FGOで学園恋愛ゲーム   作:トマトルテ

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二十八話:正直な気持ち

 ベッドに崩れ落ちる。

 沸騰する頭は、熱で回路がショートしたようにまるで働いてくれない。

 ジャンヌ・オルタは、どうしようもないうっぷんをぶつけるように、枕を壁に投げつける。

 

「なんで…なんで…私なんかを選んだのよ……」

 

 どうして自分が選ばれたのか。

 ぐちゃぐちゃになった頭の中ではそれだけが繰り返される。

 自分と彼は、そんな関係になるような間柄ではなかった。

 そう、信じていた。

 

「大体、私はあいつのことなんて……あいつの…ことなんて……」

 

 何とも思っていないはずだった。

 自分に何度も言い聞かせてきた。

 だというのに、彼が自分のことを好きかもしれないと分かった瞬間、自分は―――

 

「どうして……あんなに嬉しかったのよ…!」

 

 嬉しかった。どうしようもなく胸が高鳴った。

 喜びが全身を駆け抜け、乙女のように期待した。

 なんとも思っていない相手であれば、こうはなっていない。

 彼は彼女にとって、特別な存在になっていた。

 

「ホントは…わかってる…。私はあいつのことが―――」

 

 少女の言葉は反響することなく、喉の奥に飲み込まれていく。

 認めてしまった。今までは決して認められなかった。

 認めてしまえば、恐怖に怯えなくなくてはならないから。

 

「どうせ、私なんてすぐに見捨てられるわよ。だって、こんな女に愛される要素なんてないし」

 

 どうでもいい人間に嫌われるのは構わない。見捨てられても笑っていられる。

 でも、好きな人に嫌われるのは耐えられない。見捨てられたらきっと絶望する。

 だから、なんとも思っていないと思い込もうとしていた。

 そうすれば、傷つかないで済むから。

 

 

「そうよ……だから―――これ以上あいつとは関わらない」

 

 

 自分から遠ざかってしまえば、

 きっと、この胸の痛みは無くなっていくから。

 

 

 

 

 

『最近、ジャンヌ・オルタに避けられている気がする……』

 

 重苦しい曇天を眺めながら小さく呟く。

 どうにも最近様子のおかしいジャンヌ・オルタを心配し、エドモンに相談するぐだ男。

 相談役のエドモンも、面倒な話題が来たものだと思いながらもしっかりと返答する。

 

「なんだ、喧嘩でもしたのではなかったのか?」

『喧嘩はしてない』

「ならば、お前が相手を怒らせるようなことをしたのではないか」

『うーん……たぶん、そうなんだろうけど思いつかない』

 

 食堂で買った、紙パックのイチゴ牛乳を飲みながらぐだ男は頭を悩ます。

 

『偶に視線を向けては来るから、何かして欲しいんだと思うんだけど』

「俺に話したところで分かるわけもないだろう」

『それはそうだけどさぁ……』

 

 頬杖をつき遠くを見つめ、ため息をつく。

 何をしてしまったのかわからないが、話せないというのは中々にダメージが大きい。

 そんな、ぐだ男の様子に放っておくわけにもいかなくなり、エドモンは助け舟を出す。

 

「そんなに悩むぐらいならば、直接聞け」

『……怒られないかな? ほら、女の子ってどうして気づいてくれないのって言うじゃん』

「知ったことではない。言葉にしなければ伝わらんこともある。なにより、ここで弱音を吐くより何倍もマシだろう」

 

 女性特有のわかってほしいという願いだと勘違いし、渋るぐだ男。

 しかし、エドモンの言うように、ここで止まっていても何も解決しない。

 しばらく、唸るような声を出してから行動を決定する。

 

『わかった。放課後にでも直接聞いてみる』

「お前の思うように行動すればいい。何があろうと俺はお前の味方だ」

 

 最後にキザなセリフを残して、立ち去っていく後ろ姿を見ながらぐだ男も立ち上がるのだった。

 

 

 

 放課後になり、ワイワイと賑やかになる教室。

 そんな空気とは無縁とばかりに、ジャンヌ・オルタはさっさと教室から出ていこうとする。

 やはり、以前とどこか違うなと思いながら、ぐだ男は彼女を呼び止める。

 

『ジャンヌ・オルタ、少し話したいことがあるんだけど』

「……急いでるから、やめてくれる?」

『少しだけでいいから。聞いてくれないかな?』

「……やめてって言ってるでしょ」

 

 振り返ることもなく、速足で歩き去る彼女に置いていかれまいと、ぐだ男も足を速める。

 

『なにか、俺が怒らせることをしたのなら言ってほしい』

「別になにもないわよ」

『でも、明らかに俺のこと避けてるよね?』

「……気のせいじゃない?」

 

 すぐ傍にいるというのに、とてつもなく遠くにいるように感じる距離感。

 まるで、目の前から彼女が消えてしまうような感覚に、彼は思わず彼女を手を掴んでしまう。

 

ジャンヌ(・・・・)!』

「―――うるさいわねッ!!」

 

 しかし、その手は他ならぬジャンヌ・オルタによって振り解かれてしまう。

 驚き、目を見開く彼に、初めて振り返り彼女はその顔を見せる。

 

「迷惑だって、言ってるのがわからないの!?」

『ジャンヌ・オルタ…?』

「別に私じゃなくても、姉さんの方にでもいけばいいじゃない。顔は同じだし」

『何を言ってるの…?』

 

 今までに見せたことのない顔で、自身を拒絶してくる彼女にぐだ男の心は傷つく。

 それでも、目を逸らすことだけはできずに彼女を見つめ続ける。

 

「分からないの? そう、あなたの頭じゃ理解できないのね。じゃあ、ハッキリ言ってあげるわ」

 

 そんな彼に対して、彼女は自分がどんな表情をしているかもわからずに口走る。

 もう、引き返すことができなくなる言葉を。

 

 

「私に―――関わってこないでって言ってるのよ!!」

 

 

 ぐだ男の顔が悲しみで大きく歪む。

 ジャンヌ・オルタはその表情を見て、自分がとんでもないことを言ってしまったことに気づく。

 だが、時は戻らない。口から出た言葉は決して消せない。

 

「……あ、い…や―――ッ」

 

 全てが手遅れだという事実にどうしようもなくなり、彼女は背を向けて逃げ出していく。

 今度は止めてくれる手も無ければ、心配してくれる優しい声も無い。

 それが―――彼女の絶望をより深いものにするのだった。

 

 

 

 

 

 走った。何もかもから、逃げたくて走った。

 だから、今自分がどこにいるかもわからない。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 ただ、一つの絶望が心を占めていた。

 

「嫌…われた。嫌われた…! 嫌われたッ!」

 

 涙と共に嗚咽が溢れ出てくる。

 彼の悲しむ表情が目に焼き付いて離れない。

 自分はもう本当の意味で彼と関われない。

 その事実がジャンヌ・オルタの心をギリギリと絞めつけていた。

 

「あんなこと言ったんだもの……もう、元には戻れないわよ」

 

 自嘲気味に、諦めの言葉を吐き出す。

 

「でも…これで、よかったのかもしれないわね…。もう、あいつも私に関わってこないでしょ。なら……もう、なにも痛くないもの…」

 

 あんなことを言ったのだ。ぐだ男の方から距離を置いてくれるだろう。

 それならば、もう何も恐れなくていい。

 捨てられる恐怖も、嫌われる痛みも、愛してもらえない寂しさも、全てが消えてなくなる。

 

「……そうよ。これで…これで……よかった(・・・・)のよ」

 

 自分を納得させるように呟く。

 涙はもう止まった。

 しかし、降り出してきた雨が、彼女の心を表すように頬に降り注いでいくのだった。

 雨はやみそうもない。傘もない。

 だが、感傷に浸るのを邪魔する人間はいた。

 

 

「嫌ですわね。とても嫌な臭いがします。酷く醜い―――噓の臭いがします」

 

 

 振り返ると、そこには薄ら寒い笑みを浮かべた清姫が、傘をさして立っていた。

 

「……なによ、笑いに来たの? 笑いたいなら笑えばいいわ。それか、あいつのとこに行ったら? 私はあんな奴のこと、どうでもいいし(・・・・・・・)

「また、噓を重ねるんですか? 本当に救いようのない方」

 

 憐れむような、軽蔑するような視線を向けながら清姫はジャンヌ・オルタに近づいていく。

 それを拒む気力も起きないのか、ジャンヌ・オルタはただ、濁った眼を向けるだけである。

 

「私が何をしようが私の勝手でしょ? あんたには関係ないわよ」

「いいえ、大いに関係があります。私の願いは嘘のない世界ですもの」

「そんな願い不可能よ。夢見てんじゃないわよ!」

「―――ええ、そうですね」

 

 否定すると思われた言葉に、肯定の言葉を返す清姫。

 その行動に思わず意表を突かれ、泣き腫らした目を丸くする、ジャンヌ・オルタ。

 そんな彼女の目の前に立ち、清姫は真っすぐな視線で告げる。

 

「噓をつくことはできません。私の願いはそれこそ子どもの夢のようなもの。あなたの言うように、叶えることは不可能」

「じゃ、じゃあなんで、そんなものを……」

「不可能ですが、それを諦めるというのは自分の気持ちに―――噓をつくということ」

 

 清姫は嘘が何よりも嫌いだ。だから、決して夢を諦めない。

 諦めるということは、自身の心に噓をつくということだから。

 

「ですから、私は諦めませんし、すべての噓を許しません。なにより、私が最も嫌いな嘘は自分の心を偽ることですから」

「……だから目の前の嘘を許さないって言うの?」

「ええ、その通りです。世界から嘘が消えないのなら、せめて私の目に入る世界から、嘘を無くせるように努力するだけです」

 

 曇りのない澄んだ瞳で宣言する清姫に、ジャンヌ・オルタは羨ましいと思う。

 彼女のように、自分の心に素直であれたら、どんなにいいだろうかと。

 

「あなたは自分の心を素直に表すべきです。噓をつくことなく、正直に」

「知った口利いてんじゃないわよ! あんたが私の何を知ってるっていうのよ!?」

「―――はい、何も知りません」

 

 またしても正直に開き直った返答に、湧き上がった怒りが再び収まってしまう。

 

「私は、私の心を正直に伝えているだけです。悪く言えば我儘ですが……噓をつくよりもずっといいと思っています」

「……だとしても、何を言えばいいっていうのよ…?」

「思うままに、心の底から叫んでしまえばいいのです。自分に噓をついて後悔するよりも、正直な気持ちを言って後悔する方が気持ちいいですよ? それに……あなたが想いを伝えるべき相手も来ましたし」

 

 そう言って、立ち去っていく清姫。

 彼女の向かう先には、傘もささずに走ってきたぐだ男の姿があった。

 

「旦那様。私はここでお暇させていただきます」

『清姫……君は―――』

 

 立ち去って行こうとする清姫に声をかけようとするが、唇に指をあてられて止められる。

 彼女が自分のことを好きなのは知っている。

 だから、何かを言わないといけない。だというのに、彼女は穏やかに微笑むばかりである。

 

「旦那様…いえ、ぐだ男様。もし、貴方様が私のことをほんの少しでも想ってくださるというのなら……決して、決して! 噓をつかないでくださいまし。それがどんなに優しい嘘であっても」

『……うん、わかった』

「ありがとうございます。例え、あなたが応えてくれなくとも……お慕いしております」

 

 最後に自分の気持ちを伝え、ぐだ男に背を向けていく、清姫。

 そんな彼女に並ぶように、ここまでぐだ男を案内したブリュンヒルデが現れる。

 

「よかったのですか…?」

「それはあなたの方こそ。お慕いしていたのでしょう? ぐだ男さんを」

「私は嘘のない世界を正直に生きたいだけです。それが例え……夢物語だとしても」

 

 お互いに無言になり、雨の音だけが鼓膜を打つ。

 このまま最後まで会話がないのではないかと、ブリュンヒルデが思い始めたときに、清姫がポツリと言葉をこぼす。

 

 

「正直者は馬鹿を見ると言いますが……本当かもしれませんね」

 

 

 彼女の頬から、一滴の水滴が零れ落ちる。

 それがただの雨粒なのか、それとも涙なのかは誰にもわからない。

 だから、ブリュンヒルデは励ますためではなく、本心からの言葉を伝えるのだった。

 

「でも、嘘つきになるより、よっぽど清々しいですね」

「……ふふふ。そうですね、本当に…清々しい気分です」

 

 最後に二人が零したものは、雨でも涙でもなく―――笑顔だった。

 

 

 

 

 

『ジャンヌ・オルタ……伝えたいことがあるんだ。聞いてほしい』

 

 清姫とブリュンヒルデが消えた後に、残った二人は見つめ合っていた。

 怯えるようなジャンヌ・オルタに対し、ぐだ男は少しずつ距離を詰める。

 しかし、ジャンヌ・オルタはそれでも拒絶しようとする。

 

「関わらないでって言ったでしょ…! 来ないでよ!!」

『それでも、伝えたいことがあるんだ』

「私には関係ないわよ! こんな醜い女に関わる必要なんてないでしょ!?」

 

 自虐的な言葉を叫び、少しでも遠ざかろうとする、ジャンヌ・オルタ。

 その度にぐだ男は彼女に近づいていく。

 

『落ち着いて、ジャンヌ・オルタ』

「知らない! 知らない! どうせ、私を好きな人なんていないんだからどうでもいいでしょ!?」

 

 追い詰められ、子供のように叫ぶジャンヌ・オルタ。

 彼女の頭には逃げることしかない。自信など欠片もない。

 否定され、拒絶される恐怖に怯えているだけだ。

 そんな小さくか弱い存在に、いつもの彼であれば優しく接していただろう。

 だが、今の彼は違った。

 

 

『―――うるさいッ!』

 

 

 声を荒げ、彼女が背にした壁に手を押し当て、逃げれないように捕まえる。

 その普段とは打って変わった態度に、彼女は震えて涙を滲ませる。

 

『よく聞いておけよ! 俺の気持ちをしっかりと聞けよ?』

「や、やめて……」

 

 拒絶されると思い、目をつぶって首を振るジャンヌ・オルタだったが、そんな抵抗は無意味だ。

 荒々しくも、優しさを込めた言葉からは逃れられない。

 

 

『お前のことなんか―――大好きだッ!!』

 

 

 男らしい告白の後に、力強い腕で抱きしめられる。

 彼女は一体何が起きたのかと、最初は理解できていなかったが、次第に理解してボロボロと涙を零す。

 

「なんで…なんで…私なんかを選んだのよ…?」

『好きだから』

「私…姉さんみたいに性格はよくないわよ…? 面倒臭い女よ…?」

『知ってる』

 

 涙と共に正直な弱音が流れ出てくる。

 それをぐだ男はただ受け止めていく。

 

「嫉妬深い女でもいいの…?」

『誰でもない君がいい』

「寂しがりやで傍にいないと何するかわからないわよ…?」

『ずっと傍にいるよ』

 

 決して離さないと伝えるように、痛いほどに彼女を抱きしめる。

 

「本当に、本当に、私なんかでいいの? 炎で焼かれるわよ?」

『君と一緒に焼かれるのなら構わない。愛してる、この世の誰よりも』

 

 不安げに瞳を揺らす彼女を、安心させるように優しくささやく。

 

「嘘じゃないの…?」

『嘘なんてつかない』

「じゃあ……証明してよ。私のことを好きだって…証明して……」

 

 乞うように、か細い声を出し、瞳を閉じるジャンヌ・オルタ。

 長いまつげが揺れ、緊張したように震える吐息が顔にかかる。

 ぐだ男は、そっと彼女の顎に手をかけ、優しく上げる。

 

『ずっと好きだよ』

「地獄の底まで付き合ってもらうんだから……」

 

 二人の距離がゼロになり、唇が重なり合う。

 甘く酸っぱい、初めてのキスは―――恋の味だった。

 

 

 

 

 

 ~3years later~

 

「ああ、もう! なによ、この地雷ヒロイン!? ウジウジしてるだけじゃなくて、役に立たないのについていこうとするんじゃないわよ!」

 

 鏡の前に座り、乙女ゲームをしながら文句を言う、ジャンヌ・オルタ。

 稀にある地雷ヒロインに当たってしまったことで、不満が噴出している。

 男性キャラは良いばかりに余計にダメなところが際立ってしまうのだ。

 

『そんなに文句言うならやらなきゃいいのに』

 

 そんな彼女の長くなった髪を梳きながら、ぐだ男が呟く。

 二人は同じ大学に進み、今ではこうして同居しているのだ。

 

「ストーリー自体は良いからやめられないのよ!」

『はいはい。それはそうと、俺より良い男キャラはいた?』

「はぁ……何度も言わせないでよ」

 

 拗ねたように尋ねてくるぐだ男に、ため息をつき、ゲームの電源を切るジャンヌ・オルタ。

 

 

「私にとってあんた以上の存在はいないんだから、拗ねるんじゃないわよ」

 

 

 その言葉に、ぐだ男は嬉しそうに笑いながら彼女を抱きしめる。

 

「ちょっと、まだ終わってないでしょ」

『後でちゃんとするから』

「もう……仕方ないわね」

 

 文句を言いながらも、ジャンヌ・オルタの方も重心を彼の方に傾ける。

 温かく柔らかな、愛しい女性を抱きしめながらぐだ男は尋ねる。

 

『何かして欲しいことはない?』

「して欲しいこと? そうね、それじゃあ―――」

 

 彼女は頬を染めて、少し甘えるような声を出す。

 

 

「キス……してくれる?」

 

 

 そのいじらしく、可愛い言葉にぐだ男は断れるはずもなく、彼女と唇を重ねる。

 もう、何度もキスをしてきたが、愛する人とするキスはいつだって。

 

「……好きよ」

 

 甘く、特別なものだ。

 

 

 ~FIN~

 

 





ジャンヌ・オルタ√完結!

一旦ここで完結とさせていただきます。遂に主人公の名前が藤丸立香と判明しましたしね。
そろそろシリアスを書かないと、禁断症状が出そうなので他の√はいつかまたに。

それでは、感想・評価ありましたらお願いいたします。
完結までお付き合いいただきありがとうございました!

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