「先輩、先輩、起きてください」
ゆさゆさと先輩の体を揺すり、意識の覚醒を待つ。
今日は土曜日で学校はありませんが、私が先輩の家に来ることにおかしさはありません。
先輩は私がいないとダメなんです。
「せんぱーい、起きないといたずらしちゃいますよ?」
中々目を覚ましてくれない先輩の耳にささやきかける。
すると、ピクピクと耳が動く。これは起きている証拠ですね。
先輩は私をからかおうとしているのでしょう。
ですが、今日の私は一味違います。
「仕方ないですね。ではいたずらを開始します」
そっと先輩のベッドに寄りかかり、顔を近づける。
先輩のまつ毛の長さや、吐息がハッキリと分かる距離まで自分の顔を近づける。
すごくドキドキします。ですが、ここまで来たらやらないわけにはいきません。
覚悟を決めて最後の行動に移る。
「えい」
『むぐぅ!』
先輩の鼻をつまんで気道をふさぐ。
息苦しくなったのか、単純に狸寝入りを諦めたのか、先輩が目を開く。
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
『おはよう……マシュが本当にいたずらするとは思わなかった』
「ふふ、私も毎日進歩しているんですよ」
笑いながら顔を上げる先輩を覗き込む。
少し大きめで覗き込むと胸元が見える服で。
『……ッ』
「どうしたんですか、先輩?」
見てます。先輩が私のむ、胸を。
すごく恥ずかしいですけど、キャス狐さんの言うとおりに目が釘付けです。
これで先輩を私の虜に―――
『服に糸くずがついてるよ』
「あ、ありがとうございます……」
思わずガックリと肩を落としそうになる。
ま、まだです。まだ始まったばかりです。
諦めるには早すぎます。ここからが勝負の始まりです。
「今日はパンとサラダとスープを作ってみました」
『楽しみだな』
先輩と一緒に朝食をとる。
今日はお父さんの朝食も作ってきたので、大したものが作れませんでしたが、先輩は満足してくれたみたいで良かったです。
「先輩、今日はなにか予定はありますか?」
お皿を洗い終え、ソファーに座っている先輩に質問する。
『ん? 今日は特に何もないかな。のんびりしようかなと思ってたから』
「あ……お邪魔でしたか?」
『まさか。一緒にのんびりしよう』
そう言ってポンポンと自分の隣を叩く先輩。
こ、これは隣に座れということで間違いないですよね?
「し、失礼します」
おずおずと先輩の隣に座る。
肩が触れるか触れないかの距離がもどかしい。
先輩はどんな気持ちなのかと気になり、チラリと横顔を覗く。
すると、先輩はミニスカートで露になった私の足を見つめていた。
「先輩、私のスカート似合ってますか?」
『う、うん。似合ってるよ。でも―――』
ここがチャンスとばかりに、先輩に生足を見せつける。
さっきは失敗しましたが、これならば先輩も私を女性として見てくれるはず。
『寒そうだね』
そう言って先輩は毛布を取りに行く。
そして、固まる私の膝に優しく毛布を掛けてくれる。
『これで大丈夫っと』
「ありがとう……ございます」
『よし、この前録画していたドラマでも見ようか』
「はい……」
先輩は……やはり私のことを異性として見ていないのでしょうか?
いえ、弱気になってはいけません。最初から不利な勝負なのはわかっています。
それよりも今は、この密着した状態を有効に活用しましょう。
「先輩も一緒に毛布を使いましょう」
『そうだね』
「で、ですので、もう少し近づきますね」
毛布で二人分をカバーするために、ピッタリと先輩とくっつく。
うう…どうしましょう。ドキドキが止まりません。
「と、ところで、どんなドラマなんですか?」
『んーとね。人間嫌いで偏屈な数学者兼探偵が、助手のアイカツ女子が持ってきた事件に巻き込まれて、事件解決することになる推理ドラマ』
「なるほど、タイトルは?」
『アルキメデスの円』
よくありそうな設定ですが、なんでしょうか。
とてつもない展開が繰り広げられそうな予感がします。
『じゃあ、始めるね』
先輩が録画の再生ボタンを押す。
オープニングが流れ、ドラマが展開される。題名は“容疑者Xのアリバイ”
まず初めに映ったのは、何やら図形を描くことに没頭する主人公。
そこへ、アイカツ女子が飛び込んでくる。
【ちょっと、聞いてよ! すごい事件が起きたのよ!】
そして、間髪を入れずに床に散らばった図形を踏んづける。
【ぅ私のぉ! 図形を踏むなぁあああっ!!】
思わずビクッと驚いてしまう。
先輩が言うにはこの主人公はかなり偏屈な性格らしい。
【いいじゃない別に。減るもんじゃないし】
【私の精神は確実にすり減っているぞ!?】
【そんなどうでもいいことよりも事件よ! 事件!】
ついでに助手の性格は、とても助手とは思えないレベルの性格らしいです。
【容疑者全員にアリバイがある殺人事件が起きたのよ】
【他の人間ではないのですか?】
【それが部外者は絶対に入れない場所で、なおかつダイイング・メッセージを残してたの】
【ほう、それはなんと?】
【一文字、“X”って】
少しだけ考えるしぐさを見せる主人公。
【ちなみに被害者は?】
【えーと、確かブリテン財閥で女社長やってたランサー・アルトリアって人】
【容疑者は?】
【セイバー・アルトリアに謎のヒロインX、セイバー・アルトリア・オルタ、それからアルトリア・リリィとランサー・アルトリア・オルタね】
どうでもいいですが、このキャスティングはおかしくないですかね。
【謎のヒロインXが一番怪しいんだけど、他の社員複数に見られている。それで逆にアルトリア・リリィは社員には見られてないけど、他の全アルトリアから庇われてるの。特にセイバー・アルトリアの庇いが顕著ね】
【ふう……くだらない。実にくだらないですねぇ。こんな事件は警察で十分です】
一瞬で事件の犯人が分かってしまったのか、興味をなくし作業に戻る主人公。
しかし、助手がそれを止めさせる。
【あ、もう前ギャラはもらってきたわよ】
【この低級助手がぁぁぁッ!!】
素晴らしいキレっぷりを見せる主人公。
あの役者さんの演技は鬼気迫るものがあります。
そう、まるで本当に怒っているような。
【ほら、早く行くわよ。サクッと解決してくればいいじゃない】
【し、仕方ありませんね。いいでしょう、その低次元な事件を解決してみせましょう】
結局、事件現場に行くことになった主人公と助手。
そこで容疑者達を呼び出し、あっさりと解決に導こうとする。
ところで、まだ始まって十分程度なのですが、残り時間はどうするのでしょうか?
【雑ですねぇ! 実に雑ぅ! 犯人もトリックも全て雑ゥ!!】
【流石ね! もう犯人を言っちゃいなさいよ!】
【ええ、早く帰ってクオンタム・タイムロック(TV番組)でも見ましょう】
そう言って、容疑者の周りを歩き始める主人公。
緊張した面持ちのアルトリアさん達。
主人公はピタリと一人の前で立ち止まる。
【犯人は謎のヒロインX殿! ではなく―――セイバー・アルトリア殿、あなたです】
【……ほう、何を根拠に言っているのですか? 私はその時間に確かにガウェインが目撃しています】
【ガウェイン殿、あなたは確かにセイバー・アルトリア殿を見たのですか?】
【はい。確かに我が王は業務をこなしていました】
【その時に話されましたか?】
【いえ、王の業務の支障となると思いましたので】
まさかの犯人に驚く現場。
私も謎のヒロインXさんだと思っていたので驚いてしまう。
【ところで皆さんはご自分の作業能率を知っていますか?】
【…ッ!】
【いや、そんなものは計算したことがない。私は常に最高速度でこなしているからな】
【部下のものは感覚でわかるが自分のはな】
【え、ええ。みなさん、それに私も常に全力でこなしているだけです】
僅かに身じろぐセイバー・アルトリアさん。
そして、焦りだすアルトリア・リリィさん。
逆にオルタさん二人は憮然とした態度を貫く。
【その通り。先程ここ五年分のみなさんの作業能率を計算させていただきましたが、みなさん面白いほどに一定の能率を守ってらっしゃる。事件発生時を除いて、ですがね】
主人公の言う先程とは数分にも満たない。
その計算速度に主人公の優秀さが表されていた。
【妙なんですよ。セイバー・アルトリア殿の作業能率が事件発生時だけ―――アルトリア・リリィ殿のものと完全に一致しているなんて】
全員の視線がアルトリア・リリィさんに向く。
【アルトリア・リリィ殿、あなたは事件発生時に何をしていましたか?】
【お、屋上で休憩していました】
【それを証明するものは?】
【あ、ありません】
アルトリア・リリィを目撃したという証言はない。
あるのは、リリィがそんなことをするわけがないという擁護と。
セイバー・アルトリアさんによる証言のみ。
【セイバー・アルトリア殿。あなたは事件発生時に―――リリィを変装させていましたね?】
【……さて、なんのことやら】
【ごまかしても無駄です。私の数式に狂いはありません】
あくまでもポーカーフェイスのセイバー・アルトリアさん。
【正解を出してあげましょう。この事件のつまらない解をね!】
ですが、主人公は欠片も揺らがず、決め台詞を放ちます。
【あなたはアルトリア・リリィ殿に自身の変装をさせ、ガウェインに目撃させてアリバイを作った。そしてあなた自身は最も怪しまれるであろう、謎のヒロインXに変装し、ランサー・アルトリア殿を殺害した。……違いますか?】
何ということでしょうか。
セイバー・アルトリアさんと思われていたのは、実はアルトリア・リリィさん。
そして、犯人と思われていた謎のヒロインXさんは、セイバー・アルトリアさんだったのです。
【アルトリア顔を恨んだ人間の犯行にして、アルトリア顔を利用したトリック。ですが、雑ゥ! 実に雑な犯行です! 神の創造の手は止まらない。武内+自由=アルトリア顔の方程式は決して破れない!!】
ビシッと指をさして決める主人公。
しかし、セイバー・アルトリアさんは黙したまま動揺を見せない。
それどころか静かに口を開き、問いかける。
【見事な推理です。ただし―――証拠があればですが】
はい。作業能率が違ったとはいえ言い訳はいくらでもできます。
主人公もそれは想定したらしく、勝利を前に舌なめずりをするように笑う。
【証拠? 私がそれすら持たずに来るとでも? 助手殿、証拠の指輪を】
そう言って今まで黙っていた助手の方を向く。
呼ばれたことに気づき、何かを飲み込みながら振り向く助手。
なんでしょうか、すごく嫌な予感がします。
【え? 美味しそうだから食べちゃったわ、テヘ】
【この、どこに出しても恥ずかしい最高最低の無能助手がぁアアアッ!!】
衝撃の展開に絶叫する主人公と、呆気にとられるアルトリアさん達。
こうして、物語は後半部分の新たな謎解きに入っていくのでした。
それにしても……斬新すぎます、このドラマ。
【私は許せなかった…! これ以上アルトリア顔が増えることが…ッ】
新たな証拠を突き付けられ、ガックリと膝をつき、悲痛な思いを吐くセイバー・アルトリア。
そんな胸の詰まる場面を見ながら、横にいるマシュを見る。
「先輩、ここにモードレッドさんとネロさんを入れれば、さらに凄いことになるのではないでしょうか?」
『想像もしたくないね』
ドラマを楽しんでくれたのか、意見を言ってくれるマシュ。
しかし、そのせいか俺に寄りかかっていることに気づかない。
どこか甘い香りが鼻孔をくすぐり、ドキドキしてしまう。
【次回、『フュージョン? ポタラ? 謎の融合事件! ~増える助手と胃薬~』をお楽しみに!】
「終わりましたね。ふう……何だか眠たくなってきました」
次回予告で、増殖した助手を見て、失神する主人公を見ながら欠伸をするマシュ。
毎日、朝早くから家に来てくれているから眠いのだろう。
『眠いなら、少し寝ててもいいよ』
「…ありがとうございます。それでは……」
寝ぼけているのか、何の躊躇もなしに、俺の膝にコトンと頭を乗せるマシュ。
そのまますぐに安らかな寝息を立て始める。
『……心臓に悪いな』
今日のマシュはどうにも油断しているというか、色っぽい。
胸チラを何とかごまかしたり、毛布を掛けることで生足を見ないようにしてきたが、これはもうどうしようもない。
『危なっかしいなぁ』
こんな無防備な姿でいたら、危ない人に目を付けられるかもしれない。
ただでさえ、黒髭やオリオンみたいな人物がいるのだから。
まあ、あの二人は女性にひどいことは絶対にしないだろうけど。
とにかく、そうならないように俺が守ってやらないと。
「せんぱい……いかないでください」
どんな夢を見ているのか、マシュが苦しそうにうわ言をつぶやく。
『大丈夫だよ。俺はここにいるから』
安心させてあげるために、そっと手を握ってあげる。
いつも世話になっているのだから、こういう時ぐらいは甘えてほしい。
恩返しだってしないといけない。
『マシュ、今度一緒に遊びに行こうか。……て、聞こえないか』
自分で言って一人苦笑する。当然返事などない。
ただ、繋いだ手がキュッと小さく握りしめられるだけだった。
途中の推理ドラマは分かる人には分かるあのコンビ。
さて、次回はデート回です。