素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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……漸く投稿出来た!
もっと早くに投稿する気だったのに、うまくいかない……。


それはさて置き。
この第二章は、第一章より話数が少なくなりそうです。
というのも。
第一章目はカズマ達周辺から対して離れないから話が広がっていたのに対し、第二章はレシェイアが途中から関わったりそもそも関わらなかったリして、そこまで話数を必要としなかった為でしょうか。


では―――アラスジもどきをちょっとだけ。
今回の冒頭はカズマ達の屋敷をレシェイアが訪れる所から始まりますが……彼等は関わりません。
というか、レシェイアにまたも “陰” を追加してます
代わりに思い出して貰えなかった、ある少女がちょっぴり登場してます。
 更にあの銀髪な美少年盗賊娘も登場する、本編をどうぞ。

 ちなみに名前が似てる女神・エリス様の胸って
 実は見事にパッド……ってちょ、うわ、なにをするやめr―――


陰……そして、事件の香り

 

 

 どたばたしたまま終わった幽霊屋敷事件だが、結果だけ言えば “屋敷を手に入れることには成功した”と、後日レシェイアはカズマより聞いていた。

 

 幾つかの条件と共に居住を認可されたらしいが、悪評が消えるまで住んでくれというのは兎も角……『庭の墓を掃除』したり、『冒険話に花を咲かせ』たりと、何故入っているのかも分からない奇妙な条件まであったのだとか。

 

 

 疑問ではあるが……拠点が手に入って何より、と締めるべきかもしれない。

 

 

 

 ―――さて、彼等が温かい暮らしをようやく手に入れられるようになってから、また数日後。

 

 

「お~、立派らねぇ♫ じゃ~、お邪魔しまぁすっと」

 

 そして、個人的に住いが気になったのか、どうかは解らないが。

 事件の後日、暇が開いた夜に、レシェイアは現・カズマ宅となった屋敷の庭を訪れていた。

 

 一応、挨拶をして置くかどうか迷ったものの、更けきってはいないだけで夜も遅く、対して話の種も長居する用も無いのだからと、取りあえず庭だけ見て帰る事に決めて歩き続ける。

 

「庭のお墓とかいってたぁけろ……あ。あった」

 

 彼女が気になっていたのは、業者からカズマ達へ手入れして欲しいと頼まれた、そのお墓の事らしい。

 しかし、一体何が気になるというのか。

 

 レシェイアは近くまで寄ると、掠れてはいれどまだしっかり読める主の物であろう名前を、少し屈んで凝視した。

 

「―――『アンナ=フィランテ=エステロイド ここに眠る』―――んぅ……じゃあ、やっぱり冗談ら無くて……」

 

 ……どうやら、アクアの口走った戯言としか思えないセリフを、カズマが教えてくれた奇妙な条件と合わせて疑問に思い、自分で確認しに来たらしい。

 

 最初こそほろ酔い一直線だった彼女の表情は、次第に酔いはそのままに少しだけ眉根をひそめた物へと変わる。

 確信を得たのだろう。

 記憶に残す事すら勿体ない、ウケ狙いとしか思えないふざけた霊視は―――その実、孤独のままに生涯を閉じた、少女の本質を見抜いていたのだと。

 

 思い返せばアクアだけでなく依頼を最初に任されたウィズも、『例の屋敷』だの『悪霊()()対処すれば良い』だのと、この件が真実だとほのめかす台詞を口走っていた。

 

「ってことは~……冒険話に華咲かせるってのも、ウィズの頼みなのからぁ?」

 

 アンデットの王ともなれば、この世に残存している霊魂を見るなど、造作も無い事かもしれない。

 『何だか嬉しそうだった』ともカズマはレシェイアに報告していた為、案外戯言とは受け流せないだろう。

 

 

 ―――だからこそ一つだけ、ハッキリしている事は、確かにある。

 

「……もう、寂しくないって事らね♫」

 

 孤独によりこの世に留まり続けた少女は、これから賑やかな毎日を眺められるのだと。

 新たなる住人(かぞく)達と共に、アクアの酒に手を出しながら、冒険話を聞けるのだと。

 

「そ~言えば“甘めのお酒が好き”なんらったっけかぁ……お、あったこれこれ♫ 貴女にゃこ~れ、これでっしょねぇ~♫ っとぉ」

 

 レシェイアがバックから取り出したのは、飲みやすさから女性にも好まれるリキュール。

 その中でも飲み口の良い、コーヒー牛乳を飲んでいるかのような、まんま『コーヒーリキュール』と呼ばれるお酒を取り出して、墓の前にポスッと置いた。

 

「実際に飲めるならだけどさぁ? こ~りゃいいもんらよねぇ~? ニャハハハハ♫」

 

 そう言いながら……気分が変わったのか墓の前に座り、少しそっぽを向く形で空へ視線を向けながら、お馴染の日本酒の様な飲料が入ったカップ酒を取り出し、その透明な液体を肴も無しで喉へと流し込んでいく。

 

 

 やがて―――別段大きくも無いそのカップ酒を、しかし半分ほどの量を飲んだ時点で止め、指で唇を拭いながらぽつりとつぶやく。

 

「孤独に死んでしまったのは辛いけろ、さ」

 

 ちょっと視線を傾ければ、何やら言い争っているらしい、カズマ達の声がここまで届いて来た。

 カズマ自身からすれば迷惑極まりなかろうが。

 されど、孤独を感じた少女にとっては恐らく……屋敷の中は温度とは別の理由で、また温かいと思える。

 

「こ~やって誰かと傍にいられて、それが本人の満足に繋がるなら、とっても良い事らよねぇ……うん♫」

 

 生前に望んでも得られなかった物を、触れられる可能性の低い死後に得てしまうとは、一種の皮肉なのかもしれない。

 が、ウィズの言葉や不動産屋の条件からするに、それは貴族の隠し子・アンナ=フィランテ=エステロイドという『個人』にとってはこの上ない幸せなのだろう。

 

 

 後ろで何やら、コトリ……と何かが動く音と、液体が傾くような音がする気き、誰も居ないのに何故だか微量に感じる気配を受けながら―――レシェイアは楽しそうなモノから一変、顔を伏せて不意に表情を隠す。

 

 

「“私”の方は、もう望んでも手に入れられない。……もう、戻って来ないんだから……」

 

 カズマ達の前では決して浮かべる事のない、まるで()()()()様な感情を口元に浮かべ、独白したレシェイア。

 伏せられた所為で見えず、前髪で目も分からず。

 結果、顔の大半が隠れている。

 

 何より、雰囲気云々以前に……その真意を読み取れる者など、この場には誰一人としておらず。

 屋敷の方へと一旦向けられた視線は、すぐにアンナ=フィランテ=エステロイドの墓へと戻される。

 

「ニヒ……ニヒヒ、ニャハハハハ! なーんちゃってぇ♫ シリアルシリアル、牛乳で人飲みぃ」

 

 が、何と言う茶番か。

 まるで演技の如く―――というか先までのが演技としか思えないぐらい、ふざけ始めたレシェイア。

 ……本当に、ただシリアスをやりたかっただけに見える。

 

 そのまま立ち上がると、何故かもう備え終えた筈なのに、同種の(リキュール)をまたも取り出し、見ないまま墓の傍へと置く。

 

 そうしてカップ酒の残りを一気飲みすると……。

 

「んじゃあ、最後の保持クエスト行っちゃう? 行ってみよぉ! お~♫」

 

 へべれけに酔った口調でニヤケたままに呟かれ、レシェイアの姿がバタバタと格好悪く遠ざかっていく。

 

 後に残ったのは供えられた二本目のリキュールと、()()()()()()()()()()()()かの様に転がるカラの瓶だけだあった。

 

 

 

 

 

 

「ふんふん~♪」

 

 

 冒険者ギルドに寄ったレシェイアは今……隣町へ向けて出立する馬車を目当てに、曰くバス停の様な、馬車の止まる停留所へ向けて足を進めていた。

 その理由は、先に本人が口にしたように《クエストをこなす》事。

 そして、カズマ達の住いに寄らなかった理由の内一つでもあった。

 

 ―――今回のクエストは隣町まで荷物を届ける事。

 いわば遠方への代理配達であり、中身の事も含めて詳細は既にこの街から隣町へ、先日までに伝えてある。

 冬の時期だからこそ、届けられない者を届けて欲しい、という旨のクエストなのだ。

 ギルドが届ける場合もあるが、冒険者に依頼として頼む者も、またこのように居る、

 ……しかしながら、『荷物をすり替えられたり盗られたりしないのか?』という疑問も、当然の事として浮かぶであろう。

 

 

 心配ご無用。

 無論、確りとした防犯対策はとってある。

 

 

 まずこの類の遠方柄の届け物クエストは、それを受注してから前述したとおり、その届ける場所へ連絡を入れる。

 主にギルドや役場などが、その連絡先の対象だ。

 

 そうして連絡が届いたと確認して、初めてクエストが始まるのである。

 ……つまり送り主から届け主まで直接届けるのではなく、組織を経由して受け渡す、といったプロセスを踏むのだ。

 更に、受取先には当たり前ながら確認役も居る。

 

 

 ―――もうお分かりだろう。

 万が一かすめ取ったりしようものなら、牢獄行きは確定なうえに冒険者家業すら危うくなり、果ては自分の拠点とは違う町で犯罪者として名を馳せる事となる

 場合によってはその上に罰金なのだから、尚更ダメージのお釣りが乗せ掛ってくる。

 世間体、職、金。

 悪い意味で有名となり、全てにおいて負しかないのなら、盗んだりする方が有り得ないのだ。

 

 

 そして仮に欲眼に眩んで姿を隠すまでして盗んでも、そうするメリットが余りにも少なく、預けてある財産があれば即座に没収され、挙句冒険者カードの情報はギルド側が所持しているので指名手配されると散々な目にあう。

 道中の危険にも鑑み、以上を踏まえるならば……寧ろ面倒臭さから受ける事すら躊躇うかもしれない。

 

 

「馬車群につられてユ~ラユラでお金がもらえるんらねぇ♫ よっ、太っ腹!」

 

 ……もっとも、このヘベレケな馬鹿はそんな事を考えても居ないだろうが。

 お酒を飲み飲みお目当ての馬車を待っているその姿は、一周回って信頼を感じてしまいそうだ。

 

 兎も角、今回も今回とてレシェイアは一人。

 まとも(?)にクエストをこなすつもりの様である。

 

 

 だが目的地まで辿り着いてみれば……何やら複数人が佇み、辺りを見回している光景が広がるだけで肝心の馬車は見えない。

 

「……あり? 来てない?」

 

 レシェイアはそう考えつつも、取りあえず近寄って、見知った顔に話を聞いてみる事にした。

 

「ちょ~っと失礼♫ どうしたろぉ、こんなとこで」

「ん? ああ、レシェイアか……何、見ての通りだよ。どうも迂回してるのか雪の影響か、馬車の到着が遅れてるみたいでな」

 

 やはり、見たまんまの事態らしい。

 いつ来るかわからないが故に、彼等はここで待っているのだろう。

 

「れも、少ないねぇ~。冬だし」

「いやいや。待ってるのが退屈だって、近辺で暇つぶしてる奴等も居るし、あともうちょっとは多いぞ?」

 

 街中だから人集めにと笛は鳴らすし、そう遠くまで行かなければ置いて行かれる事も無いので、そうする人間が居るのは別段不思議でも無い。

 もっと言えば、集団で移動するし街道沿い、魔物避けもあるし無駄な戦闘は避けるしで、安全は安全なので、多くは無いが利用する者自体は要るのだ。

 冬はあくまで《外に出られないほど危険な時期》ではなく、

 《出現モンスターのレベルが上がる時期》なのだから。

 

 それにここは初心者の街。

 人口そのものならまだしも、勇んで外へと歩み進める者は、命大事にと少なくなるのが必然。

 外出する者が居たとしても、見かける回数が少ないのは、ある意味当然の事なのだ。

 

 

(どうしようかなぁ……様子からしてまだかかりそうだし。この近くじゃなくても、そこいらの店を覗くぐらいなら、まだ大丈夫そうだし……ん、この辺りを見てみますか!)

 

 少しばかり悩んだ結果、レシェイアも少しブラつき、周辺を見て回ることにした。

 

 やっぱりというべきか、こんな寒空の下だからこそ飲食系の店はキッチリと営業しており、灯りが覗き積もった雪を照らすだけでも……いや寒色に暖色が混ざる光景だからこそ、尚の事温かそうに見えた。

 少し歩いて見つかった、とある飲食店でガヤガヤ騒いでいる者達も例に漏れずみな幸せそうで……中にはダストのパーティメンバーであるテイラーやリーンも居た。

 ダストとキースの姿は無いが、料理でも取りに行っているのだろうか。

 

 

 と、レシェイアが何時ものように歩きながら飲みつつ、ある路地へさしかかった。

 ―――その時だった。

 

 

「……んぅ? あれは~……?」

 

 路地裏辺りへと視線をずらした先で……偶然にも今思考の中に出てきた、件のダストとキースの姿が映り、後ろには何やら緊張気味だと窺える、苦労人筆頭・カズマの姿も見えた。

 ダスト達は言わずもがな。

 カズマも今日はあのポンコツ三人娘を、内一人すらも連れてはいない。

 

 何故だか妙に周りを気にしつつ、何処かへとソロソロむかっている様子。

 だが、他のパーティメンバーを置いて行くだけならまだ普通にあり得るものの、コソ泥の如くおっかなビックリ見回しながら歩く理由には、彼女とて皆目見当が付かない。

 

(変な事しないよねぇ?)

 

 歩いて時間潰しをするにも限界があり、心配になってきた事もあって、レシェイアは取りあえず気配を殺し十数mほど後から尾行し始めた。

 

 やがて彼等が足と止めたその場所は、

 

「ありっ? ……うん……変哲無ひの、ご飯やさん?」

 

 ……何ともまあ地味という言葉が一番似合いそうなぐらい、普通に普通な飲食店だった。

 大通りから外れた位置に面するという事は、知られたくないぐらい意外な穴場なのだろうか。

 

 確かに大衆向けのメジャーな店や、高級料亭も良いが、こう言った穴場には隠れた絶品が存在する事も少なくは無い。

 

(良いお酒もあるかも?)

 

 冒険者と酒は、ある意味切っても切れない仲だ。

 だとすれば……彼女の期待も、ある意味では的外れとは言えない。

 

 知ったとて自分が黙っていれば良いのだし、取りあえず偶然を装って入店しようと、ちょっと近付き影から覗き込む。

 

 そのままひょっこり、バレない様に聞き耳を立てて、同時に開けられたドアから僅かに見える店内を覗きこんだ。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「あっ……」

 

 だが、期待を含んだ瞳は、次の瞬間すぐに消え失せる。

 ウェイトレスらしき女性の声が聞こえるのと、ほぼ同じタイミングで……レシェイアから呆気に取られた様な声が漏れた。

 

 行ってしまえば、出迎えの言葉が手向けられた、ただそれだけだ。

 なのに、レシェイアの瞳から期待が消えうせた理由は、一体何か。

 

 

 実は――――

 

 

 

(『痴女』みたいな恰好してた……『痴女』みたいな格好してた!

 

 大事な事なのでとばかりに連呼されたが―――要するに、出迎えた店員の格好が、『あからさまに普通ではなかった』のだ。

 

 そして肝心の店内には、似たような姿の女性従業員多数と、客であろう格好がバラバラな男性しかおらず、店員と顧客の比率のアンバランスさでどんな店なのか薄々察しが付いたから……故に期待の光が消えたらしい。

 

 

 まぁぶっちゃけて、かなり極論を言ってしまえば、カズマ達がよったあそこはほぼキャバクラと大差ない飲食店()なのだろう。

 

「……アテが外れたかー……」

 

 酒でも持ち帰ってやろうかと思っていたのにコレなのだから、少し落ち込んでいる様子だった。

 

 それでも律義に扉が閉まるまで聞き耳は立てており、しかしカズマやダスト達の会話内容には“ほぼ”反応せず、

 

「しっかし、本物の “サキュバス” が―――」

 

(……?)

 

 ダストの物らしき、最後の言葉にレシェイアは顔を上げたのを最後に……小さな音を上げ扉は完璧にしまった。

 最後の言葉へ反応した様子から、どうしてか気になったらしく、レシェイアは首を傾げている。

 

 だがまあ無理もない。

 サキュバスとは淫魔―――淫らな夢を見せて男性の“精”を吸い取り、最悪の場合干乾びさせてしまう上に、相手は快楽のままに堕ちていくという、ある意味厄介な部類の魔物。

 元々の伝承は、とある聖職者が自身の失態を隠す為の物らしいのだが……この世界では実際に存在する悪魔の一種らしい。

 

 そんな男性にとっては天敵も良い所な彼女達が、のうのうと冒険者の溜まり場であるアクセルの街に店など構えていれば、そりゃあ誰だって疑問に思うだろう。

 

 

 

……サキュバスって、何?

 

 ―――否、全然違ったらしい。

 なんとサキュバスの『存在そのものを知らない』が為に悩んでいたという、脅威云々以前の問題だったようだ。

 

 彼女は確かに異邦人で、カズマ達とも違う異世界の民なのだが……今までの解釈からしてモンスターは要るだろうに、今耳にしたサキュバスの類は居なかったらしい。

 

「……サキュバスって、アレ? 芋虫みたいな?」

 

 唐突にそんな事を言いだしたレシェイア。

 まあ確かに地球に出回っている設定の内、サキュバスは実は美女ではない、というものはあるが……知らない彼女が何故それを脳裏に浮かばせたのだろうか。

 というか、やはりこの人は地球人なのではなかろうか? ……疑問は付きない。

 

 

「あ。……そうらった、そうらったっれ。笛は聞こえないけど……うん、ヤッバイかもれぇ。戻ろ戻ろ」

 

 が―――しかし、そろそろ馬車が来るかもしれないと歩き回っていた本来の用事を思い出したか、馬車のとまり場へと駆けてゆく。

 

 結局、サキュバスがなんなのか、彼女は知らないままに終わった。

 

 ……もしレシェイアが、彼女(サキュバス)等の真実を知り、彼女等がこの街に(きょ)を構えている理由を知ったなら、一体どの様な反応を返すのか。

 気になるが、もうよる事は無かろうし、カズマ達の方に鑑みれば『寄って欲しくは無い』であろうし……だからこそ、それは夢のまた夢だろう。

 

 

 

「おーし、とうちゃ~く♫ けど……」

 

 ともあれ、路傍だけでなく中央にまで積もり始めてきた雪を踏みしめながら、馬車が待っているかもしれない停留所へ辿り着く。

 

 其処から辺りを見回すが……心なしか人が増えてはいれど、肝心の馬車は影も見えない。

 まだ少し早かったかと、レシェイアが片眉を上げた。

 

 

 ―――すると。

 

「あれ……? へぇ……奇遇だね、レシェイアさん。こんなとこに居るなんて珍しいんじゃない?」

「んぁ?」

 

 不意に背後からかけられた声に振り向いてみれば、そこには何時ぞやの話にも出てきた銀髪の盗賊少女、クリスの姿があった。

 

 レシェイアの様な《耐寒》の術式など持っていないが故、流石に寒いのかポンチョの様なコートを羽織っている。

 

 それでも尚寒そうではあるものの、魔法などがあるこの世界の事だ。

 ただのポンチョではないかもしれない。

 

「ニャハハ、お久お久♫ クリスも用事(よ~じ)?」

「ん……まぁソレで概ね間違いないかな? ちょっと隣町へ行く用事って言うか、必要があってね」

 

 言い方からしてクエストではないのだろう。

 だとすれば欲しい物を買いに行くか、それとも知り合いか何かの伝手が必須なのか。

 

 だが何れにせよ、レシェイアはそれを詮索する気など毛頭なく、ヒラヒラ手を振って酒を飲むばかり。

 

 

 

 ―――約、十数分後―――

 

 

 談笑以外音も無く、しんしんと雪が舞い降り静かに積もりゆく中……やがて右方からやっとこさ音が聞こえ、蹄の響きと共に馬車が到着する。

 

「おほー、やっときたら!」

「さてと……乗っちゃおっか」

 

 目当ての馬車は既に決めていた様で、レシェイアは荷物を後ろへ乗せられるタイプへ乗り、クリスも其処に続く。

 尤もその馬車が古めのタイプの為か……ある程度温かくしたい者や、乗り心地をに拘る者が多いらしく、彼女ら二人以外は誰も乗りこまない。

 

 やがて金を払い終え、全ての馬車に人が乗り込んだ事を確認すると、警笛にもにた響きの後にゆっくりと走り出す。

 

「ガラス張りかぁ……最近は主流だよね」

「主流?」

「うん。誰かが持ち込んだ技術のお陰で、馬車にもガラスが付いているタイプが見られ始めてきたんだよ。あ、お金には影響しないから大丈夫」

 

 ―――その会話を最後に、其処から暫くは穏やかに揺れる馬車の中で、地球には及ばぬだけで立派に舗装された街道を代わり映えのない景色を映しながら進んでいく。

 

 会話が無いからと言って別段険悪という訳でもなく、ただお互いに話す事もないからだんまりが続いているだけだ。

 

 

 ……すると、手綱を握る御者の男性が思い出した様に、後方のレシェイアとクリスへ声を掛けてきた。

 

「そういえばお客さん、この先すぐ……とはいってもまあ距離があるんですが、隣街に用があるんでしたよね?」

「そーそー! アタシお届け者」

「あたしはちょっと用事かな? でも、それがどうかしたの?」

「……実は、ちょっと変な噂が出回ってまして、事件すら起きているらしいんですよ」

 

 作った物ではなく、純粋に不気味だという事を隠さない声色で、御者の男性は続ける。

 

「なんでも冒険者や街人が次々行方不明になってるらしいんです。それならモンスターの仕業じゃあないかと思う所ですが……」

「違う、って事?」

「はい。……争ったような形跡はあれど血は無く、装備すら置いて行く時もあるとか。しかし丸のみする様なモンスターはあの『初心者が次に目指すべき場所の内一つ』とも言われてる街周辺には居ませんし……」

「れも、事実何らよれ。その口調だと」

「でなければこんな話し方はしませんしね。……それに、事件に渦中にいたにもかかわらず、生きて帰ってきた者すらいますから、尚更不気味なんですよ」

 

 単なる殺しではなく。

 証拠もなく、足跡が付かない為に何も分からず。

 ギルドが依頼を出しても解決に至るどころか、余計に被害者を増やす始末。

 対策をとる事は止めていないが、一向に進んでも居ない。

 

 被害が出てきたのは最近の事で、噂も本当に新しいものらしいが、それ以上に興味を引く内容だろう。

 

「お客さん方も気を付けてくださいよ? なんでも攫われるのはイケメンとか、美少女が多いらしいんですんで。酔っ払ってはいれど綺麗なのが分かる女性、そしてこれまたビックリ女性と見まがわんばかりの美少年! 流石にほっとか無いでしょうから」

「……ちょっとまって、今あたしの事『少年』て言った? ねぇ、“あたし”って一人称してるのに何で少年て言った?

 

 クリス的にはかなり聞き逃せない事を言った店主と暫し(言葉で)取っ組み合うのを横目に、物騒な事もあるもんだと目を細めてレシェイアは酒を飲む。

 場合によっては、自分も狙われるかもしれないのなら、無関係を装う訳にも行くまい。

 

 

 ……だが、彼女にとって一番警戒すべきなのは其処ではなく。

 

(この事件はちょっと予想外だけど、『神器』の詳細を知るにはまたとない良い情報だったし……さて)

 

 ……事件よりも、犯人よりも、何よりも。

 

(解決と“回収”がてら……実力の件、ちょっとでも尻尾を見せて貰うよ? レシェイアさん?)

 

 この、盗賊娘なのかもしれない。

 


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