素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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今回はちょっと強引な描写かもしれません。
……しかも、次回もちょっと爽快感に欠ける予定です。

それはさて置き(オイ 本編ば。
魔剣使いな、少年との邂逅ををどうぞ。


魔剣使いの男

 めぐみん、ダクネス―――立ったままの2名。

 レシェイア―――荷台に座り込んだ1名、未だ硬直中。

 

 傍から見ていると、お前らは何を遊んでいるのか、と堂々ツッコミが入りそうな状態だが、いかんせん唐突に飛びこんできた状況が悪い。

 どう考えても茫然とせざるを得ないのだ。

 

 

「女神さま!? 女神さまじゃないですか!!」

 

 パッと見 “イケメン” という単語が瞬時に浮かんでくるぐらい整った容姿で、

 そして明らかに上級職であろう事を窺わせる、両刃剣と青い鎧の男。

 ……そんな彼が突然「女神さま!」などと叫びながら、此方を凝視しているのだから。

 

 しかも必死に猛ダッシュしてきており、そのスピードから来る迫力はかなりの物。

 二人のパーティメンバーらしき、薄緑髪の槍使いの少女と濃桃髪の盗賊であろう少女を置き去りにしている程だった。

 それでも彼のその奇行には慣れているのか。二人は余り驚いた顔をしていない。

 

 檻の中に居るアクアを見て、少しばかり呆れを含んだ溜息を吐く余裕すらあった。

 

 

 だが、最初から居ない者扱いされているとはいえ、紛れもない当事者である三人は……そう余裕で頷く訳にもいかない。

 めぐみんはぼーっとしているし、ダクネスは眼をコレでもかと見開いて口を引き結んでいるし。

 レシェイアは口は半開きのまま瞬きすらしない。

 

 見知らぬイケメン(仮)、女神発言に脈絡無しの横入り……コレにはめぐみんもダクネスも、レシェイアでも茫然としてしまって当然である。

 

……………

 

 檻の中のアクアに至っては未だに反応を見せず、何の弁明も説明も発さないという有り様であった。

 イケメン(仮)の言葉などまるで届いていない。

 目の光はすっかり失われ、無の形相で膝を抱えて黙りこんでいる。

 

「どうされたんですか、女神さま!?」

 

 彼が女神と呼んでいるのは、どうも檻の中に居るアクアに対してらしかった。

 しかし依然として反応は無し。虚しいくらいに静寂のまま一言も返ってこない。

 

「あっ。今気が付きました、あの得物って魔剣みたいですね」

「腰に刺さっれいるの? あれマケンらって?」

「はい。かなりの魔力を感じるので……恐らくは神器クラスの大業物だと」

 

 現実逃避しているのか、とりあえず様子を見ようとしているのかは分からないが、めぐみんとレシェイアは呑気に会話を交わし、ダクネスも横で頷いている。

 

 そうこうしている間にも状況は刻一刻と進む。

 

「女神さまっ! ……このっ……!」

 

 男はもう一度叫ぶが、尚も返事がないアクアの姿を見て、悲痛そうに顔を歪ませる。

 そして何故かレシェイア達の方を鋭い視線で一瞥してから、鉄格子をガッチリと掴み、傍目からでも分かるぐらいに力を込める。

 

「いくぞっ……!!」

 

「! あの人何をする気で……」

 

 めぐみんが驚き、少し身を乗り出す中。

 あろう事かその男は、ブルータルアリゲーターでさえ破壊できなかった鋼鉄製なモンスター用の檻を、力任せにいともたやすくグニャリと捻じ曲げてしまった―――!

 

 

 

 

 

「ぐぅうううんッ!! ……って……あ、あれ?」

 

 ―――訂正、全然曲がっていない。全く曲がっていない。

 

「…………」

「……?」

 

 めぐみんも合わせ、三人の表情は最初に戻った。

 

 彼を擁護するのなら、本当はちょこっと曲がっている。

 遠目からでも気が付けるくらいには曲がっている分、まだ良いのだろうか。

 もう実に小さい、実に些細。

 

 要するに、鉄檻は最初のキラッキラな状態のままだった。

 

「ぬうぅううぅうん!!」

 

 再び力を込め、思い切り曲げようとする剣士の男。ギリギリと音が鳴り、鉄格子からも耳障りな金属音が聞こえてきている。

 並の鉄造りならば、一発でグンニャリ大きく形を変えてしまいそうな、素晴らしい腕力だ。

 

 

 ……でもちょっとしか曲がらない。人なんか通れない。

 頑なに少ししか曲がらない。

 

「はぁ……まだ、まだ! はあああぁあぁあっ!!!」

「キョウヤ! 何だか分かんないけど頑張って!」

「そうよ檻なんかに負けないで! 負けないでよキョウヤ!」

 

 パーティメンバーの応援もあり、キョウヤと呼ばれたその男は、今まで以上の類稀なる膂力を発揮して見せる。

 その力、正しく金剛力のごとし。

 もし彼が、最強の攻撃力を持つとされる『ソードマスター』ならば、その面目躍如でお釣りがくるほどの怪力だった……!

 

 

 ……でもちょこっとだけしか曲がらない。

 少し開いたけどもやっぱり人は通れない、絶対に気持ちよく曲がってくれない。

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 

 やがて力を使い果たした―――というより諦めたのか、男は鉄格子から手を離してしまった。

 

 本当に何がしたいのか理解出来なくなっているらしく、めぐみんとダクネスはその場から動こうとしない。

 恐らく男の存在と、何故だか頑なに綺麗なままであろうとする鉄檻の、両方に対して驚いているのかもしれないが……。

 

「……バレないし、もちっと様子見ちゃお

 

 レシェイアだけはもうその奇怪な現象の大元に感づいているらしく、口角を僅かに上げて、日本酒と思わしきフルーティーな香りの酒をラッパ飲みし始めた。

 さりげに檻の傍まで近寄って、何やら荷物を触れさせてもいる様子。

 

「ふぅむ……こうなると……」

 

 さて一方。

 まだ諦めずに檻を見ているキョウヤだが、数秒間ばかり思考した後、もう一度檻に手を掛けた。

 

「よっ……!!」

 

 そこからなんと『持ち上げよう』とする。

 何故そこまでするのか? とレシェイアもまた思考して……今この状況が、第三者から見ればどんな状態なのかに気が付いた。

 

 ―――檻の中に入れられた女の子、馬車で運ばれる、そして護衛の様な者達が四人―――

 

 どう見たって白昼堂々……とは言い難いが誘拐している以外、考え付く状態が見当たらない。

 もしくは大ポカをやらかし過ぎて、奴隷として売られてしまうなど、もうそれしか答えが無かった。

 

(本人が出たがらないんです、とか誰も信じないしねぇ……)

 

 となると、キョウヤがとった行動にも一応納得がいく。

 このまま連れさられない様に、一旦檻を道端へ置いておこうとしているのだろう。

 もしくは荷馬車の様な不安定な足場から降り、力を入れる為に土台をしっかりさせようとしているのかもしれない。

 

 ねじ曲げる事は敵わずとも持ち上げる事は上手く行ったのか、荷台から鋼鉄の檻が浮いた。

 汚名返上とばかりに怪力を発揮し、そのまま地面へと持ち運んでしまった。

 

 

 されど―――どんでん返しこそ起きなかったものの、状況が好転した訳でもない。

 

「んっ!? ……はぁ……やっぱりだめか?」 

 

 檻はやっぱり曲がらないのだから

 

「……それにしても、何なんだこの檻? イヤに硬いし、変に重いし。……まあ、僕の力でどうにもならなかったって、出鱈目さを持つ訳じゃあないみたいだけど」

 

 そう呟いた彼をみて、どうしてかレシェイアの表情が少々複雑なモノになったが、誰も気が付かない。

 そのまま凝視していた檻から目線を離さずキョウヤは腰へ手を伸ばす。

 

「こうなったらこうするしかないな。こんな事に魔剣(グラム)を使うのは、余り好ましくないんだけどね……」

 

 言いながら、腰に刺さっていた豪華な柄からするりと両刃の剣を抜き出してくる。

 

 ゾクッ……とする深みある輝きを湛えたその両手剣を、彼は片手で楽々と持っていた。

 傍目からではそこまで鍛えている様にも思えず、鎧が体型をある程度補っていても、片手持ち余裕なマッチョには到底見えない。

 一体全体どういう訳なのだろうか。

 

 まわりからの疑問を何度も無視する形で、キョウヤと呼ばれた男はグラムと名を呼んだ魔剣を振りかぶり、そのまま檻へと一閃を―――

 

 

「まて。先程から勝手に檻を曲げようとしたり運んだり、一体何者なのだ貴様は。アクアの知り合いにしても、肝心のアクア自身が全く反応していないのだが?」

 

 ―――叩きいれる前に、ダクネスに腕を掴まれて止められた。

 

 漸く目の前の異質さを受け入れた……というより割り込むタイミングが今しか無かっただけらしいが、それでもその眼光は鋭い。

 ブルータルアリゲーターに集られていた鉄檻を、羨ましそうに見て「楽しそう」などとお馬鹿な言葉を口にしていた、数時間前とMっぷりとは一線を画すかなりのギャップである。

 

 それこそ聖騎士の称号を受け取るにふさわしい、立派なクルセイダーに相応しい姿だった。

 

「む…………ふぅ……」

 

 対して、キョウヤはそんなダクネスを見るなり何か弁解するでもなく、溜息を吐きながら軽く肩をすくめて、やれやれとばかりに首を振った。

 『自分は厄介事に巻き込まれたくはないんだけど仕方ない』と言いたげに。

 いきなりそんな行動を取られたモノだから、ダクネスの顔へ明らかに “イラッ” とした物が刻まれている。

 

 

 その傍ら。

 めぐみんは一先ず様子見する気か口を挟まずに傍観へ徹し、代わりにレシェイアが檻の中のアクアへ声を掛けていた。

 

「アークアぁ~、何か女神がどうとか言ってる人が居るんらけろぉ? あの人知り合い? 知り合い何ら?」

女神? 女神…………女神……!

 

 ゆっくり顔を挙げる → 何を言っているのかと怪訝に思う → ハッとなる。

 このプロセスをものの十秒でやり切ったアクアは、先までの鬱な雰囲気を一気に霧散させて、檻の中で勢いよく立ち上がった。

 

「そう! 私は女神よ! 女神なのよっ!! 良く分かっているじゃないレシェイア……つまり私にこの状況をどうにかしてほしいと、そういう訳ね!!」

「おぉ~……」

 

 ずっと膝を抱えている様でいて、その実ちゃんと話を聞いていた事が分かり、意外だったとレシェイアが声を挙げた。

 

 そして、どうもカズマから預けられていたらしい鍵を彼女から受け取り、アクアは自分で手を伸ばして錠前を外す。

 ……何で直接レシェイアに頼まなかったのか? 彼女の行動は常に謎である。

 

 

 モゾモゾと檻から出てきたアクアは、安堵の眼差しを向けるキョウヤを見て、ビックリするように眼を見開いた。

 

「え? …………アンタ、誰?

えっ!?

 

 どうも知らない人物だったから驚いていた様子。

 

 ―――そう言いたいところだが、キョウヤの方は本当に素で驚愕しているので、アクアが忘れているだけなのだろう。

 

「何を言っているんですか女神さま!! 僕ですよ僕、御剣(みつるぎ)響夜(きょうや)です! あなたにこの魔剣グラムを頂いた!」

 

 コレまた驚くべき事に、彼はカズマ―――本名:佐藤和真と同じく、日本からやってきた者らしい。

 普段の言動と、アクシズ教の所為で冗談としか思われていないが、アクアは本物の女神であり転生の間で働いていた者でもある。

 なので、少なくとも信憑性は高くなったと言える。

 

 問題はアクアが忘れていることと、傍から聞けば戯言の一種としか受け取れない事なのだが……。

 

「あ! あ――――! 思い出した、あの主人公っぽい人!! やー、ごめんなさい? 結構たくさんの人を送るから、忘れてても仕方ないわよね!」

 

 思い出せたおかげで会話はスムーズに行きそうだ。……が、本人の前で忘れていたと、ハッキリ言うのはいかがな物なのか。

 ミツルギもかなり顔をひきつらせてしまっているし、後ろのパーティメンバー二人は睨んですらいた。

 

 尤も再会の喜びの方が強いのか、ミツルギはすぐにアクアへ笑いかける。

 

「アクア様、お久しぶりです。僕はあなたより賜ったこの魔剣グラムを手に、ソードマスターとして日々モンスターや魔王軍と対峙しています。レベルも37まで上がり、38とて目前です」

 

 その発言に、今度はめぐみんとダクネスが驚いた。

 

 ソードマスターかも? という可能性は彼女達も頭に浮かべていたが……本当にソードマスターでしかも自分達よりかなり上のレベルで神器クラスの魔剣持ちとくれば、コレでビックリしない方が嘘だ。

 

 後ろの少女達も、彼の成長ぶりに自慢げな顔をしている。

 

「……ところで、アクア様は何故檻に閉じ込められていたのですか? そもそも何故この街に?」

「あー、それはね」

 

 アクアは過去の出来事を思い出しながら、ミツルギの疑問に答え始めた。

 とある転生者の手により引き摺りこまれる羽目になった事。

 だからこの街で働いている事。

 今回のクエストで、檻に入って水に浸かっていた事。

 

 それを聞いた途端、穏やかな空気は霧散し、ミツルギは(まなじり)をキッ! とつり上げ―――

 

「何を考えているんだ、あなたは!」

「ふぇ?」

 

 ―――『レシェイア』に詰め寄った。

 

 恐らくは酔っ払っていることと、容姿的に年長者である事から、彼女に責任があると思ったのかもしれない。

 

 されど当然、レシェイアにとって前半など身に覚えのある物ではなく、意味が分からないと首を傾げている。

 その所作はミツルギのかんを刺激した様で、どんどんと滲み出る怒りが増して行く。

 

「ああ、僕も思い出したよ。レホイ・レシェイア……この街一番の大酒飲み。

 その目にその髪。貴族でもないのに、名字を持っているなんて少し変だとは思った。レホイ家なんて貴族はこの国にも幾つかの隣国にも無いからね。

 けど、何より酔っ払い続けている上最弱職の冒険者なのに、一人でクエストをこなせるなんて噂も充分におかしかったんだ! つまりあなたは今迄(いままで)ずっと彼女に……っ!」

え~……?

 

 “や、そんな事言われても。”

 ……とばかりにレシェイアの顔が面倒臭さを隠さずに歪むが、ミツルギは馬鹿にしていると取ったのか更に詰め寄ろうとしてきた。

 

「ま、まってまって! 私は引き摺りこまれた事とかもう気にしてないし、何だかんだで楽しい生活送ってるし、魔王倒せれば帰れるし! それに今日は酷い目にもあったけど、その分三十万エリスの大金がもらえるのよ? しかも分配じゃなくて私一人に!」

 

 得られる金額に興奮しつつアクアはそう言ったものの、ミツルギは何故だか余計腹を立て……やがて可哀想な物を見る目でアクアを見つめた。

 

「……アクア様、一体どうやって丸めこまれたんですか……? あなたは、あなたは女神なんですよ? なのにこんな目に遭って、こんな扱いを受けて、それでたったの三十万ポッチ? ……女神なのに、それがこんな……。ちなみに、今は何処で寝泊まりしているのですか?」

「馬小屋だけど?」

「はぁ!?」

 

 最早今にも激昂の怒声を叩き付けんばかりの迫力で、レシェイアへ向けて思いっきり踏み込むミツルギ。

 自分は酔っ払い続けて何もしない癖に、パーティメンバーには弱みでも握って働かせるその傲慢さ(があるとミツルギは思っている)が許せないのだろう。

 

 と……。

 

「いい加減にしろ。アクアは兎も角、レシェイアとは初対面なのだろう。噂だけ耳にし、面識すらも無い相手へいきなりそんな態度とは、無礼にも程があるんじゃあないか?」

 

 恍惚としている時でさえ表情を隠そうとしていたダクネスが、珍しくはっきり怒りの色を目に映し、レシェイアとミツルギの間に割り込んできた。

 ミツルギの言い分にめぐみんの瞳も吊りあがっているのが、強い苛立ちが生まれている確固たる証拠と言えた。

 

 レシェイアは気になる事でもあるのか探る様な眼付をしつつ、小さく溜息を吐いている。

 

(お金持っているからそんな事が言えるんだろうけどさ?)

 

 そもそもミツルギの言い分は少々自分勝手だ。まず、金銭感覚からして差異があり過ぎることに、自覚が無いのが良い例といえる。

 

 それを踏まえて言うと……彼の提案はお腹をすかせた金の無い貧乏な人に、金を持っている人が物を食べながら『どうしてお店で食糧を買わないのか?』と問い掛けているに近い。

 立場に鑑みないその言い分は、悪気があろうと無かろうと侮辱しているに等しかろう。

 

 更に馬小屋生活は初心者には必須で、人脈造りにも必要な場所。

 臭いしお世辞にも宿屋ほど清潔とは言えないが、掃除さえすれば汚いままでもない。

 寧ろ雰囲気が気に入っている上級職もいるほど。

 

 加えて彼は女性という事で幾分か自制はしている様だが、それでも初対面なのに仇か何かの如く叫びつけ、掴みかからんばかりの態度だ。

 そりゃあ誰だって怒りの一つは抱いてしまう。

 

「あの人って……!」

「あぁミツルギさんだ……」

「マジか、本物かよ……」

 

 彼に悪気自体はないのだろう。

 現に後ろのパーティメンバーの二人には慕われている様で、駆け出しで無い事からそれなりに人との交流もあろうし、周りの街人達の中にはまるで有名人を見るような眼差しで、彼を見つめる者すら存在する。

 

 どうも感情が先走り突飛な行動に出ている様だった。

 

 それでもめぐみん達の怒りだって間違ってはいない。

 アクアも、場の空気の悪さだけは感じ取っている。

 ミツルギだけが彼女等の違和感に気が付く事はなく……目に留まったのは、止めに入ったダクネスの第一印象のみだった。

 

「貴女は、クルセイダー? それにアークウィザードの子に、アークプリーストのアクア様……。なるほど、パーティーメンバーにだけは恵まれているんだね。

なら尚更じゃあないか……自分は高い酒を飲み荒し、楽をし、なのに仲間には馬小屋生活を押し付ける。恥ずかしいとは思わないのか?」

「そう言われてもぉ……ねぇ」

 

 だってアタシ、パーティメンバーじゃないですし。カズマのパーティですし。

 そもそもお金無いのはアクア達本人らの所為ですし。

 

 そんな意図の呟きを、しかしミツルギは別の意味で取ったか、納まっていた怒りが再燃した。

 

「女性だからと、少しは抑えていたつもりだったけど……もう我慢出来ないよ。さっきも酒を飲んでいた所からするに、気を引き締めるという最低限の事も知らないなんて危なすぎる。それに……優秀そうな彼女等を、こんな持ち腐れにさせる境遇へは置いておけない」

 

 そう言いながら、キョウヤはめぐみん達へと憐みの混じった笑みを向けてきた。

 

「君達、随分と苦労したみたいだね。何で丸込められたかは知らないけど……でも、絶対に開放して見せる! だから、これから僕と一緒に来ると良い。馬小屋になんか寝かせないし、装備品だってもっと良物を揃えてあげられるよ。

 それにソードマスターの僕、戦士のクレメア、クルセイダーの貴方。盗賊のフィオにアークウィザードのその子、そしてアークプリーストのアクア様! これ以上ない位にバランスのとれた、ピッタリのパーティー構成じゃないか!」

 

 レシェイアは彼の言葉を受けて、幾度目かも分からない溜息を吐く。

 何度も言うが彼女等はカズマのパーティーなのだから、レシェイアが勝手に決める権利はない。故に黙っている他無い。

 それに酔っ払いだからと理解されない事は実際多々あり、彼女にとっては日常茶飯事だった為、怒りも余り湧いてこない様子だ。

 

 もっと言えば話掛けられているのはアクア達で、決定権の何割かは彼女達に有る。

 

 まあ言い分こそかなり自分勝手だが、境遇や待遇的としては其処まで悪くはない。

 心が動いたのか、三人は顔を見合わせヒソヒソ話をし始めた。

 

「……ヤバいんですけど。ナルシスト系で何かヤバいんですけど。勝手に話進めるしでもう激ヤバなんですけど。しかもお得意様(けな)されてちょっとムカつくんですけど」

「……こう言ってはなんだがな、受けるのが好きな私でも、あの男は一発殴らないと気が済まない。付き合いのある知人を醜聞だけであそこまで言われると、流石に少し怒りが湧いてくる」

「……撃っていいですか? あのすかしたエリート顔に、爆裂魔法一発いいですか? 一昨日も昨日も奢ってくれた人へ明け透けに言いまくるあの人に、エクスプロージョンをいいですか?」

 

 大不評だった。

 

 まあ、話を聞かないその上に第一印象だけで、時々ご飯を奢ってくれる知人の女性を侮辱されれば、相手の主張を否定したくなっても仕方ない。

 それにしつこい様だが彼女等はカズマのパーティメンバー。

 経緯からして彼だからと集まった様な物なのだし、幾ら魅力的でもミツルギに就きたいとは思わないのだろう。

 

 レシェイアは様々な物が混じった、複雑な笑みを浮かべ彼女等のヒソヒソ話に加わる。

 

「で、ろーすんの? 帰っちゃう?」

「ええ……原因の私が言うのもなんだけど、あの人にはもう拘わらない方がいいと思って……」

「りょーかい♫」

 

 レシェイアは頷くとミツルギの前に立ち、身長差から目線が少し合わない為に、僅かばかり覗き込んで彼に結果を伝えた。

 

「あの……満場(まんじょー)一致で行きたくない見たいなんで、お暇させてもらいます。じゃあねぇ、ミツルギ」

 

 なるべく意識して、ろれつ回るようにつつペコリ頭を下げてから、そのまま馬を歩かせミツルギの傍を通り抜けて行くレシェイア達。

 流石に話を聞かないといっても、正面からハッキリと拒絶の意を伝えれば、この場限りだとしても納得して引いてくれるだろう。

 

 せっかく纏まりそうな状況を崩さない為にと、手に持っていた酒に強引に蓋をし、バッグへしまい込んで荷馬車の後を追うように歩き始めた。

 

 

 

「えーと……退いてくれらい?」

 

 ……がミツルギに立ちはだかられ、すぐに歩みを止める羽目となった。

 

 ここまで話を聞かない人間だとは思わなかったのか、レシィエアは何時ものヘラヘラした笑顔とは違う、かなりイヤ~な表情を作ってしまっている。

 

「悪いけど、僕に魔剣という力を与えてくれたアクア様を、こんな環境へ置いておく訳にはいかない。ましてや自分の私利私欲の為に人を振り回すなんて、許されない事だ」

「あー……」

 

 何やら喉から出かかった言葉を、レシェイアはなんとか寸前で呑み込んで続きを聞く。

 

「貴方にはこの世界は救えない。この世界の救うのは……魔王を倒すのは、このボクだ。本来の目的から考えても、アクア様は僕と一緒に来た方が断然いい」

「や、魔王とか言われてもさぁ……アタ―――」

「……貴方は、僕を何処まで呆れさせるんだい? よりにもよって魔王すら如何でも良いなんて……。……あぁ。もう何が何でも、見逃す訳にはいかなくなったよ」

(まだ最後まで言ってないんだけど……)

 

 もう何も言えないらしいレシェイアはマヌケに口を開けてしまうが、その間にもミツルギが主導権を握ったままに、話はどんどん進んでいく。

 

「貴方はこの世界に持って来られる “者” として、アクア様を選んだって事だよね?」

「あのさ……」

「確かに盲点だった。“モノ”なのだから、そんなことだって出来てしまうんだって……だから、敢えてそれを利用させて貰うよ。本当はこんな事したくも無いし、厄介事に巻き込まれるなんて御免なんだけど……状況が状況だ」

 

 ミツルギはゆっくりと右腕を挙げ、レシェイアを堂々とした動作で指差した。

 

「僕と勝負しよう。僕が勝ったら君のパーティのアクア様を譲って貰う。代わりに僕が負けたなら、何でも一つ言う事を聞こうじゃないか。……尤も、絶対に負けられない、故に油断なんか……しないけどね。どうだい?」

嫌だ

 

 断った。

 即行で断った。

 いっそ清々しいまでに躊躇いもなく、隠そうともせずに。

 

「やっぱり怖いんだな、自分の今の優越な立場が消えてなくなる事が……卑怯者め」

 

 ……しかし駄目だった。

 ミツルギはすらりと魔剣グラムを抜き、レシェイアに突き付けた。

 

「悪いけど、絶対に受けてもらうよ……もう、逃がす訳にはいかない。あなたの様な人物を、これ以上放っておく訳にはいかないんだ!!」

「え、えぇ~……?」

 

 予感はしていた。

 レシェイアも、それは感じ取っていた。

 どうあっても彼は立ち退く気は無く、話すらも聞かない事に。

 

「あいつって、レシェイアじゃないか……?」

「遂にやらかしたのか……」

「酔っ払っててうろつき回って、今まで騒動が無い方がおかしいのよ」

 

 更に幾ら酒乱で有る彼女を信用している者が居るといっても、飽くまでギルドや冒険者組織関連のみ。

 大多数は胡散臭い物を見る目だし、アクシズ教の影響も無視できず、個々人の栄誉の違いからか、周りの街人達まで余り良い雰囲気ではなく―――。

 

 

「行くぞ、レホイ・レシェイア!!」

(……笑ったバチがあたったの……?)

 

 

 決闘が、さも必然とばかりに勃発した。

 

 




次回……なんと予測不能。
魔剣使い・ミツルギ 
  VS
平手使い・レシェイア

急きょ、勃発!

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