その影響があって、更新が2か月(本編は3か月)も止まってしまい、申し訳ありませんでした。
私の名前は
そして、レズである。
「心が軽い。こんな気持ちでりんを
「本当に?」
「ごめんなさいハンマー怖いです」
懐からおもむろにカードを出そうとする梓を前に、私は即座に正座した。
現在時刻18:30。夕食の時間である。
私たちの泊まる旅館は、食事を客室まで配膳してくれるシステムになっており、つい先ほど「失礼します」と入ってきた仲居さんとりんによって、海の幸を活かした豪華な料理の数々が部屋に並べられた。
仲居さんは先に部屋を後にしたが、りんはこの場に残って「今晩のおしながきは」と料理の説明を始める。私は、そんな彼女を眺めてるうちに、ふと言葉に出したのだ。「心が軽い」って。
「ハンマーですか?」
何も知らないりんが、きょとんと私たちを見る。
「そうそう、助けてよりん。最近、梓って私が変な言動を取るとフィール・カードの《ハンマーシュート》で殴ってくるのよ」
私はいうも、りんは笑って、
「またまた、ご冗談を。あのあずちゃんが暴力キャラに変貌するわけないじゃないですか。ねえ?」
「ねー」
カードを隠し、笑顔で返事する梓。
「いや本当だって。いまじゃハンマー制裁がクラスの名物化してるって話だから」
「本当ですか?」
余程信じられないのか、ある意味私を心配する眼差しでりんは訊ねた。
現在、りんは旅館スタッフの姿をして、私たちの前で綺麗な正座姿を見せている。
脱衣所の時とは別の、仲居さんと同じデザインの着物に身を包み、髪はすべてオールバックの、お洒落なコームで夜会巻き。普段の無害な雰囲気に加え、落ち着いた和の雰囲気を醸し出しており、化けたとか見違えたとかもなく、一目でりんと分かるのに、違和感ひとつない和服美人へと昇華していた。
「そうそう、例えばさ」
と、なれば私はセクハラをしなければならない。
私はりんの隣に座り直し、
「こういう事とかすると梓がさ」
なんて言いながら、和服の襟から胸元へと手を差し込んだ。
「きゃっ」
と、りんが驚く。まさかとは思ったが本当にブラはしておらず、何枚もの襦袢の内側を潜ると柔らかな膨らみに到達。ハンマーで自分だけを狙えないよう、私はりんを抱き寄せながら肌色のマシュマロを堪能しようとしたが、
「あ、んっ」
りんから艶めかしい吐息が盛れた直後、“まず”私の片足がハンマーで潰された。
「ッッッ!? ぎゃ」
その激痛に体が跳ね、飛び上がる私。そして、りんへの拘束が半分解かれた所を、
「はい《ハンマーシュート》」
本命の二発目のハンマーが脳天を直撃。私はいつものように潰された。
「あ、あへ……あへ」
私が仰向けのカエルみたいになる横で梓が、
「ごめんね。りんちゃん、大丈夫?」
「は、はい」
りんは言いながら《移り気な仕立屋》を発動し、手早く着崩れを直す。かなり本格的な着付けだった為、その場で元の状態に戻すのは難しかったのだろう。
「驚きました。本当に変わっちゃったんですね」
「あ、そっかー。うん、ごめんねー。いまの沙樹ちゃん、息を吐くようにセクハラするから」
梓はいうも、
「いえ」
りんは、乾いた笑みを浮かべていった。
「沙樹さんもあずちゃんも、両方です」
「え?」
と、梓が目を丸くする中、
「ほら、いったでしょ?」
私はいいながら半身起こす。ちなみに、改めていうけど現時点私に外傷はないものの、潰された痛覚だけはしっかり残ってて、まだ滅茶苦茶痛い。副頭脳AIに体を無理矢理動かして貰って、ピンピンしたフリをしてるのだ。
何も知らない梓は半眼で、
「ねえ、沙樹ちゃん? りんちゃんに負い目があるんじゃなかったの? 今度こそ殺されても知らないよ?」
「その時はその時よ」
私はいった。
「むしろ、こんな綺麗な着物美人を前にして、据え膳食わぬはレズの恥でしょ」
まあ、当然そこもあるけど。正直なところ、りんを相手に負い目を引きずって接する必要はないと思ったのだ。
自分の罪を忘れる気はない。でも、りん自身が理屈はともかく仲直りしたいと思ってるのだから、それに応えないほうが相手を傷つける形になる。それに、あんまり私が負い目でいじいじしてたら、逆に慰めたいというお世話癖でりんが活き活きしそうだ。そこを突き詰めればベッドインまで行けそうだけど、ちょっと歪な関係過ぎてレズの信条から若干反するのである。
少なくとも、お互い瞳を曇らせて及ぶ一夜からは、りんの本当の魅力を感じなさそうだ。
「はぁーあ」
梓は呆れたようにため息を出し、
「沙樹ちゃん、りんちゃんの裸を見ても反応しなかったから。さすがに今回だけはセクハラはないと思ったのに」
「あ」
ここで、顔を赤くするりん。
そのまま、もじもじと視線を逸らしながら、
「あのー沙樹さん? もしかして、温泉のときも私、そういう目で見られ」
「―ーてる、って状況を避ける為に全力で体を逸らしまくったって話だけど」
そういえば、デュエル中に裸を見られたのは覚えてないにしても、温泉のときはしっかり正気のときの出来事なのだった。
うん、そうよね? りんって、あの時全力で私の前に立とうとしたしね。聞いた話じゃ、あの時点ですでに私がレズの肌馬なの
「何度か注意もしたのに。あ、もしかしてお節介で裸体みせてくれたって話?」
「そういうお節介は範疇の外です」
うん。りんのやつ、完全に顔真っ赤っかで恥ずかしがってる。可愛い。
「いいじゃない。私限定で下のお世話にも目覚めちゃえば。げへへ」
「沙樹ちゃん。そろそろいただきます、しようよー」
ここで梓が割って入った為、
「あ、そうだった」
私も席に戻り、話は終了。
(あれ?)
普通なら梓、もう一度ハンマーで私潰してそうだったのに。
すると、
「あの、あずちゃん?」
りんがいった。それも、ちょっと寂しげな顔で、
「もしかして、沙樹さん。さっき」
「うん。わざとゲスなこと言ってたよ」
不機嫌そうに梓が返す。りんは続けて、
「そこは変わってないんですね。たまに自分から好感度を下げにいく癖」
「根っこが人間不信だもん。程々に信用失ってないと調子が狂うみたい。元々苦手な子供にはそういう事しないのにねー」
「私も9年間、手を焼き続けました」
「私なんて物心ついてからずっとだよー。最近、藤稔さんっていう共通の後輩ができたんだけど、あの子も沙樹ちゃんの手綱引くの大変みたい」
……。
ふたりの言葉に、私は居た堪れない気持ちに襲われる。
無自覚だったのだ。いや、中学まではりんが指摘するから、自分にそういう癖がある事を知ってはいた。でも、いまは指摘してくれる人が傍から消えたから、まだ癖が残ってる事に気づかなかったのだ。しかも、木更ちゃんまで見抜いてたなんて。
「りんちゃん、陽光に戻ってきてよー。いまの沙樹ちゃん、レズが加わってパワーアップしてるから私ひとりだと抑えきれないよ」
「そうしたのは山々ですけど、いまだとミハマから気軽に通える距離でないと」
昔から自分の勝手知るふたりが、その愚痴で花を咲かせる。まさか、今回の旅行でこんな光景を目の当たりにするとは思わなかった。しかも、梓にりんといえば、どちらも親より昔の私を知ってるだけに、肩身が狭い。狭すぎる。
「梓、食べるんじゃなかったの?」
限界につき私が指摘すると、
「あ。そうだったよー」
なんて梓。彼女が食を忘れる位、相当盛り上がってたのが分かる。
「では、火を点けますね」
りんはいって、チャッカマンで小鍋ふたつの下に火を点す。続けてりんは、空のグラスを私と梓にそれぞれ渡すと、瓶ビールを出して栓を抜き、
「お飲み物をどうぞ」
と、目の前で注いでくれた。
「ありがとう」
私は受け取り、気を遣ってノンアルコールを用意してくれたのかな? なんて思って一口。
本物だった。
「り、りんちゃん!? これ本物」
同じく飲んだ梓も気づき、指摘する。しかしりんは、
「はい。あ、もしかしてエビスよりサッポロかキリンが良かったですか?」
なんて言いやがる。
「いや、私たち未成年」
私も指摘するも、
「知ってますよ。同じ歳ですから」
なのに、りんは「それが?」とでも言いたげ。
梓がいった。
「驚いたよー。りんちゃんって、こういう規則とか気にするほうだったのに」
「そうですか? 私自身はそこに拘りはないつもりでしたけど」
と、りんは首をかしげる。とはいえ、私も梓も、りんが掃除をサボる男子を注意したり、制服の着崩しや染髪など校則違反を指摘する姿は何度か見てるわけで。
「あ」
ここで私は気づいた。
「そうか、こいつ元から手段と目的が逆なのか」
「どういうこと?」
訊ねる梓に、
「つまり、普通学校の委員長みたいなキャラって、“風紀を守って欲しいからお節介に出る”じゃない。本当は話したくない相手にも接触して」
「うんうん」
「だけど、りんは反対で、“お節介したいから風紀を口実に使ってた”のよ。それこそ、本人に拘りがなくても規則を引き合いに出せば公然と注意も心配もできるじゃない」
私がいうと、
「はい」
りんは、満面の笑みでいうのだった。
それから、ある程度食事が進んだ頃。
「沙樹さん。そういえば、少しよろしいでしょうか?」
水を得た魚のように、活き活きと接待していたりんが、本題に入るように訊ねてきた。
「0時の襲撃の件でしょ? いいけど」
私がいうと、
「いえ、実際あずちゃんとはどこまで経験したのかなって」
って、違うんかい。
つい心の中で自分のキャラと違うツッコミをしてると、
「さすがに、その話はもう少し時間を改めてからにします。それに、何ならこちらで全て解決させますから、おふたりはごゆっくり休んでくださいまでありますよ」
確かに。言われてみれば食事中に緊迫した会話をするほうが変だった。とはいえ、りんに全てを任せるわけにもいかないし、むしろ私の問題な以上できれば巻き込みたくはない。
「そう」
私は、言葉を濁してやり過ごす。襲撃を忘れるわけにはいかないけど、せめて梓の手前もあるし、いまは好意に甘えて大人しく休ませて貰お――。
「それで、あずちゃんにはどこまでやらかしたのですか?」
「ッ」
私はむせた。そこは改めて聞いてくるのかい。
しかも、りんは私と梓の間に何もないことは知ってるはずだ。すでに温泉で、梓はノーマルだからこれ以上の進展は未来永劫ないって言ったはずなのに。
……ん? やらかした?
「だって、私相手でさえもセクハラされたんですよ? 昔から一緒のあずちゃんは、沙樹さんに一体どれ程のことをされながら責任取って貰えずにいるのかなって」
にこにこしながら、ぐいぐいと攻めてくるりん。
「いや、その」
何もないって言ったじゃない。ほら、温泉でも「梓が大好きすぎて、レズの道に引き込もうとして傷つけるのが怖い。嫌われでもしたら余裕で死ねるから何もできない」って。
(あ、言ってない!)
そこまでぶっちゃけるのは、恥ずかしくて言ってなかったのだ。まさか、伝えなかったせいで変な誤解からスタートのお節介を受けるなんて。
私は、観念していった。
「何もしてない、はず」
そして、梓に。
「よね?」
と、訊ねる。
「うん」
梓は肯定するも、何故か少し微妙な顔をしてたので、
「え? もしかしてノーでもない感じ? 私、自分で気づかない所で何かあった?」
「う、ううん。なにも」
梓はいい、
「むしろ。何も無さ過ぎて、私女の子って見られてないのかなーって思っちゃうくらいに」
「え」
私は、小さく呟き反応した。
いま梓はビールで少し酔ってる。だから、普段口に出さない言葉がぽろっと零れたのだろうか。初めて聞いた梓の心情だった。
「おふたりとも、まだ相手に言えてない本音があるんじゃないですか?」
りんがいった。直後、つい私は一度梓から目を逸らす。すると、りんがくすりと笑い、
「もう、見事にふたり揃って同じ反応しないでください」
「え」「え」
「また」
さらに、りんは笑う。二度も立て続けに同じ言動をとったらしい。私と梓は。
りんは私たちのコップにビールを注ぎ足し、いった。
「お食事が終わったら、酔い覚ましにふたりで温泉にでも入ってきてください。その間に、こちらでお布団を敷かせて頂きますから」
現在時刻19:45。
「沙樹ちゃん、いいかな?」
扉の先から梓の声が聞こえた。先に露天風呂に浸かってた私は、背を向けたまま、
「大丈夫。誰もいないから」
ミストランの一件もあったので、一応の警戒として梓にはりんに付いて貰い、先に私が浴室まで進んで安全確認していたのだ。
「うん、じゃあ、失礼しまーす」
ガラガラと扉が開き、梓が入ってきた。足音はゆっくりとこちらに近づいてきて、
「ふう、あったかーい」
温泉に入った梓が、私の隣に座っていった。
私は、梓に視線を向けないまま、
「しかし驚いたわ。梓がりんの提案に同意してくれるなんて」
「何のこと?」
「酔い覚ましに一緒に温泉に入れって話」
自分でいうのもあれだけど、肉食の狼と混浴するなんて。
すると梓はいった。
「私は、最初から沙樹ちゃんと一緒に入りたいなーって思ってたよ?」
「え?」
「だって、
「あー。まあ」
確かに。木更ちゃんもいたし、私が興味ないとはいっても、ある程度育った中学生の子がいれば梓が警戒するのも分かる。ゼウスちゃん以外。実際、冥弥ちゃんとか凄く美人さんだったしね。
けど、今回だって身の危険を考えれば一緒のお風呂は避けるものと思ってたのに。
「あ」
突然、梓がいった。
「沙樹ちゃん。順調におっぱい大きくなってる」
で、触られた。
「ちょっ。梓」
まさか逆にセクハラされるとは思わず、私は激しく動揺。
「梓だって」
言い返そうとして、私は言葉を止める。梓も大きくなったとか、私がいうと犯罪にしかならない。
しかも、実際は顔を逸らして、梓の生乳見てないって話だしね。
「沙樹ちゃんのおっぱい、凄くハリがあって形も良くていいなぁ。私なんて無駄に大きいだけだもん」
なのに梓は躊躇わず私の胸を触って、じゃれてくる。何だろう、世界一好きな子に胸を揉まれるとか、恥ずかしいような幸福のような。ただ、死ぬほど精神的にくすぐったい。
「ちょっ、あ、あ、梓やめて。ちょっと待って恥ずかしいから」
「沙樹ちゃんもたまには好き勝手にセクハラ被害に遭う気持ちを知ったほうがいいよー」
ごもっとも。いや、じゃなくて。
「あ、梓分かったから。分かったからその」
MATTE! なに梓、人の乳首吸ってるの? 私そこまでしてないから。する前にハンマーされるか警察呼ばれるかされてるから。
「ん。い、いぁ、ほんと、に、、ぃ。あず、さ……」
「だ~め。今日は存分に被害者の気持ちを知って貰うから」
「ち、違う。違うから。梓相手だと前提として被害者の気持ちに立ち会えないか――」
あ、その。
えっと。
……あーうん。私、イッた。
梓、さ。下のお豆さんまで触るもんだから、んんーっ、
「あず、さ」
ビクンビクンした後、なんとか私は梓に訊ねる。
「もしかして梓、まだ酔ってる?」
「うん。酔ってるよー。じゃないと、こんな大胆なことできないよー」
しかも確信犯ときた。しかも、抱き着いてきたせいで豊満な乳房が当たって、当たって!!
「ねえ、沙樹ちゃん」
梓は訊いた。
「私たち、最後に一緒にお風呂に入ったの、いつだったかな?」
それも甘えながらの、突然シリアスな内容で、
「お母さんが駄目って言ってからかな? 思えば、もうずっと服の上からしかお互い見てなかったよね。見ようと思えば体育のお着換えでも視れるはずなのにねー」
体育の着替えは、私だけ名誉男子扱いで締め出されてるから。とは野暮なことは言わない。ただ、私が行方不明になる前なら体育の着替えで互いに素肌を晒して会話はしてるから、それ以来だろう。
という話じゃないのも分かってる。梓がいいたいのは、もうずっと一番近くでお互いの変化や成長を感じあってないって話。
具体的な年月は関係ないのだ。
「いつだったかな」
私はとりあえず相槌を打つ。梓は続けて、
「沙樹ちゃん、すっごく綺麗になったね。それに、かっこよくもなった。私はどう? ちゃんと、大きくなってる?」
「勿論よ」
言いながら、私は内心「いいのかな」とか思いつつ、数年ぶりに自分の意志で梓の生まれたままの姿をみた。
先ほど口先だけで勿論といったけど、実際こうして眺めると想像以上に梓が大人の女性になってるのに気づく。が、ここで梓は慌てて胸を隠して、
「あ、ここばかり見ないでね」
「分かってるわ」
確かに梓の胸は服の上から推測してた以上にダイナミックになってはいたが、それ以上に、肢体や体の肉付きが自分の中にあった可愛い私の天使像と違い、より私好みの完成された大人の女性に変貌していたのだ。結果、普段から見てたはずの梓の顔立ちさえ、思い出補正のフィルターが剥がれて、数年分の成長を一気に感じる始末。
「正直、驚いたって話。梓が、こんなに綺麗な大人の女性になってたなんて気づかなかったわ」
「そう? えへへ、よかったー」
梓がだらしなく笑う。そう、つい数分前まで認識してた彼女の笑みでさえ、朗らかさの中に美女特有の品があった事に気づく。
が、笑みはすぐに消え、梓は少し寂しそうにいうのだった。
「ずっと一緒にいたつもりだったのに、どうしてお互い気づかなかったのかな? いつの間にかそれだけ離れちゃってたのかな? 心の距離も体の距離も」
「私は、近すぎて気づかなかったって思いたいけど」
「そう、だったらいいなー」
正直な所、正解は梓なんだろう。間違いなく、私と梓の間には心も体も距離ができていた。そう思えてしまうだけの要因が、私の中にあったから。
「実はね、聞いちゃってたの」
梓が、寂しげな顔を維持したまま、切り出した。
「アインスさんって先輩とデュエルした日。私がシャワーを浴びてるときに、沙樹ちゃんが
「えっ」
確かその内容って、私が梓をどう思ってるか、どうしたいか、それを実行しない理由まで全部語ってたはず。
「ごめんね。だから、全部知っちゃった。沙樹ちゃんの気持ち」
「そっか」
こういう時、どういえばいいんだろう。とりあえず、
「不快じゃなかった?」
幼馴染の同性に恋愛感情を持たれ、あまつさえ肉体関係を夢見られてるなんて。
「ううん」
梓は首を振り、
「でも、今度は盗み聞きじゃなくて、沙樹ちゃんの告白として聞かせて欲しいなって。今日を逃したら、二度と言って貰うチャンスも、返事をする機会もなくなりそう。そんな気がするから」
実際、墓まで持ち込む気だったしね。
「ごめん。無理」
だけど私は、梓の願いを断る。何故なら、
「梓にいうつもりはなかったけど、実は私、行方不明より前の鳥乃沙樹と本当に同一人物って保証はないのよ。前にも言ったけど、私って前に一度死んで、半分機械として蘇生されてるしね。もしかしたらクローンだったり、人格を移植した人造人間だったりしてもおかしくないのよ」
だから、鳥乃沙樹として梓に告白することはできないのだ。
でも。
「そんな事ないよ」
梓はいった。
「ここにいるのは、間違いなく私の幼馴染で、ずっと一緒だった沙樹ちゃんだよ。もし別人だったら、誰も気づかなくても私が分かるもん」
一点の曇りなく確信をもって、梓はいった。
「だから、お願い」
「分かった」
ここまで言われて断ることはできない。今度こそ私はうなずいた。
途端、心臓がバクバク高鳴った。一歩間違えれば命を落とす戦場の中より、ずっと大きな恐怖と緊張が私を支配する。
二、三回、深呼吸。
そして、私は梓の前を向き、その瞳を正面から見る。
覚悟はできてるよ。梓の目はそういっていた。
だから、私は覚悟を決めた。
「私、梓のことが好き。自分がレズって自覚するより前から、梓しか見えてなかった。高校に入ってからはレズを公言して絶えず他の女の子の尻追いかけてたけど、本当に心の中にいたのは梓ただひとりって話」
我ながら、初心で不器用な告白してると思う。緊張のしすぎで、勢い余って余計なことまで口走ってるし。
でも、もう止まれない。
止まったらいけない。
「梓を彼女にしたい。梓を私だけのものにしたい。心も体も滅茶苦茶に求めて梓を感じたい。これが、ずっと隠し通すつもりだった私の本音よ」
私は、胸の奥の気持ちをしっかり伝えてから、
「梓の気持ちを聞かせて? ここまで言わせて何の準備もしてないは無しよ?」
「うん」
梓は小さくうなずく。そして、嬉しそうに、とても幸せな涙を流しながらいった。
「ごめんなさい」
って。
それは、まさかの返事だった。いや、梓がノーマルなのは知ってたし、直前まではこう返事がくるのは分かってたけど。明らかに両想いを感じさせる顔で言われるとは思わなかったのよ。
「そう、よね」
私はなんとか顔に出さないようにしながら、心の中で激しく落胆。
「やっぱり、いまの私は沙樹ちゃんを恋愛では見れないみたい」
梓はいった。
「勿論、沙樹ちゃんのことは好き。大好きだよ。沙樹ちゃんの一番でいたい、沙樹ちゃんを誰かに取られたくない、私だけを見てほしいって気持ちは、たぶん誰にも負けないつもり。だから、沙樹ちゃんが私を女の子と見てくれないって思ったら凄く寂しかったし、沙樹ちゃんの口から沢山好きって言ってくれたのは凄く嬉しいの。ただ、この想いが恋愛なのかなって思うと」
「違うのね」
「うん。私の白馬の王子様は沙樹ちゃん以外ありえないし、私たちがお婆ちゃんになってもずっと隣にいて欲しい。沙樹ちゃんとそれ以外の全てを天秤にかけられても迷わず沙樹ちゃんを選べるよ? だから」
直後だった。私はしがみついてきた梓によって唇を奪われたのだ。
(あず、さ?)
何が起きてるのか分からないまま、私は数秒間ほど梓の吐息を零距離で感じ続ける。
唇が離れると、梓は少し照れながらいった。
「沙樹ちゃんとなら、キスしても、女の子同士なのに全然嫌じゃなくて、凄く幸せだよ」
「梓」
「ずるいよね? ここまで想いあってるのに、恋心だけがないから、沙樹ちゃんの彼女には、
そして、梓はまるで自分が振られたみたいに泣きながら、
「ごめんね。でも、だからって私以外が選ばれるのも嫌なの。こんなの、すっごく酷いと思うけど」
酷いっていうより、正直えぐい。でも、冗談でも梓に言う気にはなれなかった。
たぶん、振られた私より、振った梓のほうがずっと傷ついてるはずだから。
「だからね」
梓はいった。
「まだ私を想ってくれるなら、沙樹ちゃんの手で私をレズに変えて欲しいなあ。今まで、他の子にアプローチをかけても、私には何もしなかったんだもん」
全く。
一世一代の告白を断っておきながら、諦めずに自分を口説き落とせとか、とんだ悪女がいたものだ。
「了解」
私は、梓の要求を受け入れるのだった。