素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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連投二話目です。
また、一人称から始まります。



奇行、理解不可能

―――――――

 

 唐突ですが……私、ルナと言います。

 アクセルの街にてギルドの受付嬢をしている身です。

 日々冒険者皆様に仕事や最新情報などを伝え、案内するのが主な仕事ですね。

 

 他にも換金のお手伝いやクエスト受注の中間処理、緊急時の連絡など多々ありますが、命を掛けて闘う皆様の補助が出来ているという誇りもあり、やりがいのある仕事だと思ってます。

 

 ですが―――冒険者の皆様は十人十色。

 しかも比較的常人な方ならばともかく、クセの強い方もいらっしゃいますので、精神的に疲れを感じることもしばしば有り得るんです……。

 

 この前も紅魔族の方特有の、大仰でとても長い自己紹介に付き合わされてしまったり。

 人間不信気味な、紅魔族の方とのコミュニケーションに酷く時間がかかったり。

 金髪碧眼の女性の……どう考えてもマゾヒストな呟きを聞き逃そうと必死になったり。

 

 見た目が良い方に限って、如何して妙な方向に振り切ってしまうモノなのでしょうか?

 容姿がとっても厳ついモヒカンの男性は、とても社交的で親切なのに……。

 瞳に影を落とす不気味なローブの男性は、いつもお釣りは要らないと朗らかに笑うのに……。

 

 ですがそれでもまだ、彼女等は良い方だったのだと、私は今強く実感しています。

 何せ―――

 

 

 

 

 

「らぁからさ~? ちゃんと(しぇん)エリス持って来らって言うのにぃ……ひっく、何れアタ()は登録が出来ないろ?」

「いや、ですから……酔いを醒ましてからの方が宜しいと、先から何度も……」

 

 ……酔っ払いに絡まれていますから、現在進行形で。

 この方は “レホイ・レシェイア” さんと言い、一昨日辺り、朝一でギルドへと冒険者登録へ来た方です。

 ちなみに、自ら名乗って下さいました。

 

 初めの内は冷やかしだと思ったんですよ? 見ての通り酔っ払っていますし。

 おそらくですが仕事の仲間内で飲んでいて、盛り上がり過ぎから冗談で登録するように言われ、それで此処のカウンターに来たのだと最初は思ったんです。

 

 けれどもその時から違和感を感じるべきでした。

 私が受付嬢の業務を続けている中で、過去一回も出会っていなかった方でしたから。

 強烈に残るインパクトを持った彼女に、ここで疑問を抱くべきだったんです。

 

 ―――ただモノではないと言う事に―――

 

 えぇその日の内にまたやってきました、今度は登録料が必要だと告げて丁重にお帰り願いましたが。

 ……けど今日は千数百エリスばかりの金銭を手にまたやって来ました。

 やって来ちゃいました

 今度はどうやって説得したものでしょうか。

 

「ね~ぇ? なんれダメなのか教えて欲しいんらけろ? アタシだけ差別はダメれしょ!」

 

 酔いを抜いてから来て欲しいんですけど……伝わっていないのでしょうね、確実に。

 確かに登録する際に危険がある訳では有りませんし、酔っているかどうかは実際の所、全くとは言いませんが関係有りませんよ?

 

 ……でも、かなり不安になるんです、この人。

 時間を開ければ皆さん素面に戻っていますし、真っ赤なままの人だって珍しい位。

 にも拘らずいつ来ても絶対に、へべれけに酔っている時点で……なんだかもうかなり不安です。

 酒浸りにも程が有るでしょう、と健康の観点と親切心から忠告したいぐらいです。 でも聞く耳を持たないかもしれませんね……ハイ。

 

 誰か助けて欲しいのですが……勇気と常識を持ち合わせた、素敵な冒険者の方がここでサッと会話を打ち切って―――――あ、目を逸らされました。

 ならばあの方―――は、すぐに出て行ってしまいました……。

 では手前の剣士職の方―――はそもそも見て見ぬフリをされてますね。顔を固定してまで関わりたくないなんて……確かに酔っ払いに絡んでも、大抵の場合は碌な事が有りませんけども……。

 

 だ、誰か一人でもいませんか……!

 酔っ払いという性質の悪い生き物に立ち向かえる、勇猛な冒険者の方っ!

 

「聞いてんのぉ? れぇってばぁ」

 

 ―――あぁ、やっぱり私が対応しなければ行けないのですね……グスン……。

 

「な、何度も申し上げてますが、酔いを醒ましてからもう一度伺ってください。不確定要素が否定できない以上、ギルド側としても確実性が乏しい事柄は受け辛いモノでして……」

「らいじょーぶらって! ア()シ、コレでも素面と同じ状態らから♫ ら~かられんれん(全然)だいじょーぶぃ! ……うぃっ」

 

 酔っ払いが酔っていないと言うぐらい、台詞に信憑性が有りません―――いえ、彼女は酔っ払いそのものなんですけれども。

 うぅ……このやり取りをあと何回繰り返せばよいのでしょうか……?

 

 しかしこの人、プロモーションも良いですし容姿だって悪い方では有りませんよね。

 真っ赤に出来上がっていなければ、それこそとても美人な方だと私にもわかります。

 ……半眼、涎、酒臭さの三つで、判別がとても困難ですけれども……。

 どうして酔いが醒めないままいらっしゃるのでしょうか?

 普通に窺ったのならば、私共とてスムーズに登録まで済ませますのに……。

 

「アタシをしんよーして頂(らい)な? バッチリ済ませて見せちゃうぞ~っ♫ ニャハハハ!」

 

 筆記ですらふらついて、ミミズもかくやの文字になりそうなのは、多分気のせいではないと思われます。

 もはや彼女が酒に酔って緊張を紛らわしているのか、酔った勢いで登録しようとしているのか、分からなくなってきました……。

 

 ここは受付嬢としても女性としても、キャリアが長く経験豊富な先輩に頼りましょう!

 

「―――!」

「―――……」

 

 あっ視線を露骨に外されてしまいました……。

 先輩でもこの酔っ払い相手は御免こうむりたい模様です。災難が終わりません……。

 

 こうしている間にもレホイ・レシェイアさんは酒瓶を片手に、カウンターの上へ上半身を投げ出しつつ、ヘラヘラ笑いながらお酒臭い口で語りかけてきます。

 

「ら~かられぇ、冒険者になららいとお金尽きて、お酒買えなくなちゃうんら。そんらのアタシ、耐えられらいんらよぉ~っ……グビッ、グビッ」

 

 ウィスキーを一気飲みしてますよ、この方。

 倒れないのがとても不思議です。一体どのような体をしているのでしょうか……?

 

「あ」

「あ?」

 

「アああァアああぁぁっ!!!」

 

「ひゃっ!?」

「「「うわっ!?」」」

 

 ちょ、え、ま……い、い、行き成り何!? 何なの!?

 

「お酒……中身無くなっちったぁ……。おつまみも無いし、無~いしぃ……今日は帰ろ……うんそうしよ。帰ろ帰ろぉ~♫、おうち帰~ろぉ~♪」

 

 そう言いつつ、妙に綺麗な歌声を響かせながら、ようやく解放してくれるレホイ・レシェイアさん。

 結局冒険者登録をする事無く、一頻り騒いだ後……そのまま、彼女はギルドから出て行ってしまわれました。

 私はというと……どっと疲れが来て、思わず溜息を吐いてしまいました。

 

 ギルド内へも、明らかにホッとしたような雰囲気が流れます。

 

 皆さんやっぱりハラハラして、どうなるか不安でいらしたんですね。

 心配していただいただけでも、何よりです。本音を言えば助け船が欲しかったのですが、それでもこの状況を乗り切った手前、平穏に対してこれ以上の贅沢は言いません。

 

 

 ――そうしてレホイ・レシェイアさんが立ち去ってから、約2時間後。

 

「オイ! 見てくれ凄い物見つけたんだぜ!!」

 

 ギルドへ意気揚々と帰って来たのは、テイラーさん、キースさん、リーンさん、チンピr……ダストさんのパーティー。

 何やら手には大きな牙をもっていらっしゃるようですが―――――って、アレはまさか!?

 

「おいおい……ダスト! お前ら“初心者殺し”を狩ってきたのかよ!?」

「ふふふ、どうだお前ら、すげぇだろう!!」

 

 “初心者殺し”

 ゴブリンやコボルドなどのモンスターを追い立て、実質生き餌として使い、それを討伐しようと闘う初心者を狙う事からその名が付けられたモンスター。

 初心者では到底倒せない事、ずる賢いとまで言える知能を持つ事から、相手取るのはとても困難なのですが……。

 

 そして、ダストさん達のレベルではとても厳しいモンスターの筈。

 頭から疑うのは失礼に値するでしょう……しかし正確な情報の為にも、質疑応答は必要です。

 

「何言ってんのよ。たまたま息絶えてた“初心者殺し”の牙を、あたし達が偶々抜き取っただけでしょ?」

 

 リーンさんが、あっさりと真実を告げてくださいました。

 ダストさんの双肩が目に見えて落ちたように感じます……周りからの視線も呆れが増えたように感じますね。

 

「ダスト様。念の為、パーティーメンバーの皆さまの冒険者カードを、ご確認させていただいても宜しいでしょうか?」

「……へい……」

 

 討伐した魔物が記載される欄には―――やっぱりありませんね、初心者殺しの名は。

 すぐバレてしまうのですから、虚勢を張らない方が宜しいでしょうに。 

 

「誰が倒したか知らんが、とても惜しい事をしていたな」

「だよなぁ。売ればトンでも無く高価だってのにさ」

 

 そう語るテイラーさん達の周りへ、興味を持った冒険者の皆様方が集まっていきます。

 

「で、で、どんな感じで倒れていたんだ?」

「なんかさ、結構奇妙だったんだよなぁ」

「奇妙って?」

「“初心者殺し”は胴体を潰されていてな。だからこそ牙を綺麗な状態で抜きとれた訳なんだが……」

「でもそれ以外に目を引く物が有ったの! “初心者殺し”の周囲に、超大っきなクレータが刻まれてたんだから!」

「クレーター!? マジか!」

 

 なるほど。

 クレーターを刻み、胴体を潰して倒すとなると、クラスは幾つか限られてきますね。

 

 ……しかしそこまでの上位職、上位スキル持ち、高レベルな冒険者ならばアクセルの街に名が知れていても不思議ではないでしょう。

 例えば―――ミツルギさんなら武器を持ちかえればそのような芸当も可能でしょう……しかし、彼の武器は優れた切れ味を持つ“両刃剣”です。

 だから除外する他ありません……ならば一体誰が?

 

「つーかさ、“初心者殺し”はもう一匹いたし、ソイツ以外にもついでみたく結構潰されてたよな?」

「そうそう! もう一匹頭を潰された“初心者殺し”を見たときは、もう結構びっくりしちゃって!」

「クレーターは焼けてたか? 焼けた跡があるならアークウィザードで決定するぜ?」

「いや、焼けてなかったんだよ。だからアークウィザードじゃないか、それとも土属性の魔法を使ったかのどっちかだと思う」

「何か、巨人に踏まれたみてぇだったぞ? ならやっぱ魔法じゃね?」

「そう考えるのも妥当だけどさぁ……」

 

 どちらにせよ不思議な方です、折角の手柄を放置してしまうなんて……。

 

 ―――もしかすると、その方は金銭的に苦しくなる初心者の方達へ、ささやかなるプレゼントとして素材を残したのでしょうか?

 ……そうだとするならば、先のレホイ・レシェイアさんとは大違いです。

 彼女も少しだけ、ほんの少しだけでも宜しいですから、その謙虚さを見習っていただければよいのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “初心者殺し”の怪死事件が報告された―――その翌々日。

 

 

「あ~ぁ。今日も断られたった()。うーむぃ、う~むぅ……いったい何でらの?」

 

 受付嬢に散々迷惑をかけた、酔っ払い女ことレホイ・レシェイア。

 彼女は今……今日も今日とて酒瓶を片手に持ち煽るように飲みながら、酔っていることを明確に示す千鳥足でふらふらとアクセルの街を歩いていた。

 

 指の間で酒瓶の細くなった部分を挟み、ぶらぶら揺らしながら、上を向いてプハーッと息を吐きつつ口を開く。

 

「あ、そーいえばこの前のニャンコは何らったんだろ? でもまぁ……ニャンコ何かじゃあ、腹の足しにもなららいんんだよれ~……うぃっ。あぁ、ゲコちゃんは何処行っちゃったんだろぉねぇ?」

 

 意味不明な事をつぶやきながら、時折しゃくりあげては歩みを止め、またも酒を豪快に飲み再び歩き始める。

 

 そんな彼女を見ながら、通りすがりの街人達はヒソヒソと話しあっていた。

 

「……昼間っから飲むなんて、何か辛いことでもあったのかしら?」

「いやそれがね? 彼女、昨日も昼間から酔っ払っていたのよ……噂では、この街に来てからずっとあの調子らしいわ。しかも昼夜問わず四六時中ずっと!」

「まぁ! ……そういえばギルドでも受付嬢のルナさんに、ずっと支離滅裂な口調で絡み続けていたって言うし。だとすると、もしかしてあの人は」

「アクシズ教徒の可能性もあるわねぇ。悪酔いしているとは言え、明らかに不気味な雰囲気を持っているもの」

「関わらないようにしましょ。アクシズ教徒で有ろうと無かろうと、酔っ払いに関わったら碌な事がないわ」

 

 詳細は知れないが、どうもアクシズ教へ属している信者は良くない噂を撒いているらしい。

 単なる酔っ払いなら兎も角、常にふらふら状態で出来あがっているのだから、レシェイアがそこへ分類されてもある意味仕方ない。

 

 だが良くない噂が立っている事など知る由も無く、レシェイアは一気に瓶の中身を飲みほしてから大きく溜息をついた。

 

「な~んれ冒険者に為れないんらぁ? 武器らって有るしぃ、アタシは普通に戦えるってのにさぁ! ……も一本飲んどこ」

 

 その冒険者に慣れない理由を率先してかっ喰らっている事に気が付かず、レシェイアはブチブチと愚痴を言いつつ、対した当ても無く適当な感じで街をぶらついていく。

 

「……んぅ?」

 

 すると―――脈絡無く唐突に立ち止まり、何処へと目線を向けた。

 

 そこには看板を掲げた店が立てられており、マジックショップと書かれている事から、魔法にちなんだアイテムを売買している事が窺えた。

 人の入りは少ない様で、漸く客が来店した際に僅かながら見えた店内では、女性の店員が一人カウンターに立っているのが分る。

 

 暫くの間じーっと、ただ只管じぃーっと看板を眺めていたレシェイアは、

 

「おつまみ無いならどうでもいい()

 

 かなり理不尽かつ個人的な理由で、結局何もせずそのまま歩きだした。

 

 やがて今しがた飲んでいた何本目かも知れぬ酒瓶の中身が無くなった事に不満げな息を洩らし、背後からまた別の酒瓶を取り出して口を付けグビリと飲み始める。

 ……お代わりが有るのならば、なぜ溜息を一々吐くのだろうか。

 形式美だとでも思っているのか。

 

 

 そうして酒を飲む→つぶやく→中身が無くなる→溜息を吐く→お代わりを取り出す……といったサイクルを繰り返しながら散歩を繰り返して、今度は川のほとりに立ちつくし始める。

 そして勢いよくドカッと座り、ゆらゆら上半身を揺らしだす。

 

「そーいえばぁ、昨日バナナが川から上がって()っけ? バナナが川からザバァッと!」

 

 ……なに訳の分からない事をぬかしているのかと心配になる所だが、何と意外や意外、周りの人々はさして首を傾げることなく『そういえば昨日は大漁、豊作だったなぁ』としみじみした表情で思い返し、また頷いている。

 まさか本当にバナナが川から上がるのだろうか。

 

「ややや、有り得ないらね! バナナは植物らし、木になるもんらし。ウヒャヒャ、幻覚見ちゃったってウヒャアァァーーーッ!!」

 

 自分で自分の言動を否定したレシェイアは、またもガバッ! と勢いよく立ち上がった。

 そしてつぶやきながら畔を行き成り走り出した。

 そんな彼女は周りからの奇異の視線も意に介さず、川の流れとは逆方向に何処までも、無駄なぐらい元気よく遡って行き…………突如としてバタリと倒れ込んだ。

 

 さて次は一体何を仕出かすのかと、僅かに好奇心を刺激された野次馬達が見守る中、一分二分、五分六分、十分と時間が過ぎて行く―――

 

「くー……くかー…………すぴぃ」

 

 ―――暴れ疲れたのか眠ってしまっていた。

 

「……やっぱりあの人、アクシズ教徒なんじゃ」

「いやいや酔っ払いだぜ? アレぐらいの奇行は……うんまぁ、多分するだろ」

「言い切れてないじゃねぇか」

 

 その珍妙な行動の一部始終を見た人等からは、これもやはりというべきか、噂を交わすヒソヒソとしたざわめきが上がるのだった。

 

 

 ―――――その翌日―――――

 

「きょぉこそは冒険者になる()! そう、アタ()は諦められらい……世界一の、冒険王に、アタシはなぁる! ニャハハハハハハァ♫」

 

 予測可能、回避不可能。

 まだ日が昇るか昇らないかの内に、レシェイアはしつこく酒を飲み続けている。

 彼女の身体には、血の代わりに酒でも流れているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「という訳で! アラヒ(タシ)を冒険者に成らせてくらは~い!」

「……ま、また来ちゃった……しかもまた酔っ払ってますし…………うぅ」

 

 場所は移り冒険者達が集うギルドの受付。

 

 手を元気良く掲げてニコニコ顔で宣言したレシェイアを前に、ルナはまだ会話を交わして数秒と経っていないのも拘わらず、どうも酷く疲れた顔になる。

 彼女の手元には依然として千数百エリス分の貨幣が入った、粗末な布が握られている。

 

 ルナはもう勘弁して欲しいと言う感情を隠しもせず表情に染みださせ、今にも泣き出しそうな顔で後ろを振り返った。

 職員達や関係者達ももう諦めた様な顔を浮かべ、その様子からルナはとうとう覚悟を決めたか、パチーン! と己の顔を叩いた。

 

「分かりましたっ、根負けいたしました! 今よりレホイ・レシェイアさんの、冒険者登録を始めさせていただきますっ」

「ニャハハ! やったぁ~」

 

 腕を交互に挙げながら、脚を交互に曲げて跳びはねる、オリジナルの踊りを披露しながら喜ぶレシェイア。

 対するルナは、どうかこれからこの人が大きな問題を起こしませんようにと、胃に穴が開きそうな心境で顔をゆがめていた。

 

「はぁ……ではこちらの書類に身長、体重、年齢、身体的特徴等の記入を願いします」

「ほいほ~い」

 

 見た通りの危なっかしい手つきで書類に書き込んでいく……が。

 

(あ、すっごく字が綺麗)

 

 身長・177㎝だの、髪の毛が灰色に近いだの、酒が好きだの。

 どれもこれもが、正しくお手本のような綺麗な体で書かれており、それを見てルナは呆けてしまった。

 書き方はとても乱暴だと言うのに。

 

「あ……は、はいでは改めて……レホイ・レシェイアさん。それではこちらの機器に触れてください。それであなたのステータスが分かると同時、冒険者カードが発行されますので」

「うぃっす!」

 

 依然変わらぬ千鳥足で登録用の機器の前へと歩み寄り、ベタンと音がしそうな位の勢いでレシェイアが触れる。

 すると機器に淡い光が灯り、用意されていた冒険者カードへとあっという間にステータスが記載されていく。

 

 十数秒足らずでカードへの記載も終わり、ルナは早速確認すべくカードを持ち上げ、少々疲れ気味な(主にレシェイアの所為)眼へと近付けた。

 

(失礼な考えでしょうが、良いクラスにはなれないかもしれませんね……)

 

 レシェイアはぱっと見、身長は女性の平均よりもずっと高い。

 されど筋力をつけている様にも見えなければ歩き方もグダグダ。

 優秀な魔法使いが多いらしい『紅魔族』のような種族と言う訳でもなく、ただ酒マニアな酔っ払いにしか見えない。

 

 なれるとしても基本クラスの冒険者が無難な所で、選択肢など多くはなさげ。

 ましてや数多の冒険者たちがあこがれる、上級職など考えるまでも無い。

 しかし幸運などのパラメータは外見からは察せないため、不備ない確認をすべくルナは冒険者カードへ目を凝らす。

 

「―――え」

「……ルナさん? どうし」

「はあぁぁっ!?」

「うぇっ!?」

 

 ……どういう事だろうか。突如としてギルド内へルナの叫び声が響き渡った。

 

(嘘ですよ、何ですかこの数値……彼女は―――本当に人間(・・)なんですか!?

 

 カードに記載されたステータス、それはルナの予想を遥かに飛び越えた数値だったのだ。

 

 器用さや運、知力などは人並みに+αぐらいしか無く、魔力や魔力容量に至っては0で素質は全くない。

 しかし、筋力、耐久、敏捷性、体力。

 その全てがギルド内で叩きだされた登録時の最高記録を、遥か後方へ置いて行くほどに高い。

 モノによっては千単位すら軽く超えるため……いっそおぞましく(・・・・・)なる。

 しかも耐久や耐性は目にしただけで眩暈がしそうな数値だ。

 

 オマケにどういう訳か全てのステータスの数値の上に、靄のようなモノが掛って多少見え辛くなっている。

 更にはスキル欄が黒く塗りつぶされ、クラスに至っては冒険者以外には表示されず、必然的に『選べない』謎の仕様すら持っていた。

 

 単なる酔っ払いだと思った矢先、謎に謎を重ねるステータスを見せられれば、そりゃあ叫びたくもなるだろう。

 

「んぅ? アラヒ、冒険者にぁ成れないろ?」

「……い、いえ冒険者にはなれます。というか、冒険者以外は無理だと言うか、冒険者しか選択できないと言うか……」

「べぇつに良いって! という訳でぇ、冒険者になるれす! うん!」

「しょ、承知いたしました……ではクラスは冒険者で……」

 

 それ以外選択できぬ選択肢を指で触り、冒険者カードをレシェイアへと渡す。

 

「それではレシェイアさん、今後の活躍を期待しております……」

「おっけ! 任せなさいっ! ニャッハハァ~♫」

 

 動揺と不安が隠せないルナ、叫び声をいぶかしむ冒険者達。

 そんな彼等を余所に、レシェイアは大喜びで、クエストの張り出されているボードまでスキップするのであった。

 


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