私の名前は
そして、レズである。
「梓。私ついにゾンビに目覚めないといけない日がきたみたい」
一夜明け、再び学校。
私は気が動転しながら、口が動くままに梓に伝えると、
「……え?」
菓子パンを食べてた梓の口が止まった。なお、現在はまだ1時限目が始まる前である。
「い、一応聞くけど女性限定、だよね?」
「そこは勿論」
「死体に発情しちゃったってこと?」
わなわな震えながら梓。
「そんなような、違うような、広義的には間違ってないような」
私は、正直そうとしかいえない。
「そっかー」
割と食事中に不謹慎な話題だったのに関わらず、梓はパンを完食すると、
「沙樹ちゃんも、一応死体に発情しちゃ駄目って正常あったんだねー」
「ちょっ、梓酷い。さすがに当然って話でしょ」
まあ、だけどその正常が昨日崩れちゃったわけで。
「はあっ」
梓はパックの野菜ジュースをストローでちゅーしてから、一度ため息を吐いて、
「今日、本当はすっごく機嫌悪いよーって顔して昨日の追求するはずだったのに、びっくりして不満がどっかいっちゃったよー」
「え?」
昨日の追求?
「沙樹ちゃん、先週土日の誘いを断ったときに、月曜にバイキング奢るって」
「あ」
そうだった。私も、通学するはずが早速修理に入るはめになって、そのうえBARなばなから帰る際に衝撃的な体験をして、色々ぶっ飛んでしまっていた。
そう。
いま話題に出したゾンビとは、ガルムのことなのである。
昨日の夜。
私、イリス、木更ちゃんの三人で事務所に戻る途中。
「見ぃ~つけた」
って、後ろから声をかけられ。
振り返ると、そこにはフード一体型の黒コートとマフラーで全身をほとんど隠した黒山羊の実の女性。ガルムがひとり立っていた。
「見つかった!?」
私は咄嗟に前に出てふたりを庇いながら、
「木更ちゃん、イリスさんを連れてすぐ帰還して。時間稼ぎは私がするから」
「分かりました」
木更ちゃんはイリスの手を引き、
「こちらです」
と、引っ張って逃げる。
「は、はい」
従い、一緒に逃げるイリスをちらと見送ってから、
「悪いけど、ふたりを追いかけさせないわよ」
私は手首のナイフを展開し構える。しかし、
「別にいいわ」
ガルムはいうのだった。
「え、まさか囮?」
なら木更ちゃんが危ない。そう思ったけど。
「違う違う」
ガルムは首を振ってから、
「私の狙いは、最初からアナタよ」
チーターか何かのような瞬発力で飛び掛かり、拳を突き入れようとする。私は咄嗟にナイフで受け止めようとした所、カキンと金属のぶつかる音。
見ると、彼女の殴りかかった手首から砲身が二丁生え出ていた。間違いない、私と同じ内蔵銃だ。
「にっ」
と、ガルムが声に出して笑い、内蔵銃を発砲。私は寸前の所で避ける。――といっても頬をかすめて傷ができたものの、こちらも内蔵銃で反撃。しかしガルムもそれを飛び退いて回避。
「ガルムとか言ったわね。あなたたちのターゲットはさっきの褐色の子じゃなかったの?」
「その通りよ」
即答するガルム。
「じゃあ、どうしてあなたは私を狙うのよ」
訊ねると、
「任務なんて関係ないわ。アナタを一目見たとき、びびっときたの」
「っ」
それって、もしかして。
「この体はアナタを知ってる。アナタと闘えば何かが分かるかもしれないって」
恋、じゃなかった。しかし、彼女は何をいってるのだろうか。
ガルムは、再び私に飛び掛かり、
「さあ、教えてよ! この体を!」
今度は宙を引っ掻き、フィールでかまいたちにして攻撃。以前、フィーアがしてきたのと同じ技だ。
私はワイヤーを街灯に引っ掻け、上に飛び乗りながら拳銃を取り出し内臓銃と共にダブルで発砲。普通の人間なら前方に跳んだ勢いで急には避けきれないタイミングを狙ったはずだが、やはり動物じみた身体能力からのサイドステップで避けられる。
「あなた、一体何者?」
「それをアナタを教えてくれるんでしょ?」
ガルムはパルクールで街灯を昇り私に迫るので、膝からミサイルを発射。さすがに予想外だったのか、ガルムはミサイルと衝突、爆発に巻き込まれ地上に叩き落された。
その際、彼女のマフラーが焼け、爆風でフードがはがれ、彼女の素顔が露になった。
「――え?」
私は目を疑った。
だって、だって、そこに立っていた女の子の顔は、
「妙子?」
だったのだから。
いや、そんなはずはない。彼女は何か月も前に死んでいる。死体だって発見されてるはずだし、彼女が妙子のはずがない。
なのに、ガルムは妙子が絶対に出さないような好戦的な笑みで私を見上げ、
「やっぱり、知ってるじゃない。この体のこと」
とか言うのだ。
上着の下は素っ裸だったらしい。ミサイルで焼けたコートが剥がれ落ちると、彼女の肢体が露になる。
彼女は、長い髪をそのままに、記憶の中の妙子よりグラマラスな体つきをしていた。バストも記憶よりずっと豊満になり、肉付きとメリハリを程よく両立したスリーサイズ。妙子という素材をそのままに「男に抱かれるための体」へと調整されたのがよく分かる。実際、私の目には、猫俣さんや奴隷売買所にいた奴隷たちとも遜色ない、性的に完成された体に見えた。
それだけに、首や腕には幾つもの注射針の跡と青痣が痛々しく残り、すでに彼女の体は一度骨の髄までむしゃぶりつかれ、文字通り無残に使い潰された後なのが良く分かる。その上で、何かの力で全盛期の美貌を取り戻しているのだ。
「妙子、なの? あなた、本当に妙子なの?」
彼女が妙子だからか、それとも目の前に滅茶苦茶にしたい体をした子が裸で立ってるからか、私は激しく動揺しながら訊ねる。
ガルムはいった。
「私はガルム。プライドの作品、最新作のガルムよ」
「プライドの?」
ってことは、
「まさか、妙子の死体から作られた人造人間?」
「正解」
うなずくガルム。
「そんな」
直後だった。
私はショックで足を踏み外し、
「あ」
と、なったときには地面に向けて真っ逆さまに落下してしまった。肝心のワイヤーもストッパーに手を伸ばす間がなく落下の重力で伸びる伸びる。
「わふっ、ちょっ、ちょっと」
で、その落下する先にはガルムが立っていた。
ガルムは、そんな私に追撃を加えるどころか、慌てながらも咄嗟に私を両腕で受け止め、衝撃に耐えきれず尻餅をつく。
「痛たた、何? いきなりどーしたの?」
と、困惑した声をあげるガルム。まさか、攻撃したり避けたりせず受け止めるなんて。正直私も困惑しそうだ。
そんな時、私の鼻を甘い匂いがくすぐる。若い女性特有の体臭だ。しかも、薬品の匂いこそあれど、彼女からは死臭のようなものを感じなかったのだ。
抱ける。問題なく。
そう、私の脳が判断したと同時に、私はガルムの唇を奪い、豊満な乳房を片手で鷲掴みにした。そこまで行為に及んでから、いま自分たちが密着していたのだと、やっと頭が理解した。
「っ」
ガルムが驚き、びくっと硬直するのが分かった。しかし、私にすでに理性なんてなく、彼女の仕草はただ情欲を誘う結果にしかならない。
「ん、やっ」
僅かな抵抗。私はガルムの口内に舌を差し込みながら、乳房を揉みしだく。彼女の鼻息や口臭が鼻孔を通るも、やはり腐った匂いはしない。乳房もハリがあり、手で押しつぶすと――。
「や、やめてっ!」
私はガルムに突き飛ばされた。それだけなら振り払って更に押し倒す所だったのだけど、続けて内蔵銃による至近射撃までしてきたので、私は慌ててフィールで防御しつつ距離を取る。
「あ、ああっ」
私から離れると、ガルムは両腕で自分を抱き、ガクガクと震えだす。
「な。なに? この体が……タエコの体が怯えてる。タエコの恐怖、凄過ぎて押しつぶされそう」
そのまま蹲って、地面を転がった後、私と視線が合うと、ガルムは一回全身の毛を逆立たせるように怯え、動物みたいに四足歩行で逃げ去ってしまった。
私は、追いかけもせず呆然と眺めていた。
そして、しばらくして自分が半ば動く死者にレ〇プ未遂していたことに気づき、激しく動揺した後に冒頭へと繋がるのだった。
――現在時刻12:30。
そんなわけでお昼休み。私、木更ちゃん、そしてアンちゃんの3人は開放日ではなく立ち入り禁止になってる屋上へこっそり忍び込み、それぞれ弁当をつついていた。もちろん、お互いの情報共有と、これからどうするかの話しあいである。
「――とまあ、そんな事があったって話よ」
とりあえず。私はまず真っ先にガルムの件について情報共有を行った。彼女が最初から私をターゲットに襲撃してきたこと、そのくせ私が足を滑らせて落下した時彼女は攻撃せず体を張って受け止めたこと、何よりガルムの正体は妙子であり、私は死体である彼女に欲情してしまったこと、全て洗いざらい伝えた。手を出したこと以外は。
「だから先輩、昨日は報告を後回しにゾンビ物のエロ画像を収集してたんですね」
と、木更ちゃん。
「う。仕方ないじゃない、動揺してたんだから。それに護衛はちゃんとしてたんだから任務上は問題ないって話でしょ」
ゾ〇ビランドサガのエロ画像もっとアップされろ!
心の中で叫びつつ、私がたじろぎながら言うと、
「ふふ、そうですね」
木更ちゃんは微笑んでいった。あ、別に責めてたり呆れてたりってわけではなかったのね。
「なまじイリスさんを夜這いしに行かなかった分、むしろ普段以上に仕事をされてましたもの」
「え。うそ?」
昨日の私、自覚の上ではいつもより不真面目だった気がするのに。するとアンちゃんが、
「私としては、鳥乃さんがそこまで動揺されることではないように思うのですけど」
「いや、さすがにレズでもネクロフィリアじゃないんだから。まあ、血色あったし死臭もなかったしぶっちゃけ生きてる人間と見た目全く違いなかったから、そっちの性癖の人には物足りないとは思うけど、それでも私としては妙子が死んでることは知ってたわけだしね」
と、私がいった所、
「あのー鳥乃さん? 誠に申し上げ辛いことなのですが」
アンちゃんは、「申し上げ辛い」とは裏腹に、明らかに溜息でも吐きながら、
「貴女も全く同じ条件のゾンビですよね?」
と。
「……あ」
そうじゃない。死臭もなくて、血色良くて、本来止まってる心臓が強引に動いてて、本当は死んでる人間って私じゃない。
どうしよう、たらーっと冷や汗でも垂らしたい気分。
横目で木更ちゃんの様子を窺うと、こちらもしっかり「先輩、気づいてなかったのですか?」とでも言いたげな顔してるし。
私は苦し紛れに、
「アンちゃん妙子とガルムの件について何か知らない?」
「先輩逃げましたね」
サクッと、私は木更ちゃんの言葉の刃に切られる。
「すみません。私もお仲間様の情報までは」
アンちゃんも、ちゃっかりガルムを「私とお仲間」なんて表現しないで。
「ただ」
しかし、アンちゃんは続けて。
「昨日もお伝え致しましたけどプライドは例のドラッグ漬けになった素体を求めて墓荒らし紛いのことをしていたそうです。その結果、妙子という方の死体を手に入れたのでしょうか」
「ああ、そういえば言ってたわね」
私はうなずくも、
「とはいえ、それならどうして死体が残っていたのかという話になってしまいますけど」
と、アンちゃん。そこへ木更ちゃんが、
「確かにそうですね。当時は牡蠣根が存命中でしたから、発見された妙子さんの遺体を保存させるような事はしないでしょうし。確かにあの事件は不可解なまま表舞台からフェードアウトしてはいますけど」
私はうんと頷き、
「ついでに、そっちにも手を広げたほうが良さそうね。警察関係のハッキング」
多少なりとも何かの圧力で情報が隠蔽されてるのは間違いないのだ。するとアンちゃんが、
「もし素敵な情報がありましたら、私にも回して頂けますか?」
「それはよろしいですけど、どうして改めて」
木更ちゃんが訊ねると、
「今後、警察関係から弱味を握る材料になりますから」
……本当、この娘は。
私はいった。
「今回の任務から外れた情報は有料よ」
「でしたら、先ほどの情報提供とは別件扱いで、かつ情報の入手経路も伝えずにお願い致します」
と、アンちゃん。情報を買う上で「手に入れた経路を知らない」ことは、情報の所持が原因でトラブルに巻き込まれても、捜査機関の事情聴取に対し「情報は買っただけ。どうやって調べたかは知らない」とシラを切るというリスク回避に繋がるのだ。実際、私たちは情報屋から情報を買う際も、入手経路はあえて知らないままにしている。
「商談成立ね」
正直、いま私の財布は実質高額の借金を抱えてるので、こういった臨時収入はとても助かる。
そんなわけで、悩みがひとつ解決し、財布も少し温かくなりそうということで、私は晴れやかな顔で、
「よし、じゃあせっかくだからこのまま食後の3Pでも」
「ところで藤稔さん現状の調査結果の程は」
「はい、こちらに纏めてあります」
ここぞと無視して仕事の話を進めるふたり。しかも、揃ってわざとらしく防犯ブザーを見せつけて。
「先輩もご確認ください」
どうやら資料のプリントを3人分用意してきたらしい。その内のひとり分の用紙を私は受け取った。
内容は、まあ概ね予想通りといった所か。牡蠣根側によるドラッグや業者の使用用途、誰々を拉致した、調教した、買った、廃棄したといった個々の供述内容が大半。ただ、牡蠣根関連で逮捕された人物のリストまでも手に入れてくれたのはとてもありがたい。
また、ソンブラ社の奴隷売買の体制が整う以前は、フィール・ハンターズのかすが店長や
そして、単なる偶然だろうか、当時バスに乗ってた乗客には
と、ここで。
「
アンちゃんが、その名前に反応。
「知ってるの?」
訊ねたところ、
「いえ」
アンちゃんは首を振りつつも、
「ただ、黒山羊の実のプライドの名前が
「なるほど。しかも、ただ同じ鷹野姓というわけでもなさそうですね。
と、木更ちゃん。私もうなずき、
「プライドが元フィール・ハンターズという事実もあるし、本人か関係者って可能性ありそうね」
ただし、
「よろしければ、
アンちゃんが提言してくれたので、
「ありがとう。じゃあお願いするわ」
私はありがたくお願いすることにした。
こちらは、先に妙子関係の裏側を優先的に調べて警察関係の弱みを握ってしまおうという話で決まった。
「さて」
深夜0時。私は意気込み心の中で、
「夜這いの時間だ、ですか?」
言おうとした所を先に木更ちゃんに言われてしまう。しかも、凄みもない普段の笑顔で訊ねられたので、なんだか私のほうが気恥ずかしくなり、
「ま、まあ。否定はしないけど」
とか照れを隠すような反応をしてしまう。
現在、ハングドの事務所には私、木更ちゃん、イリスの3人しかいない。本日司令と鈴音さんがスタジオの仕事で編集と深夜まで打ち合わせに入ってるため、アシスタントにとっては貴重な休日になってるのだ。
それでもって、イリスはハングド入りする前まで木更ちゃんが使ってた客室ですでに就寝中。木更ちゃんがパソコンのキーをたたく音すら目立つ程に静かな夜だった。
「でしたら、先に妹さんに手を出した件の聞き出しとメンタルサポートをお願いできますか?」
木更ちゃんが二人分のマグカップにホットコーヒーを注ぎ、はいと渡してくる。
「それはまあいいけど、なんだか不思議な気分ね。夜這いを容認されるのって」
マグカップを受け取り、私がいうと、
「勿論、強姦と判断したら即通報しますよ?」
木更ちゃんはくすりと笑いながら、
「ですけど、昨日も言った通り和姦でかつ仕事を疎かにしないなら止める必要はありませんから。加えて、もし行為がカウセリングに繋がるなら猶更」
とかいうので、私は感心しながら、
「木更ちゃんって、案外使えるものはなんでも使うタイプよね?」
「そうでしょうか?」
「いや、そのほうがいいのよ。だからこそハングドはニュートラルって話だしね」
木更ちゃんに返しながら、私は両手にマグカップを持って客室の扉をトントン叩く。
「イリスさん、起きてる?」
訊ねると数秒後、
「はい」
と、少々沈んだ声で反応があった。
「ちょっと話があるんだけど、構わない?」
「どうぞ」
許可をもらった所で、私は扉を開ける。
部屋はすでに消灯済で、イリスはベッドの上で半身起こしていた。それも、透け透けのランジェリー1枚という格好で。
これは、そういう意味なのだろう。私は最後の理性でマグカップを机に置いてから彼女の隣に座る。そして、肩を抱き、唇を奪おうと首を近づけた所で、
「やめてください」
と、イリスの両手で押し返される。
「え? 抱いてほしいんじゃないの?」
「誰もそんなこと言ってません」
「でも誘ってるじゃない、そんな色気たっぷりの下着姿で」
「ただの寝間着です」
「嘘?」
「嘘じゃありません」
言いながら、イリスは枕元に置いた拳銃をとって私の眉間に突きつけ、
「撃ちますよ?」
「う」
私はたじろぐ。
心臓とか内臓を撃たれただけなら何とか生きれる私。でも、頭部だけは普通にアウトなのだ。
「わ、和姦ってことでワンチャン」
「ありません」
やばい、イリスさん目が本気だ。
「じゃあせめてお尻か胸触らせいえ何でもありません」
私は咄嗟に身を屈める。直後、私の頭上で銃声が響く。フィールを込めてないせいで、逆に耳の鼓膜が破れそう。
「分かった、落ち着いて。本題に入ろう本題」
私は慌てて距離を取り、「ほらコーヒーも用意したから」と指さし、彼女の分のマグカップを渡す。
「変な薬を入れてませんよね?」
「大丈夫、淹れたのは木更ちゃんだから」
「あの方も、あまり信用できないのですけど」
一瞬、私は「ええ?」と思ったけど、BARなばなでのやり取りを思えば、確かに仕方ない。
とりあえず、私は大丈夫と証拠をみせるために自分の分のコーヒーを一口飲んでから、
「その木更ちゃんからの情報だけど。あなた、過去に妹にドラッグを使って性的暴行に及んだらしいわね」
「!?」
イリスの目が見開く。彼女は驚き、震えた声で、
「どうして、それを」
「あの子の情報戦は結構なものってだけの話よ。曰く、イリスさんは学生時代父親譲りの好色家で、校内のイケメン、美女、教師を次々に食い散らかしたとも聞いたけど」
「ええ」
沈んだ声で、イリスはいった。私は続けて、
「ついでに、昨日セクハラで下着に触れてたとき、べっとり濡れてたって話だけど」
「だから股の緩い女と思ったわけですか?」
「とは限らないけど、何か事情があるとは思ったわ」
「初めに言いますけど」
イリスは私から首をそらすと、
「私は貴方には抱かれません。私を抱ける女だと思ったのであれば、諦めてください」
確かに。経歴と昨日の下着の濡らし方に反して、先ほどの拒絶っぷりは異常だ。
「分かったわ」
私は、とりあえず言った。
「木更ちゃん情報の続きだけど、妹を犯してから、貴方はドラッグを極端に嫌ってるようね。もしかしてだけど、同じように性行為も拒絶してる感じ?」
すると、
「私は、これまで一体何人の人生を身勝手な性欲処理で潰したんでしょうか?」
イリスは強い罪悪感を顔に出しいった。
「もちろん、体を重ねた後も何も変わらずフレンドリーに接してくれた方はいます。でも中には、快楽に溺れた方、閉じ籠った方、私に依存してしまった方など確かにいたのです。でも、ずっと自分の罪としては思ってなかったんです。妹を、一番身近な存在の変貌を目の当たりにするまでは」
「妹さん、ドラッグで後遺症を残したそうね。何があったのか聞いても?」
真面目な顔で訊ねると、イリスは「はい」とうなずき、
「妹はショックで数年間の記憶を損失しました。加えて、いまは殆ど収まりましたけど当時は重い禁断症状も。私は、そんな妹を二度と抱くことはできず、事実を教えることもできませんでした。だから、妹はいまも自分が姉に穢された事も知らず、無垢で純粋なままです」
「ってことは記憶は」
「消えたままです」
それはトラウマになる。いや、戻ったら戻ったでさらに厄介なことになるから不幸中の幸いでもあるけど。
「私も、以後自分の性欲を嫌忌するようになりました。一応、他人の性行為を否定するほど過剰ではありませんけど」
「それが自分となると、怖いし不安だし許されない気がすると?」
訊ねると、
「はい。そして、これも生涯をかけて償わなくてはいけない物事のひとつです」
イリスはうなずく。
「そっか」
私は納得し、だからこそ言った。
「なら、余計に一度は手を出しておかないといけないって話ね」
「ええっ!? どうして」
驚き、珍しく取り乱した感じでイリスがいうと、
「当然、あなたの呪縛を解き放ちたいから。セックスは相手を潰すばかりじゃない、相手を癒すこともできるって話よ。ちゃんと自分の性欲も満たしながらね」
私は言いながら、改めて彼女の隣に座り、肩を抱く。
「被害者を救いたいんでしょ。救い方、教えてあげる」
「鳥乃さん」
イリスが、どこかすがりつくような目でこちらを眺める。
これはイケる! そう、確信した瞬間。
事務所にインターホンが鳴り響いた。
「あ」
ハッとなって距離をとるイリス。
「助かった。もう少しでムードに流されて」
この様子だと、次からはもう少し警戒されてしまいそうだ。全く、誰よいい所だったのに、せっかく最初で最後かもしれないチャンスを。
とりあえず私は心の中で号泣しながら席を立ち、
「悪いわね。ちょっと行ってくるわ」
と、部屋の外へ。
玄関では、すでに木更ちゃんが来客の応対をしており、警視庁特捜課の
木更ちゃんは私に気づくと振り返り、
「あ、先輩。こちらは特捜課の」
「永上さんでしょ? うちのお得意様よ」
と、私は答えながらふたりの下へ向かい、
「とりあえず、立ち話もあれですし中へどうぞ」
玄関からすぐの所に設置された応接間のソファへとふたりを誘導する。
「ありがとうございます。このような深夜に」
霞谷さんは軽く頭を下げてから、先に永上さんを座らせてら隣に座った。私はテーブルを挟んで対面の席に座り、木更ちゃんが四人分のコーヒーを用意し隣に座る。
「それで、今回はどのようだ要件で」
「早速だが、これを見てくれ」
永上さんは鞄から1枚のプリントを取り出すと私たちに差し出す。
拝読した所、警察が所有している機密情報のようだった。それも牡蠣根関連の。
まず、そんな重要なものをさらっと見せてくるのはどうかと思いつつ、
「これは」
「ここ最近、保護および逮捕した牡蠣根と繋がってた者たちの証言を纏めたものだ。全員、怪人に襲われた結果自白した」
と、永上さん。しかし、
「しかし、この資料はすでに何者かに改ざんされている。昨日から何者かがハッキングを仕掛け、情報の一部を削除したんだ」
間違いない。私たちがソンブラ社の情報を改ざんしたものだ。しかも、永上さんはどうやら今回の件に相当立腹している模様。これはもしかして、気づかれた?
なんて思った所、
「頼む、犯人を捜してくれ。ドラゴン・キャノンだ!」
と、永上さんは私の肩をガシッと掴み、いいだしたのだ。
「鳥乃、お前なら牡蠣根の事件にも関わっただろう。この件はお前も無関係ではないはずだ!」
懇願する永上さん。しかし、私は首を横に振り、
「悪いけど今回は断らせてもらうわ」
「な、なんでだ!」
きっと請けてもらえるものと思ってたのだろう。力強い声が静かな事務所に響き渡る。
「そりゃ、まああの事件は妙子やロコちゃんも関わってるし、できることなら私から頭を下げてでも関わらせて貰いたい話よ」
「なら、なんで」
「簡単な話。悪いけど、いま別の依頼を請けてる途中なのよ。そこへ永上さんのドラゴン・キャノンを請けたら二重依頼になるわ」
「ぐ。だが! しかし!」
諦めきれない様子の永上さん。そこへ霞谷さんが、
「よしましょう。永上さん」
「しかし、霞谷さん! 我々ではハッキングの痕跡を辿り切れなかったのだろう、ならば!」
「別に諦めたわけではありませんよ。いま依頼するのが無理なら、鳥乃さんがいまの依頼を終わらせた所を改めて伺いましょう」
まあ、普通に考えればそんな悠長に構えてたら手遅れになりそうなものなのだけど、
「そうか! その手があったか」
脳筋の永上さんは簡単に霞谷さんに丸めこまれてしまう。
霞谷さんは微笑み、
「ですが、何もしないわけにもいきません。永上さんは先に署に戻り現状できるだけの対策をお願い致します。いつ頃依頼を請けて貰えそうか等の話し合いは、いまから私のほうでさせて頂きます」
「分かった」
永上さんは先に席を立ち、「では、その時になったらまた来る」と急いで事務所を後にした。どうやら相当熱が入ってるのが分かった。軽く空回りしてそうな程に。
で、ひとり残った霞谷さんはというと、
「さて」
穏やかな顔、しかし、明らかに何かを見透かしてる様子で、彼は話を切り出した。
「早速ですがお聞かせ願えますか? どうして、警察関係者から機密情報をハッキングし改ざんに出たのか」
どうやら、こちらは気づいていたらしい。
「依頼よ」
私がいうと、
「誰からの依頼ですか?」
「仮にNLTなら同じ質問をされて答えてくれる?」
私の返事に苦笑いを浮かべる霞谷さん。依頼人の情報を言えるわけがないのはNLTもハングドも同じなのだ。
しかし、彼は分かりましたと引き下がりはせず、
「でしたら、せめてこちらが納得できる理由をお願いします。どういった依頼でハッキングと機密情報の改ざんを行ったのか。でなければ、私たちはあなたたちを裁かなければいけません」
「先輩」
不安そうに、木更ちゃんがこちらを窺う。
「なら、前提として理解して欲しいことがあるわ」
私はいった。
「ハングドはニュートラルの組織だけど、基本好き好んで悪人の味方をする組織じゃない。善悪どっち付かずだからこそ、請けたいと思った依頼しか請けないし、法や秩序では護れないものを護るために、あなたたち正義を敵に回すことだってある。勿論、霞谷さんも分かってるからこそ今回の対応とは思うけど」
「ええ、勿論です」
微笑んでみせる霞谷さん。彼はとても穏健な人間で、それでいて正義感がとても強い人だ。もし彼が本気で私たちを敵と認識してるようなら、今ごろ私はどうなってるか分からない。
私は、彼を信用していった。
「加害者サイドの人間で、自分の口で事実を公表し罪を償いたい人がいるわ。その為、依頼人には事実の裏付けと更なる事実を知る為に警察が所有する機密情報が必要だった。加えて、依頼人は警察関係者にとっても準備が整い次第摘発を狙ってるだろう人物。警察の後手に回るわけにはいかない。だから時間稼ぎにも出る必要があったのよ」
「なるほど、理解しました」
霞谷さんは納得した様子で、
「自首や出頭とも違うようですね。恐らく依頼人は加害者サイドであっても加害者ではない。しかし、同様に裁かれるだけの立場にある人間というわけですか」
「まあね」
言いながら、私は「やばい」と思った。
この人、これだけの材料ですでに頭の中で該当者を何人かに絞っている。これ以上情報を与えてしまうと、間違いなくイリスの名に辿り着く。
「分かりました」
霞谷さんはいった。
「立場上、私は今回あなたたちの味方はできませんが、せめて出来る限りハングドの邪魔にならないよう気を付けることに致します」
「助かります」
と、木更ちゃん。だけど私は、
「でも、いいの? 言い換えるなら、それって犯人を捜査する体だけ保ってピエロを演じるってことでしょ? もしバレたら」
「大丈夫です。何とか致しますよ」
霞谷さんは突然事務所を見渡すように眺め見て、
「もし増田さんが生きていたら、恐らく今回警察の機密を荒らしたのが彼だったのでしょう」
「そういえば増田って」
元特捜課。そして霞谷さんは特捜課でありNLT幹部でもある人間。
「彼は、元々私の部下でした。そして、本当なら彼が特捜課に身を置いたままNLT所属になるはずだったんです」
霞谷さんは席を立った。
「私の中では、いまも彼は私の誇るべき部下で仲間です。そんな彼は特捜課とNLTの道を蹴ってでも、私たちでは護れないものを護るためにハングドにつきました。なら、私も彼の遺志を汲み、私が出来る最大限の形で、彼のいた
そして、事務所を後にする。
私たちは、しばらく呆然とした後、
「増田さんって、凄い方だったのですね」
と、木更ちゃん。
「全くよ」
私はうなずく。実は、NLT幹部の霞谷というと名小屋近辺の裏世界ではトップ級に名の売れた超大物のひとりだったりするのだ。彼の凄さはその手腕と立場に似合わぬフットワークの軽さにあり、味方につければ間違いなく頼りになり、逆に敵にまわせば恐ろしい相手になる。木更ちゃんは、そんな霞谷さんとkasugaya常連の仲として友人レベルのコネを持ってたけど、これって恐ろしいレベルの幸運だったりするのだ。先述の通りフットワークは軽い方だから、顔見知り程度のコネなら案外何とかなるんだけど。
「鳥乃さん、藤稔さん、いま少しよろしいでしょうか?」
イリスが客室の内側から戸を叩き、訊ねてきた。
「はい、お客様も帰られましたので出てきても構いませんよ」
木更ちゃんがいうと、
「ありがとう」
と、イリスが客室から出てきた。先ほどまでの下着姿と違い、上にガウンを1枚羽織っている。
「実は、ハングドに調べて欲しいことがひとつ出てきまして」
私たちの下に歩み寄るイリス。――そこへ、勢いよく扉が開かれ、
「すみません、用事がもうひとつあったのを忘れておりました」
と、慌てた形相で霞谷さんが事務所にUターンしてきた。
結果。
「あ」
「あ」
お互いを視界に映し、「やっちゃった」って顔で硬直するイリスと霞谷さん。
こうして私たちは、味方につければ最高の、しかし敵に回せば最悪の存在である霞谷さんに、あろうことか「依頼人バレ」という大失態をやらかしてしまったのだった。
それから数分。
「ど、どうぞ」
何とも形容し難い笑顔で木更ちゃんは淹れ直したコーヒーを霞谷さんの前に置く。
「ありがとうございます」
で、受け取った霞谷さんの笑顔もまた、何とも形容し難い。
「ま、まあ何? さすがに霞谷さんなら彼女が誰かご存知よね?」
動揺を隠せないまま私が訊ねると、
「ええ、ソンブラ社の若き新社長、イリス様でよろしかったでしょうか?」
と、霞谷さん。
「はい」
もう否定しても無意味なので、イリスもうなずいて肯定する。
「なるほど。正体が判明してしまえば、彼女以外にいないレベルで全ての辻褄が合ってしまいますね。確かに、イリスさん本人は無実ではあるのですけど、彼女が日本に来ていたと知れば、ここぞと接触しなければいけない相手です」
霞谷さんは、言ってからイリスに向けて微笑んで、
「牡蠣根の息がかかった事業を全て手放し、ソンブラ社を慈善事業として再建するそうですね」
「どうしてそれを」
イリスが驚き訊ねた所、
「私たちも情報収集は行っておりましたからね。特に昨晩から警察の機密が改ざんされてましたから」
まあ、遅かれ早かれ改ざん内容からソンブラ社が疑われるのは予想していた。まあ、昨日の今日でいきなり特定されたらアウトって気持ちではいたけど。
私は訊ねる。
「すでに、他の人にもこの件は」
「いえ。ハッキングの手口から犯人が藤稔さんなのは分かってましたから。まだ誰にも明かさず、今日皆さんの反応を見て行動を決めようと思ってました」
と、霞谷さん。これは増田の功績差し引いても、木更ちゃんが友人レベルのコネを持ってなかったらハングドは組織ごとアウトだったかもしれない。
「あの、この件は引き続き誰にも」
木更ちゃんの言葉に、霞谷さんは「ええ」とうなずき、
「ですが、私から言わなくてもレッドゾーンは時間の問題でしょう。希望的観測込みでも、恐らく一週間はもちません」
私は頭を抱え、
「むしろ最悪早朝ありえるって話よね」
「そうですね。とはいえ、イリスさんを護ろうものなら、これしか手が無かったのも確かでしょう」
と、霞谷さん。
「さて、どうしたものか」
考え込む霞谷さん。そこへ木更ちゃんが、
「霞谷さんが完全に私たちの側について頂けるのなら、ひとつ手はあります」
「内容を伺ってもよろしいですか?」
「はい。では今から必要な資料を印刷致しますので、少々お待ちを」
と、一旦席を立つ木更ちゃん。
数分後、私、イリス、霞谷さんの下にそれぞれ数枚の資料が配られる。それはまさしく妙子の遺体に関わるものだった。木更ちゃんは、お昼休みから現在までの半日の間に見事、妙子の死体の行方と警察上層部の繋がりを掴んでくれたのだ。しかも、木更ちゃんのいう通り霞谷さんさえ味方につけば、一気に私たちの有利になる副産物を沢山つけて。
「これは!?」
反応を見るにこの情報は霞谷さんも知らなかったものらしい。木更ちゃんはいった。
「今年3月。
「ええ、それが発端とする依頼でハングドは牡蠣根を粛正したとも」
「実は黒山羊の実の構成員の中に、その鱒川さんの遺体を元に作られた『プライドの作品』をこの度見つけまして」
「え!?」
霞谷さんは驚き、
「本当なのですか? それは」
「はい。その為、イリスさんの依頼の一環として鱒川さんの遺体について調べていた所、警察上層部の悪事を多々発見しました」
内容はこうだ。
今年3月。
上層部は、即座に事件に関する一切の捜査と報道を禁じ、表沙汰の回避に務めるも、現場の初動を止められず一度だけテレビでの報道を許してしまう。上層部は報道陣に改めて圧力をかけた後、第一発見者を“処分人”フィーアを雇い暗殺。
鱒川 妙子の遺体は、牡蠣根には指示通りコンクリートの下に埋めて処分したと説明したが、実際は黒山羊の実という宗教組織に売却した。
直接牡蠣根と繋がった上層部は怪人の手に堕ち自白するも、警察組織全体の信用に関わる内容のため、逮捕に至る事実と共に隠蔽することで決定する。
「どこでそんな情報を」
驚愕する霞谷さん。確かに、ハッキングでの情報収集を頼んだとはいっても、こんな情報が警察のコンピューターに残ってるわけがない。
「実は、こちら全部一度機密情報に記載されたものなんです」
「え?」
と、なる霞谷さんと私。
「資料にもあるように、上層部の中に怪人によって自白させられた方がおりまして、その供述内容が一度他の情報とともに記録されてたんです。勿論、すぐ他の上層部によって削除されたのですけど」
そこまで言ってから、嬉し気に笑い、
「幸運にも復元用のバックアップデータから拾えてしまいました」
とのことだった。
「なるほど」
資料を一通り読み終えると、霞谷さんは納得した様子で、
「今回の機密情報の改ざんも同様の理由による上層部の隠蔽という流れにすれば、あと数日は時間を稼げそうですね」
「恐らく今までソンブラ社に摘発が無かったのも、上層部の闇が表に出るのを避けてのことでしょう。ドラッグの栽培や奴隷売買に関わってた人たちが証言できてしまいますから。ですけど今回、イリスさんはそんな目の上のたんこぶを処分し公表の準備に入った。その為、上層部は急遽ソンブラ社の摘発や逮捕に軌道修正していた所、私たちに先手を取られた形になったのだと思います」
と、木更ちゃんが推測をいうと、
「だから発見がここまで早かったと。可能性はありますね」
霞谷さんからもお墨付きをもらう。木更ちゃんは改めて。
「真実は後々全て晒します。どうか時間稼ぎをお願いできますか?」
「分かりました」
霞谷さんはうなずき、
「どうにかやってみましょう」
「ありがとうございます」
私たちは頭を下げた。でもって、
「それで霞谷さん。もうひとつの用事というのは」
私が訊ねると、
「はい」
霞谷さんは姿勢を正しなおし、
「実は、おふたりの協力で逮捕に至ったかすが氏が脱獄しました」
「え?」
驚く木更ちゃん。
「しかも、彼に関する情報も全て抹消されたそうで、警察も今回は誤逮捕につき釈放したと処理するしかない状況とのことです」
「ま、当然あのまま終わるはずがないって話よね」
一方私は当然そうなるものと納得。
そもそもフィール・ハンターズは規模が違う。階級の低い構成員なら逮捕も十分通用するけど、彼レベルになってくると下手に法的処置をとっても今回のようなケースに陥るのがオチなのだ。それでも逮捕というやり方しかできないのが、法に護られた世界の限界といった所か。
「ただ、今回の脱獄の裏には少し奇妙な話がありまして。目撃者によると藤稔さんが協力していたと」
「え?」
私は、咄嗟に木更ちゃんの様子をうかがう。
「やってません。確かに毎日面会にはうかがってますけど」
木更ちゃんはそう言って否定する。……ていうか、毎日行ってたの?
霞谷さんはうなずき、
「ですよね。私もそう思ってますし、何より救出の仕方が藤稔さんらしくなかったので」
「どうやって救出したの?」
私が訊ねると、
「メイス一本で、真正面から警備の方々を撲殺していったそうです。恐らく過去に発生したビル襲撃事件に出てきた殺戮者と同一人物かと」
「あ」「あ」
霞谷さんの証言に私たちは同時につぶやく。それって、間違いなく。
「ミカァ!」
「ミカァ!」
「ご存じなのですか? 犯人を」
訊ねる霞谷さんに私たちはうなずき、
「木更ちゃんの親戚で藤稔 深海っていうのよ。例の殺戮者の正体で年齢は14歳。外見は木更ちゃんをそのまま中学生くらいの幼さにした感じで」
「何ィッ!」
突然、蹴飛ばされる事務所の扉。驚き玄関を見ると、永上さんが立ってたわけで。
「きさらちゃんじゅうよんさいだとっ! 写真は、写真はあるか?」
もしかして、そのワードに反応して扉破壊したの、この脳筋。そういえば、この人ってロリコンでショタコンって話じゃない。
「永上さん、どうしてここに」
引き攣った顔で霞谷さんが訊ねると、
「霞谷が一向に戻らないから様子を見に戻ったんじゃないか。そしたらロリ木更ちゃんだと! うらやまけしからん! 私も密会に混ぜてくれ!」
霞谷さんは、脳筋を引っ張って帰っていった。
この時点で私たちは、イリスの「調べて欲しいこと」が完全に頭からすっぽ抜けていたが、後日先ほど木更ちゃんが提示した資料で解決していたと伝えられた。
それから数日。
霞谷さんという味方をつけた私たちは、機密情報の改ざんという手段に出る必要もなくなり、順調に公表の準備を進め、ついにソンブラグループ社長による記者会見を前日に控えることになった。
――現在時刻19:40。
この日、私は木更ちゃんにイリスの護衛を任せ、ひとり近所の河原を散歩していた。勿論、仕事をさぼってるわけでも、無意味に活動しているわけでもない。
「見つけたっ!」
程なくして、先日同様に背後から声。
私は振り返りいった。
「来たわね」
そこには、前回同様の全身武装で正体を隠したガルムの姿。私は、まさに彼女をおびき出すために歩いてたのだ。とはいえ、完全な闇雲ではあるけど。
「この前は体がおかしくなって逃がしたけど、今度は逃がさないから」
びしっと指差し、天真爛漫かつ好戦的に宣言するガルム。けど、私は早速両手をあげて、
「あーちょっと待って。今日私は戦いにきたわけじゃないから」
「アナタに無くても私にあるの!」
「妙子のことを知りたいから?」
「そう! そうよ! 貴方と闘えばきっと分かるの! 体がアナタを知ってるから!」
「闘わなくても教えれるけど?」
私がいうと、
「え?」
となるガルム。
「どっかの熱血バトルアニメみたいに、拳と拳で殴り合わないといけないって話じゃないでしょ。話し合いのほうがよっぽどスマートじゃない?」
「ううっ」
ガルムはたじろぎ、
「闘いたかった」
小声でのたまうガルム。あ、この子ただのリアルファイトジャンキーだ。
「でも、話し合いって。私は何すればいいの?」
「ナニすればいいのよ」
私は努めてさらっといった。
「ナ、ニ?」
首をかしげるガルム。あ、この子分かってない。私はならと近づき、彼女の肩を優しくつかむ。
「とりあえず全裸になってくれない? 最近、欲求不満でそろそろ限界なのよ」
イリスが性行為を拒否していることが確定した為、一転して木更ちゃんは制止側にまわってしまったのだ。木更ちゃんも今回は基本帰宅せず任務に入ってくれてるため、私は襲うタイミングが見つからない。何度か強硬手段には出たものの、イリスは銃を撃つし、木更ちゃんは非暴力ながら手段を問わず制裁してくる。この前なんて
そんなわけで、いま現在私は四六時中イリスや木更ちゃんっていう美女美少女と一緒にいるのに、性欲を満たす手段が存在しない。
ガルムと接触するしか無かったのである。
「裸になればいいの?」
きょとんとした様子ながら、容認しそうなガルム。無知万歳。
「そう! この前みたいに素顔とおっぱいとまんまん晒して」
「分かった」
と、コートに手をかけるガルム。しかし、その手はすぐ止まって、
「駄目、体が、タエコの体が拒否してるみたい。全身が、またガクガクブルブル震えてきた」
「そこを何とか」
と、無情にも言ってしまった所で、私はハッとなる。
ガルムは、体が私を知ってるといった。そして、震えてる時は自分ではなく妙子が震えてると。しかも大抵私がセクハラに及ぼうとしたときに。
もしかして。
「ねえ、もしかして妙子は、妙子はいまも生きてるの? ガルムの中に妙子がいるの?」
しかしガルムは首を振って、
「ううん。タエコは死んでる。それは間違いない。私はフェンリルと違って、あくまでタエコの体に入れられた別人」
そう。
「でも、この体はタエコのもの。だから体はいまもタエコとして動いてる。私はタエコじゃないけど、タエコの一部は確かにここにいる」
自らの全身を愛おしそうに抱きしめるガルム。
「残留思念」
私はつぶやいた。
「ざんりゅーしねん?」
訊ねるガルムに、
「妙子本人はもういないけど、生前の妙子の思考や感情があなたの体にこびりついて残ってるって話?」
「そう! それ、それっ!」
ガルムは私の手を取って嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
「そっ、か……」
残留思念、って話なのね。
「わ、わふっ、どうして泣いてるの?」
慌てて訊ねるガルム。言われて、私は頬に一筋の水滴が垂れていたのに気づく。
「え、いや、気にしないで」
つい、私は恥ずかしくなり誤魔化しながら、
「いや、その、ね。妙子、あんなになっても最期まで私のこと覚えてくれてたのねって」
「あんなこと?」
首をかしげるガルム。この子、もしかして。
「アナタ知ってるの? タエコがどうやって死んじゃったのか」
「知らなかったの? ガルム」
訊ね返すと、ガルムは大きくうなずく。
そっか。
「なら、教えてあげる条件に、ふたつ聞きたいことがあるわ」
「なに?」
食いつくガルム。
「どうして黒山羊の実は、妙子の遺体を欲しがったの? どうして、あなたの体として妙子が選ばれたのか、どうやってあなたが生まれたのか、教えて欲しい」
「うっ」
固まるガルム。そのまま「うーうー」と数秒程うなった後、
「分からない」
「分からない?」
「知らないし、聞いたこともないし、気にしてなかったのよ。私がタエコの死体から生まれた理由も、どうしてタエコだったのかも。気になって、聞いてみたいのは、どうやって私が生まれたのかくらい」
「その結果は?」
さらに訊くと、
「知らないって。それでも訊いたら、殴られて、蹴られて、鞭で打たれて。後でフェンリルに訊いたら、二度と訊かないほうがいいって。フェンリルも同じように酷い目にあったからって」
「そっか」
一応、ガルムからこの辺を聞き出すってのも今日接触した目的だったんだけど。無理そうね。
「なら二つ目」
私は続けていった。
「あなたは、どうして妙子のこと知りたがってるの?」
するとガルムは、
「本当は会いたいのよ」
と、いった。
「だって、生まれたときからずっと一緒なんだもの。タエコは私の一番の友達でパートナーよ! だったら、本物のタエコに会って、お話して、本当の友達になりたいって思うの、当然でしょ?」
なんて、顔は見えないけどガルムはにかっと笑うようにいい、
「それとね」
と、どこか懐かしむように続ける。
「私。ガルムになる前からタエコのことはよく知ってた気がするのよ。私は、自分がガルムになる前のことを知らない。ゼロからガルムとして創られたのか、他の作品みんなのように元々は他の人間だったのかも知らない。でも、タエコのことはこんなに大好き。すっごく大好き」
好きの大きさを表現するように、ガルムは両手をいっぱいに広げる。
「だから知りたいのね、自分のこと」
自分自身が妙子を知る手がかりだから。
「それもあるわ。純粋に私の出生を知りたいのも本当だし、そこからタエコを知りたいのも本当。けど、タエコは私が分からない。だって、体の中のタエコが私を全く知らないから。だから、私はただただ会いたいの、友達になりたいの、お話したいの。でも、それはできなから、だからせめて、タエコのこと知りたいのよ」
そこまで聞いて私は。
「分かったわ」
と、うなずく。
「ホント? 教えてくれるの?」
「私の知ってる限りならね。ちょっと歩きながら話しましょ」
私は、ガルムを連れてある場所へ向かって歩き始める。
「妙子は、この地で生まれ育った孤児なのよ」
「孤児?」
「両親がいない子供のこと。妙子は親に捨てられてるのよ」
「っ」
ガルムは、強いショックを受けてる様子だった。これだけでショックを受けてたら、最期を聞いたらどう思うんだろうか。
「で、ここからちょっと歩いた所にある孤児院に引き取られ、死ぬ一年前くらいまでそこで生活してたわ。私が出会ったのもその頃。学校ではテニスっていうスポーツをしててね、優しくて穏やかなお嬢様みたいな子だったわ。孤児にそんな表現するのもおかしな話だけど」
「あ、何となくわかるわ。この体にいるタエコも、優しくて温かくて、タエコを感じるとすっごくほっとするの」
ぴょんぴょん跳んではしゃぎながら、ガルムは食いつく。何ていうのか、こうして接してみると動物みたいな子だ。あ、動物といえば。
「それと、そうね。確か友達に小型の野良犬がいたわ」
「野良犬?」
「確かころちゃんって呼んでたっけ。妙子の幼馴染に
とか喋った所で、
「うっ」
ガルムが突然頭を抱えた。
「ちょっ、大丈夫?」
私が駆け寄ると、
「ちょっと、いきなり頭がズキンってしただけ。大丈夫、もう収まってきたわ」
「そう」
それでも、まだ少し苦しそうにしてたので、私は頭を撫でてみる。そういえば私も、たまに妙子と一緒にあのワンちゃんの頭を撫でてたっけとか思い出しながら。
「何だかほっとする」
ガルムがつぶやいた。
「それに何だろう、すごく懐かしいキモチ。もしかしたら私、こうやってタエコに撫でてもらったことがあるのかも」
なんてガルムが言うのだから、私はもうしばらく頭を撫でてあげた。しばらくして「もう大丈夫」とガルムが2・3回跳ねてみせたので、私は「分かった」と再び足を進める。
今度は、ガルムのほうから訊ねてきた。
「ねえ。タエコはデュエルモンスターズはやってたの?」
って。
「一応やってたわね。近くのカードショップの売れ残りとか、引退した決闘者の寄付で集まったカードを孤児院のみんなで共有してるような感じだったから、ほとんど紙束みたいなデッキだったけど」
「それでもいいわ。どんなデッキを使ってたの? タエコは」
食いつくガルム。そうだったわね。
「タエコには似合わないカードだけど、デーモンを使ってたわね」
「デーモン?」
「初期のチェスデーモンとか孤児院の中でも人気がなくてね。おかげでサポートカードが丸々余ってたから、その分他の子よりテーマデッキみたいに仕上げてたわ。おかげで1枚くらいなら《デーモンの召喚》も他の子より優先して使わせて貰ってたみたいだし、事実《デーモンの召喚》が妙子のエースって印象だったわ」
話しながら、何だか懐かしくなってきた。加えて思えば妙子って案外デッキ構築力高かったのだと実感する。さっきは紙束とか言ったけど、孤児院のカードで組んだにしては結構デッキらしいデッキになってたのだ。
「でも、そんな生活は中3の夏辺りに終わったわ」
私は、妙子が牡蠣根に捕まって奴隷にされ、ドラッグと性暴力で使い潰された後、山奥に廃棄されて死亡といった一連の内容をガルムに伝えた。
ガルムは、最後には私にしがみつき、肩に噛みついていた。そうでもしないと発狂しそうな程、強いショックがガルムを襲ったのだと分かった。いや、ガルムだけではない。恐らく彼女の中の妙子も……。
そして、泣きじゃくり、その場で癇癪してみせ、激しく息を切らせて数分、疲労もあってかやっと落ち着いていくと、
「カキネは、そのカキネはいまどこにいるの?」
と、ガルムはこの場にいない牡蠣根に憎悪の目を向ける。推測ではない。深く被ったパーカーの奥から、見えたのだ。
「タエコも、とてもカキネを恨んでる。分かるのよ、体の中のタエコが、さっきから憎くて、悔しくて、悲しくて、そのロコちゃんって子に会いたくて寂しかったって、すっごい言ってる! 教えて! いまから私、タエコの仇を」
「それは出来ないわ」
私はいった。
「なんで!」
と、掴みかかるガルムに私は、
「私がもう殺した」
「え?」
「もう、私が仇討ちしちゃったのよ。そのロコちゃんと一緒に」
「そっか」
ガルムは納得してない様子だったけど、これ以上は何も訊かなかった。
私も、休憩が必要と思いしばらく足を進めるだけ。
で。
「ついたわ」
私は足を止める。目の前には、一軒のコンビニ。
「ここは?」
訊ねるガルムに、
「すぐにわかるわ。悪いけど、中にいる間は何も喋らず、普段より気を付けて顔を見せないようにお願いできる」
「いいけど」
ガルムから許可を取った所で、私たちは中へ。
すると、
「いらっしゃいませ。あっ、沙樹ちゃん」
と、レジの位置から、ぱっと目を輝かせるひとりの女の子。
「久しぶり、ロコちゃん」
私がいった所、後ろのガルムが小さく驚いたのがわかる。
「後ろの子は、もしかして新入りさん?」
「ま、そんなトコ」
私は適当に返してから、辺りに他の客がいないのを確認してから、
「肉まんふたつ先に用意できる? 他の買い物はすぐ持ってくるから」
私はいって、ペットボトルのお茶とおにぎり、総菜パン等を適当に籠に入れ、再びレジへ。
「そういえば沙樹ちゃんがくるちょっと前なんだけど。妙子の声が聞こえた気がしたの」
ロコちゃんは籠の中身をレジ打ちしながらいった。
「妙子の?」
「うん。たぶん幻聴だから、どんな会話をしてたのかは分からないけど。妙子はいま、天国で幸せに過ごせてたらいいなあ」
「大丈夫よ。きっと笑顔で見守ってるわ」
言ってあげると、ロコちゃんは笑顔で。
「うん、そうだよね。さすがに生前あれだけ酷い目にあって死体蹴りみたいなのは。……あ、ポイントカードはある?」
「ん」
私は相槌を打ちながらカードを渡し、現金で商品を買う。
一言二言ほど会話してから、「また来るわ」と私はガルムと一緒にコンビニを出た。
「はい、ガルム。付き合ってくれたお礼」
私は袋からさっき買った肉まんとホットの缶コーヒーをだし、はいとガルムに渡す。
「いいの?」
「遠慮されたら逆に困るって話よ」
と、私は私で自分の分の肉まんに齧り付く。それを見て、ガルムも肉まんを一口食べ。
「美味しい」
って。私はくすりと微笑んでから、
「もう気づいてると思うけど、あの子が
「あの子が」
感慨深そうにガルムはいい、
「分かるわ。だってタエコが」
「喜んでた?」
「あと、元気で生きててほっとしたのと、すっごく寂しかったみたい。私は会いに行けても、もうタエコは会いに行けないから」
「そっか」
けど、喜んでた気がしたのなら、こちらもロコちゃんに会わせて正解だったわけだ。私は缶コーヒーを飲みながら思った。
どうやら、ガルムの中の残留思念は半ば人格レベルの残骸がこびりついてるらしい。残留思念になってからの経験がどこまで残り続けるかは分からないけど、死の寸前の、ドラッグと性暴力で壊された精神ではなく、奥底に残ってた正気の心がそのまま体に受け継がれてるようにみえた。
「で、さ。ガルムひとつ頼みを聞いて欲しいことがあるんだけど」
「はふはふ、頼み?」
肉まんを頬張りながら、ガルムは耳を傾ける。
「ガルムには悪いとは思うけど、なるべくロコちゃんと事故でも接触しないよう気を付けて欲しいのよ」
「え、どうして?」
「厳密には、妙子の体が動いてる所を見せないで欲しいって話。もちろん声も」
私はいってから、
「ロコちゃんの中では、妙子の問題は全て終わって天国で見守ってる。そういう事にして欲しいのよ。例え中身が天に昇ってるとしても、妙子の遺体が残留思念を残して動いてるなんて知られたくない」
「……うん」
数秒程の間の後、ガルムはうなずいた。
「タエコも、そう思ってるみたい」
そして悲しそうな声で、続けて、
「私、ガルムに生まれてから、ずっと一緒のタエコを知りたい、タエコに会いたいって思ってた。けど、もしかして私のせいでタエコはいまも苦しんでるのかな? そんなの、嫌なのに」
「それは違うって話じゃない?」
私はいった。
「え?」
と、振り返るガルムに、私は肉まんを完食、コーヒーで胃に流しながら、
「妙子は、未だ成仏しきれなくて残留思念を残したのよ。だったら、ガルムがもし妙子のことが大事なら、何をすればいいと思う?」
「わかんない」
と、ガルムがいったので私は、
「あなたの中の妙子を成仏させるの。あなたのせいで妙子が苦しんでるんじゃないの。あなただけが苦しんでる妙子を助けてあげられるのよ」
「私が、タエコを?」
「そうよ。死人に口なし、もう誰にも訴えれないあの子の想いを感じられるのは、あの子の体で動いてるガルムだけって話でしょ。あなたしかいないのよ、本当の意味で妙子の気持ちを代弁できるのは」
「私だけが」
彼女の手が、ぎゅっと握り拳に変わったのが見えた。
「お願い、できる?」
「もっちろんよ」
ガルムは元気よくいった。
「だって、タエコは私の一番の友達だもん! 絶対に助けてあげるわ」
って。
「助かるわ」
私は微笑みいって、ここで「あ」と思い出す。
「そうだった。妙子のとは別件だけど、ひとつ配達頼みたいことがあるんだけど」
「なに? 何でもいって?」
いつの間にか懐かれてたのだろうか、前よりずっと信頼しきった様子でガルムはいった。なので、私はお茶やおにぎり、総菜パンが沢山入った買い物袋に、こっそりメモ用紙を1枚差し込んでから、彼女にはいと押し付ける。
「あなたたち“作品”組にお裾分け。プライドにばれないようにね」
「えっ、こ、こんなに?」
受け取った袋が思ったよりずっと重かったのか、一回「おっとと」とバランスを崩しそうになるガルム。かわいい。
「フェンリルから聞いたんだけど、あなたたちって普段食事与えられてないんでしょ? 物乞いするか万引きするかしてその日のごはんを確保してるって聞いたから」
「そ、それは」
直後、ガルムのお腹から蛙の合唱が響く。さっき肉まんを食べたせいで逆に空腹を刺激しちゃったらしい。
私は笑って、
「ほら、もう買っちゃったんだから持って帰っちゃって。押し返されても処分に困るだけだから」
実際には、スタジオの徹夜組とかの夜食として平気で消えそうだけど、それは言わないでおく。
「じゃ、じゃあ」
袋の中を覗き込み、(実際に顔は見えないけど)目を輝かせるガルム。その声色からうっきうきなのが丸分かり。
「ありがとう、頂くわ。……えっと」
突然、なんだか言葉に困った様子のガルム。最初一瞬分からなかったけど、すぐ私は「あ」となり、
「鳥乃よ。鳥乃 沙樹」
そういえば、私はまだガルムに名乗ってなかったのだ。
私の名前が判明すると、再びうきうきした様子で、
「ありがとー。サキ」
って、いったのだった。
それから、私たちはここで解散。「ご飯ご飯♪」とスキップしながら帰路へ向かうガルムを背に、私は。
(餌付け成功。これなら近いうちに妙子の残留思念ごといい夜を過ごせそうって話ね)
なんて、悪いことを考えながら事務所へと向かった。仕方ないじゃない、拒絶反応に苦しむガルムを強引に犯すのも面白そうだけど、残留思念と一緒にらぶらぶちゅっちゅな3Pしたかったんだから。手を出せずに終わった妙子を抱くチャンスって話だから。
そして、記者会見当日を迎えた。