FGOで学園恋愛ゲーム   作:トマトルテ

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8話:クリスマスパーティー

 

 寒風に身を震わせながらマシュを待つ。

 今日はクリスマスパーティーの日だ。

 一緒に行く予定なのだが、何故かマシュが現れない。

 

『電話をしても出ない……マシュの身に何か起きたのか?』

 

 パーティー会場にすでにいるというのに姿が見えない。

 そろそろ迎えに行こうかと考えたところで、後ろから目を塞がれる。

 

「だーれだ?」

 

 可愛らしい声と共に、ムニュっと柔らかい感触が押し付けられる。

 このマシュマロ具合は一人しかいない!

 

『マシュ、やっと来た』

「ふふ、遅れてすみません、先輩」

 

 手を握って振り返ると、ニヘラと笑うマシュの顔が見える。

 それにしても、遅刻なんてマシュには珍しい。

 

『どうして遅れたの? 心配したよ』

「少し、ジャンヌさんからお手伝いを頼まれまして」

『手伝い?』

「それは直に分かると思います」

 

 少し疑問には思うが気にしないことにする。

 それよりも今は綺麗なマシュを褒めることの方が大切だ。

 

『大人っぽくて凄く似合っているよ、そのドレス』

「こういうのは着慣れないので、そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 マシュのイメージにピッタリな紫色のドレス。

 最大限に彼女の魅力が生かされていて、いつまでも見惚れていられそうだ。

 

『他の人にも見られるって思うと少し妬いちゃうな』

「ホント、ホント。よく似合ってるよ、マシュちゃん」

『……ん?』

「おう、坊主。久しぶりだな」

 

 いつの間にか俺の頭によじ登っていたオリオン。

 そして、オリオンの眉間に飛来する矢。

 アルテミスによる浮気への鉄槌が落ちたらしい。

 

「ダーリンがまた浮気してる! いい加減にしないと実力行使しちゃうよ!」

「おう、俺の頭に刺さってるのは実力じゃないのか?」

「あ、藤丸君、いきなり撃ったりしてごめんね」

『リンゴを頭に乗せた人の気持ちが分かったよ』

 

 どうやら、一緒にパーティーに来たらしいオリオンとアルテミスと挨拶する。

 ウィリアムテルって結構ひどいことをしたと思う。

 

「アルテミスさん、浮気をされた場合の対処法を教えてもらえませんでしょうか?」

「浮気・即・射よ! ダーリンったら見境がないから、そろそろ拘束して監禁してもいいなーって思ってるけど」

「なるほど。先輩を傷つけるのははばかられますが、監禁までなら……」

『ごめん、そういうことは俺達がいないところで話してほしいな』

 

 頭上でガタガタと震えているオリオンと一緒にツッコミを入れる。

 一度暴走したせいか、最近のマシュは色々と隠そうとしない。

 悩みを溜め過ぎるのは良くないが、こうもオープンだと辛いものがある。

 やっぱり、絶対にマシュから離れないって安心させないと不安なのだろう。

 

『まあとにかく、ここだと寒いから中に入って何か食べよう』

「わかりました。あの、オリオンさんは先輩から降りないのですか?」

「……いや、偶には別の奴の上でも楽しいかなーって」

 

 どこか歯切れの悪いオリオンの言葉に事情を察する。

 確かにアルテミスの頭の上だと不便だろう。

 なぜなら。

 

『アルテミスの上だとアルテミスの顔が見えないもんね』

「ちょッ!? そういうことは黙って、あ! 違うから! そんな理由じゃないからね!?」

 

 顔を赤らめて必死に否定するオリオン。

 しかし、それこそがイエスという答えだろう。

 

「キャー! ダーリンったら恥ずかしがり屋なんだからぁ」

「ち、違うって勘違いするなよ、もー!」

「普段なら嫌だけど、今日は他の人と引っ付いてても特別に許してあげる」

「え? 女の子とも?」

「ダーリン、星座が綺麗だねー」

 

 顔は笑っているが目は全く笑っていない状態で、オリオン座を指さすアルテミス。

 流石に星座に変えるという脅しには逆らえないのか、オリオンも黙ってコクコクと頷く。

 

「先輩も……他の女の子のところに行ったら許しませんからね?」

『今日はやけに心配するね。確かに女性が多いけどそんなに心配しなくても』

「あ、いえ、その今日はこれから―――」

 

 マシュが何かを言いかけたところで、パーティー会場全体に白い煙が立ち込める。

 思わず手で押さえて咳き込んでしまうが、毒や催涙ガスの類ではないらしい。

 

『なんだろう、これ? ねえ、マシュは何か知って―――』

 

 煙が晴れてマシュが居た場所を見て気づく。

 マシュが居ない。

 

『マシュ!?』

「アルテミスもいねぇな」

 

 オリオンと一緒に辺りを見回してみるが見当たらない。

 それどころか、同じようにパートナーを探している男性達が目に入る。

 一体何が…?

 

「うふふふ、どうやら成功したようですね……わん」

『こ、この声は…!』

 

 スポットライトが一か所に集まり、ある人物を照らし出す。

 魔性少女の衣服に身を包み、とってつけたような犬耳としっぽ、そして話し方。

 一言で言えばあざとい。とにかくあざとい。その少女の名前は―――

 

 

「全てはこの―――神風怪盗ジャンヌの計画なのです! ……わん」

 

 

 ジャンヌ・ダルク。一体コスプレをして彼女は何がしたいのだろうか。

 

「えーと、皆さんのパートナーは私が盗ませていただきました、わん」

 

 どうやら、女性達の消失は彼女が原因らしい。

 取り合えず、何かしらのイベントということが確定したので安心する。

 

「クリスマスは子ども達のためにあるのです! 断じて恋人がイチャイチャするためのものではない! ……というサンタアイランド仮面の言葉によりこの計画は実行されました。……あ、わん」

 

 取り合えず、最後の「わん」は忘れるぐらいならつけないでいいと思う。

 というか、サンタアイランド仮面って誰だろうか。

 

「えーと、とにかくパートナーが返してほしければ、私、怪盗ジャンヌからの挑戦を受けてください!」

 

 遂に開き直って「わん」を捨てたジャンヌ。

 恥ずかしがるぐらいなら、最初からムリなキャラ付けなんてやらなければいいのに。

 

「それぞれのパートナーは囚われており、コースにある私からの挑戦をクリアしなくては解放されません。基本1人1つですが、例外もありますのでご注意を」

 

 どうにも例外が気になるが、現状ではどうしようもない。

 それと、会場のコースを歩いていって挑戦とやらを行うらしい。

 ……普通は怪盗というと謎解きなんだろうが、ジャンヌに頭を使うという発想はない。

 恐らくは障害物競走並みの、挑戦の連続となるだろう。

 

「なおパートナーを解放した時点でクリアとなるので、パーティーに戻っていただいて構いません。因みにゴールにある最難関の挑戦をクリアすると、先着一名になんでも願いを叶えてくれる超豪華賞品がもらえます」

 

 それ、なんて聖杯?

 

「ですが、パートナーを放って1位を目指して、後で関係が壊れても私は知りません」

 

 ジャンヌの言葉に会場が静まり返る。

 最速を目指すなら、当然最後の挑戦以外無視していくのが一番だ。

 しかし、後でそれがパートナーに知れようものなら関係の崩壊は免れない。

 何でも願いを叶える。そして一人だけに。

 この言葉は人の欲望をどうしようもなく誘惑し、選択を迷わす。

 

「以上で説明は終わりです! 怪盗ジャンヌの挑戦にせいぜい足掻くがいいわん!」

 

 煙に包まれて消えるジャンヌ。

 ゴホゴホと咳き込む声が聞こえてきたが、何も言わないでおこう。

 

『さて、じゃあ行こうか』

「あー、まあ…行かないと男が廃るな」

 

 頭に乗せたオリオンと共に歩き出す。

 そこへ、別の声がかかる。

 

「待て、俺も行こう、ぐだ男。……エデがさらわれたからな」

「ああ、目的は同じはずだ。クリームヒルトもさらわれた」

「私も皆さんについて行っていいですか?」

『エドモン、ジークフリート、それに天草』

 

 同じようにパートナーを怪盗ジャンヌにさらわれた男達が集まる。

 目的は皆同じだ。無言で頷き、並んで歩きだす。

 マシュ、少し待っていて。すぐに迎えに行くから。

 

 

 

 

 

「悪いが、私の鷹の瞳(インサイト)の前では君の死角は丸見えだ」

「く…!」

 

 一歩も動けぬジークフリートの横をボールがバウンドしていく。

 絶対死角。相手の骨格・筋肉全てを見極めた上で返球することのできぬ場所に打つ。

 シンプルゆえに破ることのできない絶対的な能力。

 それにしても、どうして―――テニスなんてやっているんだろうか?

 

【ゲーム、エミヤ1-0! チェンジ】

 

 挑戦として何故かテニスを挑まれたジークフリートを応援する。

 しかし、なぜかノリノリのエミヤは優れた眼力を活かし圧倒する。

 少しは空気を読めないのだろうか。

 

『ジークフリート、大丈夫?』

「素晴らしい眼力だ。俺の死角を的確について打ってくる。あれを返すのは難しいだろうな」

『じゃあ、どうするの?』

「問題はない。俺は俺のテニスをするまでだ」

 

 心配するがジークフリートは何も言わずにコートに向かっていく。

 一体どんな秘策があるのだろうか。

 連れ去られたはずなのに、ゆったりと客席で応援しているクリームヒルトさんも注目している。

 

【ゲームカウント0-1! サーバー、ジークフリート】

 

 ジークフリートがトスを上げ、両手でラケットを振りかぶる。

 まさか、あの構えは!?

 

「―――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 視界からボールが消え、エミヤのコートに突き刺さる。

 当然エミヤは一歩も動けない。

 

【サービスエース!】

「これは……強力なサーブだな」

「次も全力で行かせてもらうぞ」

 

 コートを抉るような衝撃波を起こしたサーブ。

 だが、エミヤはまだ余裕のある表情を浮かべ、ジークフリートは油断した表情を見せない。

 

「はぁああッ! 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

「同じ手は通用せん! 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

『うまい! 自分から後ろに飛んで威力を殺した!』

 

 ボレーのようにラケットに当て、自身は後ろに飛んでボールの威力を下げる。

 流石はエミヤだ。たった一度見ただけで対処を編み出すなんて。

 これじゃあ、ジークフリートに勝ち目が―――

 

「俺のサーブを止めるとはな。だが―――幻想大剣・邪竜失墜(バルムンク)!」

 

 両手バックハンドでの強烈過ぎる一撃が、ベースラインぎりぎりに決まる。

 そして、唖然とするエミヤに向けて、ラケットを突き付けながらジークフリートは宣言する。

 

 

「すまない。言い忘れていたが―――俺のバルムンクは百八式まであるぞ」

 

 

 途方もない数に誰もが言葉を失う。

 ジークフリートは何時如何なる状況でもバルムンクを放てるのだ。

 しかも、連射可能で。これでは筋力で劣るエミヤでは勝ち目がない。

 だが、それでもエミヤは怯まない。

 

「勝てないのなら、せめて勝てるものをイメージするさ」

「……なに?」

「直にわかるさ。さあ、君のサーブだ」

 

 皮肉気な笑みでボールを渡すエミヤ。

 その表情に警戒をあらわにするジークフリートだが、やることは変わらない。

 

「ふん!」

 

 バルムンクで相手を押し込んでいくだけである。

 コートに砂煙を起こしていく打球を、エミヤは先程と同じように後ろに飛びながら返球する。

 

幻想大剣・業魔失墜(バルムンク)!」

 

 今度はフォアハンドでのバルムンクでコートの隅を狙う。

 あと少しでバウンドする。そう思った時―――ボールがコートの外に弾き出された。

 

「な…!?」

「まさか、この技を使うことになるとはな」

 

 あり得ない現象に驚愕の声を上げるジークフリート。

 対するエミヤはやれやれとでも言うように肩をすくめる。

 一体、何が起きたんだ?

 

「あれは…!」

『知ってるの、天草?』

「ええ。あれは―――衛宮ファントムです」

『衛宮ファントム…!?』

 

 物々しい名前に思わず変な声を上げてしまう。

 

「その昔、天才とうたわれた衛宮矩賢が編み出した技、衛宮ゾーン。

 ボールに特殊な回転をかけることで、相手のボールすらコントロールしてしまう悪魔の技。

 そして、その息子衛宮切嗣がさらに改良を加えたのが衛宮ファントムです。

 肘への極大の負担と引き換えに相手の打球を全てコート外に弾き出す。

 二代目衛宮の卑劣な技と言われれば誰もが思い浮かべる技です」

 

『ごめん、全部ちゃんと聞いた上で理解できなかった』

 

 取りあえず、卑劣な技だということだけ理解しよう。

 

「これは……一筋縄ではいかないということか」

「フ、私もまだ現役なのでね。そう簡単には負けられないさ」

「すまないが、ぐだ男達は先に行っておいてくれ。この勝負は間違いなく死闘になる」

 

 ジークフリートが俺達に先に行けと告げる。

 そうだ。ここで勝っても解放されるのは、クリームヒルトさんだけ。

 俺達は俺達でパートナーを取り戻さなければならない。

 

『必ず勝ってね』

「無論だ。情けない姿を彼女の前で晒すわけにいかないからな」

 

 最後にイケメンなセリフを言って、背を向けるジークフリート。

 ここから先は友を信じるしかない。

 

『行こう、エドモン、天草、オリオン』

 

 残った四人で頷き、走り出す。

 さあ、次の挑戦は何に、いや、誰が挑むことになるのか。

 

 

 

 

 

「さて、次の患者はあなた達ですか?」

 

 あ、終わった。

 ナイチンゲール先生の声を聞いた瞬間に悟る。

 何で勝負するか分からないが、この人に勝てる気がしない。

 

「……メルセデスということは俺だな」

「その通りです、ダンテスさん。エデさんは殺菌消毒の行き届いた部屋にいます。1時間ごとに換気もしているので、衛生環境は完璧です」

「そ、そうか……」

 

 囚われているにも関わらず完璧な衛生環境に、何とも言えぬ表情を見せるエドモン。

 しかし、甘く見てはいけない。

 手洗いうがいをしなければ、オキシドールで顔面ザブザブが待っているのだ。

 ある意味で普通に囚われるより辛いかもしれない。

 

「ときに、ダンテスさん。あなた生活習慣が乱れているようですね?」

「な、なんのことだ?」

「黙りなさい。夜更かしに深夜の間食、それによる疲労の蓄積。全て大病を患う元となります」

「そもそも、なぜ知っているのだ!?」

「先程エデさんからお聞きました」

「エデェエエエッ!!」

 

 まさかの助けようとした相手からの裏切りに、嘆きの声を上げるエドモン。

 可哀そうだが、俺としても健康に生きて欲しいのでここは先生に任せることにする。

 

『じゃあ、エドモン。俺達は先に行くよ』

「おう、アルテミスが泣くと面倒なんでな。先に行かせてもらうぜ」

「私達としても友人には健康に生きてもらいたいものですので」

「貴様ら…! 俺を見捨てる気かぁ!?」

 

 見捨てるんじゃない。これからの戦いにはついてこられそうにないから、置いていくんだ。

 

「では、治療を始めます」

「待て待て待て! なんだその剣を振り上げた背後霊のような奴は!?」

「人々を救いたいという私の思いが具現化したものです」

 

 巨大なナースが現れ、エドモンに向けて剣を振り上げる。

 きっとあれだ。触れると自分以外なんでも治してくれるんだろう。

 

「それは分かった! だが、なぜ患者である俺に剣が向かっている!?」

「疲労は内臓からダメージが現れるものです。ですので、治療薬を患者の体内に突き刺すのは自明の理」

「おかしい! 何かが間違っている!!」

「安心してください。モードレッドが見ていた漫画でも剣を突き立てて治療していましたので」

「なぜ、漫画を信用する!?」

 

 標的が変わらないうちに、背を向けて走り出す。

 次に会う時は、きっと健康的で血相の良い姿になっているだろう。

 

「患者は黙って治療されなさい! ナイチンゲール・プレッジ!」

「メルセデスぅぅぅッ!」

 

 さようなら、エドモン。君の犠牲は無駄にはしない。

 

 次に会うその時まで―――待て、しかして、希望しとくよ。

 

 




バトル=テニス これ、テストに出るからね?
まあ、次回はまともなバトルがあると思う。
それから、バッドエンドを活動報告の方に乗せてましたけど、よくよく考えると非会員の人が見れないかもしれないんでこっちにも載せておきます。






 マシュの手にした包丁が彼女の胸に突き刺さりそうになる。
 なんとかして止めないと…!


→【傷つかないようにマシュの手を抑える】
 【刃を握り絶対にマシュに刺さらないようにする】


 迷う暇などない。反射的に傷つくことを恐れ、思わずマシュの手を抑える方に走る。

「離してください…先輩。そうしないと先輩に見てもらえないじゃないですか」
『だから―――』
「離してください!!」

 心が壊れるような悲鳴が鼓膜を引き裂く。
 もう、マシュには俺の声なんて聞こえていない。
 ただ俺を引き離そうと必死に暴れているだけだ。

『落ち着いて! マシュ!』
「もう! もう! 私にはこれしかないんです!!」

 取っ組み合いのようになり、お互いに何がどうなっているか分からなくなる。
 そのうちに力で勝る俺が勝ち、マシュの手から包丁が吹き飛ばされる。

『よかった…?』

 ホッとしたのも束の間。胸元に走るビリリとした不快な感触。
 何が起きたか分からずに視線を下げる。

「え…?」

 マシュの呆然とした声が聞こえる。
 俺も声を上げようとしたが、代わりに出てきたのは鉄臭い液体だった。
 それもそうだろう。包丁が飛んだ先は―――俺の心臓の真上だったのだから。

「先輩…先輩!?」
『……シュ』

 声が出てきてくれない。
 今にも泣きだしそうなマシュを安心させてあげたいのに。
 せめて抱きしめようとするが、体は前に進むことなく後ろ向きに床に崩れ落ちた。
 おかしいな、俺はマシュの下に行きたいだけなのに。

「ごめんなさい…! ごめんなさい…! 先輩を傷つけるつもりなんてなかったのに…!」
『…………で」

 泣かないで。そう伝えようとするが無理だ。
 俺に覆いかぶさるように埋めるその顔からは、涙が雨のように降り注いできている。

『マ……シュ…』
「せん…ぱい…?」

 何とか腕を伸ばす。
 涙の止まらないマシュの頬に触れて、涙を拭いてあげる。
 
 ―――ああ、ダメだ。俺が触れた先から赤く染まっていく。

『ご…め…ん……』

 もう、一緒に居られそうにない。
 瞼がゆっくりと閉じていく。
 でも、最後に伝えないと。これだけは伝えないと。
 マシュの首に腕をかけ口元に耳を近づけさせる。

「……なにを…?」

 最後にこれだけは伝えないと死ぬに死ねない。
 彼女が暴走してしまったのは、俺の責任なのだから。
 俺が彼女を救ってあげないと。


 ―――愛してるよ。


 かすれた声で精一杯に伝える。
 腕にも瞼にも力が入らなくなり、ダラリと落ちていく。
 意識が遠のく。そこへ彼女の声が聞こえてくる。

「先輩…私も……愛してます。だから―――」

 胸元から何かが抜き取られる感触がする。
 ああ、違うんだ。俺はただ君を救いたかっただけなんだ。
 やめてくれ、お願いだから。


「―――これからはずっと一緒です」


 生温かい雨が降ってくる。
 こんな結末を望んでいたわけじゃない。
 彼女をもっと幸せにしてあげたかった。

「先輩……抱きしめてあげますね」

 ベチャリ、と崩れ落ちてきたマシュの体が俺を抱きしめる。
 そして、俺の手を握りしめてくれる。
 俺も残された力で握り返す。
 それでも、降り注ぐ涙は決して止まらない。

「ふふふ……私達…愛し合ってるんですね」

 壊れた笑い声が聞こえてくる。マシュには死んで欲しくなんてなかった。
 ああ……でも、これが彼女への救いになるのなら…それも悪くない…か。
 でも…できることなら最後に一度だけ。


 ―――マシュを抱きしめ返してあげたかったな


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