FGOで学園恋愛ゲーム   作:トマトルテ

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16話:恋の病

 

「ちくしょう……眠れなかった」

 

 カーテンから差し込む朝日を見つめながら悪態をつく。

 一睡もしてないせいで頭がボンヤリして、目が充血してやがる。

 クソ…なんでオレがこんな思いをしなきゃなんねぇんだよ。

 

 ―――俺はモードレッドの味方でいるよ。

 

「ああ! 忘れろ! 忘れろ! 全部忘れちまえ!!」

 

 枕を抱きしめたまま、ゴロゴロとベッドの上で転がる。

 全部あいつのせいだ。あいつがあんな変なこと言うから悪いんだ。

 あいつがをオレのことを、だ…抱きしめるからこんな変な気持ちになんだ!

 

「なんで…なんで…こんなに顔が熱いんだよ…?」

 

 思い出すのは抱きしめられた時の感触。

 冷たい海の中で、あいつだけが温かくて、優しくて、それで……。

 

「だぁああッ! だから考えるなって言ってんだろ!」

 

 思わず自分で自分に悪態を吐いちまう。

 忘れようとすれば忘れようとするほど、あいつの感触が思い出される。

 全部…全部思い出せちまう。何度も寝ようとしたけど思い出して寝れなかった。

 これもそれも、あいつがオレのことを…!

 

「なんですかモードレッド!? 朝から近所迷惑ですよ!」

「うわぁああ! ごめんよ、母ちゃん!」

「母上です。モードレッド」

 

 叫び声を聞きつけた母ちゃんが、ドアを蹴破るように飛び込んでくる。

 このままだと尻を叩かれちまうから、すぐに謝っておく。

 

「まったく、あなたは相変わらず……」

 

 いつものように小言を言おうとする母ちゃん。

 でも、何故か急に黙り込んでオレの顔をジッと見つめてきた。

 な、なんだよ。オレ他にもなんかやらかしたっけか?

 コーラをがぶ飲みしたことか? クーラーつけっぱなしで寝たことか?

 それとも―――

 

「モードレッド!」

「ひぃぃッ!?」

 

 突然オレの肩をガシっと掴んで、じーっと目を見つめてくる母ちゃん。

 なんだ。一体どんなことを叱られんだ!?

 

「……眠れていないのですね?」

「へ? あ、う、うん」

「それはいけませんね。生活リズムが崩れるのは好ましくありませんが、少し眠りなさい。

 夏場はただでさえ体力を消耗します。倒れては一大事です」

 

 そう言って、心配そうにオレの頭を撫でてくれる母ちゃん。

 なんというか……普段は怖いけどこういう時は優しいから母ちゃんは好きだ。

 

「つっても、眠れないから眠れねーし……」

「確かに、原因が不明では対処のしようがありませんね。少し検診しましょうか」

「い、いいよ。そこまでしなくても」

 

 母ちゃんはいつも忙しいんだ。

 オレなんかのために時間を使うなんてもったいないだろ。

 

「私はあなたの母です。子どもの面倒を見るのが義務です」

 

 でも、母ちゃんは柔らかい声でそう言ってくれる。

 それが嬉しいから、反抗的な言葉はいつも喉から出なくなっちまう。

 

「……わかったよ」

「よろしい。では、検診を開始します」

 

 ニコリと普通じゃ気づかない程小さく微笑み、母ちゃんの検診が始まる。

 

「不眠の症状はいつからですか?」

「……今日だけだよ」

「なるほど。では、最近体に不調は見られませんか? 些細なことでも構いません」

「別に、いつも通り元気だぜ」

「ふむ……そうなると精神面の問題ですか」

 

 真面目な顔で考え込む母ちゃんに、何となく申し訳なくなる。

 こんなの、オレ一人で解決しなくちゃいけねーことなのに。

 そもそも、不眠なんて大したことでもないだろ。

 

「……モードレッド。今不眠は大したことではないと思いましたね?」

「ギクッ!?」

「睡眠は唯一脳が休まる時間です。

 いくら食事をとっても、体を休ませても、寝なければ意味はありません」

 

 ジトリとした目で睨まれて、冷や汗を流す。

 こうなると、長々としたお説教コースに入ることもある。

 それだけは嫌だから、コクコクと頷いて理解を示す。

 

「全くあなたは……とにかく、精神面での問題となるとストレスが考えられますね」

「ストレス…?」

「人間関係での悩みや、戦場での極度の緊張状態など、様々なものがありますが心当たりは?」

 

 言われて考えてみるがそんなものはない。

 そもそもだ。オレが眠れなかった理由は分かってる。

 人間関係…っていや、人間関係なのかな?

 とにかく、あいつとの関係は恥ずかしいから絶対に言いたくない。

 

「その顔は……言いたくないという顔ですね」

「な、何で分かるんだよ?」

「はぁ……何年あなたの母をやっていると思っているのですか?」

 

 呆れたように息を吐く母ちゃんの姿に反発したくなる。

 でも、それ以上に自分のことを、ちゃんと見てくれているのだという安心感が胸を占める。

 

「で、でも、それを分かってくれるんなら―――」

 

 言わないでも許してくれるだろう。

 そんな甘い考えは眉間に突き付けられた銃口により一瞬で崩れ去る。

 

「さあ、答えなさい。あなたを救うためには必要なのです」

「い、いやー……こういうのって普通はもっと優しくさぁ。そう! カウンセリングみたいにさ!」

「生憎、私はカウンセラーではありません。

 ある程度の心得はありますが、私にできるのは患者の病因を突き止めて治すことです」

 

 ダメだ。はなから話を聞いてくれる空気じゃねえ。

 いや、話を聞き出そうとしてるんだけどさ。

 とにかく、ここはなんとかごまかす方向で行くしかねえ。

 

「そ、そういえば、何だかもう眠くなってきたような―――」

 

 ―――銃声が響き渡る。

 部屋の壁に風穴を開けたピストルがこれ見よがしに煙を吐く。

 そして、母ちゃんは天使のような笑みを浮かべて言う。

 

「モードレッド。私はあなたを殺してでも、あなたを救います」

「わ、分かったよ! 言うから、言うからさ! そのピストル下ろしてくれ!!」

 

 最初から気づけばよかった。

 母ちゃんにオレが勝てるわけがなかったんだ。

 父上だってまず勝てねーのに、オレが挑んだこと自体が間違いだった。

 

「よろしい。では、心当たりのある原因を言いなさい。包み隠さずに」

 

 嘘は許さないと如実に語る眼光に威圧されて口を開く。

 ああ、もう。こうなったら素直に言うしかねえ!

 

「そ、その……ぐだ男のことを考えてたんだ」

「藤丸君ですか? 彼が何かあなたに対して危害を加えたのなら……」

「ち、違うって! いじめとか脅しとかそんなのじゃないから!!」

「では、何があったのですか?」

 

 治療の必要性がありますね、とピストルに弾を入れながら呟く母ちゃんを止めつつ喉を鳴らす。

 やっぱ、ちゃんと説明しないといけねえんだな。ちくしょう。

 

「その…さ。サーフィンに行ったときに……だ、抱きしめられてさ」

「…………」

「寝ようと思っても、あいつの感触とか声とかが頭に浮かんできて……」

 

 黙ってオレの話を聞いていく母ちゃん。

 オレの方も一度堰を切った以上は、止めることができずに言葉を続けていく。

 

「振り払おうと思ったんだけど振り払えなくて……。

 こう……胸の辺りがギュッて締め付けられたみたいで動けなかった。

 今思い出しても何だか鼓動がおかしくなるしさ。

 自分が自分でなくなるみたいで、オレどうしちまったんだろうって考えてた。

 そうやって考え続けてたら、いつの間にか夜が明けちまったんだ……」

 

 洗いざらいに考えていたことを吐き出していく。

 本当に恥ずかしいけど…抱きしめられたときは嫌悪感じゃなくて…その……。

 胸がキュンってなっちまった。まるで普通の女の子みたいに。

 それを認めたくねーから、何とか理由を見つけてあいつを嫌おうとした。

 

「あいつのことを、忘れようとすればするほど忘れられなくなった。

 あいつのことを、嫌おうとすればするほど嫌えなくなった。

 なあ、母ちゃん。オレ……どうしちまったんだろ…?」

 

 最後の方はガキの頃みたいに素直に聞いてた。

 大樹に身を委ねるみたいに、すっげぇ安心感を覚えていた。

 

「そういうことですか。これはまた……重い病にかかってしまいましたね」

「は? オ、オレって病気なのか!?」

 

 どこか呆れたように、手で顔を覆いながら母ちゃんがぼやく。

 か、母ちゃんがここまで言うなんて、ひょっとしてかなりヤバいんじゃねえのか?

 

「な、なんだよ? 何て病気なんだよ、母ちゃん?」

「……聞きたいですか?」

 

 念を押す言葉。普段ならどんな患者にでも堂々と告げる母ちゃんからは考えられない。

 オレ、死んじまうんじゃないだろうな。

 

「お、おう。お願いだから聞かせてくれ」

「そうですか。あなたがそう言うのであれば、私も隠さずに答えましょう。

 いいですか? 覚悟はできましたか?」

 

 再度の確認にゴクリと唾を飲み込み頷く。

 一体、どんな病気なんだ? やっぱ癌か? それとも聞いたこともないようなやつか。

 お願いだから治しようのあるやつであってくれよ…!

 

「モードレッド。あなたの症状は―――恋の病です」

 

「…………は?」

 

 聞き間違いかと思い、マヌケな声を出す。

 でも、母ちゃんは至って真面目な顔でオレを見つめるだけだ。

 それが、逆にオレを不安にさせる。

 

「も、もう一回言ってくれよ」

「恋の病です。あなたは藤丸君に恋をしています」

 

 ズバッとオブラートに隠すことなく突き付けられる言葉、“恋”。

 頭が混乱する。訳が分かんねーよ。

 だって、なんでオレがそんな気持ちに……。

 

「自分の気持ちと向き合いなさい、モードレッド」

「あ、あり得ねえよ! オレがそんな女みてぇな―――」

「では、藤丸君のことを嫌いだと言ってみてください」

 

 母ちゃんがオレの言葉を遮って、そんなことを言ってくる。

 何を考えてるか分かんねぇけど、そのぐらい訳なく言えるぜ。

 

「オレはあいつのことが―――」

 

 

 ―――ありがとう、俺と出会ってくれて。

 

 

「ッ!?」

 

 脳裏にあいつの笑顔が映し出される。

 まただ。忘れようとするたびに、嫌おうとするたびに、あいつが出てくる。

 心があいつを放そうとしてくれない。

 

「それがあなたの気持ちです」

「ち、違う! オレはあいつのことなんて別に…別に…!」

 

「なんだ、朝から騒がしい」

「父上ッ!」

 

 母ちゃんからの追求を否定しようと必死になっていたところで、父上が入ってくる。

 ハッとして振り返るが、父上はじーっと俺達の様子を観察して状況を分析するだけだ。

 

「喧嘩ではないな。何か悩み事か? モードレッド」

「それは……」

「モードレッドは恋の病にかかっています」

「なっ!?」

「ほぉ……」

 

 慌てて母ちゃんを止めようとするが無駄だ。

 父上は面白そうに唇を釣り上げているだけだ。

 オレには分かる。あの顔は何かを企んでいるときにする顔だ。

 

「そうか、そうか、お前もそんな年頃か」

「ばッ! だから誤解だって!」

「ちょうどいい。壁にぶつかっているお前にさらに壁を送ってやろう。喜べ」

 

 暖簾(のれん)に腕押しってのは、まさにこのことだ。

 父上はオレの言葉なんてちっとも聞かない。

 

「お前は私の跡を継ごうと思っているのだな?」

「はぁ? なんでこんな時にそんな当たり前のことを……」

「いいから聞け。そして、そんなお前に私は跡を継ぐなど言語道断と切って捨てている。

 なぜだか分かるか?」

 

 父上の問いかけにイラつくのを我慢して考える。

 オレには跡を継ぐ資格がないと父上はいつも言っている。

 理由は知らない。というか、聞いても答えてくれねーからな。

 

「そりゃ、オレの力がまだ足りてねぇからだろ」

「……ふぅ。見当違いも甚だしいな」

「じゃあ、なんだよ? 王になるのに何が足りないんだよ?」

「それがお前への課題だ。嘘でも私を越えると吠えるのならば、それぐらい自分で考えろ」

 

 訳が分かんねーよ。王になるのに力以外の何がいるってんだよ。

 でもだ。こういうことを言われたってことは、正解を見つけ出せば跡が継げるってことだよな?

 それなら、ブツブツ言うより従った方が得だ。

 そう頭の中で考えているのを分かっているかのように、父上はニヤリと笑う。

 

「ただし、分かるまでは家に帰ってくるな」

「は…?」

 

 何を言っているのか分からずに聞き返す。

 

「そのままの意味だ。答えを見つけるまで家には戻ってくるな」

「な、なんでだよ?」

「なんだ。王を継ぐと言う者が一人で生きることすらできんのか?」

 

 挑発だ。分かりやすい挑発。

 だとしてもだ。ここまで言われた以上は引き下がるわけにはいかねえ。

 やってやるよ!

 

「バカにすんな! 一人で何とでもできるぜ!!」

「フ、ならばせいぜい頑張るがいい。期待(・・)を裏切ってくれるなよ」

 

 何やら期待という言葉を強調し、意味深な笑みを残して去っていく父上。

 くっそ、バカにしやがって。オレだってやればできることを見せてやるよ。

 

「……モードレッド」

「なんだよ、母ちゃん? 今から出ていく準備をするんだけど」

「あの人にも考えがあってのことなので止めません。ですが、これだけはやらせてもらいます」

 

 そう言ってオレのそばに寄ってくる母ちゃん。

 もしかして、なんかくれるんだろうか?

 そう、淡い期待を抱いてしまったオレはきっとバカなんだと思う。

 

「とにかく―――今は寝なさい!!」

 

 ゴツン、という鈍い打撃音が自分の脳天に響く。

 母ちゃんがオレを眠らせるために、無理矢理殴ったのだと理解すると同時に意識が遠のく。

 そして、意識が途切れる寸前に心に固く誓うのだった。

 

 

 ―――何があっても母ちゃんには逆らわないと。

 

 

 

 

 

「出て行くつっても、今日どうすっかな」

 

 日が傾き始めたころに目が覚め、母ちゃんが用意してくれたバックを片手に、ブラブラと歩く。

 一人で生きれると豪語したものの、家がないってのは考えもんだ。

 ビジネスホテルにでも泊まって一晩過ごすか、適当に野宿するか。

 そんなことを考えながら歩いていたところでハタと気づく。

 

「あれ…? なんでこっちに向かって歩いてんだ、オレ」

 

 向かっていたのは普通の住宅街。

 ホテルなんてないところ。そして何より、あいつの家がある。

 ま、まさか、オレ……。

 

「無意識のうちにあいつの家に向かってたのか…?」

 

 気づいてしまった事実に慌てて首を振る。

 いやいや! あり得ねえって。

 それじゃまるで、オレがあいつの家に泊まろうとしてるみたいじゃねえか。

 

「ダメに決まってるだろ! 何も連絡せずに行くとか迷惑だし。

 そもそも、オ、オレとあいつは……」

 

 男と女だ。思わず出かけた言葉を喉の奥に飲み込む。

 違う。あいつとオレはただの友達だ。

 前だって一緒の部屋で寝て、気づいたら一緒の布団で……。

 

「何やってんだよ…オレは…!」

 

 今更ながらに、死ぬほど恥ずかしいことをしていたと気づき顔を覆ってしまう。

 穴があったら入りたい。というか、今度からあいつとどんな顔してあったら―――

 

『……何やってんの、モードレッド?』

「うわぁああッ!?」

『うわっ!?』

 

 件の人物に声をかけられて思わず飛び上がってしまう。

 あいつ、藤丸立香も手にしたスーパーの袋を持ったまま飛び上がっている。

 自分で言うのも何だが、なんだこの状況?

 

「べ、別になんでもねーよ」

 

 取りあえず、ごまかすためにこっちから話しかける。

 

『そ、そう? まあ、モードレッドが言うならそれでいいけど……』

 

 そのまま沈黙が訪れる。

 考えてみりゃ、海で変な別れ方をして以来だ。

 こんな空気になるのは仕方ない。とにかく、今はここから逃げ出そう。

 そう思った時だった。

 

 ぐぅー、と大きな腹の音が鳴る。

 ……そういや、起きてからは何も食ってなかったな、オレ。

 あいつもしっかりとその音を聞いていたのか、クスクス笑ってやがる。

 

「わ、笑うなよ!」

『ごめん、ごめん。そうだ、良かったら夕飯のカレーでも食べていく?』

 

 スーパーの袋を掲げながら尋ねてくる、ぐだ男の姿に少し悩む。

 だが、それもすぐに終わった。悩むなんてオレらしくない。

 今は腹ごしらえの方が大切だ。これからのことはそれから考えりゃいい。

 

「じゃ、じゃあ、食べてくわ」

 

 そうして、オレは立香(・・)の家に行くことにしたのだった。

 





次回はお風呂と一緒に寝るイベント。

さて、皆さんも寝不足に気を付けてくださいね。
作者は徹夜状態のモーさんのテンションを書くために同じく徹夜したので婦長に殴られてきまs

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