後編もほぼ完成しておりますので、可能な限り1週間以内の公開を予定しています。
◆幕前◆
――ある日の屋上。
「あなたに彼女は殺せませんよ」
と、アインスはいった。
天気予報は晴れだったのに、一雨きそうな曇り空だった。お昼休みの時間だが、一般開放日ではいのでこの場には彼女と別に女子生徒がひとりの二人だけ。グラウンドにも人がいないので、とても静かである。
女子生徒はいう。
「だからあなたに頼んでるの。どうして依頼を請けて頂けないの?」
「だから言ったはずですよ。いまの私はハイウィンド。長期契約を結んで組織の犬に成り下がった業界の恥晒しだと」
「どうしても請けて頂けないのですか?」
「どうしても請けれません」
アインスの言葉に、
「分かりました」
女子生徒はアインスに背を向ける。
「ハイウィンドが組織絡みで彼女の味方だという噂は本当みたいですね。だからこそ、そのハイウィンドで特に彼女と親しいあなたに殺して貰おうと思ったけど、わたくしが馬鹿でした。こうなったら」
「ですから、あなたでは例え不意打ちでも狙撃でも彼女を殺すことはできないと」
「分かっております。でも」
憎しみを吐き出すように、女子生徒は続けていった。
「彼女にわたくしと同じ経験をさせることはできる。愛する者を奪われる苦しみを」
「君はまさか!!」
「確か彼女には命より大事な幼馴染がいたはずでしょう?」
アインスから返事はない。女子生徒は無言のまま返事を待ったが、次第に、
「ごきげんよう、犬になった“
と、この場を後にしようとする。そこへ、
「お待ちください」
アインスは呼び止めた。
「あくまで、あなたからの依頼は受けません。ですが、組織の上層部からちょうどいい任務が舞い込んでましてね。現在私たちの司令を中心とした反対派で必死に取り下げの申請をしてるのですが」
「アインス」
振り返り、呟く女子生徒にアインスはいった。
「あなたが誰にも手を下さない。勿論、私以外のあなたの手の者も含めて。その条件でよろしければ、“レズの肌馬”を殺してみせましょう」
雨より先に、雷が鳴りだした。
◆本編◆
私の名前は
そして、レズである。
「梓、セクハラし疲れた……」
お昼休みの教室。
この日。私が机に項垂れ、そんな台詞を吐いた瞬間、
『大事件が発生した!!』
梓を含むクラスメイト全員が一斉に慌てふためきだしたのだ。って、それ
「先日の徳光さんに加え今度は鳥乃か」「これ、マジで世界滅びるんじゃね? あードロップス旨ぇ」「お前それドロップスじゃない。ビー玉だ」
「こんなとこにいられないわ! 私は家に帰らせてもらう!」「早くこのことをみんなに知らせないと!」「どうせみんな死ぬのよ!」
男子同様に死亡フラグ要因に成り下がってしまう。
でもって、梓はというと、
「やっぱりこの前転入してきた、あの子?」
「まあね」
「そっかー。そんなに疲れちゃう程エンジョイしてたんだね」
と、いつも通りハンマースタンバイ。
「ちょっと、待って梓。ある意味誤解じゃないけど誤解だから」
「じゃあ、やりたくもないのにあれだけセクハラしたってこと?」
「イエスアイドゥー」
「みんな、判決は?」
梓がクラスに訊ねた所、
『ガチでも嘘でも死刑!!』
「はい有罪」
クラス総意の下、今日も私はハンマーに沈、
「え?」
む、直前だった。突如教室の扉は開かれ、立っていたのは気持ち小柄な女子生徒。カールの掛かったふわふわな髪を後ろでポニーテールにし、流行りのメイクで程よくギャル風の顔立ちを作っている。が、反して物腰はアンちゃんの外面を思わせる慎まやかなもので、胸部もそれなりに大きい。梓レベルの巨乳爆乳には及びようがないものの、その体躯と相まって、とても目立つ。
「皆さん。一体なにを……」
女子生徒はこの場の異様な盛り上がりに動揺。私は必死に手を伸ばし、
「鷹女ちゃん助けて! いまハンマーフェイズ中」
「鳥乃さん!」
鷹女ちゃんという女子生徒は駆け寄り、私の頭を抱きかかえると、
「駄目ですよ徳光さん、鳥乃さんを虐めたら。鳥乃さん大丈夫ですか?」
「ありがとう。助かったわ」
言いながら私は自分から制服越しに鷹女ちゃんの胸部に顔を埋め、しがみつきながら彼女のお尻をスカートの上からさわさわ。
しかし、鷹女ちゃんはというと拒絶するどころか「よしよし」と私の頭をやさしく撫で、
「徳光さん?」
「は、はい」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「クラスの皆さんも」
『ごめんなさい』
と、この場の全員を謝らせるのだった。
彼女の名前は、
数日前、突然私たちのクラスの一員になった転校生である。そして、私に「セクハラし疲れた」とふざけた事を言わせる原因でもあった。
放課後。
天気予報は晴れだったのに、昼休みには何度も雷が鳴り、いまに至っては土砂降りの大雨である。
「梓、傘は?」
教室の窓から外を眺め、私が訊ねると、梓は少し沈んだ声で、
「ううん。沙樹ちゃんは?」
「折り畳みなら。だから、はい」
私は鞄から傘を出し、梓に手渡す。
「え?」
「生憎ふたりで入れる程の大きさはないし、私はもう少し時間を潰してそれでも止まなかったら走って帰るわ」
「だけど、それだと沙樹ちゃんが」
梓は受け取るのを躊躇うが、私は続けて、
「私が濡れて帰るのは別に構わないけど、梓がそれで風邪ひくのは我慢ならないしね」
ここまで言うと、やっと梓は、
「もお」
と、照れたような困ったような顔を見せながら、やっと傘を受け取って、
「なら、コンビニで傘を買ってくるね」
「だからいいってば」
実際の所、私自身も雨の中を走って帰る気は毛頭ない。人気がないだろう場所で適当にタイミングを見計らい《ワーム・ホール》で直接家の中に入ろうと思うのだ。
しかし、
「だったら、わたくしの傘に入りませんか?」
突然、横から鷹女ちゃんが食いつくように会話に混ざりだした。
「わたくし、常に1本学校に置き傘をしているんです。お友達も一緒に入れれる様にそれなりに大きめのものを」
「誓裁さん」
梓がどこか警戒した様子でいう。まあ、無理もない。私はおもむろに正面から鷹女ちゃんのスカートに潜り、
「え、ほんと? 鷹女ちゃん」
なんて訊ねながら、彼女の下着に鼻をすりすり。
「ぁん」
鷹女ちゃんは甘い声をあげるも、
「もう。鳥乃さんったら甘えん坊さんなんですから」
と、スカート越しに私の頭をよしよしする始末。
彼女は、私がどんなセクハラをしても決して怒らない。だからといって
「沙樹ちゃん?」
後ろの梓から感じる、闇のフィールよりおぞましいオーラ。
「もう。徳光さん」
対して鷹女ちゃんは、いまの梓をやさしく窘めるように、
「そんな顔で起こったら鳥乃さんがびっくりして怖がっちゃいますよ。鳥乃さんはとてもデリケートですもの」
「ぶひい」
私は鳴いた。
梓のおぞましい何かが更にヒートアップし、
「ねえ誓裁さん。どうしてデリケートな子があんな煩悩丸出しの豚みたいな鳴き声するのかなーって思うんだけど」
「あら、可愛いではありませんか」
「そもそも沙樹ちゃんのこと甘やかしすぎだと思うんだけど」
「徳光さんが厳し過ぎるんですもの。誰かが優しくして差し上げないと」
「さじ加減ってものがあるよね?」
「同じ言葉を徳光さんにもお伝えしますね。親しき仲にも礼儀ありというお言葉も添えて」
鷹女ちゃんも引かないから、私は人生で初めて自分を巡って女の子同士が火花をバチバチ散らしている瞬間に立ち会ってしまう。
私はスカートから抜け出して、
「ま、まあとりあえず相合傘の話だけど。悪いけど断るわ」
私はいった。鷹女ちゃんのおっぱいを服の上から揉みながら。
「きゃっ、ぁん……んんっ、ど、どうしてですか?」
悶えながら訊ねる鷹女ちゃん。
「んー。まあ、ちょっと体育館に寄ろうと思って」
私はいった。まあ、当然ながら、
「でしたら、わたくしも同行させてくださ、いぁん」
と、鷹女ちゃんは引き下がらない。乳首は私が押したけど。一方、梓は何かに察したようで、
「沙樹ちゃん。その心は?」
「雨のじめじめの中で汗に蒸れた運動部女子を視姦しに行く」
はっきり、私は目的をいった。すると鷹女ちゃんは寂しそうに、
「そんな鳥乃さん、わたくしという者がおりながら。鳥乃さんでしたらわたくし、一夜だって共に致しますのに」
と、儚くとも艶めかしい仕草で。
「だからよ」
私は彼女の前に立ち、その頬にそっと触れ、あごをくいっとあげ、目と目で見つめ合う。
「私、女の子を一番魅力的な状態で抱くのが好きって話なのよ。悪いけど鷹女ちゃん、今日は大人しく放置プレイされて、股を濡らしながら次回まで焦らされてくれる?」
「……はい」
僅かな無言の後、ぽっとした顔で鷹女ちゃんはうなずく。
「ありがと」
私は鷹女ちゃんを解放し、
「って話だから。梓、途中まで一緒に行かない?」
と、振り返ると、梓はじとっとした半眼でこちらを見つめてて、
「梓?」
「私には、したことないのに」
「え?」
「ううん、何でもない」
先に梓は廊下に向けて足を進め、
「うん。いいよー、行こ。沙樹ちゃん」
と、作った笑顔でいったのだった。
ところで、さっき私が鷹女ちゃんにしたこと。後になって思ったらすっごくキザだった気がする。最近、任務の中でアインスと絡みっぱなしだったから移ったのかもしれない。
「ねえ、梓」
私は隣で一緒に廊下を歩きながら訊ねる。
「もしかして、梓もして欲しかったの? さっきの冷静になったら自分でドン引くようなキザなやり取り」
「え!?」
と、梓はビクッてなった。うわ、梓、目が泳いでる。これって確定な話?
「聞こえてたの? 沙樹ちゃん」
「うん、バッチリ。私はライトノベルにありがちな相手に都合の良い難聴スキルは持ってないしね」
あえて難聴ネタのフリをすることは多くあるけど。
「まあ正直、私としては二度としたくないってノリだけどね。やっぱキザな王子様スタイルは性にあわないわ」
「うん。沙樹ちゃんキモかった」
笑顔でのたまう梓。
「酷っ」
「でも……」
梓は歩きながら2~3秒ほど間をおいて、
「人にしてるのを見るのはキモくても、案外自分がされたらきゅんってしちゃうそう、かなー」
「そう。ありがと、梓」
私は、まず言ってから、
「でも梓はノーマルなんだし、きゅんとするは無いでしょ」
「そうかなー? そうかも」
ここで、いまの話題はとりとめなく終わった。
しばらく私たちは無言で歩いていたのだけど、階段を降り1階の廊下を歩いてたとき、
「あ、アンちゃん」
梓が正面からこちらの方角に向かって歩くアンちゃんを見つけ、
「いま帰り? よかったら私と一緒に」
と、言いかけるも、アンちゃんは私たちに一切反応することなく私たちを横切って歩き去ったのだ。なお、今日の彼女は杖は持ってるも二本の足でしっかり立って歩いている。
梓は振り返り、彼女の後姿を眺めながら、
「どうしてかなー。最近、アンちゃんって私が話しかけても全然反応してくれなくって」
「いつ頃から?」
「正確には覚えてないけど、誓裁さんが転校してきた辺りだと思う」
ああ。
「奇遇ね、実は私も」
それだけじゃない。アンちゃんだけじゃなく、神簇やアインスも、鷹女ちゃんが転校してきた辺りから私と接触を避けるようになったのだ。共通点から考えるに、恐らくハイウィンドに何かあったのは間違いない。だけど、まさか梓にまでとは。
これは、何とかしてハイウィンドの誰かから話を聞いてみる必要がありそうだ。幸いにもメンバーは学園内にもうひとりいる。それもとびっきり潔癖性な子が。
「ごめん、梓。予定変更」
私はいった。梓はきょとんとした顔で、
「え?」
「ちょっと用事ができたって話。悪いけどちょっと行ってくるわ」
「沙樹ちゃん。行くってどこに?」
と、訊ねるので私は、
「中等部」
なんて答えたのだった。
突然だけど、木更ちゃんみたいに二桁みたいな人数ではないものの、実は私にも従姉妹が2人いる。ひとりは別のクラスに在籍する同級生だけど、その妹である“もうひとり”は、中等部で、剣道部所属で、しかもNLTに所属しているのだ。
私はハンカチでずぶ濡れになった衣服を拭いながら、中等部の武道場で適当な剣道部部員に島津先生を呼んで欲しいと頼む。
過去の悪評で最初は警戒されてた私だけど、いまでは私を見て距離を取ろうとする人間は殆どいない。三年生も慣れたのか危害を加える意思がないと気づいたのだろう。
「先生でしたら、先ほど職員室に行かれましたよ」
入口で先生を待っていた所、不意に私は話しかけられた。
背丈は小学生と大差ない。ショートの髪に、凹凸のない華奢な体躯、それでいて武道に携わる者らしい落ち着いた雰囲気を纏っており、体操服姿はともかく竹刀を握った様子がとても似合う。
私はいった。
「いたんだ。みいね」
彼女こそが、私の従妹のひとりである。名前は
入学後のみいねとまともに話したのは今日が初めてだけどね。
というのもみいねは私の母の妹の娘なのだけど、現在は家同士の交流が完全に途絶えている。原因は完全に私たち母娘。元々叔母さんは昔から母に苦労してたらしいのだけど、その母が私を放置子しだした事で、ついに自分の家を護るために距離を置き、私が小学校中学校と問題を起こしてばかりだった事で絶縁宣言に発展。
みいねが生真面目で律儀な性格だったおかげで、叔母さん抜きで偶然顔を合わせれば挨拶する程度の面識はあるけど、その程度。お互い裏業界に関わったいまでも、コネやパイプが大事な世界にいて過去一度も仕事で連絡を取った事がないのが証拠だ。意識して避けてるわけでもないけどね。単に私がみいねに興味ないだけだ。
「お久しぶりです。今日は任務もありませんでしたし、極力部活の時間と被らないようにはしてますから」
可愛げの無い、大人びた口調でみいねはいい、
「それよりも、最近多いですね。こちらに顔を出されるの。島津先生は沙樹さんの趣味ではないと思っていたのですが」
「大体任務って話。今回は違うけど」
言いながら、「そうだ」と思い、私は駄目元で、
「そうそう。突然だけど二年生のシルフィード・フォスって子を放課後に見なかった? まだ校内にいる事は分かってるんだけど」
というのも、今日私が島津先生と接触した理由が、仮に校内放送をさせてでも彼女を呼んで貰おうと思ったからである。本来、今回は仕事でない以上先生にそこまでさせる材料は脅し以外何もないのだけど、梓が被害に遭ってるのだから、そんな事関係ない。昔から私は、梓の為なら手段を選ばないスタンスだ。
すでに昇降口の下駄箱を確認し、シルフィがまだ校内に残ってるのは分かっている。あとは何とかして呼び出せればいいのだけど。
「シルフィード先輩ですか? 申し訳ありません。私は見ておりません」
みいねはいった。
「そう」
まあ駄目元で聞いたのだから、そう返事がきて当然だ。
「じゃあ、職員室のほう行ってみるわ」
私はいい、武道場を後にしようと。が、そこへ。
「ハイウィンドのことですね?」
と、みいねは訊ねてきたのだ。
「まあね」
否定する必要はないので、私が肯定すると、
「これは又聞きの情報なのですが、どうやら現在、上層部の決定で大変なことになってるそうですよ」
「大変な事? 具体的には?」
「そこまでは」
みいねはいうも、
「ただ、もしかすると沙樹さんと決別しなければならない、とはお聞きしました」
「そう」
ということは、何かの力が働いて私の討伐指令でも出たのかもしれない。梓まで無視しているのは、一般人を巻き込まない為だろうか。
「ありがとう、そっちも視野に入れて調べてみるわ」
私はみいねと別れ、今度こそ職員室に向かった。
結局、この日私はシルフィにも島津先生にも逢うことはなかった。
しかし、事態は当日の夜に動き出した。
日が沈むと同時に雨も止んだ為、私はKasugayaで夕食でもとりつつ、常連の木更ちゃんか霞谷さん辺りに接触しようと、夜の住宅地を歩いていたときだった。
突如、私は背後から何かが飛来してきたのを感じ、咄嗟に回避行動。それは、一筋の火花。ショットガンを用いる焼夷弾のひとつ、ドラゴンブレス弾を用いたフィーアお得意のフィール攻撃だった。
数時間前にみいねから聞いた情報は真実で、そのハイウィンドが私に対し戦闘行為を仕掛けてきたのだ。
(フィーアはどこにいる?)
私はその場で五感を総動員し、周囲に気を張り巡らせる。程なくして、家の屋根から誰かが動く気配を察知し、
「そこ!」
私は懐に隠し持ってた銃で抜き撃ち。が、気配の正体はこちらの予想とは違い、
「どらあああああああっ!!」
発砲した先には、飛び降りの勢いを利用したライダーキックで私に襲い掛かるシュウの姿が。しかも、弾丸は彼女の足に込められたフィールで弾かれてしまい、
「っ」
私はバックステップでシュウの攻撃を回避。が、地面は雨で滑りやすくなっており、私は転ばないまでも僅かに姿勢を崩し、このタイミングを狙ってたかのように二発目のドラゴンブレス弾の火花が私に襲い掛かる。避けられない。
「サキッ!」
直後だった。私の後ろからガルムが飛び出し、私を庇って火花を浴びたのは。
「ガルム!?」
「大丈夫、サキ?」
フィールの防壁で真正面から耐えきったガルムは、八重歯の見えそうな笑顔を私に向ける。
私は姿勢を整えつつ、
「私は平気。それより、どうしてここに」
「その話は後。くるよ!」
ガルムは言いながら、真正面から殴りかかるシュウの拳を受け流し、逆に拳をシュウの腹にぶち込みつつ手首に内蔵した二丁の砲身を杭打ち機として展開。
「がっ」
貫通はせずとも、間違いなく、シュウの腹にめり込んだのだろうガルムの砲身。
「終わりよ! って、わふっ」
ガルムがとどめの零距離射撃に入ろうとした瞬間、遠くから飛来してきた銃弾にガルムは回避行動を取らされ、その隙にシュウは後退。どうやらフィーアは得物を狙撃銃に切り替えたらしい。
「痛ってえ」
シュウが回復用のフィール・カードを腹部に当てながら、口から血を吐き捨てる。
私は周囲に気を張りいった。
「悪いガルム。もう少し庇いながら戦える? 狙撃手の位置を特定するから」
「別に目の前のは倒しちゃってもいいのよね」
「いいけど」
それフラグ。ガルムのことだから分からず言ってるのだろうけど。
しかし、いざ任せてみると、リアルファイトでは肉弾戦特化なはずのシュウを相手に、その肉弾戦でガルムは圧倒しはじめた。
体を弄られ身体能力が底上げされた肉体に、人間離れした瞬発力を当たり前に扱える獣の魂。本来なら黒山羊の実が創りし人の姿をした怪物として脅威になるはずだったのだろうけど、味方になってしまうとヤケクソに強すぎて頼りになるなんてレベルじゃない。ゲームでいうなら敵のボス級エネミーがそのステータスのまま味方参入するようなものである。
先日アインスがガルム相手に足止めできてたのも、ガルムの意思じゃなかったこと、ガルムとの相性、それを最大限に活かす戦場と、幾つも好条件が重ねっての奇跡でしかなかったのだ。
あれ以後、フィーアからの射撃は確認できていない。
正直、彼女もボス級エネミー並の性能をしているが、ガルムを捉え、決定的な一撃を与えるのは一苦労らしい。しかも、ここから先一度でも攻撃を行った瞬間、
しかし、このままだと間違いなくシュウは倒される。焦って強行に出たのだろう、私はついにフィーアを発見した。しかも、銃口がガルムではなく私に向いてる事まで確認。
(捉えた)
私は内蔵銃でフィーアが射撃するより先に――。
「シュウ、避けるんだ!」
発砲、する瞬間だった。上から散弾の雨が私とガルムを襲ったのは。
(アインス!?)
ここで、私は大きな間違いに気づいた。
フィーアは私に気づかれない為に射撃を避けてたのではない。逆に私の意識を彼女に集中させ本命を悟らせない為に、あえて私の作戦に付き合っていたのだ。そして、私とガルムの距離がちょうど近づき、かつ互いに回避行動も庇うこともできない瞬間を、三人の連携で作り上げたのである。
「ぎゃあっ!」「がっ……!」
アインスによる完全な奇襲に、ガルムも私も防壁を張り切れず、急所こそ何とか守りきるも私たちは揃って全身から血を噴き出す。
「悪いね鳥乃、これでジ・エンドだよ」
弾丸を補充し終え、再び構えるアインス。そこへ近くの壁から突如煙があがり、
「ふたりとも、ボクに掴まって」
と、フェンリルの声。煙のあがった箇所は鋭角だった。
了解。と言葉を発する余裕もなく、私とガルムは彼女の手を掴む。そして、掴んだ手に引っ張られると、私たちは田村崎研究施設のメンテナンスルームにいたのだった。
「まさか、ガルムも一緒でここまでやられるなんて。大丈夫?」
フェンリルが心配そうにいった。
私はいまにも倒れそうな体を、壁を支えに姿勢を維持し、
「微妙ね。少なくともフェンリルが助けてくれなかったらふたりともお陀仏って話だし、仮に切り抜けても出血で倒れるのは時間の問題」
「うん。うー負けたー。悔しい」
一方、ガルムは自分から床に倒れ、悔しげに唸る。
「とりあえずふたりとも、すぐ治療に入るからカプセルに入ってくれないかな?」
と、フェンリルはガルムを肩で担ぐ。見るとメンテナンス用のカプセルは開いており、いつでも治療できる状態になっていた。
ここで、やっと私はガルムが駆けつけてくれた経緯に気づく。
この研究施設には私の副頭脳AIと繋がってるコンピューターも存在してる為、私がダメージを受けたり戦闘行為を行った際の異常事態はすぐこの施設で判明する。
そして、ガルムとフェンリルは現在も検査やメンテナンスを兼ねて研究施設で暮らしている。たぶん、幸運にもふたりはコンピューターの報告をいち早く察知することに成功し、フェンリルの鋭角を介したワープでガルムを加勢に向かわせてから研究員を呼び、二人分の緊急メンテナンスの準備に入ったのだろう。
なんて頼もしい後輩だろうか。おかげで私は命を拾うことができたのだから。
「助かるわ」
私はこの場をフェンリルに任せてカプセルに入り、すぐ意識を手放したのだった。
幸運にもアインスに与えられた傷はさほど深くなく、私たちは翌朝には損傷をすべて全快することができた。
目を覚まし、改めて状況を確認した私は、自分の推測が「半分正解」でこそあれ「真実には一歩足りない」ものであることが分かった。
曰く、襲撃の少し前に今回の事態を情報提供してくれたお客様がいたらしいのだ。
「こちらの部屋を使って貰ってます」
目を覚ましてまだ30分未満。傷は塞がったもののダメージによる疲労を残したまま、私は森口博士に来客用の宿泊スペースへと案内される。曰く、お客様は私を指名の『ドラゴンキャノン』を口にしたものの、私が呼び出される寸前に襲撃を受けた為に面会できなく、そのまま施設で一晩を過ごしたらしい。
私が眠ってる間に、鈴音さんを介してすでに依頼は受諾扱いになってるそうで、今から私は引き受ける事が確定させられた依頼内容を聞きに行く、という流れである。
「おはよう御座います。鳥乃をお連れ致しました」
森口博士が、客室のドアを叩き伝える。
「ありがとうございますー」
すると、部屋の奥から声。しかもこの声は、私のよく知る人物の声であり。
「失礼します」
森口博士がドアを開けると、少々狭いながら設備が一通り揃った部屋に、ふたりの少女がベッドに腰かけ私を待っていた。いや、片方は少女と呼ぶには実年齢が厳しいのだけど。
「おはよう、沙樹ちゃん。無事みたいで良かったー」
「おはようございます、鳥乃さん」
それは、昨日まさに接触に失敗した島津先生とシルフィのふたりだったのだ。
「えっと、おはよう。先生、シルフィ」
何とか挨拶しながらも、この事態に面食らう私。え、なに? どうしてふたりがここにいるって話? しかもシルフィなんて件のハイウィンドの一員だし。
島津先生は、まず少しだけばつの悪そうに、
「ごめんね。昨日沙樹ちゃんのほうから会いに来てくれたんだって? それも雨の中武道場まで」
「え? そこも把握済みって話? どうして」
すると、今度はシルフィが、
「えっと。鳥乃さん、みいねちゃんって子に私の所在を聞かれましたよね? その子から剣道部にいる私の友達に連絡がいって、そのお友達から私に」
続けて再び先生が、
「それで昨日は放課後からずっと一緒に動いてたから、私の耳にまで届いちゃったのよ」
「ああ」
だから昨日、ふたり揃って逢えなかったわけね。
「別に大丈夫よ。こうしてふたりがここにいるって話だもの」
すると、シルフィは悲痛な表情を見せ、
「ハイウィンドのことですよね?」
「うん」
私はうなずく。
「昨日の時点では、梓までアンちゃんに無視されてると知ったから事情を聞きに来た程度だったけど、みいねからハイウィンドが私と決別しようとしてるって情報を貰って、実際にその晩」
「襲撃にあったんですね」
「うん」
私は肯定し、
「何があったの?」
「組織の上層部から、鳥乃さんの地縛神を回収しろと命令が出たんです」
シルフィはいった。
「勿論、私たちは拒否しました。あのカードが命と繋がったフィール・カードで、それを奪ったら鳥乃さんが死んでしまうことをアインスが知ってたから。でも、上層部の決断は覆らなくて、それどころかはっきりと地縛神は危険なカードだから『殺してでも回収しろ』って」
「その組織って」
私は訊ねたが、やはり機密事項なのだろう。シルフィは首を横に振る。
「その日から、琥珀さんとアンさん、そしてメールさんという方の3人を中心に、なんとか作戦を中止または延期できないか頑張ってきました。その頃から、私たちは鳥乃さんと接触を避けるようになったと思います。ターゲットと親しくしてたら、今度こそハイウィンドが解体されかねないって話になって」
「でしょうね。立場が逆なら私でも同じ行動をとるわ」
ハイウィンドは前科付きだから、下手な行動は裏切りや離反と受け取られかねないのだ。
「ただ、梓さんという方まで無視するようにと指示は出されてません。たぶんアンさんは、友達の友達を殺さなくてはいけない罪悪感に耐えきれなかったんじゃないかなって」
「だろうね」
言いながら、私は心の中で「それはない」と断言する。だって、あの子性格悪いから。たぶん、私情を抜きにした組織としての判断か、いま梓と接触するのは個人的に都合が悪いのだろう。もしくは、あの子狡賢いから上層部にばれないよう私に気づかせる目的があったのかもしれない。
「しかし、メールちゃんか」
当時の推測通り、すでに皆で登録したグループLINEは風化してしまってる。だからだろう、まだ懐かしいというほど時間は経ってないはずなのに、あの子たちとの出会いが遠い昔のように感じてしまうのだ。
「以前、監査官としてTokyoから来られた方らしいのですけど、お知り合いですか?」
あ、そういえばシルフィは当時の出来事を何も知らないのだった。
「まあね」
私は肯定し、
「というか、その監査官の護衛として一緒に神簇邸にお邪魔したって話」
「えっ」
シルフィは驚き、
「そうだったのですか。本当にハイウィンドって鳥乃さんのお世話になりっぱなしなんですね。私も含めて」
と、少しだけ自虐的に笑う。しかし、再び悲痛な顔で、
「でも、問題はそれだけではなかったんです」
シルフィはいった。
「上層部からの命令とほぼ同時期に、
ここで私は、
「
「!? はい」
驚きながらも肯定するシルフィ。私は続けて、
「で、依頼内容は大方、“レズの肌馬”を殺害しろとか?」
「何で分かったのですか?」
「そりゃあね。突然転校してきた上に、股の軽そうなギャルメイクまでして私にハニートラップ仕掛けてくるのよ。しかも本来ギャルとは正反対な人間なのが全く隠しきれてない。警戒するなってほうが無理な話でしょ」
と、私は乾いた笑いを浮かべた。
「アインスは」
うつむき、シルフィは続ける。
「すぐに断ったそうです。でも、彼女は何度も何度も食いついて。断れば自分で殺す言い、君では無理だとアインスが言えば、なら依頼を請けてと、そんな堂々巡りが続いたそうです」
余程私は殺意を持たれてるらしい。恐らく私が過去の任務で殺した人間の関係者なのだろうけど、一体どこの繋がりだろうか。
「そんな折、ついに誓裁さんはアインスの首を縦に振らせました。昨日のことです」
「どうやって?」
私が訊ねると、シルフィは体を震わせいった。
「鳥乃さんを殺せないなら、せめて梓さんって方を殺して、仇に同じ苦しみを与えるといったそうです」
「っ!?」
そこまでは予想してなかった。私はゾッとする思いに顔が青くなる。
「アインスは、鳥乃さんの大事な人を護るために、地縛神のカードを回収することを」
「決めちゃったのね」
「はい」
シルフィはうなずいた。
話を聞く限り、ハイウィンド側の問題と鷹女ちゃんの転校自体は関係ないらしい。思えば、私や梓が避けられだしたのも鷹女ちゃんが転校した「辺り」であって厳密には若干のタイムラグがある。鷹女ちゃんにハイウィンド上層部とパイプがある可能性もあるにはあるけど、それならメールちゃんから何かあるはず。恐らく今回は必然ではなく偶然。運命が鷹女ちゃんの味方をしてるように思えた。
「アインスの選択に、シュウとフィーアは地獄まで付き合う覚悟みたいです。でも、私はそんな選択できません。できるわけないよ」
小さく嘆くシルフィの背中を、島津先生が優しく抱く。
シルフィは島津先生の温もりに支えられながら、言葉を続ける。
「だから、琥珀さんとアンさんが、私に任務を与えてくれました。私にスパイとして鳥乃さんの側につけと、事情を話して、鳥乃さんに都合の良い依頼をするようにって」
「私に都合の良い依頼、ね」
「お願いします」
シルフィは頭を下げていった。
「私たちを助けて! 誰の血も流さず、地縛神が安全なカードだって証明して、アインスも、フィーアも、シュウも、みんな助けて!」
「それが私に都合の良い依頼?」
あえて、私は冷たく訊ね返した。これでは私ではなくシルフィの都合に良い依頼だからである。
「じゃあ、どうすれば」
訊ねるシルフィに私はいった。
「期間無制限のセフレ契約」
「え?」
「神簇とアンちゃんに伝えて頂戴。一生私のセフレになってくれるなら依頼を請けてあげるって」
否、私はブレずに性欲のまま要求を伝えた。
「あ、あのね沙樹ちゃん」
しかし、ここで島津先生は申し訳なさそうに、
「もう、依頼は受諾されちゃってるのよ」
「え?」
「だから、さっきのシルフィちゃんの内容で、もう依頼は成立しちゃってるの」
そういえば、今回の依頼って鈴音さんの権限ですでに引き受ける事が確定してるって聞かされてたような。ということは、てことは。
「チクショーーーーッ!!!!」
私は、血の涙を流さんばかりに叫んだのだった。
その日の放課後。
私は、学校からバス亭までの帰路を梓と一緒に歩きながら、
「そうだ。悪いけど梓、この後ちょっと時間ない? むしろ作ってくれると嬉しいんだけど」
早速、梓を保護するための行動に出ていた。
「え、別にいいけど。どうして?」
「ちょっと連れて行きたい所があるのよ。場所は着いてからのお楽しみ、というには全然楽しくない所だけど」
「うん。いいよ」
事情を知らない梓は嬉しそうに微笑むので、
「いや、お出掛けしようとかいう話でもないんだけどね」
と、良心が抉られる。悪い事してるわけではないのに。
依頼を請けてから私は、いつも通りを装いつつ梓と一緒に学校に行き、気づいてるのがバレないよう迫ってくる鷹女ちゃんに変わらずセクハラをし、だけど四六時中梓の傍につき続けた。
梓には言いたくはないが、今回は互いが互いの命を守る盾になってるのだ。
まず、ハイウィンドは作戦内容上、梓には特に気を使って巻き込まないようにしてるだろう。だから、私が梓の傍にいる限り、奴らは見張りはしても攻撃してこない。
逆に鷹女ちゃんはいつ梓を殺しに来るか分からないので、私が傍にいる事で護ってあげられる。しかも強行に出れば私を見張ってるハイウィンドの目に止まり、言い逃れできない契約違反を晒してしまう。
結局、私たちは一度も狙われることなく放課後まできたわけだけど、このまま家で別れたら本末転倒。
家の傍で待機できたらいいのだけど、立地的に小母さんに見つかる可能性が高く、通報または追い出される危険性があった。
その為、私はついに自分の「仕事」を明かすのを覚悟で、梓を研究所に呼ぶことにしたのである。本当はハングド事務所がいいのだけど、シルフィが偽のスパイを演じるためには一緒に行動しなくてはならない。となると、ハングドの事務所では客室が足りないのだ。
(さてと)
周りに人がいなくなったタイミングを見計らい、私は後ろを振り向き、いう。
「いるんでしょ、フィーア。こちらに攻撃の意思はないから、ちょっと顔出してくれる?」
「え?」
きょとんとする梓。直後、フィーアは死角から顔を出し、
「何か御用ですか? 鳥乃さん」
よかった。つい使い古されたノリでやっちゃったけど、実はちょうどハイウィンドの気配を見失ってたのである。これでフィーアがいなかったら、とんだ赤っ恥を晒すところだったのだ。
「あれ、この子って」
梓が呟く。そういえば旅行のときにシルフィ以外のハイウィンド組とは一応顔を合わせたんだっけ。
「ん、まあ言っちゃえばハイウィンドに伝言を頼みたくってね」
私はいった。
「伝言ですか?」
「そう。たぶん、そっちにとっても利になる内容を考えたんだけど、お願いできる?」
「とりあえず聞かせて頂きます」
「ありがと」
フィーアが聞く耳をもってくれたので、
「本日の0時、私はアインスに正々堂々と決闘を申し込むことにするわ。場所は、目撃者を避けたいから神簇邸の庭の中央。勝者は敗者の命を与奪する権利あり。どう?」
「さ、沙樹ちゃん」
驚き、「何をいってるの」とすがりつく梓。
「事情は後で」
私は小声で梓にいい、
「で、どう? 伝えてくれる? たぶん、返事もお願いされると思うけど」
「分かりました」
フィーアはうなずいた。
「すぐにアインス及び第一第二司令にお伝えします」
「助かるわ」
「では」
と、すぐに帰ろうとするフィーアに、
「あ、待って」
私は呼び止める。
「何か?」
「悪いけど、研究所に着くまでは引き続き銃口をこっち向けて見張ってくれる? 実はハイウィンド側の行動を逆に梓の護衛に利用させて貰っててね」
「え、私?」
やっぱり事情が読めない梓。もちろん、これも後で伝える予定。
「他に見張ってる子がいるなら構わないけど」
「いまは私だけです。分かりました。ただ、徳光さんと離れてひとりになったら遠慮なく攻撃に入りますので、そのおつもりで」
フィーアはいい、さらに続けて。
「デュエルでもリアルファイトでも、ハイウィンドは個人のあなたに劣るつもりはありませんから」
と、強気な発言。これは勿論、警告なのだろう。殺せるときには、昨日のように殺しにかかるという。
「別にいいわ。梓に生傷を残す事態にさえならなければ。……でも、さ」
私はつい話を脱線させ、
「変わったわね、
「それが今の私の立場ですから」
「一時期ハイウィンドを潰しかけた人がいってもね」
私は軽めに笑い、
「昔の処分人なら任務遂行を優先して梓ごとでも私を殺処分してた。事実今日もそのタイミングは幾つもあったのに、あなたはそれをしなかった。でしょ?」
「いえ、少し違います」
フィーアはいい、
「以前の私なら学校を爆破して殺処分しました」
うわぁ。もっと過激だった。
「でも」
が、続けてフィーアは、
「鳥乃さんを殺処分するという任務は、学校を爆破してまで成し遂げる価値はありません。今回は最小限の被害でいかせて頂きます」
「やっぱり変わったわね」
彼女は、この短期間に命の重さというものを、人の繋がりというものをこれ程かというほど学んだのだ。これならば大丈夫。何があっても、今回の件で彼女は間違いを犯さない。
「呼び止めて悪かったわ。私からは以上よ」
「分かりました、では」
ヒロちゃんから何か学んだのだろう。フィーアは、まるで忍者みたいにこの場から消えたのだ。当然、気配も全く感じない。
で、入れ替わりに車道側から私たちの傍に一台の車が停まった。
「沙樹ちゃん、梓ちゃん」
車の窓が開くと、運転席から顔を出したのは島津先生。
「研究所に行くのよね? 乗せてってあげりゅ」
いつも通り噛み噛みだったのは、指摘してあげないことにした。
梓はきょとんとして、
「え、沙樹ちゃん? どうして島津先生が」
「んーまあ最近、仕事の関係で先生と接触する機会増えちゃってね。今回もそれ」
「お仕事?」
梓が、私の「仕事」をあまりよく思ってないのは知っている。ただ、詳細をどこまで知ってるのかは定かではない。
「とりあえず、詳しいことは車の中で話すわ。じゃあ先生、お言葉に甘えさせてもらうって話で」
私は、後部席のドアを開け、梓に乗るよう促す。
なお先生が迎えにきてくれるという流れは、元々の予定には無かったものである。本来ならこのままバスに乗り、普段と違う駅で降りて研究所まで徒歩で向かう算段。そもそも先生は今回の問題にこれ以上首を突っ込むのかどうか不確かなまま、私は学校に向かってしまったのだ。
「うん」
梓が乗った所で、私は反対側の後部席に乗った。
車が研究所に向かって動き出した。
「ごめんね。お節介だと思ったけど、今日は早めに帰れそうだったから。迷惑じゃなかった?」
発進してすぐ、車が赤信号に掴まった所で、先生は首をこちらに向けて訊ねる。
「むしろ助かったわ。バスだと鷹女ちゃんと同乗する危険もあったしね」
対して、先生の車で向かうルートなら、鷹女ちゃんに私たちが寄り道してる情報が伝わり辛い。何より、車の中でなら、研究所に着くより先に、梓も信頼する第三者がいる中、いま起きてることを伝えることができる。
先生が迎えに来てくれた事は、どう考えても私にとって嬉しい悲鳴なのだった。
「誓裁さん?」
あ、梓が警戒しだした。
「うん、そうだよねー? 危険だよねー? バスの中でいちゃいちゃされたら色々たまらないもんね」
また危険なオーラを発しながら梓はいう。が、私はあえてスルーし、
「ねえ。梓、前にロコちゃんがいってたハングドっての覚えてる?」
「え? うん」
こちらが途端、ガチのシリアスモードで訊ねたものだから、梓は少々動揺した様子。
「ごめん。あの時、ひとつだけ嘘ついたわ。……そこが、私の仕事先なのよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「気づいてたのね」
「確定ではないんだけど。沙樹ちゃんの行動を見てると、そういう節は多かったから」
当然だけど、梓は私の事をよく見てる。
「仕事内容は、あの時言った内容とほぼ変わらないわ。シティーハンターみたいな、護衛に探偵、殺しまで請け負う裏稼業専門の何でも屋。それを小規模の組織レベルに発展させたやつよ」
「殺……そっか」
梓は俯いて、
「沙樹ちゃんも、あるの? 誰かを殺したこと」
「少なくとも、衰弱した妙子を山に投棄した奴を殺した」
「っ」
驚く梓。
「ごめん。いきなり殺しの話は怖いわよね」
梓から返事はなかった。が、程なくして代わりに、
「ねえ沙樹ちゃん。どうして、いまになってそれを私に明かしたの?」
と、踏み込んできた。
車は真っ直ぐ研究所に向かっている。あれから赤信号にも渋滞にも掴まってないので、順調に行けばあと数分で到着するだろう。
「梓。私を責めることも視野に入れて、心して聞いて」
私は、はっきりと口にした。
「いま梓は、ある子に命を狙われている。それも私のせいで」
「え?」
顔をあげ、驚く梓。
「どういうことなの、沙樹ちゃん」
「先日、私と親交のある同業者の下に依頼が舞い込んだらしいわ。鳥乃 沙樹を殺せってね」
私は淡々と伝える。同業者は一度は断ったこと。だけど、依頼人は梓を殺すと言い出した為、無関係者を護るため依頼を請けたこと。でもって、
「その依頼人の名前は、
「誓裁さん!?」
驚く梓。それも、私が人を殺してることを知った時より激しく。
「恐らく転校してきたのも私に接触する為ね。で、ハニートラップで私を隙だらけにしようとした」
「実際メロメロだったもんね」
梓はいうけど、
「仕方ないでしょ。いつも通りの私を演じないと、梓もクラスのみんなも不審に思うし、私が何か察してることに鷹女ちゃん気づいちゃうじゃない」
「っていう名目で、やりたい放題セクハラしてたんだー」
完全に梓は、私を信じてないけど。まあ、悪いけどいまは誤解を晴らす時間はない。
「話を戻すけど。だから、事件が解決するまで梓には四六時中、私の護衛の目が届く範囲にいて貰いたいのよ。相手は殺したい相手に近づくため好き放題セクハラさせる人間よ。間違いなく手段は選んでこない。加えて人質で無理矢理依頼を請けさせた殺し屋を信用するとは思えないから、梓を殺すのも諦めてないはず」
「沙樹ちゃん」
梓は不安そうに私の手をぎゅっと握る。
「悪いわね。私のせいで巻き込んじゃって」
「ううん。むしろ、沙樹ちゃんも私のせいでその同業者さんに命を狙われてるんだよね? ごめんね」
「私はいいわ。対立は初めてじゃないって話だし」
ただ、残りのハイウィンドに加えて神簇にアンちゃんもあちら側。今回ほどこちらが不利なのは初めてだけど。
「それよりも梓って話。梓だけは絶対に危険に晒したくなかったし、だから極力関わらせなかったのに」
「私は大丈夫」
梓は、努めて笑顔を向けいった。
「だって沙樹ちゃんが護ってくれるんだもん。これ以上の安心は絶対ないよー」
「梓」
私は、そう言ってくれる目の前の
「ありがとう。必ず護るから。梓のことは」
「うん」
梓も、そっと抱き返す。
ミラー越しに、鳳火先生が少し羨ましそうに眺めていた。
研究所に到着した。
20時頃にまた合流するといって学校に戻る島津先生を見送ってから、私と梓は一緒に中に入る。
ロビーでは、鈴音さんとシルフィ、そして見知らぬ男の3人が話をしており、その内の鈴音さんは私たちに気づくと、男に一言断ってから立ち上がり、
「お疲れ様ですわ、沙樹。それと、お久しぶりですわね」
と、後ろめたさを顔に出しながら梓に視線を向ける。
梓はすぐ「あっ」となり、
「確か、沙樹ちゃんが
「
「本当だよ」
普段温厚な梓が、珍しく怒りを露にした。
「行方不明の間、私がどんな気持ちでいたのか分かる? その上、せっかく再会したのにまた連れ去られて」
「ごめんなさい、ですわ」
「ごめんじゃ済まないよ。もう、私から沙樹ちゃんを取らないで」
今にも泣きだしそうな梓の肩に、私はそっと手を添え、
「悪い、梓。それは筋違いって話なのよ。むしろこの人がいなかったら、私はもう一生梓と会えなかったんだから」
「……うん」
僅かな間の後、梓はついに涙を流し、
「わかってた。一応そんな気はしてたよ。……でも、それでも気は収まらないよ。この人が違うなら、私は誰に文句をいえばいいの?」
彼女の問いに、私たちは答えることができなかった。
説明できるわけがない。私が一度死んでること。この研究所のおかげで生きながらえてること。逆にいえば、この研究所なしでは生きられない体ということ。いまの彼女に伝えるにはどれもこれもショッキングな内容過ぎる。加えて、フィール・ハンターズが黒幕だなんて正直に言ってしまったら、知り過ぎた梓が今後命を狙われる危険すらあるのだから。
「ごめんね。この人は別に悪くないのに」
沈黙を前にして、梓が折れるようにいった。
「ごめん、梓」
そんな彼女に、私はもう一度謝るしかできない。
鈴音さんがいった。
「沙樹。私はここでもう少し用事がありますので」
「先に梓を部屋に案内しろ、ね。了解」
応えながら、助け船のように告げられた指示に私は内心感謝する。あのままだと、罪悪感に圧し潰されそうだったから。
「って話だから梓、客室に案内するからついてきてくれる?」
「う、うん」
うなずく梓を連れて、私は研究所の奥へと進んだ。
結局、私は最後まであの場にいた男と口を交わすことも、紹介されることもなかった。
梓を連れて移動していた所、扉の開かれたメンテナンスルームから、モニターを眺めるフェンリルの姿を見つけた。
「お疲れ様」
とりあえず挨拶した所、フェンリルはこちらに気づき、
「あ。帰ってきてたんだ。おかえり」
と、その場から挨拶を返す。梓は、また見覚えのある顔を前に驚き、
「この子って、旅行のときに」
「うん。徳光さんだっけ、久しぶりだね」
フェンリルはうなずく。
梓は「もしかして」って顔で、
「フェンリルちゃんもハングドだったの?」
「前に会ったときは無関係だったけど。あの後色々あってね」
「ところで」
私は会話の横から、
「いま、ガルムは?」
「ガルムなら事務所のほうに用事があるって」
「そっ」
よかった。妙子を知ってる梓にガルムと接触させるわけにはいかなかったしね。しかも、フェンリルの言い方から察するに、ガルムは自発的にここを離れたらしい。
もしかしたら、ガルム自身それを分かって行動してくれたのかもしれない。前に私が「ロコちゃんと接触しないで」って言ったのを思い出して。
「あれ?」
梓がモニターを見ていった。
「あそこに映ってるのって、藤稔さん?」
その言葉に、私もモニターを確認し「あ」となる。
現在、モニターには3×3の9画面が同時に表示されており、その内の8画面は施設内を映し監視に使われてたんだけど、左上の画面だけ木更ちゃんのアパートの一室が表示され、たったいま木更ちゃんの帰宅した様子が映ってるのだ。
「うん」
嬉しそうにうなずくフェンリル。これは間違いなく私用だ。
「フェンリル?」
私は冷めた目で睨むと、
「ちゃんと施設からは許可を取ってるよ。監視警備を手伝うかわりに1チャンネルだけ自由に使っていいって。それに、チャンネルも木更ちゃんが持ち込んだカメラの流用だしね」
「は?」
え、どういうこと?
「木更ちゃんも、監視警備を手伝ってるとき、こうやってかすが店長の監視とついでに自宅の監視もやってたんだって。ほら」
と、フェンリルが左上のチャンネルを弄ると、Kasugayaの厨房に映像が切り替わる。さらに、客席、かすが店長のマンション前、かすが店長の寝室、浴室と次々に映し出されてから、画面は木更ちゃんの部屋に戻る。
木更ちゃんは、ちょうど制服の上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外しはじめた所だった。
「おおっ」
私は思わず画面を食い入るように見て、
「フェンリル、いやマイフレンド。当然私も監視の手伝いに入る権利はあるって話よね?」
「仕方ないなあ。本当はボクひとりで愉しむ所だったんだけど、特別だよ」
と、フェンリルから許可を得て、ふたり並んで木更ちゃんの着替えを覗いてた所、
「はいふたりともアウト」
梓のハンマーが振り降ろされた。
しかも、今回はついに私以外にも制裁対象が発生したわけで。
それから十数分後。
梓をシルフィとは別の客室に案内し、二人分のドリンクを用意しようと一旦持ち場を離れた所、
「君が鳥乃 沙樹かな?」
廊下に設置された自販機の前で、私はひとりの男に声をかけられた。
研究所の人間ではない、しかし先ほど鈴音さんと話してた人とも別の男だった。ウェーブのかかった金髪で、無駄に白い歯を輝かせたその笑みは、アインスと同類のキザでウザい王子様を感じさせる。
だから私は無視して自販機に小銭を投入。
「突然、親友に命を狙われ不安なのも分かる。加えて、自身のカードが危険物だからといって殺してでも回収しようという、その理不尽さも」
ペットボトルの緑茶をふたつ購入した所で、私はすぐ梓の下へ。
「だが安心してくれ!」
が、男は涼しい顔と暑苦しい態度で私の前に回り込み、
「この私が来たからには、君の命はきっと保障されるだろう」
と、自分の髪をくるくる弄る仕草。
「誰?」
早く梓の下に戻りたいので、私は露骨に嫌悪を顔に出し訊ねたのだけど、
「よくぞ聞いてくれた! 我が名はナルキサス・フォン・スタルダー。栄光あるネビュラ財団の騎士だ」
「ネビュラ財団!?」
「我らが上層部の決定により、同胞アインスは友のフィール・カードを回収しなくてはならなくなった。しかし! 聞けば君の持つ地縛神は君の命と繋がっているというではないか。たとえ君がハングドという悪魔の一派であろうとも、殺してカードを回収するなど騎士の道理に反する! 何より、任務の為とはいえ親友同士で命を奪いあわなければならない悲劇に、私は強く嘆いている!」
ひとりで語りだすナルキサス。人の話を聞く様子がない。
しかし、ネビュラ財団とはまたとんでもない組織の名前が出てきたものだ。噂によると、その組織は危険なフィール・カードや異能のような現代社会に逸脱した類を回収し、世間の平和を守る正義の集団とのことだ。世界中に支部が存在し、もし存在するなら世界で最も大規模なロウ組織のひとつに数えられるだろう。
というのも、このネビュラ財団の存在は私たち裏の人間でさえ存在が確認されていない都市伝説のような組織だったのだ。まさか実在するなんて。
(ん?)
で、私はここで彼の言葉にひっかかるものを感じる。
「ねえ、いまアインスが同胞っていったけど、もしかしてハイウィンドと神簇家って」
「その通り!! ハイウィンドとは本来、神簇の本家当主の妻、瑠璃子様が支部長を務める京都支部の下位組織。そして同時に我が支部の傘下でもある」
「ええ……」
神簇ってそんなヤバい組織と繋がりある人だったって話? しかも高村司令と神簇も親戚同士って事は。そういうことって話よね。
「して、レディよ。君に確認を取りたい」
ナルキサスは一転、シリアスな顔をしていった。
「実の所、地縛神というのは本当に危険なものなのだろうか」
その問いに私は、
「正直、危険物ね。ネビュラ財団が噂通りの組織なら、反対意見が出るほうがおかしいって思う位には」
偽ることなく正直に言ったのだけど。
「なるほど。親友の立場を案じて自ら悪者を演じようというのか。分かるよ、自分のせいで無実の友が名誉を傷つけられるとあっては私も君の立場なら黙ってはいられないだろう」
おもっくそ曲解してきたんですけど、こいつ。
まあ、確かにアインスの為に悪者になったっていうのも間違ってはいないんだろうけど、そんなものは「ついで」だ。
「いや、私は真実を言っただけ」
「意地を張らなくてもいい。君とアインスの熱い友情は痛いほど伝わった」
ナルキサスは妄言をのたまい、さらには、
「そうか。君は過去に牡蠣根を始め人の命を何人か殺めていると聞いている。実をいうとこの私は、この点に関しては心の底で侮蔑していた。――しかし! いま相対してはっきり分かった。君は己の手を汚し心がどれほど傷つこうとも、護るべき命のため友のため、自ら悪になって正義を成す。そう、君はまさに闇の騎士、ダークナイト!」
勝手に変な称号をつけられた。さらにナルキサスは私の手を掴み、顔を至近距離まで近づけドアップで。
「やはり、君を擁護すべしという私の勘は間違ってはいなかった。レディ、君は今宵アインスに決闘を申し込んだそうだが、安心してくれたまえ。この私ナルキサス・フォン・スタルダーが、騎士の名に誓って無益な血を流させぬよう上に提言をしようではないか!」
言いたいだけ言った挙句、ナルキサスは私を解放すると後ろを振り返り、「こうしちゃいられない」とばかりにこの場を後にしようと歩き出す。
「待ちなさい!」
私は彼の後ろ姿に声を張り上げてでも呼び止める。
「ナルキサスだっけ? その様子だと私たちの決闘の話を知ってるみたいだけど。つまり私がフィーアに頼んだ伝言はアインスに届いたのね?」
「ああ。……そうだった。私はそれを伝えにきたのだった」
ナルキサスは振り返り。
「フィーアの代わりに、ハイウィンドからの伝言を承っている。23:50より君のために神簇邸の門を開けてくれるそうだ。観戦したい人はご自由にとの事だから、私や我が支部の支部長も事の行く末を見守りに向かうつもりだ」
「分かったわ。じゃあついでに、あなたを騎士と見込んでひとつ頼んでもいい?」
「この私にできることなら」
と、いってくれたナルキサスに、
「恐らく誓裁 鷹女って子が何らかの形で敷地内に侵入するわ。その子が梓の暗殺に出ないよう監視して頂戴」
「了解した。騎士の名に誓って、神聖な決闘に無益な血は流させないと約束しよう」
ナルキサスは今度こそこの場を後にした。
部屋に戻ると、そこに梓の姿はなく代わりにフェンリルが丸椅子に座っていた。
「あ、おかえり」
フェンリルはいい、続けて、
「梓さんなら、いまシャワーを浴びてるよ」
「シャワーを?」
まさか、こいつ梓の風呂まで覗こうと。私が警戒してると、表情にしっかり出てたのか。
「大丈夫だよ。いまの所ボクは梓さんをそういう目で見ずに済んでるから」
って。少し困った顔で弁解。
「そう」
ならいいけど。いや、「いまの所」とか言ってる以上よくはないけど。
「木更ちゃんウォッチングはもういいの?」
私が訊ねると、
「うん。さすがに、Kasugayaの店長を前にして目がハート状態の木更ちゃんを見るのは。ちょっとキツいから」
という事は、いま木更ちゃんは日課の真っ最中なのだろう。
「鳥乃さんってさ」
突然、フェンリルは独り言でも呟くように訊ねてきた。
「どうして、梓さんには何もしないの?」
「え?」
「木更ちゃんたちの旅行のときも、鳥乃さんが他の子にちょっかい出して制裁はされてたけど、そういえば梓さんに直接何かはしてなかったなって」
フェンリルの言葉に、私は「ああ、ちゃんと見てたんだ」と素直に感心し同時に驚いた。
増田の死を皮切りに近頃何かと縁がある彼女だけど、実のところ私と彼女の間に直接の面識は殆どなかった気がするのだ。
たぶん、お互い相手のことはそれなりに知っている。けど、それは他人から聞いたり資料として見たりといった情報でしかない。少なくとも私はそう思っていた。だから、まさか彼女からそんな質問をされるとは思ってもみなかったのだ。
「ボクがいうまでもないとは思うけど、梓さん凄く綺麗で可愛いよね? バストだって羨ましいくらい大きいし、梓さんを大事にしてるのは何となく分かるけど、君が手を出さない理由なさそうなのに」
「その答えなら、フェンリルが一番知ってると思うけど?」
「ボクが?」
どうして? 目で訊ねるフェンリルに、
「あなたが、旅行の日以来木更ちゃんに手を出さない理由はなに?」
「そんなの決まってるじゃないか、大事だからだよ。今度こそボクだけの木更ちゃんにしたいって気持ちが無いといえば嘘になるけど、二度目はないのは分かってるからね。そんな馬鹿なことをして今の関係を壊したくないし、今度こそ全てを台無しにする位なら死んだほうがマシだよ」
強い想いの込められた言葉を聞き、
「私も同じって話」
と、私は返す。
「え?」
「大事過ぎるから手が出せないのよ。梓はノーマルだから、私相手に恋愛することは無いって分かってるからね。そりゃあベッドの上で滅茶苦茶に愛したいのが正直な欲求だけど、いまの関係を壊してまで強行に出る気もないし、例え胸を触るだけのセクハラでも、それが梓を傷つける結果になるなら絶対しない。ヘタレと思われてもいいわ。たとえ私のレズの本能を裏切ってでも、梓の涙だけは見たくないって話よ」
「そっか……」
フェンリルは神妙な顔でうなずいた。そして、
「なら、梓さんは絶対に護りぬかないといけないね。血も涙も一滴たりとも流させないようボクも出来る限り協力するよ」
「ありがとう。こちらは、フェンリルと木更ちゃんの進展は応援できないけどね。私も木更ちゃんとのレズセ〇クスは狙ってるし」
「うん。色々台無しだね」
フェンリルは満面の笑顔でいった。
「あれ?」
と、ここでフェンリルは何かに気づいたって様子で、
「そういえば、ボクも鳥乃さんに襲われた事ないけど。こっちはどうして? ガルムには手を出そうとしたんでしょ?」
「手を出されたいの?」
「まさか。まあ、プライドや清潔感ゼロのブ男に手を出される位なら、まだ君の慰め者になるほうがマシだけど」
大人しそうに見えて、案外ズカズカ言うよね。この子って。
「んーまあ、どっちにしても。あと1・2年は抱こうって気は起きないわね」
「数年後ならありえるんだ」
「ん、だって」
私はフェンリルの体を軽く舐め見てから、
「フェンリルってさ。あなた、たぶん15歳以下よ。木更ちゃんよりひとつかふたつほど年下」
「え?」
資料によると、フェンリルは自分の年齢を知らない。あえて言うなら、フェンリルとして生まれて1歳未満なのは間違いないらしいけど、その前の記憶や経歴が殆ど無いらしい。僅かな情報は、ガルムと違って彼女は間違いなく体と中身が同一の人間だったこと。家族旅行中に観光バスがフィール・ハンターズに襲われたこと。
そういえば、「観光バスがフィール・ハンターズに」って過去に別件を調べてたときに似たような情報を入手していたような。
「あくまで個人的な直観だから確証はないけどね。でも、じゃなかったらこの私が全く発情を覚えないってのも変な話だし」
実際、多分この子は脱げばそれなりに化けるだろうとレズの勘が告げている。だけど、顔立ちだったり、衣服越しに映る現状の体つきだったりが、残念ながらまだ少々幼いのだ。
「そっか……」
どこか嬉しそうにフェンリルはいった。ガルムもそうだったけど、彼女も自分の正体を知りたくないわけがないのだ。
「あ、沙樹ちゃん戻ってたんだ」
ここでシャワーを終え、着替えた梓が戻ってきた。学校指定のジャージ姿だった。
「お茶。冷蔵庫に入れておいたから」
「ほんと? ありがとー」
梓は早速冷蔵庫を開け、中からペットボトルのお茶を取り早速一口。
「そういえば、今晩の夕食はどういう予定になってる?」
三人が揃った所で、私はフェンリルに訊ねてみる。
鈴音さんやシルフィを連れて外食なのか、誰かが代表してコンビニに買い出しするのか。一応、共用の炊事場はあったはずだけど。
「何も予定してなかったから、ボクが何か作るよ」
フェンリルはいった。私は驚き、
「え? 作れるの、料理」
「うん。ボクにそんなスキルがあったなんて、こっちに来て初めて知ったんだけどね。たぶん、ボクがフェンリルになる前に持ってた技術なんだと思う」
「得意料理は?」
「ナポリタン」
即答だった。たぶん嘘はいってない。
「じゃあ、梓が良かったらフェンリルに任せようと思うんだけど、どう?」
梓に確認をとって貰った所、
「うん。いいよー」
と、快諾。
「了解。じゃあ悪いけどナポリタン12人前作ってくれる?」
「うん、分かったよ」
フェンリルはそういって立ち上がるも、直後。
「え、12人前?」
「あ。ごめん、鈴音さんとシルフィも食べるなら14人前だったわ」
「待って、残り9人分は誰の分なの?」
と、フェンリルが訊ねるので、私は無言で梓に指をさした。
結局。
シルフィが少食だった為に半分残し、梓は10.5人分のナポリタンを平らげたのだった。
現在時刻22:00。
私は梓の客室で、机にカードを並べてうんうんと唸っていた。
梓は私の行動を見て、
「いまごろデッキを組み直しても回らないよ」
って、使い慣れたデッキで行く事を勧めるも、
「分かってる。でも、いまのデッキだと何か見落としがある気がして」
勿論、私は週1回は5枚以上カードを入れ替えるようにしてるので、デッキ内容を完全に把握はさせてないつもりでいる。だけど、今回はいまのまま向かうと大変な落とし穴に引っかかる気がしてならないのだ。
そんなわけで、もう1時間近く私はデッキと睨めっこしてる。
最初は「私に構ってくれない」って不満がってた梓だけど、この時間になって再び気になりだしたのか後ろから机を覗き込んで、
「あれ? 私の知らないカードが沢山ある。沙樹ちゃん、こんなの持ってたの?」
と、幾つかを指さしいった。
「ああ」
それは、私が基本ダークドローで生み出してる幻機獣だったので、
「そういえば梓には見せてなかったっけ。全部、仕事の時だけ使ってプライベートでは使ってないカードよ」
「どうして?」
「非売品っていうより、基本存在が認知されてないカードだから」
「そんなの持ってたの? もしかして、フィール・カード?」
「正解」
せっかくだから、私は幻機獣を梓が見やすい位置に置き直す。ところで、なんかこういう話してると正当にホビーアニメっぽい事してる気がするわ。実際は、その手の主人公が「カードは友達だ」って批判するような、カードを武器や道具として使ってる側なのに。
「幻機獣って、全部ペンデュラムモンスターなんだー。それに、融合だったり幻獣機の領分で出来ない事をさせてる感じ」
「大体そんな感じね。その分、ピンポイントでピーキーなカードも多いけど」
実際、そもそもがダークドローの能力で現状を打破する為だけに誕生した代物なのだから、いま私たちが言った特徴は持ってて当然なのだけど。
「あとは、最近手に入れたものだとこれ?」
私は《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》を梓に見せる。すると、
「あ、懐かしい。沙樹ちゃんこれ前持ってたよね?」
って。
「うん。覚えてはいないけど」
「覚えてないの?」
「例の行方不明だったときに、私の記憶からすっぽ抜けたカードが1枚あってね。けど、巡り巡って私の手元に戻ってきたって話」
「うん」
梓はうなずき、
「クリアウィングは沙樹ちゃんのカードだよ。昔、私を虐めた子を沙樹ちゃんがやっつけようとしてた時に、沙樹ちゃんの手元が突然光ったと思ったらって覚えてるもん」
たぶん、それは神簇とは別のエピソードだろう。あの悪友とは別に、梓を虐めようとして私が喧嘩でやり返した経験は割と何度もあるのだ。その全てが梓の小母さんの目に悪く映ったみたいだけど。お前のせいで梓が虐められたーとか。実は虐めっ子とグルなんだろとか。
「そっか」
私は改めてクリアウィングを手に取る。かすが店長が言ってたから自覚はしてたけど、やっぱりこれは私のカードだったのだ。
「最近見ないなーって思ったら、無くしてたんだ」
梓はいい、「あ、そうだ」と自分のデッキホルダーからカードを1枚抜き取る。
「もしかして、これも覚えてない?」
「見ていい?」
と、私は許可を取り、カードを確認する。案の定、見たこともないカードだったけど、これもフィール・カードなのがすぐに分かった。
「覚えてないわ」
「そっかー」
梓はやっぱりって顔で、
「沙樹ちゃん、クリアウィングを使い始めてから、いつの間にかこのカードも持ってたんだよ? 出所は教えてくれなかったんだけど、前に卓上でデュエルしたときに、コントロールを奪うカードで私のフィールドに置いちゃったせいで、片付けるときに間違えて一緒に持ち帰っちゃって」
ああ、卓上デュエルあるあるね。
「それで返そうと思ったときに沙樹ちゃん行方不明になっちゃって。おかげで、私もあの時のショックと会えない時間が長すぎて、ちょっと前までこのカードのことも頭からすっぽ抜けちゃってたの」
「そっか」
「だから、このカードも沙樹ちゃんにお返しするね。ハングドを始める前のカードだから、今日のデュエルでも奇策になるかも」
「ありがとう」
私は受け取るも、ふと疑問に思ったことがひとつ。
フィール・カードはデュエルによるアンティか、双方の同意による譲り渡しでしか所有者が移らない。言い方はあれだけど今回のような窃盗で手に入れても、気づけば元々の持ち主の下に戻ってるものなのだ。
だとしたら、なぜ私のフィール・カードが梓の下に行ったままなのだろうか。
梓を疑う気はない。ただ、わざと梓の手元に置かせたとか、当時の私側になにかあったのだと思われる。地縛神の眷属になって消えた記憶の全貌は、クリアウィング以外にもまだ何かあるようだ。
ところで。
「奇策、ね」
私はふと脳裏にデッキレシピが思い浮かび、組んでみる。
「できたの?」
「梓から貰ったカードを出す為の戦術に加えて、あえて幻機獣を多用する構成にしてみたわ。ちょっと試運転付き合ってくれない?」
「いいよー」
快諾して貰った所でデュエル、したのだけど。
「私の先攻。アテナバーン7回」
「防ぐ手はない。負けたー」
梓では正直、テストにならなかった。
とはいえ、その後他の人たちも呼んで試運転をこなした結果、何とか形になったのではないだろうか。
それから程なくして、
「沙樹ちゃん、梓ちゃん、そろそろ出発しよっか」
と、島津先生が部屋の外から私たちを呼んだ。
現在時刻23:20。
準備は全て整った。
今回登場した「ナルキサス・フォン・スタルダー」はHANGSとシェアワールドさせて頂いている『遊☆戯☆王-昏沌狂躁ピカレスク-』に登場した正気山脈さんのキャラになります。
本家ピカレスクのほうでは、こちら以上にとても濃いキャラをされてるので、もし興味がありましたら一度あちらも読んで下さると嬉しく思います。
正気山脈さん、ありがとうございました。