……とはいっても、原作についてではないのであしからず。
緊急クエスト・キャベツ“狩”りも終わった、その日の夕刻。
そこかしこで包帯を巻いた冒険者達が見られるものの、問題となるぐらい大きな怪我も負わず、結果は冒険者ギルドが輪の大勝利と言っても過言ではないだろう。
何より今年は『親玉キャベツ』とそれの取り巻き達まで現れる大豊作の年であり、尚且つそれらに手を拱くのではなく一網打尽に出来たのだから、ギルド内の盛り上がりはこれ以上ない位だった。
ギルドの冒険者達だけでなく、街の人々にも大豊作の証であるキャベツを振るまい、街全体がちょっとしたお祭り騒ぎだ。
そんなド派手な祝勝ムードの中で、何故だかムクれている人物が一人。
「ありえねぇ。ただのキャベツが何でこんなに美味いんだ……ト○コの世界じゃないんだぞ。有り得ねえ」
ファンタジー感をぶち壊しにする緑のジャージを着た少年・カズマである。
もそもそとキャベツ炒めを頬張りながら頬杖をつきつつ、そうボヤいていた。
空飛ぶキャベツという存在だけでも既に荒唐無稽。
だというのにキャベツ嫌いの人間ですら口にしたら苦手が治りそうな、途轍もないぐらいの美味だと来た……だからこそ意地でも否定したくなっているのだろう。
ちなみにギルドの受付嬢が言うには、「今年のキャベツは経験値がいっぱい詰まってますから、舌に嬉しいだけじゃないんですよ!」とのこと。
「野菜の経験値ってなんだよ……何で食うだけでレベル上がんだよこの世界」
……実はカズマが半転移半転生したこの世界は、モンスターを倒したり食べたりすることで彼等の魂に刻まれた記憶の一部を吸収できるらしく、それにより肉体や技能が成長していくのだとか。
お金持ちならば普通は手が伸びないぐらい高級な食材や、朝一番で取れた新鮮な食材を用い、それを食することで簡単に強くなれるので、貴族や王族は誰であろうとも普通に強いとのこと。
詰まりそれら成長要素が “レベル” や “スキル” という形で現わされており、冒険者カードはそれら見えない情報を黙示可能にするアイテムでもあるのだ。
「金なんかにつられるんじゃなかった……!」
とはいえ、キャベツを追い回していた現実が変わる訳では断じてない。
途中から夢中で闘っていたカズマも、我に返って何をしていたか思いだすと、如何も盛り上がれずナーバス気味になってしまう様子。
まあ当たり前のことだが間違ってもキャベツと闘う為に異世界へ降り立った訳ではないのだし、微妙な心境となってしまうのはある意味仕方ない事かもしれない。
「……ハァー」
脱力する形で一度大きく息を吐いてから、カズマは同じテーブルに合席するメンバーを見やる。
すぐ隣の席で、シュワシュワと通称される『ネロイド』という飲み物を呷っているアクアとめぐみん。
そしてパーティー加入を催促するダクネスと、付き添いで来たクリスも卓を囲んで座りキャベツ料理に舌鼓を打っていた。
ちなみにレシェイアはというと、少し離れた場所でモヒカンヘアの巨漢や焼けた肌の大柄な女性らと共に、ジョッキを打ちつけ合い、祝杯の席だからとうかれ騒いでいる。
……地味にレシェイアのジョッキ内の酒がこぼれていないのは、器用で凄い、というべきかそれとも無礼講であろうが酒の1滴をも気にするみみっちさ、というべきなのか。
「しかし、クルセイダーだけあって、流石に鉄壁の防御力じゃないダクネス! 流石のキャベツ達も、歯が立たなかったみたいだし」
「私など硬いだけで取りえの無い女だ。動きは遅く、攻撃も当たらない。ならば壁になる以外に役立てる場がないのさ……それよりも、めぐみんのエクスプロージョンも素晴らしい破壊力だったぞ?」
「フッ、我が必殺の爆裂魔法を前にすれば、何人足りとも抗う事など叶わず……! …………実際はちょっとヒヤヒヤしましたけどね。リアルに景色がスローモーションで流れて……」
「そうそう、爆裂魔法の中を突破してきたのかって、最初びっくりしちゃったわ! まぁ所詮キャベツはキャベツだったけどね」
「兎も角、無事で良かった。壁役の私が無傷で、守るべき者が倒れるなどあってはならないからな。……何で私の方に振って来なかったのだ……そ、そうすればこの身に極上の―――!」
姦しくはしゃぐ彼女等をしり目に、カズマは再び、苦労を窺わせる重い溜息を吐いた。
彼女達の見解を纏めれば、さきの親玉キャベツの件は『ゾッとした事により疑似的に走馬灯が流れただけで、[エクスプロージョン]がキッチリし留めていた』事にされている。
だがカズマの様子を見れば分かる通り、少なくとも彼が考えている“真実”はそれとは全く別だ。
少なくともエクスプロージョンがしとめた訳ではないと思っている。
(口に出したらめぐみんの奴、超怒りそうだし黙っとこ。それにこんだけ盛り上がってんだから)
とはいえど、あのときカズマがスローモーション以外で感じたことを挙げても、親玉キャベツの “緑色が若干濃くなった” ぐらいしか分からず、それ以外は見えてもいないし覚えてもいない。
それに折角の戦勝ムードもあるのだし、意味不明で奇々怪々な事柄に頭を悩ませるよりも、取りあえず騒いでいたい気持ちになるのはカズマも理解出来ていた。
問題は騒ぎ終えた後に羽目を外し過ぎて、その謎現象を忘れてしまわないかという事だが……。
「……あっ、そういえば」
不意にアクアがレシェイアへと視線を向けた所為で、カズマ達四人の視線も吊られて動く。
「レシェイアって今回何してたの? 外には出てたけど、結局のとこ酒盛りしかしてないと思うんだけど」
「いや、レシェイアならビンタでキャベツぶっ飛ばしてただろ?」
カズマのその一言に、彼等の座るテーブルの空気だけが一瞬固まり―――注いで弾けた。
「アハハハハハハハハ! な、何言ってるのよカズマ、そんなの有りえる訳ないでしょ! ビンタでキャベツをふっ飛ばすって!」
……実際はアクア周りの空気のみ弾けただけだったが。
だが、それでも彼の言う事を肯定している訳ではなかった。
「そうですよカズマ、アクアの言う通りです。レシェイアの就いている職はカズマと同じ冒険者なのでしょう? 職業による補正も利きませんしスキルも弱体化します。何よりビンタのスキルなんて知りませんし、そんな力を持っているのなら噂になる筈です」
「うむ。仮に、レシェイアが格闘戦を主とする系統の近接職だとしても、スキルを幾らか揃えたゴッドハンドクラスでなければ到底そのような可笑しな芸当は不可能だろう。キャベツでも、武器無しでは大なり小なり苦戦してしまう……く、苦戦……」
自分よりも情報とこの世界の常識を持っていて、更に他ならぬ(役に立つかどうかは別として)上級職の二人にも言われてしまい、カズマはブスッとはしたが反論も出来ずに黙りこんでしまう。
彼がレシェイアがビンタでぶっ飛ばす所を目にしたそれ自体は事実。
されど信じてもらえるかどうかは、また別モノなのだから。
が、しかし。別の意味で食いつく者はいた。
「ねぇ、カズマ君。その話ちょっと詳しく聞かせてくれない?」
それは、向かいに座っていたクリス。
嘘でも本当でも話のネタが欲しかったらしく、期待の色が少しばかり目に浮かんでいる。
明らかに信じて貰えないなとは思いつつ、カズマはパーティーメンバー及びパーティー加入希望者が別の方へ気を取られたのを見計らい、口を曲げた微妙な表情で続きを語り始めた。
「最初はな、後ろの方で酒飲んでるだけだったんだよ。それに関しちゃアクアの言い分が正しい」
「でも最初だけだったんでしょ?」
「そうだ。そんなレシェイアを弱いとでも思ったのか、キャベツが狙いを定めてきてから状況が一変したんだよ」
そこからカズマは、ビンタの連発でキャベツをふっ飛ばした事、意外な身のこなしを見せつけた事を、少々細かにクリスへと語って聞かせる。
「へぇ~。前半は兎も角、後半なら説得力があるかな。あの人、クラスが冒険者だけどパティー組まずに一人でクエストこなしてるもんね」
「前半は兎も角て……各言う俺も、あれ見てから確信したんだけどな」
どちらかと言えばパーティーを組めずに一人で[こなさざるを得ない]というのが本当のところだろうが、それにしたってソロで回せるのだから彼女の身体能力が高いのは事実。
……カズマからしてみれば、それとなくフォローの言葉を掛けてくれて、次々飲もうと酩酊も泥酔もしない酒豪っぷり以外は良人なのだから、パーティーを組みたい人が居ても、おかしくないのではとすら考えている。
「まぁ、最初に気が付くべきだとは思ったけども」
「最初? って、何で?」
「前にダクネスの奴を真横に突き飛ばして、壁際まで転がしてたからさ。不意打ちとは言えそれなりに力あって……」
「ダ、ダクネスを突き飛ばした!? 壁際まで転がしたぁ!?」
淡々と語っていたのも束の間。
行き成り、脈絡なく大声をあげてクリスが身を乗り出してきたことで、カズマの口弁は強制的に中断させられる。
周りの冒険者達はムードと大音量で気が付かず、アクア達も一旦テーブルを離れている事から聞こえてはいない模様。
だからこそ止める人間が居ない訳で、カズマは余計ビックリして少し仰け反る。
「な、何だよ急に? 別に可笑しなことは言ってないだろ?」
「可笑しなことだよ!! 上級職で補正があって個人としても守りが硬くて力が強い『
「? ……あぁ!!」
カズマも其処まで言われて、漸くクリスが思わず叫んでしまった理由に気が付く。
ダクネスの防御力はキャベツ“狩”りで見た通り。
ナイト職についている冒険者ですら何十発ぶつかればノックダウン確実なのに、顔面に近くに当たっても平然としていたその硬さは折り紙つき。
加えて幾らスカるとは言え大剣をそれなりの速度で振っているのだから、腕や足腰の筋力が足り無いなど有り得ないだろう。
そしてカズマよりも先に登録していて、クルセイダーに着けるぐらいなのだから、ステータスもレベルも高いのは言わずもがな。
―――ではレシェイアはどうか。
カズマと同じで冒険者職に就き、あれほどの身体能力を持っていながら一ヶ月も経つのに未だそのまま。
ギルド内の評価からするに活躍を見ていない者が多いのだろうが、彼女は普段弱いモンスターしか狩っておらず、故ステータス周りの上昇幅など高が知れている。
更にビンタで弾きとばしたとは言っても相手はキャベツ、飛んでいたからこそという観点も無視出来ない。
以上の事を踏まえれば―――余りに奇妙な現象が起こっている事が、理解できるだろうか。
「じゃ、じゃあ……何であいつはダクネスをふっ飛ばす事が出来たんだ?」
「そんなの私に聞かれても知らないよ! 本人に聞くのが一番でしょ」
「それもそうだな。じゃあ早速……っていねぇし!?」
なんという不運か、レシェイアの姿はとっくの昔にギルドの中から消えていた。
先程まで飲んでいたおっちゃん達も、己々のパーティーへ戻って他愛ない談笑をし、くだらないジョークを飛ばして笑い始めている。
酒を一緒に飲んでいただけなのだから、実力について彼等に聞いても意味はない。何より張本人が居ないので詳しい真相の解明など到底望めない。
クリスは到底信じられないのか、ダクネスの元へと走り寄って行き、何やら二言三言交わしてからカズマの元へ目を開いたままトボトボ戻ってきた。
「…………カズマ君の言った事、本当だったね。ダクネスが興奮しながら余計な事混ぜて教えてくれたよ……ホントに突き飛ばされたなんて……」
「俺も、クリスの説明聞いてちょっと不思議に思ってきた」
二人して首を傾げながら、答えの出ない難問相手に首を傾げ続ける。
「ちょっと、カズマにクリス。何二人して面白い事してんのよ」
「あぁ、アクアさん……いや大した事じゃないよ」
「つーかお前ら、その手に持っている大量の飯は一体何なんだ?」
戻って来たかと思えばアクアは両腕を広げたサイズの大皿へ目一杯オードブルを盛って抱えているし、めぐみんとダクネスは深皿と飲み物の入ったコップを手にしている。
カズマの疑問に対して、アクアは片眉を上げながら当然の如く答えた。
「キャベツ狩りの成功もあるけど、それの乗じてめぐみんと “ダクネス” の加入おめでとうのプチパーティーをやろうって事よ!」
「ああそうだった、『その事』忘れてた……」
以上の会話からお察しの通り――――ただでさえポンコツなパーティーに、有ろう事かノーコンでドMという、更なるポンコツ騎士が加入してしまったのだ。
意図的にその件を頭から離して、コレから受けるであろう苦悩を成るべく考えない様にしていたのか、カズマが今しがた気が付いたような顔をする。
もっと絶望を加えるなら、なんでもダクネスは剣術の才能がないその上に、『両手剣』など最低限武器を使えるようになるスキルすら取っていないらしい。
本人いわく「意図的に手を抜くのではなく、頑張っているのに攻撃が当たらないのが良い」とのこと。
その戯言に、カズマが頭を抱えたのは言うまでもあるまい。
……そして、一気に疲労が襲ってきて、カズマを頭痛が数瞬ばかり支配した。二重の意味で迷惑である。
「では改めて名乗ろう。私の名はダクネス、職はクルセイダー。剣の腕は全くないが壁になるのは大得意だ。期待していてくれ」
例え此方が期待して居なくとも、勝手に敵に突っ込んでいきそうな雰囲気を持ってはいるが、再び頭痛を受けるのは勘弁らしいカズマはあえて脳裏でも口でも言及しない。
アクアはダクネスの自己紹介の後何かを反芻し、次いで満足げに胸を逸らした。
「こうして見ると、中々に上統かつ豪華なパーティーになったじゃない! アークプリースト、アークウィザード、クルセイダー、冒険者。……四人中三人が上級職なんて中々ないわよ? もっと感謝しながら自分の幸運を誇りなさいな、カズマ」
その三人が揃いも揃って役立たずなのだが、今の言から分かる通り、当の本人達にその自覚は一切ない。
(これならクリスさんとレシェイアの、三人でパーティー組んだ方がまだ効率よく回せそうなんだが……)
活躍の場がある程度限られる盗賊と、ビンタが取り柄の冒険者ではあるが、確かに上記の三人よりはまだまともな冒険になりそうだ。
……果たして上級職とは、一体何なのだろうか?
「あぁ、キャベツ達に取り囲まれ、ボコボコに蹂躙された時など心が躍った。……恐らくこのパーティーでマトモに前衛をこなせるのは私だけだろう。だから遠慮せず囮に壁にと使って、危機的状況には捨て駒として扱ってくれ! ……む、武者ぶるいが……!」
中身がポンコツだけでは飽き足らない、最早ただのドМと化している聖騎士をジト目で見るカズマだが、その視線すらご褒美なのだと言わんばかりに己の身体をかき抱き、フルフル震えて顔を赤くするダクネス。
外見は美人なのに、中身は変態とは、コレいかに。
「ではカズマ。多分、いや確実に足を引っ張ると思うが宜しく頼む。そしてその時は、遠慮なく罵ってくれ!」
(……頭痛い……)
カズマはもう隠す事無く物理的にも頭を抱えながら、迷惑だとは思いつつもレシェイアかクリスに泣きつく事を本気で考える。
そんな彼の小さな苦悩は、冒険者達の大きな騒ぎの中に消えて行くのだった。
(…………何者なんだろうね、レシェイアさん)
そしてクリスの考えもまた、誰にも受け取られる事無く夜に溶け消えて行った。