私の名前は
そして、レズである。
「大事件が発生した」
「え?」
お昼休みの教室。
私は、机いっぱいに今日のお昼を並べ、あんぱんを食べる梓を前に、本気で世界の終わりでも見たような気持ちで私はいうのだった。
「大事件?」
きょとんとする梓に、私は「そう、大事件よ」と首を乗り出す。
現在、梓の机にはクリームパン、カツサンド、ツナマヨおにぎり、6個入りプチシュークリーム、牛乳、そしていま食べてるあんぱん。
私は訊ねた。
「今日のお昼、他には?」
「これで全部だよ?」
「1000年に1度の大事件! 地球が崩壊する!」
「ええっ?」
何がなんだか分からず梓は困惑してるけど、仕方ないじゃない。
だって、(梓にしては)食べる量が少なすぎるんだもの。
そこへクラスメイトの男子がやってきて、
「おっ、徳光。今日も凄い量食うんだな」
といいながら、先ほど購買で買ったと思われるナポリタンロールをぱくつく。
「何いってるのよ花寺」
私はいった。
「明らかに少ないじゃない。普段ならここにウインナーパン、カップ麺、カップサラダを食べたうえで重箱弁当食べてるって話でしょ」
「そういやそうだな」
納得するクラスメイトの男子こと花寺。
「今日はちょっと食欲がなくて」
ここで梓の地雷投下。すると、花寺は無言のまま回れ右。
「どこに行くの?」
梓が訊ねると、
「カレーライス食いに行ってくる。俺、地球が消滅する日には最後の晩餐にカレーって決めてるんだ」
さらに、梓の「食欲がない」発言は瞬く間にクラス中に広がり、
「俺、今日を生き延びたら後輩の神簇さんに告白するんだ」「親友、パイン・サラダ作って待ってるぜ」「止まるんじゃねぇぞ」
パニックのあまり、みんな自他を問わず死亡フラグを乱立させまくるカオス。さらにガチで人類滅亡を実感しちゃったらしい女子生徒が3人私の下に詰め寄り、
「鳥乃さん抱いて!」「恐怖に怯えたまま死にたくないの!」「レズで変態の沙樹ちゃん相手ならキモすぎて正気飛べると思うの」
「任せて!」
と、私が勢いよく立ち上がった所、梓のハンマーフルスイングが炸裂。
私は教室の窓ガラスを割り、紐なしバンジー(強制)を体験した。
放課後。私はハングドの仕事で神簇邸に足を運んでいた。
いつものように、アンちゃんに応接間へと案内されると、そこにはひとりの女性が席に座っていた。
初対面の女性だった。
制服から私たちと同じ学校に通う高校生だろう。眼鏡をかけ、内気でおどおどとした、いかにも虐められてそうな子に映る。
「彼女が例の?」
私が訊ねると、
「はい。彼女が
と、アンちゃん。
彼女が今回の依頼人である。それも驚くなかれ、この安達さんは黒山羊の実のグラトニー派なのである。
曰くグラトニーがアンちゃんに仲介を頼み、今回ハングドの下にこの依頼が舞い込んできたのだ。一応、担当を指名した依頼ではないものの、相手が黒山羊の実で、しかも非正規ながら仲介業者がアンちゃんとあっては半ば私指名のようなもの。
「お待たせ」
私は彼女に挨拶し、対面の席に座る。
「え!?」
すると、私をみて安達さんは驚き、
「もしかして、鳥乃先輩ですか?」
先輩呼びということは、アンちゃんと同級生。つまり後輩だろうか。
「ん、そうだけど」
「ごめんなさい。私ノーマルですから」
誘う前から、いきなり断られたんだけど。
「大丈夫よ。気にしないで」
私は笑って、
「ノーマルをそっちの道に目覚めさせるのも趣味だから」
「神簇さぁん」
と、安達さんは困った顔でアンちゃんを見る。神簇といったので一瞬、姉のほうかと思ったけど、そういえばアンちゃんも当然ながら神簇姓なのだ。
「鳥乃さん、初めにお伝えしておかなくてはいけないことが御座います」
アンちゃんは私の隣に立つと、懐から何やら書類を1枚取り出していった。
「今回の依頼は、鳥乃さんを指名した依頼ではありません。その為、当然ながら安達さんの担当は貴方でなくても全く構わないことをお忘れなく」
書類を広げて見せるアンちゃん。そこには、後はすでに送るだけになってる契約違反・賠償の請求書が。しかも違反内容には「依頼人を相手に性的な悪戯を行い、精神的に重い障害を与えた」といった、起こってもいないのに事細かくリアルなクレームが表記されていたわけで。
「……」
唖然とする私。アンちゃんは懐に戻し、
「なお、こちらの書類はすでにデータをハングドの事務所に送信してあり、私の一言ですぐさま受理して頂けるように申請を通して御座います」
「ちょっ」
さすがアンちゃん。彼女ほど性格の悪い味方を私は他に知らない。……待てよ?
「依頼人
「そうですね。違約金や賠償は発生しません」
「なら」
ぐへへ。
「ところで鳥乃さん、先日私の裸などを収めた盗撮写真を受け取られましたよね?」
「え?」
「確か、
「…………」
え、待って? そこ今更関わってくるの? というか、なんでアンちゃんが知ってるの?
「そこに尾ひれをつけて梓さんに報告致します。盗撮写真を脅しの材料に色々汚されたと」
「諦めてセクハラは神簇だけにするわ」
「はい。愚姉上様へのセクハラなら私は止めません。むしろ最近のストレスの種ですので遠慮なくお願い致します」
アンちゃん相変わらず苦労してるのね。
ということで交渉(?)成立。神簇、悪いけど犠牲になって頂戴。
「あの」
ここで、安達さんが恐る恐る訊ねてきた。
「本当に鳥乃先輩がハングドなのですか?」
私は正面向きなおして、
「信じられない?」
「いえ。そういうことではないのですけど」
とかいいつつ、安達さんは怯えながら、
「まさか校内の有名な先輩が出てこられるとは思わなくて」
「なに、女の子が抱いて欲しい女性先輩No.1とか?」
「あ、えっと、その……」
うわっ、凄く言いづらそう寧ろ泣き出してしまいそう。けど、なんだろう。
(凄く泣かせてでも首を縦に振らせたい!)
とか考えてると、
「ヤ〇チンクズ男より性的に危険な女性先輩No.1だそうですよー」
と、いったのは神簇家のメイド長にして男の娘NINJAという属性の宝庫、ヒロちゃん。
「きゃっ」
と、驚く安達さん。そりゃそうよね、いま瞬きひとつしたら傍に立ってたって感じだったもの。
「ところで鳥乃様、このままだと安達さんがキャンセルするまでエンドレスに脱線しそうですから、本題に入っても構いませんかー?」
「えー?」
私は体だけ言いつつも、
「でもまあ仕方ないか。で、依頼内容を確認したいんだけど。話してくれる?」
と、言われた通り本題に踏み込む。確かに、先に依頼を請ける方向で話を固めて任務の中で口説いたほうが良さそうではあるしね。
「はい」
安達さんはうなずき、
「その。一見ハングドに依頼するほどでもないように聞こえるかもしれませんけど、私の幼馴染を悪い友達から取り返して欲しいんです」
「幼馴染を?」
それは確かに、こちらで請け負う内容にはみえないけど。
「はい。私、昔から気が弱くて、おどおどしていて、だからよく他の子に虐められてて。そんなときにいつも助けてくれたのが、家が近所で同じ歳の
「その子が更生させて欲しいっていう」
私の確認に、安達さんはうなずき、
「事の発端は去年、私が中学3年のときでした」
と、話を続ける。
「当時私は、
「大依さんだけが味方だったのね」
「先生もひとり、島津先生だけは味方だったのですけど、他の教え子を人質に取られてからはそっちを護るので精一杯で」
「っ」
島津先生ってことは、彼女は陽光学園中等部出身だったのね。しかし、あの先生でさえ助けきれないなんて。一歩学校の外に出れば駄目人間だけど、教師としては平気で自分の命より生徒を大事にしそうな人なのに。
「けど、程なくして炎崎さんは私を虐めることはなくなりました。だけど、その頃から愛ちゃんは炎崎さんと交際するようになって」
「あれね。自分と付き合うのを条件にあなたに干渉しないって交渉持ちかけられたとか」
「その通りです」
安達さんは辛そうに肯定した。
「けど、当時はそんな事も把握できずにいました。炎崎さんと交際するようになってから愛ちゃんはどんどん素行が悪くなって、3学期の頃には殆ど学校にも行かなくなって、高校も分かれちゃって。そんな矢先、つい先日愛ちゃんと再会したんです」
ここで、私はより警戒を強める。間違いなく、この先にハングドへの依頼に至る確信があるはずなので。
「愛ちゃんは、底辺の高校に入学するもすぐ退学したそうで、いまは中卒で就職した炎崎さんの誘いで一緒に働いてるのだそうです。ただ」
「ただ?」
訊ねると、安達さんは重々しい口で、
「就職先はフィール・ハンターズだったんです」
「えっ!?」
その言葉に、私だけでなく一緒に聞いていたアンちゃんも驚く。
「それだけではありません。愛ちゃんは遊ぶ金が足りないって、私から財布を強奪したんです。いつも私を護ってくれた愛ちゃんが、炎崎さんとつるむようになったばかりに!」
泣き崩れる安達さん。
もし、もしも。
仮に梓が悪い人とつるむようになって、フィール・ハンターズになって、悪事を働いていたとしたら、きっと私はドン底の絶望を味わってたのだろう。
なんて考えてしまうと、現在の彼女の境遇はとても他人事には思えなかった。
「分かったわ」
私はうなずいた。
「初めて挑戦するタイプの依頼だから少し手間取るかもしれないけど、出来る限りはやってみるわ」
「本当ですか?」
顔をあげ、すがりつくような目で見る安達さん。
「でも、経験上言わせて頂戴」
私はいった。
「出来る限り安達さんの願いをくみ取って、やってはみるわ。でも依頼内容以上のことは保証できないから」
「それって、どういう」
安達さんは私が言いたい意図が分かってない様子。私は立ち上がり、いった。
「大依さんを炎崎やその仲間から引き剥がした所で、必ずしもあなたの望む結果にはならない可能性があるって話よ」
応接間を出て、玄関に移動中。
「――ってわけで、会話内容はたったいま送信したから」
『ありがとうございます。通信機から内容は聞いてましたけど、改めて確認させて頂きます』
私は早速、デュエルディスクのタブレットから木更ちゃんと通信をとっていた。すでに先ほどの会話を録音したデータは木更ちゃんのみならず事務所のパソコンにも送信済。
「で、私はいまから島津先生に接触しようと思うけど、木更ちゃんは?」
『私も、今回の件で接触したい方がいるので、そちらに』
「まさか、かすが店長とか言わないわよね?」
幾らフィール・ハンターズ相手とはいえ、木更ちゃんなら下手すればと思い訊ねてみるも、
『いえ、クラスメイトです。加えて恐らくフィール・ハンターズには所属しておりません』
と、木更ちゃん。
「一応聞くわ。誰?」
訊ねると、
『先輩にも以前お話したと思いますけど、リアルPKKって覚えてますか?』
「えっと」
確か、増田を失って
『虐めっ子やDQNみたいなリアルPKを社会的にPKする専門家です。聞いてる限り、大依さんという方の素行はいまでもDQNと思ったので、かのじょ……いえ、あの人なら何か知ってるかもしれません』
「え、女性なの? そのリアルPKK」
私が食いつくと、
『いえ、その、男性です』
「ちっ」
なんだ彼女って言いかけてたものだから期待したのに。
『ふふ、舌打ちだなんて通信越しでも素行が悪いですよ先輩』
「溜まってるのよ、依頼人を即堕ち2コマできなかったから。だから木更ちゃん、後で生乳を」
『それでは失礼します』
セクハラ発言に及びかけた所で通信が切れてしまった。どうすればいいの、この気持ち。
なんてムラムラしながら歩いてると、
「もう一度行こうか、はい。ワン! トゥ! スリー!」
近くの部屋から、アインスの掛け声が聞こえた。
何をしてるのかと思い、部屋を覗いてみると、そこではあのフィーアがバレエの練習をしており、アインスがコーチ役を買って出ている姿だった。
「あ、鳥乃さん」
しかも隙間程度に扉を開いただけなのに、さすがフィーアはすぐさま私を見つけてしまう。
気づいたアインスが扉を開け、
「やあ、鳥乃。どうしたんだい?」
「あなたたちのほうが、どうしたって話なんだけど」
私が訊ねると、
「見ての通り、フィーアにバレエを教えてるんだ」
「いや、そこは分かるんだけど」
何があってフィーアに? するとアインスは、
「先日シュウがフィーアに言ったらしいんだ。今度入る学校では
「ああ、そういえば言ってた気がするわ」
「そしたら、帰りにフィーアに頼まれてね。その学校で演じるキャラにダンスの動きを取り入れたいって。だからこうして、色んなダンスの基礎を教えていまは丁度バレエに差し掛かってた所だ」
「……」
私は言えなかった。それってつまり、フィーアの目にはアインスの立ち振る舞いが「ふざけてる」ように映ってたって事じゃないかって。
「そ、そう」
数秒の間の後に、なんとか言えた反応も、そんな苦し紛れな相槌。
これ以上ふたりの時間に付き合うと何だかキツそうなので、私はボロが出る前に部屋を後にしようとするも、
「ところで鳥乃、いま依頼人と面会した帰りかい?」
「ん、まあね」
「事情は私も少しは聞いている。これからどう動くつもりだい?」
「あー」
まあ、アインスならいいか。
「依頼人が中等部の卒業生でね、ちょっと当時のことを知ってそうな島津先生とコンタクトを取ろうと思ってるわ」
「そうか」
アインスが途端心配そうに微笑むと、天井に向かって、
「ヒロちゃん、近くにいるかい?」
「はい。いますよー」
天井ではなく、光学迷彩を解くような形でアインスの隣に出現するヒロちゃん。
「上ではなく横でしたね、アインス」
フィーア、そこは素直に言っちゃ駄目! これ当事者には絶対恥ずかしい失敗だから。
「あ、ああ。やあヒロちゃん」
事実、アインスは凄く反応に困る苦笑いをみせてから、
「私の部屋の冷蔵庫にウコンの力4本と、それと机の上のウイスキーを1本、鳥乃の帰りに取ってきてくれないかい?」
「承知しましたー」
ドロンと消えるヒロちゃん。
「先生と会うなら、二日酔い対策はしておいたほうがいいだろう」
と、アインスは微笑みをつくっていった。
「私も同行しよう。鳥乃は先に先生と連絡をとってくれないかい?」
――現在時刻18:30。
「こんばんは。さあ入って入って」
インターホンを鳴らして数秒、玄関から顔をだしたのは
「お邪魔します」
満面の笑みで自宅へと迎え入れられ、私とアインスは招かれるままリビングに進む。テーブルにはすでに酒の肴になりそうな手料理が並び、すでに飲む気満々なのが伺えた。もしかして先生、このまま一夜飲み明かす気じゃないだろうか。
アインスが一歩前に出ていった。
「先日は殆どお酒の相手ができなくすみませんでした。こちらはお詫びも兼ねて持参してきました」
そういって差し出したのは、出発前にヒロちゃんに取ってこさせたウイスキーのボトル1本。
先生は受け取ると嬉しそうに、
「ありがとー、じゃあ早速開けよっか。ふたりはロックとハイボールどっちがいい?」
相変わらず教え子に未成年飲酒を勧めるとんでもない教師だ。まあ、今日は事前にウコンの力も飲んだし覚悟してきた話だけど。
「でしたら、ロックを頂きます」
と、アインス。ウイスキーの度数を考えるとロックなんて未成年が飲むものじゃないのに、それがアインスと思うと不自然どころか似合いすぎる。
「鳥乃はハイボールかい?」
確認をとるアインスに、
「の、薄めで」
と、オーダー。
「オッケー、すぐに準備するから」
先生はグラスをふたつ用意すると、冷凍庫からロックアイスと炭酸水を。
「って、なんで炭酸水を冷凍庫に入れてるの?」
目をまん丸にしていうと、
「凍りはじめる寸前を使うのが美味しいのよ」
なんて先生はそれぞれアルコールドリンクを作り「はい」とテーブルに置いた。なお先生は私のより濃いめのハイボール。
「じゃあ座って座って。お仕事でお話もあるんでしょ?」
先生はいった。
それから、三人で夕食を開始しながら、私は今回先生に連絡を取った経緯を説明。先生は悲痛な顔をみせ、
「そっか。愛ちゃんそこまで堕ちちゃってたのね」
と、いった。
「現在、私たちは安達さんの証言でしか当時の状況を知りません。どうか力添えをお願いできますか」
アインスがいった。私は続けて、
「安達さんは、大依さんを除けば先生だけが味方だと言ってたわ。でも、炎崎という男に部員が人質にとられて何もできなくなったって」
「うん」
先生はうなずいた。
「炎崎くんもね、最初は悪い生徒じゃなかったのよ。そりゃあ口も素行も良くはなかったし、確かに由美子ちゃんを虐めてたから私も何度も叱ったり諭したりもしたけど、基本的には学校の秩序のために動いてたわ」
「彼が不良を従えたり、安達さんを虐めた理由については」
「由美子ちゃんに関しては、身も蓋もないけどおどおどした態度が生理的に受け付けれなかったみたい。でも、悪事は本当それだけだったのよ。不良に関しては自分が兄貴分になることで抑制してたように見えたわ。後は炎崎くん、校内で何かを調査してるみたいだったわね。それも私みたいな平教師は何も知らないけど、校長や教頭は何か知ってて容認してるみたいだった」
「何かって?」
訊ねるも、先生は首を横に振って、
「ごめんね。ただ、何か危険なことに首を突っ込んでるのは分かったって程度。そして、多分だけど、実際何かに首を突っ込んで炎崎くんと愛ちゃんが凶変したのよ」
「凶変?」
「由美子ちゃんを巡って炎崎くんと愛ちゃんが衝突した数日後辺りね。突如として愛ちゃんが怒りっぽくなって、炎崎くんが横暴になったわ。校内で悪さする生徒を止めてた彼が、不良を引き連れ自分から率先して悪さをするようになって、止めようとした教師の弱みを突いて脅しだして。私も注意した翌日、部員の子がひとり不良に囲まれて服を脱がされそうになったって」
「それが、安達さんのいう人質」
アインスの言葉に、先生はうなずく。
「その時は未遂だったけど、もう一度あの子に逆らってたら、今度は本当に何かされてたと思う。でも私が受けた脅しなんて可愛いほうよ、実際に二度逆らった先生の中には息子さんを轢き逃げ事故で失った人もいるんだもの」
「警察に通報は?」
「勿論したわよぉ。でも、犯人は逮捕されず炎崎くんとの関与も確認されなくて。だけど、最後には別の生徒が証拠を見つけてきて、卒業を控えた2月に逮捕、推薦で決まってた高校入学も取り消されて、卒業式も参加できなかった」
そう話す先生からは強い後悔が漏れ出ていた。あんな生徒でも、助けれなかった、相談に乗れなかった、卒業式に出してあげれなかったとか、色々思うものがあるのだろう。
「その証拠を見つけた生徒というのは」
アインスはいうも、先生は少し困った顔で、
「教えてあげたいのは山々だけど、さすがに個人情報だから」
「本名じゃなくても構いません。何かあだ名だったり、エピソードだったり、それなら私たちで調査しますし、先生に責任は取らせません」
「その子にも迷惑かけないでね」
「勿論です」
すると、先生はなんとかうなずき、
「うーんじゃあ。本名は言えないけど、確か前にその子、リアルPKKって呼ばれてたような」
「リアルPKKね」
私は、わざと知らないフリしてメモしながら心の中でガッツポーズ。確か木更ちゃんがクラスメイトといってたし、今日まさに本人に会いに行ったのでこの件の情報は持ち帰ってくれると思っていいだろう。
「愛ちゃんからは、今まで許せたものが許せなくなって、色んなものが憎たらしく見えて気が変になりそうって助けを求められたわ。でも、私も気分転換を勧めたりとかリラックスできるハーブティをこっそり買い与えたり、休日に何回か一緒にお出かけしたけど、効果はなかった。いつか安達さんに手をあげてしまうんじゃないかって怯えて、そのうち不登校になっちゃって、私も手を差し伸べてあげられなくなっちゃって、そのまま今日まできちゃった」
「おかしくなる前の大依さんってどんな子だったの?」
私が聞いてみると、
「ちょっと口が悪くてひねくれた所はあるけど、面倒見がよくて、正義感が強くて。強すぎてひとりで突っ走っちゃう危うさはあったけど、すごく頼りになる子。委員長タイプっていうの?」
「そんな子がフィール・ハンターズね」
「おかしくなる前の炎崎くんもそうだけど、正直信じられないよね」
相当ショックなのだろう。いまにも先生は涙を流しそうな顔でハイボールを飲み干す。
「そうだ先生、ふたりの写真って持ってなかったりする?」
私はいった。先生はまだ泣きそうな顔のまま、
「写真?」
「実は私たち、まだふたりの顔を知らなくって。せめて顔が分かれば、大依さんがフィール・ハンターズに入った経緯とかも調べやすくなるんだけど」
「分かったわ。ちょっと待って」
先生は席を立ち、一旦奥へと引っ込んでいった。そして数分後、
「あったわ」
と、見せてくれた写真を確認し、その中の炎崎を前に、私とアインスは、
『あ』
と、ステレオで呟くのだった。
――現在時刻20:00。
「お待たせしました」
木更ちゃんが、しじみの味噌汁をちゃぶ台に運んでいった。
現在、私は木更ちゃんが暮らしているアパートの一室にいる。お互い目当ての相手とコンタクトを取った帰り、情報共有の為に寄らせて貰ったのだ。
ちなみにアインスはまだ先生宅にいる。まだ仕事の残ってる私の代わりに、今度は彼女が先生の酒の相手という生贄を自ら請け負ってくれたのだった。
「ありがとう木更ちゃん」
私はお椀を受け取り、味噌汁を一口。
「美味しい、体が休まるわ」
1時間で解放されたとはいえ、すでに結構な量の酒を飲まされてしまった。ウコンの力は食前後に1本ずつ飲んだものの、明日の朝にはまた二日酔いになる気がする。そんな私の恐怖を、木更ちゃんの味噌汁は胃を温めつつ、やさしく洗い流してくれた。
恐らく木更ちゃんの真心が出ているのだろうと思ったら、
「実はこのしじみ、高村司令からの差し入れなんです。しじみはアルコールの分解にいいからと」
「なるほどね」
まさか司令のやさしさも入ってたなんて。
私は流すように言ったけど、恐らく酒で感傷的になってるのだろう、正直すごく胸にしみた。
「ところで、早速本題ですけど、先輩のほうでは首尾はどうでしたか?」
「核心に迫る内容ではないけど、強い情報はひとつあったって話」
私は味噌汁を飲みながら、
「まず、
と、私は鞄から写真を1枚取り出し木更ちゃんに見せる。修学旅行のものだろうか、一組の男女がツーショットで映ってるのが見えた。
女性のほうは長い黒髪に、中肉中背にして豊満なバストと安産型、中学生にしてすでに母体になる準備が整ってるように見えてしまう。そして、男性のほうは、
「イーグル・フレイムショット。そっくりさんじゃなければ、間違いなく奴よ」
「例のフィーアさんと同じ技を使った方ですか」
木更ちゃんの返事に私はうなずく。
炎崎とイーグルどちらの名前が本名なのか、もしくは他に本名があるのかは分からない。ただ、炎崎がイーグルと知ったことで、私たちは三人掛かりで経歴を調べ上げ、彼が転入してきた際の個人情報が偽造されたものであることが分かったのだ。
「ふたりの勤務先はクレイン公園周辺に本社を構える緒方ミリタリーと分かったわ。迷彩服やモデルガンなど名小屋近辺の軍オタ御用達の専門店や射撃場、射的の出店にサバゲーのサークルとかを運営してる会社よ」
ついでに、偶然だけど先日のお祭りで景品に細工してた悪徳射的屋も緒方ミリタリーの出店だったと判明。
「緒方ってまさか」
さすが気づいた様子の木更ちゃん。「そう」と私はうなずき、
「緒方ミリタリーは、あのフィール・ハンターズの
「務めて……た?」
「以前、木更ちゃんが持ってきてくれた情報じゃない。ゲイ牧師がパーティした結果、事実上壊滅してかすが店長の支部に吸収されたって。だから、いま緒方ミリタリーはKasugayaの傘下って話」
「そういう事ですか。……あ」
ここで木更ちゃん、ひとつ気づかなかったほうがいい事実に気づいたようで、
「ってことは、炎崎さんもしかして。……お尻」
「ゲイ牧師に連絡取った所、ちゃんとパーティの犠牲者の中にいたって」
つまり、すでに一度掘られてる。
木更ちゃんは無言で合掌した。いや、小さく「南無阿弥陀仏」とか言ってる。ご愁傷様ですらない所が相当だ。
「あとは」
私は、残りの情報つまり写真を渡されるまでの内容を伝え、
「って位ね。それ以外だと先生の目から見ても安達さんと大依さんは仲が良かったことと、安達さんの証言に嘘はないと裏が取れた程度」
炎崎が恐怖で学校を支配しだした時期に先生の証言と安達さんの証言で違いはあったけど、お互い認識が違っただけで、どちらも嘘はいってないだろう。
「そうですか」
と、メモに走り書きで記録する木更ちゃん。が、直後、
「まさか、ここでリアルPKKが出てくるなんて」
と、呟いたので、
「え? そこについては知ってたんじゃないの? 今日まさに本人と会ったんだから、むしろ私より詳しく」
「そこなのですけど」
木更ちゃんはすまなそうにいった。
「ごめんなさい。この件は先輩も交えて交渉したいそうで、明日学校でと今日は断られてしまいまして」
「なるほどね」
私もいい噂はあまり聞かない人間だから、無条件で情報提供せず見極めようという魂胆なのだろう。
「ただ、リアルPKKも現在炎崎さんと大依さんには易々手出しはできてないようです。理由は諸事情の通り聞けてなかったのですけど、恐らくふたりがフィール・ハンターズ所属ということをすでに気づいてるものと」
「分かったわ」
私は味噌汁を飲み干し、
「とりあえず、明日学校って話ね。時間や場所の交渉は木更ちゃんお願いできる?」
「分かりました」
「じゃあ、今日はそろそろ帰ることにするわ。御馳走様」
私は立ち上がり、ちゃぶ台の下でバッチリ盗撮したデュエルディスクのタブレットを片手に部屋を後にしようとした所、
「あ、先輩。さっきからずっと私の下着を盗撮されてたデータはハッキングして削除しましたので」
と、木更ちゃんに言われてしまった。畜生!
翌日、登校中。
通学に使ってるバスを降り、学校に向かって徒歩数分ほどの道を歩いてると、後ろから自転車に跳ねられそうになり、
「わっ」
と、咄嗟に避けた。
自転車側は、私に気づく様子なく真っすぐ通り過ぎて行った。制服から恐らく陽光とは別の男子中学生だろうか。二人組だったが、明らかにどちらもスマホ片手にイヤホンをつけた余所見運転だった。
(あれって実は滅茶苦茶危険なのにね)
なんて思ったその直後、今度はその二人組、前方を歩く中年くらいのサラリーマンに衝突したのだ。
「うわっ」
と、中年は転倒しぶつけられた腰を痛そうにさするも、中坊は安否の確認をするどころか、
「おい、気を付けろオッサン」「危ねえだろうが」
なんて吐き捨て走り去る。ちなみに衝突した場所は歩道、自転車は軽車両のため本来は車道を走らなければならない。さらにながらスマホinイヤホン。明らかに非があるのは中坊側なのだが、当の中坊は慌てた様子もなく、スマホ弄りをやめる様子も見当たらなかった。
轢き逃げという重罪を余罪増々で犯したという自覚が全くないのだ。
(しまった)
私は思った。事故の瞬間と自転車のナンバーを撮影しておけばよかったって。自動車の人身事故と違って、自転車の人身事故は今回のようにすぐ逃げられてしまうと犯人の特定が難しくなってしまうのだ。
そこへ、
「大丈夫ですか?」
と、中年に駆け寄ったのはひとりの陽光学園高等部の女子生徒だった。背丈は私の見立てで150を少し過ぎた程度。とはいえ小柄というよりは細身で華奢な体躯が目立ち、長い髪に着崩しの全くない身なりから優等生なのが察せれる。
「ああ、すまないね。あいたたた」
女子生徒の肩を借り中年は立ち上がろうとするも、腰をやられてしまったご様子。
「君、すまないが道路の隅に連れて行ってくれないかい。このままだと通行人の邪魔になる」
「分かりましたですよ」
女子生徒は中年を適当に安全な場所に避難させると、懐からタブレットを出し、
「とはいえ、骨折でもされていたら大変です。病院には僕のほうからお呼びしても大丈夫ですか?」
……僕? その優等生然とした様子で僕っ娘とはポイント高い。
「い、いえ。そこまでされなくても、会社に向かわなくてはなりませんし、十分です」
「うーん、わかりましたですよ。では、僕はここで失礼しますですね」
女子生徒は中年を置いて歩き始める。
この時勢、同年代にも善良で親切な人っているのね、なんて感心しながら私は口説き目的で近づこうとした所、
「もしもし、警察の方ですか?」
中年に声が届かなくなった辺りで、その女子生徒はタブレットでこう喋ってるのが聞こえた。
「先ほど、女子生徒を自転車で撥ねかけ、直後に中年男性と接触事故を起こした、ながらスマホの中学生を2名発見しました。事故当時の映像は先ほど電子メールに添付致しましたので確認をお願いしますですよ」
って。
お昼休み。私は木更ちゃんからの指示で校舎裏にきていた。もちろんリアルPKKと接触する為である。
で、なぜ今日に限って校舎裏なのかというと、屋上が一般開放の日だった為にリアルPKKが「ここ」と指示したそうだ。
実際、昼時なのに関わらずそこには誰ひとりとして人影が見当たらない。校舎の影で薄暗くじめじめした空間だからだろうか。
「先輩、お待たせしました」
適当な壁に背を預け購買のおにぎりをお茶で流し込んでた所、木更ちゃんが近付いてきたのが分かった。
「お疲れ、木更ちゃ、え……?」
私は振り返り声をかけ、――かけた直後、木更ちゃんの隣を歩く生徒に絶句した。
長い髪に華奢な体躯、着崩しのない身なり。そこにいたのは、先ほどの女子生徒だったのだから。
「どうしましたか、先輩?」
「え、いや」
きょとんと訊ねる木更ちゃんに私は動揺したまま相槌。
「鳥乃先輩ですね?」
やんわりと微笑み、女子生徒はいった。とても品行良く清涼感に満ちた、しかし何故だろう彼女の笑顔からはどこか私の驚きや心情を見透かしてるように感じる。
「初めまして、1年の菊菜といいます。巷ではリアルPKKと呼ばれていますですよ」
「は、初めまして」
私は返事しながら、木更ちゃんに小さく手招きし、近づいてきた所を耳元で、
「ちょっと、どういう話よ木更ちゃん。リアルPKKって男じゃなかったの? どうみてもただの美少女じゃない」
「え、えっと」
反応に困った様子の木更ちゃん。その後ろでは菊菜ちゃんがにこにこと微笑む。……いや、よく見るとこれは「にこにこ」ではなく「にやにや」?
「ま、まさか!?」
「くす、どうしましたか?」
菊菜ちゃんは私の顔を覗き込み、その仕草はまた萌えをくすぐる可愛らしさなのだけど、
「うーん。僕がリアルPKKだと信用されてないのでしょうか? でしたら、こちらで信用して頂けますか?」
と、懐から何かを取り出し、はいと私に差し出す。
「え?」
私だけでなく木更ちゃんも同様に驚く。それはNLT手帳だったからだ。
かつ、中身を開けてみると、そこには菊菜ちゃんのフルネーム、コードネーム「リアルPKK」の文字、さらに「性別:男」と記載されてたわけで。
「男!? 菊菜ちゃん女の子じゃなくて、これで男?」
「そうですけど?」
「しかもNLTのメンバー?」
「そうですね」
…………。…………………………………………。
私は、優に十数秒は思考停止していた。
待って、待ってって話なんだけど。ヒロちゃんでさえ違和感を覚え見抜いた私のレズセンサーでさえ、彼女の性別を捉えきれなかったんだけど。むしろ登校中思いっきり反応してたわけで。
しかもリアルPKKの評判って言っちゃえば表のルールを悪用しDQNとかを社会的に潰して楽しむやべぇやつじゃない。そんな人がNLTってやばくない?
「うーん、どうしましたか?」
うわあ、菊菜ちゃんすっごい楽しそうな顔してらっしゃる。この人絶対愉悦部だ。
「そういえば今朝も、僕を見てましたですよね?」
げっ、しかも気づいてる今朝の私のこと。
「あれ、お知り合いだったのですか?」
訊ねる木更ちゃん。
「いやお互いちょっとした現場に居合わせてただけで、目を合わせたのも今が初めて。よね?」
と、訊ねると菊菜ちゃんは、
「そうですね。今朝話したあの事件ですよ。その轢かれそうになった女子生徒が鳥乃先輩でして」
「あ、そうだったのですか」
納得する木更ちゃん。そういえば。
「思い出したけど、菊菜ちゃんあの時警察に通報してたけど、あれから何か進展は?」
私はつい興味本位で訊ねる。すると菊菜ちゃんくすりと一見お茶目な笑みをみせてから、
「そうですね。被害者のおじ様大事に至らなくて良かったですよ、自分の部下の息子だったそうですから」
どうやら、PKKは成功したらしい。
「もっとも学校と会社には連絡が届きましたから、いまごろ被害者家族はお顔真っ青だと思いますよ。仮に被害者のおじ様は許しても、さすがにながら運転、スマホ、イヤホン、人身事故とくれば警察も処罰に動――」
言いかけた所、
「先輩、早く本題に入りませんか? 菊菜さんのPKKは聞いててゾッとしますので」
木更ちゃんが割と必死に懇願する。最近この子も相当逞しくなったというのに、そんな彼女でさえ避けたい世界らしい。
「そうね」
まあ私も、そろそろスッキリ超えてゾッとしはじめた所なので話題は変えるに限る。
「うーん、残念です。もう少しおふたりのげんなりした顔を堪能したかったのですけど」
しかも当の菊菜ちゃんは、そんな恐ろしいことを、わざと女の子女の子した可愛い立ち振る舞いを見せながら仰るわけで。
やばい、何だかんだ美少女にしか見えないので、またレズセンサーが誤作動起こしそうになってきた。
「という話で、本題に入るけど。木更ちゃんとふたりの時じゃなく、わざわざ私と一緒を指定した理由は?」
だらだら反応してると二重の意味でこっち精神が保たなそうなので私は訊ねる。すると菊菜ちゃんは指を2本たて、
「ひとつは、NLTの情報を提供するために許可を取る時間が必要だったからです」
と、順番に指を折っていき、
「もうひとつは、ここらでそろそろ僕も先輩とコネを持ちたかったからですね」
「成る程ね」
私は納得しつつ、
「てっきり、この手の定番として情報が欲しければデュエルで信用させてみろとか言われると思ったわ」
「その交渉はお互いリスクが高いですからね」
「リスクですか?」
訊ねる木更ちゃんに菊菜ちゃんは、
「お互いフィールを消耗した直後を狙われたくはないでしょう。それよりは金銭で解決したほうが得だと思いませんか?」
なんていって、0が沢山書かれた紙を1枚私に渡してくる。情報料として請求する気らしい。
けど、まあ私は提示された金額を前に、
「良心的ね。プロの情報屋から買うと倍は掛かるわ」
「アマですから、この料金ですよ」
「了解。いまは手持ちがないから、後で口座に振り込むわ」
と、私は用意していた専用の書類にその場でサインし、菊菜ちゃんにはいと渡す。
「確かに」
菊菜ちゃんは受け取ると、
「実は炎崎さん。いえ、イーグルは中学時代NLTだったんです」
「え?」
フィール・ハンターズの人間が元NLTだって?
「当時、校内でドラッグが密かに流通してる情報が入ってまして、その潜入捜査のために転校してきたんです。勿論、校長など職員上層部からも許可を取った上で。彼はまず、真っ先に狙われるだろう不良たちを手元に置いて護り、大依さんは外部協力者として雇ったそうです。学校に悪者が潜んでるとなれば安達さんの危機だといって、フィールも持たず単独で関わろうとしたので傍において護ることにしたと聞いてます」
「けど、私が得た情報だと、ある日を境に色々悪さしだしたって聞いたけど」
私は話すと菊菜ちゃんは、
「ミイラ取りがミイラになってしまったのですよ」
と、いった。
「いま思えば、恐らく彼は、捜査の末にフィール・ハンターズと接触したのだと思います。そして、結果寝返ってしまったのでしょう。いつの間にか彼は捜査を理由に好き勝手し始め、僕が同じNLTとして裁いたときには、すでに大依さんも不良も悪に染まった彼の味方になってました」
そこまで言ってから菊菜ちゃんは罰が悪そうに、
「お恥ずかしい話ですけど、NLTも僕も、先日のイリスさんの件で初めて炎崎さんがイーグルと名乗ってフィール・ハンターズ側についてたのを知った次第ですよ」
「ってことは、そのドラッグを流通させたのも」
「フィール・ハンターズですね」
「ドラッグの種類は? 大麻? 覚せい剤?」
訊ねた所、菊菜ちゃんは首を横に振って、
「組織が開発したオリジナルです。それもフェンサイクリジンと一部共通した特徴を持つ幻覚剤です」
「げっ」
私は思わず声に出した。
シティーハンターという漫画には、作中エンジェル・ダストというドラッグが登場するのだけど、漫画の中では膨張した表現こそされてるものの、実はあのドラッグは実在する。
エンジェル・ダストとは、まさにフェンサイクリジンの別名なのだ。
菊菜ちゃんはいった。
「そのドラッグは、服用するとすぐ自分が誰で何をしてるのかなどの見当識に異常をきたし、せん妄を伴ったトランス状態に陥るようです。加えて脳のリミッターが外れ人間離れした怪力を得て、鎮痛作用により致命傷でも笑って活動し続ける化け物が出来上がります。それも、客観的にはシティーハンター版のエンジェル・ダストに酷似したレベルで」
「それって」
心当たりがあり、訊ねようとすると、
「はい。件の作戦でガルムさんと一緒にいたフィール・ハンターズ、黒山羊プライド派連合にも同じものが使われてました」
やっぱり。
「このドラッグは習慣性、中毒性が非常に高い上、一度でも使えば後遺症で人格や記憶に異常をきたします。しかも服用を続けると自我そのものが崩壊していき、最悪廃人化までありえます。そこからついた名前は、ロスト」
「ロスト、ですか」
オウム返しで呟く木更ちゃん。一方私は、
「聞いたことがあるわ。フィール・ハンターズはそのドラッグを使って組織に忠実なデュエル兵士を作り上げる計画があったとか」
私がいうと菊菜ちゃんは、
「それが、いよいよ完成に近づいたのかもしれないですよ」
と、いったのだ。
「どういうこと?」
訊ねると、
「闇のフィールですよ」
菊菜ちゃんはいった。
「先輩も一度交戦してるから知ってるとは思いますけど、今回の構成員にはロストの他に闇のフィールが併用されてました。元々併用の話はソンブラ社のドラッグと闇のフィールの組み合わせで完成秒読みだったそうですから。それが、ロストで代用可能になった事で彼らはソンブラ社のドラッグを求める必要がなくなり、実戦投入のテストを兼ねて先日の襲撃があったのではないかと、僕は読んでます」
「あの、ひとつ最悪な推測が浮かんだのですけど」
ここで木更ちゃんが間に入っていった。
「先日私たちが交戦したプライド派とフィール・ハンターズの連合部隊ですけど、もしかして本来どちらの所属でもない一般の方が含まれてたりしませんか?」
「え?」
「フィール・ハンターズが闇のフィールを更に支配下に置く技術を持ってるのはご存知のはず。なら、闇のフィールを介し無関係者をフィール・ハンターズや黒山羊プライド派に仕立て上げてしまうことも可能なのでは。特にロストは見当識を奪いトランス状態にするのですよね? 深層心理、弄り放題なのでは」
ゾッとする推測だった。しかも菊菜ちゃんはうなずき、
「残念ながら全員とはいかなくても大正解ですよ。正規の構成員を薬物で潰すわけにはいかないでしょうからね」
正直、私でさえ下種さに腸煮えくり返る話だった。そんな私の心情を見抜いたのだろうか、菊菜ちゃんは「くすっ」と微笑み、
「実はそのロストなのですけど、例の襲撃の頃から闇ルートで外部に流通している情報がNLTに届いています。特にプライド派以外の黒山羊の実をメインターゲットに売買されてるそうで、残りの幹部2名から状況の解決を依頼されました」
菊菜ちゃんはこんな魅力的な提案をするのだった。
「僕は近いうちに、炎崎さんの職場をNLTの権限で捜査しようと思うのですけど、よろしければ豚箱を胃袋がわりに犯罪者の踊り食い。一緒にしてみませんですか?」
「ええっ!? そ、それで断ってしまったのですか?」
と、驚く安達さん。私は当然とばかりに、
「だって大依さん逮捕したら依頼に反しちゃうじゃない」
放課後の帰り道。
私は安達さん、木更ちゃんの三人で制服姿のまま街中を歩いていた。
「それは。ごめんなさい」
自分のせいでと謝る安達さんに、私は「気にしないで」とソフトに肩を抱く。
「えっと」
身の危険を覚えやんわり拒絶されたのが分かったが、強く言わないので気にしない。
むしろと安達さんの胸元に腕を伸ばそうとした所、木更ちゃんが安達さんから私を引き剥がしながら、
「でも、さすがに即答するとは思いませんでした。先輩もあの件には怒ってたように見えたのに」
と、訊ねるので、
「私たちはあくまで依頼人の味方であって正義の味方じゃないのよ。そこはレズの次にはブレないようにしないと」
「そういう所はさすが先輩ですね」
と、木更ちゃんは納得する一方、安達さんは、
「レズの次なのですか?」
と、ぼそり。しかし私が返事するより先に木更ちゃんが、
「レズじゃなくなったら先輩じゃありませんから」
「あ、聞こえてたのですか」
萎縮する安達さん。木更ちゃんはふふっと笑って、
「事実、一度だけ女体に反応しなくなった先輩を見たことがありましたけど、あれはほっとするどころか心配で眠れなくなりますよ」
「あったっけ、そんな時」
私が訊ねると木更ちゃんは、
「増田さんが亡くなったときです」
「……。……あー」
納得。
木更ちゃんは笑顔のまま、
「一度あれを見てしまうと、もう先輩からレズを取ろうなんて発想できなくなりますよ。本当困った生き物ですよね」
なんか地味に酷い言われ方した気がする。
「そんな事になるなら、依頼しないでおくべきでした」
突然、安達さんが後悔を口にしたので、
「え、どうして?」
「だって、ドラッグの件で捜査だなんて、私なんかの依頼よりずっと優先しておくべき事ですから。私のせいでグラトニー様に迷惑をかけてしまうなんて」
「そういえば、あなた黒山羊だっけ」
で、最近のロスト流出の主な被害者は黒山羊の実。
安達さんは嘆きたいのを抑え、いった。
「ごめんなさい、NLTからの誘いがまだ有効でしたら、いますぐ私の依頼を断ってそちらを優先してください。報酬は依頼達成分しっかり出しますから」
「ふふっ」
そこへ木更ちゃんは微笑み、
「ところが、全く問題なかったりするんです。私たちとしても、安達さんとしても、そしてNLTとしても」
「え?」
あと一歩で泣き出してただろう顔で、安達さんはきょとんと木更ちゃんと私を交互に。
私はいった。
「こういうことよ。あ、きたきた」
ちょうど、見知った車が前方で停まったのを見て、私はふたりを車の下へと誘導。
ドアが開く。
すると中からは3人の女性(?)。運転席から島津先生、助手席からアインス、後部席から菊菜ちゃんがそれぞれ出てきたのだ。
「あ……」
安達さんが目を見開く。
恐らく視線の先に映ってたのだろう島津先生は、一回きょろきょろと目で誰か……いや安達さんを探し、
「由美子ちゃん」
と、駆け寄り安達さんを抱き寄せる、はずが体格差の違いで先生が安達さんの胸にしがみつく形になりながら、
「久しぶり。ごめんね、何もしてあげられなくて」
「ううん。お久しぶりです、先生」
お互いの瞼に涙がにじむ。
「悪いわねアインス、色々お使い頼んじゃって」
「別の構わないさ。友の頼みだからね、それに実際に車を運転したのは先生だ」
言いながら前髪をかきあげる仕草をとるアインス。
「あの、一体これは」
涙を流したまま、安達さんが訊ねる。
木更ちゃんが、
「確かにNLTの捜査は断りましたけど、逆にプライベートなり事前の下見なりって名目で同行しないかと誘ってしまったんです先輩は」
続けて菊菜ちゃんも、
「プライベートでしたらその日に行動できますからね。喜んで誘いに乗らせて貰いましたですよ」
「じゃ、じゃあ島津先生は」
「私はアインスちゃんからのお誘い」
先生がいったので、間に入ってアインスが、
「初めまして、アインスといいます。どうでしょう、今晩一緒にBARにでも」
って、説明を引き継ぐのかと思いきやこいつ口説き始めた。
「アインス、なに早速私のモノに手を出してるのよ」
懐から拳銃を出し、私はアインスの頭をトントン。
「先輩のモノでもありませんけどね」
更に木更ちゃんが防犯ブザーで私の肩をトントン。
「あの、この方は一体」
そんな木更ちゃんの背中を、安達さんがトントンした。
このままトントンが伝染するのかという所で、菊菜ちゃんが、
「彼女、アインスさんは私たちの学校の最上級生で先輩。そしてハイウィンド所属だそうです」
「ハイウィンドって、確か先日の襲撃でハングド、NLTと共闘されてた」
と、安達さんが訊ね返すと、アインスはうなずき、
「ハイウィンドは基本鳥乃個人の味方なんだ。トップが鳥乃に借りがあってね」
ここで私はふと思い出し、
「あれ? そもそも昨日神簇邸にいたんだから、ハイウィンドのこともよく知ってるんじゃないの?」
「え?」
「だって、アンちゃんハイウィンドの第二司令って話だし、今回だって実質ハイウィンドが仲介者だけど」
「え」
安達さんはピタッと停止。数秒後、
「え、ええええええっ!?」
と驚くのだった。
菊菜ちゃんと組むことが決まった直後。私はアインスに連絡を取った。
その時、アインスは二日酔いで保健室にいたが、報告を聞くとすぐ、
「ならメンバーにひとり加えてもいいかな? 島津先生なんだけど」
と、アインスはいった。いわく酒の席で私が帰った後、泥酔しながら情報提供だけでなく現場で協力したいと言ったらしい。
結果、私が放課後木更ちゃんと安達さんを連れて街に出る中、アインスは放課後すぐ中等部に赴き事前に連絡を済ませた島津先生と共に車で菊菜ちゃんの家へ。シャワーを済ませ私服に着替えた菊菜ちゃんを車に乗せてこちらにきて貰ったのだ。
なお、言うまでもない話だけど、菊菜ちゃんは私服も当然女物だった。透けが少ない黒タイツの上にプリーツスカートを穿き、露出が少ないのに女子高生の健康的なエロ可愛さを存分に出している。男だけど。
で、なぜ街に出たのかというと。
「ところでアインス、本当にここで間違いないのね」
傍のビルを見上げ私が訊ねると、
「ああ、これで間違ってたら相当丁寧に偽装されてたと褒めていい程だ」
と、アインス。
「あの、どういうことなのですか?」
突然人数が増え、先生の傍できょどりながら安達さんがいうと、
「このビルが炎崎くんと愛ちゃんの職場なのよ」
傍の建物を指し先生がいった。つまり、いま私たちが立ってる場所はクレイン公園周辺、緒方ミリタリー本社前である。
「愛ちゃんがここに?」
目をぱちくりする安達さん。
「で、さ」
私はいった。
「菊菜ちゃんにNLTではなくプライベート扱いで誘ったのにもうひとつ理由があってね、敵サイドにひとり連絡取った人がいるのよ」
「え?」「え?」「え?」
私の言葉に、木更ちゃん、菊菜ちゃん、アインスがそれぞれ驚く。
「初耳ですよ先輩」
と、木更ちゃん。続けてアインスが、
「フィール・ハンターズにも知り合いがいるのかい、鳥乃」
「知り合いっていうのか、まあ」
何て言うのか、私が言葉を探そうとしてると、ビルから一組の男女が出てきて、
「へえ。懐かしいメンバーがいっぱいいるじゃないか」
と、男はいった。
「炎崎くん! 愛ちゃん!」
男女の顔をみて、先生が叫ぶ。
「レズの肌馬って言ったっけ、君だろ? 深海を買収したのは」
「深海ちゃんを?」
さらに驚く木更ちゃん。炎崎は続けて、
「ああ、君は確か深海の従姉だっけ。あいつ、突然現れて緒方をボッコボコにしてくれたんだ。で、ちょうど今ごろの時間を指定して『鳥乃との交渉に出なかったら心臓を潰す』って」
その内容を聞いて、私は意識してニヒルに笑い、
「ってことは、ちゃんと仕事してくれたのね。後でちゃんとKasugayaのトッピング無料券を郵送してあげないと」
という事なのだ。さすがに前歴ある殺人鬼を1名買収しながらNLTと組むのは少々難しい。彼女のことだからフィール・ハンターズ側に死者を出すとも限らなかったしね。
「社長の命、安いわね」
呆れた顔で大依さんがいった。写真では綺麗な黒だったセミロングの髪は、いまや茶色に染髪されており、また、中学時代ですでに完成してみえた性的な体つきも、更に発育してるのが分かる。胸とか炎崎が揉んで大きくしたのだろうか、それは私の仕事って話なのに。けしからん。
「まあいいや」
炎崎は悪い笑みを浮かべいった。
「久しぶりですね島津先生。レ〇プ未遂にしてあげたあの子は元気ですか?」
「
ぐさっと言葉の刃に抉られた顔で先生は返す。
「ふぅん」
炎崎は口角を上げ、
「結局、また護れなかったんだね。せ、ん、せ、い?」
「っ」
悔しそうに、しかし何も言えない先生。が、そこへアインスが前に出て、
「誤解はやめて頂けないかな? 津紬さんという子は別に君がした事が原因で転校したわけではない。単純に親の転勤が原因さ、島津先生は在学中最後まで彼女を護りきったよ」
「けど、当の本人はそう思ってないみたいだけど?」
「私は事実を言ったまでさ。在学中の妹に頼んで確認も済ませている。友人曰く津紬さんは最後まで島津先生を恩師と慕ってたってね」
「どうだろうね」
と、炎崎は笑い飛ばして、
「大依はどう思う?」
なんて大依さんに同意を求める。
彼女は、先生と目があい一瞬辛そうな顔を見せるも、
「お久しぶりです先生。その節は見捨ててくれてありがとうございました」
と、皮肉たっぷりに。
「否定はしないよ。不登校になってから何もできなかったのは確かだもの」
しかし先生、今度は気圧されず真っすぐ大依さんを見据えいう。
「だから、私はもうあなたに教師面する資格なんて無いと思う。でもね」
先生は珍しく「怖い」と思わせる気配を放ち、いった。
「由美子ちゃんから、財布を奪ったそうね」
「ええ。それが何か?」
言いながらも、大依さんから表情が消える。
先生は、らしくない怒声混じりの声色で、
「愛ちゃん、それ、あなたが一番嫌がってたことじゃない。そんな人間にはなりたくないって、自分がどこまで腐っても由美子ちゃんにだけは危害を加えたくないって一番言ってたじゃない。それが嫌で、自分から由美子ちゃんを離すために学校に来なくなったんじゃないの? そんな自分を見せたくないから、私が何度も何度もお見舞いに行っても会わなかったんじゃなかったの?」
すると、
「私の前に、のこのこ現れたからいけないんじゃないですか」
大依さんは、口元だけ笑っていった。
「おかげでスッキリしました。こんなトロくて邪魔な寄生虫のために、私いままで苦労してたのねってやっと気づけたんだもの。先生も大変ですね、豚に真珠を強いられるなんて。由美子みたいに言っても無駄な出来損ない相手でも、仕事だから邪険にできないんだもの」
「ぁ……」
安達さんから悲痛な声が漏れる。
先生も大依さんの言葉にショックを受けてる様子が見られたけど、安達さんに至っては大好きな大依さんに言われ一気に心が折れたのが見てとれる。
試しに安達さんのお尻を撫でてみたけど、木更ちゃんが防犯ブザーに手を伸ばしただけで、本人から反応はなかった。
「愛ちゃん!」
悲痛に喚く先生。いまにも飛び掛かりそうな彼女を、菊菜ちゃんが前に出て制止。
「大依さん、何があったのですか? 炎崎さんやあなたが下種に堕ちたのは知ってましたけど、優等生だったあなたがこうにまで陥る理由が僕には分からないのですよ」
「へえ」
菊菜ちゃんの問いに反応したのは、炎崎だった。
「NLTもずさんだね。まだ何も辿り着いてなかったなんてさ」
「どういう事ですか?」
「どうもこうも言葉通りの意味だよ。ところで」
ここで炎崎は再び私に向いて、
「そろそろ、俺たちを呼んだ理由を聞かせて欲しいんだけど」
あ、そうだったそうだった。
「まあ、直球で言うと。あなた大依さんと別れてくれない?」
私はいいながら、視線を動かさず気配で安達さんを確認。本題に入ったというのに、彼女は依然として棒立ちのまま、心の奥に閉じこもっている。
「なるほどね。そういう依頼?」
「目的の半分はね」
「半分?」
訊ねる炎崎に私は、
「生の大依さん見て気が変ったわ。ふたりを引き離したら、その間に大依さん寝取らせて? 喘がせ鳴かせて快楽の世界に堕としこんで更生させるから」
「は?」
口をあんぐり開けて唖然とする炎崎。
「えっ?」
彼の横では大依さんがドン引きしてる。ので、私は続け、
「大体こんな美少女、男のモノにしておくのは勿体ないって話でしょ。大依さんノンケ? 大丈夫、そういうのをレズの道に落とすの大好物だから、こっちおいで」
とかいって手招きしてると、
「だ、駄目ぇっ!!」
ここで安達さんは絶叫。
「お願い、これ以上、ぐすっ、愛ちゃんを変な道に誘い込まないで」
そして泣きながら懇願。
「いいよ。別れてあげても」
炎崎はいった。
「もちろん無条件じゃないけど。ここは俺たちらしくデュエルで決着をつけるのはどうかな?」
「私が勝ったら大依さんと別れてくれるって話?」
訊ね返すと、
「まあね。その代わりなんだけどさ。俺が勝ったら、安達さんを一日貸してよ。二度とこんな依頼できない体にしてあげるから」
「っ」
びくっとなる安達さん。先生が彼女の肩を抱いて支えたのを見てから、
「分かったわ」
私はいった。
「ちょっと、勝手に決めないでよ」
が、大依さんは不満な様子。炎崎は彼女の頭を撫で、
「心配しないでよ。勝てばいいんだから」
「相っ変わらず勝手な男ね。負けたら本当に別れるから」
「へーい」
とかいって、いちゃいちゃ。畜生!
「待って」
が、ここで私たちサイドからも声が。先生だった。
「沙樹ちゃん。このデュエル私が引き受けちゃ駄目?」
「先生が?」
「お願い。この子たちにはぶつかってでも聞き出したい事とか色々あるのよ」
先生は前に出て、
「愛ちゃんばかり変わっちゃったみたいに言われてるけど、炎崎くんだって転入してきた頃は凄く善良でいい子だったのよ。それが、ある日を境に愛ちゃん共々」
「先生、でも」
悪いけど、いくら先生の頼みでもこの先は危険だ。協力者にそこまでさせるわけにはいかない。
しかし直後、
「そういえば、邪魔な人間は他にも先生がいたね」
と、炎崎はデュエルディスクから赤外線を飛ばし、先生のデュエルディスクを強制デュエルモードにしてしまう。
「あ」
しまった! これでは先生と炎崎でデュエルするしかない。
「すまない。私も先生の熱い想いに圧されてた」
と、アインスも何もできなかったことを悔やみ、私に謝る。
しかし当然だけど炎崎も先生もやる気満々の様子で、
「いいよ、闘ろうか。その代わり俺が勝ったら先生も一緒にきて貰うよ」
「なら、私が勝ったら、在学中何があったのか教えてくれる?」
「負けても教えてあげるよ。その場合は先生も来年にはフィール・ハンターズかもしれないけどね」
ククッと笑って炎崎はいった。
鳳火
LP4000
手札4
[][][]
[][][]
[]-[]
[][][]
[][][]
炎崎(イーグル)
LP4000
手札4
「私の先攻ね」
デュエルは先生のターンから始まった。
「まずは速攻魔法《転生炎獣の炎陣》を発動よ。デッキから《転生炎獣ファルコ》を手札に」
「
呟く菊菜ちゃんに、
「サラマングレイト?」
訊ねる木更ちゃん。菊菜ちゃんはデュエルするふたりに視線を向けたまま、
「炎属性のサイバース族テーマですよ」
「サイバースといったら、増田さんが使ってる種族の」
「そうなるって話ね」
ここで私はうなずくも、
「でも、先生がサイバース族は想像できなかったわ。正直イメージと違って」
「同じくですよ」
私の感想に菊菜ちゃんも同意。ついでに、
「へえ。転生炎獣とは意外なカードを使うんだね」
と、炎崎までもが同じ感想を口にする。
つまり、ここにいる殆どが決闘者としての島津 鳳火先生を知らなかったことになる。私も先生には何度か任務に手を貸しては貰ってたし、デュエルできる人間という事も知ってた。だけど実際にデュエルする所を見るのは、実は初めてだった。
「何でかなぁ、みんな私とデュエルすると言うのよね。私は結構このデッキが馴染むのに」
先生は言いながらデッキから《転生炎獣ファルコ》を手札に加え、すぐ墓地に送った。
「続けて手札の《転生炎獣ファルコ》を墓地に送って、手札の《転生炎獣ミーア》を特殊召喚。このカードは手札の転生炎獣1枚をコストに手札から特殊召喚できるのよ」
先生の場に背に炎を出す後足と尾で直立する小動物が出現すると、
「さらに《転生炎獣ファルコ》は墓地に送られた場合に、墓地のサラマングレイト魔法・罠を1枚セットできるの。私は《転生炎獣の炎陣》をセット」
速攻魔法だから、このターン発動はできないとはいえ、これで先生は次のターン以後再びサラマングレイトをデッキからサーチする準備が整ったことになる。さらに、
「きて、未来に導くサーキット!」
先生が掌を掲げると、上空から人間ひとり包み込む程度の大きさの火の玉が降り、炎の消滅と共に中からいつものリンクマーカーが出現。
「アローヘッド確認! 召喚条件はレベル4以下のサイバース族モンスター1体! 私は《転生炎獣ミーア》をリンクマーカーにセットよ」
「リンク1のモンスターを?」
大依さんが炎崎の隣で反応する中、
「リンク召喚! 立ち上がって、リンク1《転生炎獣ベイルリンクス》!」
先生の場に、尾に炎を出す山猫モチーフのサラマングレイトが出現。
「ベイルリンクスの効果。このカードのリンク召喚に成功した場合、デッキからフィールド魔法《転生炎獣の聖域》を手札に加えるよ」
「リンク1がしていい効果じゃないわよね、それ」
うわあ、って大依さんが何ともいえない目で先生を見るも、
「うう、いいじゃない。カードは完全に指定されてるんだから」
先生はむーって顔をしたけど。これ見る限り天然のフィールカードって話なのよね。一応市販もされてるみたいだけど。
「さらに私は《転生炎獣Jジャガー》を通常召喚。続けてベイルリンクスとJジャガーでサーキットコンバイン! リンク召喚、リンク2《転生炎獣サンライトウルフ》! サンライトウルフのリンク召喚に成功した場合、墓地のサラマングレイトモンスター1体を手札に加える。私は《転生炎獣ファルコ》を手札に加えるわ。そして墓地の《転生炎獣Jジャガー》は墓地のサラマングレイトモンスター1体をデッキに戻し、自身をサラマングレイトリンクモンスターのリンク先に特殊召喚できるの。私は《転生炎獣ミーア》をデッキに戻し、《転生炎獣Jジャガー》を特殊召喚。もう3度目だけど来て、きて、未来に導くサーキット!」
スピードデュエル、しかも先攻1ターン目なのに先生はもう3回目のリンク召喚を宣言。しかもサンライトウルフを出した際に《転生炎獣ファルコ》が手札に戻ってたり、地味にJジャガーが2度場に出てるなど中々酷いブン回しをみせながら。
「アローヘッド確認。召喚条件は炎属性の効果モンスター2体以上。私はサンライトウルフとJジャガーをリンクマーカーにセット。リンク召喚! 立ち上がって、リンク3《転生炎獣ヒートライオ》」
こうして出現したのは、攻撃力2300のサラマングレイト。見た目は翼を持った紅蓮の獣だが、名前から恐らくライオンモチーフだろうか。
なお、ベイルリンクスに限らず現在出したリンクモンスターはさらっと全部天然のフィール・カードだった。
「カードを1枚セット。私はこれでターン終了よ」
先生の先攻1ターン目がやっと終了した。見ると、非公開情報はセットカード1枚だけで、残りは手札も全て何を握ってるか分かる状態にはなってるものの、手札2枚、伏せカード2枚、リンク3のモンスター1体と初期手札よりカードの総数が1枚増えている。しかし。
「色々やったにしては、結構地味なフィールドですね、先生」
炎崎はいった。確かに現状の情報だけを見れば攻撃力が2300程度のモンスター1体に伏せカード2枚、その内1枚は速攻魔法のサーチカード。決して盤石な布陣を敷いたようには見えないのだ。
鳳火
LP4000
手札2
[《セットカード》][《セットカード(転生炎獣の炎陣)》][]
[][][]
[《転生炎獣ヒートライオ(鳳火)》]-[]
[][][]
[][][]
炎崎(イーグル)
LP4000
手札4
「じゃあ、このターンでさっさと決めさせて貰うよ。俺のターン、ドロー」
炎崎はカードを引くと、
「相手の場にモンスターがいて、俺の場と墓地に炎属性以外のモンスターが存在しない場合にこのカードは特殊召喚できる。《陽炎獣 グリプス》!」
炎崎という苗字、イーグル・フレイムショットというフィール・ハンターズでの名前から想像はしてたものの、こちらも出してきたのは炎属性のテーマ。しかし、鷲の翼を持ってはいるものの
「さらに俺はグリプスをリリースするよ。アドバンス召喚! 来い、《陽炎獣 ペリュトン》!」
続けて出てきたのは鳥の胴体と翼、牡鹿の頭と脚を持ったモンスター。
「《陽炎獣 ペリュトン》の効果! こいつは手札から炎属性モンスターを墓地に送り、自身をリリースすることでデッキから陽炎獣を2体特殊召喚できるんだ。俺は手札から《陽炎獣 ヒュドラー》を墓地に送り、自身をリリースして効果発動。デッキから《陽炎獣 スピンクス》と《陽炎獣 サーベラス》を特殊召喚するよ」
今度はスフィンクスをモチーフとした陽炎獣と、ケルベロスと思われる陽炎獣が姿を現した。現状、場に現れたモンスターは全てレベル6である。
「《陽炎獣 スピンクス》のモンスター効果。1ターンに1度、カードの種類を宣言して発動し、デッキの一番上を墓地へ送って宣言した種類のカードだった場合、手札・墓地から炎属性モンスター1体を選んで特殊召喚できるんだ。俺はモンスターを選択。まあ、フィールなしで当たるんだけどね」
そういって、炎崎は完全にフィールを抜いてカードをめくる。出現したのは、
「墓地に送ったのは《陽炎獣 スピンクス》。知っての通りモンスターだよ。俺は墓地から《陽炎獣 ヒュドラー》を特殊召喚しようか」
「もしかしてフルモンデッキ?」
訊ねる先生に炎崎は、
「マスターデュエルでは魔法・罠も入れるけどね」
とか言いつつも今回のデュエルでは「ご名答」と返事。
こうして、先生とは逆にガンガン手札を消費しつつも炎崎は場にレベル6モンスターを3体展開。しかし、攻撃力2000、1900、2300とレベル6にしては低攻撃力な為、このままでは事前に宣言していたワンショットにはわずかに。
「わずかに届かない。って考えてたでしょ、先生」
炎崎がいった。
「う」
となる先生の反応から、私と同じく考えてたのだろう。
「残念だけど、これで終わりさ。スキル発動《粉砕》! ターン終了時まで俺のモンスターの攻撃力はレベル5以上のモンスター1体につき300ポイントアップするよ」
「えっ」
驚く先生。直後、3体の陽炎獣から炎が強く巻き上がり、
《陽炎獣 スピンクス》 攻撃力1900→2800
《陽炎獣 サーベラス》 攻撃力2000→2900
《陽炎獣 ヒュドラー》 攻撃力2300→3200
モンスターたちの攻撃力を一気に引き上げる。
「バトルだ! 《陽炎獣 スピンクス》で《転生炎獣ヒートライオ》に攻撃。消えちまいな」
四肢でヒートライオ向けて駆け出すスピンクス。その爪がヒートライオを捉えた瞬間、突如現れた《転生炎獣ベイルリンクス》が盾になり、代わりにその身を裂かれる。
「墓地のベイルリンクスの効果。私のサラマングレイトが戦闘・効果で破壊される場合、代わりにベイルリンクスを除外できるの」
「チッ、だけど切れ味は受けて貰うよ。先生」
「うっ」
フィールが入っていたのだろう。ベイルリンクスを裂いて余りある衝撃が先生に届くと、彼女の衣服に裂き傷をつける。
鳳火 LP4000→3500
「続けて《陽炎獣 サーベラス》で攻撃。今度は耐えきれる? 先生?」
サーベラスの牙がヒートライオの胴に食い込み、今度こそ破壊される先生のモンスター。破壊された際に炎が舞い上がり、続けて先生の衣服がわずかに焼ける。
鳳火 LP3500→2900
「そして《陽炎獣 ヒュドラー》で攻撃。フィニッシュだよ、先生」
ヒュドラーの無数の首が先生に伸びた所で、
「速攻魔法《転生炎獣の炎陣》を発動よ。デッキから《転生炎獣ミーア》を手札に加えるわ」
と、ここでサーチカードの発動。
「今更そんなカードを手札に加えたところで」
「《転生炎獣ミーア》が通常のドロー以外で手札に加わった場合、このカードを相手に見せることで特殊召喚できる」
ミーアが先生の前に出現すると、再び後足と尾で直立し、小さな手を広げ先生を庇おうとする。表示形式は当然、守備表示。
「チッ、ならミーアを戦闘破壊」
苛々した様子で炎崎はいい、無数の首に噛みつかれミーアは破壊される。
「本当にベイルリンクスがリンク1で出てきていいカードじゃないね。俺はこれでターン終了だよ」
鳳火
LP2900
手札2
[《セットカード》][][]
[][][]
[]-[]
[《陽炎獣 スピンクス》][《陽炎獣 サーベラス》][《陽炎獣 ヒュドラー》]
[][][]
炎崎(イーグル)
LP4000
手札2
心の中でこっそり炎崎に同意しつつ、しかしワンショットを免れたことでほっとする私。
「ふー。危なかったわ、さすが炎崎くんデュエルが強いのね」
一方、先生もほっと一息つきながら、元教え子に称賛の言葉を贈ることを忘れない。
「陽炎獣の恐ろしさはこれからですよ。先生」
炎崎が返した所、大依さんが炎崎の頬を引っ張り、
「こんなデュエルでなに本気になってるのよ」
「痛っ、別に本気になんかなってないってば」
「どうだか、先生のリップサービスにも本気になっておいて」
「だから本気になってないだろ」
と、いちゃいちゃ。
「炎崎くん、愛ちゃん」
安達さんには悪いけど、本来なら先生にとって微笑ましく祝福したい光景だろう。途端、表情に激しい躊躇いを見せはじめるも、
「先生。相手は迷いの中でデュエルして勝てる相手ではありません」
アインスがいった。
「いまの先生の正直な気持ちを否定する気はありません。でも、いまは勝ちましょう。でなくては、聞けるものも聞けなくなってしまいますからね」
「アインスちゃん」
先生は、助言するアインスを数秒ほど眺めてから、
「そうね。いまはデュエルに勝たないと」
と、にっこり笑い、
「ありがとうアインスちゃん。私のターン、ドロー」
カードを引きデュエルを再開。
さらに先生は現在唯一の未公開情報になってた伏せカードを表向きにして、
「永続罠発動! 《リビングデッドの呼び声》! この効果で私は墓地の《転生炎獣ヒートライオ》を攻撃表示で蘇生させるわ」
と、先ほど倒されたリンクモンスターを場に戻す。
「そしてフィールド魔法《転生炎獣の聖域》を発動。このカードは1ターンに1度、サラマングレイトをリンク召喚する場合に、素材を場の同名モンスター1体のみにできるの」
「同名モンスターってことは」
誰かといわずギャラリーが反応する中、
「きて、未来に導くサーキット!」
再び上空から火の玉が出現し、中からリンクマーカーが出現すると。
「私はヒートライオをリンクマーカーにセット! 目覚めて、その魂に刻まれし真の炎を! 己の殻を破り、本当の自分を解き放て! 転生リンク召喚! 甦って、気高き炎を宿す百獣の王《転生炎獣ヒートライオ》!」
ヒートライオを素材に、新たな《転生炎獣ヒートライオ》が降臨する。その姿は、先ほどの紅蓮の獣と同じようで、翼から、そして首から髪のように、それぞれ炎をなびかせ、転生前より明らかに見た目として強者の風格を見せつける。
「転生した《転生炎獣ヒートライオ》の効果。このカードがヒートライオを素材にリンク召喚した場合、1ターンに1度、フィールド上のモンスターと墓地のモンスターを1体ずつ対象に発動。ターン終了時まで、そのフィールドのモンスターの攻撃力を、墓地の選択したモンスターの攻撃力と同じにする」
なんて、先生は転生して得た新たなヒートライオの効果を発動するも、
「悪いけど、陽炎獣には共通効果があってね。こいつらは皆、相手の効果の対象にはならないんだ」
「えっ」
「言っただろう? 陽炎獣の恐ろしさはこれからだって」
炎崎はニヒルに笑い、
「で、対象はどれにする? やっぱ無しはナシだよ」
「うう。場と墓地それぞれのヒートライオを対象よ」
結果的にどの攻撃力も変わらず終わってしまうヒートライオの転生効果。が、すぐ先生は別のカードを1枚ディスクに置いて、
「でも、致命的なミスにならないタイミングで知れたのは幸いね。私は装備魔法《転生炎獣の烈爪》を転生ヒートライオに装備」
ヒートライオの両の爪が炎に包まれる。が、装備魔法とはいえ攻撃力を変化させるものではないらしく、
「続けて墓地のヒートライオをデッキに戻して、墓地の《転生炎獣Jジャガー》をヒートライオのリンク先に特殊召喚! バトルよ。ヒートライオで《陽炎獣 スピンクス》に攻撃」
先生は更にモンスターを展開しつつ攻撃宣言。ヒートライオの炎の爪がスピンクスを両断、破壊する。
炎崎 LP4000→3600
僅かに減少した炎崎のライフ。が、先生は続けていった。
「まだよ。《転生炎獣の烈爪》を装備した転生リンクモンスターは、そのリンクマーカーの数まで相手モンスターに攻撃できるの」
「ヒートライオのマーカーは3つ? ということは、3回攻撃?」
反応する安達さん。炎崎は顔をしかめ、
「まさか、俺のモンスター3体と相打ちになる気?」
と、いうのはヒートライオの攻撃力は変化していない以上、攻撃力は《陽炎獣 ヒュドラー》と同じ2300。このまま3体とも攻撃するなら、このヒュドラーと戦闘した際に双方が破壊されてしまうのだ。
が、先生はいった。
「それはどうかな?」
「何?」
「続けて、ヒートライオで《陽炎獣 サーベラス》に攻撃」
続けてヒートライオの一撃によってサーベラスも破壊し、
炎崎 LP3600→3300
炎崎のライフをさらにもうちょっとだけ削る。
「《陽炎獣 サーベラス》のモンスター効果、このカードが破壊され墓地に送られたから、デッキの《陽炎獣 ペリュトン》を手札に加えるよ」
途中、炎崎の行動が挟まるも、
「そして」
対峙するヒートライオとヒュドラー。問題の対戦カードが始まった。
「ヒートライオでヒュドラーに攻撃」
先生の攻撃宣言。ヒートライオはヒュドラーに飛び掛かり、同じように爪を振り被る。が、攻撃力は同じ。ヒートライオの爪がヒュドラーにめりこむと同時に、ヒュドラーの牙もヒートライオの首にかぶりつく。
「ほら言ったじゃないか。相打ちだよ、先生」
炎崎が言った所へ先生は、
「《転生炎獣の烈爪》を装備したモンスターは、戦闘・効果では破壊されず、守備表示モンスターに攻撃した場合に貫通効果も得るわ」
「何!?」
「戦闘破壊されるのはヒュドラーだけよ。《転生炎獣ヒートライオ》の攻撃、ヒートソウル!」
ヒートライオが一旦抉りつけた爪を引き抜くと、両腕の炎が更に激しく燃え上がり全身を包み込む。
そのままヒートライオは竜巻のように回転しながら一度上空へあがってヒュドラーから距離を取り、改めて急降下ダイブしながらの突撃でヒュドラーの胴に風穴を開け、破壊する。
「ちょっ、たった1体のモンスターで炎崎のモンスターが全滅?」
驚く大依さん。
「……ははっ」
炎崎は数秒ほど呆然とした後、乾いた笑いを浮かべ。
「装備中限定とはいっても、戦闘でも効果でも破壊されず、貫通持ちでモンスターを3体まで攻撃できる。本当効果盛り盛りとんでもないモンスターを出したものだね」
確かに。加えて今回は陽炎獣のモンスター効果を知らなかったせいもあるけど、本当ならこれから攻撃を行うだろうJジャガーも攻撃力変動効果で2300打点で攻撃してたかもしれないのだ。
「だけど、俺はひとつ弱点を見つけたんだよね」
「弱点?」
「次のターンに分かるよ。まずは先生がターンを終了するのが先かな」
「そう」
先生はうなずき、
「なら、いま深読みしても無駄かな? 素直にターンエ」
言いかけたので、
「先生! JジャガーJジャガー」
慌てて私は指さし言う。
「あ」
先生は言い切る寸前で気づき、
「ありがとう沙樹ちゃん。《転生炎獣Jジャガー》で直接攻撃。ターン終了よ」
最後にJジャガーがフィールなしで炎崎を攻撃し、今度こそターンが終了される。
炎崎 LP3300→1500
鳳火
LP2900
手札1
[《転生炎獣の聖域》]
[《リビングデッドの呼び声》][《転生炎獣の烈爪》][]
[][《転生炎獣Jジャガー》][]
[《転生炎獣ヒートライオ(鳳火)(《転生炎獣の烈爪》装備)》]-[]
[][][]
[][][]
炎崎(イーグル)
LP1500
手札3
「外野は黙ってくれると嬉しいんだけどね。俺のターン、ドロー」
炎崎はカードを1枚引き、
「……ちっ」
そのドローカードを見て、炎崎は1回舌打ち。
「こいつはデッキに眠ってて欲しかったんだけど、これでも十分って事かな? まずは前回同様《陽炎獣 グリプス》そしてリリースして《陽炎獣 ペリュトン》をアドバンス召喚。《陽炎獣 スピンクス》を墓地に送って効果を発動。自身をリリースして今回は《陽炎獣 ヒュドラー》を2体デッキから特殊召喚だ」
先ほど倒したばかりのヒュドラーが、今度は2体同時に場に現れる。
「見せてあげるよ、俺の切り札を。俺はヒュドラー2体でオーバーレイ! 2体の炎属性レベル6モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」
炎崎がいうと同時に、上空に銀河の渦が現れヒュドラーが霊魂の姿になって取り込まれる。
「変異せよ伝承! 存在理由も焼き尽くせ! 見せてくれよ、全てが陽炎となった究極の合成獣、その先を! エクシーズ召喚! 来い、ランク6《陽炎獣 バジリコック》!」
こうして出現したのは、バジリスクのような名前にコカトリスみたいな外見の陽炎獣。
「バジリコック。バジリスクの伝承と存在がコカトリスに変貌している間に出てきた名前ね」
先生はいった。だから名前はバジリスク寄りなのに外見はコカトリス寄りだったって話なのね。
「《陽炎獣 ヒュドラー》の効果。このカードを素材としたエクシーズモンスターは墓地の陽炎獣を1体素材にする効果を持つ。ヒュドラーを2体素材とした《陽炎獣 バジリコック》はこの効果を2回分発動する。俺は《陽炎獣 スピンクス》2体をオーバーレイ・ユニットにするよ」
こうして、バジリコックはX素材を4つも持つモンスターへと変貌。
「さらに《陽炎獣 バジリコック》は持っている素材の数で効果が決まる。まず3つ以上でバジリコックの攻守は自身のオーバーレイ・ユニットの数×200アップ。そして4つ以上で陽炎獣の共通効果を得る。ペリュトンで今回もスピンクスを出してたら、墓地のヒュドラーを呼んで素材3体で出して、5つ以上の効果で効果破壊されなくなるんだけど、まあいいよね」
という事は、先ほどドローして舌打ちの原因になったモンスターは先ほどコストで墓地に送った《陽炎獣 スピンクス》だったのだろう。
《陽炎獣 バジリコック》 攻撃力2500/守備力1800→攻撃力3300/守備力2600
効果で3000ラインを超えた攻撃力を得たバジリコック。
「じゃあ先生。教えてあげるよ、先生のモンスターの弱点を」
炎崎はいった。
「まずヒートライオの攻撃力は2300と低い。そしてリンクモンスター故に守備表示もできない。つまり、それ以上の攻撃力のモンスターを出せばいつでもサンドバックでできてしまうんだよ」
実際、炎崎のモンスターは攻撃力がヒートライオより1000高い。
「でも今はもっと倒したい雑魚がいるけどね、バトルフェイズ。バジリコックでJジャガーを攻撃」
炎崎が攻撃を宣言。すると、
「え? ヒートライオを除外しないの?」
と、大依さん。
「バジリコックはオーバーレイ・ユニットを1つ取り除いて、場か墓地のモンスターを1体除外できるのに」
「それをしたら、陽炎獣の共通効果を失ってしまうだろ」
炎崎はいった。
「共通効果を失ったら、次にヒートライオが転生召喚した時に攻撃力が下げられちゃうからね。ここは防御中心に行くべきなんだよ」
「あんた、馬っ」
大依さんが言いかける中、バジリコックがJジャガーに攻撃を仕掛ける。
「ライフポイントを1000払って、《転生炎獣の聖域》の効果。私のモンスターが戦闘を行うダメージ計算時に発動よ。ヒートライオの攻撃力を0にして、元々の攻撃力分、私のライフを回復」
ここで先生は《転生炎獣の聖域》の別の効果を使用。
鳳火 LP2900→1900→4200→2700
効果によって、Jジャガーの戦闘で受けるダメージを最小限にするも、私の目には先生
「へえ。気前いいんだね、自分からヒートライオの攻撃力を0にしてくれるなんて」
自分のミスに気付かない炎崎は、そんなことをのたまい、
「じゃあ俺はこれでターンを終了するよ」
と、そのままターンを渡す。
鳳火
LP2700
手札1
[《転生炎獣の聖域》]
[《リビングデッドの呼び声》][《転生炎獣の烈爪》][]
[][][]
[《転生炎獣ヒートライオ(鳳火)(《転生炎獣の烈爪》装備)》]-[《陽炎獣 バジリコック(炎崎)(素材:4)》]
[][][]
[][][]
炎崎(イーグル)
LP1500
手札3
彼の言葉を聞く限り、炎崎はひとつミスを犯している。
それは、前のターンでヒートライオを除外すれば、彼が警戒している転生ヒートライオの効果が発動される可能性は低いということである。
まず、転生前のヒートライオは《転生炎獣Jジャガー》が特殊召喚する為にデッキに戻っている。場のヒートライオを除外してしまえば、先生は次のターンに転生リンク召喚するには、まず次のドローで引くカードと手札に握り続ける《転生炎獣ファルコ》を駆使してリンク3のリンク召喚をしなくてはならない。
が、それだけなら案外やってしまうと炎崎は読んでるのかもしれない。私だってここまでなら可能性として考える。
問題は、今回のデュエルがスピードデュエルであること。
15枚投入できるマスターデュエルと違い、スピードデュエルでは、EXデッキにカードは5枚しか投入できない。そして現在、先生はすでに内4枚が判明している。残りの枠は1枚だけだ。
果たして先生は、ヒートライオを3積みしているのだろうか? スキルという不安要素はあるだろうけど、私や大依さんはJジャガーで転生前をデッキに戻せる以上「2積しかしてない」と読んだのだ。
ただ、先生のプレイングも不可解だ。
ここで先生は、なぜ装備カード持ちのヒートライオの攻撃力をライフに変換したのだろうか。それをしなければ負けるようなダメージではなかったはずなのに。
ヒートライオの攻撃力はターン終了後も0のままなので、恐らく先生は次のターン再び転生リンク召喚を行うのだろうけど。あのプレイングは一体。
「私のターンね、ドロー」
先生はカードを引く。そして2枚の手札を確認し、
「やっぱり、ここが覚悟の決め時ね」
と、いった。
直後、先生の掌が炎に包まれる。
「私はここで、スキル《バーニング・ドロー》を使用。このスキルは、私のライフが100になるようにライフを払って、払ったライフ1000につき1枚カードをドローする効果よ」
「あ」
再び誰とはいわず声を漏らし、
「その為に、ヒートライオの攻撃力をライフに」
と、炎崎が最後に反応。
「私のライフは2700、つまりカードを2枚ドローね」
先生はいい、
「閉ざされた未来なんてない! ここでこじ開ける! バーニング・ドロー!」
と、口上と共に2枚のカードを引く。
鳳火 LP2700→100
そして、一気に減少する先生のライフ。
「なんてスキルだよ」
炎崎はいった。
「ライフは十分余裕があったじゃないか。そんな事をしたら、掠り傷ひとつでやられるのに、どうして」
彼の問いに対して先生は、
「覚悟が違うのよ、覚悟が」
なんて、一見あっけらかんとした顔でいってのける。だけど、
「生半可な覚悟で保身丸出し、そんな教師が本気で生徒とぶつかれるわけないじゃない。私もまだ20代だから教師としてはまだまだ若輩者よ、炎崎くんや愛ちゃんみたいに救えなかった生徒は数知れず。でも人を導く職業だもの、幼い未来を直接導く仕事だもの。失敗に絶望する時間なんてないし、少しでも教え子の力になれるなら自分の命くらい幾らでも賭ける気でいないとね」
「……うざいね」
先生の心の内を前に、炎崎はいった。
「やっぱり島津先生、アンタすっげぇウザいよ。そんな言葉だけ熱いもの吐露すれば皆心打たれると思ったの? そんな偽善、俺たちには必要ないんだよ。ああ、早くぶっ殺してえ」
けど、先生は一歩も引かず、
「殺しにくればいいじゃない。言葉だけじゃないってことを見せてあげる」
「熱いね」
アインスが、私にぼそっと話しかける。
「改めて感じたよ。島津先生は間違いなく炎属性だ」
「金〇先生並みの熱血教師ね」
私も改めて実感しながら返事。しかも、モンスターの真の才能を引き出して戦うサラマングレイトも、種族はともかく今なら先生にピッタリのテーマとはっきり言える。
「だから、まずは話してもらうよ。あなたたちが変わっちゃった理由を! まずは《転生炎獣の聖域》の効果を発動。《転生炎獣ヒートライオ》を再び転生リンク召喚。さらに転生前のヒートライオをデッキに戻して墓地の《転生炎獣Jジャガー》をリンク先に特殊召喚!」
ここまでは、恐らく誰もが予想していたプレイング。
さらに先生はカードを1枚ディスクに挿し込んで、
「そして、これが私の希望の1枚よ。儀式魔法《転生炎獣の降臨》を発動!」
まさかの儀式魔法だった。
「私は手札の《転生炎獣ファルコ》とフィールドの《転生炎獣Jジャガー》リリース。儀式召喚! 来て、レベル8《転生炎獣エメラルド・イーグル》!」
先生の場に1体の儀式モンスターが降臨すると、
「ふぅん」
大依さんがいった。
「イーグルだって、イーグル・フレイムショットさん」
「本当だよ。ここでそういう事してくるなんて、先生も性格悪いね」
と、炎崎も。
「慌てないで」
先生はいった。
「これから、さらにこのエメラルド・イーグルくんを輝かせるんだから」
「輝かせる?」
「まずは墓地に送られた《転生炎獣ファルコ》の効果ね。墓地の《転生炎獣の降臨》をフィールド上にセット。さらに手札から速攻魔法《転生炎獣の炎陣》を発動。デッキから2枚目の《転生炎獣エメラルド・イーグル》をサーチ」
これで先生は、再び儀式魔法と儀式モンスターの1セットが揃ったことになる。そして、先生がいままでヒートライオにしてきたことを考えると。
「輝かせるというのは、もしかして」
菊菜ちゃんが呟く。先生はいった。
「私は再び儀式魔法《転生炎獣の降臨》を発動よ。私は場の《転生炎獣エメラルド・イーグル》をリリース」
やっぱり!
「ここはあえて口上不要ね。転生儀式召喚! 輝け、レベル8《転生炎獣エメラルド・イーグル》!」
エメラルド・イーグルを素材に、新たなエメラルド・イーグルを儀式召喚。先生はヒートライオのリンク召喚と同じことを、まさかの儀式召喚でもやってのけたのだ。
そして、ヒートライオを考えれば当然、無駄に儀式召喚したわけではなく。
「転生《転生炎獣エメラルド・イーグル》のモンスター効果。このカードがフィールド上の《転生炎獣エメラルド・イーグル》を素材に儀式召喚した場合、相手フィールドの特殊召喚されたモンスターを全て破壊する」
「全てだって!?」
驚く炎崎。彼の使う陽炎獣は効果の対象にならない共通効果を持つけど、対象を問わない全体破壊みたいな効果だと。
「いくね。《陽炎獣 バジリコック》焼却!」
エメラルド・イーグルの羽ばたきから炎が舞い上がると、炎崎のフィールドは一面炎の海に包まれる。
その際、私は見えた気がした。
エメラルド・イーグルがつくり上げた炎の海の中から、うっすらと森らしき幻影を。
しかし、私以外の誰も森を見たらしい反応はなく、ついにはそのまま効果処理が終了。
「なんだよ、これ」
炎崎は一度歯ぎしりをたてて呟き、そして叫んだ。
「何なんだよ! 何で俺が負けるのさ、おかしいよね? あの時、前のターンで俺がドローでスピンクスを引いてなかったら完全なバジリコックが出せて、先生の糞モンスターにだって破壊されなかったじゃないか。こんなの運だ! なあ、実力なら俺が勝って当然だっただろ?」
が、そこへ菊菜ちゃんが。
「いいえ、炎崎さんあなたの完敗ですよ。運も実力もフィール戦においてもです」
「勝手な事を」
「なら、大依さんに聞いてみればどうですか?」
言われて炎崎は期待の眼差しで大依さんを見る。しかし、大依さんの目は冷ややかで。
「嘘、だよね?」
炎崎は呟くのだった。
「バトル! 《転生炎獣エメラルド・イーグル》で“イーグル”炎崎くんに攻撃!」
エメラルド・イーグルの一撃が、炎崎のライフも焼き払う。
炎崎 LP1500→0
炎崎がバジリコックの効果でヒートライオを除外してたら、先生が負けてた可能性は十分にあったのは間違いない。
しかし、実は他にも状況が変わってたかもしれない場面が、もうひとつだけあったのだ。
それは後攻1ターン目。
彼が《陽炎獣 スピンクス》の効果でデッキトップを墓地に送った際、彼は必ずモンスターが引けるからとフィールを一切使わず効果を行使し、結果2枚目のスピンクスを墓地に落とす。
デュエルにおいて、フィールはドローの運命も左右する。
つまり、ここでしっかりフィールをケチらず消費していればスピンクスは落ちず、彼が問題視していた3枚目のスピンクスの素引きを行っても、炎崎はオーバーレイ・ユニット5つのバジリコックが出せて、デュエルの結果さえも変わってたのかもしれない。
もっとも、気付けば先生が今回使ったリンクモンスターと儀式モンスターは全て天然のフィール・カードだった。
フィールはデュエルの流れも左右するものだから、先生と炎崎のフィール量に差があった以上、この結果はもしかしたら必然だったのかもしれないけど。
というより、先生があれだけ天然のフィール・カードを持ってるなんて予想できるはずがない。
さっきの炎の中で見た森も妙に気になるし、先生って一体何者なのだろうか。
デュエルが終了した。
互いのソリッドビジョンが終了し、炎崎のフィールが一度全損したのを確認してから、
「じゃ、約束は守って貰うって話だけど。要件ふたつとも覚えてるよね?」
私は炎崎にいった。
「ちっ」
また舌打ちする炎崎。
「愛ちゃん」
安達さんが、一歩前に出ていった。
「お願い。炎崎さんとつるむのを辞めて、前のやさしい愛ちゃんに戻って」
強い懇願が大依さんに向けてぶつけられる。
大依さんは、
「由美子」
実際に声に出したかは分からない。でも大依さんは確かに一度、彼女に向けてそう唇を動かす。
しかし、すぐ安達さんから視線を離すと、
「まさか本当に負けるなんてね、だらしないったら無いわ」
大依さんは、炎崎に向け冷たい目で言い放った。
「大依……」
「百年の恋も冷める気分よ。いいわ、こんな雑魚私のほうからお断りよ。煮るなり焼くなり好きにしちゃって」
そして、安達さんに返事ひとつしないまま大依さんはビルの中へと戻ろうとしていく。
「待って!」
安達さんは叫んだ。
「どうして、そっちに戻るの? 恋も冷めたなら、こんな……フィール・ハンターズに戻る必要なんて」
「ウザッ」
大依さんは背を向けたままいう。
「いい加減目障りなのよ。いつまでもウジウジしながら何も変わらないで私の後ろに立って、昔から嫌いだったのよ。あなたのそういう所」
「愛、ちゃん」
再び折れそうになる安達さん。大依さんは続けて、
「明日から北海道に出張で良かったわ。しばらく弱虫由美子にストーカーされなくて済むものね。……だから、さっさと帰って! 私はいまから一緒に出張する相棒を変更する申請しないといけないのよ。あなたたちが余計なことするから、連れを炎崎から変えないといけないじゃない全く」
と、愚痴りながら室内へと入り、この場を後にする大依さん。
「北海道、ね」
私は呟いた。
さすがに北海道まで追いかけてベッドを誘うことは難しそうって話。残念。
「そんな、愛ちゃん」
ショックで腰が抜け、倒れだす安達さん。
私は咄嗟に支えるも既に彼女は卒倒し、意識を保ってなかった。
正直、こうなる事は予想していた。
大依さんから炎崎を引き剥がした所で、安達さんが思い浮かべてたように彼女が即更生するなんて、絶対にありえない話だと。
(任務達成ね。一応は)
私は分かりきっていた後味の悪さに嘆息する。意識のない安達さんを抱き寄せ、服の内側に腕を突っ込み、胸を揉もうとして、木更ちゃんの笑顔を前にそーっとセクハラを中断しながら。
(だけど)
思い返せば、大依さんは安達さんが絡む度に一瞬表情を消したりと何かしら別の一面を見せていた気がする。
私の直感が間違ってなければ、大依さんの心にはいまも大切な人として安達さんがいる。幾ら道を踏み外しても幼馴染への良心はいまも残ってる気がするのだ。なら何で彼女の財布を奪ったり、酷い言葉を彼女に浴びせるのか。
なんて私が考えてた中、
「さて、教えてくれますですか? あなたたちが凶変した理由をですよ」
菊菜ちゃんが、炎崎の前に立ちいった。
「炎崎くん」
すまなそうに眺める先生も含め、ふたりを前にして炎崎は、
「あの日、俺たちはドラッグの流通現場をついに見つけたんだ」
素直に隠されてた事実を語り始めた。
「時間は深夜2時。場所は中等部校舎の廃教室の一室だった。俺はすぐ通信機でNLTに連絡しようと思ったんだけどさ、どうやら奴らにも俺たちの存在を気づかれてたみたいで後ろからガツンとやられてしまった」
「ドラッグの売人の正体はやっぱり」
訊ねる菊菜ちゃんに、
「ああ。大方の予想通りフィール・ハンターズだったよ。気づいた時には俺と大依は椅子に張り付けられてて、それで生かして帰すかわりに打たちまったんだ。ロストを」
「あっ」
はっとなる菊菜ちゃん。
そういえば言っていたっけ、一度でも服用すると後遺症で人格に異常をきたすって。
菊菜ちゃんは訊ねた。
「炎崎さん、もしかしてふたりが凶変した理由というのは」
「たぶん、ロストのせいだろうね。しかも俺自身は当時性格が変わっちゃった自覚が無くてね、NLTを追い出されたときは理不尽と怒りしか湧かなかったよ。さらに言うと、今も頭では自分がおかしくなったって理解しても心ではって感じなんだ。そんな俺と大依は、すでに一般社会だと生き辛過ぎてね。そんな俺たちを拾ってくれたのがフィール・ハンターズだよ。いま思えば、そこまで見越してロストを打たれたんだと思うけどね」
そこまでいって、炎崎は立ち上がり、
「話は以上だよ。逮捕するならしていいよ? その場合、いつでも一般人を殺せる位置で待機してる深海や他のフィール・ハンターズが虐殺を開始するけどね」
「えっ」
と、辺りを見渡す先生。同様に私やアインスも周囲を確認すると、気づけば屋上だったり建物同士の隙間とかにフィール・ハンターズらしき人影が幾つも。
「うーん、この数を相手にするとさすがに見逃すしかできないですね」
菊菜ちゃんが残念そうにいった。
「じゃあ、俺もそろそろ失礼するよ。大依同様、予定変更の手続きがあるからね」
と、炎崎は私たちに背を向ける。
ここで私はハッと気づいた。
「炎崎!」
私は彼を呼び止め、訊ねる。
「あなた、ロストで人生狂う前から安達さんを虐めてたの覚えてる? もしかして、あなたが虐めてた本当の理由って」
「忘れちゃったよ。そんなこと」
炎崎は私の言葉を遮るようにいい、ビルの中へと戻っていった。
だけど、彼の後ろ姿を見て、私は何もかもが確信に変わった。
「先生、炎崎は不登校になって欲しくて安達さんをあえて虐めたのよ。不良たちもドラッグのターゲットにされそうで危険だったけど、安達さんみたいな誘いを断りきれない子も被害者になりかねないと思ってね。だから、形は最悪だったけど自ら悪者になって安達さんを学校から避難させようとしてたのよ」
「え!?」
驚く先生。
「で、そんな炎崎の当時の行動を思い出して、現在の大依さんも安達さんを攻撃し、わざと自分や他のフィール・ハンターズから引き離そうとしてたのよ。ロスト流通のメインターゲットは黒山羊の実だって話だしね。本当に安達さんを嫌うなら今ごろ彼女もロストの被害者よ。ふたりが再会したっていうあの日にね」
「そんな、私。こんなふたりの自己犠牲にも気づかないで」
ぺたんと膝をつき、泣き崩れる先生。
「うーん、その考えは僕も盲点でした」
菊菜ちゃんが会話に加わり、いった。
「ですけど推測は推測の域に留めておくのを僕はお勧めしますですよ。どうやら、いまもふたりはロストの後遺症で正気と狂気の狭間に苦しんでるみたいですから」
「特に大依さんは、安達さん相手に最後の一線を越えない為に相当狂気を抑えてたはずだ。恐らく、その分どこかで爆発するだろうね」
と、アインスがいう。
「という事は、時期的に北海道で何かやらかしそうという事ですか?」
訊ねる木更ちゃんに、
「恐らくね」
アインスが肯定する。
「そうですか」
視線を落とす木更ちゃん。
「北海道に何かあるの?」
訊ねてみると、
「いえ。実は北海道民なんです、ゼウスちゃんが」
「あの子が?」
確かゼウスといえば、15歳の中3で、自称神で、すごくガキっぽい、そんな藤稔親戚のひとりだったはず。
「北海道、かあ……」
ここで先生もこの地名に反応する。
「先生もお知り合いがいるのですか? 北海道に」
菊菜ちゃんが訊ねた所、先生はいった。
「さっきちょっと話に出てた、私のせいで襲われかけた
『……』
恐らく、私を含め何人かがゾッとしたのだろう。妙な無音が、途端辺りを包み込む。
一気に雲行きが怪しくなってきた。
いや、普通にゼウスちゃんと津紬ちゃんって子が現地で知り合ってるとも限らないし、二人の下にフィール・ハンターズがやってくるとも限らない。
そもそも北海道は広いのだから、普通に考えればわざわざ三者が一か所に集まる偶然なんてないだろう。
ないはずなのだけど。
「何だか嫌な予感がします。何もなければいいのですけど」
普段は理想的に物事を考えるはずの木更ちゃんが、不安な顔をしていったのだった。
男子中学生の自転車事故、実はあれは実話を元に膨張に膨張を重ねたフィクションだったりします。
実際に怪我人はおらず、スマホやイヤホンは使ってませんでした。
ですが、何年前だったか、自分の目の前で自転車に乗った男子中学生ふたりが前方不注意で中年のサラリーマンらしき男と衝突しかけ、
「おい、気を付けろオッサン」「危ねえだろうが」
的なことを言ったんです。
自転車は歩道を走ってて、不注意で自分から歩行者にぶつかりかけ、その上で中年に怒鳴りながら走り去ってく姿。
当時自分は、あの中学生ふたりに強い苛立ちを覚え、そして歩行者に「大丈夫ですか」とか安否確認しなかった自分に(無駄に)後悔が残り続けてました。
だからでしょうか。
MISSION13執筆当時、リアルPKKの名を出した時点で、彼女(彼?)をいつか機会があれば出そうというのは決めてたのですが、出すときは彼女の「リアルPKK」という活動を見せるワンシーンとして、当時自分が見たこの体験を元にしたエピソードで、自分ができなかった事を菊菜に代行して貰う形で初登場としようと決めてました。
その為、今回のエピソードでは(自分の自己満足と拘りのため)特に嫌な感じを覚えた方もいらっしゃるかもしれません。
この場を借りてお詫び申し上げます。
すみませんでした。
……ところで、自分はクリスマスの夜に炎崎と大依のいちゃいちゃを書く羽目になったんですけど。皆様はどんなメリークルシミマスを過ごされましたか?
●今回のオリカ(というよりスキル)
粉砕
スキル
(1):このターン中、自分フィールド上の表側表示モンスター全てのレベル5以上のモンスターの攻撃力を自分フィールド上のレベル5以上のモンスターの数×300ポイントアップする。
(遊戯王デュエルリンクス)
バーニング・ドロー
スキル
(1):自分のライフを100になるまで払って発動できる。払ったライフ1000につき1枚カードをドローする。