素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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UAが一万を突破しました! これからも宜しくお願いします!
―――では、本編をどうぞ。



トラウマ再び

 

 

 

「クエストよ! もう難易度が高かろうが何だろうが、クエストを受けちゃいましょう!!」

 

 ベルディア来訪から約一週間は過ぎた頃。

 

 その日の朝と昼の間という、微妙に微妙を重ねる時刻に、開口一番アクアはパーティーメンバーであるカズマ、めぐみん、ダクネス。

 そして偶々同じテーブルへ相席していたレシェイアを前に、突然そんな事を言いだした。

 

「……俺、もう懐が潤ってんだけど」

「同じく。碌な依頼はありませんし、爆裂魔法さえ撃てていれば私は別にかまいませんので」

 

 まず最初に口を開いたのは、キャベツ狩りでより良い戦果を残したカズマとめぐみんだった。

 当然と言わんばかりに、否定の声が返ってくる。

 

 これ以上ない位の金銭の蓄えがあるというのに、わざわざ危険を冒す必要も無いのは自明の理。

 加えてアクアの金欠は、他ならぬ本人の自業自得から来きた、所謂 “身から出た錆” である。

 甘やかすと調子に乗って更なる訴訟沙汰を起こしてくる事など、火を見るよりも明らかなのだ。

 

「私は構わないのだが、やはりめぐみんが居なければ火力が足りないだろうし……」

 

 一方、攻撃を当てておらず報酬が少なさそうでいて、その実鎧の補修に次いでもまだ余る金を手にしていたダクネスは、意外にもノリ気だった。

 

 そしてチラチラと、意図がバレバレな視線をカズマとめぐみんの方へ向ける。……のだが、もう一度言うが彼等の懐は潤っているゆえ、危険を冒すメリットが何一つとしてない。

 つまり、反応がこれ以上ないぐらい薄い。

 

 最早これ以上取りついでも、最悪無視しそうな雰囲気の彼等に―――いよいよアクアが泣き付いて来る。

 

「お願いよおおおおぉおぉおっ! もうバイトばっかりは嫌なのっ……コロッケが売れ残ると店長が怒るし、レシェイアぐらいしか沢山買ってくれないし!」

「なんか、応援して貰ってみたいで悪いな? レシェイア」

「い~にゃぁ、アソコの美味しいかられぇ! アヒャヒャお酒にもピッタリらしぃ♡」

「それはどうも有難うございます♫ ……じゃなくて! 兎に角もう何でも良いから纏まったお金が欲しいの! 今日こそ絶対に役立って見せるから!! 足引っ張ったりしないからあっ!!」

 

 カズマとめぐみんは顔を見合わせると、ほぼ同じタイミングで溜息を吐き、渋々ながらクエストを受けることを了承する。

 

 そして今回はアクアの宣言が有言不実行にならぬようにと、他ならぬ彼女自身に選ばせる事にして、クエストボードの前へトテトテ駆け寄る彼女を見送る。

 

 ……と、ここで不安が首をもたげてきたのか、めぐみんがカズマへ耳打ちしようとして、

 

「あ、レシェイアが……何時の間に」

 

 此方を向いたレシェイアは、まずヒラヒラと手を振ってみせる。

 次いで苦笑しながらボードを指差し、次にアクアを指差し、マルとバツを手で交互に作り、最後に自分を指差してみせる。

 

 内緒話の内容を当然知っているめぐみんと、ヒソヒソと呟く時点でもう予想をしていたカズマは、そのジェスチャーだけで何が言いたいかを悟った。

 

「うん……如何も、あいつの様子をちゃんと確認してくれるみたいだ」

「トンでも無い物を持ってきそうですしね、アクアは」

「私は無茶でも構わないがな……しかし、安全性もまた必要だろう」

 

 難しい顔をしてクエストを眺めるアクアは、その真剣さゆえか背後のレシェイアに気が付いていない。

 やがて一枚の依頼用紙を、自信満々ではぎ取った。―――瞬間、背後のレシェイアに奪い取られた。

 

 必死扱いて暴れるアクアを余裕で押しとどめながら、レシェイアはカズマ達へ声を届けてきた。

 

「かーずまーぁ。マンティコアとグリフォン、二体の同時討伐なんらけどぉ?」

「んな物受けられるか!? 貼り直しておいてくれ!」

「何言ってんのよヒキニート! めぐみんが二体集まってる所に爆裂魔法を喰らわせれば余裕で―――」

「で、集める作戦はらぁに?」

「……それを考えるのがあいつの仕事で」

アホか別の選べ、別の!!」

 

 全くしょうがないわねー……、などと己の計画性の無さを棚に上げた事を呟きながら、アクアは嫌々といった感じで、レシェイアがクエスト用紙をボードへ戻すのを黙って見過ごす。

 そして、再びじっくりと吟味し始める。

 

 次に選んではぎ取ったクエストは、如何やらレシェイアも少し判断が難しい物だったのか、ボードの前で二人してパーティーメンバー…………というよりカズマへ手招きしてきた。

 

「はいはいっと……で、どんなクエストなんだ?」

「コレよ! 『湖の浄化依頼』って奴! 浄化魔法習得済みのアークプリーストが居れば受注可能らしいわ!」

「内容からしても厳しいって言うかぁ……んぅ、ドッコイドッコイ、ヨッコラショイらしね~」

 

 意味不明な事を呟いた酔っ払いは置いといて。

 

 詳しく説明すると―――湖が汚染されてしまい、その所為で水質が悪化した場所を好むブルータルアリゲーターと呼ばれるモンスターが住みついてしまった。

 なので、浄化して彼等が住めない場所にし追い出して欲しいとの事。

 水質が良くなれば自然と居なくなる様で、カズマ達の様に直接戦闘が厳しい者等でも、やり方次第で充分に実行可能との詳細も付け加えてある。

 

「浄化魔法、覚えてんのお前?」

「当たり前じゃない。それに浄化魔法なんてなくても楽勝よ! ほら、私が何を司る女神だったか覚えてるでしょ?」

「あれだろが、宴会だろ もしくは散財

「どっちも違うわよ!? 水の女神よっ!! 触れるだけでも浄化できるの!! 浄化魔法も合わされば効果は倍以上よ!」

「へぇ……ちなみに掛る時間は?」

半日ぐらいだけど」

「アホ。重ねてアホか。長いっつのオマエ」

 

 お馬鹿なやり取りを交わしながらも、カズマは地味に美味しいクエストだと辺りを付けていた。

 何せ、討伐しなくとも三十万エリスが確実に転がりこんでくるのだ。

 

 問題はアクア一人ではモンスターの襲撃の際にどうにもならず、仲間による護衛が必要だという一点。

 そして、かなり時間がかかるという一点。

 

 こればかりは対処策に乏しいのか、カズマも眉を深くひそめている。

 

「………………あ、そうだ一つ思いついた」

「ホント!」

「ああ。多分、これ以上ない位安全に浄化が出来るんだが……ま、準備が必要だな」

 

 そう言いながら準備すべくと、カズマはレシェイアヘ一先ず見張ってくれたお礼を言い、アクアを引き連れてギルドのカウンターへむかっていく。

 

 彼等の背中を見ながら……レシェイアはポツリとつぶやいた。

 

「女神……ね。そして、それを信じているカズマ……クエスト詳細、文献の内容…………って事は……」

 

 その後、僅かに口角を挙げて何やら嬉しそうにしながら、お気に入りらしい透明なカップ酒を口へと運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クエストの準備を終え、場所はギルド前の広場。その一角。

 

 

「……レシェイア、もう一度言ってくれ」

 

 カズマは一度咳ばらいをし、目の前に居る女性へ、レシェイアへと真剣な顔で問う。

 

 アクアは『この場には』おらず反応は必然的に窺えないのだが、めぐみんとダクネスは不思議そうに首を傾げている。

 レシェイアの言う事が理解できなかったのか、それとも理解して居て尚コレなのか……。

 

 そしてカズマに促されたレシェイアが、とても嬉しそうに再び口を開く。

 

「じゃー、も1回ゆーから、さぁ……。カズマ―――」

 

 一拍置き―――

 

 

「今から君に、引っ付いちゃってっても良いか()ぁ?」

 

 意外な言葉を、口にした。

 

 ●ひっ付くとは。

 1.ピッタリと密着し、離れなくなる。

 2.男女が親密な関係になる。

 

 状況とシチュエーション的に考えて、2は恐らくあるまい。

 そうなると、今までのカズマへの接し方と言い、彼女の性格と言い、酔っ払っていることと言い、つまりは……。

 

(ゴクリ……!)

 

 言葉を改めて耳に入れ、カズマの視線はまず一瞬ばかりダクネスの方へ向き、続いてレシェイアの方―――正確には胸部へ集中し始める。

 

 以前鎧が損傷した際に、ダクネスは意外と着痩せするタイプだった、と判明しているのだ。

 そしてカズマはその体を見て『締るべきところは締り、ムチっとしていて、何かこうエロい体』との評価を降している。

 ……何だかひど言い草のようにも聞こえるが、この後ダクネス自身が「エロい体しやがってこのメスブ○が!」と自分で言い放ったので、結果的に “ダクネスの方がよりおかしい” でカタが付いたのは言うまでも無い。

 

(外が良くても相対的にヤバく見える事あるんだって、よーく思い知ったぜ……)

 

 そんなやり取りをしちゃうものだから、プラマイゼロになりかけたのもまた言うまでも無かろう。

 

(で、でもレシェイアは……違う!)

 

 対象は変わって、目の前のレシェイア。

 鎧を着ている所為で普段は分かり辛いダクネスとは対照的に、レシェイアは布製の私服だ。

 即ち、体型は殆ど隠れない。

 

 次にその服についているアクセサリだ。

 恐らく本来ならヘソ辺りまではあるノースリーブを胸の下まで巻くっており、太めのベルトでまずその下部分を固定。

 次にベルトの余剰部分を胸に回し、谷間を通るようにして左肩に掛けている。

 他に掛ける場所が無さげな上に、そのまま投げ出してビラビラさせるのも危ないので、そうしたのであろう。

 

 が、その所為だろうか……ただでさえダクネス並の体型だというのに、さらに強調されてしまっている。

 加えてダクネスともまた違い、健康的という印象を与え、その言葉すら思い浮かべさせた。

 

 ―――しこたま酒をかっ喰らい、常時酔っ払っているというのに、健康的とはこれいかに。

 

 

 されど、いま重要なのは其処ではない。

 ダクネス並のプロポーション、本人からのOKサイン、自分より身長が上だという事実、総合してカズマはカッと目を見開く……!

 

(……いや、絶対そんな意味じゃないだろ)

 

 そしてピタッ落ち着いた。

 

 冷静になってよーく考えてみれば、レシェイアはひっ付いて良い? ではなく ひっ付いてって良い? と聞いたのだ。

 つまりこの意味を正確に取れば、《今から向かうクエストについて行って良いか?》と言う意味に他ならないだろう。

 

 ……しかし、これはこれでまた魅力的な誘いだ。

 レシェイアの実力の一旦はカズマも知っているし、何よりダクネスをふっ飛ばした実績もある。

 何より他三人とは違って、酔っ払っているだけで考え方自体はソコまで捩じれてはいない。

 

 それらを踏まえて―――カズマはニヒルに笑った。

 

「おう、分かった。良いぜ」

「ん! 報酬はいららいからさぁ♫ ニャハハハハハ~」

(ほらな。やっぱりだ。着いて来るって意味だった)

「レシェイアと一緒とは新鮮ですね……今日限定ですが、宜しくお願いします」

「うんうん! ヨロッ!」

「相変わらずなのだな。まあ、私の方からも、よろしくな」

(あーよかった、勘違いしなくてよかったよかった)

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう事っすか、レシェイアさん」

「んぅ? な~にがどーゆーことらの?」

「いや、だから《これ》ですよレシェイアさん」

「コレ? んぅ、別に気にしなぁいっ! ニャハハハハハ♫」

 

 大きな荷物を馬に引かせ、その前と左右を歩き、一路ブルータルアリゲーターの住処となっている湖へむかうカズマ一行。

 そのリーダー・カズマは悩んでいた。

 どうしようもなく悩み、そして困惑していた。

 

 

「いや……マジで 《引っ付いて》 きちゃうとは……でもなぁ……」

 

 後頭部に、大きなマシュマロが二つ触れている事に。まあ、レシェイアの胸なのだが。

 カズマの方がレシェイアよりも背が低い為、必然的に圧し掛かる様な形となり、彼は今かなりの至福を満喫している。

 

 尤も、何故クエストに同行してきたのか、いきなり抱きついてきたのかも気になる様子。

 厳密には感じる幸福は半分に減衰している、といったところか。

 

 あと地味に離れているよりも近付いた方が、何倍かも酒臭い事も判明した。

 即ち、ムードもへったくれも無いのである。

 

「ちょっとカズマさーん。そんな事してないでちゃんと答えてよーっ……コレって本当に大丈夫なんでしょうね」

「説明は聞いたろ。奴らぐらいなら大丈夫だって」

 

 更に付け加えるなら、今現在、鉄檻の中に居るアクアの声も状況の希釈に拍車をかけている。

 

 

 ……ここで疑問に思った人もいる筈。だから、もう一度説明しよう。

 アクアは、()()()()()居るのだ。

 

 別に何か罪を犯した訳ではなく、これがカズマの考えた『安全に浄化する方法』である。

 特別製の鉄檻で有れば水も入ってきて浄化できるし、モンスター用の檻なのでブルータルアリゲーターも早々壊せないという、結構理にかなった作戦だった。

 

 中に入っている本人からすれば、珍獣扱いさながらであり、とてもたまったモノではないだろうが。

 

「そういえばレシェイア、今日は何故ついてこようとしたのですか?」

 

 自分も気になっていた事を、めぐみんが切り出してくれ、カズマは安心して心地よい空気を思い切り吸いこみ……酒臭さで勢いは一気に衰えた。

 

 気分を浮き沈みさせているカズマにかまわず、レシェイアは質問に答えた。

 

「ん~……気分?」

「何故此方へ質問している様な口調なのですか。あと、何故カズマにくっついているんですか?」

「気分!」

「今度はハッキリ答えましたね」

 

 コレで抱きついている人間が普通ならば、「お、なんだめぐみん嫉妬してんのか?」などとほざく―――言えただろうが、如何せん感想として『色々と半々』なのでカズマは何も言えずに黙っている。

 

「や~、なんか懐かしい匂いがするんら。びみょ~に懐かしいんらぁ」

「え! 懐かしいってレシェイア……アンタ昔ヒキニートな奴と付き合ってたりしたの!?」

「……何だかんだ言ってレシェイアは優しいですからね。もしかしたらあり得るかも……」

「な、なんだそれは! ヒモ同然の男に迷惑をかけられるなど羨まし―――いやけしからん!!」

お前ら揃いも揃ってしばかれたいのかコラ

 

 その後『恋した事も無いし、男と付き合った事など無い』との言質をレシェイアから受け、全員が色んな意味でほっと溜息を吐いた。

 

 

 

 

 そんなどーでも良いやり取りを続ける事、約数十分。

 

「よし、行くぞ……いっせーの!」

「「「「っと!!」」」」

 

 目的の湖に着くや、檻を四人がかりで運び出し、湖のほとり近くに着けて放置する。

 ……何度も言うが役に立たない駄女神を不法投棄しに来た訳ではないので、お間違えの無き様。

 

 ダクネスという力持ちな要因もいるし、一から十まで人力で運んでいる訳でもない為、作業自体はスムーズに運ぶ。

 

「……よっし」

 

 ―――何故だろうか。

 途中、レシェイアが“片手”で檻を今まで通り持ち上げながら、体を傾けてずっと背負っている荷物を檻へ近付け、僅かに翠色に光ったかのように見えた。

 カズマ達からは死角になっている所為で視認できておらず、結果誰も疑問に思う事無く、檻を指定の場所へと運び終える。

 

 緊急脱出用の鎖も、鉄檻と岩の両方へ巻き付け、少し遠くまで非難してから―――カズマは声を挙げる。

 

「良いぞ! 浄化はじめてくれ!」

「りょうかーい!」

 

 こうして、逆ティーバック方式な湖の浄化が始まった。

 

 

 

 

 

 ・開始より二時間経過・

 

「浄化の方はどんな感じだ!? ……あと、お手洗い行きたかったら言えよ! すぐに出してやるから!」

 

「浄化は順調よ! それに、アークプリーストはトイレなんて行かないから大丈夫よ!!」

 

「大丈夫そうですね。……あ、紅魔族もトイレなんて行きませんから」

「しょんな事ダァレも信じませぇん! ……とゆぅか、この前めぐみんががトイレに入っれ行ったの見たし」

「何でそう何時も何時も先回りするんですか貴方は!?」

「わ、私もクルセイダーだから、トイレ、トイレは……」

「んな問答、どうでも良いわ! つーか地味に他の同じ職の人だの、紅魔族だの巻き込んでんじゃねぇ」

 

 

 

 ・開始より三時間後経過・

 

「ちょ! 何か来た!! 群で来たいっぱい来たヤバイの来たあああぁあぁあ!?」

 

「こっちのワニは群れで行動するみたいだな……頭に何か角っぽいの付いてるし」

「付いてないのも居ますよ。ここにはいませんけど」

「ワニって結構美味しいって聞いたんらけど、ブルーのはどうなんかれぇ?」

「私も食べた事がないからな。詳しくは分からないが、でも一応売られてはいるらしいぞ」

 

「何でそんな談笑してられるの!? ねえちょっとは焦ってよ、ねえ!?」

 

 

 

・開始より五時間経過・

 

「『ピュリフィケーション』!! 『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィ―――今変な落した!! 檻がガキュって変な音が、音がああああぁぁ!

 

「アクア、限界なら言えよ!! 思い切り降り引っ張って助け出してやるから!」

「馬もいますし、四人がかりです! すぐに脱出できますよ!」

「ろーすんのぉーアクアー」

 

「い、嫌よ! ここで諦めたら数時間が無駄に―――あ、ちょ、何で体捻って―――あああがががが、あああ、アアアハァハーーアァハアアァアアァアアアーーーっ!?

 

「うわ、ローリングし始めやがった」

「爆裂魔法で吹き飛ばす訳には行きませんしね」

「……なんだか楽しそうだな、あの中」

「行くなよ」

あちゃぁ、防御力しか考えてなかった……

 

 

 

 

 

 …………そして、浄化開始より七時間後……。

 

 湖には、意外にも損傷どころか跡一つない檻がポツンと残されているのみで、ブルータルアリゲーター達は湖が完全に浄化されるや否や、早々に立ち去ってしまった。

 

 余談ではあるが、カズマ達の方にはレシェイアが用意したクラッカーかチーズなどもあり、少量ながらの昼食をとる事も出来た。

 アクア本人は必死な為、一応カズマ達が身がまえたままおやつを頬張るという器用な真似をしていた事は知らない様子。

 

 そもそも実際の所、一時間前ほどから浄化魔法の詠唱以外聞こえておらず、さしものカズマ達も不安に思っていた。

 

「アクアー……浄化終わってるぜー、ブルータルアリゲーターもどっか行っちまったぞー」

うぅ、グスッ……ひっく……

 

 泣くほど怖い目にあったようではあるが、それもこれもアクアが粘り過ぎたせいでもある。

 裏を返せば、リタイアして金が得られないリスクの方が、彼女にとっては重かったという事に他ならない。

 

 状況と金銭に鑑みて、最良だと思った方を選んだのだろう。

 

 ……精神的に“最良”とは言い難いのは、最早明白なのだが……。

 

「ほら、さっさと出て来いよ。今回の報酬は全部お前にやろうって、めぐみんとダクネスが言ってくれてるし、何よりレシェイアがご飯奢ってくれるらしいぜ? だからほら、出て来いって」

 

 言いながら鍵を出し、檻から出るよう促すカズマ。

 となると……最初からアクアが檻に入っていた意味はなく、途中から入ればよさそうにみえるのだが、そこには誰も突っ込まなかった。

 

 

 体育座りでしばしの間固まっていたアクアは―――やがて、ぼそりと一言つぶやく。

 

このまま連れて行って

「へ?」

檻の外は怖いから、このまま連れて行って

「……」

 

 ジャイアントトードに丸のみされたトラウマと、ブルータルアリゲーターに襲われたトラウマ。

 着実に要らない思い出を増やしているアクアに、カズマは何も言えずただ立ち尽くしてしまった。

 

 その背後では、そーっと檻に近寄ったレシェイアがまたも何やらやっていたが、四人共それに気づける雰囲気ではなかったのは言うまでも無かろう。

 

 

 

さて、そんなこんなでアクアを檻に入れたまま、またも片道数十分。

 すっかり空は薄茜色に染まり、本当に半日掛りのクエストとなった。

 

 そんな感慨を抱きながら、一行は漸く街へ辿り着き、安全は確保されたのだからコレでアクアも出て来る―――と思いきや。

 

でーがーらーしーめーがーみーがー運ばーれていーくーよ……ドナドナドーナードナー……女神をのーせーてー……

「その歌は止めろ」

「子牛の唄らったっけ? 物悲しいらねぇ……哀ひくてお酒も飲めないし、ンッ、グッ……プヘェ!」

「ガッツリ飲んでるじゃないですか」

 

 全く出てこようとする気配がなかった。

 しかも不吉な歌のおまけつき。そして要らない漫才も追加。

 

 そして周りからは当然注目される。……負のスパイラルだ。

 

「ま、まあ、今回は被害らしい被害も無いのだし、上出来なのではないか?」

「ですね。檻もピカピカでアクアも……肉体面ではピンピンしてますし、無事三十万エリスゲットできると考えれば……」

 

 問題ばかり起こすイメージの有るカズマ達にとっては、確かに無難に終わったクエストでもあり、ちょっとだけカズマは不安に思っていた。

 こんなすんなり進んだ場合、何時もならば絶対に途中で何か余計な事が巻き起こるからだ。

 

 どうか何も起きませんようにと、カズマは心内でそう願う。

 

「あ」

「……ん? どうしましたカズマ」

「すまんちょっとトイレ。帰り遅かったら、先ギルドへ行っててくれ!」

 

 そのまま路地を通り抜け、手短なお手洗いを探して駆け出すカズマ。

 

 残された四人の内、頭を挙げようとしないアクアを除いた、めぐみん、ダクネス、レシェイアの三人は顔を見合わせる。

 

「どうしますか?」

「ああ言ってるんならぁ、別に帰っちゃっれもいいと思うけろ。いい加減目立って……いやん♡ 困っちゃう」

「……ゴホン……しかし檻を借りたのはカズマなのだろう? まあ、報酬はアクアの物なのだから、彼女に一任される可能性は無きにしも非ずだが」

 

 己々に意見を言い合いながら、先までだしていた速度より落としてゆっくりと馬車を進める。

 

 傾き、大きく見え始めた夕日はとても穏やかで、それだけがアクアにとっての癒しとなり得るのかもしれない。

 カズマを待つようにしながら、女達は緩慢に進む。

 アクセルの街には……今日も今日とて魔王との戦いが繰り広げられている世界とは思えぬ、穏やかで長閑な日常が流れていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「女神さまあああああぁああぁああぁぁぁああぁっ!?」

 

「「「え?」」」

 

 ―――数秒でいきなりぶっ壊れたが。

 

 

 




次回!
みんな大好きマツラ……じゃなくてカツ……でもなくて、えっとミ、ミツ、ミツカン……でもなくて……。

あー……兎に角、ミなんとかさんが出てきます、お楽しみに!

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