レシェイアと別れてから数分と経たず、クリスは森に赴き探索を開始していた。
彼女が居た手前、無難な受け答えをしたクリスではあるが、幾つかの奥の手を隠している事もあり、実際のところは探索する気半分、遁走する気半分である。
実力に対する探りいれの件と言い、最近の彼女の心境は半分づつに分けられる事が多い様だ。
が―――自信たっぷりな表情は、次の瞬間別の顔へと変わる。
「……っ」
それは喜怒哀楽のどれにも含まれない、“驚”のモノ
突如としてクリスは……かすかな驚きに目を見開いたのだ。
その理由は明白。
遠目からでも森を僅かに隠し続けるモヤが、其処へと足を踏み入れた途端に濃い霧と化したからである。
(ちょっとだけ魔力も感じる……随分と分かりやすいね)
彼女の見立て通り、そして世間の曖昧ながらの見解通り、環境の違いや季節の移り変わりにより自然発生した単なる霧で無い事が、よりハッキリと感じ取れた。
十中八九、事件を起こした犯人によるもの。
―――否、そも『人であるかどうかが分からない』ので、事件の隠遁性と重要さを考慮に入れれば、もしかすると知性と魔力を携えた “人外” の仕業である可能性も拭えない。
(……もっと気を引き締めないと……!)
元から気楽な回収作業だと、すんなり行かない事など予期出来ていた彼女ではあるが……改めて、気の緩みを戒めるが如くギュッ! と拳を握る。
様子からして、『神器』の回収自体は初めてではないのだろう。
しかし、この様な不可思議な状況はそうないらしく、自然とクリスの額へ汗が滲んできている。
と同時に、何やら不快な心地を表情に出してすらいた。
「巧妙に隠しては要るけども……『奴等』だね、この臭いは。不快過ぎて嫌になる、ああ嫌になる、ちょっとでも嗅いでしまうなんて、それだけでも鼻が曲がりそう。何であんな奴等が居るのか皆目見当が付きません。何のために存在してるんですかね、あの汚泥共は」
……いきなり犬みたいな事を言い出したり、かと思えば怒りだしたり、更に口調まで変化させたりと、一人なのに忙しく切り替えるクリス。
何に嫌悪を抱いているか、何が気に入らないのか、そもそも臭いとは何か。
ツッコミところ満載ではあるものの、生憎、彼女には付き人の1人も存在してはいない。
また仮に、よしんばパーティメンバーが一人ぐらいいたとしても―――個人主観のみで話を広げて、結局会話にならなそうな雰囲気だ。
本当に、彼女の身に何が合ったのか、気になる所ではあるが……。
「よし、気を付けつつだけど、ササッと進んじゃお。早く臭いの元を立ち去らないと街がヤバいしね。あぁ……臭い臭い」
誰も居ない中、そう大げさに言い放ちつつ、クリスはずんずんと霧掛った森の奥へと足を進めて行く。
実の所、常人からすれば何も臭わないし不快感の大元と言えばこの奇妙な霧しかないし、街がヤバい原因は行方不明事件の方なので……クリスの言い分は、かなり意味不明かつ不条理なモノ。
何か、彼女の第六感でしか感じ取れない『モノ』でもあるというのだろうか?
「霧の濃さは変わらないけど、近場の木々以外全然見えてこない……それに」
言いながら取り出されたのは、方位磁針にも似た道具。
されどその中心にある針は絶えず動いており、グルグル回ったかと思えば、ギチギチ音を立ててガラスを叩いたりと、まるで役に立ちそうもない。
「予想してたけど、やっぱりダメみたい……下手に曲がると現在地が分からなくなりそう……」
一言つぶやいて、クリスはそのまま行き過ぎ無くらいピシッと姿勢を正してから、キッチリ位置をずらさず一直線に歩いてゆく。
本当にただの確認で終わりそうな雰囲気を感じながらも、時折立ち止まって周囲に『感知』スキルを使用しつつ……
「いつ襲ってきても良い様に。……さ、改めて進もうかな」
クリスは、マジックダガーを構えながらに、警戒を解く事無く慎重に進んで行くのだった。
そして―――その後方、森の入口から少し進んだ地点。
クリスの狙い通りというべきか、レシェアも着いて来ていた。
「……霧濃いね、うん」
尤も先の“分かりやすい”発言の意味を考えれば、恐らく『それとなく狙いを誘導して、レシェイアの実力を暴きだす』といった計画は……既に見抜かれているかもしれない。
レシェイアはあくまで『常時酔いどれ』なだけで、間違っても『知力平均以下』では断じて無い。
酔いに慣れている事もあり、一度勘づけばすぐに手繰り寄せられる筈だ。
クリスを探している様子ではあるが、しかし彼女も彼女で霧に惑わされているらしく、あたりをキョロキョロと見回しては眉をひそめ首を傾げている。
「まいったにゃーどうも。“術式”上手くいかないらぁ……」
彼女も彼女で『探知』の術式を使って人の気配を探ろうとしては要るものの、所謂サポート目的以外ではまるで使えない“術式”の弱点が出てしまい、どうも芳しくない模様。
漠然としか捉えられず、気配を隠されれば使えず、ソナーレーダーに近く、万能でもなく、更に言えば特殊な霧に邪魔され―――と、トコトン役立たずな状況に持ち込まれてしまい、依然として何も進まない。
もっと言えば余計な気配まで『探知』してしまい便利さを尽く潰され、役立たずな一面を遺憾なく発揮してくれていた。
「……自分でやりんしゃい! ってことらねぇ、ようは」
ポリポリと頬を掻き、仰ぎ見る様にして動かした顔に、灰色の髪と紅色の
使えないのが分かった所で、彼女がやるべき事自体は変わらないが……しかし同時に、その手段がかなり限られてきたのは言うまでもない。
レシェイアもこの霧の特異さには、クリスと同様に入った瞬間から気が付いている。
物理系、魔力系、全ての感覚を狂わせるとまでは行かずとも、正常の値から外させている事を。
それでもモンスターらしき気配自体はちゃんと感じ取れるため、右往左往する羽目にはなっていない。
(方角はちゃんと確認できるけれど、でもこれが他人も同様かって言われると……ちょっと悩むなぁ)
更に、気配は感じるくせに、いっそ
自分と同じで、クリスもまた無事なままで居られるかどうかは、彼女との付き合いが中途半端なレシェイアには分からない。
逃げる事を優先していても限度がある。
そして―――より奥へと進むこと、約十数分。
「っにしてもぉ……霧濃いな~、見えらいねコレ。……
言葉だけならば余裕たっぷりであるものの、内心は隠せないのか、口調には焦りが混じっていた。
相変わらず“気配だけ”は辺りに充満しており、しかしその気配の主達は頑なに、絶対に姿を現さない。隙が出来るのを窺っている様で、中々気が抜けない状況が続く。
『もしかすると緊張状態による思い違いなのでは』という証拠もない、希望的観測すら浮かんでしまうぐらい、引っ切り無しに“気配”は叩き付けられてくる。
精神の摩耗など、普段の比ではあるまい。
現時点でレシェイアはさして問題無いらしいが、先に向かったクリスがどうかはやはり分からない為、総じて気を緩める事が出来ないでいた。
「……仕方ない。贅沢なんて言ってられらいし……ングッ! ……ングッ……ふぅ~っ……!」
精神を落ちつける為にか、酒を飲むというアルコール依存を疑わせる方法をとってから、レシェイアは鋭くなりかけていた瞳を戻す。
遂には、経路の確認が危うくなる事承知の上で、一直線に歩く事をも止める。
化かし、化かされの騙し合いは、一旦中断。
クリスらしき人影を探して、木々の影すら認識し辛い濃霧の中を彷徨い始めた。
「あっ! ……って、違った……うへぁ……これで何回目ぇ……?」
―――尤も、探す前から木々の影以外碌に認識できていないので、今度は背の低い樹に惑わされる始末。
ずっとしつこく付きまとう霧が、何をやるにも邪魔過ぎた。
もう、この森は“フィールド”ではない。
ギルドが『事件解決まで、もう森には入るな』と警告して居たり、冒険者の間で噂が流れるのも分かる……厄介な“ダンジョン”と化しているのだ。
(……いっそのこと誰も見て無いんだから、『本気』で霧を掃っちゃおうかな……。【
とうとうレシェイアは心配と堂々巡りで苛立ち始めた。
そしてその苛立ちのままにバッグへと手をやり、ハンドガードが矢鱈デカイ『翠のマン・ゴーシュ』を取り出す。
大方霧を掃う為に使うのであろうが、まさかあの爆裂魔法並のシールドバッシュを、視界情報も不明瞭なココで使うつもりなのだろうか。
万が一の事故など考えていないのか。
「……う~……」
かと、思いきや振り上げもせずにマン・ゴーシュを見つめている辺り、使用に対する葛藤自体はあるご様子。
誰かに見られる事と、友人の安全。どっちを取るかならば、断然後者ではある。
されど、不慮の事態を考慮に入れれば、そう迂闊な行動が出来ないのも事実。
どうしようかとレシェイアが悩む事、数十秒。
その迷いに―――――唐突に、影がさした。
「……? ……誰……? 何か、居る?」
それは遠くに見える一つの『影』だった。
周りの背の低い影と外見的には同じ。
が、よく見なくてもゆらり、ゆらりと明らかに動いており、少なくとも動物である事が分かる。
レシェイアは一先ずマン・ゴーシュ【信念の遭防】をしまってから、その『影』に向かって近づいて行く。
果たして―――その『影』は蜃気楼のように消えるでもなく、ちゃんと徐々に大きくなっていく。
「……ふぅ」
勘違いにならなかった事にホッとしたレシェイアは改めて、その影の詳細を確認し始めた。
縦に細長いシルエットからして恐らくは人、もしくは人型。
歩行速度はゆっくりで、何かを探している様にも思える。
だが此方からでは、頭部部分が全く動いていない様に見えるので、詳しい事は知りえない。
(よし、思いきってもっと近付いちゃお)
十数mの近場まで差し掛かってもまだ人型であることしか確認できない謎の霧は、目算5mの地点で漸く人型が何かを理解させてくれる。
その人型の正体に……レシェイアの瞳は僅かに見開かれた。
「女の子~? れも、クリスじゃらいねぇ……」
目の前の少女は黒髪であり、この時点でクリスである可能性から外れてしまう。
瞳もまたクリスとは違う深みある赤……否『紅』であり、その瞳からレシェイアはカズマのパーティの爆裂魔法専門ウィザード・めぐみんを連想していた。
そして其処から、確かめぐみんは優秀な魔法使い職の多い『紅魔族』だったと思いだし、彼女も同類なのだろうかとレシェイアは思い立った。
……ともあれ、目の前の紅魔族らしき少女もまた迷っているのかもしれない。
レシェイアは情報を共有するべくと、少女に近寄り声をかけた。
「あのぉ、ちょっと良~い?」
「―――――」
「……あのぉ?」
「――――」
「ねぇ……れぇ、ってばぁ!」
「――――――」
されども、少女は何故だか無反応。
頑なにレシェイアを無視し続けながら、足を止めずにフラフラ歩いてゆく。
(うわ。メッチャクチャ怪しい……!)
明らかに何かがある。
そう思わせて当然な奇行だ。
……此処でレシェイアは、顎に手を当てちょっと考え始めた。
この不可思議な森の中を意味も無く歩く筈は無く、行方不明者が続出する、という事件に鑑みれば、恐らくこの先にその“元凶”が居るかもしれない。
アテなく歩いて結局森を出てしまうよりは、目の前にある“綱が巻き付いた獲物”を手繰り寄せる、その手を追った方が無難だろう、
(なら、ある程度泳がせて付いて行くのが吉かな?)
彼女には悪いが、他に手が無いのも事実なので、レシェイアは紅魔族の少女の後をつけて行く。
余り離れると逸れてしまうので実質隣を歩いているに近いのだが、隣の少女は気付く様子など毛ほども見せない。
また着いて歩いてから暫くしても妨害など無く、自然と歩かされている事も分かった。
「――――」
(……随分歩いたけど……?)
規則性なくフラフラ彷徨う少女の傍らを歩き、変わらぬ森の風景と“気配”を目で追いながら歩いて……どれぐらい経っただろうか。
「―――――」
「………? って、おっとと……!?」
そろそろ止めようかと考えたその矢先、紅魔族の少女の脚が一旦止まった。
何の脈絡もなく停止した所為で、レシェイアは驚き、ちょっとコミカルな動作で立ち止まる。
そして反応も見せない紅魔族の少女は、不意に少しだけ体の向きを変えて、体ごと別方向を見た。
自然と、レシェイアの目線も其処に向かう。
「……あっ?」
其処にあったのは―――洞窟だ。
やはり霧で見えないが、真っ暗な闇が奥へと続く辺り、内部はそこそこの広さを持っているのかもしれない。
そして此方もお約束というべきか、紅魔族の少女は止めていた足を再び動かし始める。
洞窟の中へ向かおうとしているのは、誰の目にも明らかだった。
「そろそろっかな……ね~ぇ、ちょっろぉ」
当然、行かせるレシェイアではない。
まず初めに肩を掴んで止める……が、振り払おうと肩を動かしているので、この程度では誘因に抗えないらしい。
「じゃあ次は……ほっ!」
少女の目の前で柏手を打ち、猫だましみたく音を炸裂させた。
……しかし一瞬足が止まっただけで、再び歩き出してしまう。
「ならお次は―――」
頭をポンポン叩く、立ちはだかる、膝カックンしてみる、大声で呼びかける、いっそのこと羽交い絞めにする。
幾つも幾つも試す最中で、瞬間的には反応を示す少女だが―――最終的な結果は同じ。
飽きもせずに洞窟に向かって歩き出してしまう。
「う~ん……どうするべきか
まだ方法はあるのだが、過激すぎるモノは少女にも悪影響があるので、レシェイアとしては控えたい所。
しかし、洞窟までの距離に鑑みると、もうそこまで贅沢を言っていられないのが事実。
何より焦りを持ってきているのが……
(中に“何か居る”んだけど、明らかに。……犯人相手に、奇妙な人質を取られたままって言うのは……)
『探知』の術式が無駄と分かりつつ、それでもレシェイアは使用自体は止めていなかった。
だから、洞窟の中に事件の『大元』が隠されている事に、気が付いてしまっていた。
つまり戦闘、非戦闘に関わらず、一悶着起きるのは自明の理なので、ここで一つでも問題を無くしておきたいのだ。
「うん……仕方ない」
コクコク頷きながら、内心で何か覚悟を決めたらしい。
そして、既に洞窟入り口前10mまで接近している紅魔族の少女の前に、小走りで回り込むレシェイア。
そのまま祈るように眼を閉じて腕を振り上げると……必然、向かってくる形になった少女目掛けて―――
「ごめんなさいっ!!」
空気を唸らせ、思い切り脳天を殴りつけた
「モピャアアアアアァアアアアァアッ!?」
ほぼ操られている状態だった紅魔族の少女は避けるアクションすら起こせず、その『拳骨』は綺麗に頭部へ衝突する。
更に何の嫌みか“パッカァーンッ!!”と、とっても良い音が鳴り響き、少女の側から甲高い悲鳴が巻き起こった。
「い、痛い痛い痛い痛い痛い頭がとっても痛いいぃいいいっ!?」
涙目でゴロゴロ転げ回っている少女の叫び声が、誘因状態を解除させた事を伝えて来る。
どうにか、誘拐される前に防ぐ事が出来たのだ。
……当の少女は要らないダメージを負ったのだが。
彼女の怒りは、必然的に傍にいたレシェイアに向かった。
「ちょ、ちょ、ちょっとなにするんですかぁっ!? いきなり殴るなんて、な、な、殴るなんて一体何を考えてるんですかぁ!? 今までだってキツかったけど、けどもっと優しか―――あれ?」
そこで怒りを向けている相手が知らない人物だと気が付き、紅魔族の少女は首を傾げる。
内容からしてパーティメンバー相手に怒っていたのだろうが、生憎此処にいるのは見知らぬ中であろうレシェイアだ。
「いきなり殴ってといて何らけど、らいじょーぶ?」
「……大丈夫と言えば、まあはい……一応は」
頭をさすりながら涙をぬぐう紅魔族の少女は、一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせている。
そうして立ち上がると、当然の疑問をレシェイアへとぶつけてきた。
「えっと、何で殴ったんですか? ……ハッ……!? わ、私! もしかしてとんでもない粗相を……!?」
相手が悪い、ではなく自分が悪いという、ネガティブ側な発想に至った少女を、レシェイアはちょっと真剣な顔で手を上げて止める。
「ううん。なんかさぁ? 意識が無い状態れ、フラフラ歩いてたから。何やっても止まらないから、拳骨ぶつけて止めまひた……はい」
いくら結果オーライだったとしても、流石に気不味いのらしく、レシェイアはチラチラ目線を逸らしている。
対する紅魔族の少女だが、最初こそ彼女の言い分に対して戸惑いならがも……段々と此処にる不自然さに感づいたのか、俄かに慌て始めた。
「な、何でか記憶が無くて……? というか、何で洞窟が目の前に……? い、いやその前にゾルギオさん! ゾルギオさんは何処に!?」
「……ゾルギオ?」
聞き覚えのない名前に反応したレシェイアへ、目の前の紅魔族の少女は慌てながらも説明し出す。
「わ、私のパーティメンバーなんです! カルダーノ・ゾルギオさん! ポジションは前衛で拳が武器な人で、見た目が怖くてちょっと怒りっぽいけど、根はやさしくて! こんな私と組んでくれるし……この前だって私が不注意でお金無くしたのに、怒りながらも奢り+αまでしてくれる人で―――」
「あ、わかった。分かったから、うん」
何だか余計な事まで喋り出した彼女だが、要するにパーティメンバーとはぐれて其処まで狼狽しているということの裏返しだろう。
色々と余計な事を言ったのも、それだけ彼女にとって大事なメンバーだからに違いない。
取りあえずその狼狽を消そうとレシェイアは再び手で制し、紅魔族の少女を落ち着かせる。
「ワーワーなってもしょうがないよ? ここは落ち着いて、視野を広げてそこから探さらいとぉ」
「……っ……そ、そうですね……すみませんっ慌ててしまって!」
「ん~ん♪ 落ち着いたなら改めて行動開始ぃ! すればいいし~。慌てたら余計にこじれるんらよぉ」
一応は落ち着いたらしい彼女を見ながら、レシェイアは話を切り出した。
「取りあえず名前かられ? アタヒはレシェイア、レホイ・レシェイア! アナタは?」
「わ、私は……えっと……その……」
単なる自己紹介の筈なのに、何故か少女は顔を赤くして黙りこくってしまう。
指先をすり合わせながらもじもじと、言うかどうかを悩むように体をくねらせ、言う・言わないの狭間で揺れている様に見えた。
言わないのは失礼だが、言うのはも恥ずかしい……例えるなら、そんな感じだ。
「―――ッ! ……わ、私は……私は!」
それでも急かす事無く待ってくれているレシェイアに折れたか―――少女は思い切り息を吸って、ローブをバサッ! と翻した。
「我が名はゆんゆん! アークウィザードを生業とする、紅魔族の長の娘! 何れは紅魔の長となる者っ!」
(あ、そーゆーこと)
顔をゆでダコの如く真っ赤にしながら言いきったゆんゆんに、レシェイアはそんな感想を抱いていた。
そう言えばめぐみんも同じ事やってたなと、思い返しながら。
多分、これが
そして彼等の様な中二病的な思考を持っていない故に、紅魔族の少女・ゆんゆんはこの自己紹介を恥ずかしがったのだろう。
(ここはあえて突っ込まない方が吉かな……?)
レシェイアは一つ頷き、無難な答えを返した。
「ん! ちょっとの間よろしくねぇ、ゆんゆん」
「…………あ、あの……変だと思わないんですか?」
「同じ感じの、もっと凄い人見たし。今更それ位じゃあ引かないんらよっ♪」
「……まるでゾルギオさんみたい……」
「へ?」
「い、いえ! 何でも有りません! ありませんから!」
言いながらも、若干緊張が解けているのが分かる。
この変な自己紹介を、素直に受け止めてもらえてうれしいのかもしれない。
兎も角これで名前を言い終え、互いに初対面ではなくなった訳だ。
お前ら以前酒場で出会ってんだろうがというツッコミは、互いが覚えていないのでスルーとして置く。
―――その後、レシェイアは自分が理解した範囲で誘拐事件や濃霧の事を話し、ゆんゆんが納得したのを見計らって、本題の方を切り出す。
「それじゃ、ゾルギオ殿を探しに? それとも洞窟へ?」
「ど、殿……? あっ、はい……どうしましょうか?」
即席のチームを組み終えたレシェイアとゆんゆんは、とりあえず立ち止まっていても仕方が無いと考えをまとめ始める。
ゾルギオと呼ばれたメンバーを探すか、洞窟内の犯人を突き止めるか。
前者ならば戦力を増やすメリットがあり、後者ならば事件解決により前者も解決できるメリットがある。
当たり前ながら、どちらにもデメリットとして戦闘の危険が……特に後者は事件の“犯人”相手なので、二人では厳しいかもしれない可能性が首をもたげる。
レシェイアは決断をゆんゆんに任せようとした。
しかしゆんゆんもゆんゆんで、レシェイアに任せようと聞き返す。
これが押し付け合いで無いのは言うまでもないが、だからと言って話が進む訳でも無く、少し硬直してしまう。
結局、レシェイアが先に口を開いた。
「じゃあ、ゾルギオを探しに行きますか♪ 不確定要素がおおいんじゃ何より危険らしぃ」
「今度は呼び捨て……あ……は、はい!」
実の所、ゆんゆんはゾルギオをを探しに行きたくて堪らないか、森方面を見つめつつソワソワしていたので、レシェイアはその思いを組んだのだ。
それが分かっているかは定かでは無いが、ゆんゆんの表情はとても嬉しげなもの。
やる気も満ちはじめている。
「よいしょっとぉ! ……じゃあ、アラシが、先導するれ?」
「分かりました……逸れない様にしますから、近いかもしれませんけど……」
「らいじょーぶい☆ それじゃ、しゅっぱ~つ!」
ゆんゆんが立ち上がるのを待たず、しかし足取りは待つようにゆっくりと、レシェイアが先に進みだす。
ちょっと焦ったかその緩慢な歩幅を見抜けずに、ゆんゆんは慌てて立ち上がった。
「あ、ちょっと待ってください!? まだ私……!」
―――その瞬間。
「伏せろっ!!」
「へ?」
数歩先にいた筈のレシェイアがいきなり隣に現れ、盛大なブレーキ音と共にゆんゆんの頭を掴んで、強引に伏せさせた。
「わぷっ!? ……ちょ、ちょっと―――」
いきなりすぎる行為にゆんゆんが抗議しようとして、そして地面からレシェイアへ視線を移した。
その刹那、目に映ったのは……。
「……え?」
大穴の開いた太い樹木と。
「『ヒヒヒヒヒヒヒ、バレちまったかぁ……?』」
人ではない、“何か”だった。
……漸く名前が登場、ゆんゆんのお連れさん。
何故か苗字がありますが……?
そして、何やらすんなりとは終わらない様で……。
では、また次回。