素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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今回は、ちょっとしたクリスの内心を書き記した回です。

……文章の大部分は、とある珍事に使われてますが。


それではどうぞ。


隣町での一騒ぎ

 アクセルの街を出立しおよそ2時間半ほど……やがて本格的に、夜も更け初めた頃。

 レシェイアとクリス、他冒険者各員を乗せた馬車は、暖色があちこちに灯る隣町へと到着していた。

 

 基本、馬車は夜中に走らせたりはしない。

 だが街と街の距離が近いこと、到着が遅れたこと、一応の明かりを持っていた事もあり、雪降る空のもと野宿するよりは良いとさっさと街まで走らせたのだ。

 何よりただの荷馬車ではなく、人運びも兼ねた巡回式の物らしいので、尚更に客を逃したくは無いのだろう。

 

「よいっ……ウィ……」

「ほっと、とうちゃーく!」

 

 アクセルの街よりも幾分か整い、しかし既に人は疎らにしか行き交わぬ場所で、皆馬車から下りていく。

 

 アクセルで遅れたが故こんな時間に到着してしまった事で、皆が皆 “予定が狂った” と言わんばかりの顔をしているかと思えば……実はそうでもない。

 寧ろ、予定違いと思っている人物はほとんどいない。

 

 なにせただ隣町へ行くだけなら明日の朝方か、昼間に乗れば良いだけ。

 つまり早めに到着する必要があった者達のみ残っていたので、ただの予定通りなのだ。

 

 

 ―――まあレシェイアは《ほとんど》に当てはまらず、面倒臭そうに溜息を吐いているが。

 クリスの方は余裕ある表情からして恐らく当てはまる側だ。

 用事とは言っていたものの、そこまで急ぎでもないのだろう。

 

「うぬ~ぅ……今日行って、今日の内に帰ってくるつもりらったんらけどな~……」

「冬だしね。時間単位違うだけで、馬車は陽が見える内に安全確保の為にってさっさと行っちゃうし」

 

 真っ暗闇という訳でもないが、しかし今回の荷運びの依頼のシステムからして、ギルドの受付が取り合ってくれるかどうかが分からない。

 確実性を気するか、賭けるか、暫し悩み……そんな彼女にクリスが声をかける。

 

「しかたないじゃん、無理言って時間を浪費しちゃうより、明日の為に今日は泊って行きなよ」

「んぅ……ん、そらね。ほいほーい、じゃ行きますか~♪」

 

 結局、一晩明かしてから荷物を届ける事にした。

 どの道この街で一泊せねばならないのだから、出来るだけ確実な方が良い。それにクエストの起源は明後日まで―――充分間に合う。

 

 されど、この街の訪れるのは初めてなのか、レシェイアは荷物を引きながらに『INN』と書かれた看板を幾つか見回している。

 どこに入るか迷っているのは傍目からでも明白だった。

 

「レシェイアさん、あたしに任せてよ。実はこの街、初めてじゃないんだよね。だから荷物と値段の両方で良いトコ知ってるよ?」

「おほー♫ じゃ、案内してつか~さいっ」

「フフッ、りょーかい!」

 

 そんなやり取りを交わしながら歩き、クリスお勧めのレンガで補強された建物に入る。

 

 中は暖炉もあって温かく、其処まで更けてはいなくとも、夜遅くには変わりないというのに、店主は灯りの下で何やら書き物をしながらちゃんと受付にいた。

 

「ん? ……ああ、クリスの嬢ちゃんか。また泊りに来たと」

「そうだよ。今回は二人部屋で良いかな」

「……なら、おひとり様1300エリスもらえるかい?」

「お、やっすいらねぇ~」

 

 現実の宿屋やホテルの値段、ファンタジー世界ならではの危険を踏まえてから考えてみれば、充分譲歩した金額だという事がわかる。

 ただ止まるだけなんて宿屋など、少なくとも日本にはないから、いっそ安過ぎとすら言えるかもしれない。

 

 なにより地球での常識の観点を入れれば、単にゲームの宿屋が安過ぎるだけでもある。

 

「こっちこっち。欠けている物がある代わり、連泊でもそこまで値が張らないし、泊って寝るだけなら結構良い施設なんだよね」

「ひょぉ! こぉりゃ、びっくらこけた」

「……こけてどうするのさ」

 

 中を見て、意外と温かそうな布団と内装にレシェイアが口を開き、クリスがすかさずツッコむ。

 ベッドは小さいながら二つあるので、取り合いになったり窮屈になる事もない。

 

「あっ。足曲げらいとはみ出ちゃう~……イヤン♡」

「……足が出たら確かに寒いけどさ。イヤンとか言う必要はないんじゃない……?」

 

 訂正。

 レシェイアは身長の所為で、例外的に窮屈だったようだ。

 値が安い理由の一つは、高身長の者だと少し手狭になる事も含められているのだろうか。

 

 ともあれ宿をとれた二人はベッドに腰掛け、暖炉に火をくべて部屋の温度を上げてゆく。

 ……良い薪が使われているのだろうか。

 炎はすぐさま膨れ上がり、神秘的で冷たい雪明りと温かく家庭的な暖炉の灯りが重なって、何とも言えないコントラストを生み出していた。

 

 

 

 ―――そして、適度に部屋が暖まった頃。

 

「ところでレシェイアさん。聞きたい事があるんだけど?」

 

 クリスが何やら質問があると、唐突に一言切り出してくる。

 それに対しレシェイアはゆっくりと顔を上げて……言いたい事を先読みしたのか、いたく神妙な表情を作る。

 

 そして声色を低くし言い放った。

 

……トコロテンレモンと、黄色いさぶろー?

「さっきから意図的にふざけてない? ねぇ?」

 

 ……酔い過ぎたんじゃあなかろうかこの女は。

 誰しもそう考えてしまう、世迷いごとを酔っ払いは真剣に口にしていた。

 というか “さぶろー” は一体どこから出てきたのやら。

 

 またもツッコミをさせられ、出鼻をくじかれてボーッとしかけたクリスはしかし、イカンと首を振って話の軌道を元に戻す。

 

「聞きたい事があるんだよ。あなたに」

「……アラシに?」

 

 ようやくまともな返答を聞いた、クリスは内心でほくそ笑む。

 

(よーし、これで先ずは第一段階突破、ってとこだね。……宿を紹介したのはこの為でもあるんだから)

 

 馬車の中で僅かに笑んで居た事から分かるように、クリスもまたレシェイアの実力を怪訝に思っている内の一人だ。

 それは、前のキャベツ収穫クエストの際ビンタでキャベツを捉えたりダクネスをふっとばした事を、叫び声を上げるほど疑問に思った事からも理解できる。

 

 カズマ達は日々(主にアクアやめぐみんの所為で)忙しくて有耶無耶になっているが、別段焦る必要もないクリスは別。

 どうしてもレシェイアの能力が気にかかるようで、もしかすると前々からチャンスを窺っていたのかもしれない。

 

 そして今日。馬車も同じで行き先も同じならこれ幸いにと、彼女から情報を利き出すべく画策していたらしい。

 

「ちょっと答えにくいかもしれないけどさ、確り答えてくれると嬉しいかな?」

「…………」

 

 最初困った様に頬の傷を掻きながら言ったクリスに、レシェイアは限界まで細めた眼を向けている。

 答えにくいかも……と切り出した当たりを、怪しいとでも思っているのだろうか。

 

 だがクリスはしまったか? と表情を変えつつもそのまま詰問を続けた。

 

「レシェイアさんはさ。基本的に一人でクエストをこなしてるよね?」

「………」

 

 無言ながらコクリ、レシェイアは頷き肯定の意を示す。

 

「で、基本的にアクセルは初心者の街だし、まぁ難易度にもよるけど……1人でクエストをこなすとなると貴族とかお金持ちとか紅魔族みたいな、生まれつき才能があったり高レベル食材を口に出来る人だけ、って言うのが基本の認識。これ位は知ってるよね?」

「―――」

 

 再びレシェイアは無言でうなずき、細めた眼を解こうとはしない。

 恐らくはクリスが言いたい事に勘付いているからか……。

 

 認識次第では恐ろしくも感じる沈黙を前に、それでもクリスは話し続ける。

 

「だからさ、レシェイアさんはおかしいんだよ。それも“ちょっと”じゃあ無く“かなり”」

 

 普段の快活で優しげなクリスはなりを潜め、今は負けじと眼を鋭くしている。

 沈黙の重さに、負けないように。

 

「皆が『噂が信じられないからきっと誇張表現だ』って広めちゃってるのがその証の一つかな。だって魔王幹部ベルディアと闘った所は大勢が見てるのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 普通は大なり小なり信じる方へ傾くのに……つまり、それぐらい奇妙だってこと」

 

 的を射たクリスの発言を前にして―――されどレシェイアが放つのは沈黙の一手のみ。

 そのだんまりも、黙秘権を行使しているというよりどこか言葉を選んでいる様にも見えた。

 

 《答え難い事》との切り出し方が故、個人的に痛いところを付いているのだから、それは当然だろう。

 

「でも―――レシェイアさんは黒髪黒眼で変な名前でもないし、職業は最弱の冒険者で、変な武器持ってるけど魔力はゼロだし、かといって情報を秘匿してからの驚かせて目立ちたい、みたいな性格にも見えない」

「…………」

「けどそのクセ1人でクエストをこなせるどころか、悪ふざけのビンタでキャベツを吹っ飛ばしたり、ダクネスを軽々突き飛ばしたり……噂では王都でも有名なソードマスターと決闘してちゃんと勝負出来てたり、ベルディア戦では石投げで邪魔してたんでしょ? 

 前半も後半もこの国の常識からすれば……流石に王族には全然敵わないけど、それでも『冒険者と言う枠組みから外れ過ぎてる』。これを疑問に思わない方がおかしいよね?」

 

 そしてクリスは止めを刺すべく―――核心に迫る一言を口にした。

 

「ねぇレシェイアさん、あなたは…………一体何処から来た、何者なの?

「―――――」

 

 彼女の存在自体を問う、その言葉は部屋の空気に吸い込まれていき。

 やがてレシェイアは体を揺らしてクリスの問いへと答えを返す―――!

 

 

 

 ……かと思いきや。

 

「―――スゥ」

「え?」

 

 コテン、とベッドに横になってしまった。

 そしてその後に聞こえるのは、もう御約束となっているとある “音” 。

 

「Zzz……―――」

ちょ、ねてんの!?

 

 他に形容する必要もない、文字通りの『イビキ』であった。

 

 多分……と言うかまず間違いなく、高レベル冒険者は貴族などが基本、の辺りから寝ていたのだろう。

 無言で頷き何も言わなかったので可能性は高い。舟を漕いだその仕草が、頷いた様に見えただけなのも、言うまでもない。

 

「……つまりあたし、ずっと独り言呟いていたに等しいって事!? お、起きてよレシェイアさん、まだ話は終わってないんだってば! これじゃあたし変な人とほぼ同義だって!!」

 

 ゆっさゆっさ揺らすものの、レシェイアは『Zzz……』と一向に起きる気配がない。

 幸せそうな顔で寝ているならばクリスとて一発小突いたかもしれないが、不気味なまでの “無表情” なので何故だか下手に手が出せない。

 

 即ちもう手段は何も無いという事であり。

 

「起きて! 起きてってばもう!!」

『お客さん……というか、クリスの嬢ちゃん。近所迷惑になるから、音量落としてくれないかい?』

「あっ……ご、ごめんなさい……」

 

 更にノックの後、追加で宿屋の主人に注意される。

 結局の所―――長々と真剣に話した割には、知りたい事など何も分からずじまい。

 

「……えぇい、しょうがないや。今日はもう寝ちゃえ」

 

 布団もかけずに寝始めたレシェイアを転がし上から布団を掛けてから、自分も寝床に着いた。

 

 

 そのじんわり広がる温かさの中、クリスは未だ思考の海につかっていた。

 

(今回はシッチャカメッチャカになってしまいましたが……やはり、レシェイアさんは怪しい)

 

 何故だか()()()()()()()()言葉遣いで考えているクリスだが、いかんせん個人の思考の中。

 疑問に思える者など誰も居ない。

 

(カズマさん達に害する行動はしていないけれど、彼女の力に鑑みれば魔王討伐の大きな手助けになる筈。 何とか情報を引き出してから、アクセルの街が平和なだけだと、王都周辺の戦況を伝えれば、きっと……!)

 

 快活な印象に似合わない丁寧語を、脳裏にて羅列しながらクリスはギュッと拳を握る。

 

(それにレシェイアさんは『黒髪黒眼で奇妙な名前』というキーワードに反応を示していましたし……なら、この神器回収のお役目の内に、必ず、少しでも聞きだして見せます……!)

 

 恐らくそれは、冬将軍の件での事だろう。

 大半が単なる奇行と捉えている中で、しかし……否、やはりとでも言うべきか、怪しんだ者はいたらしい。

 そういった冒険者から聞いた為に、その思考に至っているのだろう。

 

 一通り整理し終えると、己の中でクリスは決意を新たにし―――漸く就寝するのだった。

 

 

「リオーネ……ユージーン……」

 

 レシェイアが無一色だった表情を歪め、寝言か、そう呟いた事に気が付く事も無く。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 

 寒さからかクリスの目は早くに覚め、隣に寝ていた筈のレシェイアも既に居なかった。

 雪こそ振ってはいないが、朝から晴間が覗いている所為で放射冷却が起き、地球ほどではなくともそれなりに寒い。

 

 お陰で二度寝などとても出来ず、こうしちゃいられないとばかりに跳び起き、クリスは寒さよけのポンチョを着込むなどして準備をすると、宿屋の主人に一拍の礼を言ってから街中へと飛び出した。

 

「フゥ……さてと、レシェイアさんを探さなきゃいけないけど……」

 

 手に息を吐きかけながら呟くも、クリスには既に当てが付いている。

 レシェイアがこの街に来た目的は荷運びクエスト完遂のため。

 依頼を完遂したがっていた事から、十中八九ギルドに居る筈だ。

 

 仮にギルドの中に居なくとも慌てることは無い。

 完遂していたのなら酒屋などを巡り、未完遂ならば後はギルドでのんびり待てば良いだけの事だ。

 

 必然、すれ違いや捜索劇にはまずなりえない。

 

(……とはいえど、『断じて』とは言えないしね。さっさと行動しちゃお。昨日聞いた事以外にも、他に話したい事があるし)

 

 もう一度、マジックダガーが腰に吊った鞘に入っている事を確認してから、クリスはパンの様な携帯食料を口に放り込んで早速行動し始めた。

 

 

 

 今現在クリスが訪れている、地理的にアクセルの隣へ位置するこの街は、規模だけで言えばアクセルの街とほぼ変わらない。

 モンスターの強さも、最低でもアクセルの街の平均と比べて少々上という程度。

 向こうでの依頼に慣れたからと言って調子に乗ると痛い目を見るくらいだ。

 

 それでも自然が織り成す障害物の遮りがあり、少しづつ生態系に“ズレ”が生じているからか。

 魔法耐性を持つ敵、ジャイアントトード並に打撃耐性を持つモンスター、知能が高くずるがしこい魔物、草食動物に擬態する肉食動物などなど―――上げていけばコレまたキリが無い。

 

 勿論、ちゃんとレベルを上げスキルを鍛えていればさほど問題は無く、加えて初心者の街近くだからと言う事もあって先の通り致命的な苦戦など有りえない。

 ……例外は常に存在するが、今の所は置いておこう。

 

 

 結論を言えば、アクセルの街よりも多少上物の武器道具が揃っているだけで、目新しいモノなど余りないので、クリスはさっさとギルドへ赴いた。

 

「あら、クリスじゃない。今日は一人なの?」

「まあね。一応連れ添いは要るけど、成り行きだから実質一人だよ。……あ、そうだ」

 

 知り合いに声を掛けられ、それに応じてから渡りに船と指を鳴らし、早速一つ質問をした。

 

ギルド(ここ)に酔っ払いの女の人、来なかった? 灰色の髪で、背が高くて、ノースリーブとホットパンツ姿の。その人が一応の連れ添いなんだよね」

「う~ん…………少なくとも、私は見て無いわ。酔っ払いなら何人かいるけど」

「……だね」

 

 辺りを見回せば、アクセルの街よりは少ないだけで、普通に昼間から飲んだくれている者らが何人もいる。

 こっちもこっちで、日常的な風景にそう変わりは無いらしい。

 

「ちょっとここで待とうかな。来たら万々歳、遅かったら来て無いって事だし……だから後で探せばいいし」

「って事は、探す際のアテでもあるの?」

「勿論。その人、分かりにくい性格してるのに一部の“嗜好”では分かりやすいって、結構変な人だから」

 

 普段は自分の内心を表に出さず、しかし酒にはホイホイつられる。

 だからこその『分かりにくいが、分かりやすい』なのだろう……ある意味、その通りである。

 もし街に居なかったとしても―――最終的にはアクセルの街に帰るのだから、見失うという事はあり得ない。

 

(だけどソコまで行くと……この“回収”の裏目的が果たせなくなるしね。是が非でもこの街の中で見つけときたいモノだね)

 

 クリス的にはどうしてもレシェイアを巻き込みたい模様で、この盗賊娘の側から言えば膨れ上がる好奇心を満たす為の行動だと、それなりに納得できなくもない。

 ……レシェイアの側からしてみれば、思惑あっての実力秘匿なのに興味本位で探られることになるので、結構なはた迷惑だと言えよう。

 

 結局のところ別段どちらが間違っているという訳でもないので、結果はどちらの方に運が傾くかに掛っている―――と言ったところか。

 

 そうして知り合いと会話を続け、クリスはレシェイアを待ち続ける。

 朝早くに出てお酒を探している可能性を否定できない以上、待つこと自体は決して無駄ではない。

 

 

 

 

 ………そしてだいたい十数分くらい経った辺りだろうか。

 

「ん?」

「……どうしたの?」

 

 クリスが何やら眉をひそめて扉の方を向き、彼女の知り合いが不思議そうに首を傾げた。

 

「何だか外が騒がしくてさ。喧嘩でもしてるのかな?」

「喧嘩、ね。この街でだって珍しくは無いけれど……」

「ちょっと見て来るね」

 

 そう言い残して席を立ったクリスは、万が一を考えてなるべくそろっと外へ出る。

 しかし彼女の心配は杞憂だった。

 声が大きいのはどうも叫んでいるからだったらしく、周りの野次馬のざわめきもあって近くだと勘違いしただけらしい。

 

(どれどれっと)

 

 しかしやっぱり気になるか、人垣をすり抜けて騒ぎの中心に顔を出す。

 野次馬根性を発揮してしまったのも理由の一つだが、アクセルの街ですらまだまだ理解されぬ酔っ払い・レシェイアが巻き込まれているのではないかと不安になったのもある。

 

 特に今回は他の街であるし、彼女の活躍を噂程度に聞いて『どうせ上級職にひっついて手柄だけかっぱらったのだ』とからんでくる人間も居るかもしれない。

 顔が利くという程ではないが、何かの役には立てると思いクリスは中心に顔を出したのだ。

 

 されども……騒ぎの中心に居たのは、レシェイアでは無かった。

 

 

「さっきから訳のわからねぇ事をぬかしやがんじゃねぇ!! 何が言いてぇんだテメェは!」

「……フン」

 

 一人は、先程から大声でがなり立てている、ヘアバンドを巻いた長身の男。

 雰囲気からして年の頃は二十代前半、容姿は三白目も相俟って恐ろしげだ。

 青筋まで浮かべとても苛立っている様子。

 

 もう一人は青い鎧に身を包んだ、イケメンの少年。

 少々茶髪気味だがれっきとした黒髪で、目も黒眼。この辺りでは珍しい色の髪と眼だ。

 ソードマスターなのか、二振りの剣を携えて冷めたような表情をしている。

 

 その傍らには幼げな少女もおり、何かあったのか涙目で座り込み茫然としている。

 

(……あれ? ズボンが汚れてる?)

 

 よく見れば苛立っている男のズボンは汚れており、へたりこんだ少女の足元には菓子の残骸と思わしき物が散らばっている。

 これだけの情報しか無いがクリスは状況をすぐに理解した。

 

(ってことは、あの男性に女の子がぶつかって、あの少年が庇ってるって事?)

 

 パッと見それが正しいように思えるし、それ以外考え付かない。

 だがしかしこの場では少々違う。別の疑問が脳裏に浮かぶのだ。

 

(……いや、だったら『訳わかんねぇ事』とか言わないよね? 理不尽にからんでたんなら『テメェには関係ないだろ』、とか怒鳴る筈だし)

 

 つまるとこ台詞だけでは状況が余り察せず、下手に割り込む訳にも行かず、状況を見守るしかない。

 野次がほとんど飛ばないのも状況の理解が追い付かない為だろう。

 

 そうやって外野が止まっている内に、当事者達の間ではどんどん話が進んでいく。

 

「自分の起こした問題を棚に上げて、分からないなんて見苦しいな。もっと別に言う事がある筈だろう」

「だからさっきから言ってんだろが! 棚に上げるだの別に言う事があるだの、子供相手に云々だのと!! 分からねぇコトベラベラ喋りやがんなよテメェは!!」

「……チンピラ相手に、道徳を説いた僕が間違いだったかもね」

「あ゛ぁっ!?」

 

 大柄な男性は止まるどころか益々ヒートアップし、それに呼応して少年の瞳もドンドン冷めたものに変わっていき、へたりこむ少女は更に涙目でオロオロしている。

 ……なんだろうか。

 何かが明らかにおかしい。

 

(一見だけだとチンピラをいなすソードマスターだよね? でも話を聞くとなんか、なんだか妙な感じ……?)

 

 この場に漂う実に奇妙な空気を察している者は結構多い様で、あちらこちらで首を傾げているさまが眼に入った。

 されど、肝心の当事者三人は如何も気が付いていない。またも状況が理解を許さぬまま進んでいく。

 

「こう言わないと分からないかい? ……その女の子に、謝るんだ。今すぐにね」

「だから!! 俺ぁさっきから何度も―――」

「僕にかじりつく必要なんてないだろう? こんな簡単な事が出来ないなんて、本当に君は誇りある冒険者なのか? まぁ、チンピラ程度が関の山だけどね……女の子を泣かせる奴なんて」

テ、メェ……

 

 ギリギリギリッ……! と此処まで聞こえるほどに歯を噛み鳴らし―――男性の、堪忍袋の緒が遂にキレた。

 

そんなに喧嘩売りてぇのか? ならハッキリ言いやがれ……! ああ良いじゃねぇか、やってやろうじゃあねぇか……なぁ!?

 

「うわっ……!?」

 

 その怒鳴り声だけで体が“物理的に震える”ぐらいの衝撃を受ける。

 もう我慢の限界だと男性はファインティングポーズをとっており、爛々と怒りに燃える視線は少年で固定され全く動かないでいた。

 

 対する少年は静かに剣を抜き、構えるでもなくダラリと下げている。

 

「お前の武器は、その拳みたいだね? なら、格闘戦では不利な僕が剣を使っても文句は無いね?」

「好きにしやがれ……!!」

 

 構えすら取らない少年相手に、男性の怒りのボルテージ上昇は留まるところを知らない。

 そんな彼ら―――厳密には少年の方に、今まで黙っていた少女が声を掛けてきた。

 

「あ……あのぉ……剣士さん? わたし、その……」

「大丈夫ソコで見てて。安心して良いよ、すぐに終わるから」

「あ、の違う、ので……」

「……不安なのかい? でも、僕も負けを経験したたからね。もう慢心はしないさ―――例えチンピラ程度の格下だろうとも」

トコトン、挑発したりねぇらしいなぁ………!?

 

(も、もう声色がとんでもなく恐ろしいモノになってるんですけど!)

 

 地の底から響いて来るかの如き、低くも良く通るその声はクリスだけでなく、周囲の者達すらも震えあがらせている。

 それは虚勢を張ったり、弱いものに威張り散らしたりするだけでは決して身に付かないだろう、『力ある闘気』に等しい。

 

 ……何と言うか、もうこの時点で『単なるチンピラ』では無い気がするのだが、ソードマスターらしき少年は全く気が付いていない。

 ごそごそとコインを取り出して指の上に乗っけたりしている。

 

「これが合図だ。……言っておくけど、落ちる前に動くだなんて卑怯な真似をしても無駄だよ。この新しい剣に最初は戸惑ったけど、今では体の一部も同然。故に手足の如く操れるしスピードにも自信があるから……精々すぐに決着が付くだけだ」

「……テメェは、何処までアホな事をぬかしゃ気がすむってんだ……!?」

 

(何か軽く地響きしてるんですけどぉ!?)

 

 勿論それは錯覚なのだが、男性から滲み出る途轍もなく濃い、殺気とも言える怒気がそう思わせているのは間違いない。

 そして当然のように、少年は全く気が付かない。

 何故なのだろうか。逆に不思議だ。

 

「じゃあ、行くよ……」

 

 少年は一つ置き、コインを指でピィン! と弾いた。

 くるくる宙を舞うコインに暫し皆の目線が釘付けになる、

 感覚が研ぎ澄まされたかスローモーションにも感じる刹那が流れ―――

 

 ―――緊迫した場が唐突に、動く……!

 

 

「ハッ!」

「「「え?」」」

 

 少年が先に地を蹴った事によって

 ……アレだけ卑怯だなんだと言っておいて、何故に《自分から》落ちる前に仕掛けるのか、全く持って意味が分からない。

 件の飛び出した少年も何だか唖然としているが、既に勢いがついていた所為かもう止められないようで、剣を振り上げ思い切り振り落とす。

 

(は、速っ!?)

 

 途端、クリスだけでなく周りの者達も眼を見開いた。

 少年の繰り出した剣の速度は、まさに音にも匹敵する亜音速の一撃で、瞬間的な速度ではそれを超えるかもしれない。

 振り出した瞬間は全く見えず、ソードマスターとしての腕が窺える、類稀なる一閃だ。

 

 相手の男は……怒っている所為で分かり辛いが眼を見開いている様で、少年の動きについて行けて居ないのが明らか。

 まあ、少年が先に跳び出した所為で準備ができていないせいだろうが、兎も角スピードに対応できていないのは事実だ。

 

 そして少年は驚愕した表情のまま、遂に剣を振り切った―――!

 

 

 

「ドォラァアッ!!!」

「ヘブラ!? ノォアアアァァァアァァ……―――

 

 ―――のを軽々避けられアッパ-でお星様になった

 

 見ると男性はコインが地に落ちた瞬間に攻撃を開始した様で、なんという皮肉かチンピラ風の彼こそがちゃんとルールを守った形になっていた。

 ……結末が結末だからかざわめきすら広がらずシーンとした沈黙が包む。

 出来ていた人だかりも三々五々、散り散りになってしまう。

 

 少年を吹き飛ばしたヘアバンドの男性はと言うと、またもや茫然としている少女に目線を合わせ……。

 

「菓子買って嬉しいのは分かっけどなぁ! はしゃいでっから菓子ぶちまけちまう羽目になるんだろうが! ちったあ周り見やがれ!?」

「う、ふぇっ……」

 

 いきなり怒鳴り出しまたもや険悪な空気が流れる。

 

「……ほらよ」

「―――ふぇ?」

 

 されどそれは一瞬だった。

 

「さっさと買い直せ。誰か待ってんだろが、量多かったしよ」

「う、うん。お母さんと、お父さんに、初めてのお使いで……」

「なら、さっさとお使い出来たって報告しに行きやがれ」

「あ……! う、うん!」

 

 男性の手からお金を受け取った少女は、慌てて立ち去ろうとして、少し離れてから大きく手を振った。

 

「お兄ちゃん! ぶつかってごめんなさいっ! ……あと、お金ありがとうっ!」

「……さっさと行きやがれ!!」

「うん! ありがとうーっ!」

 

 照れくさいのかそっぽを向き頭をガリガリ掻いて、男性は足早にその場を去っていく。

 

「……ゆんゆんも待ってるしな。俺が遅れちまや、話になりゃあしねぇ」

 

 際にそれだけ言い残すと―――広場は本当に、閑散とした状態へ戻っていく。

 そして……漸くクリスがこの状況を完璧に理解した。

 

つまり、少年は勘違いで男性に喧嘩売ってたって事!? ダメじゃん!?

 

 何という自業自得。

 助ける為の行動だったのだろうが、その実本当に喧嘩を売っているだけだったとは……もうどう言い表せば良いのか分からない。

 周りの者達も理解がおよび、皆が皆して思いっきり脱力してしまった。

 

 

 唯一、脱力していないのは……。

 

「お! クリスじゃあらいですか~♫ どったの、こんなとこでぇ?」

「……うん、まぁ、ちょっとね?」

「およ?」

 

 ……今し方クエストを終えてきたらしい、レシェイアだけであった。

 

 

 




青い鎧のソードマスターの少年……いったい何ツルギさんだったのか……?

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