倒してもルゥリィを討ちとらねば全く持って意味が無い。

 

「はあああああっ!!」

「『ライトニング』!!」

「チィッ! テメッ……この、クソがッ!!」

「しゃあっ!」

 

「『ファイアボール』!」

「す……『スキルバインド』ォッ!!」

「おらああぁぁ!」

「『ブルー・ストライク』!」

「わ、わわわぁっ! ……キリが無いよおっ!!」

 

 近接職と魔法使いが入り乱れ、男もクリスも回避が精いっぱい。

 仮に隙が出来たとしても……次が来るために一撃入れるなどもってのほか。

 

「ほらほぉら。その人達を助ける為に来たんでしょう? 早く私を倒して、魔法陣を何とかしてみなさいな!」

 

 ルゥリィの哄笑も混じり、最早冷静な戦運びどころではない。

 

(このままじゃ、あ、あたしだけ生き残ることになる……そんな残酷な事、出来る訳が……っ!)

 

 

 

 

 だが、時は、運命は、惨酷。

 

 ……そうして、入口の戦闘も、石室での戦闘も―――限界が、訪れる。

 来て欲しく無かった限界が。

 決まり切った結果でしか無い、惨酷な限界が。

 

 

 

 洞窟の入り口で、

 

「『〔ロック・ブラスター』ァ!」

「っ……まだまだっ! 『ダブル・フレイム』!」

 

 魔法合戦のさなか、拮抗を保とうとして自分の狼狽に気が付かず、

 

「『〔ロック・ストライカー〕ァァァ!』」

「『カースド・ブレイズバイト』ぉっ!」

「『―――んな魔法ある訳ねぇよ!』」

「へ……―――」

 

 魔法を無駄撃ちしたその瞬間、ゆんゆんの背後に回った悪魔を見据え、

 

「まぁだ……まだなん()っ!」

「っ!? だ、だめレシェイアさん!」

 

 その実、膨大な魔力を湛えた刃の如き爪を振りかぶった、

 

「―――『はい、ご苦労さん?』」

「ダメッ……ダメぇえーーーッ!!」

 

 『レシェイア狙い』のビッターを瞳に映し―――

 

 

 

 

 

 巨大な石室で……、

 

「うらああぁぁっ!」

「『バインド』!」

「ヤバッ……『スキルバインド』!」

 

 盗賊スキルの対処すべく、ヘアバンドの男の方へ注意が逸れたクリスが、 

 

「『ファイアボール』!」

「『ウィンディ・アロー』!」

「『キュービック・ロック』!」

「『カースド・ライトニング』!!」

「『セイクリッド・ブレイザー』!」

 

 魔法の集中砲火を受け、意識がようやく引き戻され、

 

「止まってんじゃねぇッ!!」

「な―――うあぁっ!?」

「はぁい、いらっしゃい。『ボトムレス・スワンプ』♡」

「! う、おっ……!?」

「あ―――……あ……!!」

 

 殴り飛ばされる形で強引に射程外に逃されて、ルゥリィの魔法により足元を沼地に変えられ、

 

「まず一人。バイバ~イ」

「や、やめ……やめてええぇーーーっ!?」

 

 『男狙い』だったルゥリィを瞳に映して―――――

 

 

 

 

 

 

「はい、こんちゃっ♪」

「『―――ハ?』」

 

 ビッターの爪を、レシェイアが『まるで苦もなく受け止めた』瞬間と、

 

 

 

「オォラアアァッ!!」

「―――ヘッ?」

 

 たったの『左フック一発』で、“男”が魔法を散らした瞬間に、

 

 

 

 入口と最奥。

 別の場所なのに、全く同時に放たれた一言で、状況は……残酷に限界を迎えた。

 

 

「さっ、反撃開始だっ!」

「いくぞ……反撃の時間だぁあッ!!」

 

 他ならぬ―――悪魔たちの限界が。




読みづらくてすみません!
しかし次回は……一気に盛り上がらせますよ!!


さあ、此処から反撃開始です!

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