ソレではどうぞ!
「へぇ~……それ
「は、はい。何分此処まで来る冒険者の方は居なくてですね……。やはりメリットが無いと、ここまでは赴かない……ので。はい」
言葉のみを抜き出して聞けば、人気のない狩り場へと足を運ぶ、女二人の会話に思えるだろう。
……しかし風景を合わせてみたならば、ちょっとばかしゾッとするかもしれない。
そう、彼女等が今居る“場所”、そして“状況”が問題だった。
まず彼女等が居るのは墓場。
アクセルの街の外れにある、共同墓地にその二人は佇んで―――正確には片方の女性が立ち尽くし、片方の女性は地べたへ座している。
……というか、座っている方は悪い方で有名な酔っ払い、レホイ・レシェイアであった。
時刻は深夜真っただ中というのも相俟って、嫌いな人間はその場を目にするだけでも、怖気立ち震えが止まらなくなりそうだ。
更に、それ以上に驚くべき光景は二つもある。
一つ目は墓地一帯に魔方陣が敷かれ、発光する度に我々が良くイメージするタイプの……所謂『魂』のようなモノが地面より抜け出て天へと昇っていっている事だ。
その様子は、宛ら浄化でも行われているかのよう。
その魔方陣は如何やらローブ姿の女性が広げているらしく、今日は大きめのトックリと掌代の杯を持参しているレシェイアの方は眺めているのみで、座ったまま全くと言って良いほど何もしていない。
「んぐっ……んぐっ…………プハァ~! んん~偶にはこれも良いもんらねぇ、ニャハハハハ♫」
どこから拝借したかも分からないトックリが非常に大きい為か、注ぐ回数が十へ至ったにも拘らず、傾ければその度に聞こえるチャポン……とした音。
まだまだ波々入っている事を窺わせる。
そうして手酌が十二回目に到達した時、我慢しきれなくなったか、ローブ姿の女性が声を掛けてきた。
「あ、あの~……一ついいですか?」
「うぃー、っくぁ…………んぁ?
「何でここに居るのかって、私に聞きましたけども……貴方こそ、何故
「んぅ?」
尤もな疑問である。
事実、彷徨える魂を浄化しているのであろう女性なら兎も角、レシェイアは墓地のど真ん中に居座り酒をかっくらっているだけ。
確かにアルコールで火照った体を冷やすには充分……どころか充分過ぎるをも通り越す様な、こんな不気味な所で飲まずとも、街外壁上の見張りや天体観測等に使われるスペースだって良かろう。
風情重視で月見酒を楽しんだり、夜風に当たり酔いを覚ましながらの晩酌が目的ならば、それらスペースがある為にわざわざ墓場まで足を運ぶ必要も無い。
そもそもたかが一人での酒盛りに、こんな街外れの墓場を選ぶ理由が分からない。
「………………」
「あの~……?」
暫く、質問した事が頭から抜け出たのではないかと心配になる程の長い時間、ボ~ッと星の瞬く夜空を見上げていたレシェイアは、ローブの女性が心配になって口を開きかけた――――――正にその瞬間を狙ったが如く返答した。
「理由ならあるっれ!」
「うっ……で、ではその理由とは?」
「『気分』」
「……へ?」
もしかして自分の耳が可笑しくなったのだろうか?
聞き間違た際の可能性を考慮し、敢えてそのままツッコミ入れずに、ローブ姿の女性がレシェイアへと二度目の問いを投げる。
「あの~、多分聞き間違えたと思うので、もう一回お願いします」
「『気分』ら」
「…………フェッ?」
「だから? 何時もの手酌酒に変化球が欲しかったんら。何時も同じ場所じゃ味気ないかられ……うんうん!」
……間抜けだ、間抜けすぎる。
もう、間抜けにも程がある返答だった。
Q,何故共同墓場で酒を飲んでいるのですか?
A,気まぐれで!
―――こんな事を返されれば、そりゃあ誰だって呆けてしまう。
ローブ姿の女性も例外ではなく、素っ頓狂な声を上げた後に、哀れ、茫然と固まってしまっている。
ショックは非常に大きかったのか立ち直るのにしばらく時間を要し、ハッ! となって戻ってきた頃にはそこそこ時間が経っていた様で、レシェイアは手酌も面倒臭いとばかりにトックリから呷っていた。
それも数口ばかりで再び杯へ注ぐ方へと変わったが。
「ウヒャヒャ」
……未だに聞こえる水の音。そして本人の馬鹿笑い。
中身はまだまだあるらしいし、例え中身が無くなっても後ろに用意されたバッグから、代わりを続けて取り出すのがオチだろう。
ローブの女性もそれ以上の追及は諦めた様で、そっと眼を閉じ、杖を水平に掲げて何やら呪文を唱え続ける。
「あ!」
「ひゃっ!?」
いきなり大声を上げた事で、ローブの女性が竦み上がった。
何と迷惑な事か。
「そーいえば名前聞いてなかったら。名前はぁ、なんてゆーの?」
「い、いきなりですね……」
「アタヒはぁ、レホイ・レシェイア! 覚えるのは自己判断でけっこー」
「あ、ご丁寧(?)にどうも……私は、ウィズと言います。一応ですけ、マジックアイテムを並べてお店を営んでいます」
「へぇ~……なるほろ」
恐らくウィズの言っているその店とは……以前レシェイアが足を止めて眺めた、マジックショップと書かれた看板を掲げる店に違い無かろう。
もっとも本人は割と如何でも良い事だと判断しており、それを覚えていないとばかりに生返事を反す。
まあ、ウィズ自身レシェイアが外に居た事など知る由も無いので、微妙な齟齬とて何ら生じず会話が続けられた。
「場所教えて欲しいんらけろ。今度立ち寄ってみるかられぇ」
「え、本当ですか!? 有難う御座います!」
酔っ払いからの信憑性に乏しい言葉な筈なのに、ウィズはかなり嬉々とした様子を見せている。
……思わず目を引かれる美人な店主とは対照的に、どうも店自体の売り上げは悪いらしい。最悪の場合、今まさに赤字真っただ中の可能性もある。
ヘベレケながら人の良い性格だと思ったのか、警戒という然るべき反応を見せていたウィズから、少しばかりその意思が解けた。
「……そー言えば、ウィズ?」
「何でしょうか」
「ビぃックリするほど肌白いんらね? 青っぽくて人間じゃあ無いぐらいに見えるらし……な~んか生気に欠ける? みたいな? ご飯食べて
「っ……!」
その緩みは、一瞬の内にまたも強固な警戒へと変わった。
正確には「人間じゃあないぐらい」と、「生気に欠ける」あたりで息を詰まらせたのだが、何かしら刺激する様な事柄を、レシェイアがデリカシーなく言ってしまったのだろうか。
「ま、いっか。どーせアラシには関けー無い事らしぃ……っくぃ」
「え? ……あ……えっ、と……?」
「んぅ? どひたどひた、ウィズ?」
自分から何だかおかしいと呟いておいて、やっぱり如何でも良いとすぐさま掌を返すその早業は、覚悟の表情を浮かべていたウィズの顔を、面白げな表情へ変化させるには充分だった。
もっと何か突っ込まれて聞かれるかと思った矢先にこれだ。呆けて杖を抱くウィズの反応が至極正しい。
「でも、キチッと食べなきゃダメらよ? 人の楽しみの代表格はぁ、食と異性と―――酒なんら! ニャハハハハハハハハ♫ 酒酒おっ酒ぇ♫」
「そう、ですね……」
三つ目はだいぶ個人的な主観(というか最早“習慣”の域)が混じっているものの、されど心配自体はちゃんとしてくれているレシェイアに、ウィズは少しさみしげなモノを浮かべて静かに頷いた。
「にしてもいーっぱい居るらねぇ? その割には何もしないけ
「ほ、本当ですよねぇ……何でいっぱい居るんでしょうかね?」
言いながら見渡す彼女達の周りには、確かにたくさんの人影がゆっくりと横切り、また何かしら踊っているみたく動いている。
こんな物騒な所で酒盛りをする事それ自体、実はアクセルの街の常識なのか―――――否、当然の事ながら全然違う。
複数存在し、何度も揺れる人影をよーく見てみれば……それは所作というよりは動作、動くと言うよりは“蠢く”が非常に似合う、奇妙で歪な歩行を取っていた。
低い声で何かしら会話を交わしているように聞こえる声も、近くへ寄った途端に『う゛ー』だの『あ゛ー……』だのしか耳に入らない。
もう、レシェイア以上に意味不明な言葉へ変貌する。
更には時折発光したかと思うと、先に見えた『魂』の様な物が次々現れ、また上空目掛けて跳んでゆくではないか。
「ニャハハハハ、顔色悪ぅーーーっ! ウィズなんか普通になるぐらい悪過ぎらってこれ! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
レシェイアが至近距離で馬鹿笑いしているせいで気が付きにくいが、体から腐臭まで立ち上るオマケ付き。
各言うそのニブチンな彼女も、目の前に人影の顔色……どころか体色の悪さに何故か腹を抱えているさまも、現状把握に止めを刺していた。
そう。この墓地にたくさん蠢く影は、生きている人間ではない。
「顔色悪くて当然ですよ……『アンデット』ですから」
禁断の魔術により蘇った生ける屍、ゾンビとも呼ばれるホラーではお馴染みの存在、『アンデット』なのだから。
即ち、ゾッとする第二の要素足る“状況”とは、この事なのだ。
……笑う理由が何処にあるのか分からないが、酔っ払いに整合性と会話の持続性、場の空気を読む感性を求めているのが間違いだろう。
「うぅ、あ゛ー」
「う゛ぁ……」
「あぁ゛ー……」
―――何故だか次から次へと生まれてくるが、ホラー映画の展開とは違い人間は襲わず、寧ろ浄化を求めているのか杖を掲げて佇んでいるウィズの周りに多く見られた。
ちなみにだが、何もしていないレシェイアの周りには、自分から近付かねばならないくらい、まっさらなまま何も居なかった。
つまりレシェイアは自分から顔を近づけた事になるのだが、これもアルコールが齎す効果の一種と捉えていいものなのだろうか?
というかレシェイアもウィズも女性の筈なのに、感性の問題であろうゾンビへの恐怖は兎も角、漂う腐臭や溶け落ち地を汚する肉への嫌悪感すら抱かないとは、何処か悪い方へ吹っ切れているとしか思えない。
……いや、レシェイアに限るなら、ただ単に酔っているだけかもしれない。
そんな神々しき魔方陣と美しいウィズ、重々しい呻き声と疎ましい腐臭、そして場景に似合わぬ酒盛りとそれを行うレシェイア。
レシェイアの冒険者としてのクラスが最弱職である事に驚いたり、ウィズの店の経営が本当に破綻し掛けている事など、またもや他愛ない会話が含まれた、コレまた何とも珍妙な宴が二時間ほど続き―――――
「ふぅ……っ♫」
酒盛りは終わりにすべく、レシェイアが一声上げて立ち上がった。
手には何時の間に聞きだしたか、ウィズの経営するマジックショップの位置情報が書かれた紙を握っている。
酔っ払いなら普通、親父臭くなる筈の台詞と動差を女性的なままで、それは意識している故なのかは察せない。
素だとしたら、アルコールが抜けた際の言動は、まんま女性的で丁寧な物腰なのかもしれない。
……普段のしゃっくりやゲップはさて置き。
その所為か、素面が異様に気になってくるとばかりに、ウィズは彼女へ興味を大分に含む視線を向けていた。
「じゃあ、またねぇ……うぃー。明日にでもよるかも知れらいから、ひっく……よろひくっ! んじゃ!」
ピューっと掛けて行く動作も意外と可愛げで、身長と容姿から感じるイメージをこれでもかと覆してくれる。
「……不思議な人でした……」
抱いていて至極当然な感情を感想として口に出しながら、ウィズは小さく手を振り、レシェイアが掛けて行った方を少しの間だけ見つめていた。
翌日、正午前。
「やほー♫ 約束通り来たんらよ、ウィズ!」
「あ、いらっしゃいませっ。……有難うございますレシェイアさん」
まさか本当に覚えているとは思わなかったのか、来店したレシェイアを見るなりウィズの顔に幸喜が覗く。
……と同時に未だ酔っ払い続けている事に、苦笑と呆れの混ざった複雑な瞳を向けている。
外側は何処となく怪しげで若干古びていたのだが、店内は丁寧に清掃されており意外と綺麗。
棚にはポーションの様な必需品の類から、チョーカーやネックレスに指輪といったエンチャント系の装備アイテム、更には一体何に使うのかも分からない奇怪な小道具大道具まで、千差万別様々に取り揃えてあった。
外見からは判別できないずらっとした品ぞろえに、レシェイアも思わずと言った感じで声を上げた。
「おほー! こりゃすっごいれぇ~」
まあそれでも、割と何時も通りなのは一種のご愛嬌だろう。
「あ、これ前金れ! ちょっと勝手に幾つか開けるから」
(え……意外とお金持ち?)
太っ腹な額のエリス貨幣を渡されて、見た事の無い金額だと眼を白黒させるウィズを余所に、レシェイアは物色し始めた。
ピョンピョンと跳ねながら店内を(無駄に)縦横無尽に移動した後、ポーション棚に置かれた小瓶を一つ取って、何時もの如く親指を使いポォン! と水晶栓を開けた。
……ウィズの目がお皿になった。
「え!? ちょ、いいい今の! 今のどうやったんですか!?」
「へ? 今のっれ何?」
言いながら開けたポーションを持ちつつ、もう一つの手で取ったポーションもボン! と押し開け、中身の臭いをかいで口を“へ”の字に曲げた。
カクン、とウィズの口が半開きになった。
「だだ、だから今のですよ! 親指でポォンて!」
昨夜、レシェリアのクラスが最弱職の『冒険者』である事や、レベルが低い事を彼女自らから開示され、そこまで筋力値が無いのだとウィズは思いこんでいた。
だからこそ、この強引で横着な栓抜きに驚きを隠せないのだ。
パラメータの構成上、ウィズも一応やろうと思えば出来るだろうが、今重要なのはパラメータ云々ではなく、レシェイアが『冒険者』クラスである事だ。
「でも、渡された冒険者カードにはちゃんと『CLASS:冒険者』って書かれてましたし……」
「そーらよ? あたしは未だに冒険者なのらぁ……世知辛いれ、うん」
言いながらポーションを傾け、両方一辺に喉へ流し込む。
嬉しげに見開いた瞳からして、幸いどちらも味は悪くない様子。
匂いに顔をしかめた方もプラマイゼロとなっていたのか、表情に渋いモノは見られない。
「あ」
「匂い良かった方、もう一本貰うら……コーラみたいな味してた」
ウィズが何やら声を上げるが、留める間もなく栓をポスッ! と押し開け、何を慌てているのか逆に気になるぐらいの即行で液体を流し込んでいく。
「ふぃ~……んぅ? どうしたろウィズ?」
「あああ……あ、ああぁぁああ、あぁぁ……ぁああぁ……」
巨大隕石が天空を覆うさまでも凝視したが如き、絶望に暮れる驚愕と悲観の色を目一杯に浮かべ、ムンクの『叫び』そっくりなポーズでウィズが大口を開けていた。
顔は元の色白からでも変化が分かるくらい、圧倒的に真っ青だ。
「は、は……は」
「は?」
「吐いてええぇぇーー!!?」
猛スピードでレシェイアまで駆け寄ったウィズは、何をトチ狂ったか腹部目掛けて見事なボディーブローを打ち込んだ。
線の細い(しかし胸はデカイ)女性とは思えぬ威力を放ち、命中際に放たれた衝撃が室内を震わす。
流れる……一瞬の静寂。
「痛ったあぁいっ!?」
硬直から一転、弾かれた様に思い切り転がるウィズ。
手は赤くなっており本人の血色が悪い事も手伝ってより目立つ。
「いきなり殴るなんて、ダメらよぉ……ケプッ」
殴られた張本人はケロッとしつつ、口からゲップと共に黒っぽい煙を吐いた。
彼女は体内で本当に燃料でも燃やしているのだろうか?
「あああ痛いですぅ……な、なんでそんなに硬いんですかぁ!?」
「それはっ―――何故なんでしょう?」
「いえそんな私に効かれましても!?」
屈んで痛みに震えながら、それでもすぐ落ち着いたか立ち上がり……顔面蒼白なままレシェイアへ行き過ぎなまでに詰め寄った。
「だだだ大丈夫なんですか!? いい今レシェリアさんが飲んだポーションはっ、多量の水分に触れたら爆発するんです! 他にも刺激したら爆発したり、瓶から出て数秒後に爆発したりするんですよ!? か、体の中なんかに入ったら……!!」
いやその前に爆発する物しか置かない、その物騒な品揃えの方に鑑みるべきだろう。
ポーションは基本飲むもの、振りかけるものなのだし、罷り間違って爆発物に手を振れぬ様、最低でも注意書きくらいはすべきである。
「何で爆発物しか置いてないのでふ?」
「あのポーション棚は、爆発系専用の棚なので……」
爆発系専用棚に有る、爆発専門ポーション―――そりゃ売れない。
赤字続きで一向に改善されず、商品が売れない理由はどうも彼女の選品の厄介さに有る様な気がした。
「ちなみに幾ら何ら?」
「お金の面でいうならば、十分に足りますよ。原価が高くて、中々買う人いませんけども……」
流行り物への疎さ、金銭感覚の無さも当てはまりそうだ。
「っ……じゃなくて! ホントに大丈夫なんです―――って……も、もう爆発している筈なのに、何で平気なんですか?」
「胃袋丈夫らし」
「いや、そんなレベルではない気がしますけれど……」
先程黒い煙を吐いたのは、おそらくその爆発によるモノなのだろう。
なら何故レシェイアは無事なのか……納得いかないと細めた瞳で、ウィズはレシェイアをじーっと見続ける。
「っ!?」
―――その顔が、不意に驚愕へ包まれた。
そんな彼女の様子には気が付いておらず、ポーションは飽きたとまたもやワインを瓶から飲み、緩慢な動作でレシェイアが店内を見て回る。
その間、ウィズは見開いた眼でレシェイアを見続ける。
……知らない人間が見たのなら、何でこんな小カオスな状況なのかと、己が目を疑いたくなるかもしれない。
「そろそろ掲示板見にいこーかなぁ……じゃ、また寄るからねウィズ! ポーションごちそうさまれした!」
一息で空にした酒瓶をフリフリ、未だウィズの様子のおかしい事に気が付く気配も無く、レシェイアはマジックショップを後にした。
「…………」
店内に、彼女にとってはいつも通りの少しさみしい静寂が訪れる。
しかし彼女の口から洩れる溜息は名残惜しげな物ではなく、緊張感が解けた際に発する大げさな物だった。
「あの人、最弱クラスだって……でも硬くて……いえあの感触は硬いというより―――」
茫然に近い表情は、しかしやがて悩む様な顔になる。
その色白な手を頬にあてたまま、表情は全く変わらず口だけがゆっくりと動く。
「それに外見に感じる力と、内へ秘められた力に途轍もない齟齬があった様な……」
そして仮に誰かが此処に居たとしても、聞きとることが困難だろう音量で呟く。
「でも……うん、きっとそう――――
―――さっき見えた『モノ』は、やっぱり幻覚なんだから」
元より聞き取れぬその声は、窓を揺らすぐらいの突発的な強風によって、空のまにまに掻き消されていった。
ウィズの感じた違和感については後々。