遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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 ◆幕前◆

 ――時刻は少し遡り、高村司令により沙樹がアイドル護衛の依頼を持ちかけられた頃。

 私の名前は鷹野(たかの) メイコ。宗教組織『黒山羊の実』の研究者にして幹部。28歳独身。
 そして、人形性愛者である。
「そう。デュエルギャングはうまくやってくれたのね」
 試験管を一本受け取り私はいった。中には髪の毛が一本、緑色の液体によって浸されている。
 部下はいった。
「はい。更に予定通り彼らは私たちが流した情報を命乞いの材料に使いました」
「フィール・ハンターズが動いてる、ね」
 左様。とばかりに部下はうなずく。
「ふふ」
 私は微笑んだ。
 この区域で活動する中規模のデュエルギャングに組織を数名紛れ込ませ、コピーのフィール・カードを提供する。するとフィールという万能な力を得たギャング共は調子に乗って我が物顔で暴動に走り出す。となれば、間違いなくハングドもしくはNLT(ナルツ)は何らかの形で動き出すだろう。
 ギャング共の実力は大したこはないが、全員がフィールを持ってるとあれば、連戦に堪えれるだけの実力やフィールを持つ者が動く他ない。そこを、紛れ込ませた構成員に髪の毛なり血液なり屈強な決闘者(デュエリスト)の細胞を回収させる。
 ついでに、フィール・ハンターズ共の情報を流してやることで足止めを誘う。
 最後の足止めこそ確定前ながら、ここまで順調に進むとは思わなかった。
 しかも。
 私は試験管を恍惚な眼差しで眺める。
 手に入った細胞が、まさかハングドの現状トップ。高村 霧子(たかむら きりこ)のものとなれば、これ程素晴らしいものはない。
「よくやったわ。彼女の細胞を持ち帰った者を呼びなさい。実験成功の暁には実現可能範囲で褒美をやろうと思う」
「それが」
 部下はいった。
「どうやら高村に相当酷く襲われたようで、結果的におかげで髪の毛の採取に成功したもののトラウマ故しばらく高村関連に関わりたくないそうです」
「巨乳だったのね」
 その部下は。
 こちらで調べた情報によると、高村 霧子(たかむら きりこ)の趣味は巨乳狩りらしい。性的ではなく怨恨的な意味で。
 彼女のバストサイズはAAA。その為学生時代から『巨乳死すべし慈悲はない』を掲げ現在に至るまで幾多ものDカップ以上の女性に恐怖を与えてきたと聞いている。
「わかったわ。なら実験に成功次第、被害者の下へと案内なさい。直々に褒美を伝えに行きましょう」
「ははっ」
 私は部下を背に、前方の巨大な装置を見上げる。
 そこには、装置の上に培養液の入った巨大な試験管。中には性別を持たないマネキンのようなヒトが入っている。
 それは人格や遺伝子情報が投与されていない、クローン人間と人形の中間のような存在であった。これに人間の遺伝子情報を組み込むことで、ある程度の成長期をすっ飛ばしてクローン人間を作ることができる。
「喜びなさい、我が娘。いまから貴女は高村 霧子(たかむら きりこ)のクローンとして生誕し、我が組織初の人造人間の栄誉を得るの。あら、嬉しそうね。うふふ、私もうれしいわ。ええ……私は人形性愛者。ナチュラルな人間を愛することはできない。けど、あなたは別。あなたはヒトでありながら人形なの。喜んで、私はやっと愛することができる人類に巡り合えるの。ねえ……貴女? 私があなたに抱ける感情は性欲かしら? 母親としての愛かしら、それとも……ふふ、うふふふ」
 私は霧子の髪の毛が入った試験管を装置に読み込ませる。
 ――この方法でクローン人間を作り出す実験はすでに何度も失敗していた。原因はすでに判明している。この装置はフィールによって動作している。そのせいだろうか、強靭なフィールに馴染み耐えられる個体でないと人形が意識を持つことがないと分かったのだ。
 だから私たちは、フィールに特に優れた屈強な決闘者の遺伝子を求めていたのである。
 装置と繋がったコンピューターから入力画面が表示された。
 そこによると、どうやら人形に名前を付けてほしいとのことだった。
「鷹野さん!」
 そんなコンピューターの反応に部下が歓喜する。
「ええ」
 いままでの細胞は、この段階に移ることさえなかったのだ。
「そうね、愛する娘には名前をつけてあげないと」
 私は、キーボードで彼女の名前を打ってあげた。


MISSION5-フィール・カードを護れ!2

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「ところでさ、『ご○文はうさぎですか?』ってタイトルだけ聞くと卑猥よね?」

 水曜日、放課後。

 現在私たちは美術館に向かって徒歩で移動中。もちろん、一旦家で着替えてからだけど。

「どうしたの、今度はなに?」

 と、隣で歩く梓が聞いてくれた。今日の彼女の私服は胸元にフリルリボンのついたシフォンブラウスにフレアースカート。色彩は白、ベージュ、ピンクの薄い暖色に統一され、梓のふんわりした雰囲気にとても合ってる。

「いやだってさ。バニーさんご指名……いやテイクアウトのお持ち帰りでしょ」

「たぶん、動物のほうだと思うよ?」

「人間だって動物じゃない」

「そういう事じゃなくって」

「まあ分かるわ。ウサミミのヘアバンドなんて可愛いもの付けておきながらおっぱいが露出したバニースーツに、しかもぷりぷり太ももから繰り出される尻尾のぷりぷり、これはもう襲ってくださいって言ってるようなものよ」

 と、私は自分でいって「うんうん」とうなずく。

 実際、ウィ○ペディアによるとうさぎは年中発情期だから「いつでも夜のライディングできますよ」って意図があるらしいしね。

「ああ、どっかでバニーちゃんレンタルできないかな。バニーちゃんのおっぱいばにばにしたい。おっぱい、ばにばに」

 梓は疲れた笑いで、

「つまり、もう我慢できないほど女の子の胸に飢えてるんだね」

「胸じゃないわ。おっぱいよ、ボインよ!」

 私はキリッとドヤ顔で、

「今日だけは私、十○夜咲夜はPAD長ではなく生乳派に浮気したい気分。……作者もいま、執筆しながら潮っぱいのキラ付けに精出してるしね」

「作者ネタは禁句だよーもう」

 もう、なんて困った顔をする梓かわいい。

 私は視線が梓の胸部に向きそうなのを堪えつつ思う。言ってしまいたいと。本当にバニーちゃんにしたのは梓だって、一番興味のある巨乳おっぱいは梓のだって。

「今日の先輩、朝からこうなんですよ」

 あ、そうそう。

 現在、私たちは木更ちゃんとも一緒なのである。現在の彼女は白いブラウスの上に薄手で紺のパーカーを着ている。下はプリーツスカート。

「知ってる。同じクラスだから」

 梓は一回ぽわわんと笑顔で答えてから、

「って朝からって、沙樹ちゃんと藤稔さん、今日一緒に登校してきたの?」

 って驚く。かわいい。梓の百面相とてもかわいい。

「ん、まあね。例の木更ちゃん匿わせてるトコに朝ちょっと用事があって、そのついで」

 とはいったけど、実際は昨晩ハングド事務所で寝泊まりしたのだ。

 理由は勿論、美術館の入場券分を稼ぐ為に夜通しで事務に入ったから。

「ふああ」

 おかげで眠気のあまり欠伸が出る。すると、

「ふーん」

 なぜか梓は半眼で、

「とかいって、実は泊まったんじゃないの? 昨晩はお楽しみだったかなー?」

「ご心配なく。私そういう関係はお断りですから」

 木更ちゃんはお淑やかなほほえみでいった。

 私はそこに捕捉して、

「まあ夜這いは仕掛けに行ったんだけどね」

「え、そうだったのですか?」

 驚く木更ちゃんに、私は一回項垂れながら、

「けど、途中で家主らに見つかって袋叩き」

 もちろん、家主とは方便。実際には寝室に忍び込む寸前でうっかり鈴音さんが設置した赤外線センサーに引っかかり、慌てて一回屋外に逃げるけど、高村司令と菫ちゃんが阿○羅閃空みたいな動きで追いかけてきて瞬○殺っぽいことされました。

 何なの、あの拳を極めし母娘。

 怖かった。

「でも、泊まったことは事実なんだね」

 と、梓はいった。どうしよう、近頃の梓は機嫌悪い日が多い気がする。

「沙樹ちゃん。嘘ついたの?」

 怖っ! 梓、いつの間にそんな恐ろしい満面の笑みできるようになったの?

「ちょっ、ちょっと待って梓。どうしてそんな『浮気した彼氏を問い詰めてます』みたいな反応なの?」

「えー? そんな顔してないよ?」

 そんな言葉をニコニコと。

 そういえばゲイ牧師がいってたっけ。

 いつも一緒の幼馴染だからこそ、『誰かに取られる』と嫉妬してるのではって。

「梓……」

 私は頬をポリポリしながら、どう返事すればいいか分からなかった。

 これが他所の子だったら寧ろ悦んでベッドの上で黙らせればいい。しかし、相手は梓だ。しかも嫉妬はしても私に恋愛感情を抱いてるわけじゃない。

 私自身、梓に対してはこの下半身事情も弱気だから、確認することもできないしね。

「あの、徳光先輩?」

 そこへ助け船を出してくれたのはもうひとりの当事者、木更ちゃんだった。

「何を勘違いされてるかは存じませんけど。私、別に想い人がいますから」

「え?」

 きょとん、とする梓。

「そういえば、以前鳥乃先輩とおふたりでKasugayaラーメンの一号店に行った際、そこの店長に猛アタックしてる方を見かけたのを覚えてませんか?」

「え? うん、それは覚えてるけど」

「その方の顔、思い出せませんか? あれ、私ですよ?」

「……え?」

 驚愕のあまり立ち止まる梓。そして木更ちゃん、私、木更ちゃんと交互に見て、

「本当なの? 沙樹ちゃん」

「うん。残念ながらね」

 私は何とか苦笑いをつくっていった。やっぱり信じられないわよね、普段の木更ちゃんとかすが店長を前にした木更ちゃん、キャラ全然違うもん。

「何なら証拠見せよっか?」

 私はいった。そして、梓にはラジコン飛行機と誤魔化した上で小型サイズの《幻獣機テザーウルフ》を召喚。かすが店長の写真をテザーウルフに鎖で持たせ、

「それいけ」

 と、テザーウルフを飛ばした。すると、

「あれは……かすが様!」

 早速目の色変えて反応する木更ちゃん。

「あぁん、待ってかすが様ーっ! かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様」

 すっかりトリップ入った木更ちゃんは、ニンジンをぶら下げた馬みたいに写真を追いかける。

「どう?」

 私はそんな光景を愉しみながらいった。

 梓は、開いた口が塞がらない、といった様子で立ち尽くすのだった。

 

 

「スタッフ全然分かってなーーい!」

 程なくして、私たちは美術館に到着した。

 そして館内に入っての私の第一声がこれである。

「どうしてバニーちゃんじゃないの。ディーラー姿といえばバニーガールでしょ」

 仕入れた事前情報によると、最終日は館内スタッフが歴代遊戯王キャラのコスプレをしているらしく、その中でも受付嬢は孔雀舞のディーラー時代をイメージした特別仕様とのこと。

 だから私、バニーさん見れるって楽しみにしてたのに。いや、今回の特別仕様コスも普段の舞さんコスも凄く好みなんだけどね。今日はバニーさんの気分だったのよ私。バニーさんのおっぱい見たかったのよ。

 なお、アニメ版でディーラー姿の舞が公式でバニーさんじゃなかったと知ったのは後の話。

「鳥乃先輩、恥ずかしいからやめてください。スタッフも迷惑してますよ」

 困った様子でいう木更ちゃん。そこへ梓が、

「藤稔さん、早速借りたもの使っちゃっていいかな?」

 かすが様騒動で誤解も解けた梓は、道中の間にいつの間にか木更ちゃんと打ち解けていた。それはともかくとして、何か木更ちゃんから借りてたようだけど、何だろう嫌な予感がする。

「はい。使ってしまってください」

「うん」

 にっこり笑顔で梓はいうと、デュエルディスクに1枚のカードを読み込ませる。

 こ、これはまさ――。

「ぐへっ!」

 私は、抵抗も命乞いもする間もなく、ハングド製のフィール・カード版《ハンマー・シュート》でクレーターに沈められた。

「んー使い心地抜群。藤稔さんありがとう」

 すっきりとした満面の笑みでのたまう梓。うう……ついに幼馴染が、あの梓が暴力女に。槇〇 香に。

「藤稔さん、早速見て回ろうよ」

「え? カードを渡しておいて言うことではないですけど。大丈夫なのですか鳥乃先輩を放置して」

「大丈夫だよー。沙樹ちゃん頑丈だもん」

「そう……ですね。では行きましょうか徳光先輩」

 なんて、私がメメタァされた蛙みたいになってる間に勝手に話を進めるふたり。

「あ、すみませんお客様。入場券をお願いします」

 ここで、呆然としていたのだろう孔雀舞コスの受付嬢が慌てた様子でいったので、私は痛みを堪えながら立ち上がって、

「あ、無料券2枚と有料券1枚こっちにあります」

 と、チケットを提示。

「ありがとうございます。有料券は6000円になります」

「これで大丈夫?」

 と、私は千円札を6枚受付嬢に渡し、かけた手で彼女の胸を鷲掴み。

「え、きゃっ」

「おおお、似合う似合うさすがナイスおっぱい」

「お客様」

 盛り上がる私の肩をポンポンと叩く男定員。

「これ以上迷惑行為をするならお引取り頂きます」

 振り向くと、男定員はア○ン・ガラムコスだった。

「こう見えても腕力には結構自信があるんですよ……」

「す、すみませんでした」

 何だろう。ただのコスプレなはずなのに《ユベル》じゃないと勝てる気がしない莫大なフィールを感じる。

 私は改めて紙幣を受付嬢に渡していった。

「いいおっぱいもっと揉みたい。じゃなくて」

「はいお引取り決定ー」

 まだ言いかけてるのに、男は私の腕を強く握り、いう。

「え、ちょっ」

「お嬢様、署まで案内しましょう。どうぞ」

「ままま待っ待っ待っ」

 私は必死になってじたばた暴れる。そこへ、

「あ、ちょっと待ってー」

 と、遠くから声。

 見ると、小走りでペガサスのコスプレをした陽井氏がこちらに向かうのが見えた。彼は、以前美術館の護衛を依頼してきた(MISSION1参照)人である。

「あ、陽井さん」

 腕を掴んだまま男がいうと、

「悪いけどー。この子、僕の大切なお客さんなんだ。放してあげて」

「このセクハラ女がですか? わかりました」

 陽井氏にいわれ、男は渋々と手を放す。

 私は掴まれた箇所をハンカチで払いながら、

「助かったわ陽井さん」

「ううん気にしないで。むしろ間に合ってよかったよー」

 相変わらず陽井氏は掴みどころのない風貌をしている。しかも、今回は長い前髪を上手くペガサスの前髪に流用してる為に胡散臭さ抜群。

「(とはいえ)」

 プライベートで出会って思ったけど、語尾の伸びた緊張感のない口調。そういえばどこか梓に共通点を覚えるのよね。

 事前の調べでも梓と親戚ってことはない、ただの偶然だってのは分かってるんだけど、興味がない異性にしては少し親近感にも似たのを覚えてしまう。

「ところで」

 私はア○ンから離れる為にも少し歩きながら、ひとつ話を切り出した。

「もう美術展に用事がないはずの陽井さんがここにいるって事は、なにかあって私を呼んだってこと?」

 実は、私に無料招待券を渡してくれたのは、この陽井氏なのであった。

 当時の私は某くそみそ事件でグロッキーだったのもあって、純粋に最終日への招待だと思ってたのだけど、4枚のフィール・カードの展示が終わったはずなのに彼がスタッフとして美術館にいるのだ。これはもう、疑うしかない。

「察しがいいねー」

 陽井氏はいった。

「いま、少し時間あるかな?」

 私はちょっと考えてから、

「んー。ちょっと待って、今日連れも一緒だから」

 と、デュエルディスクのタブレット画面を開き、梓のディスクにボイスチャット機能で連絡を入れてみる。

『もしもし。沙樹ちゃんどうしたのー?』

 数秒後、梓から応答が入った。

「ごめん梓、知り合いに捕まっちゃって。少しの間ふたりで楽しんでてくれる?」

『うんわかったー。じゃあ沙樹ちゃんが落ち着いたらまた連絡してー』

「了解」

 ボイスチャットを閉じると、陽井氏が少しだけすまなそうに、

「ごめんねー。せっかく楽しんでた所だったのに」

「別に。ま、ちょうどいい機会だと思ったしね」

 梓と木更ちゃんが仲良くなってくれる為の。

「じゃあ、場所は館内レストラン?」

 私が尋ねると、陽井氏は「んー」となってから、

「その前に、ちょっと展示品見て回らない? お茶はそれからで」

 言われた瞬間は頭にクエスチョンマークだったけど、陽井氏に展示品を何点か案内されるとすぐ「なるほど」と思った。これは一度見て貰ったほうが早い。

 そして、陽井氏が最後に案内された場所は()()目立たないフロアの隅っこ。

 再び展示されてあったのだ。

 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》。4枚のフィール・カードが。

「……」

 嫌な予感を感じてた私に向かって、陽井氏はいった。

「それじゃあ、お茶にしよーか」

 と。

 

 陽井氏に案内されて分かったこと。

 それは、今日展示されてるカードはすべて本物のフィール・カードだということだった。

「どう、何か勘付いたことはあった?」

 陽井氏は注文した自分の紅茶にミルクを入れながらいった。

「ん、まあ。陽井さんが言いたいことは大体察したつもり」

 同じ展示会なだけに内装自体は以前と変わらない。美術館特有の雰囲気の中で、展示されてるものは《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》を始めとする等身大フィギュアや彫刻。そして、特大パネルで拡大されて非売品のカードの数々。

 しかし、以前は情報提供を元に再現されたフィール・カードのレプリカの数々だったものが、最終日である今日だけすべて丸々入れ替わってたのだ。

「つまり、再び館内のカードが奪われないよう警備して欲しいと。しかも、今回は以前も担当した私を直接指名で」

「大正解~」

 と、ミルクティーを飲む陽井氏に、私はいった。

「悪いけど断るわ」

「え、どうしてー?」

 断られるのは予想外だったのだろう。私は『とりあえずミルクでも貰おうか…』を飲みながら、

「だって今回正規の手順を踏んでないじゃない。ウチの方針でね、指名依頼でもまずは事務所を通して貰うことになってるのよ。一応、規約違反ながら個人で受けることも黙認はされてるけど、その場合は一切のバックアップを受けれないのよ」

 そして、ミルクを一気に飲み干し、

「悪いけど、これだけの展示品を私ひとりで護るのは無理よ。責任負いきれないから他当たって頂戴」

 と、私は席を立った。

「……。そっかー」

 視線を落とし、陽井氏はカップの中の紅茶をスプーンでかき回す。

「そもそも、だったらどうして事前に言ってくれなかったのよ。そうしてくれたら私だって対応変わってたのに」

「本当はそうしたかったんだよー」

 陽井氏はいった。

「フィール・カードを展示する条件でねー。館長に口止めされてたんだよー。当日まで一切口外するなってね。前回が情報漏れたせいで大事に至っちゃったからねー」

「あー」

「その上、事前に沙樹ちゃんを雇っちゃったら口外しなくてもばらしてるものだからね」

 そんな陽井氏の様子に、私はちょっとだけ良心を揺さぶられる。だけど、

「さっきも言ったけど、私今日は友達連れて本当に観光に来たのよ。もし何か起きたらカードは二の次、友人を護らないといけないわ」

「そうだったねー」

「悪かったわね」

 私はミルク代だけ置いて陽井氏から背を向ける。そのときだった。

「でしたら、いまから緊急で事務所に通せばいいだけですわ」

 なぜか、そしていつの間にか。

 私の後ろには鈴音さんが立っていたのである。

「え!?」

 私はびっくりした。

「あ、鈴音ちゃん久しぶりー」

 陽井氏はいった。って、え!?

「あなたもお変わりなさそうですわね」

「鈴音ちゃん程じゃないよー。僕なんて、もうおじさんだもん」

「え、え?」

 なぜか親しげに話すふたりに、私は状況を理解できずにいる。すると、

「彼と私は同期ですわ」

 鈴音さんはいった。

「嘘……」

「嘘いっても始まりませんわ。彼とは中学高校と同じ学校の同級生ですわ。……ところで」

 鈴音さんは私が座ってた席の隣に座って、デュエルディスクを外しテーブルの上に置く。

「改めて、いま私は彼女の組織で上司をしておりますわ。状況が状況ですもの、いまここでうちの事務所と通信を繋いで依頼書の提出と交渉を同時に行おうと思うのですけど、よろしいでしょうか?」

 デュエルディスクからフィールドゾーンのかわりにキーボードとマウスが出現し、鈴音さんのディスクはノートパソコンに早変わり。

「さすが鈴音ちゃん、話が早くて助かるよー」

「頑固者でも霧子さんと何十年も一緒に仕事したらこうなりますわ。ほら、時間が無いのでしょう」

 と、私を置き去りに鈴音さんは完全に仕事モード。かと、思いきや。

「沙樹? ここから先の仕事は私が代行しますから、あなたはご友人と楽しんでらっしゃい」

 なんて、鈴音さんは優しい声で言うのだった。まるで母親のような目で。いや、血に繋がりはないけど実際娘のようなものなのだろう。

 それだけの縁が、私と鈴音さんの間にはあるのだ。

 私はいった。

「ん、じゃあお言葉に甘えるわ。たぶん夕食後になると思うけど、予定が済んだら合流するからそれまでお願い」

「悪いねー」

 と、陽井氏はいうので、

「その台詞は鈴音さんに言って頂戴。じゃ私は先に」

 私は背を向けながら軽く手を振り、一旦レストランを後にしかけ。―ーその足が止まる。

 うん、今度はレストランを出た所で、いま正に入ろうとしてた梓と木更ちゃんにばったりしちゃったのよね。

「あ」「あ」「あ」

 残念ながらタイミングまで一緒ではなかったものの、三人揃って同じ反応。

「沙樹ちゃん。どうしてレストランに?」

「あーうん。さっきまで例の知り合いと休憩してて、いま解放された所」

 と、私は梓にいい、

「というわけで、今からふたりに連絡入れようと思ってた矢先だったんだけど。ちょうど良かったわ。で、ふたりはいま休憩する所?」

 すると木更ちゃんが、

「はい。ですけど、鳥乃先輩と合流できるのなら中止にしたほうがいいですね。先輩もお茶をされた直後でしょうから」

 あ、とたん梓が残念そうな顔を。

「別に私はいいわよ。ミルクしか飲んでないし」

「ほんとう?」

 途端、なんだかすっごく嬉しそうにいう梓。あー、これはもしかして。

「藤稔さん、沙樹ちゃん何でも奢ってくれるってー」

 やっぱり。とはいえ、梓は私の頼みで来てもらった身だし。

「待って、何でもってのは無理。せめてひとり千円で、超えた分は自腹」

 やっぱ私って梓に甘いなあって思いつつ、せめてこの位はね。

「えー」

 なのに梓は不満気な顔をしていう。それには木更ちゃんも驚いたみたいで、

「徳光先輩。一体、なにを頼もうとしていたのですか?」

「これだけど?」

 梓は入口前の食品サンプルからひとつを指していった。

 そこには、たらい1つに緑色の麺がこれでもかと超山盛りに盛り付けられ、その上に生クリーム、果物、あんこがトッピングされた奇々怪々なメニュー。

 その名も『たらい甘口抹茶スパ』というものが。なお値段は3800円。

 正直、なんで美術館のレストランにこんなメニューがあるのか分からない。正気を疑ってもいいのよね? え、売る店側か頼む梓のどっちかって? もちろんどっちも。

「鳥乃先輩。さすがにこれは」

 木更ちゃんがドン引きする中、私は財布の中身を確認する。

「徳光先輩さすがにやめませんか? ほら、鳥乃先輩の目が死んでます」

「じゃあアラビアータのディカプル(10人分)

 なんか更に恐ろしい言葉が聞こえた気が。……うん、『たらい甘口抹茶スパ』丸々奢るのは無理だけど。

「梓、提案」

「え、なにー?」

「『たらい甘口抹茶スパ』だけど、半分なら出せるわ。だから1900円は自前で払えない?」

「う、うーん」

 途端、葛藤しだす梓。やっぱり学生の、それも女の子の財布だとサポでもしない限りこの値段は厳しいのだ。

「お願い、折れて梓。じゃないと私、明日からお昼が食塩になっちゃう」

 すると木更ちゃんが、

「鳥乃先輩。明日からお弁当毎日先輩の分も用意しましょうか?」

 と、心配して言うと。

「1900円だね。いいよー」

 途端、梓は笑顔で了解しだす。一体どういうこと?

「そういえば、もう17時は過ぎてますよね」

 木更ちゃんがいった。時間を確認してみると現時刻は17:20。時間って経つの早いわ。

「先輩がた、少し早いですけど夕食にしませんか? 徳光先輩は食べる気満々ですし」

「え? これおやつのつもりだけど」

 梓が変なこといってるけど無視して、

「そうね。いまなら席も比較的空いてる時間帯だし、いまのうちに済ませちゃいましょ」

「じゃあ私『たらい甘口抹茶スパ』のダブルで」

『え?』

 今度はしっかり私と木更ちゃんでステレオだった。

 

 

 ――現在時刻20:00

 ふたりと別れた私は、一度美術館を出てしまってたので、陽井氏に開けて貰った裏口から再入館。入れ替わりに車で一旦この場を後にする陽井氏を見送ってから、私は事務室へと足を運んだ。

「もう、よろしいのですか?」

 中では鈴音さんがひとりテーブルに座って、デュエルディスクをノートパソコンに作業していた。私はうなずいて、

「もう大丈夫。お疲れ様、いまから任務に入るわ」

 私は対面の席に座る。21:00頃から閉幕イベントをやるらしく、本当はそこまで粘るはずだったのだけど梓が門限だったらしくて早めに解散になったのだ。

「というわけで、早速今回の任務の詳細を教えてくれないかな?」

「分かりましたわ」

 鈴音さんはいった。

「今回の任務は、館内のフィール・カードとスタッフたち。そして、ある少女の護衛となってますわ」

「ある少女?」

「ええ。依頼者のひとり娘、陽井 花梨(ひのい かりん)さんですわ」

「え!?」

 私は驚く。だって、陽井氏の娘さんって、確かいま闘病生活で病院から出られないはず。

「以前、彼がこの美術展にフィール・カードを置いた理由、そして何故彼がフィール・カードに携わってるかは聞いたことがありますわよね?」

「うん、まあ」

 陽井氏は、フィールのエネルギーで娘の命を繋ぎとめる手段を探している。そして、当時置いた4枚のカードは持ち主の陽井氏ですらフィールを引き出す事ができず、何か変化があるのを願って数日だけ外界に晒す。その為にこの美術展の力を借りたらしい。

「今回の目的は、館内をフィール・カードでいっぱいにし、その膨大なフィールで娘を治療できないかという最終手段らしいですわ」

「何て無茶苦茶な」

 私は一旦立ち上がり、備え付けの給湯ポットでふたり分のインスタントコーヒーを淹れる。

「それにフィール・カードを一か所に集めるだけなら、場所取らないんだし病院に直接持ち込めばいいんじゃ」

「持ち主が何人か拒否したらしいですわ。そんな意味不明なことを言って、実は持ち逃げする気なのだろう、と」

「……」

 確かに、そう解釈されても仕方ない。納得しちゃったせいで、私は何も言えなかった。

「そんな折、美術展を開いてた知人が最終日に閉幕イベントをしたいと思ってたらしく、依頼者の話を聞いて『なら、またうちで展示しよう。そして閉幕イベントにかこつけて娘さんを治療だ』となったらしいですわ」

 更に捕捉すると、決めたはいいけどイベントの設備費やカードのレンタル費が想像より高くついてしまい、結果があの有料チケットの法外な値段とのこと。しかし、ネットで「何かある」と噂されてたせいか見てる限り法外な値段が逆に大成功に導いているようだった。

「一般の方には開始まで伝えられない情報ですけど、閉幕イベントの内容は装置による館内フィール・カードの一斉召喚によるリアルソリッドビジョン体験ショーですわ。あなたにはショーの間、花梨さんの付き人として護衛をしながら一般客のトラブルを未然に防いでくださいませ」

「えっ?」

 私は驚きつつも嬉しさを隠しきれず、

「いいの? 花梨ちゃんの護衛。それって有事の際には臨機応変に夜のライディングしてもいいってことよね?」

「できるものならしてくださいませ。重病人相手に乱暴できるものでしたら」

「ぐ……」

 しまった。そうじゃない、相手は病人だからベッドに誘えない。

「仕方ない、事故にみせかけてパイタッチで我慢するか。……あと着替え」

「したら任務未達成にしますわ」

「それでも後悔はしない」

「はあ」

 鈴音さんは頭を抱えた。

「仕方ありませんわね。どなたか別の方に代用を」

「わー待って待って。やる。ちゃんと仕事するから任務降ろさないで」

 その場で土下座まですると、鈴音さんは、

「もう分かりましたわ」

 と、折れてくれた。

 下着は不覚にも確認し忘れた。

 

 それから約40分後、陽井氏が娘さんを連れて戻ってきた。

 鈴音さんの話によると、あくまで花梨ちゃんには外泊許可を利用し知り合いの美術展に好意で招待されたという話になってるらしい。

 私は受付の傍で待機し、入館してきたふたりを迎え入れる。

「陽井 花梨ちゃんだね。初めまして」

 花梨ちゃんは陽井氏の引く車椅子に乗っていた。セーターの上にストールを羽織ったその少女は、今年16歳と聞いてはいるがひとつかふたつ位幼くみえる。

 病人だからだろう華奢で色白の肌に、まだこの世の汚さを知らなそうな純朴な瞳。そんな花梨ちゃんは私に向かって笑顔で、

「初めましてーだよー」

 父親似の伸び語尾口調もあってか、口を開けば更に幼さが極立つ。見た所、おっぱいは控え目ながら程ほどにはありそうだけど、正直私のストライクゾーン的にはグレーゾーンかも。

 代わりに、やっぱり梓にも似た緩い雰囲気を持ち、かつ笑顔の裏に儚さをどこか感じ、庇護欲のようなものを掻き立てられる。

「花梨、この人が鳥乃 沙樹ちゃん。今日一緒に美術館をまわってくれるんだって」

「よろしくね、花梨ちゃん」

 陽井氏に紹介され、私は手を差し出す。

「ありがとーよろしくねー」

 花梨ちゃんはその手を握ると、弱弱しい力で、しかし子供みたいにぶんぶん振り回す。

 ぶんぶん、ぶんぶん。

「けほっ、けほっ」

 それだけの動作でも体には負担だったらしい。口元を手を押さえ、花梨ちゃんは咳き込む。

「花梨ちゃん、大丈夫?」

 背中をさすってあげると、次第に落ち着いたのか。

「うん大丈夫ー。ありがとーもう平気ー」

 なんて、屈託ない笑み。

「良かった。でもちょっと心配だからベッドで休もうか」

 と、花梨ちゃんを抱きかかえようとして、

「沙樹ちゃんそれはやめてあげてくれると嬉しいなー」

 陽井氏が笑顔でいった。ここ数日の梓みたいに人を殺すようなニコニコじゃなくて、「あ、困ってる」って感じで。

 っていうより、しまった。さっきグレーゾーンと判断した矢先なのに花梨ちゃんに夜のライディング誘おうとしてた!?

「ベッドは嫌ー。せっかく病院から出たんだもんー」

 しかも、当の花梨ちゃんは私の意図を理解してなかった模様。助かったというべきか、一生の不覚と取るべきか。

「まあ、確かにそうよね。じゃあ花梨ちゃんさえ大丈夫ならちょっと館内見てまわろっか」

 私は花梨ちゃんに話をあわせて言うと、

「うん~」

 と、嬉しそうに。元気だったら、もっとはしゃいでたんだろうなぁ。それこそ、学校なら机にじっとしてられないタイプだろうに。そんな子が普段一日中ベッドの上なんて。

 せめて自慰の仕方でも教えておこうかな?

「あれ~?」

 なんて()()()に考えてたら、花梨ちゃんは展示品のカードをいくつか指さしていった。

「もしかしてーこれ全部フィール・カード?」

「え?」

 驚いたのは、陽井氏だった。どうやらフィール絡みの話は全く娘に教えてなかったみたいで、

「花梨、フィール・カード知ってたのー?」

 陽井氏が聞くと、

「うん~。前に持ってたからー知ってるよー?」

「持ってた!?」

 さらに陽井氏は驚く。

 花梨ちゃんはうつむいて、

「どうしよーかなー。言ったほうがいいのかなー?」

 と、つぶやくのが聞こえた。そして、

「ねえお父さんー」

「なにー?」

「もし私がー変なこと言ってもー。二度とカードを触っちゃ駄目って言わないー?」

 そんな娘のお願いに、陽井氏は花梨ちゃんの頭を撫で、

「もちろん。そんな酷いことは言わないよー」

「本当~。じゃあ言うね」

 と、花梨ちゃんはいった。

「実はねー。私が持ってたフィール・カード、強制のアンティデュエルで奪われちゃったのー。それからなんだよー、私が病気になっちゃったのー」

「えっ」

「言ったら、カード全部没収されちゃうと思って言えなかったー。だけど、お父さんフィール・カードのこと知ってるみたいだからー」

 そこまで花梨ちゃんの話を聞いた陽井氏は、

「ありえなくもない、か」

 と、少し考えた後に口にした。

「沙樹ちゃん、ちょっと聞いてもいいかな?」

「ん、なに?」

「実はねー、つい最近科学的に明らかになった事なんだけど、全ての人間にも僅かながらに生まれ持ったフィールを持ってるらしいんだ。しかも、そのフィールはデュエルに負けて一度フィールが空になるタイミングでも損失されず、カードから供給されるものと違い常に一定量を保ち続けるんだ。その正体、聞いた事はー?」

「……ない、わね。全部初耳よ」

 私は正直にいう。

 陽井氏はいった。

「生命エネルギーなんだよー。命だったり、気だったりーそういう類も全てフィールに分類できるのが分かったんだよー。だから、生まれ持ったフィールを全損した時にヒトは死ぬんじゃないかなーって学説が発生したんだよー」

 なるほどね。

 そこまで聞いて、私は「陽井氏がフィールで娘を延命できる」と思った発端がそこにあるんじゃないかと察した。

「その上でーなんだけど」

 と、陽井氏は本題に切り出す。

「ヒトの命と繋がってるフィール・カードって、沙樹ちゃんは聞いたことはー?」

 その問いに、私は数秒ほど間を置いてから、

「地縛神、それとオーバーハンドレッド・ナンバーズ」

「え?」

「命と繋がってるフィール・カードって言われてる分類よ。花梨ちゃん。もしかしてあなたが奪われたカードってその内のどれかだった?」

 と、訊ねると。

「うんー」

 花梨ちゃんは、ゆっくりと首を縦に振った。

 私は改めて陽井氏に向けて、

「現状、それらのフィール・カードは他のフィール・カードとは比べ物にならないフィールを有してるらしいわ。だから、フィール・ハンターズ辺りが花梨ちゃんを狙ったのかもしれないわね」

「奪い返せそう?」

「そこは鈴音さんに聞いて? 特定できるまでは私の専門外だから」

「そっかー」

 残念そうにする陽井氏。そんな時だった。

 

『21:00になりました。これより閉幕イベントを開催致します』

 

 各スピーカーからアナウンスが流れ、すると展示されていたカードが光り輝き、モンスターが飛び出るように召喚されたのだ。

「わあ」

 花梨ちゃんが目を輝かせていった。

「フィール・カードのモンスターがいっぱいだよー」

 カードが発する光は、そのまま優しい輝きになりながら辺りに広がり続ける。私は、その光を浴びてフィールが供給されてくのを感じた。

 これならば花梨ちゃんを助けられるかもしれない。

「凄いでしょ。花梨ちゃんのために用意してくれたんだよ」

 実際は少し語弊があるけど。

「そーなのー? お父さんありがとーだよー」

「花梨が喜んでくれて何よりだよー」

 そんなふたりの父娘の光景を見て、私も自然と頬が緩む。と、同時にちょっとだけ寂しい気持ちも。私、父親の顔って知らないのよね。その上シングルマザーで育ててくれた母も働いてた上に放任主義で、正直梓の小母さんからのほうがよっぽど母親らしいことして貰ってる。

 小母さん、私たち家族のことは寧ろ嫌ってる位なのにね。その辺のエピソードは脱線しすぎるからまた後日だけど。

「お父さーん。あのモンスターはー?」

 花梨ちゃんがモンスターを指さし、陽井氏が車椅子を引いて近へ向かう。私は、一応真面目に周りにも気を配りながら付いていく。そんな繰り返しが何分か続き、気づくと人通りの少ないフロアの隅まで来ていた。

 奥には例の4枚のフィール・カードからそれぞれドラゴンが召喚されている。しかし、

「あれー?」

 花梨ちゃんはいった。

「ねえお父さん。あのモンスターたちー、リアルソリッドビジョン化してないよー?」

「あれー? 沙樹ちゃんごめん車椅子お願いできる?」

 と、陽井氏は花梨ちゃんを私に預け、小走りで奥へと向かう。そして、モンスターに触れようとするも、手が通り抜けてしまい。

「あー。本当だー。ごめんごめん」

 デュエルディスクのタブレット画面で何やら操作をはじめる陽井氏。しかし問題は解決しなかったようで、

「あれ。おっかしいなあ」

「ちょっといい?」

 私は、遠目ながらカードのほうに違和感を覚え近づいてみる。

 やっぱり、私は思った。

 4枚のカードに触れてみるも、以前に感じた私への強い拒絶も、その1枚から受ける共鳴も感じなかったのだ。

 私は確信した。

「これ、偽物とすり替えられてるわ」

「え、本当?」

 驚く陽井氏。その時だった。

「きゃーーっ!」

 突然の悲鳴。恐らくはエントランスの辺り。そして、あの声は恐らく例の孔雀舞コスのボインボインな受付嬢。

「な、なにー? なにがあったのー?」

 すると、花梨ちゃんは自分で車椅子をUターンさせて、悲鳴の起こった位置へと向かいだす。

「あ、ちょっと花梨ちゃん」

 私は花梨ちゃんを追いかける。追いかけながら、ふと思った。

「(花梨ちゃん、元気になってる)」

 もしかしたらフィール治療は本当に花梨ちゃんに有効かもしれない。だって、最初ちょっとはしゃいだだけで咳込んでたのに、閉幕イベントが始まってから花梨ちゃんそんな事一度もなかったんだから。

 

 エントランスへUターンしてみると、そこで見えたのは両腕で胸を抱えぺたり込む受付嬢だった。襲いたい。

「ぜえ……ぜえ……」

 一方、私の背中では花梨ちゃんが苦しそうに肩で息をしてる。先頭に立って車椅子を走らせてた花梨ちゃんだけど、やっぱりというか途中でダウンしちゃったのだ。とはいえ、発作ではなく単純に運動不足からくる疲労の様子。……え、どうして事前に止めなかったのかって? えっとね、車椅子の彼女けっこうスピード出してて、止めれなかったのよ。あ、いまもたれかかってくれた。お胸が当たって役得ひゃっほい。……花梨ちゃんのキャラを思い出して舞い上がったの即後悔。

「大丈夫? 一体何があったの?」

 私は膝をつき、目線を合わせて受付嬢に話しかける。

 受付嬢は、ほっとした様子で私を見るも、すぐ、

「嫌ぁああああまだいたあああもう来ないでえええええええええ」

 いきなり絶叫、そして四つん這いで這うように逃げ出したので、

 

 私はお尻を撫でた。

 

「きゃあああああああああ」

「お客様、こうも堂々と3回もセクハラするとは。今度こそ警察を呼ばせて頂きますよ」

 そして再びア○ン・ガラムコスの男とエンカウント。

「え、あ、えーと」

 私は冷や汗をかきながら言い訳を考え、そこでふと違和感に気づく。

「え、3回?」

「それがなにか?」

「私2回しかしてないんだけど」

「変わりありませんね。さあ刑務所までご案内します」

 男は拘束しようと私に手を伸ばす。けど、私はその手を振り払い、

「分からない? つまり私以外にもあの子にセクハラした人がいるってことなんだけど。別に言い逃れで言ってるんじゃないからね、貴方のいう通り2回でも3回でも大した違いはなんだから、私はただ真実をいってるだけ」

「信用しろと?」

「当然でしょ」

 私は、真剣な顔でいった。

「あのボインちゃんにセクハラしていいのはレズの私だけよ。絶対に見つけてみせるわ、そして男なら殺って、女なら犯ってやる」

「分かりました。どうやら貴女には刑務所ではなく精神病院へ送るべきのようだ」

 あれ? どうしてそうなるの?

「お兄ちゃん」

 そこへ受付嬢のボインちゃんが男に向かっていった。って、兄妹!?

「あの人は嘘は言ってないと思うわ。だって、思えばさっきの……2回目の時は少し様子が違ったもの」

「え?」

 と、反応するア○ンコスの男、もう偽アモンでいいや。

「じゃあ、本当にさっきの悲鳴は貴女のせいじゃないのか?」

「だから言ってるでしょ。ところで」

 私はボインちゃんに向かって、

「少し違うって、どんな感じだったの?」

 するとボインちゃんは、

「えっと、後ろから胸を揉まれたんですけど、なんか怨恨でもぎ取る感じだったんです」

「その時相手は何か喋った?」

「はい。確か『巨乳死すべし、氏ねええ!』と」

「うわあ」

 それって、もしかして犯人……司令? 高村司令?

「あー。じゃあやっぱり沙樹ちゃんは犯人じゃないよー」

 突然、背中で疲れきってたはずの花梨ちゃんが会話に入ってきて、いった。

「だって沙樹ちゃんおっぱい大好きだもん。さっきも、私疲れてぐったりしてーお胸が背中に当たったら沙樹ちゃん幸せそうにしてたもんー」

 気づかれてた!? 色気とか知らない頭してそうで、ベッドとかホテルとか分からないくせに、こういう事はちゃんとしてるなんて。

 偽アモンは頭を抱えいった。

「何なんだ貴方は」

「レズよ」

「全国のレズに失礼なことを言うな」

「じゃあレズクイーン?」

「もういい黙れ犯罪者」

 ちょ、酷い。

 そこで、私のデュエルディスクに通信が入った。鈴音さんからだ。

 私は通話を受け、

「もしもし、ちょうど良かった鈴音さんいま……」

『フィール・カードの件とふたり目のセクハラの件ですわよね?』

「さすがね、その通り」

 どうやら鈴音さんは、もうすべてを把握してたらしい。

『その二件の事件、犯人は同一人物ですわ』

「えっ、じゃあもしかして司令が……」

『いいえ。霧子さんではございませんわ。……ただ、あの姿は』

「なにが覚えが?」

『い、いえ。こちらの思い過ごしですわ。それよりも』

 鈴音さんはいった。

『犯人は、黒いローブを身に纏った女性。年齢は恐らくあなたと同じくらい。犯人は客に紛れて有料チケットで入場、一直線で隅の4枚のカードの下へ向かい、隠す素振りなく堂々と入れ替えてましたわ。ただ場所が場所なだけに発見者はゼロ。私も発見が少し遅れる失態を晒してしまいましたわ、お許しくださいませ』

「そんなのはいいわ。鈴音さんが見落とすなら他の人ならもっと発見が遅れるだろうし」

『っ』

 突然、無言になる鈴音さん。

「ん、どうしたの?」

『いえ。なんでも御座いませんわ』

 鈴音さんの声は、少し涙声になりかけてるようにも感じた。

 ああ、この人って裏ではすっごく評価されてるけど、直接いわれることって滅多になかったっけ。

『恐らく犯人は他のフィール・カードも狙ってるのでしょう。彼女はその後も他の展示フロアを見てまわっておりますわ。どうやら、セクハラはその最中に起こした衝動的犯行みたいですわね』

「ということは、まだ館内にいるのね? その犯人は」

『ええ。……ですけど』

 と、口ごもる鈴音さん。

「見失ったのね」

 私がいうと、鈴音さんはすまなそうに、

『すみませんですわ。どうやら私の監視に気づかれたみたいで』

「ん、なら足で探すしかなさそうね。何かあったらまた連絡して」

 私は通信を切り、陽井氏に向き合う。

「陽井さんごめん。ちょっとの間、花梨ちゃんの傍から離れても大丈夫?」

「うん。いいよー」

 陽井氏はいつものやんわり笑顔でいった。

「その代わり、ちゃんと取り返してきてねー。花梨に見せてあげたいからー」

「もちろんよ。じゃ」

 と、私は小走りでこの場を離れる。その際、

「待ちなさい。話は終わってないぞ」

 と、偽アモンが止めようとするけど、

「ごめんねー。おふたりともちょっと事務所に来てもらっていいかなー?」

 なんて、陽井氏がいうのを私は後ろから聞いた。

 

 程なくして、私は妙に目立つ黒ローブの女を見つけた。

「巨乳死すべし慈悲はない」

「きゃあああああああああ」

 女は、まさに巨乳にセクハラに及んだ所だった。

 上着一枚であれだけの存在感を出しておきながら、音を出さず、闇に溶け込むように完全に気配を消し女性の背後にまわり、両手で被害者のおっぱいを鷲掴み。しかも、受付嬢のボインちゃんの言う通り怨恨を込め、もぐように。

『あの方ですわ』

 と、鈴音さん。

「了解」

 私は応え、そしてセクハラを終え距離を取ろうとする黒ローブの女の肩をトントンと叩いた。

「っ」

 黒ローブの女は一瞬ビクッとしてから振り返り、

「何よ突然」

 と、冷たい瞳で喧嘩腰にいった。

 適当に整えられたセミロングの髪にスレンダーな肢体。行動だけじゃなくて見た目も高村司令に似てる。というより、見た目も態度も、司令をそのまま私くらいの年齢まで若返らせたようだった。そして、巨乳を狩るその性質までも。

 違う点をいえば、瞳は真紅、肌は青白く銀髪だ。

Are you Big boobs faith? or is flat chest faith?(アンタは巨乳派? それとも貧乳派?)

 黒ローブは英語で質問してくる。

 私は胸を張って、

Of couse, it is Big boobs faith!(もち巨乳派よ)

Fuck!(死ね)!」

 いきなりのローリングソバット。

「がはっ」

 私は腹を抱えて蹲った。

「大丈夫ですか?」

 被害者の巨乳ちゃんが心配そうにのぞき込む。シンプルなVネックのセーターだった為、位置的に内側のボインがブラ越しモロだった。幸せ。

「ん、ありがと大丈夫」

 私は蹲ったまま言った。もちろん、おっぱいをもっと見ていたいから。

「さっきの人は?」

「まるで忍者みたいな動きで、あの後すぐに」

「そう」

 どうやら逃してしまったらしい。けど同時に、まだ犯人は館内にいることが確定した。それに顔も見ることができたので、いまは十分って思おう。

 それよりも。

「うーん、しかしねぇ」

 我慢できず、私は胸元からセーターの内側に腕突っ込み、ブラをめくって直接揉み揉み。

「きゃっ」

「これだけエロい服にけしからん体してたら、レズじゃなくても襲いたくなるわ。うん、ナイスおっぱい」

 思いっきり頬にビンタされました。

『何してるのですか、あなたは』

 再び鈴音さんから連絡が。モニターから見てたらしい。

「いや目の前にあれだけ素敵なボインをだらしなく覗かせてたら、レズとしては襲って欲しいんだって解釈するべきでしょ」

『そんな発想するのは沙樹だけですわ』

 なんて言いあってる間に、ボインちゃんはぷりぷり怒って去っていった。さて、

「ところで本題は?」

『沙樹。いますぐカードを2枚ダークドローしてくださいませ』

「え?」

 なんでわざわざ。

『現在の私たちでは彼女を追尾するのは不可能と判断しました。ですので、あなたには()()()()()()()()()()を創造し、調査を続行して欲しいのですわ」

「あー。なるほどね」

 使えばフィールの殆どを失うカードの創造。それをこんな形で活用するなんて考えたことがなかった。正直賭けみたいなものだけど、まあ司令の指示ならともかく鈴音さんだから信用するしかない。

「ん、わかったわ」

 私は一旦通信を切り、ドローする手に意識を集中する。

「暗き力はドローカードをも闇に染める!」

 口上を発しながら指先にフィールを集めると、手は闇色の輝きを帯びる。

「ダーク・ドロー!」

 言いながら、私はカードを2枚引き抜いた。闇色のフィールがカードを侵蝕するのと同時に、私の中からフィールエネルギーがごっそり消えるのが分かった。

 で、引いたカードはというと。

「私は、スケール2の《幻機獣ゼータセクト》と、スケール5の《幻機獣サーチライオネット》でPスケールをセッティング!」

 デュエルディスクに2枚のカードを置くと、私の左右に光の柱が伸び、中からモンスターが浮上する。それは、電探と探照灯だった。

 同時にディスクのタブレット画面に2次元座標が表示され、私の向きにあわせて《幻機獣ゼータセクト》が索敵を行い、結果が随時表示される。索敵の対象はフィール・カードのようで、座標上には幾つもの光点が表示されるも、動いてるものはないに等しい。

「(なるほどね)」

 つまり、動いてる光点が見つかれば、それが黒ローブとみて間違いないというわけだ。

「(鈴音さんの作戦、当たったわね)」

 しかも、こうしてゼータセクトの使い方を確認してる間に、普段よりずっと早くダークドローで消費したフィールが回復していくのを感じた。

「あ」

 そういえば、いまこの館内は花梨ちゃんを助ける為に一面フィールで満ちている。その副産物が私のフィール回復にも役立ってるようだ。

 もしかして鈴音さんはそこまで計算して? だとしたら、更に株が上がるじゃない鈴音さんの評価。

「(じゃ、いきますか)」

 こうして、しばらく私はゼータセクトを頼りに探索を始め、10分くらいしてかな? 私は見つけた。

 移動する光点。それが他の光点と接触すると程なくして光点がひとつになる。その間違いなくフィール・カードを偽物とすり替える瞬間を。

 私はすぐ指定された座標へと移動する。そこには、

「げっ」

 と、私をみて驚愕の声をあげる黒ローブの姿が。

「やっと見つけた」

 私がいうと、

「まさかアンタ。私を探しにきたの?」

 と、黒ローブ。

「そっ。悪いけど事務室まで同行願える? あなたにはちょっと窃盗容疑が掛かってるのよね」

「チッ、断るわ」

 黒ローブはデュエルディスクにカードを差し込むと、眩い光が辺りを包み込む。

「わっ」

 その光に、私は目をやられる。その隙に、

「ガフッ」

 追撃の掌底を叩きこまれた。しかも、これ暗勁って類だっけ? 内臓を直接やられるようなダメージが襲ってきて、私は一度倒れ伏す。

 幸運にも崩れた視線から腕のデュエルディスクを確認でき、タブレット画面から移動する光点をしっかりと目で追う。私は激痛と嘔吐感に堪えながら立ち上がり、よろつきながらも目標を追った。

 黒ローブが向かった先は、一般客立ち入り禁止の倉庫だった。

 先ほどとはうって変わって暗闇が辺りを支配する。しかも、相手は黒いコートに身を包んでるから闇の中で視界に捉えるなんて困難というもの。

 やばいわね。私がそう思った瞬間だった。

 もう片方のPスケールに立つ《幻機獣サーチライオネット(探照灯)》から光が放たれ、いま正に私を殴り飛ばそうとする黒ローブを映し出す。

「!?」

 驚く黒ローブ。その一瞬の間に、私はフィールでバリアを発生し、その拳を弾く。

「チッ」

 舌打ちする黒ローブ。私はデュエルディスクを掲げ、いった。

「さてと、もう逃げ場はないのは辺りを見ての通り分かってるよね? 大人しく捕まってくれない?」

「そういわれてハイと屈するとでも?」

 黒ローブはデュエルディスクを構え、いった。

「ていうか、どうしてアンタは無事なわけ?」

「え?」

「さっき掌底をぶつけた時よ。私はあの一撃でアンタの肺とか心臓とか破裂させるつもりで打ったわ。んでもって手ごたえもちゃんとあった。なのに、なんでアンタの臓器は無事なのよ」

 と、問いかける黒ローブに私は。

「安心して。ちゃんと肺も心臓もつぶれたから」

「は?」

「けど、それでも動けるのが私って美少女なのよねえ」

「ならッ」

 黒ローブがいうと、私のデュエルディスクは自動的にデュエルモードへと移動する。どうやらフィールで強制デュエルを仕掛けられたらしい。

「アンタのフィールを消し、今度こそ復活できない程のダメージを与えてやるわ。巨乳撲滅、巨乳派も同罪、慈悲はない!」

「待って、その前に聞きたいことがあるわ」

 と、すぐにでも噛みついてきそうな黒ローブを制止して、私はひとつ訊ねる。

「あなた、名前は? それにどこかの組織に所属してるの? フィール・カードを奪いに出て、しかも私を殺そうとか。何か事情がありそうだけど」

「言うわけないじゃん。そんなの」

「まあ、そうよね」

 当然。そう返事がくるのは分かってたことだけど。

「どうしても知りたければ、デュエルにでも勝って力ずくで聞き出せば?」

「そうさせて貰うわ」

 私はデュエルディスクを構え直し、いう。

 黒コートの女はいった。

 

「黒山羊の実、ミストラン=ヘイズ。目標を駆逐する」

 

「っていきなり全部ばらしたあああああああ!!」

 しかも、また黒山羊の実だったのね。そんな気はしてたけど。

 

 

沙樹

LP4000

手札5

 

ミストラン

LP4000

手札5

 

 

 デュエルディスクからもしっかり名前が表記される中デュエルは開始される。

「先攻は貰ったわ」

 しかし、当の本人は気にしてないのか気づいてないのか、特にこれといった反応もなく、

「私は手札から《銀河の魔導師(ギャラクシー・ウィザード)》召喚。効果でレベルを4つ上げて8に」

 ギャラクシーデッキ!? 見た目言動だけじゃなく、デッキまでも司令に類似したカードを使うなんて。

「そして、魔法カード《銀河遠征(ギャラクシー・エクスペディション)》! このカードは私の場にレベル5以上のフォトンかギャラクシーがいる場合に発動可能。デッキからレベル5以上のフォトンかギャラクシー1体を特殊召喚するわ」

 ミストランはデッキから目当てのカードを1枚抜き取ると、

「私がデッキから特殊召喚するのはこれよ。レベル8《銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)》!」

 相手のフィールドに出現したのは、司令の切り札に似て全く異なる1体の竜。その攻撃力は3000。

 けど、相手の場にはこれでレベル8が二体。となると、恐らく相手はこの銀河眼をエースとして呼んだ訳ではなく。

「私はレベル8の《銀河の魔導師》と《銀河眼の光子竜》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」

 やっぱり。睨んだ通り、2体のモンスターは霊魂へと変わり天井に発生した銀河の渦へと飲み込まれる。

 しかし、直後に銀河の中から出現した「107」というナンバーズの数字に私は「え」となる。

「エクシーズ召喚! 殺れ、No.107! 宇宙を貫く巨乳撲滅の雄叫びよ、遥かなる時をさかのぼり銀河の源よりよみがえれ! 顕現せよ、そしておっぱいこのやろう! 銀河眼の時空竜(ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)!」

 銀河の渦から翼を広げ降り立ったのは、黒くシャープなボディを持った1体の竜。その攻撃力は他の銀河眼と同じ3000。

「カードを1枚セット。私はこれでターン終了」

「嘘……でしょ?」

 私は、とんでもないモンスターの前に、つい棒立ちしてしまった。

 初めて見た。オーバーハンドレッド・ナンバーズ。

 陽井氏と花梨との会話の中でちらと触れた命と繋がってるフィール・カード。

 実はナンバーズをはじめ殆どのフィール・カードは2枚以上同時に存在していることが確認されている。しかし、地縛神とオーバーハンドレッド・ナンバーズは話が別。

 他のフィール・カードとは比較にならないほどのフィール量を有し、一部の特別な人間の下にしか出現しない完全なワンオフ品なのだ。

「なんでNo.107を。こんなの、どうやって手に入れたのよ?」

「いや生まれた時から」

 ミストランはいった。

「生まれた時から?」

「ソー○ワールド2.0のド○イクが魔剣を持って生まれるとかあるじゃん。あれみたいな感じ?」

「いやその例えは伝わらない人多いでしょ」

「じゃあ柚子シリーズのブレスレット?」

 とりあえず、信じられないけど言葉通りらしい。

「けど、いいの? こんなカード晒しちゃって」

 私はいった。

「このナンバーズは、あなたからアンティして引き剥がせば、それだけで命に関わるはずでしょ? そんな心臓狙わせるような真似を初手からしちゃって」

「いや、私負けないから問題ないわ」

 言ってくれちゃって。

「だったら、何がなんでもその鼻を折ってやらないとね。私のターン」

 私はカードを1枚引き抜き、そしてテキストを確認する。

 どうやら、相手ターンで動ける効果は持ち合わせてないらしい。だったら。

「私は手札から《幻獣機ブルーインパラス》を召喚。このカードは手札の幻獣機とシンクロ召喚できる。私は手札のレベル4《幻獣機メガラプター》に、レベル3《幻獣機ブルーインパラス》をチューニング。シンクロ召喚! 発進せよ、レベル7《幻獣機バザードルフ》!」

 フィールド上に出現したのは、巨大な白い怪鳥を模した航空機のモンスター。なお、ルフとはロック鳥の別名らしい。

「《幻獣機バザードルフ》はシンクロ召喚に成功した時、幻獣機トークンを1体特殊召喚できる。そして、このトークンを即座にリリースして効果発動。バザードルフは1ターンに1度、幻獣機トークンをすべてリリースして、墓地の幻獣機を1体特殊召喚する効果を持ってるわ。私は墓地の《幻獣機メガラプター》を蘇生。そしてメガラプターは特殊召喚した際にトークンを1体生成する」

 こうして、メガラプターは自身の効果でレベルが上がりフィールドにはレベル7が2体。

「私はレベル7のバザードルフとメガラプターでオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」

 今度は床に銀河の渦が発生すると、私のモンスターたちは霊魂の形となって取り込まれていく。

「竜の名を持つ機械の鳥よ。いまこそ空を支配し、私に勝利を輸送せよ! エクシーズ召喚! 発進せよ、ランク7《幻獣機ドラゴサック》!」

 銀河の中から駆け上がったのは、先端に竜の首を模した部位の追加された大型の航空機の姿。

「ふぅん」

 ミストランは大して脅威にも感じてなさそうに小さく鼻を鳴らす。

「《幻獣機ドラゴサック》は私の場にトークンが存在する限り、戦闘や効果では破壊されないから」

「っぽいわね」

 ディスクのタブレット画面を見ながらミストランはいう。テキストを確認してるのだろう。

「けど、見る限り破壊以外なら問題ないってワケね」

「う……」

 確かにそうなのが。

「でも、だからって時空竜にはこのターン何かやらかそうって効果はないはずよね? 私は《幻獣機ドラゴサック》の効果発動。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除いてトークンを生成」

 ドラゴサックの中から小型ドラゴサックのホログラムが2体発進する。

 その時だった。

「カウンター罠、《タキオン・トランスミグレイション》!」

 伏せカードをオープンすることなくミストランはいうと、突如フィールドの光景が巻き戻されていく。

 トークンはドラゴサックに戻り、銀河が逆回転で発生するとドラゴサックが中へと引き返し、霊魂がふたつ飛び出して2体の幻獣機に戻り、そこを時空竜はブレスを吐いて迎撃する。

「《タキオン・トランスミグレイション》は、チェーン上にある相手の効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし、すべてデッキに戻すカウンター罠。そして、銀河眼の時空竜がフィールドにいるなら、このカードは手札から発動できるわ」

「手札からカウンター罠!?」

 まさか、そんなサポートカードが存在するなんて。

 おかげでトークンこそ残ってるけど、ドラゴサックがエクストラデッキに戻ってしまった。これでは何もできない。

「カードをセット、ターンを終了」

 仕方ないので、せめて私は伏せカードだけでも敷いておく。十分に手札がありながら攻撃力3000の、相手のエースを対処できなかったのは痛すぎる。

「私のターン、ドロー」

 ミストランはカードを1枚引き抜く。

 この時点で、ミストランの伏せカードは《サイクロン》ではないのが判明した。なにせ私が伏せたのは1枚だもの、エンドサイクしない手はないはず。

 なんて情報アドを得たのも束の間。

「私は《銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)》を召喚。このカードはレベル8だけど私の場にギャラクシーがいるからリリースなしで召喚可能。そして、この効果で召喚した場合、私は墓地から《銀河眼の光子竜》を守備表示で特殊召喚する」

 まさかの手札消費1枚でレベル8が再び2体。

「私はこの2体でオーバーレイ。巨乳派をぶっ潰せ! ランク8、《神竜騎士フェルグラント》!」

「……は? げっ」

 私は、思いっきり血の気が引いた。この状況でフェルグラなんて。

 このカード、1ターンに1度、発動ターンの間モンスター1体の効果を無効にして他の効果を受け付けれなくするっていう最高に厄介な効果を持ってるのよ。何よりフリーチェーンで使えるってオマケ付き。攻撃力も2800と高いし。

「バトル。フェルグラントで邪魔なトークンを蹴散らし、時空竜でアンタに直接攻撃」

 フェルグラントの一撃で幻獣機トークンは消滅し、そこを時空竜のブレスがフィール込みで私に襲い掛かる。

「っ」

 私は即座に自分からブレスに飛び掛り、自らのフィールで耐え抜く。ここは倉庫だから、下手にフィールを用いた攻撃で辺りに飛び火すると不味いのだ。

 けど、ミストランは相当多くフィールを所有してるらしく、私はこの一撃で一気にフィールが削れたのを実感。ダークドローの分は割と回復してたはずなのに。

 

 沙樹 LP4000→1000

 

「私はこれでターンエンドよ」

「なら私のターンね。ドロー」

 再び手番がまわり、私はカードを引き抜く。フィールの損失が激しいのもあって、ドロー運にフィールはそこまで上乗せできなかった。

 しかし、そのせいで。

 現在の手札は《幻獣機サンダークロウ》《幻獣機ウォーブラン》《団結の力》《フル・フラット》。どうしよう、フェルグラントを対処する方法が思いつかない。

「っ」

 私は歯を噛みしめる。やばい。しかも、相手は本気で私を殺しにきているのだ。

 LPもガンマンラインとはいかなくても既にギリギリ。相手のモンスターは2体それも高攻撃力。相手の手札は3枚。

 楽観的に考えなければ、このターン全力で使い捨ての壁を並べた所で次のターンは回ってこない気がする。

「何? どうしたの? 早くして」

 ミストランは腕を組み、苛々をみせて急かす。

「分かってるって」

 《幻獣機サンダークロウ》はサイドラ方法で特殊召喚できトークンも出せるレベル3。ウォーブランはレベル1チューナー。《フル・フラット》は幻獣機トークンを出せるフィールド魔法。いま出せそうなのは、間違いなくシンクロ。

 焦りながら、私はエクストラデッキを確認。

 《幻獣機コンコルーダ》、《幻獣機ブリックス》、《幻獣機ヤクルスラーン》。どれも駄目。幾ら悩んでも、打開できそうな策は思い浮かばない。

 仕方ない。壁を立ててターンエンドしよう。いま立てれる壁は最大4体。これなら万にひとつ可能性がある。――と思うしかない。

「私は……」

 手札から《幻獣機サンダークロウ》を抜き取り、場に置きかける。その時だった。

 

『ヨビヨセヨ』

 

 私の奥底から、個人的に吐き気を催すような声が響き渡る。

「(っ……。やめて、出てこないでよ)」

 私は、心の中で唸る。

 それは、私が持ってる“命と繋がったフィール・カード”の声だった。うん、実は私も持ってるのよ、そういうの。

 そして、このカードは私に死が近づくと、こうやって話しかけてくる。囁きかけてくるのだ。だから、この声を聞くと心臓が止まるような恐怖を覚える。

 そして、確信するのだ。

 いまのままだと、次のターン私は殺されるって。

 フィール・カードはいった。

 

『ヨビヨセヨ、アレハオマエノカードダ』

 

「(だから、呼び寄せろって何よ)」

 私は心の中で反論した。

 すると、カードから返事が返る代わりに、私の脳裏で答えが駆け巡る。

 それはミストランが奪った4枚のフィール・カードのうち1枚を手元に引き寄せろ、ということだった。

 同時に、私は当時覚えた疑問の答えにやっと到達する。

「(そういうことだったの)」

 初めて4枚のカードに対面した時の、1枚と共鳴する感じとそれ以外に拒絶される感じ。その原因は、共鳴する1枚が私を求めてるからであり、同時に残りの3枚が私の中の、いま私に語りかけてるカードのフィールと反発しあってるからだった。

 いや、厳密には共鳴してるカードも私に話しかけるカードとは反発してる。けど、あのカードは私のものだったのだ。私の味方だったのだ。あのカードに教えられたのは癪だけど、理屈じゃなく感覚でわかったのだ。

 そして、ルールとか無視して、私はあのカードを自分のエクストラエッキにある扱いで召喚できる。何となく、でも確信めいたものが生まれた。

 私は、改めて《幻獣機サンダークロウ》を手に取る。

「相手の場にモンスターが存在し、私の場にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。レベル3《幻獣機サンダークロウ》! さらに、この方法で特殊召喚した際、サンダークロウはトークンを1体生成。これで幻獣機共通の効果でサンダークロウのレベルは6に、そして《幻獣機ウォーブラン》召喚」

 《幻獣機ウォーブラン》はレベル1チューナー。これで私の場には、レベル6のサンダークロウと、レベル1チューナーのウォーブランが。

「私は、この2体でチューニング!」

 ウォーブランがひとつの光の輪になり、そこをサンダークロウが潜る。と、同時に私のエクストラデッキには、いつの間にかあのカードが。

「未だ穢れに染まらぬ無垢なる翼よ。その透明さで敵を討て!シンクロ召喚!飛翔せよ、レベル7!《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

「んなっ」

 私の場に現れた竜を前にしてミストランは驚き、

「なんで、そのカードがそっちに」

 と、ミストランはエクストラデッキを確認。

「は、ちょっ、え? 無い!? なんで消えてるのよクリアウィング」

 どうやら、同じフィール・カードが2枚出現したわけではなく、ミストランが盗んだカードがこっちに移ったらしい。

 しかも、聞いた話では誰もクリアウィングのフィールを引き出せないという話だったけど、私はこのカードを手に入れた途端、一気に所有するフィール量が増大したのを感じた。

 引き出したのだ。このカードのフィールを。

 続けて、たったいま場に出したクリアウィングの効果を確認。これはいけるかも。

「私は手札から《団結の力》をクリアウィングに装備。このカードは私の場のモンスターの数×800だけ、装備モンスターの攻撃力を強化する」

 

《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》 攻撃力2500→4100

 

 いつものようにホログラムのデコイから光が発し、今回はクリアウィングと繋げて攻撃力を一気に底上げする。

「はっ? 攻撃力4100?」

「バトルよ。クリアウィングで時空竜に攻撃」

 デコイと連携を取りながらクリアウィングは周囲を舞い上がり、空高くから時空竜を見据える。

「チッ、《神竜騎士フェルグラント》の効果。クリアウィングの効果を無効にし、このターンの間《団結の力》の効果を受けなくさせるわ」

 恐らくは焦ったのだろう。かつ、まだクリアウィングの効果は確認してなかったらしい。

「なら、クリアウィングの効果発動」

 私はいった。

「このカードは1ターンに1度、場のレベル5以上のモンスター1体を対象とするモンスターの効果を無効にし、そのカードを破壊できる」

「なッ」

 フェルグラントが持つ剣から光が伸びるも、対応してクリアウィングの翼が発光し、相手の光を鏡みたいにはじき返す。

 フェルグラントは自身の力を受けて弱り、そこをクリアウィングはブレス攻撃を吐いて破壊。

「さらに、クリアウィングは自身の効果でモンスターを破壊した場合、ターン終了時まで破壊したモンスターの攻撃力を自分の攻撃力に加える」

「ちょっ、待っ」

 さらに焦るミストラン。しかし効果は正常に受理され、

 

《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》 攻撃力4100→6900

 

 クリアウィングの攻撃力が、なんだか愉快なことに。

 ミストランはいった。

「なんかさ、言わせて貰うわ」

「どうぞ」

「インチキ効果もいい加減にしろ!」

 まあ、ごもっともね。

「ということで改めてバトル! 《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》で《No.107 銀河眼の時空竜》攻撃!」

 クリアウィングは空高くから急降下し、ジャイロ回転しつつまるで巨大な弾丸のように時空竜の腹をブチ抜く。

「時空竜!」

 叫ぶミストラン。同時に、彼女のライフも一気に降下し、

 

 ミストラン LP4000→100

 

 一瞬のうちに鉄壁ラインへ。

「私はこれでターン終了」

 ここで、《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》の効果は終了し、攻撃力が元に戻る。

 

《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》 攻撃力6900→4100

 

 といっても、《団結の力》の効果は残ったままだけどね。

 

 

沙樹

LP3200

手札1

場:《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン(攻撃/《団結の力》装備)》《幻獣機トークン(守備)》《団結の力》《伏せカード(×1)》

 

ミストラン

LP100

手札2

場:《伏せカード(×1)》

 

 

「私のターン。ドロー!」

 ミストランはカードを1枚引く。そして、いった。

「アンタがそうくるなら、私も使ってやるわ」

 と。

「私は手札から《銀河の霊術師(ギャラクシー・ネクロマンサー)》を通常召喚。そして、効果で墓地から《銀河の魔導師》を特殊召喚」

 相手フィールドに現れたモンスターはいずれもレベル4。まさか、今度は。

「私は、《銀河の霊術師》と《銀河の魔導師》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!」

 床に出現する銀河。2体のモンスターは霊魂となって取り込まれる。

「漆黒の闇より愚鈍なる巨乳に抗う反逆の牙!今、降臨せよ。エクシーズ召喚!殺れ、ランク4!《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》」

 現れたのは、下あごに巨大な牙を持つ黒い竜。例の4枚のフィール・カードのうちの1枚だった。

「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》のモンスター効果、このカードのオーバーレイ・ユニットを2つ取り除いて発動! 相手モンスター1体の攻撃力を半分にし、その数値だけこのカードの攻撃力に加えるわ」

「なら、クリアウィングの効果発動。ダーク・リベリオンの効果を無効にして破壊!」

「聖闘士に同じ技は通じない!」

「いや聖闘士じゃないでしょあなた」

「どうでもいいわ。速攻魔法《禁じられた聖杯》! クリアウィングの攻撃力を400上げて、その効果を無効にするわ」

「あっ!?」

 しまった、これではクリアウィングの効果を使えない。その上。

「そして改めてダーク・リベリオンの効果よ。聖杯で攻撃力が上がった所から、その数値を半分にし、ダーク・リベリオンの攻撃力に加える」

 

《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》 攻撃力4100→4500→2250

《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》 攻撃力2500→4750

 

 まさか、クリアウィングの効果をこうも簡単に対処しつつ、聖杯のデメリットまで利用してくるなんて。

「バトル。《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で、《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》に攻撃!」

 クリアウィングとは対照的に、ダーク・リベリオンは床スレスレを低空飛行する。伏せカードは《緊急発進》。このターンに発動することはできない。

「《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》を破壊」

 ダーク・リベリオンは下顎の牙でクリアウィングを両断。破壊する。その際、フィールを纏った余波が襲い、私は宙を舞った。

「っ、あああ!」

 一応、ちゃんとフィールのバリアをつくった。なのに防ぎきれない。私は背から壁にぶつかり、その衝撃で上に積まれてた荷物が落ちてくる。

 フィールで壁を作り直す余裕もなく、私は荷物の下敷きになった。

「……終わった、っぽいわね」

 私は意識を手放しかけてたけど、ミストランが口にしたのをきいてハッとなる。

「まだ。……終わってないわ」

 私は落ちてきた荷物の山の中からいった。けど、言ったは言ったものの、そこから出ることができない。荷物のひとつが片足の重石になって抜け出せないのだ。

 試してみたもののフィールで弾き飛ばすこともできない。荷物に銃で撃ってみたもののビクともしない。こうなったら、私にできることはひとつだけだ。

「痛いだろうなあ」

 いまから自分がすることを想像し、私は自分で寒気に身を震わせる。けど、やるしかない。

 私は。

 

 自分の足を銃で撃った。

 

「――ッ! が、ぁぁっ」

 声にならない悲鳴。あまりの痛さに気をやられそうになる。だけど、脱出する為に私はもう一発。

「ぎあああああああああッ!!」

 今度は断末魔のような絶叫。ここでミストランも様子を察したようで。

「ちょっ、アンタ一体なにを」

 更にもう一発。

「っっっ!!!」

 この3発目の弾丸で、私の片足から骨や筋肉が完全に断裂したのを自覚する。ここで私はフィールで身体能力を上げ、足を引きちぎるようにして前方を這い進む。

「ぎっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 気合と激痛の混じりあった叫びをあげながら、私は半身だけ積荷の山からの帰還に成功した。

「はあっ、はあっ」

 私は荒く息をつき、意識も正気も手放しそうになるのを堪え、フィールドを確認する。

 

 沙樹 LP4000→1500

 

 そこには、正常に減少した私のライフポイントが。デュエルはまだ続行中のようね。

「アンタ、あの中をどうやって脱出したのよ」

「ん、どうでもいいでしょ。それより、まだあなたのターンよ」

「……ターンエンドよ」

 不満を顔に残しながら、ミストランはいった。

「私のターンね。ドロー」

 精一杯、軽いノリで虚勢を張りながら、私はカードを1枚引き抜く。

「あ」

 来ちゃった。私の命と繋がったフィール・カード。けど、確かにいまなら召喚条件は整ってるし、現状を打破するにはこれしかない。

 まず私は、1枚のフィールドカードを発動する。

「私はフィールド魔法《フル・フラット》を発動」

 ディスクが《フル・フラット》を読み込むと、ソリッドビジョンにより半透明ながら辺りの景色が塗り変わる。

 床は《幻子力空母(ミラージュフォートレス)エンタープラズニル》の飛行甲板に置き換わり、天井からは青空が映る。フィールド魔法のビジョンは光源としても機能してるのか、本来の暗い倉庫も一気に明るくなった。

「そして《フル・フラット》の効果発動。このカードは800ライフ払うことで、手札の幻獣機か幻獣機トークン1体を召喚できる。私はこの効果で場にトークンを召喚」

 

 沙樹 LP1500→700

 

 私のライフから800ポイント払われると、ホログラムのデコイが1機、甲板を発進する。

「そして」

 私は、自分の中で奥の手とも禁じ手とも思ってるこのカードをデュエルディスクに叩きつけた。

「フィールドの2体の幻獣機を、私は生贄にささげる」

 本来はリリースって用語が正しいのだけど、このカードに限っては生贄って表現のほうがしっくりくるのだ。

 デュエルディスクがカードを読み込む。すると、《フル・フラット》で発生した青空は黒い雲に覆われ、辺りは再び暗闇に支配される。そんな空に紫色の光で描かれたのは鯨模様のナスカの地上絵。

 ここで、2体のデコイは光の粒子へと変わり、フィールドに出現したのは、一匹の鯨だった。

 同時に私自身にも変化が走る。

 全身の血の気が一気に引き、心が吹きざらしにあうような感覚を覚えた。肌は死者のように青白く変わり、瞳孔が開きっぱなしになる。何より、痛みが引いた。こっちは単純に足の感覚を失っただけかもしれないけど。

 私はいった。

「アドバンス召喚。現れよ《地縛神 Chacu Challhua》!」

「待っ」

 ミストランは仰け反り、いった。

「地縛神って、アンタも持ってたの、命と繋がるフィール・カード」

「そういうこと」

 そして、地縛神には同時に現世と冥界を繋げる力も持っている。いま私は、地縛神を召喚した副作用で冥界のフィールを取り込み、一時的に死後の世界の住人に姿を変えてしまってるのだ。とはいえ、所有者全員にこの傾向があるわけではない。冥界のフィールで姿を変えるには、ある一定の条件が必要であり、単純に私はその条件を満たしてしまっている。

 その条件とは、「一度死んだことがある」だ。

 溢れ出す冥界のフィール。私はこの力を行使し、思いっきり地縛神にフィールを注ぎ込む。

「バトルフェイズ。《地縛神 Chacu Challhua》でミストランに直接攻撃。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃ができるわ」

 空に浮かぶ地上絵の下を泳いでいた鯨は、私の指示に従いミストランへと狙いを定める。

「これで終わりよ」

 鯨がミストランへと襲い掛かる。しかし。

「そうね。これでアンタの終わりよ」

 ミストランは最初のターンから伏せてたカードを表にし、いった。

 それを見て私は「あ」となる。

「速攻魔法《サイクロン》。《フル・フラット》を破壊するわ」

 直後、下から甲板を突き破って巨大な竜巻が出現し、空母が墜落する演出の下、倉庫内だけ局地的な地響きが発生する。

「な……なんで」

 私はつぶやくように問いかけた。

「なんでその伏せカードが《サイクロン》なの?」

 それは、デュエルの序盤で「ない」と確信してた伏せカードだったのだから。

「あー」

 ミストランはいった。

「エンドサイクし忘れてた」

 私は唖然とした。

「ま、けど。こういうプレイングミスひとつが最高のファインプレイに変わったんだから結果的にOKでしょ」

 絶望的にファインプレイすぎる。

「あ、ついでにアンタが積荷の山の中で何したのか確認させて貰うから」

 竜巻はそのまま私の下へと直進し、私ではどうしようもなかった積荷をいとも簡単に巻き上げる。私は冥界のフィールでバリアを張り必死で身を護るも、隠れてた半身が露になった。

 太股から下が千切れた片足。断面からは骨と肉に加え幾つもの千切れたコードが風に舞い、流れ出た血とオイルが飛沫をあげる。

 それは、明らかにヒトの断面ではなかった。しかし義足でもない。

「半機人?」

 ミストランがいった。

「もしくは融機人だっけ? 現実性の無い伝説として知ってるわ。一度死んだ人間の体を機械との混ぜ物にして強引に蘇生された人間。黒山羊の実ですら到達していない、田村崎財閥の森口博士だけが踏み込むことに成功したとされる超技術。まさかアンタがそれだとはね」

 私は、それに応えることができなかった。冥界のフィールを失い、足を切断した痛みが戻ってきたから。

「納得したわ。半機人なら臓器を破壊されようとも問題なく活動できておかしくないしね」

 竜巻はついに上空の地上絵さえ貫き、雲を割り開いた。そこから光が差し込むと、鯨は悲鳴をあげながら消滅する。《地縛神 Chacu Challhua》はフィールド魔法が存在しないと破壊されてしまう効果を持っているのだ。

 で。

 壮大な演出と語ってる所悪いけど、私はミストランの眉間を弾丸で貫いた。それも2発。

「っ、が……はッ」

 油断大敵。フィールで護る暇もなかったせいか、ミストランは白目をむいてその場で倒れた。

 普通の人間なら、このまま間違いなく死亡する。しかし、

「残念だったわね。私も普通の人間じゃないのよ」

 倒れたまま、ミストランはいった。

「ならッ」

 お互い床に這いつくばった姿勢のまま、私は片腕をミストランに向け。

「あなたが死ぬまで、弾丸をブチ込むだけ」

 冥界のフィールどころか本来のフィールも殆ど失い、意識が持ってかれる寸前の中、私は最期の抵抗に何度も何度も銃を撃つ。が、今回はその度にフィールのバリアを張られ、いとも簡単に防がれる。

 分かっていた。不意打ちじゃない限り、弾丸でこの相手を殺すなんて不可能なこと。しかし、抵抗しないと自分が死ぬ。策を練るだけの思考も、時間さえも残ってなかったので、本当にこれしかないのだ。

 デュエルは続いてたけど、私の手札は0、モンスターもいない。伏せカードは幻獣機トークンがないと機能しない罠カード。一方、ミストランの場にはダーク・リベリオン。事実上の敗北なのだ。

「っ」

 そして、すでにボロボロな体。何発もの発砲の衝撃に耐えられず、片足に加え今度は片腕が弾け飛び、手首の中に内蔵していた愛銃が露になった。

 いよいよ、視界さえ薄れていき意識が閉じはじめる。

 私の脳裏に走馬灯が流れた。その想い出の傍らにいるのは、梓。梓。梓。

「嫌だ、死にたくない……」

 もっと一緒にいたいよ……梓……あず、さ……。

 走馬灯の梓に、私は語りかける。必死に、必死に。そして、彼女の後姿に手を伸ばし、叫んだ。

 

 

 

「梓ーーーーーーっ!!」

 

 

 

 私の意識は、闇に沈んだ。




お久しぶりです、CODE:K(他所ではMr.Kと名乗ってます)です。
前回が先週木曜でしたので1週間未満に新しい話を書けた……と自分でも一瞬思いかけましたけど。実の所、前回はこのMISSION5を書いてる途中で執筆した話でしたので、 MISSION4.5終わった時点で、すでに3分の2……いや4分の3は完成していたりします。

ということで、今回もここまで読んで下さり本当にありがとうございます。
このMISSION5は元々ターニングポイントのひとつとして考えてた話なので、MISSION1と同じサブタイトルを使い(思えば、MISSION1だけですね真面目なサブタイトルは)、基本的にはいつもと同じノリながら沙樹という主人公の秘密をばらにしかかった展開になってると思います。
物理的にも(ぼそっ)

一応、彼女が半分機械である事は唐突に出した設定ではなく、過去の話でも沙樹が銃を撃つ描写で表現していたつもりです。
握ったとか引き金を引いたとかそういう様子がなく、他者もそれを指摘していた事、そして撃つ度に手首に煙を払ってた辺りがそれですね。

そして、今回初めてデュエルで登場しましたが、この作品の主人公の攻2500/守2000エースは《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》です。これはMISSION1を書く前から既に決定しておりました。
自分としては今回やっとデュエルで登場させることができた、という気分ですね。やっとここまで進んだという達成感。

では今回はこれで失礼します。
これからも遊☆戯☆王THE HANGSをどうかよろしくお願い致します。




●今回のオリカ

幻獣機バザードルフ
シンクロ・効果モンスター
星7/風属性/機械族/攻2200/守2400
チューナー+チューナー以外の幻獣機モンスター1体以上
①:このカードがS召喚に成功した時、 「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚する。
②:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、 自分フィールド上のトークンは戦闘及び効果では破壊されない。
③:1ターンに1度、自分フィールドの「幻獣機トークン」を任意の数だけリリースして発動できる。 リリースした数だけ、自分の墓地から「幻獣機バザードルフ」以外の「幻獣機」モンスターを特殊召喚する。
この効果はこのカードがフィールドを離れた場合にも、「1ターンに1度」を無視して発動できる。
(キ105 バザード+ルフ@ロック鳥)

フル・フラット
フィールド魔法
①:1ターンに1度、800ライフポイント払い、以下の効果から1つを選択して発動する。
●「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚する。
●手札から「幻獣機」モンスター1体を通常召喚する。

幻獣機サンダークロウ
星3/風属性/機械族/攻1200/守1200
①:相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。
この方法で特殊召喚に成功した時、 「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚する。
②:このカードのレベルは自分フィールドの「幻獣機トークン」のレベルの合計分だけ上がる。
③:自分フィールドにトークンが存在する限り、このカードは戦闘・効果では破壊されない。
(サンダーバーズ+烏)

銀河の霊術師(ギャラクシー・ネクロマンサー)
星4/光属性/魔法使い族/攻1800/守 0
「銀河の霊術師」の①の効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分メインフェイズに発動できる。自分の墓地から「銀河の霊術師」以外のレベル5以下の「ギャラクシー」モンスター1体を選択して特殊召喚できる。
②:1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。このカードのレベルをターン終了時まで1つ上げる。

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