素晴らしき世界にて“防”は酔う   作:阿久間嬉嬉

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……お久しぶりです。阿久間嬉嬉です。
本当やっと帰ってこれました!!

―――実はメッセージを確認する僅かな時間とかは有ったのですが、執筆する時間はなかなかとれず、勉強に趣味にと個人的な事でも伸び、結果こんな事になってしまいました……。
ただ、これからも時間が取れるかどうか怪しいので……やっぱりヤバいかもしれません。

では、二年以上間が開いての新作を、どうぞ!




第一章:『一酔いする異邦の女』
美酒に酔う “守人”


「もう……れんれん(全然)残ってないみたいねぇ~……うぃっ」

 

 

 とある街道。

 悪趣味な目に痛い配色の街灯が連なる、明らかに教育上よろしい場所へと向かわせない、怪し過ぎる道。

 その道をまだうら若い女が1人、酒瓶片手に顔を真っ赤にしてへべれけに酔いながら、フラフラと千鳥足で歩いていた。

 

 色あせて灰色じみたブロンドは、ポニーアップにした後でもう一度上に折って留めてある。鮮やかな紅いメッシュも目を引く。

 服は通常よりさらに丈の短いホットパンツと、裾をたくし上げて止めたノースリーブ。

 その下に来ているインナーは上半身は網タイツ状で、下は黒一色だ。

 

 それは露出は少ないが色気のあるかっこう……なのだが。

 眼が片方半びらき、オマケにかなり酒臭いせいで打ち消され、ものの見事に台無しとなってしまっていた。

 素面に戻り服も整えていればおそらく普通に美人であろうに。

 

「う~? やっぱり残って()い……しけてるもんら!」

 

 誰が聞いている訳でもないからか大声で叫んだかと思えば、自分の言葉に自分で頷き。

 

「うんうん! そうらね! ニャハハハハハ! ウニャッ、ニャハハハハァ!」

 

 奇妙な発音で大笑いし始める……見て分かるほどの、典型的な酔っ払い。

 そうして一頻り笑いながらも、酒が切れた事は心底残念に思っているのか、物欲しそうな顔で指を咥え執拗に茶色い酒瓶を振りたくっていた。

 

 

「れも~……実は大丈夫なのれす! ぱっぱらぁ~、新しいお酒、赤ワイン~♫ そう、大丈夫なんれしたぁ! ニャハハハハハハハ!」

 

 

 かと思うと唐突に後ろのバッグから蒼い瓶を取り出し、意外と力があるのか親指で強引にコルクを抜く。

 そして口から少し放した位置に酒瓶を持っていき、まるで自分の口が器か何かの如く注ぐように飲み始めた。

 

 豪快な飲みっぷりで3分の2飲み干した後、口元を指で拭うとまだ道のど真ん中であろう場所に腰を降ろす。

 

 

「更に頼れる相棒も登場ですっ! ……ア()シって天才らねっ!」

 

 そうしてまたもやおつまみのチーズとクラッカーを取り出して、部屋でも酒場でもない路傍にて、豪快に酒盛りを始めてしまった。

 背後のバッグから幾本も酒を取り出しているあたり、もしかせずとも中身は全て酒とつまみなのであろう。

 

 それにしても、保存食やキャンプセットは無いのだろうか。

 見た限りでは格好こそ珍妙なれど、持ちモノや今居る場所からして旅人に近い。

 よくそれで度が出来ている物だと逆に感心してしまう。

 

 そうして暫し、誰も止める事の無い酒乱が続き、一人で延々と大騒ぎ。

 本当に留める者はおらず、彼女の大きな笑い声に答えるのは、静かに鳴くフクロウの声だけなのであった。

 

 

「んぅ? なん()ろう、アレ?」

 

 ……そう思われた矢先、奇妙な物が目の前に現れる。

 

 それは曰く言い難い物。

 目の前に広がる景色を紙に描かれた絵画なのだとすれば、丁度それを真ん中あたりで握ったみたく、景色がギュッと凝縮されているよう。

 ご丁寧に握られた部分だけ、楕円形に切り取られてもいる。

 

 明らかに怪し過ぎる光景。

 だが真っ赤に酔っている所為か、判断力が鈍っている女性は無造作に近付いて行く。

 勢いのまま、何をトチ狂ったか無造作に楕円へ向かって手を伸ばした。

 

「……っとぉ、その前にコレね、コレ」

 

 しかしまるで今我に返ったかのように、触れる寸前で引っ込める。

 

 その手を背中へと持っていけば、次に出てきたのは―――コレまた珍妙で奇妙、奇々怪々な代物だった。

 

 一見『盾』に分類されるであろう防具に見えるそれは、台形形の六角形に似た形で、機械的な造形を持っている。

 そして一応、大き目なナイフの刃も付いてはいるのだが、全く研がれておらず精々殴打しかできそうにない。

 

 即ち彼女が今待っているその武具は、『ハンドガードが異様に大きい、マン・ゴーシュ』。

 オマケに色合いは濃淡の差こそあれど、鮮やかな翠色、それ一色。

 オモチャか何かと思われても仕方ない位、ふざけた造形とカラーを持ち得ている。

 

「これが有れば安心安全。だよね、憲兵さぁん! ……居ないけ()ね! ウニャハハ!」

 

 何が嬉しいのか、何が楽しいのか大仰な動作を付けて笑い転げ、嫌にキビキビとした動作で立ち上がる。

 そして改めて手を眼前に掲げ、楕円形に歪んだ空間へと伸ばして行く。

 触れるか触れないかの位置で数秒間彷徨っていた手は、酔った勢いでふらつき一気に手首辺りまで突っ込んで触れて―――。

 

 

「ありゃ? コレは何―――――」

 

 ―――次の瞬間には、楕円形も女性も、何もかもが消える。

 

 後に残ったのは投げ捨てられて転がされた空き瓶と、食い散らかして散らばったおつまみだけ。

 女性が居た痕跡は全て消え去り……後には何も残らなかった。

 

 

 されども女性は、本当に意味で消えてなどいない。

 

 

 かの楕円形は、何某かの“力”ではなく、歪による“入口”。

 女性は消滅したのではなく……別の『場所』へと落ちてしまったのだ。

 野菜が元気いっぱいに動きまわり、子犬ほどの大きさを持つ虫が突き刺さり、チート能力を持った者たちが跋扈する『場所』へと。

 

 

 だが、もしかすると一番異質な存在は……他ならぬ、彼女なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 長い、長い浮遊感。

 

 揺すられるような感覚はあれど、それは不快感など(もたら)さない。

 寧ろ酔いを深めるぐらい心地よいものだと、女性はそう感じていた。

 数時間か、それともたった数秒か、時間感覚が曖昧になる不思議な空間内を飛翔し続け、不意に眼前へ光の楕円が姿を現す。

 

「ありゃ……なにが起こっ―――」

 

 

 

 そしてお尻から地面に激突した。

 

「ふにゃっ!」

 

 意外と大きな音を立てて激突したのだが、女性は痛くもかゆくもないと言った様子で、尻餅をついた格好のまま座り込んで動かない。

 そのままゆっくりと周りを見渡した。

 

「……お~、なんか違和感あるれぇ……なんなんらろぉ?」

 

 酔っ払いの戯言かとそう思われるかもしれないが、彼女が感じている違和感は抱いて然るべきもの。

 

 なにせ先程までは街灯輝く夜道だったにも拘らず―――なんと、何時の間にやら太陽がさんさんと輝く真昼間の、だだっ広い草原と化していたのだから。

 頬を撫でる風も生ぬるい温風ではなく、清々しい爽やかな涼風。

 舗装された道は見当たらず、自然のありのままの姿がさらけ出されている。

 

 時間、場所、風景、空気、状況。全てが異なっているのだ、故に違和感を感じてしかるべきだろう。

 

「ま、いっか! バックのお酒もあるんらしぃ、あいぼーは手元に健在だし……気にすることなんか、なーんもない! アタ()ってば何か心配性ら~」

 

 ……呑気にも程がある。酔っ払い此処に極まれり、だ。

 通算何本目になるのだろう酒瓶を取り出し、手に持った曰く“あいぼー”の刀身部分で叩いて強引に開け、またもラッパ飲みモドキで飲み干し始める。

 

 本日……と言って良いかどうかは微妙だが、兎も角2度目の一人酒盛りが始まってしまい、とめる者などいないので三度大笑いが響く。

 

 

「ゲコ、ゲコゲコッ」

 

 否、止める “動物” は居た。

 

「んぅ? ……はぁれ?」

 

 鳴き声からしてカエルだろうと、女性は緩慢な動作で振り向き……そして大きく首を傾げてしまう。

 

 なぜならそのカエルは、ウシガエルなどと比べるのもおこがましい、人間で有れば楽々一飲みにできそうなサイズの化物ガエルなのだから。

 サイズも体重も圧迫感も、全てに置いてピョコピョコ跳び回る、何処かキモ可愛いカエルのそれではない。

 

「幻覚じゃあないよれぇ? って事は実物? ……ウヒヒヒ、なんら変なのぉ……ニャハハハッハハ♫ おヒネリいっぱぁつ!」

 

 ギョロリ、左右連動して動く丸っこい眼に見据えられてなお酔いを醒ますこと無く、何故か可笑しくて堪らないと言った感じでパンパン手を叩く女性。

 本当に呑気すぎる。危機的状況だと言う事を、蚊ほども理解していない。

 

「ゲコォー」

 

 そして状況は、最悪な方向へと遂に動く。

 あ~ん、とでもオノマトペが付きそうなぐらい大口を開け、女性を丸のみすべくカエルが頭を下げた。

 

「ニャハハハハ! もういっぱつ! もういっぱつ!」

 

 対する女性は、あの奇妙な防具こそ手にしているが、それを使って防ごうともせず、まだ拍手を続けている。

 

 やがて頭は女性の居る位置まで到達し、嫌に力強さを感じさせながらゆっくりと口が閉じられてしまった。

 

 

 

「ゲボゴッ……」

 

 ―――本来考えられる常識に準えれば、間違いなく『確かにそうなる筈』であった。

 

 だが化物蛙の口は閉じられず、中途半端に開いた位置から一向に進もうともしない。

 

 

「お痛はダメらねぇ、うん! うん! ダ~メな事は断固拒否~っとぉ」

 

 

 それどころか徐々に、徐々に口が開く方向へと強引に向かわされ、どんどん抉じ開けられていくではないか。

 ……うっすらと翠色の『何か』が見えるが、それがこの摩訶不思議の原因なのだろうか。

 

「ゲ、ゲア゛ア゛ォ……」

 

 何かがおかしいと言う事には、カエルとて当の昔に気が付いているだろう。

 されど本能に従ったことが、口をどける事から遠ざけてしまい……結果口は開けられていくばかり。

 

 まるで取っ手のある『何か』をはめこまれたみたく動けなくなっているカエル、最初の位置から全く動かずただ見上げている女。

 状況的優位はとっくに逆転してしまっている。

 

「んー……」

 

 暫し女はしげしげとカエルを眺めていたが、やがてケラケラ笑いながら立ちあがり、未だにぴくぴくと震えて動かないカエルの前に立つ。

 そうして漸くちゃんと向かい合った……刹那。

 

「ほいっ」

 

 一瞬の内に姿が消えた。かと思うと、カエルの頭上に姿を現す。

 

「【重めな甲撃(マクロケリス)】~っ」

 

 気の抜けた声、気合の無い動作。

 それ似合わぬ速度で盾部分を振り降ろし、徐にカエルの頭部を殴りつけ―――

 

「ゲゴァ、ギャビッ」

 

 ―――直後に響く、景色をも壊れろと言わんばかりな空気を震わす大轟音。

 数mを超える歪なクレーターを残しながら、大地諸共にカエルの頭……どころか余波で体をも煎餅の如くペチャンコに潰して見せる。

 衝撃波が周りに広がり局地的な突風が草原を駆け抜けた。

 

「ゲコォォオォォ」

 

 されどまだ終わっていない。

 影になっていただけでもう一匹おり、漸く目の前の人物の異様さを本格的に理解したか、脳天を向けて思い切り跳び上がった。

 

 まだ空中に居る女性と交錯する軌道で有り、突進頭突きが見事決まる軌道でもある。

 女性はボ~ッとした顔で手に持つマン・ゴーシュを、相手の攻撃から守るように掲げて、その直後にカエルが激突する。

 

「【弾けろ―――何らったっけ?」

 

「ゲゴボ……!!」

 

 そして鳴り渡るガツン! とした衝撃音。

 カエルは勢いを完璧に防がれただけでなく、まるで『向こうからも殴られた』みたく思い切り仰け反り、体を無残にもひしゃげさせながら綺麗に吹き飛んでいった。

 

「ニャ~ッハッハッハ! カエルのお肉ゲットなりぃ! 億万長者も夢ではないんらぁ! ……ひっく」

 

 それを起こした張本人は軽やかにすたっと着地し、未だに酔っていることを示す支離滅裂な一言を口にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ここで、とある日あるパーティーの見た、不可思議な光景の話をしよう―――

 

 

 彼らは収入を得るために、ジャイアントトードと呼ばれる巨大なカエルを討伐に来ていた。

 

 初心者がまず戦うべきモンスターと位置付けられているだけあって、ソコまで驚異となる獣ではない。

 しかし打撃が異様に利き辛い事やそのサイズもあり、呑み込まれた際に助けられるパーティーと共に狩るのが定石だ。

 また人ほどの大きさの物を口にすると、その間動きが止まると習性もあり、食べられたとて慌てず騒がずキッチリ倒せばいい。

 

 だから彼等は四人で狩りをし順調に討伐金、そしてカエル肉の肉を売った際の売買金を得て行き……そして帰り支度を始めたその矢先。

 

 

 とんでもない光景を、“二度も”目にすることとなる。

 

 

 そのパーティーの弓使いが準備をしている際、遠目に何やらおかしなモノを見つけたと皆を呼んだ。

 彼の視線の先に居たのは先程まで散々狩ってきたジャイアントトードだったが、しかし何やら口を開けている様にも見える。

 

 よく眼を凝らしてみれば人間が目の前におり、ジャイアントトードはその人間を食べようとしているのだと、彼等は遠巻きながら理解した。

 

 助けようにも距離が遠過ぎ、されど魔法使いの少女がギリギリの射程範囲内ならばどうか……と提案して、一旦帰り仕度を中断し全速力で冒険者らしき人物の元へと足を運ぶ。

 

 

 

 いや、運ぼうと()()

 

 彼等の走行は、カエルが不自然な位置で口を開けたま硬直したのを見た事で、それこそ数歩と立たずに止められてしまう。

……何が起きているのかと理解する間もなく、遠方まで届く轟音が響き、次いで突風が駆け抜けて行く。

 

 大口を間抜けに開けていたジャイアントトードは、ソレに驚いた一瞬の内にペチャンコの肉塊と化していた。

 

 それを理解し呑み込む暇も、驚く間も与えず。

 攻撃したのであろう人物へ二匹目のジャイアントトードが飛びかかり……強烈な衝撃音とともに返り打ちにされ潰される。

 わずか数秒の間に行われた “意味不明な逆転劇”。

 闘っていた冒険者が何を行ったのかも、ジャイアントトードに何が起こってそうなったのかも分からないままに終わってしまう。

 

 

 茫然と眺める彼らを余所に、ジャイアントトードを葬ったらしき冒険者が何やら叫び……跳ねながら何処かへ去ってしまった。

 

 

 その後、戦闘後へと足を運んでみれば―――数メートル規模で地面が陥没し、また奇妙にえぐり取られた地形が広がっていたそうだ。

 そして彼等と、その冒険者との距離が余りに遠かった為に、声や持ち物はおろか容姿すら判別できなかったらしい。

 だからこそ歪な事件は『アクセル』と呼ばれるとある街に置いても、噂程度にすらならず広がらなかったのであった。

 

 

 

 それは果たして幸運か、はたまた不運なのか……。

 

 




なお本作品のオリジナル設定は、『空立つ“飛”の独器と男』にも登場するものであり、オリジナル世界限定で、世界観を共通しています。

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