……まあ彼女の性格からして、答えは決まっている様なものでしょう。
では、本編をどうぞ。
レシェイアがウィズを庇う為、問答無用でアクアを殴りとばしてしまってから、少しばかり拍を置き。
奇しくも全員が全員、未だ状況が呑み込めなかったので、互いに情報を交わして現状を整理していた。
ウィズは人間ではなく『リッチー』だという事。
カズマ達は本来クエストで、アンデッドを使役するモンスター『ゾンビメーカー』を討伐に来たのだが、ソコでたまたまリッチーのウィズ出会ってしまった事。
アクアがいきなり叫びだし、対アンデッド用の浄化魔法を行き成り行使した事。
そしてまたもやいきなりアクアが吹っ飛んで、元居た場所にはレシェイアが居た事。
レシェイアとウィズは少し前からの付き合いがある事。
友人が悲鳴をあげ消滅しそうになっており、焦りを覚えて多少どころか結構乱暴な制止になってしまった事。
基本的な情報を一通りし終え、めぐみんとダクネスの視線はレシェイアの方を向いた。
「しかし前回と言い今回と言い、
「その手の事に関してはプロ並みなのでしょうか? まあここには、
「隠れていたというよりは……あの様子からするに、私達から見えなかっただけかもな。……ハッ!」
「ど、どうしましたダクネス?」
「気配無き一撃には、此方からは準備など出来もしない筈……加えて肉体そのものや弱所を狙い打たれる可能性も……訳も分からぬままも、もて、弄ばれて……弄ばれてっ……! 良いっ―――」
「お前、弄ばれるの良いとかいったか」
「! ……言って無い」
「言ったろ」
「言って無い……………………あぁっ……♡」
と、何やら興奮し始めた
……それぞれに話終わった後、未だ転げ回るアクアがある程度落ち着いたのを見計らって、彼女へとレシェイアが、申し訳なさそうな顔をして彼女の前で屈みこむ。
「……ホントにマジでビビったんですけどっ……!。行き成り視界が真っ暗になって、後方に思いっきり引っ張られて、更になんか凄い痛かったんですけど……っ!!」
「ちょっと焦り過ぎたんらよぉ、アクア。やっぱ顔面グーはちょっとやり過ぎらったしー……ん、ほら顔上げなっれ」
事態が事態な故の行動なれど、流石に悪いとは思っているのか、手を差し伸べて起こそうとした。
……が……ピタッ、と止まったかと思えば、顔を伏せたままに何やらブツブツと呟く。
「……―――らって」
「んぅ?」
「もっと謝って、お金払って。神聖な浄化を邪魔した迷惑料と、顔面を傷つけた治療費と、慰謝料を込みで二十万エリス払って!」
「オイコラ駄女神、何たかってんだお前!」
「だって! だってあんまりじゃない! 私はただアンデッドを駆逐しようとしてただけなのに、それが顔面にグーパンよ!? しかも他ならぬアクシズ教の御神体、女神アクア様の顔を!! お金貰ったってバチは当たらないと思うの、というか寧ろお金払わないとバチ当てるわよ!」
アクアの返しは予想外だったのか、暫しレシェイアは口を小さく開けたまま固まり……されど、溜息を吐きながらにこう返してきた。
「傷なぁら自分で癒せるれしょ、アークプリーストなんだし。というか顔が赤いだけらし」
「うっ」
さして魔力も使わないので、魔力に使う体力を補給する為食事代よこせ、などという奇特な事すらいえない。
「ヒィックぅ……慰謝料って言ってもトラウマなら分かるんらけもぉ、そんなに大声でお金たかれる位元気ならさぁ? 要らなくね、というか詐欺じゃね?」
「うぅっ」
流石に訴えられる可能性がある為か、詐欺と言われて二の句が継げない様子。
「第一、私は友人救いに来たんらよ? 『親しい人物』が悲鳴上げててぇ……消されかかってるときに容赦する人間、居るろ思う?」
「……」
止めとばかりに一番重要で、且つ人間性が狂っていたり価値観の食い違いさえなければ、今回の件で基本一番否定しがたい事柄を告げられた。
今回のプチ事件に無駄な頭脳を発揮し、被害を受けた事に
会話が終わったのを確認してから、カズマがウィズに向けて切り出した。
「えっと、大丈夫か?」
最初は半透明で消えかかっていたウィズではあったものの、徐々に体が元へ戻って行き、やがて最初と同じ姿になった時点で、ほっと息を吐く。
そして、カズマの質問に恐る恐る答え始めた。
「はい……だ、大丈夫です」
「それでさ……アンタは……その、リッチーでいいのか?」
「…………はい。私は、リッチーです……名前は、ウィズと申します」
正式に名乗りを上げたウィズは、何時までもフードをかぶっている訳にはいかないと、半ば脱げかかったそれを完全に取る。
リッチーと言えばメジャーなモンスターであり、アンデッド系モンスターの最高峰で『ノーライフキング』とも呼ばれ、自らの意思で摂理を捻じ曲げ死に抗いアンデッドとなった、いわば神に真っ向から敵対する者。
王道ファンタジーや、基本的なRPGではラスボスすら勤められる、アンデッドの中のアンデッドだ。
そして……彼等は大概骸骨のような姿をしているのが、ウィズは知って通り茶髪の女性の姿。
カズマも当然リッチーという言葉を聞いてから其れを思い浮かべており―――なのに現れたのは人間と大差ない女性なのだから、さぞかし驚いただろう。
一応、脱げかかっていた事で顔事態はもう知られていたのだが、それでも改めて確認したその美女っぷりに、カズマは思わずといった感じで呆けてしまった。
格好自体は宛ら悪の魔法使いなのだが、本人のほわんとした雰囲気の所為で少々打ち消されている様にも感じる。
「それでさ、ウィズ……こんな墓場で何してるんだ? 魂を天に還すとか言ってたけど、それってリッチーのあんたがやる事じゃないんじゃあ……」
「それは―――」
「ちょっと! 何で私の従者と話なんかしてんのよアンデッドが移るでしょ! やっぱり苛々するからアンタには」
先程ぶん殴られたばかりだというのに、アクアは杖を掲げ、懲りもせず『ターンアンデッド』を唱えようと―――
「はぁい、ストップ」
「あーーーーー! ちょ、ちょ、私の杖! 杖! 返してーーーーーっ!?」
―――しかし……後ろからレシェイアの手で、ヒョイッと取られてしまった。もう殴る気はない様だが、さりとて邪魔する気が無い訳でもなかったらしい。
というか、良く分からない敵対心で友人を攻撃されるなどたまったモノではないのだし、彼女の行動が正解だろう。
必死に杖を取り返そうとするアクアではあるが、レシェイアは彼女の顔へ腕を伸ばし手で押さえつけ、更に杖の端っこを掴んで頭上高く掲げている所為で、全く届く気配がない。
カズマの165㎝を平均として―――彼と同じか少し低い背丈のアクアと、カズマは言うまでも無くダクネスと比べてすら明らかに身長が上なレシェイアでは、もはや競い合いにすらならないといって良い。
そうしてレシェイアが抑え込んでいる内に、ウィズはレシェイアにも語った『共同墓場を浄化する理由』をカズマ達に説明して聞かせた。
ウィズはアクアが叫んだ通り、そして自分の口から白状した通りアンデッドの王『リッチー』であり、魂の声が聞こえる。
その為……身分やお金がネックとなり葬式など出して貰えない所為で、未だに抱え込んだ物を吐き出せない魂達、そして現世を彷徨う魂達に悩み、ある日この共同墓地を浄化しようと決めた。
毎晩彷徨う魂達の声を聞き分けては、天に還りたがっている魂達を己の手で浄化し、悪霊となる事を防いでいるのだとか。
勿論そう言う事はこの街にもいるプリーストに頼めばいいのだが、如何せん彼らにも生活がある。
もっと言えば拝金主義であり、話題に上げる事すらしない。
金にならない、もっと言えば誰が得するのかも分からない仕事を進んで受ける者などおらず、だからこそウィズが請け負っているのだという。
(うん……良い人だ……真面目な、常識人だぜ……)
この可笑しな世界に転生してから、店の店員やギルドの職員を除けば、酒もからかいも何も抜きで初めてであった良い人である為か……カズマは少し涙ぐんでいた。
良識ある人間ならばクリス、一定ラインを踏み外さないならばレシェイアなどがおり、そもそも彼女は人間ではなくリッチーなのだが、それでも純粋に真面目な人物と出会えたことで少しばかり感動してしまったようだ。
―――ウィズの
流石に善行中の善行な為か、レシェイアから杖を取り返そうとしていたアクアの動きが止まり、気不味そうに眼を逸らしていた。
……リッチーが存在しているのは世界の為にならないと言い出し嫌悪感だけで消そうとしていた行動と、街のどのプリーストよりも清い行いとを比べて、多少ながらにバツが悪い思いを味わった様子だ。
それでも相入れないのか、「私は間違ってないのに……」とまたもブツブツ呟いてはいたが。
「というかさ、レシェイアもこの事は知ってたんだよな?」
「いちおーはねぇ? れもさ、立派な事らし別に言いふらす事でもないし、聞かれた訳でもないからさぁ?」
「まあ、確かにそうだよな」
聞かれても無く、重要は重要だがかといって誰かに広めるぐらい重要かと言えばそうでもないのだから、レシェイアの判断が間違っている等とは言えない。
元より彼女はウィズがリッチーである事すら知らなかったのだし、それに今回の件は事件でも何でも無く単なる友人の善行。
レシェイアの性格からして、詳しく問い詰める事もしない筈。
総じて、カズマ達がこの事を先んじて仕入れられた可能性は、低かったと言わざるを得ないのだ。
「魂浄化の為ならこの場に居るのはしょうがないとして……でも、ゾンビを呼び出すのはどうにかならないか? 俺達ってさっきも行ったけど、本来なら『ゾンビメーカー』を討伐しに来てるんだし、クエストが張られるぐらい恐れられてるって事でもあるんだが」
「ならここでそいつを浄化すれば―――って、だから杖返してってばぁ!!」
「嫌ら」
再びジタバタと暴れ必死に頭上へ手を伸ばすアクアと、対して苦労も無くほろ酔いのまま杖を掲げ続けるレシェイア。
地味に蹴りが飛んでいるのだが、それもレシェイアは普通に避けている。
幾ら殴られたとはいえ赤くなっただけで済んだのだし、むこう脛を集中狙いするのはいかがなものだろうか……。
「そうだったんですか……。でも、このアンデッド達は私の魔力の反応して勝手に蘇っちゃうだけで、意図して生み出している訳ではなく、浄化しようとする以上はもうどうしようもないと言いますか……。でも、私としてはこの子達をきちんと天へ還してあげたいですし……。魂が迷わず天へと還ってくれれば、私も不安は無くなりますし、アンデッド達這い出て来る事も無くなると思うのですけど……」
どうしましょうか? と言いたげに見詰めて来るウィズと、答えは決まっているんじゃない? とばかりにアクアと墓地とカズマ達の間で視線をうろつかせるレシェイアに、カズマは分かっているとばかりに溜息を吐く。
次にめぐみんとダクネスを見て、彼女等もまた同じ考えに至っていたのか、カズマの目線の意図を正しく理解し、ゆっくりと頷いてくれる。
そして――――
「ちょ、猫みたいに吊りあげないでってばぁ!? ……って、どうしたのよ……皆して私を見て……」
・
・
・
・
・
「納得いかないっ! 納得いかないわ、物凄くっ!」
「しつこいぞ。あの人を討伐する訳にもいかないし、かといってこのまま続けても堂々巡りなら手段はこれしかないだろ」
結論から言うと、カズマ達はウィズを討伐せず、そのまま帰る事にした。
知り合いであるレシェイアの友人でもあり、何の恩恵すら得られないと分かって居て、尚魂を天へ還す事を選んでいたウィズを、討伐する気になどなれなかったのである。
そしてその代わりにと、早くて明日辺りから、アクアが代わりに墓地の浄化に出かけるという事で、話は一応纏まった。
未だに女神の権威が、睡眠時間がなどと愚痴を零し続けるアクアだけは例外の様だが、それでも駆け戻って行かないのを見るに、どうやら逆らっても無駄な事だけは把握している様だ。
仮に行かずとも浄化はされる訳であり、自分がこの場においては居ても居なくても変わらない。
そんな存在になり果てそうだというのも……逆らわない原因の一端かもしれない。
「しっかしリッチーが普通に生活してるとか……この街は一体どうなってんだよ」
事実を捻じ曲げずに言ってしまうなら、めぐみんやダクネスも別に無条件で頷いた訳ではなく、若干の抵抗こそあった。
が、ウィズの口から自分がマジックショップを経営している事、及びその位置が記された紙を渡された事、レシェイアも事実だと頷いた事と店に通っている事。
何より―――今の今まで暮らしていて街人達に彼女の正体が知られず、常連のレシェイアが無事で居る事が、人を襲う敵対すべきアンデッドではないと示していた為、見逃しに同意したのだ。
余談だが、カズマはウィズの前で「リッチーってもっとダンジョンの奥深くに住んでるかと思った」と漏らしたのだが、それに対してウィズは「買い物も出来ず狭くて暮らしにくい所に住む必要性がありませんし」と返したらしい。
ウィズの言う事は至極正しく、元人間であるからこそ同意出来るマトモな感性なのだが、カズマにとっては二次作品で抱いてきたイメージを尽く壊されている気分であり、いまいち微妙な心境となるのを抑えきれなかった。
コボルドやゴブリンは討伐されきって付近には居なかったり、
付近の森には既に駆除されてモンスターが居なかったり、
薬草採取など誰でも出来るから依頼に無かったり、
と……数あるファンタジー系作品では無視されがちな事がこの世界ではモロモロ突っ込まれてきているせいで、カズマの中の「コレジャナイ感」は増幅するばかりだ。
―――そんな彼の抜けた気合を冷水で締める様な言葉が、めぐみんの口からサラッと放たれる。
「しかし戦闘にならなくて本当に良かったのです。幾らアークプリーストが居たって相手はかのノーライフキング。もし闘っていたら、少なくとも私とカズマは確実に死んでいましたよ」
「なっ!? ……リッチーってそ、そんなにヤバい奴なのか?」
「超ヤバいですよ。まず中級魔法では歯すら立たない強力な魔法防御力に加え、じゃあと物理で行っても魔法の掛った装備以外はものの見事に無効化。ならばと防御に徹しようとしても、少し触れるだけであらゆる状態異常を引き起こすばかりか、生命力に魔力すらゴッソリ吸い取られジ・エンドです。寧ろ、何であんな伝説級のモンスターにアクアのターンアンデッドが利いたのでしょうか……」
幾ら本人がほわほわしていようとも、流石アンデッドの王とでも言うべきか、とんでもない反則技能の持ち主である事を告げられて、カズマは恐怖で軽くチビりかける。
危険が無いと頭では分かっていても、今度尋ねる時はアクアを連れて行きたくなるほどに。
……尤も、そのあとドアノブに聖水を縫ってやるだの、神聖な結界を張ってやるだのといった、みみっち過ぎて溜息が洩れるアクアの犯罪宣言を聞き、すぐさま取り止めの方向へと変わったのだが。
「レシェイアも身体能力が妙に高いとは言え、よくあんな大物と長々一緒に居た物です。しかもリッチーと分かった後も一緒に帰っていきましたし」
「うーん、度胸があるのか? それともたんに大らか過ぎるだけなのか……ってか、レシェイアの身体能力凄いって何でお前が知ってるんだよ」
「元々一人でクエスト回しているならそれ位は思いつきますよ? それにちょっと前、アクシズ教のプリーストがエリス教の教会のガラスを石で割って『ストライク!!』とかほざいていた時がありまして」
「何やってんだよアクシズ教」
後ろで、良くやったとでも言いたげにサムズアップするアクアを、如何しても見過ごせなかったか何やらダクネスが咎めていたが、気にせず二人は会話を続ける。
「で、そのあとが凄くてですね―――レシェイアが、後ろから酒瓶を三つ投げて頬腰頭を見事に打ち抜いた事がありましたから。……まぁその後の様子から、お手玉している最中に後ろへ飛んだ瓶が偶々当たっただけと分かりましたがね。あ、ちなみにそのあと結構お高いお酒をエリス教教会の前に置いて行ってました」
「偶然でそれって正に罰があたったって感じだな。……ってか地味に優しいなレシェイア」
偶然とはいえ、酒瓶をお手玉して居るだけにも拘らず、それがすっ飛んでぶつかった勢いだけで人を吹っとばせるのなら、確かに能力自体は高いと言えるだろう。
……微妙だという感想は絶対にぬぐえないが。
後ろで、私の教団の子に暴力をふるうとか許せない! などと己の教団の行為を棚に上げる少女の罵声と、それを止めるクルセイダーの荒い息使いが聞こえていたが、二人共それを無視して歩き続けるのだった。
……『ゾンビメーカー』討伐クエストが失敗した事も、すっかり忘れたままに。
同刻、北門側。
「あの、レシェイアさん」
「ングッ、ングッ……プハァ! ……んぅ? な~に、ウィズ」
今夜の浄化はひとまず終了とし、カズマ達とは別方向から店へと帰る道すがら、すぐ隣を一緒について来ているレシェイアへとウィズは声をかける。
彼女の発する声には、何処となく何時もの元気が見られない。
それが幾度も言葉を交わし、これまでの常連客とも違う雰囲気を持っていて、なおかつちゃんと貢献してくれるレシェイアに、己の正体が知られたからだというのは明白な事だった。
「先程も申しましたけど……私、人間ではなくてリッチーなんです……騙していて、ごめんなさい」
「おーけー、私が全てを赦そー! ……ちゃった、許そー!」
「……え?」
……深刻な様子で切り出したにも拘らず、相変わらずのヘベレケ陽気な態度で返され、ウィズの目は皿の如く丸くなった。
それでもすぐに取りなおして、レシェイアの方をじっと見る。
視線に気が付いたか、歩きながらにレシェイアもまたウィズの方を見た。
「あの……リッチーなんですよ?」
「うん知ってる」
「いえ、そうでは無くて……」
「というかリッチーって何?」
「え」
―――どんな手を持ってしても、流石にコレは予想外。
なんとまあ、普通ならば誰もが知っている大物モンスター、アンデッドの王、ノーライフキングたる『リッチー』を知らなかったらしい。
この人の常識がどうなっているのか、頭の中身を疑うと共に、此方の頭が非常に痛くなってくる。
ウィズは多少ためらいはしたものの、今更隠していても仕方ないと、リッチーがどんなモンスターであるかを事細かに説明し出す。
膨大な魔力量、人間とは比べ物にならない威力の魔法、強力な対魔法防御、魔法属性付加以外の物理攻撃無効、接触するだけで様々な状態異常を引き起こせ、相手の生命力すら吸い取ってしまえる事を、余すことなく全て。
少しの間レシェイアは声も発さず、しかし時折何故だかニヤリ笑って、楽しそうながらに黙ってウィズの説明を聞いていた。
「そんなおぞましいモンスターが……この、私なんです……」
悲痛を隠す様な、そんな声色。
恐らく彼女は、レシェイアの事を単なる常連客ではなく、友人とも思っているのかもしれない。
だからこそ、明かすの際に神妙な顔つきとなっていたのかもしれない。
ウィズの説明を受け止め、レシェイアは一度大きく頷き…………
「へぇ~」
「―――あ、あれ!?」
なんともまあ、気の抜ける返答をしてくれた。
それこそウィズとは全く持って正反対の、穏やかにも程がある空気で。
少しくらいは真剣に返してくれるかと思った矢先にコレで有るのだから、ポカンとしてもなんら責められるいわれは無かろう。
最早何も言えなくなり、深く思考するとも狼狽するとも違う、一時的に空っぽになってしまったかのような表情をするウィズへ……レシェイアは数歩ばかり前に出てから振り向かないままに、言う。
「ウィズはさ、アタヒを襲う気なの?」
「そっ……そんな事はしません! レシェイアさんは、大切なお客様で―――」
「ならいいじゃん」
再三動きを止められながら、そしてそんなウィズを気にする事無くレシェイアは続ける。
「どれだけ危険でも、それを扱う“人”がどんな判断をするかがぁ……うん、結局のところ一番でしょ~? アタシの見てきたウィズは間違いを犯さない人物だと思ってるんだけどなぁ~」
「……」
「それに、さ」
一拍置き、レシェイアは少しだけ後ろを振り返り、そして―――とても楽しそうに笑って見せた。
「アタシにとって、『ウィズはウィズ』。例え人間だろうがリッチーだろうが、アラシの観てきたウィズのぉ人物像それ以外の何者でも無くて……それが大事なんらからさ」
「レシェイア、さん……」
ほろ酔いから更に進み、確実に酔ってはいる。
ある程度ながら、ろれつが回らない言葉ではある。
それでもその言葉に……偽りなど、一辺も感じられない。
「こーいうのってぇ、難しく考えないのが一番何らよっ! んじゃあ、戻ろに戻ろなドモローっ」
意味不明な事を呟きながら、しかし取り繕う事無く喜色を表に出し、ずんずんと前に進んでいく。
そんな彼女を見るウィズの目は、安心と信頼が混ざった瞳をしていて……普段見る美しさとは、また別の意味で見とれてしまいそうな、儚げな物を映し出していた。
「ありがとうございます、レシェイアさん」
何を悩んでいたのだろう…………今のウィズの表情からは、それが確かに読み取れた。
思えば先に出会ったカズマという冒険者だって、今度店によると何の恐怖も嫌悪も無く言ってくれたではないか。
変わった名前、変わった雰囲気なれども、しかし一方で普通でもあるそんな彼ですら真正面から見てくれたのだ。
浮世離れした部分の有るレシェイアが、ある程度の付き合いを重ねたレシェイアが、離れて行く筈など無かったのだ。
もしかすると、ウィズは過去に友人関係で、何かしらを経験したのかもしれない。
それこそ、自分から離れて行ってしまうような、悲愴漂う経験を。
ソレ事態を払しょくできたわけではないだろう……されど、今この瞬間に満たしていた脅えを霧散させるには、十分な言葉だった。
(でも、リッチーの能力を聞いている最中も少しの恐怖すら無くて、寧ろ好奇心をむき出しにするなんて、可笑し過ぎます……フフフ)
トコトン変わっているレシェイアに堪えられない笑いを洩らしつつも、ウィズはレシェイアの後を追う。
自分の意思で彼女の隣に並びながら、二人ともに帰路へと付くのだった。