FGOで学園恋愛ゲーム   作:トマトルテ

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9話:愛しき人のために

 彼は人としてはあまりにも強靭過ぎた。

 彼は神としてはあまりにも高潔過ぎた。

 あまたの英傑・怪物が彼に挑んだが、誰一人として彼に膝をつかせることはできなかった。

 

 ―――化け物。

 ある者は彼を恐れ、そう呼んだ。

 

 ―――大英雄。

 ある者は彼を敬い、そう呼んだ。

 

 だが、どちらであろうとも彼にとって変わりはなかった。

 隔絶した力は望まぬままに彼を孤独にした。

 常に最強であるがゆえに並び立つ者はいず、理解者もない。

 

 彼は望んだ。ただの一度だけでいい。

 己が全てを出し切り―――鬼ごっこで鬼役をしてみたいと。

 

「ダーリン助けてー!」

 

 早々に捕まったアルテミスの悲しむ声が聞こえるが、そう簡単には動けない。

 ヘラクレスはオリオンを探し回りながらも、アルテミスへの注意を一瞬たりとも切らない。

 たかだか、氷鬼(・・)で本気出しすぎだろと、オリオンが思うのも無理はない。

 

(いや……タッチしただけで相手が怪我するから、鬼役ができなかったもんな)

 

 間違って本気で触れようものなら死人が出かねない筋力。

 誰だってヘラクレスに鬼役は頼みたくなどない。

 頼むとしたらイアソンかイリヤぐらいなものだ。

 

(だからって、こうも全力全開で来られてもなー……今の俺はぬいぐるみだし)

 

 木の上で身を隠しながらヘラクレスを観察する、オリオン。

 ぐだ男達を先に行かせたはいいが、どう考えても今の自分では相手にならない。

 ならば、隠れながら近づいてアルテミスを解放するしかない。

 

(なんとか隙を作ってそこを狙うしかないな)

 

 相手に聞こえない音量で一人呟き、行動を開始する。

 木が生い茂るこの森は、自分にとっては有利な場所だ。

 もしも、平面で隠れる場所がない地形であったら、話にもならなかっただろう。

 

(よし、後ろを向いてるな。今のうちに)

 

 何とかアルテミスのそばの木に移動し、一気に下まで飛び降りる。

 後はアルテミスにタッチすればいい。

 ヘラクレスは後ろ向いている。そして、距離が離れている。

 勝利を確信した。―――だが、しかし。

 

「■■■■■!」

 

 ―――大英雄に死角などない。

 オリオンが飛び降りる際に発した、僅かな枝の軋み(・・)を聞きつけ振り向く。

 そして、手にした石を手首のスナップだけでオリオンに投げつける。

 

「うそぉおッ!?」

「きゃぁあッ! ダーリンがまたお星様になっちゃう!?」

 

 投石は数コンマでオリオンに直撃し、そのまま空の彼方まで吹き飛ばしてしまう。

 

「や、やべえ。中身が、中身が出てきちまう」

「■■■■■■!!」

「げっ! もう追って来てやがる!」

 

 何とか爆発四散は避けられたオリオンであったが、ヘラクレスは追撃をかける。

 重力に従い落下していきながら、どうやって逃れるか思考を巡らせ、細長い枝に目を付ける。

 

「一か八かやってやるぜ!」

 

 地上で待つヘラクレスから逃れるために、オリオンはワザと体を枝にひっかけさせる。

 

「良いとこまで飛んでくれよな!」

 

 そして、枝をしならせてバネの要領で再び空に打ちあがっていく。

 下の方ではヘラクレスが、悔しそうに木々をへし折っているが見なかったことにする。

 あんな力で掴まれてしまえば、筋トレをしていなければ即死だろう。

 

(さて、何とか逃げられたがどうするか。もう、木の上からじゃ通用しないだろうしなー)

 

 一先ず、逃れた先の木の上で息を整えながら考える。

 今度はカカシでも作って、自分の場所を偽装して近づくべきか。

 そう考えていた時だった。

 

「■■■■ッ!」

 

 ―――森が割れた。

 

「は? なんで森が割れて―――」

 

 巨大な石剣を投げた。

 簡単に言えばそれだけだ。だが、それがもたらす被害は控えめに言って災害。

 軌道上にある木々は、一直線に刈り取られるようにへし折られていく。

 

「ぬォオオオッ!?」

 

 それはさながらモーゼの奇跡。

 海を割ったその偉業を、ヘラクレスは己の腕力のみで成し遂げてみせる。

 為すすべなどない。オリオンは木々の遺体と混ざるように、吹き飛ばされてしまう。

 

「やー! ダーリン、死んじゃダメー!」

「■■■■■■■!!」

 

 アルテミスの悲鳴が森に響き、怪物は勝利の咆哮を上げる。

 後はあの木々の山から、オリオンを見つけ出しタッチするだけだ。

 それだけで氷鬼(・・)の勝者となる。

 

「うそ…ダーリン、死んじゃ、いや……」

 

 その事実にアルテミスの瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 愛した男性が死ぬなど、彼女にとっては耐えられない。

 しかし、そんなことはヘラクレスの知ったことではない。

 勝利をつかみ取るためにゆっくりと歩き出そうとし―――降り注いできた矢の雨から飛び退く。

 

「■■■■■!」

「わりーな。もうちょい付き合ってくれや」

 

 さらに、後方からは木々で跳弾させた矢の嵐がヘラクレスを襲う。

 だが、ヘラクレスにとってはさして脅威ではない。

 振り向きざまに腕を一振いして、全て弾き飛ばす。

 

「■■■■!?」

「うかつだったな。そいつは毒だ」

 

 だが、それは罠であった。

 ヘラクレスにとって矢は、皮膚を一枚裂く程度の威力でしかない。

 しかし、皮膚を一枚でも裂けば毒矢の効果は生きてくる。

 大英雄の行動を奪うことはできないが、動きを鈍らせることはできる。

 

「おいおい、悪く思うなよ、狩りってのは本来こういうもんだ。もっとも、お前さんなら真正面からで大丈夫なんだろうがな」

 

 破壊された木々の隙間から差し込む月光が、一人の男を照らし出す。

 狩人らしい軽装に、クマの毛皮を流すように羽織る。

 その顔は毛皮で目より上が見えないが、非常に端正な顔立ちであることを窺わせる。

 

「すまん、アルテミス。心配かけちまった」

「ダーリン……」

 

 男が親しげにアルテミスに話しかけ、彼女もそれに答える。

 

「惚れた女の手前、情けない姿は見せられねえんだ」

「■■■■…!」

 

 毛皮に隠れた瞳がヘラクレスを射抜く。

 それは、かの化け物にさえ自分が狩られる側であると錯覚させるもの。

 地上の全ての獣を狩りつくすと、天上の神々に恐れられた伝説。

 

 

「悪いが、遊びはここで終わらせてもらうぜ―――大英雄」

 

 

 ―――オリオン。それが星座に名を連ねる最強の狩人の名だ。

 

 

 

 

 天草と共に先へと進んでいく。

 オリオンのことが気になるが、やるときはやる男なので信じている。

 

「おや、これは……」

『アーラシュさんが倒れてる!?』

 

 そんなことを考えていたところで、地面に倒れ伏すアーラシュさんを発見する。

 慌てて駆け寄って、助け起こす。

 

『大丈夫ですか、アーラシュさん?』

「く…こいつは……恥ずかしいところを見せちまったな」

『そんなことよりも一体だれがこんな酷いことを…!』

 

 一瞬、他の挑戦者に敗れたのかとも思うが、アーラシュさんがここまでやられるとは思えない。

 

「全身黒の鎧を着た騎士が突然現れてな…。背中を切られちまった……」

『なんて卑劣な……』

 

 姿を隠して相手を背後から斬るなんて、ただの外道じゃないか。

 一人を殺すためにホテルを丸ごと爆破するようなものだ。

 

「卑劣で結構。親とは時に子どものために泥をかぶるものなのです」

『その声は…! ランスロットさん…?』

 

 今まで隠れていたのか、靄が消えるようにランスロットさんが現れる。

 アーラシュさんを襲撃して一体何が目的なんだ?

 

「私の目的はあなたです、藤丸君」

『な…!?』

「マシュとの関係を洗いざらい吐き出してもらいましょう」

 

 鋭い眼光は研ぎ澄まされた剣のように、俺の喉元に突き立つ。

 相手は本気だ。冷たい汗が額から流れ落ちていく。

 いけない。こんなところで負けたらダメだ。

 臆さずに、言いたいことを言わないと。

 

 

『お義父さん! お嬢さんを僕に下さい!!』

「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない! というか、結婚とか早すぎる!!」

 

 

 くっ! やっぱり一筋縄じゃ行かないか。

 でも、諦めるつもりなど毛頭ない。

 

『認めてください! 必ず幸せにしますから!』

「軽薄な言葉を口にするな! まだ、付き合ってもいない男女が結婚など言語道断!」

『じゃあ、何年付き合えばいいですか!?』

「誰が付き合うことを認めると言ったぁッ!?」

 

 お互いに怒鳴るように言葉を交わしていく。

 これは意地の張り合いだ。

 理屈で説明できることじゃない。言葉で分かり合えることじゃない。

 

「マシュはこの先に居る」

『つまり、マシュの下に行きたいのなら』

「私の屍を越えていくがいい!」

 

 ―――己の拳で語り合うしかない。

 ファイティングポーズを取り、一呼吸する。

 ランスロットさんも同じように構える。

 

『剣は使わないんですか?』

「ここにいるのは騎士ではない、ただの父親だ」

 

 男の意地と意地の張り合い。

 武器など無粋。拳で伝えられないのなら最初からその程度の気持ちだ。

 

『ごめん、天草。先に行ってて』

「……挑戦内容が変わりましたが、こういう挑戦でもいいでしょう」

『天草?』

「いえ、分かりました。先に行って待っておきますね」

 

 何やら含みのある言葉を残しながら、先に進んでいく天草。

 その行動が気にはなるが、今は考えている暇などない。

 

「では、始めようか」

『…ッ!』

 

 爆発的な踏み込みにより、接近してくるランスロットさん。

 回避―――間に合わない。

 防御―――そのまま押し込まれる。

 ならば、取るべき行動は一つ。

 

『それなら!』

「はぁッ!」

 

 ―――迎撃する。

 

『いつ…ッ!』

「く…ッ!」

 

 互いの拳が同時に頬に突き刺さる。

 口の中が切れ、血の味が広がる。

 だが、関係ない。

 

『マシュをお嫁さんに下さい!!』

「手塩にかけて育てた娘を簡単にやれるものか!!」

 

 ―――殴り合い。

 泥臭く、情けなく、子どものように殴り合う。

 技術などどちらも捨て去っている。

 

「その程度の力でマシュを守れるのか!?」

『死んでも守り抜きます!』

「―――愚か者めがッ!!」

 

 ―――憤怒。

 怒りの籠った拳が突き刺さり、体が宙に浮く。

 腹部に入ったアッパーは、胃の中身を逆流させる。

 

「死んでしまえばマシュが悲しむとなぜわからない!!」

『…ッ!』

 

 顔面への強打。

 腹部への蹴り込み。

 鼻から血が噴き出す。

 

「守るとは! いかなる困難に遭おうとも愛する者の下に帰ってくること!!」

『ぐぅ…ッ』

「相手だけを守り、自分がこの世から去ることを守るとは言わん! それは―――逃げだ!!」

 

 ―――言葉と拳が、俺の心と体を容赦なく砕いていく。

 吹き飛ばされた肢体は、鈍い衝撃と共に地面に打ち付けられる。

 

「誰かを守り、自己満足に浸ったところで残るのは愛した者達の涙だけだ。それが分からないのであれば君にマシュを、いや、誰かを愛する資格はない!!」

 

 視界はぼやけるというのに、声だけはしっかりと耳に入ってくる。

 

 ―――目が覚めた。

 

 確かにその通りだった。自己満足に命を捨てることは守ることじゃない。

 それはただのエゴだ。マシュの幸せを奪ってしまう最低最悪の。

 

『……なら、生きる』

 

 ―――四肢に力を籠める。

 立ち上がる。例え、何度打ち倒されるのだとしても。

 

『泥水をすすってでも、血にまみれてでも、誰かを犠牲にしてでも、マシュのために生き続ける』

「……言うのは簡単です。示したいのならまずは―――私から生き延びてみせなさい!」

『当然…ッ!』

 

 襲い掛かる拳が俺の体を傷つける。

 でも、怯まない!

 

『オォオオッ!!』

「づぅ…ッ!?」

 

 打撃とも言えぬ拳を叩きつける。

 型なんて関係ない。いや、自分でもどんな攻撃をしているか分からない。

 ただ、想いと共に腕を振るい続ける。

 

「まだ…まだその程度ではマシュはやれん!!」

『なに…!?』

 

 ―――体が宙に浮く。

 防御を無視して放たれたストレートは、俺の顎を容赦なく打ち抜く。

 

「せいッ!」

 

 そして、無駄のない動作で、浮いた体を地面に叩きつけられる。

 息が止まる。呼吸をしようとしても肺が動いてくれない。

 ああ、でも―――体は動く。

 

『……ハァ…ハァッ…!』

「今のは決まったと思ったのですが……」

『ははは……冗談。まだ、手も足も動く…諦めるには早すぎる』

 

 精一杯に強がって笑ってみせる。

 さあ、反撃の開始だ。

 

『マシュと…! ずっと一緒にいたい!!』

「ここに来てこのような力を…!」

 

 今度は俺の方が顔面を殴り飛ばす。

 続いて、蹴りを入れる。

 しかし、それは避けられる。だが、止まることはない。

 ただ前に出て攻め続ける。

 

『ずっと俺のことを好きでいてくれたあの子を…幸せにしたい…!』

 

 ―――いらない。

 マシュ以外の全ての存在なんて。

 

 ―――排除する。

 彼女が悲しむ原因となる全てを。

 

『何よりも大切なマシュを守り続けたい! それが俺の望む全てだから!!』

「……ならば、その力を示しなさい!!」

 

 地面を蹴る。二人同時に最後の力を振り絞る。

 宙で弓のように体をしならせ、右の拳に全てを籠める。

 そして、互いが交差する瞬間に―――振り切る。

 

『…………』

「…………」

 

 世界から音が消えたような静寂が訪れる。

 拳を振りぬいた状態で双方動かない。

 だが、それも―――限界だった。

 

『く…そ……』

 

 足から崩れ落ちる。

 最後の一撃は体の芯までダメージを残した。

 立つことなんてできない。限界が来た。

 ああ……でも、不思議だ。

 

『まだ…倒れていられない!』

 

 ―――マシュのことを思うと体に力がみなぎってくる。

 限界を超える。震える体を無理矢理起き上がらせる。

 

「………仮にですが、もしあなたがマシュと世界、どちらか一つを選ばなければならなくなった時、あなたはどちらを選びますか?」

 

 ランスロットさんが静かな声で尋ねてくる。

 マシュと世界? そんなこと考えるまでもない。

 

 

『―――マシュに決まってる』

 

 

 どちらか一つしか選べないのなら、本当に大切な者を選ぶだけだ。

 誰に恨まれようとも、見捨てた者から呪われようとも。

 

「……マシュが世界を救うことを望んだ場合は?」

『俺はマシュを優先する。でも、マシュが悲しむのは嫌だからついでに世界も救う』

「マシュを見捨てれば世界が確実に救われるとしても?」

『マシュの居ない世界なんて俺は―――いらない』

 

 マシュが居ない世界なら滅んだって構いはしない。

 俺の考えはおかしいのだろう。でも、心がそう叫んでいるんだ。

 大切な人のいなくなった世界に意味なんてないって。

 

「そうですか……それなら―――先に進みなさい」

 

 ランスロットさんがゆっくりと膝をつく。

 余力はまだまだ(・・・・)あるのだろう。円卓最強の騎士に俺が勝てるはずがない。

 だが、戦うことをやめた。それはつまり、俺のことを認めてくれたということ。

 

「マシュがあなたを待っています」

『はい。迎えに行ってきます』

 

 最後の力を振り絞り、足を前へと進める。

 あと少しだ。あと少しでマシュの下にたどり着けるんだ。

 だというのに―――それを遮る者が現れる。

 

 

 

「待っていましたよ、ぐだ男君。さあ、怪盗ジャンヌからの最後の挑戦です」

「サンタアイランド仮面もいます。さて、先程の啖呵は見事でしたが…実際に聖杯とマシュさんどちらか片方を選べと言われたら、どうしますかね?」

 

 

 

 俺の邪魔をするな…ッ。ジャンヌ・ダルク、天草四郎。

 




真オリオンは作者の妄想なんで別にゲームで出たりはしません。
次回でマシュ√ラストになると思います。
終わったらアストルフォかモーさんか清姫をやります。
その前に√アフターを書くかもだけど。

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