遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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今回、(前回とのバランス的に)あまりに長くなった為にMISSION7と8に分割させて公開させて頂きます。
また今回の話は一部シティーハンターを参考に描写した部分が御座います。この「遊☆戯☆王THE HANGS」が元々シティーハンターに影響された作品である為、その色を強調する為に行わせて頂きました。


MISSION7-2年越しの遺言(前編)

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「女学生が被害にあう殺人事件ってさ。痛々しいわよね」

 美術展から二日後の金曜日。

 今日も私は、前の席に座る梓と取りとめのない談話をしてた。

「あれ? 今日の沙樹ちゃんまともな事いってる?」

「ちょっと、それまるで普段の私はまともな事言ってないみたいに」

「だって本当に変態な話しかしないんだもん」

 梓、酷い。

「でも、どうして突然そんな善人みたいなことを」

「まるで私が悪人みたいな」

「だって本当に昔から悪い子だったもん沙樹ちゃんて」

「そんなまさ。……ごめん言い返せないわ」

 どうしよう、自分の子供時代を頭の中で辿ってみたけど、梓を護ったこと以外一度として良い子した覚えないんだけど。むしろハングドに入ってよりアウトローな人生辿ったいまのほうが善行してる気する。

「まあいっか」

 私は気を取り直し、

「いやほら。せっかくの若くて可愛い果実なのに殺しちゃうなんて勿体無いと思わない? 憤りを感じるわけよ、レズな私は」

「前言撤回。いつもの沙樹ちゃんだったね」

 なーんだって顔しながら、だけど梓はどこか安心してるように映る。

「おろろ? なんか嬉しそうね梓。何なに、ついに私のゲスエロトークが癖になっちゃった?」

「違うよー。あーでも、ゲスでスケベなトークしてる自覚はあったんだ」

 とか言いながら、梓は幸せをかみ締めるように一度瞳を閉じ。

「ただね。突然変な事いうから、昨日の間に沙樹ちゃんまた人が変わっちゃったのかなって」

「梓……」

「美術展のあと、沙樹ちゃん突然昨日学校休んじゃうんだもん。お見舞いに行っても沙樹ちゃん家にいないし、藤稔さんに聞いても会ってないっていうから」

 どうやら、梓には私が一度死んで半機械化蘇生してた間の、行方不明扱いになってた数ヶ月のトラウマを刺激してしまってたらしい。

「ありがとう。戻ってきてくれて」

「梓……」

 どうしよう。すごく抱きしめたい。それでもって、押し倒して私の存在を文字通り梓の体に刻み込みたい。

 ああ、もう。

 何でこうも可愛いのよ私の梓は、私の天使は。

 レズりたい!レズりたい!レズりたい!

「あ。そうだー」

 突然、思い出したように梓はいった。

「沙樹ちゃん。中学の頃同じ学校だったロコちゃん覚えてる?」

「え? うん、まあ」

 とはいえ、私にとっては中3の頃同じクラスだった程度の面識しかなく、本当に一応ねって程度だけど。あ、そういえばロコちゃんと梓は友達だったっけ。

 本名『川泥 炉子(かわで ろこ)』。背がちょっと低めで、ツインテール髪の小動物みたいな子だったはず。

「一昨日。美術展から帰った後、久々に連絡があったんだけど。変な事を聞くんだよー」

「変なこと?」

「『ハングド』を知らないか? って」

「ぶふっ」

 不意打ちだった。

 予想もしてなかったタイミングで出てきたワードに、私は自分の唾液でむせる。

「けほっ、けほっ」

「だ、大丈夫? 沙樹ちゃん」

「ん、な……なんとか」

 それでも咳が止まらず、私は一旦机に伏せて収まるのを待つ。程なくして落ち着くと、梓はいった。

「もしかして、その『ハングド』っていうの知ってるの?」

「い、一応ね」

 私は、自分がその構成員だってことは隠したまま、

「シティーハンターって漫画の始末屋(スイーパー)みたいな事をしてるキチ集団だったかな? 私、レズ性犯罪者として狙われたことあるのよねえ」

 これ実は嘘はいってない。

 実際にあったのよ。殺しの依頼がきて他の構成員が任務に当たったけど、ターゲットを調べたら私だったって話が。

「そ、そうなんだー」

 案の上、梓はドン引き。けど、むせちゃう程に反応した以上、下手に「知らない」とか「噂には」なんて誤魔化して疑われるよりはずっといい。

「じゃあ、沙樹ちゃんお願いできる? もしハングドを知ってる人がいたら伝えて欲しいって伝言まわされたんだけどー」

「まあ無理だと思うけど一応ね」

 すると、梓はいった。

「『ドラゴン・キャノン』だって」

 と。

 

 先ほど例えに挙げたシティーハンターという漫画にはXYZというワードがある。

 これには『もう後がない』という意味が込められてて、作中では駅の掲示板にこの3文字と連絡先を書くことが主人公への依頼方法だ。

 対し、基本的にハングドでは外部の仲介業者を伝って事務所に依頼が通る仕組みになっている。その方法は複数存在するものの、悪戯を避ける為、そして関係者・依頼者双方の個人情報が流出しない為にも、定期的に方法は変更されつつ隠蔽され、難解な経緯を経て事務所にたどり着く。どちらかというとゴルゴ13に近い。

 しかし、これとは別に緊急の抜け道も用意されている。それが『ドラゴン・キャノン』だ。

 方法は簡単。手段を問わずハングドに所属する誰かの耳にこのワードを届ければいい。

 ただし、この手段を取れば、依頼した事実は確実に外に漏れ、個人情報や命の安全に支障をきたす。事実、過去に学生が悪戯目的で『ドラゴン・キャノン』を叫び、結果過剰反応した無関係の犯罪者の手によって殺害された事例が存在する。

 また、組織側にとっても、依頼に危険性が上がる為に通常より高く金銭を要求せざるを得ない。これらを全て受け入れ、それでも『もう後がない』と訴えれる者だけに、この手段を取ることが許されるのだ。

 このワードはデュエルモンスターズの《XYZ-ドラゴン・キャノン》から取ったもの。

 そう、ロコちゃんはハングドに向けてXYZを叫んだのだった。

 

「あ、ロコちゃんいたいた」

 その日の放課後。私は早速ロコちゃんの学校に足を運び、接触を図ることにした。

 張り込みを続けて数十分。校門を出て帰る所だったロコちゃんは、

「えっ」

 と、私を見ていった。

 相も変わらずツインテール髪に小動物みたいな愛らしさ。けど、二年の歳月の賜物だろうか、頭身が少し上がり、それに伴い色気が増したように見える。まだ平均より背丈は低いと思うけど以前ほどではない。まったく、一丁前にロリ系からJKにランクアップしちゃって。犯りたい。

 でも、そんな彼女だけどいまの表情は完全に沈みきってる。何かあったのは間違いなさそうだった。

 私はそんなロコちゃんに近づいて、

「久しぶり、覚えてる? いつも梓と一緒にいた鳥乃 沙樹よ」

「う、うん……」

 ロコちゃんは暗い顔でうつむいたままだ。心もここにあらずって感じ。

「あれ? もしかして本当は覚えてなかったり? まあ、中学時代あまり接点なかったもんね」

「ううん、覚えてはいるよ?」

 慌ててロコちゃんは否定した。ううん、正確には「慌てる」って感情を必死に搾り出し、取り繕って、かな? ただ、嘘を突き通そうとしてる感じではない。

「でも、どうして私の学校に」

「いやー。今日梓からロコちゃんと久々に話したって聞いてね、思い出したら異様に会いたくなったってわけよ。中学時代殆ど口交わせなかった心残りってやつなのかな?」

「そ、そう……」

「だから。最後の授業フケって来ちゃった」

 なんて笑いながらいうと、

「そうだったんだ。……って、えーーーっ!!」

 ここで、やっとロコちゃんから暗い顔が吹き飛んで消える。うん、可愛い。やっぱこの子も暗い顔は似合わないわ。

「そう驚くほどでもないでしょ。学校同じだった頃から私不良美少女だったし」

「そ、そうだけど」

 なんて、ロコちゃんは一回同意しかけるも、

「でも、やっぱり驚くことかも」

「え?」

「沙樹ちゃんが、アズちゃん()以外の子に会おうとするなんて」

「あー確かに、中学時代は卒業間近まで梓以外に心開いてなかったしね」

「自分で美少女っていうキャラでもなかったよね?」

「あれ? そだっけ?」

 と、一瞬思ったけど。

「確かに」

 ああ、そういや当時は軽いノリもおふざけも梓の前限定だったっけ。その梓の前にしても、自分を美少女とは言わなかった。

「振り返ってみると、いまの私別人ね」

「うん……」

 ロコちゃんは再び暗くなる。地雷に触れたわけじゃない。たぶん私が焚きつけた興奮が収まってきただけだろう。

「うーん、勿体無い」

 なら、趣味と実益兼ねてまた興奮させてやればいい。私は彼女の背後にまわった。

「え?」

「ロコちゃん高校デビューしてこんなに可愛くなったのに、そんな暗い顔しちゃ魅力半減じゃない」

 なんて、彼女の胸を鷲づかみ。

「え、きゃっ」

「ほらほら笑って、それとも笑顔じゃなくて私好みのアヘ顔が希望?」

 おお、これは意外とC以上? この子こんなに素敵な膨らみ持ってたのね。もみもみもみもみ。

「え、ちょっ、沙樹ちゃっ」

 ロコちゃんは顔を真っ赤に硬直する。しかし抵抗しないので、さらに私はスカートの上から下着をずらし、太股を撫でる。

「っっっ」

 しかし、やっぱり逃げないし暴れない。だったら。

「抵抗しないの? ならラブホいこっか」

「え? え、え、えええっ!?」

 ここでやっとロコちゃんは拘束する腕を振り払い、涙目の怯えた様子で私を見る。残念。

「さ、沙樹ちゃんってそういう趣味だったの?」

「あれ? 知らなかったっけ? 行方不明から帰還した後、割と問題起こしてた自覚あるんだけど」

「あ……」

 思い出したらしい。ロコちゃんは引きつった笑みを浮かべ、そーっと私から距離を取ろうとする。酷い、レズと知った途端に拒絶するなんて!

 そんな時だった。ロコちゃんに向けられた攻撃的なフィールに気づいたのは。直後、遠くから何か金属が太陽の反射でキラリと光る。

「危ない!」

 私は瞬時にロコちゃんに飛び込み、彼女を抱えながら地面へ倒れこむ。同時に、ロコちゃんが立ってた場所へ銃弾のように何かが突き抜け、着弾した場所を基点に電磁波が発生し空間が歪んだ。その際、ロコちゃんの手から離れた学生鞄は空間の歪みに巻き込まれ、この場から消えてしまった。

「大丈夫?」

 私は、辺りを警戒しながらロコちゃんを気遣う。

「う、うん」

 ロコちゃんは怯えながらも小さくうなずいた。私はそんな彼女を立たせてあげ、電磁波のあった地点を確認する。

 地面には1枚のカードが落ちていた。拾うと、それは《亜空間物質転送装置》だった。恐らく私が間に合わなかったら、いまごろロコちゃんは一瞬で別の所に転移されてたのだろう。

「沙樹ちゃん、いますぐ逃げて」

 ロコちゃんが、怯えながらいった。

「いま、実は私狙われてるの。私と一緒にいたら沙樹ちゃんまで危険な目に遭っちゃう」

 そんなロコちゃんに私は、

「悪いけど。それはできない相談ね」

 と、マジな顔で返す。

「え?」

「だって私、その危険からロコちゃんを護りに来たんだもの」

「沙樹、ちゃん?」

 きょとんとするロコちゃんに私は、

「『ドラゴン・キャノン』でしょ?」

「!?」

 驚くロコちゃんに、私はいった。

「改めて自己紹介させて頂戴。私は鳥乃 沙樹。ハングドの構成員よ」

 

 改めて依頼の確認を取るため、私はハングドメンバー行きつけの喫茶店へと足を運んだ。

 孤児院の近くに建てられたその店の名前は、『喫茶なばな』。

 和と昭和レトロの混ざったどこか懐かしく落ち着いた内装になっており、白熱電球の明かりが暖かい。席は長いカウンターとボックスが幾つか。

 客は、一番隅のボックス席に小学生くらいの女児がひとりショットグラスで水らしきものを飲んでいた。

 私たちはその隣、隅から2番目のボックス席に対面で座る。

「沙樹ちゃんは、鱒川 妙子(ますがわ たえこ)って子覚えてる?」

 ロコちゃんは早速切り出してきた。

「覚えてますとも。中学時代はロコちゃんより妙子のほうが面識あったくらいだもの」

 ああ、そこに絡むのね。

 私は早速胸の痛む思いをしながら、水を一杯口に含む。

「じゃあ、いま妙子がどうなってるかは」

「ニュースで見た程度なら」

 妙子は、すでにこの世にはいない。

 今年の3月、ちょうど春休みの時期だったかな。山奥での遭難事故だった。

 妙子は、母親に捨てられ、この喫茶店の傍に建ってる孤児院で暮していた。同じく母親に人生を狂わされた者としての同情か、私も少しは気にかけてたし、口を交わしたこともある。ただ、私が半機人になってからの荒れてた時期は、妙子も切羽詰まった様子で互いにお互いを視界に入れる余裕がなく、ついに口を交わすことなく卒業そして音沙汰ないまま今日に至った。

「私、妙子と幼馴染だったの。まだ、あの子に母親がいた頃からの」

 ロコちゃんはいった。

「妙子ね、中3になって他県の学校から来ないかって誘われてたみたいなの。だけど、妙子は言ってくれた。私は行く気はないって、地元で一緒の高校に行こうって。だけど」

「行っちゃったのよね。他県の学校に」

「うん」

 ロコちゃんはうなずく。

 その話は、私も以前任務の流れで孤児院に足を運んだ時に聞いている。ついでに顔見せようと思ったら、もういないってね。

「妙子は、約束を破って行っちゃったの! 私、最初は寂しかった。そして憎んだ。裏切られたと思ったよ! だって、あれから妙子から一度も連絡来ないんだもん! 引っ越し先も教えてくれなかったし、私……」

 彼女の嘆き叫びが静かな喫茶店に響き渡る。けど、「声抑えて」とは言えなかった。言えるわけがない。だって、その結末が。

「……それから1年後。私はニュースであの子が死んだって知った。捜索願は出されてなかったけど、山奥に迷い込んで餓死したって」

「だったよね」

 何となく、ロコちゃんと妙子の関係が私と梓に重なって見えた。もし私が行方不明のままそして遺体で発見されたとしたら、いまごろ梓も、って。

 10秒だったか10分だったか、うって変わって沈黙がふたりを支配した。注文したコーヒーは、まだどちらも手をつけてない。

 そんな沈黙に耐えきれず、いまなら堂々とテーブルの下に潜って下着覗いてもバレないかな? なんて考えだしちゃった辺りで、

「私ね、おかしいと思ったの」

 ロコちゃんが、消え入る声でいった。

「どうして捜索願が出されてなかったのかなって。それに、死後何日経ってたとか報道されなかったし、何より妙子って山登りする子じゃないはずなのに」

「実際、圧力が入ったみたいにすぐ報道されなくなったしね」

 私の言葉に、ロコちゃんはこくんとうなずく。

「だから私、調べようと思ったの。この事件、絶対なにか裏があるって確信があったから。そしたら先月、家のポストに『これ以上関わるな』って脅迫状が入ってて、数日前はついに誘拐されかけ、そして今日も」

「明らかに狙われてるね」

「うん」

 ロコちゃんは同意しながら、

「ただね、これを見て?」

 と、懐から1枚のカードを取り出し、私に見せてくれる。それはデュエルモンスターズの魔法カードだった。しかし、カード名とイラストは塗りつぶされ、テキスト部分に『君は既にドラゴン・キャノンだ。これ以上関わったらいけないらしい』と何故か他人事なメッセージ。しかも。

「ドラゴン・キャノンね」

 まるでハングドを頼れとばかりの専門用語。犯人がこんな文章を送りつけるとは到底考えられない。恐らくこれは脅迫状ではなく、彼女に危険を知らせたいが為の助け船。

「最初は意味が分からなくて無視してたんだけど。誘拐されかけてから意味を調べて、それでハングドに辿りついたの。沙樹ちゃん、もしかして沙樹ちゃんがこの脅迫状を?」

「残念だけど」

 私は首を横に振り、ここでやっとコーヒーを飲む。すでにぬるい通り越して中途半端に冷たくなっていた。

「そっか」

 と、残念そうにロコちゃんもコーヒーに手を伸ばす。口に入れた途端、落胆が倍増したのが見てとれた。

「……」

 再び、ロコちゃんは無言になる。ただし、今回は単純に話す言葉が見つからないからに見えた。もちろん、コーヒーが温くなってたことへのショックでもない。

「依頼するに至った経緯はこれで全部?」

「え? う、うん」

 ロコちゃんは慌てていった。しかし、どこか歯切れが悪い。どうやら胸の中に溜め込んだものは吐ききってないみたいだった。

「大丈夫? まだ話してないこと、あったら教えて頂戴」

「ううん。大丈夫」

 ロコちゃんはいった。うーん、聞き出したいけど、いまは交渉に話を進めるしかなさそうだ。

 私は懐から契約書を出す。

「了解。じゃあ、改めて依頼内容を確認してもいい?」

「あ、うん」

 ロコちゃんはうなずくも、

「えっと、この場合、どこまで頼んでいいの?」

 と、早速少し困った様子。

「割とどこまででも。ただまあ、一応経緯を聞く限りだと、探偵と護衛って所? 具体的にはロコちゃんを四六時中護りながら妙子の調査も同時に行うって所」

「じゃ、じゃあ。それでお願いします」

 嬉しそうに、ぺこりと頭を下げるロコちゃん。

「分かった。じゃあ、もし……ていうかほぼ確定と思うけど、妙子の死に事件性が発覚した場合、犯人の処遇はどうすればいい?」

「どうって……」

 きょとん、とするロコちゃんに私は、

「ぶっちゃけ、逮捕に留めるか、殺すか」

「っ」

 殺す。と聞いた途端、ロコちゃんの全身が震え上がる。

「まあ怖いこと言ったと思うけど、ハングドってそういう所だからね。もちろん、命を奪うのを良しとしないなら私たちもその希望に従うけど」

「よかった。なら、逮捕で」

 ほっとした様子でロコちゃんはいった。

「了解。じゃあ、問題の依頼料なんだけど」

 今度は私がちょっと躊躇いながら、けど内心ある意味嬉々として、

「今回の依頼は『ドラゴン・キャノン』だから、悪いけど普通に依頼出すより高くついちゃうのよね」

「そ、それなんだけど」

 ここでロコちゃんは食いついた。

 けど、すぐに目を泳がせ、深呼吸をすーはーすーはー、そして再び目を泳がす行為を何回か。なにか言いづらい事なのだろうか。

「なに?」

 私が聞くと、ロコちゃんは意を決した様子で冷めたコーヒーを一気に飲み干し、

「沙樹ちゃんごめんね。……依頼を受けてくれる人、指名させて!」

「え?」

 ちょっ、このタイミングで?

「あれ? 私じゃ駄目って感じ?」

「ご、ごめんね」

 まるで顔文字の(><)な顔をして手を合わせるロコちゃん。

 そんな!? もう少しで夜のライディングに誘えそうだったのに。

 そうよ。嬉々してた理由は不足分を体で払ってもらうとか、そういう企みだったのよ。ううっ。

 私は、ちょっとどころじゃなく動揺しつつも。

「ん、まあいいけど。誰を指名?」

 なんとか訊ねる。

 するとロコちゃんは、「うん」とうつむき、申し訳なさそうにいった。

「えっと。“レズの肌馬”って人、ハングドに……いる?」

「は?」

 いま、なんと?

「もしかして、いない?」

「う、ううん。いる、けど」

 私は、ある意味もっと動揺した。私。それ私だから。

「あのね。私、実は依頼できるほどお金なくって。一応、頑張ってアルバイトしてるからちょっぴりはあるけど、それでも払えそうになくて」

 まあ当然である。腐っても裏稼業、幾ら変態集団でもそういう組織なんだから。このご時世、社会人でも難しいのに、学生が払えるわけがない。

「だけど、ハングドの“レズの肌馬”って人は女の子限定だけど、条件付で立て替えてくれるみたいで」

 あれ? これもしかして元同級生の口から体で払います宣言? それも自分から。なにこれ、背徳的すぎて天国なんですけど。

「ごめんね。私、その“レズの肌馬”さんに頼らないと依頼頼めなくて。だから」

 言いながら罪悪感で小さく丸まっていくロコちゃん。

 それでも、もう一度意を決し、

「沙樹ちゃん。私に、その“レズの肌馬”って方を紹介して? 私、何でもするから」

「ん? いま何でもって」

「うん。私にできることなら、だけど」

 マジレスされた。しかも肯定。

 まあ、それはともかく、

「我が世の春がきたあああああああ!」

 とりあえず、私は吼えた。

「えっ?」

 途端、ビクッとなって私を見るコロちゃん。

 でも仕方ないじゃない。獲物が逃げたと思ったら自分から捕まりにきてくれたんだから。

「我が生涯に一片の悔いなし!」

 続けて私は立ち上がり腕を振り上げる。“レズの肌馬”大勝利 希望の未来へレディ・ゴー!

「え……。…………えっと」

 一方、ロコちゃんは目を丸くし、ぽかんと私を見上げる。

 私は契約書の依頼料の覧に0を書いて、

「交渉成立ね。じゃ、ロコちゃん。改めてその依頼、受けさせて貰うわ」

「え? で、でも私はレズの肌馬さんを指名して……あ」

 ここで私がレズなのを思い出したのだろう。ロコちゃんはハッとなった。

「もしかして、沙樹ちゃんがその“レズの肌馬”さんなの?」

Yes, I do.(はい、そうです)

 興奮のあまり、私は英語で答え(しかも使い方間違え)てしまう。

「沙樹ちゃん、だったん……だ……」

 呟くロコちゃん。そして、力が抜け過ぎたのか椅子に座った姿勢のままだらんとなり、テーブルの下へと滑り落ちてしまう。

「ちょっ、ロコちゃん大丈夫」

 私は軟体動物みたいになってるロコちゃんに手を伸ばした。

「ごめんね、大丈夫……たぶん」

 ロコちゃんが手を受けると、優しく引っ張りつつ、途中から両手で抱えるようにして救出。隣の席に座らせた。私の隣に座らせた(大事なことなので2度言いました)

「良かった。沙樹ちゃんが噂の“レズの肌馬”さんで」

 さりげに私はロコちゃんの肩に腕をまわし、抱き寄せるみたいなことしたんだけど、ロコちゃんは身の危険に気づいてない様子。

「本当はね、調べた所だと本当におすすめできない最終手段ってなってたから凄く怖くって」

 最終手段なんてとんでもない。これは後でそのサイトを聞きださないと。

「でも、辛かったー。友達に向かってチェンジだなんて、もう二度と言いたくないよー」

 どうやら、これが胸の内に溜めてた最後だったらしい。心底安心したロコちゃんは、ほっと力が抜け机に突っ伏す。

「ところで沙樹ちゃん」

「ん、なに?」

「依頼料の話なんだけど、どうすれば立替えてくれるの?」

 ……あれ?

「もしかして、条件のほうは何も調べてなかったり?」

「うん……」

 ロコちゃんはうなずく。

 そっかー、知らなかったのかー。

「ん、ベッドインだけど?」

 私は湧き上がる嗜虐心を隠しながら、努めてさらりといった。

「え?」

 思考停止、そんな顔をしてロコちゃんは聞き返す。

 私はもうにやにやを隠し切れないまま、

「言い方変えるなら、夜のライディングとか私とホテルとか、サポ?」

「それって、もしかして……」

「そ、『なあ、スケベしようや』って話」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 ロコちゃんは顔を真っ赤にして絶叫した。

「そ、そんなの聞いてないよ!」

「調べないほうが悪いって話」

「でも、でもっ」

 テンパるロコちゃんに私は悪い笑みで、

「何でもするんでしょ?」

 私はデュエルディスクにも使ってるタブレットを出し、その時の音声を再生する。ちゃーんと証拠は記録しましたとも。

「いつの間に録音してたの?」

「最初から♪ あ、ちなみにタブレットと専用レコーダーの二重録音ね」

 もちろん、これはロコちゃんを公然と襲う為ではなく依頼人に不正をさせない為の誰が相手でも行ってる記録だけど。

「何よりロコちゃん、お金ないんでしょ? ひとりで調査するにも資金は使ったと思うし、実際の所あと予算はあと幾ら残ってるの?」

 私が聞くと、

「さ……3万だけしか」

 と、ロコちゃん。

「『ドラゴン・キャノン』だからその100倍でも足りないんだけど、払えそう?」

「さ、300万いじょ」

 驚愕するロコちゃん。だけど、

「そっか」

 金銭的に現実を突き付けられたせいだろうか。突然、ロコちゃんはクールダウンを始め、

「そうだったね。私、レズの肌馬さんを指名してる時点で後がないんだった」

 と、私を真直ぐ見る。

「沙樹ちゃん。お願い! その条件でいいから、だから助けて!」

 その目には強い決意が溢れていた。

「わかった」

 私はいった。

「金銭面は心配しないで、可能な限りこちらで立て替えるから。その分、体の心配は覚悟して貰うけど」

 

 

 いつの間にか、時刻は17:30を過ぎていた。

 店内からはジャズが流れ、店は「落ち着いた」をそのままに大人な空間へと変わっていた。

 実はこの店、昼と夜でふたつの顔を持っていて、夜は『BARなばな』として営業してるのだ。

 店員が看板を変えるのを確認してから、

「ってわけだけど。何か知らない?」

 私は隣のボックス。つまり私たちが来たときからいた女児に話しかけた。

「え?」

 突然のことにロコちゃんは驚き、そーっと隣のボックスを覗き込む。

ハラショー(OK)

 女児はいった。

 それはロシア語だった。しかし本場のアクセントは全く見受けれず、どう聞いても日本式の発音。

「日本育ちだからね」

 女児はなんかナチュラルに地の文に返事をしながら、

「とりあえず面会料から頂こうか」

 と、私に請求する。

「いま飲んでるの。店からサービスで渡されたものでしょ? そういうことよ」

スパシーバ(ありがとう)。交渉成立だよ」

 女児は私たちのボックスへと移動し、ちょうど開いてた私たちの対面の席に座った。

 それは白人だった。腰まで届く銀の長髪に透き通るような色白の肌。帽子を深く被り、一見ポーカーフェイスのようにも見えるが、その目つきはとても眠そうに緩んでいる。

「実際、少し眠いんだ」

 また地の文に反応する女児。

 ロコちゃんは首をかしげ、

「沙樹ちゃん。この子は? なんかさっきから変なこと喋ってるけど」

 そりゃあ、普通は地の文を読むなんて芸当できないんだから「変なこと」に見えて当然だ。

「この子はヴェーラちゃん。まだ小学生だけど、ウチでご贔屓にしてるプロの情報屋」

 ついでにいうと、依頼人と事務所を繋ぐ仲介人のひとりでもある。例えば最初に陽井氏の依頼をこちらに仲介したのは彼女だったり。

「この子が、情報屋さん?」

 驚くロコちゃん。

「その上、実はハラショーなことに妙子と顔見知りでもあるんだ」

 ヴェーラはいいながら、ショットグラスに注がれてる水のようなものを飲んで、

「うら~~~」

 と、幸せそうに喉を鳴らす。

「妙子と!? って、酒臭い」

 ロコちゃんは鼻を押さえていった。だって、私たちが来たときからずっと飲み続ける水みたいなの、それ酒だもん。それもウォッカのロック。

 『BARなばな』でウォッカを1杯奢る。これが情報屋としての彼女に接触する為の条件だった。

 私は笑い、

「妙子と同じ孤児院の子なのよヴェーラは」

エザット(その通り)

 今度はイタリア語だった。

「ところで作者、そろそろ本題に進まなくていいのかい?」

 しかも、ついには第四の壁にまで干渉しだした!?

「作者って?」

 首をかしげるロコちゃんに私は、

「そっとしといてあげて。有能だけど可哀想な子なんだから」

プローハ(酷いな)。そんなに情報料の値上げがご希望かい?」

「マスター。この子にウォッカのロックもう1杯」

「おお、ハラショー」

 ヴェーラの目が輝く。うん、この子って表情に乏しそうに見えて基本野生の小動物だから案外扱いやすいのよ。

「で、本題だけど」

 注文したウォッカがテーブルに置かれてから、私がいうと、

「ハラショー。妙子の事故に関する情報だったね。もちろんあるよ」

「料金はいつもので大丈夫?」

スパシーバ(ありがとう)。問題ないよ」

 私は予め用意してたポチ袋をヴェーラに手渡す。

「確かに。じゃあ情報の提供に入ろうか」

 ポチ袋の中身を確認してから、ヴェーラはいった。

「ふたりが考えてる通り、妙子の事故はただの遭難じゃない。むしろ、ほぼ人為的に殺されたような死に方をしたみたいなんだ」

 その言葉を聞いて、早速ロコちゃんの顔が曇る。予想はしてたのだろうけど、だからといってショックを回避できるわけがない。慣れてる私だって多少ショックなんだから。

「具体的な経緯の情報もあるけど聞くかい? ただ、とてもハラショー(ショッキング)な内容だから聞くのは鳥乃だけにするのを勧めるよ」

 ヴェーラは、元々深めに被ってた帽子を更に深々と被り直す。それだけ、彼女にとっても話すのが辛い内容なのだと推測できる。

「どうやら真実は相当やばいみたいね。ロコちゃん、私からも言っておくわ。これは下手に知れば立ち直れなくなるよ」

「ううん」

 しかしロコちゃんは首を振って、

「大丈夫。聞かせて」

 と、唇を震わせながらいった。

「ハラショー。わかったよ」

 ヴェーラはいった。彼女は帽子で目を隠しながら、重々しく口を開く。

「まず、妙子の死因はそもそも餓死じゃない。……長時間の監禁生活と、その間に幾度なく行われた違法ドラッグそして性的暴行による衰弱死だったんだ」

「――っ」

 早速のヘビィすぎる真実に、ロコちゃんが硬直する。

 私もダメージを受けた。普段こそ「女の子監禁して性調教してみたい」なんて言ってそうな私だけど、親しい人間が現実に被害にあってショックを受けないわけがない。それも死ぬまで使い潰されたとあっては。

 私は動揺を隠しながら腕を組んで、

「やったのは?」

牡蠣根 水一(かきね すい)。表では製薬会社の社長をしてるけど、裏では“陵辱の暴王”という通り名を持ち、追星組というヤのつく業界の組長をしている男だよ」

 その名前は聞いたことがあった。確かこの辺りで麻薬の密売に関わってる組織のひとつだ。

「牡蠣根 水一という男は好色家として有名でね。専属の奴隷売買業者を雇い、お気に入りの娘を何人も手元に置いている。妙子もそのひとりだったわけなんだ」

「ま、待って!」

 ロコちゃんが首を乗り出しいった。

「どうして妙子が、そんなヤクザの組長に目をつけられたの? だって妙子は孤児だったけど、それでも普通の女の子だったのに」

 するとヴァーラはいった。

「牡蠣根の奴隷売買業者は、表でそれぞれ別の職に就いて一般人に紛れながら被害者を選別してるんだ。例えば教師とかね」

『っ』

 その言葉に、ロコちゃんだけじゃなく私まで驚愕を覚える。それって、当時の先生の中に妙子を牡蠣根に売った奴がいるってことじゃない。

 そんな私たちの気づきに察してか、それとも地の文を読んだのか。ヴェーラは続けて、

「確か妙子はテニス部に所属してたね? 顧問の名前は吉月 広樹(よしづき ひろき)。彼がその奴隷売買業者だよ」

「吉月先生が!?」

 ロコちゃんが更に驚く。正直、私も信じ難かった。だって、吉月先生は若くて爽やかイケメン風の、当時女子からの人気No1男性教師だったのだから。私は興味なかったけど。

「吉月が妙子を商品にすべく行動を開始したのは、中学最後の夏の大会が終わった辺りらしい。当時妙子は吉月をとても信頼してたらしくてね、特に警戒もなく妙子は業者の調教部屋に連れ込まれ、学業の傍らに商品開発を受ける日々が始まった」

「商品開発?」

 ロコちゃんが聞くと、

「性的な意味で奴隷に仕立て上げる為の教育だよ。一部始終はすべて撮影されてて、口外したら孤児院がどうなるかと脅迫をされ従うしかなかったみたいだ」

 と、ヴェーラはいう。

「恐らくその頃からだったと思うよ、君たちの耳に『妙子が県外の学校から勧誘を受けた』って話が入ったのは」

『あ……』

 私たちは同時に気づく。確かに、この話が出たのは夏の終わり頃だ。

「そう言うように教えられてたんだ。彼女が卒業を機にそっと皆の前から姿を消しても、誰も不審に思わないようにね。孤児院のほうには進学の際に下宿先が提供され特待生待遇で入学を受け入れるって話になってたよ」

「じゃあ妙子は高校には」

「カニェーシナ。もちろん入学していない。妙子はそのまま奴隷として牡蠣根の屋敷直行だったよ。後は最初に言った通り消耗品の如く使い潰されて、飽きたら山奥へポイ。その頃にはクスリで脳をやられ廃人状態、体もボロボロでそのまま衰弱死さ」

「――ッ」

 ロコちゃんが、顔を青くし全身をガタガタと震わせる。

「私が提供する情報は以上だよ。質問や気になることはあるかい? 少しくらいはサービスするよ」

「なら」

 私はロコちゃんを優しく抱きしめ、

「実は彼女の下に1枚の脅迫状が届いてるのは聞いてるよね? これなんだけど」

 少し悪いとは思いつつ、私はロコちゃんの荷物を漁り、先ほど見せてもらったカードを提示する。

「これの送り主を探して欲しいのよ。この事件に第三者が絡んでて、それが敵か味方なのか分からないまま任務を続行するのは少し危険だからね」

「ああ……」

 ヴェーラはカードを手に取ると、

「ハラショー。私なんだ」

「え?」

「このカードを送ったのは私なんだよ」

 と、いった。

「妙子が孤児院を退所する数日前かな? 彼女に頼まれたんだよ。『自分を探さないで欲しい、そして探そうとする人がいたら危険だから止めて欲しい』ってね」

「妙子……が……?」

 消え入りそうな声で、ロコちゃんは反応する。

(まあね)。特に君を名指しで警戒して欲しいと言ってたよ妙子は。少なくとも彼女は君と同じ学校に進学するのをずっと諦めてなかったからね。たぶん……私に頼んだあの日、彼女の心は完全に折れたんだ。でも、当時まだ受験戦争の最中だった君に『約束守れない』なんて言えなかったんだろうね。だから、彼女から別の遺言も受け取ってるよ。実は送ったカードの表面、剥がれる仕組みになってるんだ」

 確かに、よく見るとカードの表面は上から貼り付けたシールみたいになっていた。

「剥がしてみてくれ」

 と、言われたロコちゃんはカードの表面をめくる。すると、塗りつぶされてた箇所から《遺言状》のカード名とイラストが顔を出し、カードテキストの上からマジックで書いた「ごめんね」の文字。

「この字……」

 ロコちゃんが声を震わせる。

「正真正銘、妙子が書いた字だよ」

 ヴェーラがいうと、

「た……妙子、妙子。うわああああああああああああああああ!!!」

 ついに耐え切れず、ロコちゃんはその場で泣き崩れた。

「彼女はまだ運がいいほうさ。本当なら行方不明という報さえ世に出回らず完全犯罪が成立するはずだったんだ。妙子の遺体が発見されたのは、本当に偶然なんだよ」

 ヴェーラはぼそりと呟いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 ――同時刻、ある廃墟の一室にて。

「それで、何だね。私に用事とは」

 壊れたソファに腰かけ、牡蠣根 水一はいった。年齢は40代辺りだろうか。社長や組長と呼ぶにはまだ働きざかりの男に映る。

 牡蠣根の前には、20代の男がひとり立っていた。

「社長、俺は今日を持って契約から手を引かせて貰う」

 男はいった。

 牡蠣根はタバコを一本口に咥え、

「突然だな。どういった風の吹き回しだ?」

「俺たちの動向を探ってた奴が、ハングドを雇いだした」

「!?」

 牡蠣根は驚く。

「ヤツらを、だと?」

「ああ。奴らは変態集団なだけに予測不可能で性質が悪いのは社長もご存知のはずだ。その上、小規模ながらに精鋭揃い。俺だって命が惜しいからな、ただの雇われの側で追星組と心中するつもりはないだけの話だ」

「そうか」

 牡蠣根はうなずくと、

「なら貴様は用済みだ」

 懐に隠し持ってた銃で、男の眉間を2発撃ちぬいた。

「がッ――!」

 倒れる男。牡蠣根は立ち上がると、見下ろしいった。

「残念だよ。君は優秀で忠実な犬だったのだがね」

 掌を返した以上、身の安全の為に元上司を売るかもしれない。牡蠣根にとって、すでにこの男は身から出たさびになる要因でしかなかったのだ。

 死んだ男の名前は、吉月 広樹(よしづき ひろき)といった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――現在時刻19:30

「失礼する。警察だ」

 突然だった。『BARなばな』にそう名乗る男がやってきたのは。

 現在、私たちはヴェーラへの用事も終え、時間的にここで夕食も済ませようとしてる真っ最中だった。

「ここに川泥 炉子(かわで ろこ)という女はいるな? 案内しろ」

 警察はいう。とはいえ店員も客の名前を全員把握してるわけがない。

「え? 川泥様ですか?」

 なんて店員が反応すると、

「早くしろ! 容疑者をかばうのなら貴様も同罪だ!逮捕する!」

 なんて、滅茶苦茶なことを言い出したので、

炉子(ろこ)は私よ」

 私は、嘘をついて席を立った。

「貴様が川泥か」

 警察は私の前に立つと、いきなり胸倉を掴みかかり、

吉月 広樹(よしづき ひろき)の殺害容疑だ。一緒に来てもらおう」

『えっ』

 私、そして本物のロコちゃんは驚く。

「吉月先生が死んだって、どういうこと?」

 私は訊ねる。しかし、

「貴様がやったのだろう! いいから来い!」

 と、手錠までかけて強引に店の外へと連れ出された。

「待って! さ――」

 ロコちゃんが追いかけ、私の名前を言いかけるも、

「しっ」

 私は手錠で上手くできないなりに指を立て口チャックの指示をする。

 正直、この警察には違和感があった。異常な強引さ以上に、普通容疑者の顔を知らずに逮捕するだろうか。それが困難な状況ならともかくとして。

「――ということらしいから、君は残ったほうがいい。ハラショー(OK)?」

 ヴェーラがロコちゃんを止める姿がみえた。また何か地の文を読んだみたいだけど、

「乗れ!」

 私は警察にパトカーに力ずくで押し込まれたので、それ以上ふたりの様子を確認はできなかった。

 警察は運転席へと乗り込み、まるで逃げるように車を発進させた。

 私は車内を軽く確認する。一応、構造をみる限り本物のパトカーらしい。

「私、やってません!」

 『BARなばな』が見えなくなった辺りだろうか。私は、ちょっと『無実の罪を被せられ、怯えながらも何とか気丈に振舞おうとする美少女』を演じ、問いかける。

「だって、私さっきまでずっと友達と会ってたのに。先生を殺せるわけがありません」

 あーこれ。やってるのが他人なら例え演技でもすっごく可愛いだろうに、自分がやると恥ずかしいとかむず痒いとか通りこして笑えてくるんだけど。

「ククッ」

 しかし、耐えきれず笑いだしたのは私ではなく、なぜか警察。

「そんなものは知っているさ。吉月を殺したのは社長なんだからな」

「え?」

「吉月はな、貴様がハングドを雇ったから怯えて手を引くと言い出したんだ。だから社長は殺した。口封じってやつだ。そして、後任が俺ってワケだ」

「っ!? もしかして、警察じゃないの?」

「警察だよ。俺は本物のな。警察であり、社長直属の奴隷売買業者ってやつだ」

「奴隷売買業者?」

「ああ。……ククッ、妙子とかいうガキは何万で売れたっけな?」

「っ」

「クククッ、そういえば貴様は妙子の足取りを辿って口封じ兼ねて社長に目をつけられたんだっけな? 教えてやるよ。貴様の友達の身に何が起きたのか、貴様自身の体でな」

 警察……いや奴隷売買業者の男は高笑いし、

「見れば中々の逸材じゃないか。こりゃあ高く売れるぜ、逃げてくれた吉月様様だ」

 などと、バックミラー超しに舐めるように私を見る。気持ち悪い。

 さて、と。

 私はちらっと車のサイドミラーに視線を移す。

 パトカーの後ろには一台の車。運転席には増田が座り、助手席には警視庁特捜課(MISSION4.5参照)永上 門子(ながみ かどこ)が座っていた。

 さすが増田と鈴音さん。想定以上の仕事をしてくれる。

 実は、この一連の流れはすべてデュエルディスクのタブレットを通して事務所に垂れ流しだったのである。応援がガチの警察を連れてやってきた。となれば、私もこれ以上演技をしてる必要はなそうね。

(しっかし、この三流業者なんでも喋ってくれちゃうからヴェーラ情報半分近く無駄になっちゃったじゃない)

 なんて考えつつ、私は腕に内臓した銃で手錠を破壊。そのまま懐から予備の銃を抜き、男の後頭部に突き付けた。零距離で。

「!?」

「はい余計な動きは無駄だからね。分かってるでしょ? ここまで密着させた銃ならフィールで護っても頭ブチ抜けるって」

 もちろん、こちらもフィールを込めて発砲が前提だけど。

「このまま私を連れ込もうとしてた場所まで案内して頂戴。大丈夫、指示に従う限り殺しはしないから。それが今回の依頼者との契約だもの」

「き、貴様。川泥じゃないな? 一体誰だ?」

「私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。ハングドの構成員のひとりよ。そしてレズである」

「“レズの肌馬”か!」

 うわ、こいつにも私の名前知れ渡ってる。

「勿体無いな。これだけ可愛くて貴様がノーマルなら、男なんてとっかえとっかえだろうに」

 イラッとしたので、私は男の右薬指の爪だけを丁寧に打ち抜く。

「――っ!?」

「大丈夫だいじょーぶ。平気でしょ殺してないから」

「こ、この……」

「私、男に性的な目で見られるの嫌いって話なのよね。次いったら少しずつ自分から死にたいって言わせてあげようと思うんだけど、OK?」

「OK」

 男は震えた声でいった。

 程なくして、パトカーは一軒の廃家へとたどり着いた。

「ここだ。この家の地下に川泥を調教する為に集まった業者仲間が数人待機してる」

 こちらから聞くまでもなく喋ってくれる男。やはり牡蠣根に雇われてるだけの男だからか、滑稽にも自分の命の為に社長も同業者もどんどん売ってく気満々のようだ。

 もしくは、まだ手を隠し持ってるのか。

「替えの手錠ある? 車の外ではもうちょっとロコちゃん演じてたいから」

「ほらよ」

 私の両手に男は新たな手錠をかけ、

「これが手持ちの最後だ。これを壊せば次はない」

「りょーかい」

 私はパトカーを降りた。男も降りると、私の手を引き、

「こっちだ」

 と引っ張っていく。

 合鍵はないのか、男は針金で玄関の鍵を開ける。通された屋内は、やはり薄暗く、蜘蛛の巣が張りかび臭い。

「靴を脱ぐ必要はない」

 男はいった。確かに床は何度も土足で出入りした形跡もあり、とても脱ぐ気にはなれない状態になっている。ドブネズミや黒く光るアレが踏み殺された跡もあるしね。

「そういえば、地下っていったけど?」

「リビングの床下に隠し階段がある。そこを降りれば調教部屋へと続いている」

 そろそろ私との会話が垂れ流しになってるのに気づいてるはずなのに。男はここでも丁寧に喋ってくれる。さすがに罠だと読めたけど、その上で従ったほうがいいと私は踏んだ。

 もちろん、後続の戦力を期待して。

「当然だけど」

 男が床下の壁を外し、隠し階段をみせた辺りで私はいった。

「最初は私は川泥 炉子(かわで ろこ)ってことでお願いね」

「わかった」

 男はいった。けど、その口角が僅かに「にやっ」となったのを見て、私は腕に内蔵されてるほうの銃で、男の膝をブチ抜く。

「んがッ!」

 床に倒れ、男はもがきながら、

「この……ッ」

 と、懐から銃を取り出す。そこを私は蹴り上げ、銃を弾き飛ばした。

「最初から、ここで始末するつもりだったのか?」

「まさか」

 私は男の利き腕を踏みつけながら、

「にやけが顔に出てたのよね三流業者さん。あんな顔してたら罠に嵌めてますって丸分かりでしょ」

「っ」

 男は脂汗を滲ませながら私を睨むも、

「大丈夫。殺しはしないから。社会的には死んで貰うけど」

 私は男に麻酔針を打ち込み、動けなくなったのを確認してから地下への階段をゆっくり下りる。もちろん手錠は解除済だ。

 階段を下りきった先には鉄製の扉がひとつ。聞き耳を立ててみると、確かに人の気配を感じた。あえて隙間程度に扉を開け中を確認すると、何人かが機関銃を肩で担ぎ、扉の先で私をどう犯そうかと駄弁ってた。運よく気づかれなかったので、私は小さな煙玉をこっそり転がしてから扉を閉める。

 数秒後、扉の先から一斉に人が倒れる音が聞こえた。先ほど転がした煙玉は催眠ガスを巻き上げるものなのだ。

 私はガスマスクを装着して中に入る。見る限り全員昏睡してる様子だったので、ひとり残らず亀甲縛りにしてから調教部屋を後にした。

 階段を上りリビングに戻ると、ちょうど増田と合流する形になった。

「遅かったじゃない。もう少し近くを尾行してると思ったのに」

 私がいうと、増田は、

「道中で偶然業者とばったりしてね。デュエルで拘束してたら手間取ってしまったんだ」

「ああ……」

 増田も弱くはないんだけど、専門ではないからね。

「少し鍛え直したほうがいいな。たまには前線で任務を受けてみるか」

 なんて呟いてる増田に私は、

「そういえば移動中サイドミラーから永上さんが見えたけど?」

 すると奥から、

「お前の依頼人を護るよう車内で待たされてた」

 と、当の永上さんがやってきた。

「が。暇なので突入させて貰ったぞ」

 今日もその腹筋と豊満なバストを活かしたタンクトップ&トレンチコートがえろかっこいい。

 しかし、そんな永上さんの後ろには、なんとロコちゃんの姿。え、ちょ、危険な現場に連れ出したのこの人。

「沙樹ちゃん!」

 不安気に永上さんの背にしがみつくロコちゃん(かわいい)。が、視界に私が映ると駆け出し、

「よかった、無事だったんだね」

 と、私の胸に飛びつく。

「当たり前でしょ。私これでもプロなんだから」

「プロなら依頼人をひとりにしないで欲しいな」

 横から増田がいった。正直耳が痛い。

 永上さんは腕を組み、

「全くだ」

「君も人のことを言えないだろう市民を護る刑事さん」

 増田は呆れながらいった。が、永上さんのほうは不満を露に、

「どうしてだ。私は離れず川泥の傍にいるし現に彼女は無事ではないか」

「彼女をひとりにするのも現場に連れてくのも危険だから車で一緒に待機しててくれと言ったのに、それを守らなかった時点で同じだろう」

「…………」

 なんだろう。脳裏で音がする。

 チッチッチッチッチッチ… チーン!

「そういう意味だったのか! そうならそうと言ってくれ! てっきり私は邪魔だと言われた気がしたんだぞ!」

 ガーン!と衝撃を受けた様子の永上さん。

「かつてペアを組んだ仲として恥ずかしい」

 増田は頭を抱えながら、

「鳥乃、そして川泥さんだったね。今のうちに伝えておくよ。彼女は超がつくレベルで脳筋だ」

「えー……あー」

 あちゃあ、と思いながらも私は初めて会った時(MISSION4.5)を思い出し、妙に納得した。

 セクハラした私に躊躇いなく馬鹿力でのゲンコツ。そして自分の立場では動けないからとハングドに依頼しておきながら自身も覆面被って現場に向かう行動力。なるほど、そういう事だったのね。

「そして、俺の同類でもある」

 と、増田はいった。

「同類って……?」

「言うな! 増田! そこから先は私の尊厳に関わ――」

 止めようとする永上さんをスルーし、増田は一言。

「ロリコンだ」

 なんだろう。また脳裏で音がする。

 チッチッチッチッチッチ… チーン!

「ロリコンじゃぬぁぁあああああああい! 私はただ子供たちを可愛らしいと愛でてるだけだ」

 それをロリコンというんだけどね。

「ああ、そうだったね」

 増田は更に、

「確かに俺はロリコンなだけだが、永上はロリもショタもストライクゾーンだったな」

 もっと深刻だった。

「14歳がグレーゾーンと罵るお前と一緒にするな! 私は一部のJKもグレーゾーンながらアリだ! だから私はギリギリそこの川泥もイケる!」

「えっっっ」

 衝撃の事実を聞かされ、私の背中に隠れるロコちゃん。

 増田は厳しい顔で、

「そうか、見損なったよ永上いや元同志。確かに彼女はロリ顔で背も小柄なほうだ。……が、彼女はド〇ゴンボールでいうとラ〇チさんだ。顔がロリでも体がしっかり発育してムッチムチじゃないか! これがミ〇マムAVなら脱いだ途端失望するパターンだ!」

「そこは私も残念に思っている。しかしだな――」

 ふたりが醜い言い争いをする中、

「戻ろっか」

 私は、そっとロコちゃんを庇いながらいった。

「うん」

 うなずくロコちゃん。といった様子で、私たちがそっとこの場を離れようとすると、

「あ、待ってくれ鳥乃」

 増田がいった。

「道中で倒した業者からひとつ情報を聞き出してる。ふたりは永上と一緒にここの寝室へ向かってくれ」

「寝室?」

「どうやら吉月 広樹(よしづき ひろき)の遺体が放置されてるらしい。ふたりには身元確認をお願いしたい」

『えっ』

 増田の言葉に、この場の全員が反応した。

 永上は訊ねる。

「お前はどうする気だ、増田」

「俺は業者共を一箇所に纏めて監視してるよ。鳥乃、一応ガスマスクを貸してくれないか?」

 という事は、私が煙玉を撒いた地下室にも行くのだろう。私は「ん」とマスクを渡す。後で念入りに殺菌しないと。

「なら私たちは早速向かうぞ。鳥乃、ついて来い」

「はーい」

 私は永上さんの後ろにつき、その場を後にした。

 老朽化しギシギシと音の出る階段を上った先、二階の一番手前に寝室はあった。

 壊れて綿のはみ出たベッド、埃を被った机、業者が参考資料にしたのか陵辱系のエロ漫画が収納された本棚、部屋の隅にはさほど大きくない何かが風呂敷にかけられている。

 そんな部屋の中央で、吉月先生は頭から血を流し絶命していた。目を開けた状態で。

「っ、嘘……せん、せい」

 ロコちゃんは口元を押さえ、青い顔をして私の背でガクガク震える。当然だ。普通の世界で生きてきた人間が、知人の無残な姿を前に平常でいられるはずもない。正直、私だってこの惨状は見ててキツい位なんだから。機械になる前の私なら何とも思わなかった気がするけど。

「その様子だと、彼が吉月という男で間違いないな?」

 永上さんはいった。面識はないとはいえ、彼女もあまりいい顔はしてない。

「はい。間違いなく吉月先生です」

 震えた声でロコちゃんはいった。

「そうか」

 永上さんは遺体の傍へ寄って脈を確認し、

「脈もない。フィールで強引に生き延びてるわけでもないようだ」

 と、彼の瞼をそっと閉じさせる。

「私が。私がハングドに依頼したから? だから先生はこんな事に」

 恐怖と罪悪感からか、ロコちゃんはその場で頭を抱え体を丸める。

 私はイエスともノーともいわない。代わりに、

「けど、もし依頼しなかったらあの姿になるのはロコちゃんだった」

「え……?」

「たぶん、あの瞬間にロコちゃんは《亜空間物質転送装置》で誘拐されて、今頃はこの廃墟で牡蠣根や吉月先生の慰み者になってたんじゃないかな? そして数か月後ロコちゃんは妙子と同じ死に方をする」

 私は部屋の隅にかけられてた風呂敷を剥いだ。すると、出てきたのはロコちゃんの代わりに《亜空間物質転送装置》で転送された彼女の学生鞄。

「わ、私の鞄が!?」

 驚くロコちゃん。

 やっぱりね。《亜空間物質転送装置》はこの廃墟に繋がっていたのだ。

「私をここに拉致した奴隷業者がいってたわ。ここ数日ロコちゃんを狙ってたのは吉月先生だってね」

 その言葉に無言でうつむくロコちゃん。たぶん、私が事務所に流した音声を増田の車内から聞いてたのだろう。

「ロコちゃん、一応何か取られてないか確認してくれる?」

「うん」

 まだショックが緩和してない様子だったけど、なんとかロコちゃんは鞄を開ける。

「あれ?」

 直後、ロコちゃんはつぶやいた。

「沙樹ちゃん。これ」

 中から出してみせたのは、1枚の封筒だった。

「見せてくれ。中は何が入ってる?」

 永上さんが半ば取り上げるようにして中身を確認する。しかし、そこにあったのは。

「ただの白紙?」

 だった。

「どういうことだ?」

 首を傾ける永上さん。

「なんでこんなものが私の鞄に」

 と、ロコちゃんも分からない様子。

 ……ん、白紙?

「もしかして」

 私はハッとなり、

「永上さん。それ貸して。ロコちゃん、この白紙にちょっと手を加えるけどいい?」

「鳥乃? どうする気なんだ?」

 と、訊ねる永上さんに私は、

「これよ」

 と、懐から使い捨てライターを出してみせた。

 ここでロコちゃんも気づいて、

「もしかして、あぶり出し?」

「ああっ!」

 永上さんも、やっと分かったらしい。

「まだ分からないけどね」

 私はライターの火に紙を近づける。すると大正解、白紙だった紙に文字が浮かび上がったのだ。

 そこには。

『レストラン追星の地下だ 牡蠣根は大抵そこにいる』

 と。

「これ、吉月先生の字」

 ロコちゃんがいった。

「なんだと!」

 永上さんが驚く。

「たぶん、雲隠れする際にこっそり社長を売って自分だけ助かろうとか思ってたのね。追っ手が自分を殺しにくると踏んで」

 と、私は推測したけど。

「違うよ」

 ロコちゃんは、大きく首を振り、涙を流していった。

「たぶん、吉月先生は心のどこかで後悔してたんだよ。妙子のことも、私のことも。だからこんな形で助け船を」

 私からすれば「そんなわけないでしょ」な内容だった。けど、ロコちゃんはいま本気で吉月先生の為に泣いている。

「そっか」

 こんなロコちゃんを見てまで、我を通す気はない。

「いや、さすがに鳥乃の説が正しいだろう」

 空気を読まない永上さんに、

「ごめん黙って。じゃないと犯す」

 私はいってから、ロコちゃんを正面からそっと抱き寄せた。

「沙樹ちゃん。沙樹ちゃあああん」

 私の胸にしがみつき、号泣するロコちゃん。

「ごめんね、妙子だけじゃなくて先生も護れなかったわ」

 私は、しばらくロコちゃんの髪を撫で、慰めながら、

「永上さん。ロコちゃんが落ち着いたらこの場を増田とふたりに任せてもいい?」

「なにをいう、駄目だ! 私も行かせろ。刑事が事件に立ち会わなくてどうする!」

 と、まるで駄々をこねるような永上さんに、

「刑事だからよ」

 私はいった。

「こっから先はアウトローな人間の仕事よ。刑事さんが違法行為に手を貸す気?」

「ならばマスクを被ってナガカド仮面だ! それなら問題ないだろう」

「諦めてここの業者の一斉逮捕に入って? そっちは逆に私も増田もできない仕事だから」

「む」

 永上さんはやっと気を静めてくれ、

「……仕方ない。承知した」

 と、心底残念に呟いた。

「私も暴れたかった」

 この人、もう刑事じゃなくてハングド入りしたほうがいいんじゃないのかな?

 

「そういえば、さっきの醜い言い争いで思い出したんだけど」

 移動中、《巨大化》した《幻獣機レイステイルス》の機内にて。私はふと助手席に座るロコちゃんに話しかけた。

「私さ、実は今日ロコちゃんと再会するまで『今回は生理的にベッドは無理そうかなー』なんて思ってたわけよ」

 時刻はすでに21時に近づこうという頃。

 程よい上空を飛んでるせいか、正面の窓からは展望台で見るような街の夜景が広がり、しかし街の騒然が届く様子はない。

 疲れもあるだろう。ロコちゃんは、ただ無言で放心していた。

「私の中にあったロコちゃんって当然だけど中学の頃の姿だから、1~2年くらい年下に見えるほど小柄で、お酒も恋も似合わない無邪気な小動物ってイメージでね。私は子供って趣味じゃないから、たぶん今日会っても襲いたくはならないんだろうなーって思ってたのよね」

 もしかしたら本人の耳には届いてないかもしれない。

「だからびっくりしたわ、いつの間にかロコちゃんすっごく女子高生らしくなっちゃってるんだから」

 けど、私は語り続ける。

「確かにまだ平均よりは小柄かもしれない。無邪気な笑顔が似合いそうな小動物みたいな子ってイメージもそのまま。でも、間違いなく頭身は上がって見えたし、体つきもロリコン共が言った通り。可愛らしさはそのままに、なんかすっごい美人になっちゃってるんだもん。レズとしてセクハラせずにはいられなかったわ」

 私は機体を僅か上に傾け、正面の窓に星空を映す。

「妙子がいまのロコちゃん見たら、きっと自慢の親友って言ってたんじゃないかな。もしくは眩しくて嫉んじゃうか。見せてあげたかったなー、妙子にいまのロコちゃんを」

 一瞬、星がひとつ輝いた気がした。

 私はちらと横をうかがう。ロコちゃんは涙をこぼしながら、“無邪気な笑顔”とは真逆の表情を浮かべている。

 ここで私は真面目な顔をつくり、本題を切り出した。

「ロコちゃん。依頼内容、変更する気はない?」

「え?」

 ここで初めてロコちゃんは反応。涙を拭うのも忘れたまま私に振り向く。

「いまのロコちゃん。悔しさのあまり牡蠣根が憎くて憎くてたまらない。そんな表情してたよ?」

「っ」

 ハッとなるロコちゃん。しかし、否定はしない。

「正直、君にはあんな顔似合って欲しくなかったわ。たぶん、妙子が好きだったロコちゃんはいつも元気で笑顔だったはずだから」

 そこまでいって、

「……ねえ」

 と、私はロコちゃんに顔を向ける。

「本当に警察に引き渡すだけでいいの? 私には、そうは見えないけど」

 ロコちゃんは即答ができず俯く。

「牡蠣根を逮捕してロコちゃんの笑顔がいつか戻ってくれるなら、私はそれでいい。けど、それだと奴は生きてるわ。それにたぶん牡蠣根は死刑にも無期懲役にもならないよ」

「えっ?」

「ヴェーラが言ってたでしょ、奴が雇った業者は色んな業界に潜伏してるって。警察にもいたんだし、弁護士に裁判官、政治家に手が伸びてもおかしくないじゃない。業者はいなくてもコネって線もありそうだしね」

「じゃ、じゃあ」

 ロコちゃんの顔が段々と悲愴に染まっていく。

「少なくとも妙子や吉月先生を殺した罪を直接は問われないと思う。莫大な裏金を使ってすぐシャバの空気を吸い、次の犠牲者を作るだろうね」

「そ、そんな……本当?」

「冗談」

 私はいった。声だけ笑って、顔はシリアスなまま。

「けど、ロコちゃんが望むような結果にならない可能性は十分にある。それが、法で裁くってこと」

「っっっ」

 ロコちゃんは静かに怒りを煮えたぎらせる。けど、彼女は努めて平常の声を絞り出し、

「沙樹ちゃん、もしかして誘導してる? 私に牡蠣根を殺せって言わせたくて」

 そんな彼女の顔を、私は真っ直ぐ見据え、

「私は1日でも早くお墓で眠るふたりにロコちゃんの笑顔を見せてあげたいだけ」

「そんなの、できない! 二度とできないよっ」

 ロコちゃんは嘆く。

「なら、依頼は破棄ね」

 私はあえて冷たくいった。

「報酬は確かロコちゃんの体でしょ? 私、呪縛に囚われた生き霊を抱く趣味はないから」

 固まるロコちゃん。私は正面に向き直り、彼女の肩を抱き寄せる。

「妙子や吉月先生が、君に一生苦しみ続けろなんて望むと思う? 特に妙子なんて自分に関わるなってロコちゃん護ろうとした子よ? ふたりを大切に想うなら、1日でも早く笑顔のロコちゃんを見せてあげないと」

「っ……うん。でも、だけど」

 できないよ。そう言いたそうに、ロコちゃんは全身を震わせ涙を滲ませる。

「その為ならロコちゃんは何をしてもいいのよ。いまここは法から外れた世界なんだから。君が本当に望む依頼は何なのか、いますぐじゃなくていいから、答えを出しておいて?」

 無言が機内を支配した。

 ステルス機のエンジン音だけが静かなBGMとして流れ、星空と街の電灯が暗い機内をほのかに照らす。

「なら沙樹ちゃん。ひとつお願いしてもいい?」

 しばらくして、ロコちゃんがぽつんといった。

「もちろん。なに?」

「慰めて、沙樹ちゃん。怖いの、寂しいの、辛いの、寒いの。手を出していいから、私を安心させて?」

「了解」

 私は微笑みかけ、彼女をやさしく抱きしめる。

 そして、そっと唇を重ねた。




この度、正気山脈さん著『遊☆戯☆王-昏沌狂躁ピカレスク-』とシェアワールドさせて頂くことになりました。
昏沌狂躁ピカレスク共々、今後ともよろしくお願いいたします。
『遊☆戯☆王-昏沌狂躁ピカレスク-』へのリンク
ttps://novel.syosetu.org/107977/

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