冒険者達がキャベツの報酬を得てから丸一日は経ち……小金持ちが増えた所為なのか、ギルド内はレシェイアの如く昼間から飲む客でごった返していた。
「すみませーん! コッチにクリムゾンビア-3つ!」
「ソーセージとチーズのお代わりいですか!?」
「あっ……クソ、逃げんな野菜スティック!」
「おう、ルナさん今日も乳デカいな! どうやったらそんなにデカくなるのか内にリーンに教えてやってくれよ!」
「セクハラで訴えますよ? それに、逃げた方が宜しいかと」
「「「あいつをとっちめろ!!!」」」
「何でってお、ちょ、ま、ギャアアアアァアアァァア!?」
テーブルに床に壁にと、所狭しと冒険者達が縋ったり座り込み、酒を酌み交わしガヤガヤ騒いでいる。
何時もは勤勉に冒険を繰り返している者たちでさえ、今日ばかりは鎧は着けたままなれども得に動く事無く酒場で談話している。
当然ながら、小金持ちになった事だけが、この状況を作り出した理由ではない。
「……動きようがねぇよな、アレだと」
「まさにね。自殺行為だわ」
「命は惜しいし、お金はあるしねえ……」
なんでも魔王の幹部がアクセルの街近くの古城に引っ越してきてしまった所為で、弱いモンスターが脅えて森の奥や巣穴に岩山の影へと身を潜め、全く姿を現さなくなってしまったらしい。
どう考えても初心者だらけの街に目的など無さそうではあるし、何の目的で此処に来たかは分からないが、かといって事実が変わってくれる訳でもなく……。
よって今張り出されている依頼の内容も、フリーハントの対象となりそうなモンスターも、全て高ランク高難易度ばかりだ。
お陰で街の住人達や、近辺の集落に住む者らの平和が保たれている……のだが、住民達が困ってくれないと職を得られない冒険者達にとっては、手堅い仕事が無くなるも同義。
即ちギルド内がごった返しているのは、酒を飲んで腹に食材を詰め込む以外、コレと言ってやる事がないからだろう。
何時も危険と隣り合わせだというのに、それに輪をかけて恐ろしい魔物と取っ組み合うぐらいなら、クエストを受ける気など当然、起こせない。
「うぅ……なんでなのよぉ……!」
「仕方ないだろ。駆け出しの街に幹部が来るなんざ、誰も予想できないし」
「しかしだなカズマ。先程のブラックファングの依頼はどう考えても惜しいとおも」
「俺が殺されるから却下だっつったろ!」
「雑魚を蹴散らしたいので、私もパスです」
例外としてカズマ達……もといカズマ以外の三人は、依頼受注をと先程まで掲示板前にいた。
新しい杖の威力を試したかったり、ツケを綺麗にしてお金が無くなったから、果ては強烈な一撃を喰らいたいからというどう考えても論外な意見まで飛び交い、カズマは何時ものように頭を抱えていたのだ。
されど、殆ど依頼が無いのを見て諦めが付いたのか……結局その場を去ったようす。
一文無しのアクアがこの件に悲鳴を上げ、魔王幹部に恨み節を呟いていたが、こればかりはアクアは悪くないので多分に同情できると言える。
……その後、この街へやって来たばかりの初期にも世話になったというバイトの雑誌をめくり初めていたのは、まあ余談であろう。
「しっかし何でまた、こんな前線とは縁遠い場所に来やがったんだ。お陰でマイホームの夢が遠のきそうだぞ……」
「でも、来月まで待てば討伐隊も来るのです。何とかなりますよ」
強敵と聞けば仮にも冒険者、何時もならばもっと奮起するが―――アクセルはゲームで言えば序盤も序盤の街で、対する魔王幹部はどう考えても中盤からが精々。
そんな存在相手に打算も勝算も無く、正体も知らずに喧嘩を売る真似は、例えチンピラ女神なアクアでも遠慮したいらしかった。
めぐみんが語った通り来月には騎士団が訪れ、魔王幹部を討伐するべく乗り出してくれるとのこと。
……裏を返せばそれまでまともな仕事など舞い込んでこないという事に他ならず、それまで食いつなぐ方法を考えなければならないのだが。
いきなりやって来た暇を一体どうやってつぶすか、カズマはめぐみんと相談し始めた。―――すると……不意にダクネスが声を挙げる。
「……む? 妙だな」
「は?」
「妙、ですか?」
必死扱いて雑誌を繰り続けるアクア以外が、ギルド内を見渡していたダクネスの声につられ、顔を挙げてみる。
何が妙なのかと聞こうとして……その前にあぁ、とでも言いたげに頷くカズマとめぐみん。
ダクネスの言った、“違和感” に気が付いた様子。
「レシェイアが居ないな」
「いっつもいっつも、アソコ辺りで飲んでいる筈なんですけどね」
そう。
アクセル随一の酒好き、『常時へべれけの酒好家』や、『泥酔知らずのレシェイア』、『酒乱を極めし女』とも不名誉な称号で呼ばれる彼女の姿が無かったのだ。
念の為の確認か、カズマは赤毛短髪の受付嬢へと事情を聞いた。
「あの、すいません。レシェイアって今日、クエスト受けました?」
「少々お待ち下さい……え~っと……いいえ、受けてませんね」
「そうですか……有難うございます」
仲が良い事を知っているからか、受付嬢はレシェイアの受注の有無について、さしてつっかえ無く教えてくれた。
無謀なクエストを引き受けた訳でもない事は分かり、しかし同時に、ならば何故この場に居ないかという疑問が膨れ上がる。
レシェイア=酒というイメージは、執拗に塗り固めたコンクリートの如き強固さだ。
また準ずる確実性だとアクセルの街中に植え付けられており、絶対に揺るがない不文律だと豪語する者がいる程。
……そんな彼女が酒場に居ないのだから、違和感を覚える方が至極当たり前なのだ。
(ってか、冒険者カードの事とか、ステータスの事とか聞きたいってのに……)
加えてキャベツをビンタでぶっ飛ばし、ダクネスを簡単に付きとばして見せた件。
その歪さをクリスより教えられてから、カズマは……まあ四六時中でも無ければ、気になって仕方が無いというまでも無いが、それでもそこそこながら彼女の実力が気になっている。
冒険者カードを提示しないほど自らを秘匿するたちでも無さげだし、聞けばすぐ教えてくれる可能性は高い。
だからこそカズマは機会があったらそれとなく聞こう、とは決めているのだが、ダクネスの加入にリッチーのウィズにキャベツの報酬にと尽く機会を潰され、今日もまた姿が見えない事で質問できずじまい。
最悪、このまま再び長々と日を開ける可能性すらありそうだ。
中々自分の好みに合った仕事が見つからず、腹が減った事も合わさり泣きかけているアクアを余所に、カズマはギルドの扉を意味も無く見つめていた。
一方。
その話題の中心となっていた、年がら年中酒飲み日和なレシェイアはというと…………
「……野菜が飛んだり跳ねたりが普通って……」
意外や意外、アクセルの街に点在する建造物の中でも、特に大型の部類へ入る “図書館” へと足を運んでいた。そして口を「へ」の字に曲げていた。
先日『この異世界の公用文字と、良く使っていた己の世界の文字が似通っている』事を思い出したからか、少しでも自分の目的にそう物があればと本を読み漁りに来たらしい。
「……フヒュゥ……」
言うまでも無いが、図書館内で飲食は禁止。
しかしレシェイアは知ったことかと見周り職員の目を盗んでは、小さなパックに詰まった酒を少しずつ飲んでいる。
お酒に関しては、常識をふっ切ってしまう様だ。
まあ本を汚してはおらずまだバレてもいないので、騒ぎの種となる沙汰はない。
……無論良いか悪いかで言えば間違いなく“悪い”が。
「……ほぅ――」
もう一度小さく喉を鳴らして、酒の臭いを振りまきながら、手にしていた本へと目線を移し読書に戻る。
いま彼女が呼んでいる本は『図鑑・地方周辺の野菜一覧』。
アクセルの街周辺、及びそれに隣接する市や町、そして領地の野菜を、絵と注意分を乗せて記した代物である。
尤もキャベツの件から分かるように、この本がただの植物図鑑であるなど断じて無く―――
・レタスは経験値が少ないが、捕えたその日なら美味しく頂ける
・アスパラはシャキシャキとした歯ごたえが楽しいが、先端で鋭い一撃を放ち攻撃力が高い
・スイカは甘みを増す程にその重さが増していくので、潰されないよう注意する事
・ネギは二股に分かれた部分が長い物ほど美味しいが、其処を鞭のようにしならせてくるのは言うまでも無い
・ジャガイモは脚やすねを狙ってくる事が多いので、十二分に注意する事
―――などなど『此方を馬鹿にしてるのか』と怒鳴ってしまいそうな、おふざけ満載の文章がコレでもかと載せられている。
……だが悲しいかな。コレがこの世界の野菜の “常識” であり、動かない野菜など食べる価値も無い不良品と同義なのだ。
加えて記録の中には『野菜は新鮮であればある程の経験値も多くもらえ、美味しく食べられるが、抵抗され反撃を喰らう可能性も高くなる。例として挙げるなら、野菜スティックが伸ばした手を避けるなど』との戯言としか思えない、しかしやっぱり真実な言葉すら並べられていた。
しかもどの野菜にも、キャベツについていた様な可愛らしくデフォルメされた眼が付いているとの事。
……レシェイアが口を曲げたのも、ある意味仕方が無かろう。
「って違う違う、これじゃあ無いんらって」
本棚の前に屈んでいたレシェイアは、野菜の本をそっと棚へ戻す。
キャベツが飛び跳ねるのを見た所為で、この世界の野菜に興味を持ってしまい、思わず図鑑を取ったのだろう。
「切り変えましょ、次々ー♪」
適当な鼻歌を歌いながら向かい漸く辿り着いた本棚―――――そこには見慣れた文字で記された品だけでなく、何やり奇妙な文字で綴られた、とある本が幾つも並んでいる。
文字だけで絵など皆無だが、其れなりに厚い。
「これこれ。“魔法書”と“歴史書” がいの一番れ! これこそ必要最低限―――じゃない、不可欠なんらー……っと」
魔法書は、恐らく何かしらの魔法の詳細を知る為に。
もう片方の本にアクセルの街とその領が属する、この歴史が記されているのならば……確かにどちらも分厚い方が自然だ。
薄っぺらいと読みやすい事は読みやすくとも、逆にそこはかとなく不安を覚えてしまうかもしれない。
レシェイアはこの国の公用語で書かれた者だけでなく、古代文字と思わしき物が並んだ物も手に取り、今度はテーブル傍の椅子へ腰かける。
そして、目次から気になる項目だけを抜き出して読み始めた。
「……『そうして、テレポートの魔法が開発された。空間を歪めて道を作るこの魔法は、しかし魔力さえあれば誰でも―――』……目的に近いことは、近いんらけどなぁ……」
この言葉から察するに、空間系統の魔法を学ぶことで、習得は出来なくとも何かしらの方法を見出そうとしているらしい。
空間を超えて落っこちてきたのだから、その判断は概ね間違いとは言えないだろう。
……それでも一度移動した先をポイントしておけば次回からな瞬時に移動できるテレポートや、世界の何処かへランダムで瞬間移動させる応用とも言えるランダムテレポート、物を数個だけしまう魔法など、空間系の魔法を幾つか知る事が出来ただけで、肝心の異世界の話は全く書き記されていない。
もっと付け加えるならば、指定先と現在地点を端としテレポートは見えないトンネルを作っている様な物なので、空間に穴を開ける様な所業は無理だとレシェイア本人すら確信してしまった。
当然だろう。そんな魔法があるのなら、本を読み漁ったりしないのだから。
「次はぁ……こっちか」
魔法書は一通り読み終わり、対した収穫も無いからか、閉じた後で若干遠くへと押しのける。
次に手にしたのは当然ながら歴史書。
まずは基本から学ぼうと、古代文字と思わしき複雑な字分を翻訳した物は一旦置いておき、オーソドックスな公用語の物を開いた。
現・国王や配偶者、血縁者にその近縁者などは見当たらないものの、一度更新したのか前国王の名前とは配偶者は記されている。
「きょーみない、次!」
何の意味があるのか勢いよくページをめくっていき、目的の文が見えるまで、何度もそれを繰り返す。
目次が無かった、と言うよりかすれて読めなかったからこその行動ではあるが、それにしたってもう少しやり方があるだろう。
次に目に入ったのは、前・国王の代で倒した魔王の幹部達の名前、及び種族、そして使ってきた特徴的な技などなど。
こればかりは気に止まったのか、数十分ばかりの時間を要し、酒臭さだけは変わらずとも普段の彼女とは違う静かな空気で読み進めて行く。
「……やっぱり、この世界の人間れも魔王は倒せそ~らねえ……。それに、なんかこの『少し変わった名前を持つ、顔立ちの違う黒髪の者達』って……」
一応言っておくならば、レシェイアの世界にも『日本人』に似た人種と彼等が住まう島国があり、実の所カズマの名前を其処まで変だとは思っていなかったりする。
しかしこの国、この世界の基部はヨーロッパ等に近い。
即ち彼等からしてみれば、いくら性と名の並びが同じだとは言っても本来漢字で『佐藤和馬』と書く名前なのだから、やっぱり不思議な羅列と発音だと感じるのだろう。
……めぐみん、ゆんゆん、ひょいざぶろーなどと……日本人からすると変な名前に聞こえるらしいフィンランドですら、類を見ない名前の紅魔族はさて置いて。
「そー言えばカズマ、異世界とか言ってたしぃ……でも特殊能力らんて持って
本に記されている事柄を短略して抜き出せば―――『変な名前の黒髪の者等は、特殊な才能や“神器”と呼ばれる道具を手にしていた』とされており、皆戦闘目的、非戦闘目的に関わらず、その分野では無双級の実力を誇ったとか。
対するカズマは、冒険者として一から必死に頑張っている事から分かるように、そんな反則技など有していないのは明らか。
やはり少し夢見がち、果ては妄想癖があるだけの、運の良い普通の少年と見るべきかもしれない。
そうレシェイアは考えていた。
「ふぃ~…………」
三時間ほどかけて最後まで読み終えたレシェイアの口からは、疲れの色が見え隠れする溜息が吐かれる。
芳しい成果は上げられなかった様だ。
「最後らねぇ……とはいっても」
視界の先に有るのは、古代文字にも似た謎の文でつづられ、その翻訳込みで書き記された厚い本。
本当に合っているのかが定かではない以上、期待よりも不安の方が勝る為に、ノッケから疲れの方が強く来るらしかった。
「ま、何とかなるなる☆ と言う訳で御開帳ーーーっ♫」
……一瞬で疲れが吹き飛んだ。
中にはやはりというべきか、この国の人間ではまず読めない文字と単語が羅列され、数少ない解読済みの文の横に、この国の公用語が小さく補足で居られている。
これは読むのに苦労しそうだと、もし覗き込んだ第三者が居た場合、まずそう思うだろう難解さ。
「あ、コレ見た事ある文字……島国の奴みたいら。っていうか、島国のらねコレ」
だが、コレまた意外や意外。レシェイアはこの文字を知っていたようで、ちょこっとだけしわの寄っていた(しかし酔いは覚めない)顔が、拍子抜けだと言わんばかり無表情へ変わった。
詳しく、まずは流し読みでページを進めてみれば、此方もやはりというべきか細かい所で差異はあれども、レシェイアの知る『島国の文字』に比べ、コレと言って大きく外れている訳でもない。
詰まる所―――今この場で、レシェイアはこの文を解読で来てしまうという訳だ。
「……あ~……でもこれは……」
そしてさらに表情が変わり、苦笑いへ。
いったい何故そんな感情を抱いたのかというと……古代文字として丁重に扱われているその本は、あろう事か単なる『日記帳』だったのだ。
水色の髪の女神に導かれ、この世界に来てから何日経過し、珍しいからと農業に手を付けてみて野菜に苦戦し、やっぱり強い能力(チート能力というらしい)やらで闘った方が稼ぎが良くて―――何時の間にか貴族や王族から一目置かれてました。
……と、最前半の数ページは大体こんな感じである。
それが、時に真面目で堅苦しい日々の経過の事細かに、時に警察のお世話になりそうな冗談にならない冗談を交え、されどレシェイアにとって余り収穫になるとは言えない記録ばかりが残されていた。
やがて読み終えたレシェイアは本を閉じ、今度こそ終わったと大きな溜息を吐く。
「収穫ゼロかぁ……れもなぁ、これ以上となると……」
王都か、知的財産が尤も詰め込まれている都市に行くか、それしかない。
が……金銭面や彼女の友好関係を踏まえれば、そうそう動く事が出来ないのは明白と言えた。
「……まー何にせよすぐには動けないなら、もちっと酔っちゃってみますかぁ」
もうこれ以上ないくらいに酔っているというのに未だそんな台詞を吐きながら、酒臭い息を撒き散らしつつ図書館を出る。
と―――――
「んぅ……? 爆音……かな、今の……」
遠くから微かに爆発が巻き起こったであろう痕跡が聞こえ、突然の事にレシェイアが目を伏せる。
耳が良い彼女だから聞こえただけの様で、周りの街人達は皆、怪訝な反応すらしていない。
(爆裂魔法に近いと思うんらけど……まさか、めぐみん?)
現状、思い当たるのは彼女一人しかいない、そういっていい。
けれど何故クエストに行けない筈のめぐみんが、あんな高レベルモンスター湧出地帯である遠くで爆裂魔法を放っているのか、レシェイアには皆目見当が付かない。
実のところ、爆裂魔法の爆音は今回が初めてではなく、レシェイアが来てから少し経ってから響きだしたのだが、ここまで遠くなのは初めてのことだった。
だから、少し気にかけたのだろう。
それでもソコまで気に病む事でも無かろうと、鼻歌を歌いながら歩き出す。
鼻歌から徐々に歌へと切り替えて、レシェイアは楽観したままに酒屋へと足を運ぶのだった。
「まままままま、毎日毎日、俺の城に爆裂魔法を打ち込んでくる! あ、ああ、あああ、頭のおかしい奴は、誰だあああぁあああっっ!!!」
「……えぇ~…………」
一週間後に、それがハズレだと認識する事となるのも知らずに。