遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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今回の話は、本来MISSION25とMISSION26に分けて掲載する予定だったのですが、普段とは逆に双方とも普段よりボリュームが足りないことが発覚した為、実質的な2部構成で掲載させて頂きます。
前半の「天神(ゼウス)の寿司」、後半の「卯の花」。今回はどちらもある漫画をパロディした内容を大きく含んでおります。


※ 後半「卯の花」部分の内容にはダークな表現が入りますので閲覧にはご注意下さい。



2019/02/10
少々誤字脱字、おかしな表現が多い等の見直し不足が発覚した為、本日15:00~18:00にかけて再度見直しと修正をさせて頂きました。
表現が大幅に変わったり、内容が変更された等は御座いません。(幸い読み直す必要がある程の修正には至っておりません)
恐らく、これでもまだ誤字脱字は残ってると思われます。こちらも発見次第随時修正致しますが、誠に申し訳ございませんでした。

2019/02/12
今回の話は身内内でもエグすぎるという意見が出ております。
その為、今回の話に関してはくどいと思われる程に閲覧注意の注意書きを各所に置かせて頂きました。



MISSION25-天神(ゼウス)の寿司 / 卯の花(後半閲覧注意)

天神(ゼウス)の寿司◆

 

 

 

 私の名前は藤稔 天神(ゼウス)。北海道某市に住む中学三年生。

 そして、神(自称)であーる。

 

「おじさん、今日のお魚なのだー」

 父から発砲スチロールを受け取った私は、今日も寿司屋の戸を開け、いったのだ。

 店内はカウンター席が中心で、ボックス席は2~3席程度。なのだが、まだ開店前だからお客さんはひとりもいなく、店主のおじさんが厨房を、娘の巳 津紬(ともえ つむぎ)が客席の準備をそれぞれしてたのだ。

 津紬は今年14歳になる中学二年で、学校も同じ。私たる神の大事な後輩なのだ。

 店主のおじさんは私を見て、

「おはようゼウスちゃん。今日もありがとうな」

「はっはっは、神の施しに感謝するのだー」

 言いながら私は厨房の前に。そこで津紬が荷物を受け取ると、

「わあ、今日もすっごく重いよ。お父さん」

 嬉しそうにいって、よいしょよいしょと厨房の奥にそれを置いたのだ。

 私の父は漁師である。

 特に、この巳寿司は父が昔からお世話になってる店で、獲ってきた魚を市場に卸す際に、いいものを優先して買い取って貰ってるのだ。

 それは、年度代わりの頃に先代が病気で引退し、名小屋で修業を積んでいた息子が店を継いだ今でも変わらない。

「いやしかし、ゼウスちゃんの所は本当に神の施しだよ。君たちの船がなかったら今頃店を閉めなくちゃならねえ」

 おじさんが言ったのを聞いて、

篠寿司(ささずし)か」

「ああ。先代からの話だが、数年前にフィール・ハンターズの支部ってやつになってから、奴らはやりたい放題だ」

 篠寿司というのは、本店のある北海道を中心に全国展開している巨大チェーン店なのだ。奴らは組織絡みの権力と財力にモノをいわせ、この辺りの市場や漁船と専属契約し常に良い品を独占し続けている。そのうえ自分たちが破格の安値で買い漁った分、残り物には篠寿司ブランドとして馬鹿みたいな高値で販売させるのだ。おかげで近頃、辺りの寿司屋や食堂は、篠寿司に劣る食材を高級店並みの値段で出すか、げんなりするほど質の悪い海の幸を手ごろな値段で出すしかなく、どこも悲鳴をあげる事態なのだ。

「先代がやってた頃は、コネで他にも何件かこっそり横流してくれる業者もいたけど、今ではゼウスちゃんの船だけだよ」

 そこまで言ってから、おじさんは難しい顔をして、

「聞けばゼウスちゃんの船は篠寿司と契約してないそうじゃないか。今この辺りは契約してない船はどの市場に卸しても冷遇されるというのに」

 なんて今更なことを聞くので、私は笑って返す。

「フィール・ハンターズなんかに負けたくないだけなのだ」

 そう、私たちから夢月を奪ったフィール・ハンターズなんかには、なのだ!

「お父さん、お父さん」

 ここで、津紬が興奮気味に戻ってきて、

「ゼウスちゃんのお魚だけど、美味しそうな秋刀魚が沢山入ってたよ」

「秋刀魚だって!」

 するとおじさんも興奮気味に、

「獲れたのか、噂の秋刀魚を」

「バッチリなのだ」

 私は満面の笑みでピースサインをしたのだ。

 本来、いまの季節はまだ秋刀魚が獲れるような時期ではない。

 しかし近年、毎年のように起こる異常気象のせいで、いま北海道では時期外れの秋刀魚豊作という珍事に見舞われている。

 だが当然、市場では篠寿司が秋刀魚を独占してるため一帯の店では産地だというのにどこも手に入らない。まさに親交のある船に横流ししてもらうしかない状況なのだ。

「よし、津紬。早速一匹捌いて握ってみるか」

「ほんと?」

「ああ。ゼウスちゃんもどうだ? お礼に食べて行ってくれ」

 おじさんの誘いに私は、

「いいのか?」

 目を輝かせる。

「勿論だとも」

「なら、遠慮なく一貫頂くとするのだ」

 何故なら秋刀魚は、一番の大好物だからなのだ。

 おじさんの作る秋刀魚寿司はとても美味だったのだ。わっはっはー!

 

 

 実は私がこの巳寿司に通いはじめたのは、店主がいまのおじさんに代わってからである。

 先代が店主をしていた頃は、私には特に父の仕事を手伝おうという発想がなく、父が直接卸していたのだ。

 転機は、名小屋から引っ越してきた津紬との出会いだったのだ。

 

 確か、それは3月終旬。ある春休みの日だったのだ。

 その日私は、家から自転車で20分ほどの所にある岬に来ていたのだ。辺りは一面芝生が広がり、そこに灯台、かつて管理者が住んでたのだろう廃家、屋根付きのベンチがぽつんぽつんと置かれている。先は切り立った崖になっており、遠くまで見渡せる一面の海は真下まで続いている。

 私は、父が漁から帰ってくる日には決まってここから海を眺めるのが日課なのだ。

 大人からは「危険だから行くな」と口すっぱく言われて続けてきた。

 確かに、この場所には仕切りのようなものが設置されてなく誤って足を滑らせれば海に真っ逆さま。間違いなく命はないだろう。だけど、水平線をじっと眺めてると、いずれ父の乗る船が見えてくる。その瞬間が昔から好きだったのだ。

 この日の空は晴天だった。普段より一面の海が綺麗に見渡せ、程よい潮風が芝生をなびかせ、人気の無い静寂の中にさあさあとBGMを流す。

 そんな時だった。

 突如、ベンチの辺りから人の気配がしたのだ。

(誰なのだ?)

 気のせいかもとは思ったのだが、私は気になって屋根の外から覗いてみる。そこには、ひとりの少女が眠そうに目をこすり、欠伸をしてる所だった。恐らくさっきまでお昼寝をしてたのだろう。

 恐らく年齢は私よりひとつかふたつ下くらい。髪の長さはセミショート。ボリュームのある横髪をツーサイドアップに束ねており、それが垂れた犬耳のような可愛らしさをつくりあげている。そうでなくても、寝ぼけた眼差しもあって無邪気で小動物じみた子に見えた。

「そんな所で寝てたら、風邪をひくのだ」

 私が話しかけると、少女はやっとこちらに気づき、

「わっ」

 と、声をあげつつベンチから転げ落ちそうになる。

「危ないのだ! 大丈夫なのか?」

 私は慌てて中に。幸い、少女は大事には至らなかったのだけど、

「あ痛ー。危なかったー」

 背もたれで肩を打ったようで、少女は軽くさすりながら、

「あれ、もしかして、ここ入っちゃ駄目な場所だった?」

「いや、問題ないのだ」

 と、私は返しながらふと思う。地元の人なら、そんな事聞くまでもないはず。となると、

「もしかして、旅行先で家出してきたのか?」

「うん。旅行じゃないけど」

 なんて言いながら、少女は「あーあ」と座り直す。

 私は隣に座って、

「何があったのだ?」

 すると、少女は足をぶらぶらさせつつ、ため息交じりに、

「この前引っ越してきたばっかりなのに、私のお家、明後日には夜逃げしなくちゃいけないんだって。ぶー」

「夜逃げ!?」

 私は驚き、

「どうしてなのだ!」

「分からないよ。お父さん、地元のみんなに虐められてお仕事できなくなっちゃったんだって」

「え?」

「私のお父さん、名小屋で寿司職人の修行を積んでたんだけど。この前、お爺ちゃんが急に死んじゃって、それでお父さんがお店継ぐために家族みんなで引っ越してきたんだー」

「あ」

 私も漁師の娘なのだ。この先の事は大体分かってしまった。

「でも、お父さんがお店の店主になったら途端にどこも良いお魚を売ってくれなくなったんだって。だから、お寿司屋さん続けれなくて、借金抱えて閉店だって。歴史ある古いお店らしいのに」

「よくあることなのだ」

 私は、怒りを吐き捨てるようにいった。そして、続けていったのだ。いま、この近辺の市場の現状を。フィール・ハンターズと篠寿司に支配されたこの街の事情を。勿論、私の家は無関係だなんて言うつもりはない。私は素直に「自分は漁師の娘だ」と自白したのだ。だから当然、

「なら、君のお家も私の家族を、私のお店をぶっ壊したようなものじゃん」

 なんて批判は出る。

「否定する気はないのだ。父の船はフィール・ハンターズに魂を売ってないけど、おかげで良い漁場も奪われ船の維持費や燃料費までぼったくられてるのだ。だから、収獲した魚を篠寿司に持ってかれはしないものの結局相場の値段では卸せないのだ。いまの我が家では篠寿司に魂を売ってない高級店を支援するのが精一杯なのだ」

「そんなの関係ないよ! このままじゃ私たち死んじゃう! 人殺し!鬼畜!悪魔!」

「ぐ、うううう」

 彼女の言葉は、すごく胸に突き刺さったのだ。

 そうなのだ。私と父は、夢月を奪ったフィール・ハンターズに魂を売りたくなくて、奴らの思う壺になりたくなくて、損しかないと分かって契約を結ばなかったのだ。だけど、目の前で奴らの犠牲者が心中を辞さない事態になって何もできないのであれば、結局奴らの思う壺に変わりないではないか。

 だから、

「分かったのだ」

 私は立ち上がったのだ。

「もうすぐ父の船が帰ってくる。そしたら頼んでみるのだ。君のお店に魚を卸せないかって。本来の相場は無理かもしれないけど、何とかギリギリの線で売れないか頭を下げてみせるのだ」

 そこまで言って、私は少女の対面に歩み寄る。

「もし駄目だったら、一緒に夜逃げしてやるのだ。神のコネでも何でも使って、せめて心中しない程度にはサポートするのだ」

「それでも無理だったら?」

「無理だったら」

 私は考えてから、わざと能天気に笑って、

「一緒に心中してやるのだ。大丈夫、死ぬ気でやればなんとかなるものなのだ。わっはっはー」

 結果、私は父に頼み込み、私が魚を運ぶことを条件に再び巳寿司に魚を卸すことを承諾。父曰く、ただでさえ余所者を支援する余裕がない上、新しい店主が本島の金銭感覚で卸値に文句を言ったためブチ切れて卸すのを辞めてしまったのだとか。

 こうして、私の活躍によりひとつの家族を救うことができたわけなのである。

 で、その少女こそが巳 津紬(ともえ つむぎ)だったのだ。

 

 

 ――現在時刻10:30

 時系列は現在に戻り、店主の秋刀魚寿司を堪能し、そのままカウンターでガラナ(北海道ではコーラ以上にポピュラーな飲み物なのだ)を飲んでくつろいでると、

「ゼウスちゃん。ありがとうな」

 まな板を洗いながら店主がいうので、

「む、何がなのだ?」

「いつも娘の我侭に付き合ってくれて。あいつが無理言って頼んだのだろう、ウチに魚を卸してくれって」

「奴らの手先になりたくないだけなのだ」

 私はからっと笑い、

「それに津紬は、何だか放っておけないのだ」

「アイツはいつまで経っても子供だからなあ」

 店主が苦笑いする。

 あの日以来、私は津紬にすっかり懐かれてしまった。

 加えて新年度が始まり、学年は違えど同じ学校と分かってからは、何かと一緒に行動している。いままで私は、背丈こそ学年で一番下というわけではない(150cmはちょっとだけ超えてるのだ)のだが、なぜか下級生からも年下に間違われるほど幼く映るようで、だから、やっと私に後輩ができたみたいで、何だか凄く凄く嬉しいのだ。

 その中で分かったことだけど、津紬はとにかく純真で疑うことを知らない子だと分かったのだ。だから、誰か信頼できる大人(つまり私)が見張ってないと気が気でならないのである。

「だが、あんな事があっては一人で外に出すなんて恐ろしくて気が気でならない」

「名小屋でのことか」

「ああ」

 店主はうなずく。

 聞くところによると、去年、津紬は前の学校で強姦未遂に遭ったらしい。不良の集団に囲まれ服を脱がされそうになったのだとか。結局、原因は不明ながら綺麗な体のまま解放されたし、津紬自身は無知が幸いして自分が何されたのかも分からず終ったらしいからいいものの。

「だから、いつもゼウスちゃんが一緒にいてくれるのは本当に助かるんだ。おかげで娘をのびのびと育てられる」

「私だって、そんな大事件を聞いたとあっては気が気でならないのだ。大丈夫、神に任せてくれればいいのである」

 ちなみに当の津紬は、現在自室に戻ってTVゲームをしている。もちろん、後で私も合流予定なのだ。

「ところでおじさん、来週の握りコンテストの調整はどうなのだ?」

 とは、この地区で毎年開かれている寿司の祭典である。

 この辺りの寿司職人が自慢の一皿を披露し、競い合うこのイベント。全国の美食家や寿司協会の方々も審査員として顔を出すので、過去にも何度か入賞した店がミシュランに掲載される等、この地域の活性化に無くてはならない祭典なのである。未だギリギリの経営をしている巳寿司にとって、不況を脱出する最大のチャンスのひとつなのだ。

 しかし、近年は篠寿司の独擅場が続いており、ここ数年ミシュランに一軒も掲載されない事態が続いている。どうにかして奴らを出し抜かねば地域としても巳寿司としても未来はない。

「やっぱり、勝負の鍵は秋刀魚だろうね」

 当主はいった。

「恐らく今年はみんな噂の秋刀魚を目当てに来るはずだから、まず秋刀魚を出せないと話にならないだろう」

「なら良かったのだ。今日卸した秋刀魚を使えば」

「いや」

 店主は首を振り、

「秋刀魚というのは、鮮度が落ちるのが凄く早くてね。今でこそ秋刀魚の生食が一般流通しているが、昔は船の上の漁師しか食べられなかった程なんだよ」

「あ」

 そうだったのだ。

「恐らく今日卸した秋刀魚では、コンテスト当日まではもたないだろうね」

「そうなのか」

 店主のことだから、私が訊ねるまでもなく可能な限り日持ちさせる手段はとったのだろう。その上で店主は当日にあの秋刀魚は使えないといったのだ。

「大丈夫なのだ。当日にはまた新鮮な秋刀魚を用意するのだ」

 私は努めて笑っていった。

「だからおじさんは、安心して秋刀魚がある事を前提に当日のメニューを考えて欲しいのだ」

「ありがとう、ゼウスちゃん」

 店主も努めて笑みで返し、

「っと、そうだ。悪いけど今から用事を頼んでも構わないかな?」

「何なのだ?」

「実はマグロを切らしちゃってね。カジキマグロで構わないから、2時頃になったら津紬と一緒に市場で仕入れて欲しいんだ」

 いまの時間に市場に行っても、低品質の割に高値の魚しか手に入らない。巳寿司のような店だと、スーパーでいう閉店直前のタイムサービスを狙うしかないのだ。

「分かったのだ」

 私は快諾したのである。

 

 

 ――現在時刻14:25

 事件は起こったのだ。

「あれ? ねえゼウスちゃん、おじさんの船に誰かいるよ?」

 それは、津紬と一緒に市場に向かう道中のこと。停めてある父の船の近くを通りかかった時だった。

 明らかに船員には見えない姿の男が3名ほど父の船の前に立っていたのだ。間違いない、あれは。

「フィール・ハンターズなのだ」

 同一個体ではないと思うが、名小屋でかすが様争奪戦をした際、マンション1Fのエレベーター前で無双した奴らと全く同じ格好をしている。

 しかし奴らは一体何を。

 その直後だった。

「ククク、やれ。《ボーガニアン》」

 3人は同時に目玉にボウガンを付けたモンスターを召喚すると、船にボウを放ち始めたのだ。しかも、モンスターの攻撃は実体化し、見事に父の船に突き刺さる。

「あっ」

 驚く津紬。

「お前たち、一体をしてるのだ!」

 私は気付けば奴らの下に駆け出していた。

「チッ、何だお前は」

 反応する男共。私は走りながらデュエルディスクを装着。

「何だか分からないが、死ね!」

 とかいって、躊躇いもなく《ボーガニアン》のボウを私に向けて放つも、私はフィールで動体視力を上げ、ひょいひょいと避けながら奴らの懐へ。そのまま放射線タイプの赤外線を飛ばし、纏めて強制デュエルに巻き込ませる。

「なっ、避けろお前ら!」

 結果、男のひとりが後ろへ飛びの退くも、残りのふたりは赤外線を浴び強制デュエルモードに。

 赤外線を浴びたうちのひとりが、

「俺たちに構うな! お前は引き続き任務に当たれ」

「分かった」

 逃した男は再び《ボーガニアン》を船に向け、破壊活動を再開させる。

「ゼウスちゃん、いまのって」

 津紬が私の後ろにやってきて、私の服をぎゅっと握る。

 私はいったのだ。

「フィールなのだ、噂で聞いたことがあるはずなのだ」

「え? でもそれって都市伝説でしょ?」

「実在するのだ。それよりも」

 と、津紬の手を取り、私の背にぎゅっと抱きしめさせる。

「津紬、この神から離れないでくれなのだ」

「う、うん」

 うなずく津紬。

 男がいった。

「デュエルは2対1の変則スピードデュエル。お互いに第一ターンはドローフェイズとバトルフェイズを行なえないルールでいいな」

「分かったのだ。なら、人数が1人少ない私は先攻を貰うのだ」

 私がいうと、

「良かろう。だが俺たちはそれぞれ4000のライフを持ち、マスターデュエルのフィールドを共有で使わせて貰う」

「分かったのだ」

 お互い、さっさとデュエルを終わらせたいからだろう。どちらも相手の要求にノー言わず、手早く今回の専用ルールを決定し、

『デュエル!』

 と、叫んだのだった。

 

 

ゼウス

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][][][]

[][][][][]

フィール・ハンターズA/フィール・ハンターズB

LP4000/4000

手札4/4

 

 

「ゼウス、だと?」

 ここで、デュエルを免れた男が呟きいったのだ。

「どこかで聞き覚えがあった気がする。お前たち、万一の為に警戒はしておけ」

 しかし、当のふたりは、

「大丈夫だろ。こんなガキ相手に負ける気はない」

「昼食にパインサラダもステーキも食べる予定はない」

 と、明らかに耳を貸さない態度。

「神のターンなのだ」

 先攻の私は、最初の4枚の手札を確認し、

「モンスターをセット。さらにカードを2枚セットしてターン終了なのだ」

「俺のターン、ドロー!……はできないんだったな」

 で、フィール・ハンターズ側のターン。

 男は早速、

「《ボーガニアン》を通常召喚」

 と、先ほど父の船を破壊していたモンスターを呼び出し、

「カードをセット! ターンエンドだ」

 早々とターン終了を宣言。そこへ私は伏せカードの1枚を表向きにし、

「ターン終了時、速攻魔法《コズミック・サイクロン》を発動なのだ!」

「《コズミック・サイクロン》だと?」

 困惑する男に向かって私は、

「ライフを1000払い、その伏せカードをゲームから除外するのだ」

 

ゼウス LP4000→3000

 

 このカードは1000ライフをコストに、魔法・罠カードを1枚除外する速攻魔法なのである。《サイクロン》と違って効果破壊をトリガーとする相手カードの影響を受けないかわりにコストがついて考えなしに乱用すると痛い目を見るカードなのである。

 だが、この神は崇高なる考えの下、このカードを遠慮なく使用。

「ちっ、ミラーフォースがやられたか」

「自分からライフを削ってくれたんだ。問題ない、いくぞ! 俺のターンだ!」

 続けて、もうひとりのフィール・ハンターズの男のターン。

「ここでパートナーの《ボーガニアン》の効果。俺たちのターンのスタンバイフェイズ毎に相手ライフに600ポイントダメージを与える。喰らえ!」

 《ボーガニアン》は露骨に私ではなく津紬を狙ってきたが、私は彼女を抱えながら体を逸らす。ボウは私たちの横を通過し、適当に蒸発したのだ。

「津紬、大丈夫なのか?」

「うん」

「良かったのだ」

 今更ながら、デュエルを仕掛けに行く前に津紬を避難させるべきだったのだ。いまとなってはデュエルに巻き込めなかった3人目が狙ってくるとも限らないので、こうして護るしかできないのであるが。

 

ゼウス LP3000→2400

 

 とはいえ、ルール上では私はしっかり被弾した扱い。600ポイント分私のライフは削られる。

「で、俺も《ボーガニアン》を召喚だ」

 フィールドに現れる2体目の目玉。

「そしてカードを1枚セット。ターン終了だ」

「速攻魔法《コズミック・サイクロン》なのだ!」

「2枚目だとっ」

 ここで私は再び《コズミック・サイクロン》を発動し、男が伏せたばかりのカードを今回も除外する。カードは《神の宣告》だった。

 

ゼウス LP2400→1400

 

 当然、神のライフはさらに1000減少し、結果。

「クク、ハハハハハ!」

 男のひとりがたまらず笑いあげる。

「こいつ、俺たちが《ボーガニアン》を出してるというのに自分からもうライフを2000も削ってきやがったぞ」

「全く。ちんちくりんの小坊ですでに自殺願望とは先が思いやられるな」

 同意して笑うもうひとりの男に、

「待つのだ! 神は来年高校生なのだ! 小学生ではないのだ!」

「嘘っ」

 驚く男共。

「嘘ではないのだーっ!」

 私は叫んで否定するも、

「もういいのだ。私のターン、ドローであ~る。このターンからドローフェイズとバトルフェイズが解禁されるのだ」

 私はカードを1枚引き、

「ふっふっふっ、なのだ」

 今度は私が不敵に笑ってみせる。

「一応反応してやろう。何がおかしい?」

「私が伊達や酔狂、ましてや自殺願望で《コズミック・サイクロン》を連発したと思ってるとは片腹なんとか痛いなのだ」

「ゼウスちゃん、片腹痛いだよ。なんとか要らないよ」

 こっそり津紬が補足してくれたが、そこは問題ではないのだ。

「見て驚くのだ。このゼウスの、神のデュエルスフィンクスを! スキル発動、《サイバー流奥義》!」

「そ、そのスキルは!?」

 驚く男共。

「思い出した!」

 と、ここでデュエルをしてない男が叫ぶ。

「どこかで聞いた名前だと思ったら、奴は名小屋で俺たち精鋭を相手に百人斬りをやってのけた女だ」

「なんだって!」

 更にデュエルしてるほうの男共は驚く。

 私はいった。

「はっはっは、恐れいったかフィール・ハンターズ共! この神を侮って相手した不運を悔いるがいいのだ!」

 そういって私は、ソリッドビジョンで2枚のカードを手元に発生。フィールは込めていないので、実際に触れたりはできないのだが、

「《サイバー流奥義》は、私のライフが3000以下の場合に発動可能。4000を下回っているライフ1000につき1体、ゲーム外から《プロト・サイバー・ドラゴン》をフィールドに出すのだ」

「まさか、その為に《サイクロン》でいい場面をわざわざ《コズミック・サイクロン》を使って」

「ご名答なのだ」

 私はうなずく。その上、2回も使ったおかげで相手の伏せカードはゼロ。手札誘発さえなければ相手の妨害を気にせず動き回れるのだ。

「我がライフと4000の差分は2600、私は2体の《プロト・サイバー・ドラゴン》を出すのだ」

 スキルが無事発動されると、ソリッドビジョンでできた2枚のカードは私のディスクに転送され、場に2体の機械竜が姿を現す。攻撃力は1100と低いのであるが、

「《プロト・サイバー・ドラゴン》はフィールド上で《サイバー・ドラゴン》として扱うのだ。そして魔法カード《パワー・ボンド》なのだ! 私は場の《プロト・サイバー・ドラゴン》2体を融合。プログラム起動、神アップデート。機械竜の試作品たちよ! いまこそ交わり、更なる高みに進化するのだ! 融合召喚! 神に従うのだ、《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」

 2体の機械竜が混ざり合い、出現したのは双頭の機械竜。その攻撃力は2800なのだが、

「《パワー・ボンド》で融合召喚したモンスターは、その元々の攻撃力分だけ攻撃力が更にアップするのだ」

 こうして出現した《サイバー・ツイン・ドラゴン》の攻撃力は、

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 攻撃力2800→5600

 

「ご、5600だとっ」

 驚愕する男共。私は続けて、

「だが、強力な効果には当然コストがつきまとうものである。《パワー・ボンド》を発動したターンのエンドフェイズ時、私はこの効果でアップした攻撃力分のダメージを受けるのだ」

「ならこのターンを耐えきれば」

 と、希望を口にする男に向かって、

「だから、神はこうするのである。《サイバー・ジラフ》を反転召喚、リリースして効果発動。ターン終了時まで、私が受ける効果ダメージは0になるのだ」

「なっ」

 途端、顔を青くする男。

「だがしかし、こんなのは保険でしかないのだ。このターンで神は決着をつけるのだ! バトル! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》で《ボーガニアン》に攻撃! エヴォリューション・ツイン・バーストなのだーっ!」

 サイバー・ツインの口から放たれる、ブレスの体を成したビーム砲撃が《ボーガニアン》を直撃。

「《ボーガニアン》の攻撃力は1300、つまり4300の超過ダメージを受けるのだーっ!」

「うわあああああああああ!」

 

フィール・ハンターズA LP4000→0

 

 なんだか凄くテンプレな断末魔の叫びをあげながら、ひとり目のライフは0に。

「くそっ、ならば次のターンで、次のターンで何とか」

 とか言ってるが、

「そんなもの無いのだ。《サイバー・ツイン・ドラゴン》は1度のバトルフェイズ中に2回攻撃できるのだ」

「なっ!」

「《サイバー・ツイン・ドラゴン》でもう1体の《ボーガニアン》に攻撃! エヴォリューション・ツイン・バースト!」

 二度目の砲撃が最後の《ボーガニアン》を破壊し、

「こんなふざけた奴に俺たちがああああああああああ!」

 

フィール・ハンターズB LP4000→0

 

 もうひとりの男のライフもゼロに。

「はっはっは、粉砕!玉砕!大喝采! 強靭!神!最強! ワハハハハハ、わははははなのだー」

 私はその場で高笑いしたのだ。

「げほっげほっ」

 で、笑いすぎてむせたのだ。

「ちっ、《強制脱出装置》発動。お前たち、一時退散するぞ」

 私が咳込んでる間に、デュエルしてなかった男がカードを発動。フィールの全損した他の男共を連れてその場から退散してしまった。

「げほげほ、ま、待つのだー」

 私は手を伸ばすもすでに遅い。しまったのだ、調子に乗り過ぎて逃がしてしまったのだ。

「ゼウスちゃん、大丈夫?」

 津紬が私の背中をさすって訊ねる。

「だ、大丈夫なのだ」

 おかげで私は少し楽になりつつ、

「津紬、それより我が父の船は」

「それが」

 津紬が船に視線を向ける。

 幸いにもエンジン部の損傷はないせいか現状の爆発は免れたが、至る所に穴が開き抉られた傷が残り、間違いなく修理が必要な状態だった。

 私は、軽い絶望と共に、

「これでは、しばらく海に出るのは不可能なのだ」

「そんなー」

 津紬が嘆く。

「じゃあ、コンテストの秋刀魚は」

「届けられないのだ」

 まさか、自分の傘下に入らない者をここまで徹底的に潰してこようとは。

「畜生! 許さないのだ篠寿司」

「ゼウスちゃん、船の修理代は」

 訊ねる津紬に私は首を横に振る。

 このままでは巳寿司のコンテストを支援する以前に、父の仕事さえも廃業なのだ。今度は私たちが夜逃げしないといけない事態なのだ。

 そんな状態を津紬も察したのだろう。

「どうしよう。コンテストの賞金があれば船を修理させれるけど、このままだとコンテストも出れないよー」

 と、本来なら巳寿司を維持する資金源だったはずの賞金を、船の修繕にあてようとする発言。気持ちは嬉しいものの、津紬の言う通りこのままでは。

「あ」

「ゼウスちゃん?」

「いや、待つのだ。もしかしたら」

 私は窮地の中で浮かんだ“それ”が可能かどうか頭を張り巡らせ、

「津紬、神にひとつ考えがあるのだ」

 私はいった。

「もしかしたら、最高の秋刀魚を手にコンテストに参加できるかもしれないのだ!」

 

 

 コンテスト当日。

 会場となった市内の公民館。そのホールの一室には、設置された長テーブルを囲むように地区中の寿司職人が待機していた。しかし、神は知っているのだ。その過半数が篠寿司もしくは、そのチェーン店に成り下がった寿司屋の職人であることが。

 私は、手伝いとして津紬と共に店主のおじさんの隣に立っていた。

「それでは、これより寿司コンテストを始めます」

 司会と思われる男がいった。もちろん、彼も篠寿司によってすでに買収済だ。

「寿司屋の技術口上と、国内に向けた地域活性化の為に始まったこのコンテストも今回で――回目となり――であり――」

 そんな男が、半ば定型化した挨拶を述べる。が、すでに地域ではなく篠寿司のアピールの為に動いてる男が何を言っても耳に入るはずがない。実に滑稽なのである。

「では、ルールを説明します。材料は自由、皆様には己の最も自身のある三貫盛りを十皿作って頂きます。それを、審査員の手により技術・味・ネタの総合で評価させて頂きます」

 との事なのだ。

「では、始めてください」

 司会の言葉と共に、職人たちは一斉に調理を開始する。もちろん巳寿司の店主もなのだ。

 私は他所の職人のネタを確認する。中には季節のネタ三貫で勝負する職人もいたが、殆どはマグロ・季節のネタ・秋刀魚の組み合わせだったのだ。しかも、見る限り秋刀魚を保存している容器は全く同じクーラーボックス。間違いなく篠寿司が提供したものである。

 一方、店主が用意した魚は、全て同一のネタであった。

「時間です」

 司会の言葉と共に調理は終了。周囲を確認すると、殆どが規定の量の三貫盛りを完成させていたが、中には肝心の秋刀魚が痛んでしまい何とか応急処置もしくは辞退に陥ってしまう者も。一瞬、神たる私は「はっはっは、ざまあなのだ」と思ったが、すぐ失敗した職人が全員篠寿司に魂を売らず頑張ってきた者たちだったと気づき、私は心の中でも不幸を喜んだことに深く反省したのだ。

 結果的に、コンテストに参加した職人の中で、トラブルなく三貫盛りを十皿握り終えた職人は、篠寿司以外では5人にも満たず、1名を除いて秋刀魚を使わなかった者たちのようだった。

「それでは実食を始めます」

 司会がいうと、審査員として招待された美食家や寿司協会の方々が動き出す。とはいえ、その半数は篠寿司に買収されてるらしく露骨に奴らを褒め称えるコメントが飛び交い、他所の三貫盛りを見ては、

「これは駄目だ」「とても食べられたものではない」「言うならアイドルグループの中にしれっと混ざるスベスベの実を食べる前のア〇ビダを見てるようだ」

 とか酷いコメントが飛び交う。

 でもって、奴らの誘導のまま審査員は篠寿司の寿司を実食し、

「うむ。美味い」

「さすがは篠寿司。噂とはいえ季節外れの秋刀魚をここまで美味しく調理するとは」

「しかし、こちらの秋刀魚は少し生臭みが」

 それも奴らの手の内だったのだろう。審査員の感想を聞き観客席からひとりの男が前に出ると、

「生臭みですか?」

「ええ。まあ秋刀魚にはどうしても付きまとう特有のものですが」

「失礼、私は彼を育てた親方です。失礼ながら該当の1貫を頂いてもよろしいですか?」

 と、許可を貰い、親方を名乗る男は秋刀魚寿司をひとつ食べ、

「大変失礼致しました。貴方の舌にこのような出来損ないを与えた彼には、篠寿司の看板を名乗る資格など御座いません。金輪際、破門とし寿司を握らせないように致します」

 と、のたまい、

「他の方々も篠寿司の名を背負う職人に御不満があれば遠慮なく申し出てください。我々篠寿司は常に手抜きなし全身全霊の意識で、他の寿司職人の一歩先を行かなくてはなりません」

 などと言い、篠寿司の目標の高さをアピール。実際は元々契約を打ち切る予定だった職人をコンテストの場で晒し者にし、職人生命に深い汚点を残させ再起不能にしつつ、篠寿司に適当な職人は必要ないという設定で好感度アップを狙ったという所だろうか。

 恐らく支給されたクーラーボックスか秋刀魚に「生臭みが残る」よう細工がされていたのであろう。もしくは、調理工程に指示があったのかもしれない。

「待ってくれ! 俺は篠寿司に支給されたものをその通りにやっただけだ!」

「己の技術不足を上の責任にするか愚か者が! 貴様に寿司職人を名乗る資格などない!」

 どちらにせよ、会場はこのわざとらしいマッチポンプによって篠寿司劇場の壇上に早変わり。

「お恥ずかしい所を申し訳ありません。1号店の彼の握った寿司でしたら生臭みも無いでしょう。どうかご賞味下さい」

 でもって、篠寿司の中で優勝を勝ち取るシナリオになってるだろう1号店の寿司を審査員が食べては、

「これは凄い、見事な腕前です」

「3号店の寿司はワインで漬け込んでるのか」

「いやあ見事です。篠寿司の秋刀魚はどれも生臭みがなく脂が乗り、ネタの質だけに甘えずそれぞれが創意工夫を凝らしてる」

 と、(買収してるのだから当然だが)篠寿司の寿司を絶賛する審査員たち。

「おや、こちらは篠寿司ではないですね。巳寿司ですか」

 審査員のひとりが、ようやく巳寿司の三貫盛りに注目する。

「これは、全部秋刀魚! 秋刀魚尽くしですか」

 すると、すかさず他の審査員が、

「秋刀魚だけを並べれば優勝できると思ったんでしょう。このような輩は後回しにしても構いませんな」

 と、露骨に点数下げにかかる。どうやら他の寿司同様、篠寿司以外の寿司は一口も食べずに審査を終えるつもりらしい。もしくは、わざと後回しにして質が落ちるのを待ってから残りの寿司を食べる気だろうか。

 しかし、最初に巳寿司の三貫盛りに反応した審査員はいった。

「いや見てくれ。どの秋刀魚の握りも工夫を凝らしてある。それに部位に違うのでしょう。面白い、僕は食べさせて頂きます」

 そして、左端の寿司を手に取り口へ放り込む。直後、

「美味い!」

 バァン!

 と、審査員の手を叩く音が会場内に響き渡る。

 直後、会場内がざわざわと騒ぎ出し、

「出た! “柏手のヤツ”だ」

「何なのだ?」

 私がこっそり訊ねると、店主は、

「寿司協会の名物審査員のひとりだよ。本当にうまいと思ったときには思わず柏手をうってしまう癖があるんだ。まさか今日のコンテストに呼ばれていたとは」

「なるほどなのだ」

 しかも、その“柏手のヤツ”が我々巳寿司の秋刀魚で柏手を打ったのだ。これは流れが完全に巳寿司に傾いてきたのだ。

「何だこの秋刀魚は、創意工夫をさることながら、ネタからして篠寿司のものとは全然違う!」

 “柏手のヤツ”の感想を前に、

「なにっ」

「なんだとっ」

 先ほどまで篠寿司を絶賛していた審査員もこぞって寿司をつまみ始め、

「うっ!」

 全員硬直。直後、

「物凄い脂だ。それでいて一点の曇りもない鮮やかな旨み」

「まるで生きた秋刀魚が口の中で跳ねるようだ」

「これに比べると篠寿司の秋刀魚は、スカスカの雑巾を泥水で絞ったようなえぐみの塊だ」

 言った直後、ハッとなり顔を青くする審査員。その舌その魂は嘘をつけず、つい買収された身であるに関わらず決定的に「巳寿司のほうが美味い」と言ってしまったのである。

「なんだとっ!」

 で、さっきの自称親方が再び前に出ると、

「そのような筈はない、この近海で篠寿司の秋刀魚より美味い秋刀魚など」

 と、今度は許可を取らずに巳寿司の秋刀魚の握りを一口。

「な」

 自称親方は驚愕とばかりの顔をみせ、

「何だこれは、今年の秋刀魚でこれほど脂の乗った秋刀魚を食べたことはない。巳寿司! これは一体何なのだ!」

 こちらを睨みつける。

「ふっふっふ」

 ここでやっと、私は神々しく高笑いし言ったのだ。

「篠寿司の馬鹿舌でも気づいたか! その通り。実はこの秋刀魚は、去年獲れた季節の秋刀魚なのだ」

「な、去年の秋刀魚だって」

 驚く自称親方を前に私は続けて、

「確かに、いまこの地では異常気象のせいもあって時期外れの秋刀魚が大量に獲れ話題になっている。しかし、いま獲れる秋刀魚は所詮季節外れの魚、本来の時期に獲れる秋刀魚と比べて味という点では一歩も二歩も劣るのだ。対し、去年の秋刀魚は同じく異常気象の影響で素晴らしく脂の乗った最高の秋刀魚だったのを皆覚えているだろう。これが、その去年獲れた最高の秋刀魚なのだ!」

「馬鹿な! ただでさえ傷みやすい秋刀魚だ。それを、どうすれば去年のものを今日までこのレベルの鮮度で保存できる」

「いいえ、去年どころではありません」

 柏手のヤツが横から訊ねる。

「僕の舌が覚えてる限り、この秋刀魚は去年市場に並んだ秋刀魚より更に鮮度が良い。一体どうすれば、こんな秋刀魚を」

「その正体は、これが船の上で釣り上げた直後の秋刀魚を処置したものだからなのである」

 私がいうと、柏手のヤツは「えっ」となりながら、

「つまり、俄には信じがたいことですが、貴方は僕たちが食べたこの秋刀魚の握りが、まさに釣りたてをその場で捌いて食べたものと変わらない鮮度だと言いたいのですか?」

「大方その通りなのだ。そして、篠寿司でも実現不可能なこの鮮度維持技術を、我々巳寿司は持っているということなのである」

 元々、娘の秋刀魚好きを知ってた父は、毎年季節の秋刀魚を釣り上げると、市場に卸す分とは別に少量ずつ私用の秋刀魚を保存してくれていたのだ。そんな中、私は去年、従妹の藤稔 地津よりフィールという技術を教えて貰い、結果フィール・カードの《タイムカプセル》を用いた画期的な保存方法を手に入れたのである。

「これは決まりですね」

 柏手のヤツがいった。

「今回の寿司コンテスト、優勝者は巳寿司になります!」

 直後、会場が湧いた。

 津紬は父親の胸にしがみつき、泣いた。

 私は、

「これにて一件落着。わっはっはなのだー」

 水〇黄門みたいな高笑いをあげたのだった。

 

 そんなコンテストの帰り。

「ゼウスちゃん、早く早くー」

 まだ片付けが残ってるという店主を会場に残し、津紬の強い希望で私たちは一足先に我が父の下に向かっていたのだ。

 会場のホールを出て、公民館の廊下を進む私たち。

 前方で津紬が手を振って急かすので、私は小走りで追いつきながら、

「急がなくても平気なのだ」

 なんて乾いた笑いで応じる。まったく、津紬はいつまで経っても子供なのだー。

 ちなみに、いまの津紬は、普段私がやってるのと全く同じ行動(MISSION19参照)をしてるのだが、残念ながら私がそれに気づくことはない。

 だから、

「ぶー。いつもはゼウスちゃんが私を急かすのに」

 なんて言われても、

「神は大人で神だからそんな子供らしいことはしないのだ」

 とか返事しちゃうのだ。実際はお互い同じくらいやってるのだが、当然双方気づくことはなかった。――最期まで。

「もう、先行っちゃうよ」

 待ちきれず、私と対面したまま後ろ向きに走る津紬。すると、前方に一組の男女が立っているのに私は気づき、

「あ! 津紬、後ろ!」

「ふぇ?」

 言われて振り返るもすでに遅く、津紬は前方の男に衝突してしまう。

「きゃっ」

「うわっ」

 かなりの勢いが入ってたのだろう。お互い身構えてなかったのもあり、双方とも床に転がってしまう。

「津紬、大丈夫なのか?」

 駆け寄る私。同様に相手側も女が男の様子を覗き込み、

「社長、大丈夫ですか?」

「俺は大佐だ」

「……。大佐、大丈夫ですか?」

 と、やりとりしたのが聞こえる。なお、二度目の「大丈夫ですか」は呆れも入った冷ややかな声だ。

 一方、

「私は平気ー」

 言いながら津紬は打った尻を「いたた」とさすりながら立ち上がる。

 女がいった。

「ちょっと、どこ見て歩いてるのよ」

「ごめんなさいなのだ」

 今回は明らかに私たちの不注意。謝る私。しかし、

「あれ?」

「なによ?」

「いや、何でもないのだ」

 津紬にぶつけられた男を見て、私はどこか見覚えがあるような気がしたのだ。ベレー帽を被り眼帯をつけ、迷彩柄のスーツを着た30代くらいの男だった。この年でコスプレは痛いのだ。

「俺は大丈夫だ」

 で、その男は立ち上がると、

「優勝した巳寿司の子たちだな。あれだけアウェーの中で一番になれたのだから浮かれても仕方ない」

「だからってぶつかるのは」

「いいんだ。大依二等兵」

「はい」

 女は押し黙る。かと思いきや、

「……って、私二等兵ですか!? この前は軍曹でしたよね?」

「気分だ」

「気分で変えないでください。あなたは課長や部長を平社員呼びするんですか! 私は、平ですけど」

 と、別の所で言い合いが。

「津紬、行こうなのだ」

 私は小声でいった。

「うん」

 と、津紬もうなずく。そして、もう一度ふたりでごめんなさいしてから、この場をそそくさと立ち去った。

 女は私たちを許してないらしく、何となく威圧を感じて後ろを振り返ったら、私たちの後ろを冷え切った視線で見下ろしていたのだった。

「ねえ、ゼウスちゃん」

 ホールを出てから、津紬はいった。

「私、さっきの人どっかで見た気がする」

「津紬もか。実は神もさっきのおじさんに見覚えがある気がするのだ」

「ううん」

 津紬は首を横に振り、

「私は女の人のほう。どこで会ったかは思い出せないけど」

「ううむ。神はそっちに見覚えはないのだ」

 茶色に染髪されたセミロングヘアに、中肉中背のおっぱいぼいん美人さん。間違いなく私の知り合いにそういう人はいないのだ。

「そっかー。じゃあ本当誰なんだろう」

「わからぬ」

 私は返事しながら、

「だが、何だか嫌な予感がするのだ」

 神の予想は当たった。それも最悪な形で。

 

 その日の深夜、巳寿司は放火の被害に遭った。

 店は全焼、店主は無事救助され現在入院中。しかし、煙を吸って手に後遺症を残してしまったのだ。

 もう二度と寿司は握れない。

 そして、津紬は行方不明になった。

 

 

 

◆卯の花◆

 

 

 

「おじさん、ゼウスなのだ」

 数日後。私は病室の戸を叩き、内側から反応を確認した所で中に入る。

「やあ。ゼウスちゃん、元気かい?」

 ベッドで横になっていた店主は、私と目があうとゆっくり半身を起こした。火傷も幾つか負ったらしく体中に包帯を巻き、それ以上に娘の安否が分からない心労で頬の肉が削げ落ちたように映る。

「私は大丈夫なのだ」

 もちろん、本当は大丈夫なはずがない。寿司コンテストの賞金は店主の入院費と津紬の捜索費にまわり、船の修理は不可能になった。父はハローワークに通い働き先を探してるが、復帰の目途は立っていない。そのうえ篠寿司が手をまわし、近いうちに「父が船を不法投棄した」ことにさせられると噂もあるほどだ。

「それは、それはなによりだ」

 が、店主は私の言葉をそのまま受け取り、つくり笑いを浮かべて返す。もちろん、店主もこちらの現状は耳に挟んでるだろうが、他所の家の心配を本気でする余裕なんてないのだ。

「ゼウスちゃん。津紬は見つかったかい?」

「いや」

 私は首を横に振る。

「私なりに街中を走り回って聞き込みもしてるのだが、一切情報なしなのだ」

 だからといって、私たちが動かないと恐らく津紬は一生見つからないだろう。

 一応、事件として処理された以上捜索には警察も関わってるのだが、明らかにこの事件に対し消極的なのだ。原因は容易に推測できる。事件の犯人は篠寿司かフィール・ハンターズの誰かであり、奴らが警察機関に圧力をかけているのだ。

「悪いねゼウスちゃん。君のおうちも大変なのに、毎日毎日津紬を探してくれて」

「友達を助けるのは当然なのだ」

 言いながら私は、見舞い品をベッドのそばに置いて、

「それじゃあ、また行ってくるのだ。休憩は終了なのだ」

 と、病室を後にした。

 もし情報提供があれば店主の下に届いてると思ったが、やはり今日も成果はなしだったのだ。

 病室は3階だったので、私はエレベーターが設置されたフロアへと進む。すると、

「失礼。藤稔 天神(ゼウス)だな」

 エレベーターのボタンを押そうとした所、私は突然ひとりの男に話しかけられたのだ。

「そうなのだ。あ」

 振り返り、私は気づく。

 男は、寿司コンテストのときに津紬と衝突した軍人コスのおじさんだったのだ。

「津紬さんのことで手短に話したいことがある。中で話そう」

 男はそう言ってエレベーターを開けた。一瞬、私は密室に連れられることに警戒を覚えたが、津紬の名を出された以上、罠と思っても断るわけにはいかない。

「わかったのだ」

 私はうなずき、男と一緒に中に入った。

 男が「1階」のボタンを押すと、程なくしてエレベーターのドアは閉まり、動き出す。

「俺はフィール・ハンターズの緒方 銃(おがた ライフル)。普段は名小屋で活動している」

「フィール・ハンターズ!? それに名小屋、あっ!?」

 ここで、やっと私は気づいたのだ。この男は、名小屋駅で金玖を使って私たちを拘束しようとした畜生なのだ。しかもロリコンなのだ。

 エレベーターが1階に着く前に話を終えたいのだろう。男は続けて早口でいった。

「君の連れ、津紬は岬の廃家に拘束されている。もちろん罠だ。恐らく助けに向かった所で被害者が増えるだけだろう。自分の命が惜しければ、あの少女のことは諦めろ。いいな」

 ここで、エレベーターは1階に到着しドアが開く。

「以上だ。手間をかけたな」

 男はいって、一足先にエレベーターの外に出る。

「待つのだ」

 私は、男を追いかけいった。

「どうして忠告するような事を言うのだ。お前たちが用意した罠なら、わざわざ罠とまで伝えずこの神を向かわせればいいではないか!」

 すると男は背を向けたまま、

「俺はこの作戦に反対だった。故に、お前に伝えるという俺の仕事を果たしたついでに、ほんの少しだけ反抗に出ただけだ」

 と、言い残して今度こそこの場を去ったのだった。

 

 私は一度病室に引き返し、先ほどの内容を報告してから、岬の廃家に向かうことにしたのだ。

 

 

 ――現在時刻11:30

 この辺りで廃家のある岬というと、思い当たる場所はひとつしかない。

 津紬と初めて会った、灯台のある崖上である。

 私の推測は当ったようで、普段は鍵がかかって入れないのだが、この日は解錠されており、中に進むとかび臭い匂いが鼻を刺激する。

 内装は思ったより立派な一昔前の一般家屋だった。

 まず、玄関をあがってすぐ左側に畳の和室が見える。どうやらふすまを挟んだ二部屋分の間取りになってるらしい。それなりの広さもあり、廊下を出入りする引き戸も手前と奥の二か所。デュエル・リアルファイト問わず戦闘行動を行う場合はなるべくこの和室で行いたいのである。逆に廊下は危険なのだ。ほぼ一直線な上横幅が狭いため、挟み撃ちに遭ったらひとたまりもない。さらに、この廊下は突き当りで左右に広がったT字の構造をしており、玄関からの情報以上に他の部屋と繋がってる可能性が高い。その場合は更に廊下で挟み撃ちに遭う可能性が大幅に上がるのだ。

 また、右側にはトイレ、脱衣所、そして消去法で恐らくリビングかキッチンと思われる部屋が戸の閉じた状態で順番に伺えた。左側の和室と廊下の間の壁に不自然なスペースはあったが、階段らしきものは見当たらなかった。

(さて、なのだ)

 こういう時、以前地津や冥弥との3人で遊んだTRPGというゲームではまず目星と聞き耳を行うのが常識だったのだ。今回は現実ではあるが、私はまず目と耳で不審な点がないかを確認してみる。

 結果。まず埃のかぶった床からは人の足跡らしきものが幾つも見つかった。足跡の様子から素足ではなく靴で直接行き来しているらしい。さらに、よーく耳を凝らすと和室の死角から人の気配を発見した。恐らく部屋に踏み込んだ直後、または素通りした背後を狙う算段なのだろう。さらに気配は他にも幾つかある模様。

(うむ)

 私は、無警戒のフリをして、和室の中に足を踏み込む。直後、フィール・ハンターズの男が1名、私に肉薄しながらスタンガンを押し当てようとする。私は彼の後ろに光線銃を構えた男が2名いるのを捉えた上で男の攻撃を回避。腰から秋刀魚の形をしたビームサーベルを抜き、斬り払う。さらに、残りの男が撃った光線銃の攻撃をフィールで耐え、代わりに秋刀魚の形をしたビームサーベルから光線を放って撃ち抜いた。

 いま私が装備している秋刀魚の形をした武器は、私と地津の合同で開発した武器である。秋刀魚に挿した串を模した剣の握り手と、尻尾を模した引き金を持ち、ビームサーベルであると同時に光線銃(ビームライフル)として口から刀身を発射することもできる。なお、秋刀魚の形状は神ならではの伊達や酔狂なのだ。

 私は、倒した3人に外傷がなくショックで気絶してるだけなのを確認してから、神経を張り巡らせながら和室を進む。思った通り、ふすまの先の和室は突き当りで戸を挟んで廊下と繋がっていた。更に2名ほど倒した所でこのフロアには他に敵がいないことを確認。もちろん、敵の気配は消えていないので玄関からは確認できなかった廊下の奥や戸の閉まってた他の部屋の先にいるのだろう。

 その後、私は挟み撃ちを避ける為、定期的に和室に逃げながら、玄関から見て手前から右側のフロアを順番に攻略することにした。まず、トイレには誰もいなかった。次に脱衣所と奥の浴室には1名ずつ敵はいたが問題なく撃墜。先に廊下側の敵を和室から光線銃の射撃で全滅させてから、最後に右側の奥の部屋へと足を進める。予想通りリビングとキッチンがひとつになった内装で、最後に残った敵は気絶させず拘束。

「津紬はどこにいるのだ」

 私は訊ねたのだ。ここまで全部のフロアを確認したのだが、結局津紬の姿は見えなかったのだ。

「ち、地下だ」

 敵はいった。

「地下だと?」

「ああ。和室と廊下の間の壁に隠し扉がある。その先に誘拐した少女をひとり拘束しているはずだ」

「分かったのだ」

 言ってから、私は冥弥が調合した催眠スプレーを吹きかけ、敵を眠らせる。情報提供の礼なのだ、お前は痛みを与えず気絶させてやるのだ。

 捕虜から反応がなくなったのを確認してから、私は隠し扉があるという場所に向かった。

 一見、なんの変哲もない壁に見えたが、よーく目を凝らすと巧妙に迷彩を施された引き戸のノブが見えた。私は横にひくと、奥から地下の階段が。

 私は一回目と耳で様子を確認してから階段を下りた。

 階段のフロアはとても暗く、五感を総動員して細心の注意を払い進んでいると、恐らく半分に差し掛かった所でようやく光源が見えてきた。

(もうすぐなのだ)

 私はより一層注意を凝らしながら階段を降り切ると、幾つかの白熱電球で薄暗く灯された廊下に差し掛かった。

 道は、途中右側にドアがあったが基本一直線。最奥にはドアのないフロアが一室広がっており、その突き当り真正面に、津紬は椅子に座った形で後ろ手に拘束され、機械的な首輪に腕輪をつけられた状態で俯いていたのだ。

(津紬!)

 私は、今すぐ駆け寄りたい気持ちを抑え、忍び足で歩み進んで右側のドアに手をかける。津紬を救出した所で、退路を塞ぐように部屋から敵がゾロゾロやってきたらひとたまりもないからだ。しかし、部屋はドアそのものが壊れていて入れない。

 どうやら杞憂だったらしい。

 改めて私は津紬のいる最奥のフロアに足を踏み入れた。やはり、この部屋も複数の白熱電球で灯されており、元々は倉庫だったのだろう、辺りを確認すると、用途の分からない昭和の器物や、まだ中身の入ったワイン瓶などが見つかった。敵が隠れている様子はなかったのだ。

「津紬、もう大丈夫なのだ」

 私はあるかもしれないトラップに引っかからないよう足元に気を付けながら、津紬の下へ。

 津紬からは返事がない。

 それもそのはず。私が津紬と思って近づいたそれは、等身大の人形だったのだ。

(なぬっ)

 手を伸ばし、初めて気づく私。直後、

「はい。ストップしなさい」

 後ろから声。

「だっ」

 誰なのだ! 私は振り返ると、フロアの入り口には、ひとりの女が本物の津紬を抱えて立っていたのだ。

 茶髪のセミロングに中肉中背のボイン。緒方と一緒にいた、確か大依といったはず。

 津紬は人形と同じく首輪や腕輪を装着され、鎖のリードを大依が握っている。

 一体、ふたりは何処から現れたのだ。と、辺りを目で確認した所、壊れたドアからすぐ横の壁が開いてるのが分かったのだ。恐らく階段のドアと同じ迷彩を施した引き戸。

「ゼウスちゃん」

 津紬が泣きそうな顔でいった。私は叫ぶ。

「無事か、津紬! 大丈夫なのだ。すぐに助けるのだ!」

 が、津紬は首を横に振り、

「駄目っ、逃げて、私はいいから。いますぐ逃げてよっ」

「って、言ってるけど」

 大依はわざとらしく津紬のリードを引っ張り、「痛っ」と苦しむ津紬を見せてから、

「この子を見捨てるなら、逃がしてあげてもいいわ。ただし、この子の死に顔を見てからになるけど」

「ふざけるな、なのだ! 津紬を置いて逃げたりはしないのだ」

「結構」

 大依は嬉しそうにくすりと微笑み、

「なら、その意思を見せて下さらない? 具体的には、武器を全て捨てて、そこの人形がつけている首輪と腕輪を装着しなさい」

「分かったのだ」

 言われるまま私は武器を床に置いて、人形から首輪と二対四個の腕輪を剥ぎ自らに装着。すると、五本の輪はがっちりとロックされ、神がフィールをもってしても外れなくなってしまう。

「これは……」

 私はつぶやく。直後、

「痛っ」

 と、津紬が声をあげたのだ。

 彼女は、大依に暴力を振るわれた様子は見られなかったが、目を見開きショックを顔に出している。何かあったのは間違いない。

「津紬! 何があったのだ」

 私は駆け寄ろうとするも、首輪が何かに引っ張られた。私の首輪や腕輪は鎖のリードで椅子に繋がれてたらしく、その椅子も完全に固定されて動かないのだ。

 これでは、津紬の下に向かうことも、床に置いた武器を拾うこともできない。

「そうそう、言い忘れてたけど」

 大依がいった。

「津紬ちゃんの首輪には、あなたの首輪にロックがかかった時にロストってドラッグを注射する仕様になってたのよ」

「ロスト?」

「すぐにわかるわ」

 大依がいう中、津紬は怯えた顔で、

「ゼウスちゃん、たす……け、ぇぇぇぇぇ」

 言いかけたその表情が、たちまちだらしなく歪む。

 瞳は焦点と光を失い、開いた口から涎を流しながら狂った笑いを浮かべだす。

「つ、つぐ……み……」

 後輩の変貌に、サッと全身の血の気が引いた気がした。だけど、すぐ私は怒りで頭に血がのぼり、

「津紬に、津紬に何をしたのだああああああああああああああああああっ!!」

 怒鳴る。

「さて、あなたたちにはここでデュエルをして貰うわ」

 私の反応を無視し、大依はいった。

「デュエルだと?」

 こんなときに、何を馬鹿なことを。

「首輪のリードの先を見て頂戴」

「リードの先だと?」

 言われて私は確認をしてみる。鎖のリードは椅子の足で南京錠がかけられていたが、よく見ると先端が鍵になってるのが見えた。

「あなたたちの首輪には、お互いに相手の鍵が先端についてるのよ。あなたたちが首輪と腕輪を外す手段はふたつ。ひとつは相手の鍵で開錠すること。もうひとつは首輪をつけたもの同士でデュエルして勝利することよ」

「つまり、私が津紬に勝利すれば、この神の首輪は外れて、その鍵で津紬の首輪を外すこともできる。という事なのか」

「……神って何?」

 大依は、人を蔑んだ冷たい目で、一回ぼそっと反応するも、

「まあいいわ。その通りよ」

 と、大依は津紬のリードを電球の燭台に括り付け、南京錠で固定する。

「仕方ない。分かったのだ」

 いまは大依に従うしかないのだ。幸い、津紬はそこまで強いデッキを持っていない筈だから、すぐに勝って助けられるのである。

 私はデュエルディスクを起動する。それを見て大依もデュエルディスクを津紬の腕に装着させ、デュエルモードへと起動させた。

「津紬、安心するのだ。すぐ神が助けてやるのだ」

 私は津紬に言葉をかけるが、当の津紬は、

「デュエル? でゅえるぅ?……え、えへ、えへへへ」

 体を揺ら揺らさせながら薄ら笑いを浮かべるのだった。

 そこに、私の大好きだった後輩の面影などありはしない。

 

 

ゼウス

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][]

[][][]

津紬

LP4000

手札4

 

 

 先攻は津紬に決まった。しかし、

「えへ、えへ、えへ」

 津紬は笑みを口にしながらその場で失禁を漏らす。とてもじゃないけどデュエルなんてできそうな状態には見えない。

「っ、臭いわね」

 充満するアンモニア臭。大依はその場で鼻をつまみながら、

「津紬ちゃん、あなたはスーパーデュエリストよ」

「すーぱーでゅえりすとぉ?」

「そう。あなたはスーパーデュエリスト。そしてあなたはデュエルで目の前の子を殺す」

 大依は私を指さし、津紬に私を認識させる。

「スーパーデュエリストのあなたなら簡単にできる。そうでしょう?」

「えへ、えへ、えへ。…………」

 津紬の笑い声が一旦止まる。そして、

「そう。殺れる……私は、スーパーデュエリストだあっ」

 津紬はいい、最初の4枚の手札をデッキから引き抜く。この状態でデュエルする気なのか?

「私のたぁぁぁん! 手札からぁ、《ダーク・ハウンド》召喚んッ」

 津紬が召喚したのは、一匹の黒い猟犬の姿。普段、津紬が使ってるカードとは全く別物だったのだ。さらに攻撃力も1900と下級としてはトップ級。

「ひ、ひ、開けぇー、私のサーキット」

 しかも、いきなりリンク召喚ときたのだ。

「召喚条件は、け、獣族モンスター1体ィッ! えへ、えへ、リンク、りんく、リンク召喚。リンク1《ヘルブラック・ハウンド》」

 現れたのは全身に黒い瘴気を身に纏いまるで幽霊のような猟犬。その攻撃力は1200だけど、わざわざ低い攻撃力をとは思うはずがない。

「私はァ、これでターン終了ぉ」

 津紬はいった。

「私のターンなのだ。ドロー」

 と、私はカードを引く。

「津紬、すぐにデュエルを終わらせてあげるのである。相手フィールド上にのみモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できるのだ。《サイバー・ドラゴン》!」

 私は1体の機械竜を出し、

「続けていくのだ。手札から《融合呪印生物-光》を召喚なのだ。そして融合呪印生物の効果を発動。自身と《サイバー・ドラゴン》をリリースして、この2体を素材とする融合モンスターを特殊召喚するのだ。かつ、融合呪印生物は融合素材の代用になるのだ」

 融合呪印生物に刻まれた術式が解放され、融合呪印生物から漏れた光が《サイバー・ドラゴン》の姿を形取る。

「プログラム起動。シリアルコード強制回避! 神に創られし機巧の竜よ、更なる高みに単身で進化せよ! 呪印融合! 神に従うのだ、《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」

 こうして出現したのは、攻撃力2800の、双頭の《サイバー・ドラゴン》の姿。

 しかしここで、

「手札の《ロックスキン・ハウンド》の効果ぁ、相手がモンスターを召喚した場合に手札から特殊召喚するう」

 津紬の場に、名前の通り岩のような皮膚を持った狼が出現。《ヘルブラック・ハウンド》のリンクマーカー先に守備表示で特殊召喚され、その守備力は2000と高い。

「さらに《ヘルブラック・ハウンド》の効果ー。このカードのリンク先に獣族モンスターが召喚・特殊召喚される度にぃっ、私は墓地のハウンドモンスターを回収ぅ」

 なるほど、そういう効果なのか。私は津紬の手札にヘルブラックの素材となった《ダーク・ハウンド》が舞い戻るのを確認してから、

「カードをセット。バトルなのだ! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》で《ヘルブラック・ハウンド》に攻撃。破壊なのだ!」

 直後、

「ふふっ」

 大依が嫌な笑みを浮かべたのが見えた。しかし、私の攻撃は止まらず、サイバー・ツインがビーム砲撃のブレスを吐く。

 《ヘルブラック・ハウンド》はビームを浴び呆気なく破壊。……は何故かされず。

 

津紬 LP4000→2400

 

 それでも、攻撃力の差分だけ、津紬のライフが正常通り削られる。すると、

(えっ?)

 私たちの首輪と腕輪が突如光りだし、私のフィールが強制的に抽出されるのを感じた。そして、津紬側の拘束具からバチバチと音を出し電流が流れだしたのだ。

「あ、あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」

 笑ってるのか悲鳴をあげてるのか、どちらともつかない声をあげる津紬。

「つ、津紬ーっ!」

 私は叫ぶ。しかし彼女に神の声は届かない。

「そういえば、これも言い忘れたわ」

 大依がいった。

「この装置には、ダメージを与えたときに強制的にフィールを吸って相手にフィール製の電流を流す構造になってるのよ。刺激的でしょう?」

「刺激的だと? 何を馬鹿なことを言ってるのだ」

 私は叫んだ。いまこの一帯には、津紬の失禁のアンモニア臭に加え、その電流で何やら焦げ臭い匂いが混ざっているのだ。フィール製だからか焦げた匂いはすぐ消えるも、

「津紬がまともに電流を浴びてるではないか! 津紬はフィールを持ってないのだぞ、そんな人間に電流を与え続ければ、いくら本物の電流でなくても死んでしまうのだ」

「でしょうね」

 大依は同意する。

「それどころか、さっきの時点で彼女は正気だったらショック死してたかもしれないわね」

「ならっ」

 こんな人殺しデュエルはやめるのだ! 私は言いかけたが、

()()()()ね」

 大依はいった。

「ここがロストの素敵な所で、いま津紬ちゃんは脳のリミッターが外れ痛覚もガバガバになっちゃってるのよ。仮に銃弾を浴びても、薬が切れるか失血死するまで平気で動き続ける」

「……は?」

「もちろん、実際にはダメージはちゃあんと届いてるから安心して頂戴。ツケは薬が切れた後に払って貰うだけだもの」

「貴様アアアッ!」

 私は喉を潰さんばかりに怒鳴り叫んだ。こんな叫び方をしたのは初めてかもしれないのだ。

「あ、そうそう」

 だけど、大依はそんな私の反応を心底愉しみながら、

「《ロックスキン・ハウンド》は自身がリンクモンスターのリンク先にいる限り、ロックスキン以外の自分のモンスターは戦闘・効果で破壊されない性質を持ってるのよ」

 なんてデュエルの流れに戻してくる。

「くっ」

 私は沸騰する怒りをなんとか抑え、

「なら、そのロックスキンだけでも対処するのだ。サイバー・ツインで《ロックスキン・ハウンド》に攻撃! サイバー・ツインは1ターンに2回攻撃が可能なのだ」

 サイバー・ツインから二度目のビームブレスが放たれ、岩の皮膚の猟犬は破壊される。

 ただ勝利すればいい問題ではなくなったが、このロックスキンに至ってはいま破壊しなければ、対処できるときに対処できなくなってしまう。特に次のターンで攻撃表示にされてしまったら絶望的なのだ。

「神はこれでターン終了なのだ」

 

ゼウス

LP4000

手札2

[《セットカード》][][]

[][][]

[《ヘルブラック・ハウンド(津紬)》]-[《サイバー・ツイン・ドラゴン(ゼウス)》]

[][][]

[][][]

津紬

LP2400

手札3

 

 さて、ここからが問題なのだ。

 神がダメージを与えたら津紬に電流が入ってしまう。この時点で、こちらが勝利するには「ダメージ以外でライフを0にする」「デッキアウトを狙う」「エクゾディアなどで特殊勝利を狙う」の三つに絞られたのだが、残念ながらこのデッキではどちらも狙える構造はしていない。

 となると、残す手段は唯一どのデッキでも可能性のあるデッキアウトのみ。しかし、こちらがサーチやドローソースを避けつつ耐えるだけのデュエルをしても、津紬が自爆特攻をしてきたら駄目なのだ。

「スーパーデュエリストのターン、ドロー」

 津紬がカードを引く。

「私、はァ……《スラッシュ・ハウンド》を召喚」

 新たに出てきたのは鋭い爪を持った猟犬のモンスター。攻撃力は1700。

「えへっ、へっ、《ヘルブラック・ハウンド》のリンク先にモンスターが召喚されたから、《ロックスキン・ハウンド》を回収」

「くっ」

 これでは、きりがないのだ。

「さらに《スラッシュ・ハウンド》の効果ぁっ! このカードがリンクマーカーの先に存在する場合ィ……手札から更にハウンドを召喚できる。続けて《ピクシー・ハウンド》召喚」

 続けて現れたのは、妖精のような羽根を生やした小型サイズの猟犬の群れ。攻撃力は800と低め。

「開けぇ……私のサーキット」

 ここで津紬は更にリンク召喚をする気らしい。地下室の床にリンクマーカーが出現すると、《ヘルブラック・ハウンド》と《スラッシュ・ハウンド》の2体が取り込まれる。

「召喚条件は獣族モンスター2体。リンク召喚、リンク2《アーマードスタッグ・ハウンド》」

 こうして現れたのは、四肢の代わりに四輪を生やし、背に砲を抱えた半機械の見た目をした猟犬。もちろん種族的には獣族のままで、見た目に反し攻撃力1900とリンク2としては高めという程度。

「リンクマーカーが《ピクシー・ハウンド》に向いたことで、《ピクシー・ハウンド》の効果を発動ー。1ターンに1度、デッキのハウンドカードを手札に加えるぅ」

「ぐっ」

 サルベージに加えサーチまで持っておったか。

「スーパーデュエリストはデッキから2枚目の《ダーク・ハウンド》を手札にぃっ、手札にー」

 確か《ダーク・ハウンド》は攻撃力1900と下級最高級の打点を持ったモンスターである。

「そ、し、てぇ、再び開けぇ私のサーキット」

「更にいくのか!?」

 私が驚く中、効果が一切明かされないまま《アーマードスタッグ・ハウンド》が退場し、さらに役目を終えた《ピクシー・ハウンド》も同様にリンクマーカーへと取り込まれる。

「リンク召喚、リンク3《カペルフォックス・ハウンド》」

 こうして、更なるリンク召喚で出現したのは、一隻の軍艦とその上に佇む一匹の猟犬。その軍艦が目の前で分解されると、プロテクターとして猟犬の各部に装備されフルアーマーの猟犬に姿を変えた。

 しかし攻撃力は2300。神のサイバー・ツインには500ほど届かない。しかし3つのリンクマーカーは全て下側に向いてるのが厄介である。

 が、ここで津紬は驚きのカードを発動する。

「魔法カード《火炎地獄》ぅぅっ」

「なっ」

 そのカードは、相手に直接1000ダメージを与える魔法カード。しかも、()()に500ダメージのおまけつきで。

 私は慌てて、

「大依、質問なのだ!」

「何?」

「このカードの場合、津紬自身が受けるダメージはどちらのフィールを使って電流が流れるのだ?」

 私の問いに大依は、

「それは勿論、津紬ちゃんでしょ」

「なら問題ないのだ」

 私はほっとし、

「元々津紬はフィールなんて持ってないのだ。なら、その装置の効果では電流を流すことはできないのだ」

 しかし。

「それはどうかしら?」

 大依はいったのだ。直後、

「あげえっ」

 津紬が、本来なら「ぎゃあ」と叫んだのだろう悲鳴をあげたのだ。しかも、私の目には、ただでさえ光を失った津紬の瞳から生気が失せ、彼女の父である店主の現在みたいに、頬の肉が削げ落ちた顔に変ったような気がしたのだ。

 そして、更に一歩変わってしまった津紬ごと、私たちの拘束具から電流が流れる。

「ぐっ、あああっ」

「ぎゃあああああああああっはははっははははははは」

 私は痛みに呻きながら、何とかフィールで肉体への負担を軽減。しかし、このダメージをまともに浴びた津紬からは、悲鳴と狂笑両方の叫び声が発せられる。

「つ、津紬ぃっ! 何故だ、何故電流が流れるのだ」

「最近、こんな事実が判明してるのよ」

 大依がいった。

「精神力、気力、命、そういった生命エネルギーもフィールで構成されてるのよ。それも、デュエルに負けても全損せず、常に一定量は保ち続ける特殊なフィールとしてね」

「え……?」

 命がフィール、だと?

「待つのだ。という事はつまり、さっきの電流は」

 私は全身を震わせながら訊ねた。

「文字通り、津紬の命を削って放出されたものだというのか?」

 大依はにやりと笑い、

「大正解」

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 私は頭を抱え喚いた。

 デュエルを請けたせいで、私がデュエルを請けてしまったせいで、私は津紬に取り返しのつかないことをしてしまったのだ。

 心がどうにかなりそうだったのだ。罪悪感とショックのせいで、こちらまで正気を失ってしまいそうだったのだ。

 しかし、デュエルは終わらない。

「へ、あへへ。相手がダメージを受けたことで、手札の《ダーク・ハウンド》2体を特殊召喚。このカードは相手が効果ダメージを受けた場合に手札から特殊召喚が可能ぉ」

 と、津紬の場に攻撃力1900の下級アタッカーが2体も並び立ち、

「さらに《カペルフォックス・ハウンド》はリンク先にモンスターが置かれる度にカードをドローできるぅ。2枚ドロー」

 さらに消費した手札をすぐさま補充する始末。どうやら、このハウンドというテーマは、相手に何かが起こることで手札から特殊召喚され、メインデッキのハウンドはリンクモンスターのリンク先にいる事で効果を持つ。そしてリンクモンスターはリンク先にモンスターが置かれる事をトリガーに効果を発動するらしい。

「魔法カード《ハウンドロー》! 場にハウンドリンクモンスター1体を含む獣族モンスターが3体以上いる場合に2枚ドロー」

 しかも、魔法カードのドローソースまでも持ってるときたのだ。

「きたきたー」

 津紬は引いたカードを確認すると、昔流行ったコラ画像の「うんこの香りだーっ!!」に酷似した笑顔(?)を見せ。……いや、いま匂ってるのはおしっこの香りなのだが。

「永続魔法カード《悪夢の拷問部屋》と《ハウンド・ヴァンガード》を発動だよー。さらにカードをセットぉぉっ」

 と、2枚の永続魔法に加え伏せカードが1枚、津紬の場に敷かれる。しかも《悪夢の拷問部屋》は私が効果ダメージを受ける度に300ダメージを与える永続魔法なのだ。こんなカードを投入してる所から、彼女のハウンドデッキはバーンデッキの要素も重ね備えてることになる。これは不味いのだ。例え神が津紬の戦闘をこの先封じ続けたとしても、攻撃手段をバーンダメージに方向転換してしまえば、首輪は止まらず津紬の命を吸い上げるのだ。

 そして、もう1枚の永続魔法は恐らくハウンドデッキ専用のサポートカードと思われるのだが。

「《カペルフォックス・ハウンド》の効果ー」

 が、先にリンクモンスターのほうが第二の効果を始動させたのだ。

「カペルフォックスはねぇ、このカードとこのカードのリンク先ィ……リンク先のモンスターの攻撃力を、このカードのリンク先のモンスターの数×300アップさせるんだよぉ」

 しかも、ここで攻撃力の全体強化ときたのだ。見ると、いつの間にかカペルフォックスと《ダーク・ハウンド》の攻撃力は、

 

《カペルフォックス・ハウンド》 攻撃力2300→2900

《ダーク・ハウンド》 攻撃力1900→2500

《ダーク・ハウンド》 攻撃力1900→2500

 

 といった具合に上昇していたのだ。しかもカペルフォックスに至っては私のサイバー・ツインの攻撃力を超えてしまったのである。

「ばとー、ばとばと? ばとるぅぅっ! 《カペルフォックス・ハウンド》でぇ、《サイバー・ツイン・ドラゴン》を攻撃ぃっ」

 カペルフォックスが装甲として装備された軍艦の火器を掃射し、サイバー・ツインを爆破処分する。

 

ゼウス LP3000→2900

 

 僅か100ながら減少する神のライフ。さらに当然、

「あっはぁ♪」

「いぎっ」

 命をまた削られたというのに何だか色っぽい吐息を漏らす津紬に反し、私は静電気でバチッとくるような痛みに襲われる。たかが100ダメージとはいえ、仮にこれを40回連続で受け続けたら心が折れそうな痛みなのだ。

 だが、ここで私は伏せカードをオープンし、いったのだ。

「罠カード《ダメージ・コンデンサー》を発動なのだ。このカードは神が戦闘ダメージを受けたとき、手札を1枚捨てる事で受けたダメージ以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから特殊召喚するカードなのだ」

「へえ」

 ここで反応したのは大依である。

「でも、受けたダメージはたかが100ポイントだけど、いいの? そんなモンスターを攻撃表示で出しても」

「問題ないのだ」

 私はいい、デッキから目当てのカードを抜き取って、

「神が特殊召喚するのは攻撃力0、《サイバー・ヴァリー》なのだー!」

 と、モンスターを特殊召喚する。

「さらに《ダメージ・コンデンサー》のコストで捨てたカードは《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》なのだ。このカードは墓地に送られた場合にデッキか墓地の《サイバー・ドラゴン》を1枚手札に加えるのだ。神はこの効果でデッキの《サイバー・ドラゴン》を手札に加えるぞ、はっはっはーっ!」

 気圧されては駄目だ。私は意識して空元気に笑い飛ばす。

「じゃあ私もー」

 今度は津紬がいった。

「相手がモンスターを召喚した場合、手札の《ロックスキン・ハウンド》を特殊召喚」

 出てきたのは、ヘルブラックの効果で回収された岩の皮膚を持つ猟犬。

「このカード、特殊召喚にも対応なのか!?」

 モンスターが召喚した場合としか言ってないから、通常召喚だけに対応する効果だと思ったのだ。

「さらに《ハウンド・ヴァンガード》の効果」

 しかも、ここでさっきの永続魔法が動きだしたのだ。

「まず、《ハウンド・ヴァンガード》と同じ縦列の私の獣族モンスターは、リンクモンスターのリンク先に存在するものとして扱うー」

 《ロックスキン・ハウンド》は確かに《カペルフォックス・ハウンド》のリンク先には特殊召喚されていたなかった。しかし、《ハウンド・ヴァンガード》の縦列には存在する以上、これであの厄介な耐性効果が起動してしまうらしいのだ。

「そしてぇ、1ターンに1度、同じ縦列でハウンドが出された場合にハウンドモンスターをデッキから手札に加えるよー」

 しかも、またサーチか。サーチなのか。

「私はデッキから《スラッシュ・ハウンド》をサーチ」

 そのモンスターは確か、1ターンに1度、手札のハウンドを追加で召喚するカード。《ハウンド・ヴァンガード》と効果がかみ合って相性抜群なのだ。

「そしてー。《ダーク・ハウンド》で《サイバー・ヴァリー》に攻撃、続けて2体目の《ダーク・ハウンド》でとどめとどめー」

 飛び掛かる二匹の猟犬。

「残念ながらヴァリーの効果を発動なのだ。このカードが攻撃対象に選択された場合に自身を除外して発動なのだ。我はカードを1枚ドローし、そのバトルフェイズを終了させる。見るのだ、この神の防御を!」

 《サイバー・ヴァリー》が時空の歪に消えると、お互いのデュエルディスクからバトルフェイズ終了のお知らせが表示される。

「ぶー。ターン終了」

 ここで、私はやっと津紬の口癖を聞くことができたのだ。大丈夫、頭が薬に侵されても津紬は確かにここにいる。ここにいるのだ。

 津紬、待っててくれなのだ。勝利のピースはすでに手札にある。必ず、必ずお前を助け出してやるのだ!

 

ゼウス

LP2900

手札3

[][][]

[][][]

[《カペルフォックス・ハウンド(津紬)》]-[]

[《ダーク・ハウンド》][《ダーク・ハウンド》][《ロックスキン・ハウンド》]

[《悪夢の拷問部屋》][《セットカード》][《ハウンド・ヴァンガード》]

津紬

LP1900

手札1

 

「神のターンなのだ。ドローであーる」

 私は、勢いよくカードを引き抜く。

(やったのだ)

 引いたカードは《エヴォリューション・バースト》。手札に揃ってる一手をより盤石にするカードなのだ。

 私は、デュエルを終わらせにいくことにした。

「いくのだ。スキル発動《サイバー流奥義》! このスキルは神のライフが3000以下の場合に4000を下回る1000ライフにつき1体、デッキ外の《プロト・サイバー・ドラゴン》を特殊召喚するのだ。私のライフは2900、《プロト・サイバー・ドラゴン》を1体特殊召喚なのだ」

 こうして、まず《プロト・サイバー・ドラゴン》を1体場に呼んで、いまドローしたカードを発動。

「続けて魔法カード《エヴォリューション・バースト》! 津紬の場に伏せてあるセットカードを破壊するのだ」

 《プロト・サイバー・ドラゴン》からビームブレスが放たれ、津紬の伏せカードを破壊する。

 伏せカードは《聖なるバリア -ミラーフォース-》だったのだ。

「あー。底知れぬ絶望の淵へー」

「それは無効なのだ。続けて手札から《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》を通常召喚し効果を発動。サイバー・ツヴァイは1ターンに1度、手札の魔法カードを見せることでターン中、このカードを《サイバー・ドラゴン》扱いにするのだ。神が見せるのは《パワー・ボンド》! そして、そのまま魔法カード《パワー・ボンド》を発動なのだーっ!!」

 私は機械族専用の融合カードを発動。場の《プロト・サイバー・ドラゴン》と《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》、そして手札の《サイバー・ドラゴン》を墓地に送る。

「プログラム起動、神アップグレード。3体の機械竜よ、いまこそ統合し、永遠にして終焉を担う神なる竜にシンカするのだ! 融合召喚! 天神に従え、《サイバー・エンド・ドラゴン》! なのだー!」

 フィールドに出現したのは三つ首の機械竜。その攻撃力は4000と直接攻撃なら一撃でスピードデュエルを終わらせれる数値。しかも、神はこれを《パワー・ボンド》で出したのだ。

 従って。

「《パワー・ボンド》で特殊召喚したモンスターの攻撃力は、その元々の攻撃力分アップするのだ。実質、2倍! なのだ!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 攻撃力4000→8000

 

 こうして、サイバー・エンドの攻撃力はLP8000のデュエルでさえ一撃で終わらせられる数値に変化。

「ぷっ、うふふふふ」

 大依が突如噴き出した。それも、口元を拳で隠しお嬢様笑いの嘲笑い。

「ついに津紬ちゃんを殺すことに決めちゃったのね。そんな攻撃力で攻撃したら薬の鎮痛効果が切れた瞬間にあの世逝きだものね。まあ、それも友情かしら? この先の地獄を見せずここでサクッと楽にしてあげるのも」

「何を勘違いしているのだ」

 私はいった。

「本番はここからなのだ。《パワー・ボンド》でモンスターを出したターンの終了時、私はこの効果でアップした数値分のダメージを受けるのだ」

「えっ」

 大依の目の色が変わった。

「まさか、あなた自爆する気?」

「その通りなのだ」

「ちょっと、正気? あなた4000ポイント分の電流なんて受けたらただでは済まないわよ?」

 そんな状況をお前が作っておいて。

「だから何なのだ。津紬のデッキがバーン要素もあると分かった以上、持久戦でデッキアウトを狙うこともできないのだ。津紬が効果ダメージで命を削りきる前にデュエルを終わらせる必要があるのだ。……幸いにも、自分が発動した効果ダメージなら、例え神が受けるダメージでも、私のフィールを使って電流が流れるのだ。この手段なら津紬への被害は……」

 あ、《悪夢の拷問部屋》。

「……殆どゼロなのだ」

 私は誤魔化した。しまったのだ、これならサイバー・ツインを出しておくべきだったのだ。とはいえ、やってしまったものは仕方ない。

「嘘、たかが友達の為に、そこまで出来る子がいるなんて」

 大依がなんか呟いてる中、

「見るのだ! これが友を救う神の覚悟である! ターンエンドなのだーっ」

 と、私は宣言。

 すると、津紬はいった。

「《ダーク・ハウンド》のモンスター効果。このカードがリンクモンスターのリンク先にいる場合、相手が受ける効果ダメージは倍になる」

 って。

「……え?」

 いま、なんと言ったのだ。

「カペルフォックスのリンク先の《ダーク・ハウンド》は2体。つまり、4000の倍の倍だねー」

 ということは、なのだ。

「攻撃力16000分の効果ダメージだとーっ!!」

「さらに《悪夢の拷問部屋》の効果ー。300の倍の倍で1200ポイントダメージ」

 合計17200ダメージ。

 直後、私のフィールが腕輪と首輪にごっそり吸い取られるのを感じた。神のフィールは一気に全損し、それでも足りないらしく、私は「私自身」がごっそり抜き取られるのを感じたのだ。

「あ……おぁぁ……」

 その際に生じる、強烈な不快感と激痛に私は呻き、そのまま自分が消えて無くなったみたいに私の意識は一度闇に堕ちる。

 そこへ。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 17200ダメージ分の電流が、フィールを全損した私に叩き込まれ、強制的に意識を覚醒させられるのだった。

 

ゼウス LP2900→0(ー14300)

 

 

 デュエルは終了し、全てのソリッドビジョンが停止する。

 目の前で津紬を拘束する全ての拘束具が解除されるのを確認してから、私は、

「おげええええええええええ」

 と、胃の中のものを全て吐き出した。

 寒気がする。胸が苦しい。気持ち悪い。全身に力が入らない。頭が回らない。気が動転する。ありとあらゆる不快がこの神の身を襲う。

 さらに気づけば、私は服を着ていなかった。いや、目の前で私の腕に乗っていた炭がはらりと落ちたのを見て、服がすべて焼け焦げて消えたのだと分かった。

 けど、そんな事はいまはどうでもいいのだ。

「津紬……」

 私は荒く息しながら、後輩の名を呼ぶ。

「逃げるのだ」

「逃げ、るう?」

「そうなのだ。いまならお前を縛るものは何もないのだ。だから」

 声がかすれ上手く大声を出せない。しかし、何としてでも津紬を脱出させなければ。

「ねえ、スーパーデュエリスト津紬ちゃん」

 そこへ、大依が津紬の肩を抱き、いったのだ。

「そこの敗北者。あなたの友達のゼウスちゃんを助けたくない?」

 すると、

「ゼウスぅ? ぜうー……。…………」

 津紬は、一度反応を失った後、

「たすけ……たい。ゼウスちゃん、タスケル」

 と、いったのだ。

「津紬! 私はいいのだ。神のことはいいから、津紬お前が」

 私は必死に投げかけるも、津紬は大依に耳元で何かを囁かれ、そちらの声を聞き入れてしまう。

「それじゃあお願いね」

 大依はいい、津紬を解放する。すると、

「ゼウスちゃん、助けるー」

 と、津紬はうわごとではしゃぎながら、首輪の鎖を引きちぎり先端の鍵を手に取った。もちろん本来の津紬にここまでの腕力はない。恐らく脳のリミッターが外れてるせいで怪力を得たのだろう。そして、津紬は鍵を持って私の下に向かい。

「ゼウスちゃん、助けるー」

 言いながら、なんと私の拘束具を外してくれたのだ。

「津紬……」

 まさか、大依は本当に私を解放させる気なのだろうか。なんて思った矢先、津紬は私を押し倒したのである。

「津紬!?」

 一体どうしたというのだ。私は大依に視線を向ける。

「驚いたわ。命を引き抜かれるような経験をして、しかもフィールもなしに電流を浴びたのに、あなたったらまだ心が折れてないんだもの」

 大依は、ハンカチか何かで白熱電球に触れ、燭台から取り外そうとしてる所だった。

「ねえ、知ってるかしら? 長時間点けてる白熱電球って、近くのものを燃やして事故を起こすくらい熱いのよ」

「な、何を言ってるのだ?」

 途端、私は戦慄を覚える。これから、予想もつかないような恐怖と絶望がこの神を襲う気がしたのだ。

「あら、まだ分からない?」

 白熱電球をひとつ外し終え、僅かに暗くなった部屋の中、うきうきした声で大依はいった。

「今から、電球(これ)をあなたの赤ちゃん生む所に入れて、踏んづけて中で割ろうと思ってるの」

「なっ」

 いま、大依は何といったのだ? 何を、どこに入れて、何しようと。

「死ぬほど痛いらしいわよ。それに二度と子供生めなくなっちゃうかも。ゼウスちゃんは何本まで心を折らずにいられるかしら?」

 はっと私は地下室の照明をひとつひとつ目で追う。

 照明はすべて白熱電球で、廊下の分を含めるとあと4~5個は間違いなく灯っている。

「津紬ちゃん。ちゃーんとお友達を押えててね」

「ゼウスちゃん、助けるー」

 津紬が全身を使って私を拘束しながら、両腕で私の股を割り開く。

「や、やや止めるのだ! それだけは止めてくれなのだ。津紬、津紬もやめてくれなのだー!」

 私は半ば発狂してもがき叫ぶ。しかし、津紬の力はあまりに強く、どれだけ暴れようと引き剥がせる気がしない。

「無理、無理無理入るわけないのだ。死んでしまうのだ! 誰か、誰かーーーっ!!」

 私がどれだけ叫ぼうとも、この悲鳴に応える者はいない。

 電球が押し当てられた。

「ぎぃぃぃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 神の大事な所から「じゅううう」なんて肉を焼く音が聞こえるのだ。グリグリとねじ入れようとするも中々入らず、大依は次第に足で踏んづけ力任せに押し込み始め、私に激痛と恐怖を与えながら、部屋に焼肉の匂いを充満させながら、少しずつ、少しずつ、それは私の中に収まっていく。

「ふう、やっと入ったわ。意外にも結構力仕事ねこれは」

 大依はいった。

「さーて、後はこれを足で割るだけね」

 私は、涙と鼻水と脂汗でぐちゃぐちゃになった顔で、泣きじゃくる。

「ゆ、許してくださいなのだ。それだけは、それだけは。何でもするのだ、だから」

 直後、私の視界は捉えてはいけないものを捉えてしまったのだ。

 それは津紬の笑顔だった。

 どうして、彼女は笑顔なのだろうか。津紬を助けるためにここまできて、結果私はこんな酷い目に遭ってるというのに、どうして津紬は嬉しそうに笑ってるのだろうか。

 勿論、いまの津紬はドラッグでおかしくなってるので、彼女の笑顔に意味なんてない。私が受けている現状を理解しているかどうかも怪しい。しかし、いまの私にはそれを理解するだけの判断力が残ってなかった。だから。

(裏切られた)

 そう判断するには十分だったのだ。

「ん? 今何でもするって。そうね、なら」

 大依が興奮した声でいった。

「いい声で鳴きなさい❤」

 白熱電球が踏みつぶされた。

 

 

 

 それから数日後。

 私は、車椅子の津紬を連れて、あの岬に来ていた。

「ほんとに、どーして私こんな体になったんだろう。お父さんもお見舞いに来ないし。ぶー」

 車椅子を押されながら、津紬は普段より低いテンションで不満を漏らす。

 あの後。

 気づいたら、私たちはフィール・ハンターズ傘下の病院のベッドの上だった。

 体内のガラス片はすべて取り除かれており、電流デュエルの後遺症もなく、すでに私は日常生活に戻れる程度には回復している。しかし、津紬のほうはロストの後遺症で心身共にズタズタになっていた。脳のリミッターを解除したツケで全身の骨や筋肉が深いダメージを負って車椅子生活を余儀なくされ、いまも禁断症状で激しい不安や不眠に悩まされてる。とはいえ、これらの症状はいずれ治ると思われる。問題は脳にダメージを負った結果、性格が以前よりナイーブかつ怒りっぽくになった気がするのだ。不幸中の幸いは、ショックでコンテストの後、つまりは丁度悲劇に見舞われた期間の記憶が飛んでることだろう。

 だから、津紬は何も知らない。父親が別の病室(同じ病院だったのだ)で入院してることも、二度と寿司を握れないことも。自分も、たった一度のドラッグで人生を狂わされてることも。

「ねえ、ゼウスちゃん何か知ってる?」

 寂しそうに訊ねる津紬。私は首を横に振って、

「分からないのだ」

 言いながら私は津紬と共に崖の前に立つ。

「ひゃっ」

 すぐ下が海なんて所に立たされ、津紬は車椅子に必死にしがみつきながら、しかし、

「綺麗」

 と、一面の青色と水平線をみていった。

「ゼウスちゃん。おじさんの船はもう直った?」

「え?」

「コンテストの賞金で、おじさんの船修理したんでしょ?」

 ああ。

 そういえば、津紬は自分の捜索費でそれも消えてしまったことも知らなかったのだ。

「勿論なのだ」

 私は相槌を打って嘘をつく。でも、

「ゼウスちゃん。声が暗いよ?」

 彼女にはお見通しらしい。残念ながら、テンションまでも嘘をつくことはできなかったのだ。

「大丈夫。津紬の性格変貌ほどではないのだ」

「またそれッ?」

 途端、津紬はキッとなって、

「私はいつもと同じだって言ってるだろっ! 暗くなんかなってないってば、これが前からの私だよ! ぶーぶーぶー」

 と、本人は言うものの、以前の津紬は間違いなくこんな乱暴な口調でキレたりはしなかったのだ。

「……津紬」

 私は、唸り声をあげる津紬に、沈み切ったテンションでいった。

「お別れ、なのだ」

 と。

「え?」

「許してくれとは言わないのだ。お星さまになったら、私を好きなだけ恨み、呪ってくれていいのだ」

「ゼウスちゃん、一体何を言って」

 一転、きょとんとした顔で訊ねる津紬。一旦車椅子から手を離し、

「ごめん、なのだ」

 私は。

 

 津紬ごと、車椅子を突き飛ばしたのだ。

 

「え?」

 何が起きたのか分かってない顔をしたまま、宙に放り出され落下していく津紬の体。

 私は、この様子を冷たい瞳で見下ろす。

 脳裏に浮かぶのは、これまでの日々、津紬と笑い合った想い出の走馬燈。

「ゼウスちゃんの馬鹿! なんで、ゼウスちゃんどうし――」

 海に向かって落ちながら、津紬が私に向けて叫ぶ。しかし、海面と衝突するより先に、高くあがった波が津紬の体を飲み込み、彼女の言葉が最後まで発せられることはなかった。

「これで、また電球を入れるのはやめてくれるのだな?」

 言いながら私は振り返る。そこには、大依がひとり立っていた。

 彼女を殺したことに後悔はなかった。

 すでに私の心はポッキリ折れ、この人に対する恐怖によって何もかも塗りつぶされていたのだ。

 この人に逆らったら駄目だ。また電球を押し込まれる。もう嫌だ。もう嫌だ。もう嫌だ。思い出しただけで、足が震え、視界が焦点を失い発狂しそうになる。

 この先私は、ずっと電球という恐怖から逃れる為に生き、電球から逃れる為なら何だってするのだろう。

 たったいま津紬を殺したように。

「ええ」

 大依は、私に向けていったのだった。

「フィール・ハンターズにようこそ。藤稔 ゼウスちゃん、歓迎するわ」

 今日の空も晴天だった。普段より一面の海が綺麗に見渡せ、程よい潮風が芝生をなびかせ、人気の無い静寂の中にさあさあとBGMを流す。

 この場所に、津紬と出会った想い出はもうない。




ということで前半「天神(ゼウス)の寿司」は、少し前に話題となった「将太の寿司」を。後半は「卯の花」という薄い本をパロディした内容にさせて頂きました。
特に「将太の寿司」は本当面白いですので、機会がございましたら一度読んで下さることをお勧めします。
また「卯の花」は艦これのR-18の薄い本なのですけど、、何故だかハマってしまいまして。
今更ですが、ゼウスちゃんの外見は艦これの卯月を参考にしています(実は藤稔家の外見イメージは艦これの睦月型駆逐艦)。なので、つい……。
ところで、25話というと、第二クールの12話目に相応します。
そして、ハングズのMISSION12では増田が死にました。
もしかしたら、ハングズでは各クールのラスト手前の話でこういう話を書いてしまうジンクスができつつあるのでしょうか。となると、次に誰か死ぬのはMISSION38?

また、今回登場した「ハウンド」というテーマはOCGにもアニメにも登場しない完全なオリジナルテーマになります。



●今回のオリカ

サイバー流奥義
スキル
自分のライフポイントが3000以下になった後に1度だけ使用できる。4000を下回っているライフポイント1000につき1体、デッキ外から「プロト・サイバー・ドラゴン」をフィールド上に攻撃表示で出す。
このスキルでフィールドにだした「プロト・サイバー・ドラゴン」はリリースできず、融合召喚以外の素材にできない。
(遊戯王デュエルリンクス)

ダーク・ハウンド
効果モンスター
星4/闇属性/獣族/攻1900/守 0
(1):相手が効果でダメージを受けた場合に発動する。このカードを手札から特殊召喚する。
(2):このカードがリンクモンスターのリンク先に存在する場合、相手が効果でダメージを受けるダメージは倍になる。

スラッシュ・ハウンド
効果モンスター
星4/風属性/獣族/攻1700/守 0
(1):相手がフィールド上にセットされた魔法・罠カードを発動した場合に発動する。このカードを手札から特殊召喚する。
(2):このカードがリンクモンスターのリンク先に存在する場合、1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。手札から獣族モンスター1体を召喚できる。

ロックスキン・ハウンド
効果モンスター
星3/地属性/獣族/攻 0/守2000
(1):相手がモンスターの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを手札から特殊召喚する。
(2):このカードがリンクモンスターのリンク先に存在する場合、このカード名以外の獣族モンスターは戦闘または相手の効果によって破壊されない。

ピクシー・ハウンド
効果モンスター
星3/光属性/獣族/攻 800/守 800
このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):相手が通常のドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加えた場合に発動する。このカードを手札から特殊召喚する。
(2):このカードがリンクモンスターのリンク先に存在する場合、メインフェイズ中に発動できる。デッキから「ハウンド」カード1枚を手札に加える。

ヘルブラック・ハウンド
リンク・効果モンスター
リンク1/闇属性/獣族/攻1200
【リンクマーカー:下】
獣族モンスター1体
このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードのリンク先に獣族モンスターが召喚・特殊召喚される度に、自分の墓地から「ハウンド」モンスター1体を手札に加える。
(ヘルハウンド+ブラックドッグ)

アーマードスタッグ・ハウンド
リンク・効果モンスター
リンク2/炎属性/獣族/攻1900
【リンクマーカー:左下/右下】
獣族モンスター2体
(1):このカードのリンク先に獣族モンスターが召喚・特殊召喚される度に、相手に500ダメージを与える。
(2):???
(スタッグハウンド装甲車)

カペルフォックス・ハウンド
リンク・効果モンスター
リンク3/水属性/獣族/攻2300
【リンクマーカー:左下/下/右下】
獣族モンスター2体以上
(1):このカードおよびリンク先のモンスターの攻撃力は、このカードのリンク先のモンスターの数×300アップする。
(2):このカードのリンク先に獣族モンスターが召喚・特殊召喚される度に、デッキからカードを1枚ドローする。
(3):???(未定)
(イギリス海軍F級駆逐艦フォックスハウンド)

ハウンドロー
通常魔法
このカード名のカードは1ターンに1枚しか使用できない。
(1):メインフェイズ1に、自分フィールド上に「ハウンド」リンクモンスター1体以上を含む獣族モンスターが3体以上存在する場合に発動する。デッキからカードを2枚ドローする。
この効果を発動したターン、自分は「ハウンド」モンスターしか特殊召喚できない。

ハウンド・ヴァンガード
永続魔法
(1):このカードと同じ縦列に存在する自分の獣族モンスターは、「リンクモンスターのリンク先に存在している」として扱う。
(2):1ターンに1度、このカードと同じ縦列で自分の「ハウンド」モンスターが召喚・特殊召喚された場合に発動できる。デッキから「ハウンド」モンスター1体を手札に加える。自分フィールド上に存在するモンスターが1体のみの場合、そのモンスターを手札から特殊召喚できる。


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