素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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レシェイアの実力の謎


①謎の物質によりカエルの顎を強引に開く

②巨大なカエルをシールドバッシュで潰す

③カエルの攻撃を防いだ瞬間、反対側から叩き付けられたかのように弾き飛ばす

④爆発系ポーションを飲んだのに、黒煙を吐いた以外コレと言って何の変化も無し

⑤ウィズが全力で殴っても、痛みが走ったのはウィズの方。しかもレシェイアへの影響は皆無

⑥打撃が利きづらいカエルを、拳の一撃で粉砕。職業補正も無し

⑦爆裂魔法で出来た二十メートル以上のクレーターを、シールドバッシュの一撃で上塗りする

⑧一ヶ月ほど居て、モンスターを多数倒しても未だにレベル2で、かなりレベルが上がり難い

⑨ステータス数値は、魔力ゼロで運や知力などは平均其処らだが、他の数値が千単位などとっくに超えている

⑩職業補正ありで自分よりもレベルが高く、防御力は随一のダクネスを吹っ飛ばす

⑪翠のホログラムで親玉キャベツの攻撃を完璧に防ぎきる

⑫装備がないと幾分か厳しいキャベツをビンタで吹っ飛ばす。職業補正はゼロ


 ……怪しまない方が無理ですよね、コレ。
 というか、異質さムンムンじゃないですか、コレ。






店主の手伝い

 今の状況を端的に説明しよう。

 

 

「ねぇ、リズってウィッチーだったんらね?」

「あ、あの私は“ウィ”ズです……そして“リ”ッチーです。ま、混ざっちゃってますレシェイアさん」

 

 リ……いやいやウィズとレシェイアがよく分からない漫才をくり広げ、

 

「えっと……これは、一体どういう事だ?」

「いえ私に聞かれましても」

「意外と美人さんなリッチーだな……」

 

 カズマとめぐみんとダクネスは、パーティー内でそれぞれ感想を言い合い、

 

「~~っ!! ~~~っ!!?」

 

 ―――アクアは鼻と頭を押さえて転げ回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、コレだけでは何があってどうなって其処に辿り着いたか、全く持って意味不明なので、最初から順立てて説明していこう。

 

 

 

 ……事の発端は、緊急クエスト(キャベツ狩り)の翌日、正午近くから。

 

「お、中々いいんじゃあらいの?」

「うむ……大分見違えたな」

「コレでカズマも漸く、一端の冒険者に見えるのです」

「それって今までは単なる不審者にしか見えて無かったって事じゃねえか、オイ」

 

 幾ら鬼畜な交渉劇があったとはいえ、元を正せばルールに反した行動でもなく、後に返してとも言われなかったので、カズマはクリスへ勝利した際に得た臨時報酬(財布の中身)で、防具を一式買いそろえていた。

 

 既に買っていた此方側の世界の服の上から、胸には革製の鎧を、腕には金属製の籠手を付け、同じくすね当てもバッチリ装備済み。

 ショートソードこそ新調していないが、ソコまで疲労している訳でもないのだし、今すぐに買い替える必要は無さげだ。

 この買物で手持ちの資金は減ったものの、二週間ほどなら食べていけるぐらいはあり、クリスが結構稼いでいた事をうががわせる。

 

 しかしながら此処で疑問―――彼の装備は其処までであり、背にも左手にも盾などは持っていない。

 生き残る確率を上げる為には当然必要であろうし、今自分の手の内に有る手札を最大限組み合わせて使うカズマにしては、少し不用心にも思えた。

 

 勿論何かのロールプレイという訳では断じて無く……コレにもちゃんとした意味がある。

 

「確か今回取ったスキルってぇさ~? ……うぃっ……片手剣と初級魔法、らったっけ?」

「そうそう。魔法剣士のまねごとでもしてみようかって思ってさ」

 

 今彼等が言った通り、左手を開けているのはカズマが魔法系スキルを習得したからだ。

 キャベツを討伐した事、及びキャベツを食べた事により経験値が手に入り、堂々レベル6になったらしい。

 

 何でも魔法は素手でも発動可能だが、杖などの発動媒体を除き何かを手に持っているとそれに遮られて暴発したり、最悪魔力だけ喰って何も起こらない事もあるのだとか。

 めぐみんから片手は開けておいた方が良いという旨のアドバイスもあり、カズマは盾を買う事はしなかった。

 

「ま、これで漸く剣を買った意味が、本格的に現れてきたって訳で」

 

 そして片手剣スキルを取った事は即ち、カズマもいよいよ人並み以上に剣を振るえる様になった、という事でもある。。

 ―――そうなると今までの彼は、対象が捕食中で止まっていたとはいえ、独力で相手を倒してきたことになる。

 

 嘗ては引き籠っていて、どう考えても体力が有る方ではないのに、これはかなり意外な健闘だ。

 ……つまり、彼よりも冒険者に向いている某クルセイダーは、鍛えて居るくせに引きこもりに才が負けたという事になるのだが、幸いにも(もしくは不幸かもしれないが)この事実を知るのはカズマを置いて他にはいない。

 

 そしてカズマ自身、気が付いている訳ではない様だ。これは一応、行幸なのだというべきか。

 ダクネスならば、負けているという事実それすらご褒美になりそうではあるが……試さない様が良かろう。

 

「何で初級魔法とったの? ソレって攻撃力皆無なんでしょ? 魔法剣士も何もないと思うけど」

「どんなスキルだって使い方次第だろ」

「ですがカズマ……先程私達の前でちょっとだけ使った際、少し落ち込んでいたではないですか」

「まぁ、過剰に期待し過ぎたってのもあるけどよ……」

 

 初級魔法はそんなの通り、初歩中の初歩の魔法が覚えられるスキルではある。

 されどアクアが言った通り威力が壊滅的に無い為、魔法使い職であろうがなかろうが『取るだけポイントの無駄』という認識が一般的。

 各地にある魔法学院でもそれが授業中に組み込まれる程のあり様で、取る人なぞ誇張無しに百人中数人居るかどうかだ。

 

「でも、一番落ち込んだのはコレなんだぜ? ―――『クリエイト・アース』」

 

 唱えるが早いか、カズマの手の内サラサラの土が出てきた。

 

「んぅ……確かにそれだけわっかんないらよねぇ? ちょっと上げてみる()、『ティンダー』は火種、『クリエイト・ウォーター』は水分補給、『ウィンドブレス』は牽制、『フリーズ』は足止め……ときてぇ」

「色々ある中でも、この『クリエイト・アース』―――コイツは単なる土だからな。攻撃力が皆無なんて言うまでもないし」

 

 例えば『ティンダ―』+『クリエイト・ウォーター』でお湯作り、『クリエイト・ウォーター』+『フリーズ』で凍結範囲の向上と、初級ながら組み合わせて使えば、利便性が上がりそうではある。

 一方で、唯一『クリエイト・アース』だけは元の効果が一体何なのか、そしてどう使うのかが皆目見当もつかない。

 

 

 答えを求めるかのようにカズマの視線がめぐみんの方を向き、少々言い辛そうに目を細め、首を捻ってから、溜息と共にめぐみんが答えを教えてくれた。

 

「『クリエイト・アース』はソレを畑に使って作物を作ると、比較的良い品が出来るそうです」

「……それ、だけか」

「……それだけです」

 

 まさかの回答に、カズマは絶句。

 ダクネスは固まった空気を感じたのか、目を逸らして頬を掻いたまま何も言わず。

 レシェイアも苦笑はすれどそれのみで、ただゆっくりバーボンを口に含むだけ。

 

 だがしかし、空気の読めない困ったチャンが約一名、腹を抱えて無遠慮く笑いだす。

 

「プークスクス、カズマさんジョブチェンジするんですか! 冒険者から変態になったその次は、瞬く間に農家へ転向しちゃんですか! アハハハハハ、クリエイト・ウォーターもあるし天職じゃないですかーヤダー!」

 

 無言、そして無表情でアクアヘと冷たい目を向けていたカズマは、ふと未だ土が乗っかる己の右手に目線を映し、続いてその土を宙へ撒きながら、

 

「……『ウィンドブレス』」

 

 アクア目掛けて初級魔法を放った。

 

ウギアアァアァァ!? ハアアァアアァァア喉がぁあぁ! 眼があああぁあァァ!?

 

 それは遠慮無しに大口を開けて馬鹿笑いしていたアクアに見事直撃し、喉に入りこんでまず1ダメージ、そして目に入りこんで2ダメージを負わせた。

 

 勢い良く跳び込んでくる土くれは予想以上に痛撃を負わせるらしく、時に転がり周り、時にブリキ人形みたいな所作を繰り返して、長々悶えてのたうちまわっている。

 

 その様子を見て……カズマは一言。

 

「なる程、こういった使い方をするのか」

「おほっ、お見事お見事! つまり農作業よりも何よりもっ……ひっく……それが成功方なんでふね、うんうん」

んな訳ないでしょう!? というか、何器用に使いこなしてくれちゃってるんですか!?」

 

 それは、この世界の魔法使いとは視点が違うから、と言うのが最も近い答えだろう。

 思わぬ盲点、というやつだ。

 ……その盲点を習得してからすぐにつける、カズマの着眼点や知力も大概なのだろうが。

 

「さてと、取りあえずこんな感じで魔法も習得したし、早速クエストか何かで試してみたいんだが」

「もう試してましたけどね、アクアで。……まあいいでしょう、片手剣の方はまだですし」

「じゃーアタシもそろそろ行っちゃうれぇ。つーわけでレッツ&ゴー! 爆走開始しぃ! ニャハハハハハ!」

「……相変わらずだな、彼女は」

 

 ダクネスの言葉に、(アクアを除いた)一同は大きく頷く。

 

 彼等の内心など露知らず、カズマ達にすっと手を振りながら掲示板まで走り寄ったレシェイアは、後ろに目でもあるのか紙一重の位置でピタッと止まって、素早く依頼書の内一枚をはぎ取った。

 内容は『荷物運び、及び整理の依頼(至急)』と、何時も通りのおつまみモンスター(レシェイア命名)討伐クエストであり、どちらも其処まで難しくは無さ気である。

 

「どーれどれ……んぅ?」

 

 取り合えず依頼人だけでも確認すべく、募集要項欄に目を通したレシェイアは……内片方を見て、不意にそのニヤッとした笑みを柔らかくした。

 

「あ……この依頼は……なーる程ぉ」

 

 一人納得してから、彼女はメインカウンターまで足を運ぶ。

 

 

 

「ふげぇ!?」

「おいアクア、何やってんだよお前?」

「何で掲示板へ目を向けずに走って激突しているのですか……」

「だってレシェイアにできたなら、アークプリーストの私に出来ないどおりは無いと思ったの!」

「……何で張り合ってんだよお前は」

「先のもまた良いな! ギリギリを見極められずぶつかってしまう自分、それに集まる非難の視線……あぁっ♡……カ、カカ、カズマ、命令してくれればいつでも……!」

「お前も黙ってろドM」

 

 ……聞き覚えのあるお馬鹿なやり取りを背に受けつつ、薄い飯盒(はんごう)の様な容器に入った酒を軽く呷った。

 そして「また少し経ったら、酒を奢って愚痴でも聞こうかな」とも思いながら、レシェイアは苦笑いのままにギルドを出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――約数十分後、アクセルの街店舗通り。

 

「やっぱりあの依頼はウィズだったんらねぇ」

「はい。在庫や商品を大量に買い込んだので、整理整頓に陳列の為の人手が欲しくて。お店を長い間閉めるのも、数少ない常連さんに申し訳ありませんし」

 

 至急の荷物運び以来の主はウィズだったらしく、彼女が中身を開けて並べて行くのと並行して、レシェイアは沢山ある荷物のうち幾つかをまとめて運んでいた。

 

 誰が買うのかも分からない店ではあるが、それでも(ウィズ目当てに)足しげく通う客もいる。

 レシェイアのように遊びに来ては、何時もの爆発系ポーションだの、二度と外れないし壊れないチョーカーだの、魔法を強化できるが効果範囲が広くなりすぎて自分も巻き込む薬だの。

 ……一体全体、何時何処で使うかも分からない品を幾つも買って行く客も稀に居る。

 

 ……爆発系ポーションを何時も数本買っていくあたり、どうもレシェイアはポーションの味が気に入ったらしい。

 それとも使う者が居ないからという、彼女なりの一応の配慮か。

 

(でも甘やかすと更なる失態をしそうだしなぁ……進言しておくべき?)

 

 先にも行ったがこの魔導具矢の店主を営むウィズには商才が壊滅的に存在せず、需要と供給が釣り合わないなどザラ。

 少ないが借金した事すらあり、しかもお馬鹿な物を仕入れておきながら、その行動に悪気はないのだから尚更タチが悪い。

 

 二度と外れないチョーカーの事をレシェイアが聞いたところ、「大切な人との思い出をずっと付けて居られるなんて素晴らしいじゃないですか!」と嬉しそうに手を合わせて微笑んでいたらしい。

 レシェイアの表情が数瞬ばかり唖然となったのは、言うまでもあるまい。

 唖然となるのもしょうがない……そんな価値観があってたまるかと。

 

 ちなみにお値段は、魔法や装飾代も合わせて『七十五万エリス』。単なるエンチャントアイテムの方が割安である。

 

「ん」

 

 何やらガチャガチャ入った荷物を、それぞれ右と左に五つずつ縦に積み、計十個を纏めて“手”だけで支えて運ぶという所業は、冒険者にしては中々に凄い。

 のだが……その後何とそれらを『お手玉』までしてウィズを驚かせるという、凄いのかふざけているのかよく分からない技を披露しつつ、時折中身を整理しながらに確認する。

 ―――言わずもがなだが、荷物の入った箱をジャグリングするのは、筋力的にも物品的にも危険なので止めて欲しい。

 

 作業開始から更に数十分は経ち。

 何個目かになる運び出しの後、それでも真面目に確認してしていると―――レシェイアの目線が一つの『石』の前で止まる。

 

 それはどうやらマジックアイテムの様だが、5つのダンボール全てにその宝石が入っていた。

 

「ねぇウィズ~、これなぁに?」

「あ、それはマナタイトですよ。レシェイアさんが何時もウチの商品を買ってくれるのでお金も貯まりましたし、久しぶりに上物を仕入れたんです」

「……へぇ」

 

 マナタイトとはこの世界に存在する金属の一種で、杖に混ぜれば魔法の威力向上に、そのまま使えば一度だけ魔力を肩代わりしてくれるという優れ物。

 対魔王軍の最前線である王都では、数ある売れ筋商品の一つに入るのだ。

 

 ―――ではあるのだが……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ嫌な予感を覚えたレシェイアは、石を眺めつつウィズに問い掛ける。

 

「一つ、お幾らぐらい?」

二百万エリスです。

 仕入れるのに苦労したんですよ! お陰でお金が無くなっちゃいましたけど、売り出て得られる収入に鑑みれば充分過ぎるぐらい安い物です! あぁ、安心してください。報酬分は既にギルドに振り込んでありますから」

「ニャハハハ! ニャッハハハハハッハハハハハ! 何言ってるんらぁウィズ? 報酬は兎も角、コレが街で売れるって!」

「わ、笑わなくても良いでしょう? 確かに、魔法を使わないレシェイアさんには、この宝石の価値は分からないかもしれませんけど、でも確実に売れます。質も良いですし少々お高いですけど、でもお金と安全を取るなら皆さん安全を取るでしょう」

「……えーと……」

「何より希少品ですもの、(こぞ)って手を伸ばす筈です。だからこれ以上ないくらい確実です!

「…………………」

「れ、レシェイアさん? ガックリ肩を落としたりして……項垂れてますけど、あの、一体どうされたんですか?」

 

 アクセルの街は皆知っての通り、初心者達や駆けだし冒険者の集う街。したがって金銭面もソコまで余裕のない者が大半を占める

 しかも問題児が多いのか常日頃はモンスター退治が生き甲斐だとと喚くそのクセ、臨時報酬を得て小金持ちになれば冒険に出ようとすらしない者等も居る。

 まあ、お金があるのだから命を態々賭ける必要が無い、と言えばそれまでだが。

 

 マナタイトの値段とて、“少々お高い” 程度ではないだろう。

 駆け出しの街において、少しでも値の張るものとなれば例えマナタイトでも買ってくれない―――そもそも高過ぎて需要が合わない、というのが現実。 

 魔法使いしか需要の無い100万単位のマナタイトを買うぐらないら、誰でも使えるマジックスクロールでも買った方が効率良いのだし。

 

 魔力関係のステータスはゼロで一切関係なく、更には酔いどれ+異邦人なレシェイアですらソレを理解しているというのに、この店を営む魔法使いの女性店主ときたら…………。

 

(アレだねコレは、アレだ……絶対分かってない)

 

 最初に笑っていたのはどうも冗談だと思っていたからのようだが、やがてそれが現実だと知り、レシェイアは下を向かねばやってられない心境に陥っていた。

 

 ウィズには読み取り切れていない様だが、下を向くレシェイアの瞳は冷たいだけではなく、更にハッキリとこう書いてある。

 『ポンコツだこの人』

 と、一切合財オブラートに包まず、何の遠慮もへったくれもなく。

 

 ……酔っ払いさえも黙らせるウィズのポンコツな商才は最早、魔物の扱う “呪術” クラスだと表現しても過言ではない。

 加えて「もう少しいい物食べてよ」と、自分が良心から少しずつ払っていた金を、市場を調べもせず蓄えも気にせずに散在したその上で何も気が付いていないのだから、そりゃあ沈黙してしまうだろう。

 

「ふぅ~……ま、いっか☆ いっそ面白そーらしぃ? うぃっ……アヒャヒャヒャヒャ!」

 

 ……此方も此方で対外だった。

 

 かなりひどい理由で納得したレシェイアは、切り替えの為か一つ大きく息を吐いてから荷物を運ぶ作業に戻った。

 彼女にも冒険者という職とそれに伴う職場があるのだし、本来の目的達成までにはまだまだ時間が多いに掛るとは言え、手をかけてばかりもいられない。

 進言するにも、商売などトンと知らない身なのだから、悪化させる一端しか担わないだろう。

 それを踏まえれば妥当な理由だと思え――るのだろうか……?

 

「?」

 

 レシェイアの行動が何を現しているのか分からなかったのか、ウィズは小首を傾げるのみだった。

 

 そしてレシェイアは誓ったという―――此処まで来ると、寧ろ何買ってくるか面白そうだから、暫く傍観しとこう―――と。

 

 

 この判断は、近い未来知りあう事になる、とある『仮面の悪魔』の頭を一時的にだが、それでも痛みで物理的にも精神的にも抱えさせる一端となるのだが…………まあ、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 ―――作業開始から数時間が経過し……。

 休みを挟み、食事をとり、ついでにと要らない物を処分したり掃除しきれなかった部分に手を付けながら、大荷物を片付け終えた。

 そして最後に一息つく頃には―――もうとっくに日も落ちかけ暗くなりかける時刻で、秋近い季節だという事を考慮に入れれば、もう陽が落ちているも同然の時間帯になっていた。

 

「有難うございました、レシェイアさん。私からも一報を入れますので、ギルドで報酬を受け取って下さいね」

「へいほ~♫ …………ズズッ」

 

 熱々の紅茶を躊躇う事無くすすり、ほぅっと息を吐くレシェイア。

 この小さな茶会の前に、「お酒以外にも飲むのか?」とウィズは聞いたのだが、レシェイア曰く

 『お酒は飲み飽きない大好物なだけで、別に他のものに興味がない訳じゃない』

 らしく、進められた茶菓子も喜んで口にしている。

 

 ちなみにだが、お茶も茶菓子も全てお得意様(主に男性)からの贈り物らしかった。

 

「ふふっ。では、私も一口あちゅっ!?」

 

 予想以上に熱し過ぎたのか、ウィズは唇と口内に名護れ込んだ液体に小さな悲鳴を上げていた。

 ……が、レシェイアは温度など意に介せず普通にごくごく飲んでは、茶菓子を上へ放り投げて器用に口でキャッチし、もぐもぐ咀嚼する。

 

 爆発ポーションの件と言い、ウィズの腹パンの件と言い、彼女の体は一体どうなっているのだろうか。

 

「火傷したろ? ……ニヒ、慌てんぼ~さんらねぇ、ウィズは、ウィズは! ニャハハハ」

「もう、笑わなくてもいいじゃないですか」

 

 苦笑と失笑、そして暖かな笑い交えながらに、二人だけの静か……とは約一名の所為で言い難いが、それでもとても小さなお茶会は進み―――ふと、何かを思い出したかのようにウィズは立ち上がると、ティーセットをかたずけ杖を手にする。

 

「あの、レシェイアさん。今日はこの辺でお開きにしても良いでしょうか」

「なんれ? ……ああ、共同墓地の?」

「はい。やっぱり……未だ集まっているだけで、状況は変わらないままですから」

 

 レシェイアとウィズが初めて出会った共同墓地、そこの浄化作業へウィズは再び赴く気らしい。

 既に予定は決めてあったらしく、着込んでいる黒いローブも、手に持つ使い込んだ風格のある杖も、先程から隅っこに置いてあった。

 

 何故かはわからず、しかし下手に手を付けるのもなんだからとレシェイアは放って置いていたが、如何もこう言う訳らしかった。

 

 ローブの中から魔術に使用する道具を取り出し、逐一確認していくその傍ら、レシェイアは手で口元を覆いながら何か考え込んでいる様子だ。

 数分と経たずに確認も終わり、ウィズと共に店を出てclauseの札を駆けたと同時……レシェイアは口を開く。

 

「同行ひて良ーい? ウィズ」

「えっ……べ、別にかまいませんけども、何で?」

「久しぶりに月見酒したかったんらよっ。 いや~……このまま帰って晩酌するかで、結構悩んじゃったーら! うんうん―――うぃ……ひくっ」

「……え~……」

 

 相も変わらず悩んでいた理由はくだらなくて、個人的でかなり身勝手な理由であった。

 

 

 

 歩きながら(酒を飲み)拙い会話を交わし(酒を飲み)、門を抜けて(酒を飲み)共同墓地へ辿り着いた後すぐに、ウィズは地面に何かしらの陣を作り始める。

 その手の知識が無いレシェイアにも足元に敷かれていく模様が、所謂儀式用の『魔法陣』であるとは理解しており、恐らく浄化をより強める作用を持っているのかもしれない。

 元々、ウィズの職業と共同墓地の浄化作業は、適性が及ばず余り相性が良くないのだろう。

 

 ……にも拘らず、そして誰にも頼まれる事も無いのに墓地へと向かい、良心から魂を浄化する彼女の行いに、レシェイアは感銘を受けたか真剣な表情で頷き、

 

「そうそう、これらよね! 今日はウォッカなりぃ! 味海苔タダ乗り、我とものりぃ! ニャハハハ!」

 

 ―――訂正。ただ単に見合う酒を探し、自問自答で頷いていただけだった。

 

「これで良し……あとは……」

 

 そんな変わらない彼女に苦笑しながらも準備は進められ……ウィズは杖を掲げて目を閉じ、呪文を詠唱し始めた。

 

 やがて淡い光を放ち始めるその魔法陣は、夜でも尚地上を穏やかに照らす月明かりと相まって、とても幻想的な風景を作り上げて居た。

 

 漂う尾を引く光の球―――魂達が、その光に導かれるようにして、天空目掛けて登っていく。

 

「んぐっ……ぷはっ……何時見ても、不思議な気持ちになる光景だれぇ……」

 

 ウォッカを割らずに瓶から飲み、その光景を観ながらに静かに呟くレシェイア。

 ……体は大丈夫なのだろうか。

 

「にしてもぉ……うーん、またゾンビ……」

 

 周りを見わたし彼女の口から出た通り、周りには何時の間にやら、そしてまたも這い出して来たアンデッド達が、呻き声をあげつつユラリユラリと徘徊してしまっていた。

 

 正確には来る前には影一つなく、ウィズが来てから現れ始めたのだが、襲ってこないならどうでも良いかとレシェイアは目にもくれて居ない。

 すぐそばを通り過ぎる個体もいるというのに、肝っ玉が太すぎである。

 

「ふぅ……」

 

 息を付きながら立ち上がったレシェイアは、一旦ウィズに声をかけてから、気まぐれで墓地の付近を散策し始める。

 

 目ぼしい物や目印など何もなく、墓石自体も古いが、土地は確りしており雨で流れる心配はなさそうだ。

 だからこそ、貧しい者達の共同墓地に選ばれたのだろう。

 

「元の世界にもこう言うのあっらっけ? ……ちょっと気になっれ来たなぁ」

 

 異邦人であるからこそ元の世界に思いを馳せ、また一口と喉も鳴らさず静かに酒を飲む。

 

 周りはもう見終わったし、じゃあ戻るかと、レシェイアが歩を戻した――――――その時だった。

 

 

 

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

「んぅっ……?」

 

 突如としてこの静かな墓地に似合わず、昼間ですら眉を潜めそうな、途轍もなく煩い叫びが一帯へ響き渡る。

 

 その声の余韻が消える間もなく、第二、第三の悲鳴と怒号が辺りを満たし始めた。

 

「やめて、やめてええぇぇえぇええっ!? いい行き成り何をするの!? 何で魔法陣を壊そうとするの!?」

「どうせ何かよからぬ事でも企んでいたんでしょ! いいえ企んでいるに決まってるわ! こんな物こうしてくれるっ! この! この!! こんちくょ!!!」

「やめてくださいってばああぁっ!? この魔法陣は未練を断ち切れない魂たちを、浄化させてあげる物なんですっ! ほら、周りに魂たちが昇って行くのが見えるでしょう!?」

「リッチーのくせに生意気なのよ! その善業はこのアクア様がやるべきにふさわしく、汚らしいアンタなんかがやったら魂達が報われないじゃないのよ!! ほらみてなさい、チンタラやるより墓地ごとまとめてこうした方がっ―――」

「え、ちょ、まっ」

 

 ……もう自分から名乗っているので誰が来ているのかが丸分かりなのだが、レシェイアは豹変とも言える位に怒り狂う少女へ何やら奇妙な視線を向けて居る。

 

 暗がりで感情は読み取れないが、好意的な物では断じて無い。

 

 そうしてレシェイアが歩み寄る間にも、状況は確実に進んでいき、叫び声を一番に挙げた張本人が杖を掲げて呪文を唱えた。

 

「くらいなさい―――『ターンアンデッド』!!」

 

 唱えた術者中心に白い光の円が浮かび上がると、魂のみならずアンデット達ですら、残らず一辺に消えて行く。

 

 その効果は、何と意外な人物にまでおよび……

 

「きゃーっ!? か、体が消える!? 消えちゃうっ!? やめ、や、やめてええぇぇえっっ!? 成仏しちゃうううっ!?」

 

 影響をもろに受けているウィズは悲鳴を上げながら、しかし慌てふためくのみ。

 

「ははははははははは! 自然の摂理に反する存在、けがらわしき邪悪なるアンデットの大本、リッチー! 神の意思に背く外道は、この女神アクアの名の元に綺麗に浄化してあげるわ! あはははははははは!!」

 

 高らかに、そして、まるで『塵掃除を終えたかのような』晴れ晴れとした物を含む笑い声を、ウィズを消滅させんとする少女が挙げた。

 ……それとほぼ同時。

 

「……」

 

 レシェイアの目が、普段とは別人の如く、そして余りに怖気立つ程に『辛辣』を湛えて鋭く変わる。

 そして、一瞬の内に今居た位置からパン! と地面より音を立てて『掻き消え』―――

 

 

 

「はい、しゅーりょー」

へぶらあっ!?

 

「「「「えっ?」」」」

 

 “何時もの” 口調と雰囲気で顔面へとワンパンを放ち、アクアが墓石に頭をぶつけ、皆が唖然となった所で、冒頭に戻る…………という訳である。

 

 




次回『店主の正体』。
この話の続きからです。

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