素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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サポートという目立たない立場で闘う事を決めた、簡単な経緯から始まります。
ですので、今回は少し長めです。

という訳で本編をどうぞ。


首なしの騎士と酔う女

 遡ること数分前。

 丁度、ベルディアと冒険者の男達五人が、剣を構えて闘気を高めていた時。

 ……レシェイアは、静かに考えを巡らせていた。

 

 

 先まで関わる気を持たなかった、異邦人たる彼女は。

 しかし足元の小石を幾つか拾うと、左手に保持するマン・ゴーシュにコツン……と当てる。

 僅かに“翠”に光る小石の一つを握り、少し半身になった。

 

 その格好で構えたまま―――思考する。

 先に考えていたように、理不尽に度外れた異物が蹂躙する事など、許されざる蛮行に他ならない。

 自分勝手に破壊しつくして、そのまま自己満足して元の世界へ還っていく。

 この世界から消えて行くなど、何度バチが当たっても足りない愚行かもしれない。

 

 だが。

 

(それでも命を救う事まで見逃したら……駄目だよね?)

 

―――その自分勝手も、ある程度の加減を考えれば良いのではないか―――

 流石にそう考えている訳ではないが、自分“だから”出来る事を敢えて見逃すのは、一歩ひいて観るにしてもやり過ぎだ。

 なにかを『防ぐ』事が出来る自分が、人の命散る様を棒立ちで見届けるなぞ、どんな笑えぬ催しなのだと。

 

(そんなことで、本来かからなかったはずの影を被せるなんて駄目だ)

 

 物事には “限度” というモノがあるのだから。

 それは当然関わる方にも、関わらない方にも、比率など一切変わらず平等に。

 だから彼女は一つだけ、勝手な決意を抱く。

 カズマ達を見て、小さく少しだけ、しかし確固たる思いを抱き呟いた。

 

「カズマ。君がどんな存在だとしても、『真に光り輝くべき』なのは君達だから」

 

 英雄になる、ならざぬに関わらず、称賛されるべき者らを支える覚悟を。

 これから先へと進む冒険者達へかかる理不尽を防ぐことを。

 ―――今目の前にいる様な、闇との戦いの中では。

 

 ある意味でも何でもなく身勝手である、そして究極の自己満足だ。

 自分でルールを決めて置いて、そのルールを自分で破って、軽く自嘲している。

 誰も知らないのに罪悪感を抱き、誰も知らないのに抜け道を探している。

 

 幹部クラスとの戦でもなければ必要とせず、守れもしないこの制約。

 そもそもアレだけ考えて置いて、今更破るなど何の為の思考なのか。

 自分が前に出たくないからと、臨んでもいない役割を“彼”に押し付けている。

 

 

 されど助けられる者にまで手を伸ばさず、正真正銘の無関心を貫く事など……正直彼女にはできなかった。

 正面から踏み潰すのを良しとしない事を過剰に広げ、不干渉にまでなっては元も子もない。

 全力を出せないからと言って、腰据えたままなのは間違っている。

 干渉するにも限度があると言って、何もしないのは違う筈だろう。

 

(元々の原因がねぇ……。さすがにカズマが関わりを持っちゃったなら、もう見ぬフリは出来ないかな?)

 

 それに加え今回の魔王幹部騒動の発端は、そもそもめぐみんの駄々からだ。

 手伝う理由こそあれど見過ごす理由は断じてないといって良い。

 

(本気で頑張っている中で、アタシだけ舐め切っているも同然なのは、侮辱でしか無いけど……でも)

 

 ―――私が倒すのは、それが遭遇し得ぬ存在だとしても、私と同じ異邦で良い―――

 

 この世界に巣食う暗雲を(まこと)に晴らすのは……私のような世界に根付かぬ異物ではない。

 世界に根を張り、より希望を持って生きて行く、『貴方達』なのだと。

 解決の糸口を私が見つけても、最後に敵を(くだ)すのは貴方達しかいないのだと。

 

 思うと同時にレシェイアは苦く笑う。

 

「我ながら……」

 

 ……何という自己中。あんまりな自分勝手。

 最初はカエル相手にすら力を振るい、“猫”を潰し、知人の魔法にすら張り合ったというのに。

 意外と好き勝手やってきたモノだ。思い返せば呆れてしまう。

 

(今考えたら、お馬鹿にも程があるんだねぇ、アタシ)

 

 一ヶ月以上送った冒険者暮らしの中で、彼女は(ようや)く理解し確信していた。

 恐らくこの世界と自分の居た世界は、世界ぐるみ……『世界全土』の単位で幾らかの戦力差が存在すると。

 元々の差がある上に、その中でも別の枠組みに入る自分なら、一体どれだけの差があるのかと。

 

「そろそろかな」

 

 故、力が有るから支えるのだ。

 

 ―――当然ずっと支えていく訳ではない。ましてや全てを支えられる訳でも無い。

 レシェイア自身の目的に鑑みれば、彼女がまともに首をつっこめる“場面”も選定されるだろう。

 それでも……否、それだからこそ。

 自分が手を貸せる瞬間ならば、貴方の輝くその瞬間を、私が外から手伝おう。

 

 私は“この世界に置ける”強大なる敵を、まず自らは潰さない。

 貴方達の居ない所で事を成す事はあっても、世界に根付く“この世界の闇”を払う役目は、貴方達へと譲ろう。

 己の行いが、敵味方に対する侮慢であろうとも。

 

 私は敵を薙ぎ倒す戦士ではなく、故に破壊する事が役目ではないのだから。

 

「アタシの独器(ちから)は【(フセギ)】……『信念(ケローネ)の遭防』。本領は“防御”―――味方へと背を見せて、敵の暴意を防ぎ支える事」

 

 そして、赤い葡萄酒をグビグビと一気に飲み干し、静かに目を伏せた―――刹那。

 

「まっ! 状況によりけりらけどねぇ? ……そーれやっ!」

 

 ベルディアが上空へと投げた頭部目掛けて、石を一つ(とう)(てき)する。

 今までこの技が破られた事がない為か、いっそ笑える位、ベルディア側に動きはない。

 

(ニャハハハハハ、アレじゃあ恰好の的だねぇ?)

 

 多少不格好なスローイングに似合わぬ、恐るべき豪速球が飛んでいく。

 命中率に不安があるのか、レシェイアは次から次へと蹴りあげ、その石を掴むや投げまくった。

 

 空気を切り裂きつつ進む石群は幾つもがベルディアの頭部へと命中し、ガイイィン! と鈍くも高らかな音を上げた。

 

「どぅおああああぁぁっ!?」

 

 まさか外野から、しかも感知できない速度で石ころが飛来するとは思わなかったか、ベルディアはひどく驚いた声を上げる。

 剣術でさえも見る影無く、不格好に周りを一閃ばかり薙いだだけで……武器防具こそ破損すれど、彼等の命は全て存在したままだった。

 間接的ながらに、守れていた。

 

 紙一重で命をつなげた冒険者達は、狼狽しながら己の状態を確認している。

 

 

「だ、誰だ!? 今とんでもない勢いで石が飛来してきたぞ!? 魔法か何かと錯覚したぞ!! 誰が投げおった!?」

 

 堪らずに声を上げて、その張本人を探そうとするベルディアの視線より逃げながら、レシェイアは大きな石を一つ『放物線を描き正門を通り越す』軌道でブン投げ、ニヤリと笑って見せた。

 

(さぁさ♫ 盛大な嫌がらせ(えんご)の幕開けだねっ!)

 

 彼女は心内にて宣言する。

 ―――私はレホイ・レシェイア。

 ―――大酒のみで、気の良いお姉さん、泥酔知らずのレホイ・レシェイア。

 

(アタシは、今のアタシは……『あの時』とは違うんだから)

 

 僅かに、少しだけ上を向く。

 

「でしょ? ……そう、だよね……?」

 

 酔っ払った顔を、ほんの一瞬間だけ素に戻し……意地悪く笑って駆け出した。

 

 

 

 そこから幕開けるは、余りにも()()()()な、戦闘とも呼べるか悩むモノだ。

 

 何とか武器の失った冒険者達へ追いすがろうとするベルディアの前へ、狙い違わず上へと投げたい岩石が着弾し、首なしの騎士は派手にすっ転ぶ。

 

「ええぇい!! またか! 卑怯な事ばかりしおって!」

 

 卑怯上等。これが今の自分にできる『闘い方』なのだから。

 罵倒しながらも周りを見渡すベルディアから見えぬ様、無言で移動するレシェイア。

 

 その間にも腹立てて突進しようとするベルディア前へ……ダクネスが、聖騎士らしい堂々たる立ち姿で進路を塞いだ。

 レシェイアは笑みながら『何時もそうしてれば良いのに』と考えつつ、もう石を手にしている。

 

 そしてダクネスの繰り出した剣尖は……近くの地面を叩いただけで当たらず、しかしレシェイアは外れるのを確認する前から既に投擲モーションへ入っていた。

 

(次かな?)

 

 カズマのツッコミを無視する形でダクネスは剣を横薙ぎに振い、やっぱり当らず大きな隙を作ってしまう。

 

「何たる期待外れだ、もう良い」

(そうはさせないよ……っと!)

 

 彼女に向けて剣を振るおうとしたベルディアの腰目掛け、先とは違う位置から石を二つブン投げる。

 余裕綽々に剣を振り上げた所為で、がら空きとなっていた脇腹へものの見事に命中。ベルディアはまたも驚愕の声を上げ、オイィイィ!? と幹部らしくない叫びすら響いている。

 レシェイアは背が高いので、集団の後ろから投げようと思えば投げられるのだ。

 だからか、ベルディアはどうも彼女を見つけられない。

 

 そして一発目、二発目は行き成りの出来事だった事と、皆が目の前の魔王幹部に集中していたからか……この三発目が命中してから初めて、全員が驚いたように周りを見回していた。

 カズマも誰が投げたのかは分からないようだが、状況が好転しそうだとより冷静に思考している様子。

 

(ホイホイ逃げ回れぇ、逃げ回れっと)

 

 その間にもレシェイアは極力気配と音を消して集団のはずれを動き、ベルディアの意識内へ入らないようにする。

 

 ……魔王幹部を驚愕させる投石とは地味に恐ろしい。

 嫌がらせは嫌がらせでも、次に繋がった意味ある嫌がらせなのだから、そこも敵にとっては地味に痛い点だ。

 攻撃をその都度微妙にキャンセルさせられるのも、全く持って無視できない。

 

 レシェイアの妨害は、暗雲立ち込めていた戦場に確かな光を差し込ませていた。

 

(よしよし! このまま次はこっちに回り込んで……!)

 

 

「頑張ってクルセイダーさん! そんなやつ、今に“ミツルギさん”が来たら一撃で斬っちゃうんだから!」

「おうそうだ! 希望はまだあるぞ!! あの魔剣の兄ちゃんが来るまで持ちこたえようぜ!」

「おい、お前ベルディアとかいったな? 居るんだよなこの街にも! 高レベルの魔剣使い! 凄腕の冒険者がな!」

「そうよ……そうよ! 彼が来てくれれば、今以上にきっと……!」

 

 

 ―――そして行き成り、彼女の周辺だけ光が消えた……様に見えた。

 

 何せミツルギと言えば、やる気のない決闘騒ぎに巻き込まれた際、《自分が剣をへし折ってしまった》人物の名前だからだ。

 つまり、彼の来訪の有無すら知っている訳で……。

 

(……ねぇ……アタシが何か、やらかしたの? ……なんで?)

 

 まさか数刻すら経たぬ内に、しかも民衆たちの希望として名が上がるとは思わなかったか、ポカンと口を開けて呆気にとられ、走行すら止まってしまっていた。

 

 ……ちなみにレシェイアは彼に対して『魔剣の力に頼っているだけの、思い込みが強すぎて先が不安な少年』との評価を降しており、この場で名が挙がる訳も無かろうと高をくくっていたのも脚を止めさせた原因の一つだ。

 

 しかも。

 なんと有ろう事か思考を外してしまった、正にその所為で。

 

「では魔剣使いとやらが来る前に……本気で試すとしよう! 類稀に強固なるクルセイダーよ!!」

 

 ベルディアの頭部投擲による、戦場見降ろしを許す結果を生んでしまった。

 しかも正門に連なる外壁が邪魔をして、石を投げても当たらない始末。

 

 移動するしかないが、それでは見つかってしまう位置だ。

 

(うー……えーい! 仕方無いか!)

 

 ならば、どっち道バレるならば、作戦を変更しよう。

 レシェイアはすぐに切り替え、マン・ゴーシュを後ろ腰に差すと自力で城壁を駆けのぼる。

 

(同類達の中じゃスピードはワーストに入るランクなんだけど、アタシ……っ!)

 

 駆け昇っているその最中(さなか)に思わぬ()()を考えながら、少し離れた位置より猛ダッシュしてベルディアの背後より近寄る。

 

 翠色の角ばった“何かに”包まれながら走る彼女から、音など余り聞こえない。

 無音とは言い難いが、それでもこの戦場内では其方に集中しないと聞こえないだろう。

 なにより気配が薄いのだから、それだけでも充分過ぎた。

 

「耐えて見せる!!」

「無駄だああぁああっ!」

 

 血気盛んに剣を構え、ぶつかる両名の邪魔をするのは忍びなかったが……でもそれはソレで、これはコレ。

 姿勢を低くして詰め寄るや否や、思い切り伸びあがって、膝を突き付ける……!

 

「ほいっ」

「ぬふぇっ!?」

 

 そして遠慮もなくヒザかっくんを決めた。

 結果、行き成りの悪戯に反応できず、ベルディアは背中からバッタリ転倒した。

 

 彼を見降ろしながら、まずはカズマ達へと……

 

「カズマ! めぐみん! ダクネス! ……アラシはサポート、援護、それが十分で、それが一番!」

「え?」

「レ、レシェイア?」

 

 次に、ベルディアへと……

 

「……だからさぁ―――こっから参戦するらよ? 酒飲みレシェイア、ヘベレケレシェイア、このアラシが酔っ払いとしてねっ♪」

「オイ貴様、一体何者―――は? な、なに? なんだと?」

 

 そして周りと―――他ならぬ、自分へと。

 

「さっ、レッツ☆パーリィらよっ♫ ニャハハハハハハハハ!」

 

 高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 レシェイアの乱入により、状況は再び一変する。

 

 初級魔法と、スティール以外に使えないカズマ。

 後方に陣取り、何をやらかすでもなく見ているだけのアクア。

 既に爆裂魔法を撃ってしまっためぐみん。

 攻撃が当たらないダクネス。

 

 彼等の存在をフォローしながらなので、ワンサイドゲームとは流石に言えないものの……レシェイアの妨害により、それとなくでも優位性を保っていたベルディアが引っかき回されているのだ。

 

 

 今も、先より小さな傷が増えたダクネスが斬りかかろうとしているのを、ベルディアは余裕で待ち構えてこそいる。

 しかし……。

 

「くらえ!」

「……貴様の攻撃なんぞ喰らうもの―――ぬふっ!?

 

 余裕で避けようとした刹那、重たい物がベルディアの上に乗っかる。

 

「ぴょーんと跳んで、上にほ~いっ♫」

「ちょっ!!」

 

 何時の間に飛び上がったのか、その正体はレシェイア。

 しかも、次の瞬間にはがっつり音を立ててジャンプ、飛び退ってしまう。

 結果的に物理面、精神面でベルディアへ拍を作らせる。

 

「くぅっ! 舐めるなよっ!」

 

 が、流石に熟練。

 ベルディアは器用に体を捻り、剣を突き立てて体勢を立て直しつつ、ダクネスの攻撃を避けてしまった。

 

「ならば、強引にだっ! 聖騎士よ!」

「くうっ……!」

 

 ベルディアは声を上げて、片手で幾重も剣を振い始めた。

 上段から振り下ろした剣はそこで制止などせず、重さなど感じさせない軽々とした所作で斬り上げからの横薙ぎにつなげて来る。

 

 一斬、一斬により力が込められている事が、重厚な金属音から伝わってくる。

 明らかに不利な状況。

 しかしレシェイアは相変わらず酒を一口飲んで、ニヤニヤ笑うだけ。

 

「私、とてっ……!」

「フン」

 

 例え当たらずとも反撃しようとしたダクネスに、ベルディアは半歩詰め寄り、柄で剣の鍔へ一打。

 軽々しく打ち上げてしまう。

 

「何……っ!」

「未熟だな、女の聖騎士よ」

 

 

 

「未熟だな~、男の騎士よっ?」

「ぬどぅわあぇああぁ!?」

 

 ―――だが追撃は叶わない。

 ベルディアの小脇に抱えられた頭部、その前へと脈絡なくレシェイアが“ヒョッコリ”顔を出したからだ。

 

 視界の端から気配を消した唐突なドッキリ、挙句に目線を塞がれ、当然ながらに吃驚仰天。

 幹部であるベルディアも、思わず後方へ数歩分退いてしまった。

 先まで右方少し外れに居た筈。なのに、何時の間にやら近寄ってきていたらしい。

 

「むうん!!」

「ほいっ」

 

 横薙ぎに繰り出された斬撃をリンボーで避けたレシェイアは、片手を付いて体を捻り、続く乾竹割も回避する。

 そのままバック転を繰り返しながら遠ざかっていった。

 

 美しいアーチを描きながら進むそれは、一つの芸術といっても過言ではなく……(本人談)。

 

「ハイ、100てぇん!」

「要らん動作が無駄に上手いっ!?」

「あと自己評価高いですね」

 

 耐えきれなくなったカズマ達のツッコミも炸裂。

 上に投げていたらしい酒瓶をキャッチして、Vサインを決めながらラッパ飲みするオマケ付き。

 

「くぅっ……あの酔っ払いがチョロチョロと……っ!」

「隙を見せたなベルディア!」

「!? しまった……気を取られ過ぎたかっ!」

 

 振りかぶられたダクネスの剣は豪速を保ち、不意を突かれたベルディアのがら空きのボディへと、鋭い音を上げて吸い込まれていく―――!

 

 

……あっ……

 

 

 ―――けどやっぱり当らなかった。何故か後ろの岩が切れた。

 

「……貴様と言い、俺を何処まで虚仮にすれば気が済む「からのボーン!」どふえっ!?

 

 これぞ本当の隙有りとばかりに腰を思い切り蹴ったくるレシェイア。……一体どこから現れたのか。

 更に半回転しながら跳び上がり、ベルディアに着地して腕でジャンプ。

 

 不安定な体勢なのに追加で衝撃を加えられれば……隙が出来るなど言わずもがな。

 

「よし! 今こそ一撃っ!!」

「くぅうっ……ふぅ―――ぜぇっ!!」

「っ!」

 

 何かしらのスキルを使ったのか、不気味な燐光を放つ剣で強引に斬り掃われ、ダクネスは押し飛ばされてしまった。

 されど所詮は悪足掻きの剣。傷が増えはしたものの、大したダメージは無い。

 

「! 惜しいぞダクネス! ……後は……」

「うむ……何とか当たりそうだな! レシェイア頼むぞ!」

「ホイホイ、どんどんサポォトらぁ♫」

 

 傍目からでは見ているだけにしか思えぬカズマだが、実際より決定的な隙を作れないかと思考し続ける。

 他の冒険者とて見ているだけだとしても、皆段々と余裕を取り戻している様子だ。

 来ないとはいえ、ミツルギの存在が背後にあるのも大きいのだろう。 

 

「ええぃ! 酔っ払いなんぞに構っていられるか!」

 

 一方ベルディアはちょっと余裕がない。

 まともに取り合っては時間の無駄。ならばと首なし騎士は、対ダクネスに集中し始める。

 

ハンティングアタック(あしねらいのいしなげ)!」

 

「え―――あっ……ってのぐふぶほぉおっ!?

 

 ――レシェアが無視につきあうワケがなく、普通に狙い打たれて転ばされた。

 

「せえいっ!!」

「おわああっ!?」

 

 僅かな神聖属性を持ち、その筋力も相俟って鎧を傷付けられる危険性をはらんだ、鋭い一撃をダクネスが下す。

 

 ベルディアは慌てて転がって避け、意外な俊敏さを持って裂傷すらも免れた。

 やはり幹部。侮れない身体能力である。

 

 

「……イケるのか?」

 

 思わぬ善戦に、前線へ一歩踏み出ているカズマ達のみならず背後の冒険者達もが、勝利呼ぶの空気を前にざわめき始めた

 

「お、おい……俺達も参加するぞ!」

「そうだ……そうだな! よし、隙を狙ってみ―――」

「宣告!! 汝らは一週間後に屍と化すだろう!! ……ふふふ、今はこのぐらいにしておいてやるが?」

「「「うぃっ……!?」」」

 

 現実は甘くない。死の宣告と恐喝のコンボで、周りの冒険者を抑える始末。

 色めき立ち、それが伝播し統率どころではない。

 また運の悪い事にカズマ達側の動きも止まり、隙が出来たのも事実。

 

「ぬうん!!」

「おほぉっ……」

 

 近距離に居たダクネスを蹴り飛ばして一気に踏み込み斬撃を浴びせようと……。

 

「もいっぱぁつ☆」

 

 その刹那、三個の石がまとめて飛来してくる。

 豪速球は狙いこそ粗いが相変わらずの威力を持ち、そして幾ら粗くともちゃんと当たる機動だ。

 

 しかし。

 

「何度もくわぬわ! ……ぬぅん!!」

「あ」

 

 マントを翻し、ベルディアが腕を振るった瞬間、石が物理的に跳ね返されてしまう。

 頭部を握ったまま、正確に弾き返すその技量は、筆舌に尽くしがたい。

 逆にレシェイア目掛け、投げてから2秒とかからず石が飛来してしまった事になり……。

 

「なっ!? やべぇっ! レシェ」

「いよっ」

 

 ……ソレを半転して避けながら、左手で後ろから石を追いかける様にキャッチ。

 

「イア?」

「あらよっ」

「ぬあああぁああっ!?」

 

 そして回転を活かしながら投擲。

 結果、ベルディアの小脇に抱えた顔面スレスレを、豪速球が通り過ぎて行った。

 カズマの叫びも無駄になった。

 

「どうだ、今度こそっ!!」

「ぬ!? あ、甘いわっ!」

 

 三度(みたび)出来るチャンスにダクネスが横薙ぎの体勢を取るが、生来の不器用さが祟ったか後一歩の所で逃す。

 それでも、ギャリッと鎧を引っかく事は出来ていた。

 

「や、やった! 一発当たったぞ!」

 

 たった一発で、しかも自分の鎧より遥かに小さい傷だというのに、ダクネスは抑えきれないと大喜びしている。

 当たらない事を地味に気にしていたのを、まるで隠しもしない。

 集まっていた冒険者達を、カズマを、めぐみんを、レシェイアを、ベルディアでさえも何とも言えない眼にさせた。

 

「ふん! こんな物が何の役に立つのやら……嫌がらせしかできぬのなら、とっとと退くが良い。事実、ダメージなど皆無に等しかろうが」

「ならもっと嫌がらせ♫」

「させんわ! 何度もくわぬといったであろう!!」

 

 一つ高らかに宣言した瞬間ベルディアの剣が怪しく光り始め、タダならぬオーラを発し始めた。

 間髪いれずに発動した何らかのスキルに対し、既に投擲モーションに入っていたレシェイアは、遠慮一切なく先までと同様に投げ放つ。

 

「舐め切り、決め付けてくれるな。近寄り一刀の下に斬り伏せる事……それだけが、我が剣の真髄ではないのだあッ!!」

「な……!」

「なんだぁ!?」

 

 おっかなビックリ、放たれたのは何と“飛ぶ斬撃”。

 鋭く弧を描く三日月状の衝撃波が、幾度も振り抜かれたベルディアの剣より飛び出した。

 当然とばかりに石は斬られ、迫る速さも石とは段違いだ。

 そしてそれらの斬撃はレシェイアだけでなく他方向にもかっ飛んでいく。

 

「ぬわっ! ぐっ……!」

 

 幾つか掠らせながら、本当に受けてはいけない物だけを剣で強引にガードするダクネス。

 

「ひええぇええぇっ!」

「あ、あぶあぶあぶ!?」

 

 カズマは持ち前の幸運値の高さが功を奏し、悲鳴を上げながら何とか避けまわる。

 動けないからこそ首だけは引っ込めて。めぐみんが目まぐるしく瞳を動かす。

 

「ギャアアア!?」

「うおっ、こっちくんな!!」

「ちょ、ちょ、ちょっとおかしいですけどっ!? 私の方にばっかりいっぱい飛んでくるんですけどー!? 私が何したって言うのよクソアンデッドォッ!!」

 

 約一名ばかり己の所業を棚に上げながら、武器を掲げつつ凌いでいく冒険者達。

 本命のレシェイアは大きく距離を取ろうとして―――視界の端にカズマ達が移った途端、勢いを強引に殺した。

 

「ほっ! からぁのよいしょ!」

 

 何がやりたいのかギリギリで仰け反ってから、その場で二度宙返りし地面の砂を蹴りあげた。

 宙を舞う砂粒に、ベルディアは警戒の構えを取る。

 

 

あ、間違えら

 

 ……何も無かったらしい。

 

「ふざけるでないわ!? 警戒させおっ」

「からのカズマ~」

「―――! へっ、『ウィンドブレス』!」

 

 何も無かった? ソレは重ねて “否”。

 レシェイアの言いたい事をすぐに理解したカズマは、手を前に出し強烈な風を巻き起こす。

 ソレ単体では全く攻撃力が無い初級魔法は、しかし “組み合わせる” 事により新たなる道と真価を発揮する。

 

「なに!?」

 

 『クリエイト・アース』よりも粗く、しかし量の多い砂粒はものの見事に飛んでいき、風砂のカーテンがベルディアへ襲いかかり叩きつけられた。

 

「ちぃっ。やはり小賢しい真似しか「ぜえっ!!」―――!!??」

 

 ここで『不自然に』所在の知れなかったダクネスに気が付くも、時既に遅し。

 

「グゥッ……!!」

 

 渾身の一撃は、先よりもより大きい傷を鎧に作る事に成功していた。

 

 

 

 ―――流れは、確実にカズマ達の方へと傾いていた。

 

「よぉし! こうなりゃ次は……アクア! ターンアンデッドであのデュラハンを止めろ!」

「はぁ? 利かないって分かってるでしょ? カズマ、あんた頭大丈夫? っていうかバカなの? もう恥かくとか、無駄に動くとか嫌なんですけど。……あ、利かないって分かってるクセに声掛けてきたカズマは今恥を」

 

 そこから先の言葉はシャットアウトし、あの駄女神なんかに頼るんじゃなかったとカズマは軽く後悔。

 ……その効果かない魔法ですら、ベルディアは痛がってのたうちまわっていた事実を、三十分も経たぬ内に綺麗さっぱり忘れているらしい

 意外と自分の魔法が利かなかった事を根に持っているのだろうか。

 

 だがこれで、その中途半端な効き目を利用した足止めも、到底望めないという結果になった。

 そして……やはり目の前の好機(チャンス)に眼を向ける方が良いと判断して、レシェイアの行動一つ一つを見逃さない様に集中し始める。

 

「っえええぇいあああぁあ!!」

「ぬう……フフ……ハハハッ! どうしたベルディア! 私はまだまだいけるぞ!」

 

 目が慣れたダクネスが少しづつ連続攻撃に対処して、傷が付く頻度も耳障りな金属音も徐々に減り、すんだ音色が響き渡り始める。

 ベルディアは小脇に抱えた頭の位置を移動させ、レシェイアの動向を探りつつなので、先までより剣筋が鈍っている。

 

 またとないチャンスだが、カズマは当たり前に、背後の冒険者達も迂闊な行動を取れない。

 ガン! と鳴るサウンドに混じる重い剣撃も脚を止める一端となっている。何よりダクネスは強がってこそいるが、耐久よりも体力の消耗が激しい。

 

 スタミナが無尽蔵であり、どれだけ全力で剣を振おうと影響の無い、そこだけを抜き出しても反則なデュラハン(ベルディア)相手であれば当然なのだろうか。

 

 ……しかしそれでも尚、行動をとれる“例外”は居る。

 

「ニャハハハハ……♫」

 

 頭を片手に保持しているという特性を利用し、ベルディアの右側面から近付く……レシェイアだ。

 己の身体が邪魔となるベルディアも、苛烈さを増す剣を前にしたダクネスも、一様に気が付く事は無い。

 ただ、カズマとめぐみんだけが、悟られないよう次のチャンスを待ち続けている。

 

 剣を振い、耐久で凌ぎ、刃が舞い、硬度で弾く。

 

「っええええぇええい!」

「っ……あっ!?」

 

 つい、相手の行き過ぎなまでの力技を、大声も合わせて受け止め損ね、ダクネスの脚の位置がずれた。

 ―――その一瞬を、ベルディアは見逃さない。

 

「ぬええぃ!!」

 

 完全に力任せな、芸すらない横薙ぎ。

 空を裂く豪快なる一撃は、鈍く輝く黒金の塊を更に引き立たせ、純然たる“畏怖”を押し付けて来る。

 

 されどそれは……同時に《豪快が故に一瞬の隙を生む》という、小さな逆転の始まりに他らない。

 意表を突いて、レシェイアがこれまで通りダクネスの剣閃へ飛びこむように、ベルディアの腕を押しのけ、

 

 

 

「再三言おう……舐めるでないわ」

「あり?」

 

 ダクネスの鎧を斬りつけたそのままの軌道から、寸前で右方まで振り切られたベルディアの腕がレシェイアを “押しのけ返し” ……そこでダクネスも気が付く。

 

「! い、何時の間に……!?」

 

 ベルディアの頭が、何と()()()()()ある事に。

 いや、正確には数人ばかり僅かに見ていた。

 近付いた際一瞬狭まった視界を利用し、魔力らしきモノを爆散させて上に打ち上げたのを。

 

 

「おぼほっ!?」

「ストラーイクッ♫」

 

 ……そして次の光景に脱力する。その中の一人によって阻止されたのを。

 石ではなく大柄な “酒瓶” を投げつけられ、視界を強引に塞がれた所為で初動が遅れる。

 即ち反撃を許す事にもなり―――慌ててベルディアは少しジャンプし落ちて来る頭をキャッチ。

 

「も~一回!」

「鬱陶しいわ酔っ払いめがあっ!!」

 

 着地地点で待ち構えていたレシェイアの、手にしていた石を剣で咄嗟に砕き、ベルディアも負けじと追撃の速度を遅らせる。

 

「じゃあウォッカー!」

「は?」

「んで続けて『ティンダー』!!」

「ぬあ!? ほ、炎がっ…!」

 

 されど石をはたき落とされたとみるや腰に掛っていた大柄な酒瓶を叩き付け、中身をぶちまけた上でカズマが着火。

 追撃は見事に成功していた。

 

 ダメージこそ対して与えられないが、マントにまで燃え移り煌々と盛る炎が視界を遮り、絡み付く気流が行動を阻害している。

 愕然としつつもこれ位ならどうにかなると、無理矢理ダクネスを見据えようとするも……水分のない体や溝だらけの古い鎧が酒を滴らせず、より激しく燃えてしまう。

 

 続けて始まった剣劇ですら一方的な物など殆ど無くなっていた。

 

「くそっ! この炎さえなければ!」

「なら消してやるよ―――『クリエイト・ウォーター』から『フリーズ』!!」

 

 酒ならばレシェイアがまだ持っているし、避けようにも不可思議な動作の所為で成功の確率は高く、だからこそ水を受けるだろうと思ってカズマはコンボを決めた。

 

 ……が、ここでべルディアはある予想外の行動をとる。

 

「く、おおおっ!?」

 

 本人にとっても都合が良い筈なのに、何故か大仰な動作で水を避けたのだ。

 そう……対して攻撃力が無い筈の、初級魔法のただの水を。

 

 ダクネスとアクアは、ノリで避けたのかと勘違いして首を傾げているが……カラクリに気が付いた者もまた少なくない。

 

 思わずしまった!? といった風にベルディアが目を見開き―――カズマ、めぐみん、レシェイアの顔へは既に『弱点見つけたり』の “ニヤ~リ” とした笑みが浮かべられていた。

 

「水が弱点かああぁあっっ!!」

「良し! たっぷりと掛けてやるのですカズマ! もう上からドーンと!」

「水ならアタシ達には何の効果も無いかられぇ? ニャハハ!」

 

「つーわけで『クリエイト・ウォーター』!」

「『アクア・プルス』!」

「流水がよさそうだ、武器系は止めとけ……『ブルー・ストライク』ゥ!!」

 

 活気づいた魔法職達が次々に魔法を唱え、身軽な動作を見せて避けながらも、ベルディアが狼狽しながらに叫んだ。

 

「ほ、本当に何なんだ貴様らは!? 特にそこの男! アークプリースト! 紅魔族! 聖騎士! そして酔っ払い!! お前ら絶対に駆け出しの集まりじゃないだろう!?」

「まさか! 正真正銘の駆け出しだよ!」

 

 ベルディアの叫び声に、カズマは更なる絶叫を持ち否定を返した。

 

 

 

「カズマカズマ!」

 

 ……と、ここで漸く、アクアがカズマ達前線組の傍まで駆け寄ってくる。

 何やら嬉しそうな顔すらしており、ベルディアを爛々とした瞳で睨みつけてもいた。

 

「要するに水を掛けちゃえばいいのよね? なら水の女神たるこの私に任せなさい! 洪水クラスだって起こせる私の実力、見せてあげるわ!」

「アイツが避けられない規模でいいからな! 無茶はすんなよ!」

 

 カズマの呼びかけの利いたか否か、アクアは何処からともなく飛んできた杖を手に、頭上で、側面で、目の前でグルグル回転させてビシッとポーズを決め……叫ぶ。

 

「行くわよおっ! さっきまで活躍できず、アンデッドナイトにも追いかけ回されて、散々鬱憤溜めさせてくれた恨みっ!!」

 

 途端、不気味なまでに静かになり―――荘厳たる雰囲気を持って、詠唱が奏でられる。

 

「“この世に在りし生命の源よ、我が膝元に集いし水の眷属よ、汝が主たる水の女神、麗しき根源の頂点、アクアが命ず―――集え! 傅け! 我が身元へ!”」

 

 アクアの周りに霧状の水分が集まったかと思うと、次の瞬間には水の球と化し、頭上に集まりドンドンと高空へ昇っていく。

 

 単なる水滴の一粒一粒に、過剰なまでの魔力が注ぎ込まれている事など、疎いカズマにすら理解出来た。

 レシェイアの妨害も何故か止まり、ベルディアも避けながらにアクアから目を離せない。

 

 やがて瞬く間に不穏の空気が立ち込め始め、恰もエクスプロージョンが放たれる前の様な、空気の震えを皆に押し付けて来る。

 

 

 

      『ヤバい』 

 

 

 その空気を感じたベルディアは逃げ、

 ダクネスはベルディアの前に立ちふさがり、

 レシェイアは石を両手に構えて投げようとし、

 めぐみんはよりカズマにしがみつき……

 カズマは声を上げようとして――――

 

「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』アアアァアアアアアァァッ!!」

「「「「「うわああああぁあああぁぁ!?」」」」

 

 ―――刹那―――洪水が彼らへと襲いかかり、小さな翠光が一瞬だけ現れたかと思うと……背後の街を、冒険者達ごと呑み込んでいった。

 




……アクアェ……。

兎も角次回、第一章最終話です!

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