着替えを済ませ、ふたりで脱衣所を出ると。
「あ、沙樹さん。あずちゃん」
休憩スペースでガラの悪い二人組の大男と話し込んでたりんが、こちらに振り返り近づいてきた。
「どうでしたか? あの流れですから、告白されたんですよね?」
うわ。ド直球に訊いてきた。私は「ま、まあ」と一度たじろいでから、
「うん、見事に振られた」
「え?」
目を見開き、愕然とするりん。
「どうしてですか? 間違いなく相思相愛だったのに」
「そこに恋愛感情だけが無いから、恋人にはなれないだってさ。そのうえ、諦めずに恋するまで口説き落とせとか、エグくない?」
「エグいですね。サレンダーを拒否して行い続ける八咫ロックのようなエグさです」
「だって」
りんから共感を貰った所で、私が梓にいうと、
「そうかなー? 私も私で今までずっと、大好きな沙樹ちゃんが他の子に色目を使う様子を見せられ続けてきたからー」
「先攻ドグマブレードですね」
りんの比喩が、鋭利な刃のように私の良心を抉る。
「でも、そういう事なら丁度いいじゃないですか」
私たちの行動を極悪デッキで例えた後、一転してりんはいった。
「せっかく、お二人で旅行に来られてるのですから、今晩お布団の中でお楽しみになられたらどうでしょう? 下手にアプローチを長引かせるよりはスマートだと思いますけど」
「え」
途端、顔を赤くする梓。その隣で、勿論私も顔を赤く目を泳がせながら、
「いや。さすがに手順が早すぎるって話じゃない?」
「そうですか? おふたり程進んでるなら、上手く空気を作って押し倒してしまえば何だかんだ許されると思いますけど。クスリより余程」
あのー、りんさん? いきなり強烈な毒を冗談に混ぜないでくれない? やっぱり、ドラッグを打った事自体は未だ許されてないのだ。だから遠回しに責められる。りんが異常メンタル過ぎて、軽い気持ちで共通の地雷を自ら踏み抜いてきた可能性は、加害者としては希望的観測になるので否定しておく。
で、そのりんは更に梓に向かって、
「あずちゃんだって、年ごろですし、そういう事に興味のひとつやふたつありますよね? 特に沙樹さん相手なら“レズの肌馬”の神髄を期待できますし」
とかいって、もうガンガン攻める。
(あ)
ここで、見るとりんの頬がほのかに赤くなってるのを私は見つけた。羞恥のものではない。あの後、りんも食事でアルコールを嗜んだのであろうと私は察した。
つまり、いまのりんは悪質な絡み酒という疑惑が入る。
「と、とにかく」
となれば梓に助け船を出して、りんから距離を取らないと。私は間に入っていった。
「悪いけど、今日はそんな予定はないって話だから。ここで嫌われたら今度こそ後がないんだから、もう少し慎重に行かせて頂戴」
続けて梓にも、
「だから梓も、大丈夫だから。ね?」
「奥手でスマートがないですね」
若干意味が分からない事をいうりんに私は、
「なら、りんは今晩私にレから始まる3文字の性犯罪をされたらオチてくれるの?」
「無理ですね。あずちゃんと違って」
直後、
「まるで私なら堕ちるみたいに言わないでよー」
と、顔を赤くしたまま梓はいう。私は続けて、
「ま。そんな話だから。とりあえず他に用事がないなら、私と梓は部屋に戻るけど。健全は守る方向で」
「いえ、ごめんなさい実は用事がありました」
りんはいった。
「すみません、恋路の行方のほうが気になって。おふたりが温泉に入られてる間に、ハングドの方がハイウィンドを名乗る組織と共にやってきまして」
「いま、どこに?」
訊ねると、
「玄関ロビーでお待ちです。ハングドからは藤稔さんという方と、コートとマフラーで全身防備した方。ハイウィンドからはアインスという方に、髪の長い和服の女性と、ボーイッシュな風貌の女性の3名、計5名がいらっしゃいました」
「了解」
私はいって、
「ごめん梓、先に戻ってて。あの馬鹿には会いたくないでしょ?」
「あの馬鹿って?」
きょとんと訊ねる梓に、
「アンちゃんのお姉さん」
「あ、うん。ありがとう」
いまでも相当に嫌悪感を残してるらしい。誰を指してるか分かった途端、梓は即答の後、すぐにこの場を離れてしまった。
「仲のいい方ですか?」
梓の姿がみえなくなった辺りで、改めて訊ねるりん。
「っていうより、りんも知ってる馬鹿よ」
私はいった。だって、神簇ってりんにも多大な迷惑をかけてたって話だもの。
説明を聞くに、すでに顔は見てるだろうに、現状あれが神簇だって気づいてないりんは、
「え?」
と、なるのだった。
りんと一緒にロビーに向かった所、聞いていた通り、木更ちゃん、ガルム、アインス、シュウ、そして神簇の5名がお茶と抹茶スイーツで談笑に花を咲かせていた。
「お待たせ。でも、なさそうね」
言いながら私が近づくと、
「待つと思ったから束の間の休憩にしたのよ。急いで向かったこちらの身にもなりなさい」
と、神簇。
続けて木更ちゃんが、
「事情は赤司さんから伺ってます。せっかくの休暇でしたのに災難でしたね」
と、苦笑いで同情。ちなみに再記すると、赤司とはりんの苗字である。
「それはいいけど。ハイウィンドまで巻き込んで。夜なのに悪いわね、アインス」
すると、アインスがちゃっかり王子様ポーズで、
「別にいいさ。個人としても組織としても、君には恩があるからね」
「ま。それにハングドから依頼料も貰ってるしな」
と、シュウが続く。
デュエルの後、
「ところで、そこの馬鹿」
私がいうと、勘違いして反応したガルムが、
「わふ?」
「いや、そこの和服着て髪の長いハイウィンド代表の馬鹿のことよ」
「ちょっと。何で馬鹿なのよ、名前言いなさい名前を」
神簇が噛みついてくるけど、私はりんを隣に立たせて、
「この子を見て名前まで聞いたのに、何も分かってないから馬鹿って言ったのよ」
「そんな事言われても、ミハマに知り合いなんているわけないでしょ」
「りんは元陽光学園の生徒よ」
「え?」
驚く神簇。
ここでりんが、
「あのー沙樹さん? そろそろ教えてくれませんか? あずちゃんが、この方を嫌って、私とも面識のある方と言われても、私もさすがに名前を聞かないと分からないんですけど」
「ちょっと待って、もうちょいこの馬鹿弄らせて」
私はりんに伝えてから、再び神簇に向かって、
「赤司 りん。改めて、この名前に聞き覚えは?」
「やっぱり、分からないわ」
神簇はいった。うわあ。
「ここまでくると。神簇さすがにクズって話よ? まあ、そうよね。当時のあなたはガチでクズだったし、自分の非を責めて噛みついてきた口煩い下級生に、冤罪盛り盛り、でっちあげの悪行を死ぬ程押し付けて潰しかけたっていうのに、あーそう、覚えてないか。いつもの事だったものね」
「え? いま、か、神簇って」
いち早く反応したのは、りんだった。私は笑みを漏らしながら、
「神簇 琥珀。覚えてるでしょ? 小学校の頃にいた、あなたから正義感を根こそぎ奪った最低の上級生」
「嘘」
認識が追いつかず呆然とするりん。
対し、神簇は顔を真っ青にしていた。私は、そんな悪友の反応を愉しみながら、
「覚えてない? あの時は、あなたが提示した冤罪の数々を私が丁寧に全部実行してあげたんだけど」
「さ、さすがに覚えてるわよ。名前は憶えてなかったけど、当時の関係者の顔とエピソードならしっかりと。私が昔やらかした最低の行いのひとつだもの」
神簇は言ってから立ち上がって、
「あの時は本当にごめんなさい。今更だけど、償えるものがあるなら全力で償います」
と、頭を下げた。
「良かったわ。これで知らないって言ったら軽蔑する所だったって話」
私は全力で愉悦してる反面、内心で一安心。一方、りんは、
「嘘。あのお嬢様が頭を下げてる、の?」
まず、神簇が自分の非を認めてる所から信じられないって感じだった。
シュウがドン引きしながら、
「なんつーか。知れば知るほどやべぇよな。うちのトップの過去ってよ」
「よく、ここまで更生したと思いますよ。さすがは鳥乃の力ですね」
アインスがうんうんとうなずく。
りんが訊ねる。
「あの、沙樹さん。この外道、じゃなかった神簇のお嬢さんとはどんな繋がりで」
りん、いましっかり外道って呼んだよね? まあ、それはともかく。
「前に依頼の中で再会したのよ。神簇家の祖父が亡くなった際に色々あってね。結局、一度は没落しかけたけど立ち直って、新しく再スタート切った際に設立したのがハイウィンドって話」
私はいってから、りんの視線が一瞬泳いだのをみて、
「りん? いま、このまま没落すればよかったのにって思ったでしょ」
「あ、分かりましたか?」
凄く嬉しそうな笑みでりんはいった。逆に、神簇は頭を下げた姿のまま、いまにも自己嫌悪で倒れそうな様子をみせる。
「まあ、いまの神簇は性格反転薬でも飲んだみたいに善性に切り替わってるから許してあげて頂戴。と、そろそろ本題に入りたい所だけど。その前に」
私は言いながら、ちらっとガルムを見る。
りんは妙子と同級生だったし、助けなかった事を後悔してるひとりだ。もし、その後を知らずにいるなら、ガルムには作戦中ずっと正体を隠して貰う必要がある。でも、それはガルムにとってストレスだろうし、何よりこの子は余計な心配なく思いっきりリアルファイトで暴れさせてこその人材だ。できる事なら身軽にさせておきたい。
私はいった。
「ひとつ確認取らせて、りん?」
「何ですか?」
「いま、名小屋のフィール・ハンターズは宗教組織“黒山羊の実”から離脱した一派閥を取り込んで異様な戦力を所有してるわ。その中に、ハングドがスカウトした結果、こっち側についた子が2名ほどいるんだけど」
言いかけた所、
「ガルムのことですね。鱒川さんの遺体から作られたっていう」
「知ってたんだ」
「支部は違えど同じ組織ですから。知ってすぐ、こちらで引き取りたいって連絡を取ったのですけど、ハングドに先を越された後でした。正直いって、内心憤りを覚えてますね。鱒川さんが殺された後も冒涜されたのは」
りんがいったので、私は、
「だそうよ、ガルム。顔、見せてあげて?」
「え?」
驚き、りんがガルムを見る。
「いいの? うん」
ガルムはうなずき、フード付きのコートを脱ぎ、マフラーを外す。すると、首から下こそレースクイーンかグラビアアイドル並のプロポーションに変貌しつつも、間違いなく妙子の顔をしたそれが、りんの眼前に晒される。
「あ」
途端、りんは涙を流した。
「鱒川さん」
そして、ガルムにしがみつく。
「ごめんなさい。全部知ってたのに、助けようともしなくて」
「アナタも、タエコの友達だったのね」
言いながら、ガルムは一度目を閉じ、何かを考える、というより心の中で妙子に問いかけてるのだろうけども、
「ごめん。ざんりゅーしねん、だっけ? 前はそういうのがタエコの体に残ってたんだけど、いまはもう全部消えちゃったから」
「分かってます。あなたが鱒川さんじゃないのも。でも」
いまいち会話が成り立たないまま、りんはガルムの胸でわんわん泣く。私はガルムに、
「せめて抱きしめてあげて。妙子のかわりに」
「うん」
ガルムはうなずき、そっとりんを抱きかかえる。
「ところで」
ここで、木更ちゃんがふたりに気を遣ってか小声で、
「先ほど、赤司さんが同じ組織と申されてましたけど。意味を教えて頂いてもいいですか?」
ああ。そういえば、あの情報はまだ伝えてなかったっけ。アレ知ったの、ハングドと連絡を取った後だったしね。
「実はここ、フィール・ハンターズのミハマ支部」
私がいった所、
「は?」
誰とはいわず、各々から愕然とした反応があがる。その中でアインスが、
「どういう事だい? 鳥乃」
「言葉通りよ。私もその事実を知ったのは、ハングドに連絡を伝えた後だったし、現時点でうちの司令に伝えるとややこしくなりそうだから伏せてたのよ。ただ、現状この支部は敵じゃないのは確か」
私はいってから、
「とはいえ、私も深くは訊いてないから。事情は本題に入ったときに改めてりんに説明してもらうわ。ただ、いまは」
私は、いまだダウン中の神簇と、泣き崩れるりんを順番に見てから、
「ちょっとだけ、話は後にしたほうがいいと思う」
現在時刻20:20。
玄関ロビーにて、改めて私たちは席について、
「って話だから。本題前にミハマ支部について少し教えて頂戴」
私が話を振ると、
「分かりました」
りんはいった。まだ目は少しだけ赤いけど、すでに涙は止まっている。神簇も一応のショックから立ち直ってるので、本題に入るには頃合いである。
「改めてまして。私はフィール・ハンターズのミハマ支部でリーダーをさせて頂いてる、
彼女がフィール・ハンターズ、しかもリーダー。この事実に、周囲は再びざわめきだす。
「皆さんもご存知の通り、フィール・ハンターズは日本各地に支部が存在しますけど、
「といいますと?」
アインスが訊ねると、りんは、
「元々暴力団だったんです。それも、よく現実に存在しない扱いされる“街を守る良いヤクザ”の類で、昔からこの温泉街と密着して生きてきました。ただ、時代と共に衰退の一途を辿ってまして。いずれ暴力団が解散しても活動自体が残るようにと、一帯の地域おこし団体や各事業所を包摂した地域自治組織として生まれたのが、このミハマ支部です」
「つまり、この温泉街が丸ごとミハマ支部のようなもので、その中の代表組織が暴力団で、赤司さんがそのトップということですか?」
木更ちゃんが訊ねる。
「そうですね」
りんは肯定した。
「暴力団の組長はこの旅館の女将がされてるので別ですけど。私がミハマに越したことで、当時ミハマ支部長を兼任していた女将から現在の位置を譲り受けた形になります。といっても、未だ支部長は女将以外にはないって声も大きいので、非公式ながらリーダーって名乗ってますけど」
想像以上に大きな話だった。つまり、りんを敵に回すと温泉街ひとつと衰退したとはいえ暴力団を一組を丸々相手にする形になるのだ。恐ろしい。
という事は、先ほどりんと話してたガラの悪い男たちもフィール・ハンターズに所属する暴力団組員だったのだろう。あんなのを相手にするのかと思うと、余計敵に回したくない。
「ですから、名小屋支部と違って、私たちは同じフィール・ハンターズでも悪事に手を染めた組織ではない事は断言させて頂きます。少なくとも私利私欲で違法行為に手を染めた事はありませんし、誓ってドラッグも手を出してません。
「奇妙な話よね。昔散々悪事を働いた神簇がいまやロウ組織の代表で、そこに正義感で歯向かったりんがカオス組織の代表なんだから」
私がいうと、神簇が項垂れ、
「お願い。もう昔の汚点を穿るのはやめて」
「やめて欲しかったら、今度一緒にホテルに」
私が言いかけた所、木更ちゃんが、
「事情は分かりました。ただ、現在ハングドは名小屋支部相手とはいえフィール・ハンターズと敵対している身です。そちらに協力できるか否かは上からの判断を仰ぐ必要がありますけど」
って、見事に話を軌道修正。
「分かりました」
りんはいった。しかし続けて、
「ただ、観光客を守るのは私たちの使命ですので、ハングドがどのように判断をされたとしても、こちらは沙樹さんとあずちゃんを預かり、名小屋支部と徹底抗戦に入るつもりでいます。それこそ、ハングドがミハマ支部を敵と判断するようでしたら、名小屋支部とハングド・ハイウィンド連合を同時に相手にしても構いません」
「な」
私が驚き、りんを見る。
りんは、いつもの人畜無害な顔で、
「カオス組織のやり方を舐めないでくださいね? それに、私からお節介の趣味を奪おうとするなら当然じゃないですか」
とか言い放つ。
「まあ、先ほどのはハングドが極端に敵対の態度を出したらの話ですけど、我々はその位の使命をもって観光に来てくださったおふたりを護ろうとしてる事はご理解ください」
何気にりんは、最後まで冗談ですとは言わなかった。
「分かりました。それを踏まえて、いまから確認を取らせて頂きます」
木更ちゃんは言い、席を立って一旦持ち場を離れた。
話題が一時中断になったので、その間に私は、
「りんには悪いけど、私は旅館でずっと護られるつもりはないから」
と、いった。
「え? どうしてですか?」
訊ねるりんに対し、私は、
「私の手でミストランを倒す為よ」
と、はっきりいった。
「時間と場所まで指定してきたわけだしね。暗に
「分かりました。でしたら」
りんが言いかける。そこへ。
「戻りました」
木更ちゃんが通信を終え、再び席に座る。
「どうだった?」
私が訊ねた所、
「完全に信頼するつもりはないみたいですけど、一応、共闘を受け入れてもいいと鈴音さんから言葉を頂きました」
「あ、鈴音さんに連絡したの?」
「今回は鈴音さんが指揮を執ってますので」
木更ちゃんはいった。
「では、ミハマ支部・ハングド・ハイウィンドの三組織で名小屋支部を討つ方向で話を進めます」
りんがいった。
「お願いします」
木更ちゃんは一度頭を下げた。りんは改めて、
「先ほど、藤稔さんが席を立たれてる間に、沙樹さんからミストランと戦うために戦線に出たいと希望を伝えられました」
「え?」
木更ちゃんが驚き、私を見る。
りんはいった。
「それで、私の意見なのですけど。敵勢力より先に、こちらから動いて相手を殲滅してしまうのは如何でしょうか? その後、敵がミストラン単騎になった所を、沙樹さんに数名の護衛をつけたうえで、安全に指定ポイントまで向かわせます。結果、ミストランが出陣前に撤退したならそれでよし、宣言通り0時10分頃に現れたら、沙樹さんとの闘いの結果がどうであっても最終的にミストランを包囲できる形に。勿論、別のポイントにミストランが現れても対処できるようにした上で」
するとシュウが、
「って事は、鳥乃を行かせるのは容認するのかよ」
りんは「はい」と肯定し、
「組織として容認したくない反面、私自身は沙樹さんの気持ちをバックアップしたくて。それなら自分の気持ちに嘘をつかないほうがスマートですよね?」
「スマートって何だ?」
シュウが突っ込む。けど、その答えは私にも分からない。
ただ、ここで公ではなく私を選ぶのが、いまのりんである事は、今日一日で痛いほど思い知った。
「鳥乃を行かせるかはともかく、先に殲滅してしまうのは私も賛成よ」
ここで、神簇が口を開いた。
「むしろ護衛対象を万一でも危険に晒さない為にも、旅館付近まで敵の侵攻を許した時点でこちらの負けという気持ちで挑んだほうがいいわ」
「同感です」
りんがいった。神簇は続けて、
「今回の問題は、敵勢力がどれ程動員されてるか不明な所、加えてどのようなルートを通って旅館を襲撃してくるのか私たちが把握できてない所にあると思うのよ。正直、敵勢力が0時に襲撃するというのも信用できないわ。その点、この一帯が丸々ミハマ支部とするなら、その利点を活かさない手はないわ」
そして、まっすぐりんに向かって、神簇はいった。
「赤司さん。温泉街一帯に連絡を取って、夜間の外出禁止の注意喚起を伝えられないかしら? そのうえで、外に不審な動きを見つけたらすぐ旅館に連絡が届くようにして貰う。この方法なら極力街に迷惑をかけずに、街全体で監視の目を光らせる事ができるわ。しかも、支部に籍を置いてない一般の方を避難させつつ、実質的な協力を貰う形にできるわ」
「驚きました」
りんはいった。
「他人を全て自分の下僕みたいに扱ってたあなたが、無関係者の安全まで視野に入れて提案されるなんて」
「それだけ価値観が変わったの。それに、体よく巻き込んでる以上、褒められた手段ではないわ」
まあ、まずここで褒められた手段ではないと評してる時点で昔の神簇とは違うのだけど。それより、
「いまの提案。まるでアンちゃんみたいね」
気になって、つい私は訊ねてみた。すると、
「実際、アンならどう作戦を立てるかと考えて出した案よ」
これは、本人が知ったら、また自己卑下に陥りそうだなと思った。
確かに神簇は、素のスペックがポンコツながら、抜群の成長力で努力ひとつで何でも一級品に達する才能を持っている。しかし、今回神簇が行ったアンちゃん特有の性格の悪い手回しは、本来直情的な神簇では到底真似できない代物だったのだ。
「分かりました」
りんは、デュエルディスクとは別にスマホを出していった。
「すでに支部のメンバーには希望者に警備の参加をお願いしましたけど、一般家庭も監視に使うまでは思いつきませんでした。すぐに手配します」
「悪いわね。昔の私みたいな横暴をさせてしまって」
「いえ。逆に私は無関係者に被害が及ぶ可能性に気づかなかったので感謝したい程です。それに、この方法なら警備には不参加だった支部のメンバーからも最低限の協力を得られます」
「そう言って貰えると助かるわ」
神簇の返事を聞きながら、りんは早速スマホで連絡を取り、その場で支部のメンバーに追加の指示を下す。
「あ」
私はここで慌てて挙手し、
「りん? 悪いけど追加で指示をお願いしていい?」
「え? はい」
りんが反応してくれたので、
「基本、今回の作戦に参加する人は最低二人以上の複数人の行動でお願い。加えて、天然のフィール・カードを1枚以上所有してる人を最低1名ずつ入って貰って、その人には一切フィールを使わずデュエルもしないように配慮して欲しい。デスデュエルを解除してもらう為に」
「それが不可能な方は?」
「残念だけど今回は屋内に避難して監視だけの参加でお願い」
しかし、もし相手にデスデュエルでデュエルを挑まれてしまったら、負ければ即座に地縛神の生贄にされてしまう。人命を最優先に考えるなら非効率でも対策するしかないのだ。
が、りんはいった。
「こちらは、伝えはしますけど強制はしない方向で行かせて頂きます」
「どうして」
私が食ってかかるように訊き返すと、りんは、
「こちらもフィール・ハンターズですから。デスデュエルなんて介さなくても、負けたら殺される位には覚悟しています」
「さすが腐ってもカオス組織。殺伐としている」
アインスが感嘆しながらいった。続けて木更ちゃんが、
「とはいえ、私たちはペア以上で行動したほうが良さそうですね。名小屋のフィール・ハンターズは洗脳で一般の方も戦力に使ってきますから、勝敗は関係なくデスデュエルは解除するつもりで動いたほうがいいと思います」
すると神簇が、
「むしろ、アンがいうには洗脳の被害者ほどデスデュエルを仕掛けてくる可能性が高いそうよ。あれは自分で使う代物ではなく洗脳した相手に口封じを兼ねて使わせる代物だって」
それで勝てたら万歳、負けても生贄という形で行方不明にできるから、洗脳が解けた際に情報を吐かれるリスクも最小限に回避できる、か。
最悪な発想だ。
「そこについてはどうなの、りん?」
私は訊ねる。
「自分で体験したから分かってると思うけど、この街の人間だってその場で洗脳されてフィール・ハンターズを名乗ってデスデュエルを仕掛けてくる可能性もあるのよ」
「その点も含めて現場の当事者に委ねます。私だって、戦場でフィールを全損するリスクを考えれば救助を諦める事もあるでしょうから、そんな危険なことをメンバーに強制はできません」
そういえば、りんは、人助けやお節介といった趣味に人生捧げてる反面、趣味のキャパシティを超えたことはしない人だった。
「正しい判断だ。上に立つ者は、部下を守るために時に非情な判断もしないといけないからね」
アインスはそういって評価する。一方、シュウは顔をしかめて、
「だが、被害者の気分を考えると釈然としねえな」
「最悪私たちが横から解除に入ればいいだけだ。その位の権利は頂いても?」
アインスは訊ねる。りんはすまなそうに微笑んで、
「余裕があればお願いします。私も事前の準備で解除できる代物だったら、幾らでも準備したい気分ですから」
「ありがとうございます」
アインスは頭を下げた。
りんは改めて、
「では、話が決まった所で、こちらは事態が動くまで各々待機と警備に入りましょう。他に伝えたいことはありますか?」
「はい」
ここで木更ちゃんは挙手した。
「すでに赤司さんの耳には入れて貰ってますが、鳥乃先輩にはまだ伝えてない事項がありましたので、追加報告を兼ねてもう一度お伝えします」
「え?」
私が顔を向けると、
「こちらハングド・ハイウィンドでは私たち5名の他に、立花 鈴音が指揮を執る別動隊が配備されています。改めて、現時点において人数不明・現在位置不明とお伝えします」
え、鈴音さん現場に出てるの? 確かに、さっき指揮を執ってるって聞いたけど。
「加えて」
木更ちゃんは続けて、
「先ほど、連絡を取った際、話が纏まり次第、赤司さんとも連絡を取れるようにして欲しいと要望を受けましたので、今から連絡手段のデータを端末に送信したいと思うのですが、どちらの端末がよろしかったでしょうか?」
「では、こちらでお願いします」
りんが指定したのはスマホのほうだった。
「分かりました」
木更ちゃんは自分のデュエルディスクにクリフォートのカードを差し込み、そのフィールで直接スマホにデータを送信する。
木更ちゃんはいった。
「現作戦において、現状、ハングド側の指揮と連絡が取れる人は私と赤司さんの2名のみになります。どうかご了承ください」
「神簇とは連絡しないの?」
小声で、ハイウィンドサイドに訊ねると、
「アンの要望よ。私はヘマしそうだから機密の連絡には関わらないで欲しいって」
「あー」
信頼されてるわね。愚姉ちゃん。
少なくとも、0時近くまで出番がない事が確定した私は、会談の後、一旦梓の待つ寝室に戻る事になった。
エレベーターのボタンを押し、上の階に移動しようとした所、
「あ、先輩」
小走りで木更ちゃんが向かってきた。
「私も、一緒にいいですか?」
梓に挨拶するつもりかな?
「勿論よ」
私はいって、一緒にエレベーターに入る。
ドアが閉まり動きだすと、不意に木更ちゃんはいった。
「ごめんなさい、先輩」
「なにが?」
「先輩を立ち直らせる条件でハングドに入ったのに、結局私は、大事な局面で何もしてあげられませんでした」
ああ、そのこと。
「仕方ないって話よ。ゼウスちゃんがあんな事になったんだから。それに、木更ちゃんのおかげで十分助けられてるって話」
とは言ったけど、木更ちゃんの気は収まらない様子。
たぶん、木更ちゃんは自分がダウンしたことで、私まで調子を崩した事を知ってるのだろう。元はといえば、今回の旅行だって、そんな私を強制的にでも休ませる流れが巡り巡ってこうなったわけで。この事態を回避できなかったことに責任を感じてるのが凄く伝わる。
木更ちゃんは本来柔軟な思考の持ち主で温厚な子だ。でも、重要な分岐点には誰より敏感で、途端に自分のキャパシティを無視した完璧主義者に変わる所があるのだ。今までは、それで自分の限界以上の結果を出して、ハングドに入り、色々拗らせたフェンリルさえも救った。しかし、今回はついに致命的なミスをした。
取り返しのつかない事をした。彼女の中では、そういう事になってるのだろう。
「なら、木更ちゃん。いまから抱かせ」
「あ、それ以外でお願いします」
言いながら、エレベーターが開いたので一足先に出る木更ちゃん。
「残念。心が弱ってるから手を出せると思ったのに」
言いながら私もエレベーターの外に。木更ちゃんはくすっと声に出して笑って、
「だったら、完全にダウンしてる時にすれば良かったじゃないですか。あの時だったら、たぶん言葉巧みに誘導すれば手を出せましたよ? 私」
「とは思ったわ」
私はいった。
「抱きしめて甘い言葉で堕落させれば、最近の木更ちゃんなら容易に手に入るとは思ったわ。でも、木更ちゃんなら私の拘り、知ってるでしょ」
「抱くなら一番魅力的な状態を、ですか?」
「正解。木更ちゃんを抱きたいからこそ、目が死んでるときのあなたを抱きたくはなかったって話」
とはいえ、実際はフェンリルと共謀して
「本当。何だかんだ、先輩って大事な局面では誠実ですよね」
「レズの信条に従ってるだけよ」
すると木更ちゃんはぼそっと、
「今回ばかりは、手を出して欲しかったんですけど」
「え?」
さっき、木更ちゃん。
「ただの気の迷いです。気にしないでください」
「そう、了解」
私は難聴のふりをして返事した。
「あ」
突然、木更ちゃんはわざとらしくいって、
「ごめんなさい。少し用事を思い出して。皆さんの所に戻りますね」
って、エレベーターの下にUターン。ボタンを押し直す。結果、私たちは互いに背を向けあった状態に。
私はいった。
「その気の迷い、実現してたら、今頃どうなってた?」
すると、
「たぶん、先輩なしには生きれない体になってたと思います」
「そっか」
後ろでエレベーターが開く音がした。木更ちゃんが中に入るのを気配で確認してから、私はいった。
「夜這い、失敗して良かったわ。私の
木更ちゃんが返事をする前に、エレベーターは閉じた。
現在時刻23:50。
部屋で梓を護衛しながら、皆の無事を願っていた所。
「鳥乃、無事かい?」
部屋の外から、アインスがいった。
「時間だ。出撃しよう」