「ひゃっほー! 良い波が来たぜ!!」
大波に乗り、見事なライディングテクニックを見せるモードレッド。
今日は約束していたサーフィンの日。
プライベートビーチには俺と彼女の二人しかいない。
それ故か、彼女の姿はとても扇情的だ。
表面積の少ない真っ赤なビキニを見事に着こなし白い肌を晒す。
そして、キュッと引き締まったくびれが健康的なエロスを演出する。
言葉では言い表せないほどに彼女は魅力的だ。
「おーい。お前もこっちに来いよ」
『そう言われても、まだ波に乗れないし』
「じゃあ、あっちで練習しようぜ。あっちなら波が小さいからな」
スイスイと波に乗ってきたモードレッドが手を差し出す。
俺はその小さく柔らかそうな手のひらを一瞬見つめ、握り返す。
「あ…」
モードレッドは今更ながらに、手が触れ合うことへ羞恥心を感じたのか、顔を赤くする。
しかし、何かを忘れるように首を振り、手に力を籠めるのだった。
「任せな、すぐに波を乗りこなせるにしてやるからよ」
『うん、よろしく』
お互いにハニかんだ笑みを一つ。
近いようで遠い距離を縮めるように、腕を引き寄せるのだった。
ボードの上で重心を見極め、体の軸を固定する。
これで波には乗れた。後はこの波を乗りこなすだけだ。
波に翻弄される木の葉ではなく、波を操る竜のように。
波の動きに合わせ、ボディバランスを取っていく。
そして、最後まで乗り切ったところで海の中に沈む。
冷たい海水が全身を包み込み、急激に俺の頭を冷やす。
だが、初めての成功に熱くなる俺の心を冷やすことはできず、一人笑いと共に泡を零す。
太陽の光が水で屈折して生み出される幻想的な光景を楽しみながら、ボードの下に浮き上がる。
『ふう! やっとまともに乗れた』
「おう、やっとできたな!」
『モードレッドの指導のおかげだよ』
ボードに上半身を預けてプカプカと浮きながらお礼を言う。
そして、モードレッドが待つ岸へ向かうためにパドルで向かっていく。
「良い感じにできたな。次は沖に出てみるか」
『その前に少し休憩させて。流石にくたびれた』
「なんだよ、しょうがねぇ奴だな」
疲れたと言うと、彼女はブツブツと言いながらも砂浜に腰かけてくれる。
そのまま二人で無言のまま海を眺める。真っ青に澄んだ水。
切れ目などないような空と海の境界線。
全てが美しく尊いものに見える。
『……いい場所だね』
「だろ? いつもここでやってんだ。人もいねーしな」
『独り占めってのも贅沢だね』
打ち寄せる波に手を浸しながら呟く。
すると、彼女は何故か違うとばかりに喉を鳴らす。
「そりゃあ、贅沢かもしれないけどさ。……こうやって他の奴と居るのも悪くないもんだぜ?」
こちらを見ずにポリポリと頬を掻くモードレッド。
きっと彼女は今まで、友達と海で遊ぶということができなかったのだろう。
だから、他の人と一緒にいるのが嬉しいのだ。
そういうことなら、俺も一肌脱いで他にも色々と楽しむとしよう。
「……なに急に穴なんて掘り始めてんだよ?」
『砂のお城でも作ろうかと思って。モードレッドも一緒にやろうよ』
「はぁ? なんでオレがそんなガキみてえなことを……」
『キャメロットを作るんだけど』
「し、しゃーねぇな。オレも手伝ってやるよ」
キャメロットという言葉に、一気に食いついてくるモードレッド。
他人ではなく、自分がキャメロットを作るというのがツボだったのだろう。
「まずは城からだな」
『城壁は?』
「先に作っちまったら、中で作業がし辛いだろ。それに城壁はガチガチに固めるからな」
『そんなにいるかな?』
「バッカ、お前。ピクト人が攻めてきたらどうすんだよ? あいつらはエイリアンだぞ」
その言葉にエイリアンVS円卓という謎のタイトルが、脳裏に湧き上がってしまう。
両者の争いに巻き込まれた赤毛の主人公が、最後は騎士として認められるなんてどうだろうか?
ラスボスはスパさんとかだと迫力が出る。
「おい、そこの塔はもっと尖らせろって」
『結構これでもギリギリなんだけど』
「ダメだ、ダメだ。極限まで尖ってる方が強そうだし、カッコいいだろ」
意外とこだわるところはこだわるモードレッド。
そんな彼女と一緒に、あーだこーだと意見を交わし合いながら砂の城を建設していく。
「よーし、結構いい感じにできたな」
『ラストは……』
「おう、通路を空けて完成だ」
城壁の質感まで再現し、ラストは城の中央を通る通路を開ける作業だ。
やはり、最後に穴を空けるのは定番だろう。
砂の上に寝そべり腕を伸ばして、二人で慎重に両側から穴を掘っていく。
「いいか、ゆっくりだぞ。ゆっくり動けよ」
『でも、ゆっくりだと俺の方がもちそうにない』
「お、おい! 激しすぎだって! オレの方が、こ、壊れちまう…」
『ご、ごめん。つい、我慢できなくて……』
少しずつ動かすのは神経が過敏になり過ぎて辛い。我慢が効かなくても許してほしい。
……何だか嫌らしい言葉が並んだ気がするが気のせいだろう。
その後も慎重に穴を指でほじくっていく。そして。
「…あっ。今、お前の指が当たったよな?」
『うん。これで穴を広げたら……よし! モードレッドの手だ』
遂に城に通路を通すことに成功する。
「おっし! これでキャメロットはオレ達のもんだ!」
『反逆成功だね』
嬉しそうに笑いながら、穴の中で俺の手を握りしめるモードレッド。
俺も共に喜ぶためにしっかりとその手を握り返す。
そのまま、キャッキャッと笑い合いながら話していく。
しかし、少し落ち着いたところで気づく。
「な、なぁ……いつまで手つないでんだ?」
『あ、ごめん。すぐに離す』
二人でずっと手を繋ぎ合っていたことに恥ずかしくなり、すぐに手を引っ込めようとする。
しかし、キュッと強く握りしめられ、止められてしまう。
『モードレッド…?』
「あ、いや。別に手つなぐのが嫌ってわけじゃないからよ。
……も、もう少しこうしててもいいかなーって」
モードレッドは寝そべった状態で照れくさそうに告げる。
その仕草だけで俺の理性は限界だった。
『このままだとつなぎ辛いから、一端離していい?』
「べ、別にそこまでは……」
『ごめん』
手を解き、立ち上がって彼女の下に行く。
そして、戸惑う彼女の手を強引に握りしめ指を絡ませる。
こんなこと、普段の俺達からは考えられない。
でも、それを行ってしまうのが夏の魔力なのだろう。
『これなら好きなだけ握っていられる』
「お、お前なぁ……恥ずかしいだろ」
『ずっと言いたかったけど、その水着凄く可愛いよ』
顔を真っ赤にして文句を言いながらも、手を振りほどく仕草は見せない。
それが彼女から俺への信頼の証だった。
「か、可愛いって……ああ、クソ! 頭が熱くなっちまったじゃねぇか! こうなったら!」
トマトのような顔で叫んだかと思うと、モードレッドは突然海に向かって駆け出し始める。
手をつないでいるため、俺も引きずられるように駆け出し、海に叩きこまれてしまう。
ドボン、と大きな音が二つ辺りに響き渡り、火照った体が急速に冷やされる。
「ぷはぁ! ふぅ……これで頭が冷えたぜ」
幾分か冷静な声になったモードレッドが仰向けになり水面に浮かぶ。
でも、片手はしっかりと離れないように俺の手を握っている。
それがどうしようもなくいじらしくて、俺の心は高鳴る。
そして、二人の間に穏やかな時間が流れていく。
「……なぁ、ずっと思ってたんだけどよ。お前はオレのことをどう見てるんだ?」
しばしの沈黙の後に、ふと彼女がか弱い声でそう尋ねてくる。
「普通の男友達か? それとも男装してる変な奴…か?」
普段のモードレッドからは考えられないような、後ろ向きな言葉。
どこを見ることもなく、空だけを見続ける瞳には一体何が映っているのだろうか。
「たまーにさ……考えんだよ。本当のオレってなんなんだろうなって」
そこから続く言葉は、俺なんて見ていない独白だった。
「ずっと父上を越えたくて生きてきた。
男装してるのだってそうだし、勉強もだ。全部父上を越えるためだ。
でもさ……ボーっとしてると思っちまうんだ。何、そんなに必死になってんだって。
そりゃあさ、父上を越えたいって気持ちは嘘じゃない。本気の本気だぜ?
それでもよ、理由がそれしかないのかってな。本当のオレは何がしたいんだ?
父上のいないオレなんて考えられない。でも、別の道もあったんじゃねえかって」
ギュッと俺の手を握る力が強くなる。
それを俺はただ無言で握り返す。
「ずーっと仮面を被ってさ。本当の自分を隠して生きていく。
そんな生き方じゃなくて、普通の女として生きるとか……そういう道もあったんじゃねぇか?」
自分の髪に手をやり、トレードマークのポニーテールを解く。
水の中に鮮やかな金髪が舞い踊り、幻想的な光景を作り出す。
その姿はどこからどう見ても一人の女の子で、全く違う誰かに見えた。
「今までずっと自分の足で歩いてきたと思ってた。
でもよ、本当はこんな風に……波に身を委ねてただけなのかもな。
流されるままに、自分の道なんて考えないようにして無意味によ……」
ひゅう、と風が頬を撫でていく。
彼女が口を閉じれば、後は波が押し寄せる音しか聞こえない。
そんな静かな二人だけの世界。
「なぁ……お前から見てオレは…どう見えてるんだ?」
彼女の視線がようやく俺の方に向く。
請うような、助けを求めるような、寂しげな視線が。
『モードレッドは……モードレッドだよ』
「……なんだよ、それ?」
『そのままの意味だよ、男とか女とか関係ない。モードレッドはモードレッドだ』
怪訝そうな顔をして彼女が立ち上がる。
解かれて肩まで降りてきた髪から、水滴がポタポタと落ちていく。
寂しくても涙を流せない彼女の代わりだとでも言うように。
『きっとどんな生き方をしてたって、君は優しいし頑張り屋だ。
それに、例え流されたものだとしても、君が歩いてきた道が無意味なんてことはないよ』
「なんで、そうやって断言できるんだよ…?」
『俺が君に会えた。君にとっては価値のないことかもしれない。
でも、俺にとってそれは意味のある事なんだ』
ただ出会えたことに意味がある。
何も生み出さなくても、何の価値がなくても、それだけで十分なんだ。
『ありがとう、俺と出会ってくれて』
最大級の感謝の気持ちを込めて告げる。
短いが、それに全てを籠めることができる言葉で。
「きゅ、急に変なこと言うなよ。調子……狂うだろ」
『本当の気持ちなんだから仕方ないでしょ』
「お、お前なぁ……」
怒ったように睨みつけてくるが、涙目のため迫力がない。
むしろ、非常に可愛らしい表情となっている。
『それに今の生き方が間違いだと思えば、変えればいい』
「簡単に言ってくれるぜ。そう簡単に変えられないから困ってるんだろ」
モードレッドの文句に苦笑する。
正論だ。簡単に生き方を変えられるのなら誰も悩んだりしない。
変化というものは誰だって怖いものだ。それが自分ともなれば尚更に。
でも、そんな時に一つだけでも変わらないものがあったら、きっと勇気が持てる。
『一人じゃ怖い?』
「はぁ!? 別に怖いとかそう言うのじゃねーよ! ……まあ、寂しいかもしれねーけどよ」
本音を悟られたくないのか、俺に背を向けるモードレッド。
『じゃあ、俺が一緒に居てあげるよ』
「は? お前何言って―――」
俺はそんな彼女を後ろから優しく抱きしめる。
声すら出せないほどに驚いているのが、肌を通して伝わってくる。
そこへ自分の気持ちを告げる。
『俺はモードレッドの味方でいるよ。ずっと……』
彼女の細い肩に手を回し、どこにも行かないと無言で伝える。
そして、そっと彼女の肩口に頬を寄せる。
「や、やめろよ……。そんなこと言われたら……勘違いしちまうだろ」
『勘違いしてもいいよ』
「やめてくれよ……」
何かを耐えるように震える声が俺の耳を打つ。
彼女は今にも泣きだしてしまいそうだった。
まるで、迷子になり親を探す子どもの様に、その肩は弱々しい。
「オレが…オレじゃなくなっちまう…」
怯える声を出すが、俺の腕を振り払うことはしない。
だから俺は、もっと強く彼女を抱きしめる。
もう我慢できない。自分の気持ちに嘘なんてつけない。
俺は彼女のことを完全に、異性として見ている。
『モードレッド……』
「やめろ、やめてくれ…!」
『俺は君のことが―――』
「やめろ!」
一際大きな声を出したところで、思わず手を離してしまう。
あ、とやってしまったという声が零れる。
それがどちらの声かは分からない。でも、今日はこれ以上踏み込めないことだけは分かった。
「お前の優しさに甘えたら、もう……戻れなくなっちまう」
もう今の場所には戻れない。それが怖いと彼女は言う。
一度受け入れてしまえば、自分を偽ることなど二度とできないから。
「悪い……今日は帰らせてもらうわ」
『モードレッド……それでも俺は……』
逃げるように背を向ける彼女に手を伸ばすが、届くことはなかった。
一人取り残された俺は、虚しさを押し隠すように水しぶきを上げて倒れる。
そして、彼女がやっていたように空を見上げ、伝えることができなかった言葉を小さく呟く。
―――好きだ。
たった三文字の淡い言葉は、誰に届くこともなく波の中に消えていくのだった。
次回タイトルは「恋の病」。モーさん視点で書きます。
ホムンクルス設定は活動報告に上げたジャンヌ・オルタ√没案の段階で使わないことに決めました。なのでみんなの寿命の心配はないです。
いつか、ぐだ子で「王立キャメロット学園」とかやりたい。
留学生のランスロットとか、堅物委員長のアッくんとか、みんなのアイドルベディさんとか。
そして、メインヒーローはプロト我が王。
因みにマシュは親友兼百合√枠。